坊ちゃん幼児化ネタ。
それは唐突に起こった。
とある町、とある日、とある宿の午後。
旅の途中休憩によったその宿にて、ジューダス、ロニ、カイルは同室となり、珍しく3人そろって部屋でゆったりとしていた。
ゆっくりと時々紅茶を飲みながら本を読むジューダスに、何かと騒いでいるロニとカイル。
そんな緩やかに流れる午後のひと時をぶち壊したのは、一行のトラブルメーカー。マッドサイエンティスト。悪の科学者ハロルド=ベルセリオスだった。
バンッと突然あけられた扉にカイルとロニが固まる中、ジューダスは紅茶を飲みながらどうやって逃げるか頭の中で考える。
間違いなく、実験体を探しにやってきたということがわかったからだ。
そうやって算段している中、入り口で大の字のような格好で扉を開けたまま立つハロルドが呟いた。
「ねぇあんた達……子供の頃のジューダスとか、見てみたくない?」
紅茶を噴出しそうになるのを堪えた結果か、呼ばれた本人は激しく咽た。
ロニとカイルはというと、しばらくハロルドの言葉に固まっていたが、対象が自分でないことに胸をなでおろし、直後には悪魔の顔に変わっていた。
「へぇ…?今度はどんな薬作ったんだよ」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!これぞ記憶どころか体まで子供の頃に戻れる薬よ!」
「ハロルドすごい!」
「おい……」
途端無邪気に騒ぎ出す義兄弟にジューダスは殺意を覚える。
「何故それで僕の名前が出る!」
「だって面白そうだから。カイルとロニとかあんまり変わらなさそうだし?」
「ジューダスの子供の頃ってどんなのかな!」
「やっぱ糞生意気か、もしかしたら泣き虫だったりしてな!」
好き勝手言い出した三名にジューダスは音を立てて本を閉じると席を立つ。
義兄弟の反応への苛立ちもあるが、それよりも身の危険を案じたほうがよさそうだ。
「……ジューダスが逃げたらあんた達で試すしかないわね」
だが、ハロルドの先手の一言により、カイルとロニは部屋の扉を見事なまでに二人でガードする。
「ま、ジューダス……ハロルドが居る以上これも運命……誰かが犠牲になるんだ、悪く思うな」
「ご、ごめんね、ジューダス。小さいジューダスは俺がちゃんと面倒見てあげるから!」
「…………」
もう返す言葉も見当たらない。とりあえずまずい。このままでは非常に、そんな想いがジューダスの思考を白く染め上げていく。
戦闘で危機に陥るよりも強く感じるのではないかと想う程の焦燥感に悲しくなった。
ドアを諦め、窓からの逃走をと考え動く前に、狭い部屋故、近かった距離が災いしてジューダスはロニの腕に捕らえられる。
「……おい…、ふざけるな、馬鹿な真似はよせ!」
「はいはい、覚悟決めましょうー。大丈夫よ。即効性だから!」
「どこに大丈夫という要素があるんだ!?」
そのまま腕を捕まれ完全に固定される。
ジューダスの表情は仮面をつけていても珍しく焦りが丸分かりだ。注射器を片手に迫ってくるハロルドに間違いなく怯えている。
こればっかりはどうしようもない。
普段ならば義兄弟の二人がターゲットにされる確立のほうが高いのだ。
二人はご愁傷様と目を瞑った。
「や、やめ…っ」
ジューダス野右腕に針が刺される。
だが、しばらく経っても彼の体に異変はなく、ジューダスはおそるおそる目を開けた。
「あーら、失敗しちゃったかしらねぇ?」
「なーんだ」
「ちぇ…」
ハロルドの言葉にジューダスはほっと息を付く。
羽交い絞めにしていたロニが腕から力を抜き、舌打ちをしたのを聞いてジューダスは即座に腹に肘鉄をお見舞いした。
「ぐええっ!」
「ふんっ…そんな下らないことをする暇があったら体を休めることを考えろ!」
「なんで効かないのかしらね~ねぇジューダス、調べさせて?」
「断る!」
追いかけっこが始まったのは言うまでもなく、ジューダスは今度こそロニから逃れてこの危険な部屋から抜け出した。
恐ろしい追いかけっこは夕方、ナナリーに食事だと捕まるまで終わらなかった。
夕食後は一切ハロルドがジューダスに何かを仕掛けることはなくなった。
夜の間に何かされる可能性はあるが、気配に敏感な彼なら問題はないだろう。
一先ずジューダスは体の力を抜き、ベッドに横になった。
何とかハロルドの魔の手から逃げ切ったジューダス。
だが、問題は既に始まっていた。
男性陣が泊まった部屋にて、一番最初に異変に気付いたのはロニだった。
寝起きの頭をぐるりと回して、部屋を見渡す。まずカイルが寝ているのはいつものこと。
だが、ジューダスがいない。
彼が一人早起きしてどこかへ行くのもいつものこと。
問題は、彼のベッドが未だに盛り上がっていることだ。
あの少年が自分よりも遅く起きるところなど一度も見たことがなかったのに
そこでロニは昨日のことを思い出す。
薬の副作用か何かだろうか。だとしたら可哀想なことをしてしまった。
ロニはベッドから抜け出すと、そろりそろりとジューダスのベッドに近づく。
すると、突如その布団が勢いよく跳ね除けられたのだから驚いた。
弱って眠っているのかと思えばその正反対だったのだから。
だが、次にそれよりも更に驚く事となる。
「だ、誰だお前!」
ひょっこりとそのベッドから現れたのは、まだ6歳ほどの小さな黒髪の少年。
大きなアメジストがこちらを睨みつけ怒鳴るのだが、ロニは沈黙するしかなかった。
1分ほどの間のあと、ロニの声が響く。
「まじかよおおおおおおっ!」
薬は見事に効いていた。効いてしまっていた。
ロニとカイルは加担した側とはいえ、一度ならないと思った後は覚悟をなくしている為、この事態には大慌てだった。
何よりも記憶すら見事に子供のときに戻っているというのが大問題だ。
今は何とかナナリーにそれっぽい嘘をつかせ、同時にカイルにお得意のボケで話をややこしくさせている。
そしてその間にロニはハロルドを捕まえ廊下で話していた。
「ちょっとお!データ取らせてよ!」
「データの前にどうなってんだよ!効かなかったんじゃなかったのかよ!」
「何か毒系に免疫でもあったんじゃない~?それで遅れたとか」
「あれ毒だったのかよ!?」
突っ込みながらも、確かに毒と違いないと思い直し、ロニは冷や汗をかいた。
今度からハロルドの実験にもっと全力で逃げなければならないだろう。
ロニは一つため息をつくと壁に肘を当てながら今にもジューダスに飛び掛りたがっているハロルドと向き合う。無駄に輝いている目に疲れが倍増した。
「で、いつ戻るんだ?」
「一日で切れると思うわよ。それまではせいぜい子守を頑張ることね♪」
「お前なぁ……」
「あんたも共犯者でしょ~」
それを言われると辛い。
ロニが頭をガリガリ掻いていると、ハロルドは「もういいでしょ?」と部屋に入っていった。
仕方なくロニもそれに続けば、想像通り小さくなったジューダスに飛びついている科学者。仮面を被っていない少年は驚きを表情いっぱいに出して小さい体で必死に逃れようとしている。
最初は慌てていたものだが、思えばこんなジューダスの姿など拝めたものじゃない。
やっぱり、たまにはいいかもしれない。ロニの頭にそんな考えが浮かぶ。
「な、なんなんだ貴様は!」
「ちょっと調べるだけよ~怯えなくて大丈夫だからぁ」
「なっなっ…!」
横目にジューダスとハロルドが戯れているのを見ながら(ジューダスは真剣だが)ロニはナナリーに近づく。
「どこまで話せた?」
「あーえーっと…」
「そいつらの言うことは意味がわからん!もっとまともな説明が出来るやつはいないのか!」
「ごめん……あたしはこういうの苦手だよ」
「…あー……」
暴れながら叫ぶように言うジューダスの言葉にナナリーが肩をすくめ、ロニはまた頭を掻いた。カイルとリアラはどうしたらいいか分からないような状態だ。
「とりあえずこいつをどうにかしてくれ!何なんだお前は!」
6歳児とは思えないような口調だが、この子供がジューダスなのだとよくわかっていいのかもしれない。とりあえず今の少年の状況があまりに哀れなのでハロルドをとっ捕まえる。
「ぶーぶー」
「ぶーじゃねぇよ、成功したからいいだろうがもう」
「それで、とりあえずなんで僕はこんな所に居るんだ。それに何でこんな服…」
ようやくハロルドから離れることの出来たジューダスは、乱れた衣服を整えようとするが、まずその衣服が既にぶかぶかのものなので整えようがない。
ベッドの上にちょこんと座り必死にずれる服を引っ張っている。
「あーわりぃな、じゃあハロルドお前服買ってきてやってくれよ」
「ん~別にいいけどぉ」
「こいつが買いにいくのか…」
途端に引きつくジューダスの表情にロニも確かに、と辺りを見回す。
「………不安だからカイルとリアラ付いて行ってくれ」
「わかったわ」
「任せといて!」
ハロルドが少しぶすっと頬を膨らませるのを、リアラがその背を押して無理やり部屋から出て行く。その後ろにカイルが続き、ドアを閉じた。
これでとりあえず一番の混乱要素になるハロルドは追い払った。
ジューダスは小さいながらも怯むことなく「それで?」といわんばかりの表情でこちらを睨んでいる。
初対面ながらこんな扱いをされれば仕方がないかもしれない。
「えーっとだなぁ…うん、あれだ。一日お前を預かることになった」
「……預かる?何故だ」
「えーとなんか、お前んとこに色々とあったとかなかったとかで」
「……………僕が寝ている間に運んだのか」
「あぁーまぁ」
とりあえずリオンの幼少時代なぞ詳しく知るはずもなく、ぼかしにぼかしながら説明する。
何かと話を誤魔化さなければならないことの多かったロニは苦しいながらも少しずつ会話を発展させていったのだが、ジューダスは中々納得できていない様子だ。
この年頃だったならば、不安に思っても大人の誤魔化しにここまで突っかからないだろうに
(この頃から可愛気のない奴だなぁ)
本当のことなど言っても信じてもらえないだろうし、一先ずこうして誤魔化すしかないが、嘘をつくのはいい気分ではないし、何かと気を使わなければならないのが面倒だった。
「その事情は聞いていないのか」
「ん、あぁ俺らは聞いてないんだよ。悪いな」
「…………わかった」
しばらくして、予想外にすんなりと今の状況を受け入れた少年にロニだけでなく、ナナリーも思わず首をかしげた。
少し俯いた少年の目が、寂しい色を宿していた。
やはり6歳の子供に受け入れられるものではないだろうと、自身も孤児院に入った頃を思い出し、少年の横に同じように腰掛けて頭を撫でてやる。
びくっと驚いたようにその手から逃れようとした少年だが、ロニはそのまま無遠慮に手を動かした。ジューダスがこういう接触を嫌うのはよく知っているから特に驚かなかった。
「そう心配すんなって、明日には家族のとこに戻れっからよ」
少しでも安心させることが出来れば、そう思っての言葉だった。
だが、それは少年の表情を更に暗くさせた。
また、その少年が少し探るような目でこちらを見ている。
「……家族なんて居ない」
「………いないのかい?」
「居ない」
ナナリーが訪ね返せば直ぐに返って来た言葉は、いろんな感情を押し殺したものでロニとナナリーは顔を見合わせた。
いつぞやに家族が居ないとの話は聞いていたが、こんな小さい頃から居ないとは知らなかったのだ。
ロニもナナリーも幼いときから両親がいない為、それだけでそこまで特別視しようなどとは思わなかった。
ただ、ジューダスがいつも背負っている寂しげなものを、6歳児であるジューダスも同じように持っていることが気がかりで、あまり詮索するのをジューダスが好まないと分かりつつも、思わず質問してしまう。
「……死んだのか?」
「…知らない」
「知らないって…」
「母は、僕を産んで直ぐに死んだと聞いている」
「父さんは?」
「……居ない」
「………そうか」
居ないと言ったジューダスの表情は、あまりにも暗かった。
今にも壊れてしまいそうで、これ以上聞くことは躊躇われた。
一体、何がまだ幼い子供にこのような表情をさせているのだろうか
「じゃあ、お前何処で暮らしているんだ?」
ロニが思いついた疑問に軽くナナリーが頷く。
ジューダスは僅かな仕草すらもどこか優雅であり、元王国客員剣士ということから良いところの出だと思われていたのだが、両親がいないとなると、どうなるのか
だが、それに対していつもより大きく見えるアメジストは鋭くこちらを睨み上げ、その後ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「……何処でもいいだろ」
「…へいへい」
それはまるでいつもの「詮索するな」というジューダスの拒絶そのもので、ロニは軽くナナリーのほうを向いて肩を竦めた。
ジューダスの子供の頃を見たくないか。そんなハロルドの適当な言葉により対象となった彼だが、実際内面はそこまで変わっていなく、ロニは複雑な気分となった。
だが、外見は間違いなく子供のもので、あの整った顔の面影をも残している。
少しだけ表情は豊かだが、それが暗いものである事が多いのもかわっていない。
(餓鬼の癖に、大人びて色んな物突っぱねて、そう思ってたけど、6歳のときも同様かよ)
それは呆れだけで留まらぬ思いを胸に渦巻かせる。
6歳といえば、甘えて甘えて、そして外で楽しく駆けずり回って、いろんな人に迷惑かけて、ゆっくり大人になっていく。大抵がそうやって過ごすのだ。
こんなに小さいときから、大人にならざるを得なかった少年の痛みが、二人には少しだけわかり、また未知なもので胸が痛んだ。
「……なぁ、両親の思い出とか、ないのか?」
「…………ない」
「そっか……」
救いを求めての問いだったが、少しの間の後帰ってきたのはやはり否定だった。
ロニでも、本当の両親の思い出を持っている。それは確かなものではないが、温かなもので、ふとしたときに湧き出てくるものだ。
今やベッドに座り身を縮こまらせている少年は、6歳児に相応しくない無表情でじっと虚空を見つめていた。
それを隣で見下ろすロニは、そっとまたその頭を撫でてやる。
「寂しくないか?」
だが、それはパンッと音を立てて振り払われ、直後気高いアメジストが銀色を射抜いた。
「寂しくなんかない。気安く触るな」
「……悪かったよ」
ロニは軽く口の端をあげて、少年の隣から離れる。
離れていくロニをジューダスはしばらく睨みつけていたが、やがてまた視線を離す。
その目はたった独りでずっと何かと戦っているようだった。
(あーあ…ほんと、生意気なところとか、色々、全然変わってねー)
ロニは深くため息をついた。
彼は6歳児になっても、まったく頼ってきてくれないことに少し寂しく感じた。
少ししんみりとした空気をぶち破ったのは一行の太陽だった。
「ただいまー!買ってきたよ!」
ガサガサと買い物袋の擦れる音と共に現れたカイルの息はあがっている。どうやら走ってきたようだ。
奥のほうでリアラが「待って~!」と声を上げているのが聞こえてきた。
「おう、おかえり」
「サイズはハロルドが何故か知ってたから、多分ちゃんと合うと思うよ」
「……」
後ろのベッドで座っているジューダスが小さく身震いするのを見てナナリーは苦笑いした。
恐らく先程襲われていたときにちゃっかりサイズまで測っていたのだろう。
「ハロルドが酷い服選ぶものだから俺達でちゃんと決めてきたよ」
「あーよくやったカイル。此処で下手なことしたら後々俺達の生死に関わるからな」
「この事態を引き起こした時点で三途の川は近いと思うけどねぇ」
ナナリーの言葉にロニとカイルが思わず固まる。
だが、カイルは直ぐに気を取り直すとジューダスの座るベッドのところまで跳ぶ様に近寄った。当然ジューダスは思わず身を引いて逃げようとする。
「ほら!着替えよう!」
「あ、あぁ…」
カイルのハイテンションに思わず引いているところも前と変わらない。
カイルが突き出すように渡した袋を受け取り、中身を確かめた後、ジューダスはカイル達を見る。
ロニとカイルはその視線に首をかしげたのだが、ナナリーはそんなロニとカイルの襟首を掴んで引いた。
「はいはいー廊下で待ってるから着替えたら呼んどくれよ」
「……あぁ」
「いーででで、首っ!首絞まる!この暴力女!」
「そいじゃね」
大きな子供を無理やりつれて出て行く女。そしてバタンとしまった扉にようやく少年は安心したかのように一息ついて肩の力を抜いた。
「えーなんで出るの?」
一方廊下ではカイルが未だに頭の上にクエスチョンマークを跳んで回している。
そんな3人の前に丁度ハロルドとリアラが戻ってきた。
ナナリーは廊下で二人から手を離し、その手を腰に当てて呆れた顔を浮かべる。
「あいつが人前で着替えたことあったかい?」
「男同士だから気にすることないのに!」
ぷぅと頬を膨らませるカイル。
いつも一番最初に起きるジューダスの着替える姿など見たことがない。
たとえ仲間にすら隙を見せない彼に少しだけ寂しい思いをしているカイルは扉の向こうを寂しそうに見つめた。
「ジューダスは元からそういう性格なのだと思うわ」
「そっか……ねぇ、まーだー?」
リアラの言葉に少し頷くと、ドアをどんどん叩くカイル。
向こうからはすぐに「うるさい!少しは待てないのか!」といつものジューダスの言葉が高めの声で返ってくる為思わずロニは噴出した。
やがて扉の向こうから「着替えたぞ…」と躊躇いがちな声が聞こえてきて、同時にカイルは瞳を輝かせてドアを開く。
そこにはいつものジューダスからは想像できないラフな格好をした少年が居た。
「こういう服はあまり慣れない…」
「大丈夫。似合ってるよ!」
「………そうか」
ジーパンにちょっとした白いシャツ。
何処にでもいそうな少年だ。
カイルは満足げに頷くと「よし!」と一息つき、またジューダスに突進する勢いで駆け寄った。当然ジューダスはまた引く。
「遊ぼう!」
「…は?…ま、待てくっつくな!何なんだお前は!」
「いいじゃん遊ぼうよ!」
「別にいい!」
「えー!?遊ぼう!」
突然繰り広げられる会話に軽く部屋に入ったところで立つハロルド以外のメンバーが笑う。(ハロルドは真剣にデータを取っている)
普段大人びたジューダスが子供になったことから、いつも構ってもらえないカイルはその分激しくジューダスにじゃれついているようだ。
「いいと言っただろう!何なんだお前は!」
「えーっと……友達!」
「……え?」
ぎゅっとジューダスの小さい手を掴んでカイルがはっきりと言い切れば、アメジストが大きく見開かれた。
突然止まったジューダスの抵抗を良いことにカイルはそのままその手を引っ張り外へと向かう。ロニ達はドアからどいてやり、道を作る。
「ちょ、ま、待て…友達も何も会ったばっかりだろう!」
「じゃあ今から友達になればいいよ!ね!」
「…………」
そのまま右手を引っ張り廊下を歩いていくカイル。
引っ張られているジューダスがカイルの言葉に俯いたとき、その頬を赤く染めていたのは見間違いではないだろう。
ロニは思わずそれに微笑んだ。
「……よーし、じゃあ俺が保護者様として付いてってやるかね」
「よーし、じゃあその遊びとやらを更に面白おかしくしてあげるわ!」
「ハ、ハロルド!私達は買い物に行きましょう?明日はもう出発するから準備しなきゃ!」
「えーっ、ナナリーと行って来なさいよ」
「え、えっとナナリーは他に荷物片付けたりしないとだから!ね!ナナリー!」
「あ、あぁ……うん、そうなんだ!よーし急いでやるとするかね!」
「ぶーぶー」
ロニがカイル達についていこうとすれば、同時に後ろのトラブルメイカーも付いてこようとするのを必死に止める女性陣。
ロニは心の中でリアラに激しく感謝した。これ以上めちゃくちゃされるのは流石に堪える。
当然ハロルドはリアラとナナリーの嘘に気付いているのだが、リアラに無理やり「ほら、お財布とってきましょう?」と部屋へと押し込まれた。
それを見届けたロニは宿屋の廊下を進み、階段を下りて外へと出る。
宿屋を出て少し歩いたところで、金髪と見慣れた黒髪をいつもより低い位置に発見し、近づいた。
どうやら立ち止まって会話をしているようだ。
無理やり連れ出したことに怒られているんだろうな、とか適当に考えつつ歩み声をかける。
「どうした?」
「あーえっと、名前間違えちゃって」
えへへと頭を掻くカイルをジューダスが訝しげに見上げている。
それに対して「あぁ」とロニは納得した。
今までカイルは無い頭なりにも名前を呼ばないように考えていたのだろう。それをとうとう失敗したらしい。
軽くその話から逸らせれば、とロニは腰を下ろしてジューダスと視線を合わせ、自分のほうへと親指を向ける。
「俺はロニってんだ。ロニ=デュナミス。ロニ様な」
そしてニカッと笑ってやれば、ジューダスは不意を付かれたような顔をした後、軽く視線を外す。
「…ロニか」
「って呼び捨てかよ」
「ふん」
生意気な子供ですと言わんばかりに鼻を鳴らすジューダスだが、少し外した視線は躊躇いがちにロニのほうへと戻され、そしてまた地面のほうを向く。
それは、自ら名を呼んだことへの照れだと分かった時、あのひたすらに他人を拒絶し続けていたジューダスが、自分から手を伸ばしたのだと察して、ロニはまた微笑んだ。
(なんだ、可愛いところもあるんじゃねぇか)
そんな様子を、カイルも何かしら感じ取ったのか嬉しそうだ。
「あ、俺カイルね!」
「……カイル」
「うん!」
元気に返事をするカイルを見上げていたジューダスは不意に俯き、しばらく考え込んでいるようで、その表情は複雑なものだったが、やがて彼は顔を上げた。
「……リオンだ」
「うん、よろしく!」
「……………あぁ」
カイルが握手を求めるように手を差し伸べる。
それを見上げ、ジューダスはその手を取るべきかどうか悩んでいるのか、すぐ俯いたりまた視線を上げたりと落ち着かない様子だ。
そんな少年にカイルがくす、と笑い、無理にその手を取った。
「よし、あっちに公園があるんだ。行こう!」
「あ、いきなり走るな!」
そのまま、またバタバタと走り出したカイルとジューダスにロニは一息つき、微笑みながらゆっくりその後ろを歩いた。
たくさん遊んだ。
恐らくジューダスはこれだけ遊んだのは初めてだろう。
カイルがはしゃぎ、ジューダスがおずおずと溶け込み、ロニがそれを更に掻き回した。
昼になればナナリーとリアラとハロルドが公園まで訪れ弁当を作って持ってきて、ロニとナナリーとリアラは必死にハロルドが変なことをしないように見張りながら、その後しばらく皆で戯れる。
「なんか、驚きっていうか…なんていうか」
木陰のベンチに座ったナナリーがぽつりと呟いたのが、同じくその隣のベンチに座るロニの耳に入り、遊んでいるジューダスたちを眺めていたその視線をナナリーに移した。
「あいつのあんな顔初めて見るからさ、ちょっとハロルドに感謝かな」
「……あぁ、そうだな」
基本はカイルに振り回されているようなジューダスだが、その表情は年相応のものだった。
ナナリーはジューダス達を眺めたまま続ける。
「最初は、子供の頃でも全然変わらないって思ってたけれど、安心した」
「そうだな……元のジューダスじゃ、あんな子供っぽい表情しねぇからな」
ロニもまたジューダスのほうへと視線を戻して安心したように微笑む。
無理に大人になろうとしていた、ならなければならなかった。そんな印象の強い少年。
年上のロニ達よりも上ではないかと思わせる言動は、時に二人には痛々しく思えたのだ。
「やっぱ、子供は子供らしくが一番だな」
「そだね…」
カイルとリアラが笑いながらはしゃぎ、それにつられる様に、ジューダスも小さく笑うのを、二人は木陰から眺めた。
空が赤みを帯び始めた。
日が大分傾き、小さい少年の影も長く伸びる。
女性陣は既に宿へと戻っており、はしゃぎ疲れたカイルとジューダス、そして時に輪に入りながら眺めていたロニがその場に座り込んでいた。
「ふー、お前、あんまり遊び知らねぇんだな」
からかうようにロニが笑う。
カイルが無理に振り回していたのもあるだろうが、そのほとんどをジューダスは戸惑いながらカイルに「何をするんだ?」と聞き返していた。
ジューダスは少し拗ねたようにロニにそっぽを向いて呟く。
「名前くらい知っていた」
「やったことはなかったんだろ?」
「うるさい」
その柔らかい頬を今にも膨らませそうな顔で言うジューダスにカイルも同じように笑った。
「ねぇねぇ、楽しかった?」
カイルがジューダスの目を真っ直ぐ見ながら尋ねる。
また少年は目を瞬かせながら、俯いたりそっぽを向いたりしてどう答えようか考え呟く。
「………少しは」
その言葉にカイルの顔はパッと輝いた。
「また遊ぼうね!」
カイルが笑顔のままに強く言えば、ジューダスは少し驚いたようで、綺麗なアメジストが丸々とカイルを見る。
「……また、……遊べるのか?」
そんな反応が来るとは思っていなかったカイルは少し首を傾げて吃る。
明日になればジューダスは元の姿に戻るだろう。
「ん、えっとー…リオンが望んでくれたら」
「………」
「どうしたの?」
俯き黙り込んだジューダスを心配して、カイルは夕日により濃くなる影からその表情を伺おうとジューダスに近づくが、その前に彼は立ち上がり、軽く砂を掃うとカイルに背を向けた。
「少し、歩いてくる」
「え?」
「付いてくるな」
そのまま走り出したジューダスに置いてけぼりを食らったカイルは唖然と小さな背を見る。
ロニは黙って立ち上がるとカイルの頭に軽く手を置いた。
「俺が行って来るから、お前ももう宿に戻っておけ」
「あ、うん…ジューダスのことよろしくね、ロニ」
珍しく直ぐに引いたカイルはそのままジューダスが向かったのとは逆方向にある宿へと歩いていった。
そしてロニは小さな背に向けて歩き始める。
小さい体のジューダスが走っていても、コンパスの違いから少し速めに歩けば追いつくのは容易である。また、途中からジューダスが走るのをやめて歩き出したのもあり、小川に軽くかけられた橋の上でジューダスに追いついた。
「付いてくるなと言っただろ」
「…俺はお前の友達でもあるけれど、保護者でもあるからな」
「………」
振り向かぬまま呟くジューダスに返せば、少年は黙り込む。
その小さな背中が夕日に照らされ橙に染まり、少し寂しい色を宿していた。
「……寂しいのか?」
ふと、ロニが尋ねる。
「寂しくなんかないと言っただろう。煩い奴だ」
また少年は振り向かぬまま即答した。
沈黙が降りた中、橋の下にある川辺を歩く親子が眼に入る。
くすくすと笑いあいながら、手を繋いで歩く二人を少年が目で追っているのが後ろからでもわかり、ロニはただ黙ってその様子を見ていた。
やがて親子の姿が見えなくなったとき、ぽつりとジューダスが呟いた。
「なぁロニ…」
「…ん?」
「ロニは両親、居るのか?」
今だ親子の去って言った道を見つめながら呟くジューダスに、「あぁ」とロニは言いながら空を眺めた。
「二人ずついるんだ」
「二人ずつ?」
「前の両親は死んでよ、その後は孤児院に引き取られて、そこにいる夫婦が俺の今の両親。でも父さんのほうはまた死んじまったけどな」
「…そうなのか…」
少年の声に悲しみが混じる。元の彼だったら絶対言えない話題だなとロニは赤い空を眺めながら思う。
彼は元から仲間に頼るなどをしようとしなかったが、間違いなくロニに自分から頼ったり弱みを見せたりはしないだろう。
しばらくの沈黙の後、また少年が呟く。
「ロニは僕に思い出はないのかって、聞いただろ……ロニは、あるのか?」
僕にはわからないから、
そんな言葉が後ろに続いたような気がして、ロニ立ち止まってから一切動かしていなかった足を踏み出し、無防備に背を向け続けるジューダスの脇に手を差し込んで持ち上げた。
「ほらよ」
「なっ……なんだ…?」
不意に浮いた己の体に驚き、ずっと遠くを見ていたジューダスの顔は必死に後ろに居るロニを睨みつけ、足をバタバタと振った。
「あんだけ遊んでたし疲れたろ?」
「ふざけるな!一人で歩ける!」
「はいはい」
ジューダスに対してこのような子ども扱いをできるのはきっとこれで最後だろう。
彼の必死な言葉も軽く受け流し、ロニは更に少年を持ち上げた。
そしてそのまま軽い体を自分の肩に乗せる。
「うわっな、何をするんだ!」
「こんな感じかな」
「…?」
不安定な場所に下ろされたジューダスはロニの頭にしがみつつ怒りを露にするのだが、返って来るロニの言葉がまったくその答えになっていない為、今の自分の現状もあり困惑の表情のまま固まった。
ロニは笑みを零して、ジューダスの足をしっかりと掴み、歩き出す。
「俺の覚えてる親父は、こうしてよく肩車してくれて、そこから見えるすっげぇ高けぇ景色が嬉しくて、よくその髪の毛引っ張って怒られて」
続く言葉が先程自分が問うたものの答えと知り、ジューダスはそのまま大人しく耳を傾けた。
「こんなに高いんだけど、親父がしっかりと俺の足掴んでるから怖くなくてさ、そんな安心感もあってか最高の場所だったな」
「………」
少年を肩に乗せているロニからは、彼の表情を見ることは叶わないが、その小さな手はしっかりと自分の頭を掴んでいて、またロニは小さく微笑んだ。
だが、それもつかの間、突然少年はまた足を振り始めて、しっかりと掴んでいるからそちらは問題ないのだが、頭にしがみついていた手が首へと回り、少年は自らバランスを崩す。
「おいおい、あぶねぇだろうが」
「煩い、いいから足を離せ」
とりあえずこのバランスではロニも不安があるので、一度歩みを止めて、試しに片足を離してやれば、そっとその足はロニの背のほうに下ろされ、反射的にロニはその足を掴む。
そしてもう片方の足も同様に
「お前の肩車は安心できない」
「………わるうござーしたね」
「…こっちのほうがいい」
そういって、少年はロニの背中に軽く額を押し付けた。
肩に乗っていた少年は、今はロニの背中に納まり、小さな手はそっと肩の服を掴んでいる。
「……そっか」
苦笑いを零して、ロニは止めていた足をまた動かした。
「……あったかいな」
「ロニ様の背中は広くて心地いいだろ」
「……暑苦しいの間違いだったか」
「お前……」
可愛く自分の背に捕まっているというのに口の減らない少年に、そしてその16歳の時となんら変わらないロニをからかう言葉使いに呆れるが、やはりそれが照れから来るものだとわかってそのまま黙って歩き続けた。
背中が子供の体温に暖かい中、しばらく歩いているとふとその暖かかったはずの背中の一点に冷たいものを感じて、ロニは軽く背中の少年を見る。
ロニの背に顔を押し付けるジューダスに、ロニはまた前を向き、何もなかったように夕焼け空の下を歩く。
(………寂しいに、決まってるよな……)
親の背も、またロニにとっては温かい思い出の象徴だ。
何も無いと言う少年に、少しでもその温かさが伝われば
そう願った。
何故かこの雰囲気を壊されたくなくて、遠回りをしながら宿に着いたとき、背中から伝わる規則正しい呼吸にロニは声を抑えながら笑った。
「で、疲れて寝たりするんだよな」
今では右頬を背に当てるだけで、今まで見たことの無かったジューダスの寝顔を惜しげなく晒している。背負っているロニはその表情が見にくい為少し残念に思ったが、それでもしっかりと服を掴む少年の手に、また笑みを零した。
「可愛いところあんじゃねーか」
翌日。
「ハ~ロ~ル~ド~!!」
普段の淡白はどこへ逃げたのだろうと思う。
殺気がオーラとして見えそうなほど怒り狂うそれに逃げてきた寝癖の女はカイルとロニの後ろへと隠れ、カイルとロニはその殺気に体を硬直させ冷や汗だけが背中を流れた。
「貴様らもだ!変なことに加担しおって、一気に斬ってやるからそこに並べ!」
「う、うわっごめんなさいっ!」
等々柄に手をかけたジューダスにカイルは大慌てで謝りながら走り逃げ出す。ロニも同様だ。「また遊べるのか?」と聞いていた幼少ジューダスが恋しい。16歳ジューダスの遊びは実に過激である。
「そ、そう怒るなってジューダス」
「俺ちゃんとジューダスの面倒見たよ!?」
「そう怒らないでちょーだいよー。あんたカイルと楽しそうに遊んでたじゃない」
「なっ…!」
ハロルドの言葉で動きを止めたジューダスに、一先ずロニは安堵のため息をつく。
そして硬直したジューダスに思わず悪戯心が出来て、後に後悔する言葉を投げた。
「お前のちっちぇえ頃めっちゃくちゃ可愛かったぜ?ジューダスちゃん」
「……~!?」
その言葉に肩を震わせ仮面の下からでもわかるほどに顔を真っ赤にしていくジューダスに思わずロニはにやにやと笑う。
が、次の瞬間彼の鞘から光が放たれた。
「月閃光!!」
「うおあああああっ!」
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