R18 ウネ男とビリ男がローを触手姦する話(途中)

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悪魔の実は非常にたくさんの種類がある。大海賊時代である今、能力者の多くが海に出てその能力を戦闘に活かしている。しかしこの力、ただ戦闘に使うだけではあまりにもったいない。これは人知を超える力。普通では起こりえないことを起こすことのできる力なのだ。

そう夢見るのは一人の能力者の男。偶然悪魔の実を手にし、食した彼が手に入れたのは――ウネウネの実の能力だった。

ウネウネの実――超人系能力種だ。別にウネウネと自分の体を波打たせるような変な能力ではない。今を騒がす海賊、モンキー・D・ルフィのように自分の体を変化させる能力ではないのだ。どちらかというと七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴのようなタイプの能力と言えよう。彼が好きなように糸を生み出すように、このウネウネの実の男もまた、好きなようにウネウネとした触手を生み出し、自由自在に操ることができたのだ。

初めてこの能力を手にした男は自分の指先から伸びた気味の悪い触手にドン引きした。なんて気持ち悪い能力だろう。もっとカッコいい能力がよかった……これじゃあ本に出てくる気持ち悪い敵役モンスターじゃないかと、地面に両手をついてがっくり項垂れたものだ。戦うにはカッコよさがあまりに足りない。そして攻撃力にも欠ける能力であった。

才能があればもしかしたらもっと触手を早く動かし、鞭のような殴打ができるのかもしれない。はたまた、触手の形状を変化させたり硬化させることによって敵を貫く槍に変えることもできたかもしれない。男もまた、それらができぬものかと何度も試してみたのだが――結果は実らず。悪魔の実の能力を自由自在に操る者たちを心の底から尊敬して終わったのだった。

しかし、この力を戦闘に活かすことを諦めたことが転機だった。と、男は思っている。それは雷に打たれたような突然の閃き。神の啓示のような素晴らしき発想だった。

そう、この力を初めて得たときの直感は間違っていなかったのだ。――子供の頃に見ていた絵本。五人の美少女が戦士となって戦う物語シリーズ。このシリーズには何故か毎度、触手を伸ばして攻撃してくるモンスターが登場する。そのモンスターは触手で美少女を拘束して苦しめるのだ。その美少女達が捕まる絵を見たとき、男は胸の奥がむずむずした。そう、興奮したのだ。

美少女が真剣に戦う物語は男の性癖の形成に一役買ってしまっていた。そう、もう説明は不要だろう。男は触手プレイがしたいのだ。それも、気高い美少女が望まぬ拘束を受けて苦しみながら悲鳴を上げるような……そんな姿が見たくてたまらないのだ。

そうして性道徳から逸脱した男は、身も心も最低下劣なモンスターとなって今、酒場にいる。ほろ酔い程度に酒を楽しみながら、男は一つの手配書を握っていた。

その手配書に写るのはハートの海賊団船長トラファルガー・ロー。手配書は数年前のもので、まだ懸賞金が二億にも満たなかった頃のものだ。

トラファルガー・ローは紛うことなき男である。顎に髭を生やし、不敵に笑う様は何とも憎たらしいものだ。初めて手配書を見たとき、男はトラファルガー・ローに何の関心も持ってはいなかった。そもそも性別からして歪んだ性癖を向ける対象になるはずがなかった。だが数年前、ウネウネの実の男は実物のトラファルガー・ローに出会ったのである。夜更けの、このような酒場の一つで。

 

 

 

最初、男はその人物がトラファルガー・ローだとは気づかなかった。彼はただ静かに酒を飲んでいた。たった一人で。

まず目に付いたのがすらりと細長い脚だった。タイトジーンズに包まれたその足は細長く美しかった。その優雅に組まれた足に何度も視線を這わせてしまった。彼は緩やかなパーカーを着ていたが、上半身もすらりと細長く見え、襟首の広いパーカーから見える項が妙に艶めかしく見えた。彼は一人で静かに酒を飲んでいた。だというのに、酒場の誰よりも目を惹く存在であった。

ウネウネの実の男が座ったのは彼の横顔の見える席。男は遠くから無遠慮に彼を観察した。もはや酒場の誰もがチラチラと彼を見ていたのだから遠慮する必要はなかった。

ローは本当に静かにただ酒を飲んでいた。その表情に、あの手配書にある不敵な笑みはなかった。あのトレードマークの帽子は被っていなかった。あのふかふかの帽子は今、彼の組まれた太ももの上にある。物静かな横顔は端正で、手元の酒へと視線を落とす目元は、隈のせいかどこか危うさを感じる色気を発していた。

(なんだあれは)

目を奪われて仕方なかった。目の前の不思議な生き物が理解できなくてずっと見てしまう。手配書で見た時の印象とは随分と違って感じた。

どこか物憂げに佇む彼は手配書と比べ随分若く見えた。写真では見えなかった細長い体が見えているからかもしれない。はたまた、帽子を被っていないからか。あの威嚇するような不敵な笑みがないからなのか。それらがないだけで、こうも一変して見えるのだから世界は不思議である。

「……なァ」

ふと、ガタイの良い男が近づき、ローが飲んでいたグラスのすぐ隣に手をついた。あの華奢にも見えてくる細い体が、太い胸板を持つ男の体に閉じ込められるような光景に胸がカッとなる。しかし、でかい男が手をついたのは右手。ウネウネの実の男がいるのも右側である。その太い腕でローの顔が見えなくなり、ウネウネの実の男は慌てて姿勢を変えて彼の顔が見える位置を探した。ようやく視界に入った彼は静かに視線だけをでかい男へ向けていた。一切表情を変えることなく、その琥珀の目だけがつぅ、と右に動く様がなんとも堪らなかった。

「兄ちゃん、こんなところで一人寂しく何してんだ?」

ガタイのいい男が言う。その声音に隠し切れない興奮が乗っていた。息を荒くし、涎すら垂らして今にも獲物に食いつく前の犬のようだ。

(……あぁ、そうか。……そうだ)

見知らぬ巨体男の言葉で、ようやくウネウネの実の男は自分の胸に渦巻く謎の感情が飢えであることを自覚した。あれは雌だ。それも極上の。男ではある。だが、男であってもそういう対象にして然るべき存在なのだ。

ウネウネの実の能力者にとって、今まで男は性の対象でなかった。それが覆った瞬間であった。

自覚することによって更なる興奮を呼び、これからどうなるかを男は期待しながら見ていた。

ローは男にどう応えるのだろう。彼はそういう性癖を持っているのだろうか。男を誘う為にこの場に来ているのだろうか。自分も誘えばヤらせてくれるのだろうか。でも、それよりは……。

「失せろ」

たった一言。その短い言葉はやけに酒場に響いて聞こえた。不思議な声だった。余韻を引くような、不思議な響きを持つ声だった。

ウネウネの実の男はヒュオッと音を立てて息を呑んだ。彼は更なる興奮を得ていた。

トラファルガー・ローは雌としての自覚がない。捕食しようと手を伸ばす我々を蔑むように睨んでいる。決して自分たちでは手の届かないような場所から見下ろす高嶺の花のように。

堪らなかった。堪らなかった。男は興奮していた。そういう高嶺の花を地に引きずりおろし、自分の達の手でぐちゃぐちゃに汚す瞬間こそが、男にとって一番の悦楽だった。

ローに迫る男もまた、ウネウネの実の男と同じ感覚を得ていたのだろう。ローの言葉に怒りを向けるどころか卑しく笑みを浮かべている。そしてローの体へ本格的に手を伸ばし始めた。男の手がローの体へと触れようとした瞬間。

ガッ!

大男が天井にぶち当たりそうなほどに上へ飛んだ。ウネウネの実の能力者には何が起きたのかわからなかった。全く見えなかった。ローはいつの間にか右拳を上にあげていた。その向きからして、あの拳が男の顎を打ち上げたのだろう。大男はそのまま後ろにドサッと音を立てて倒れ、そのまま動かなくなった。ローは静かに腕を戻すと、何事もなかったかのようにその手でグラスを取り、口へと運んだ。

酒場に静寂が訪れる。暫く呆気に取られていたウネウネの実の男は、ややあってごまかすように酒を飲んだ。それはきっと、他の酒場の客たちも同じだっただろう。そんな変な緊張感と静寂だった。

(やべェ。つえェ)

さすが賞金首の海賊である。あの細身のどこから大男を吹き飛ばす力が出てくるというのか。

しかし、ウネウネの実の能力者のローを見る目は今も変わらなかった。どれだけ強い力を見せつけられようと、あれを喰らいたいという本能はそう簡単に抑えられやしないのだ。あれほどに強く、決してこちらに堕ちない存在だからこそ堕としたいのだ。そして、その考えを持つのはウネウネの実の男一人ではないようだった。

酒場のほとんどの者が先ほどのローの姿を見て欲を引っ込め恐れの目を向けている。しかし、同じ穴の狢である男にはわかる。今もローへと多くの視線が向く中。そのうちのいくつかに、どうすればあれの隙をついて押し倒すことができるのかという執着に満ちた目が存在している。

ローが席を立ち酒場から出ていくとき。数人の客もまた、席を立った。ウネウネの実の男も同じであった。そして皆、向かう先は同じであった。

 

 

 

正攻法では大男のようになる。それを悟った者たちが闇夜に隠れてトラファルガー・ローを囲んでいた。

ウネウネの実の男はそれを物陰に隠れて観察していた。

ローは尾行されていることに最初から気付いているようであった。身の丈ほどもある大太刀で肩を叩いている。苛立ちが見て取れた。酒も回っているはずだ。さぁ、今回はどうなるのか。ウネウネの実の男は高鳴る胸を抑えながら、闇夜の中で目を凝らした。

 

一方、これほどの醜い欲を向けられているなど露程も思わぬローは舌打ちをしていた。ローに酒場の男どもの煩悩など理解できなかった。

「なんだって次から次へと……」

苛立たし気に鬼哭で肩を叩きながら呟く。ローの脳裏には「あんたは一人で酒場に行っちゃダメ!」と窘めるクルーの言葉が蘇えっていた。この現実を見せつけられても尚、クルーの言葉も、この現状も、不満でしかなかった。

どうにも自分は男にそういう目で見られやすいようだと、経験則からローは学んではいた。そういう目で見てくる輩の考えは理解できないものの、幾度となく経験していればそう認識せざるを得ない。だから髭を生やして舐められないようにもしたというのに。髭面の男の何がいいのやら。ローにはさっぱりわからなかった。この状況を知られれば、「それみたことか!」とペンギンあたりに言われそうでうんざりする。されど、ローにはクルーの言葉など承服できるはずがなかった。そんな生娘を心配する親のような言葉を了承できるはずがない。クルーに守られて恐る恐る酒場に行くなどプライドが許さない。そもそもローにだって一人で静かに酒を飲みたいときがあるのだ。だというのに、そういう時に限ってこうなる。苛立ちが尽きなかった。

当然ながら、そのトラファルガー・ローの苛立ちは彼を囲む者たちへと向けられることとなった。

 

 

 

(なんだあれは)

ウネウネの実の男は再び胸中で呟く。目の前に広がる光景に男は絶句していた。

人の体がバラバラになって転がっているのだ。それだけでも恐ろしいことだが、更に恐ろしいのが、バラバラになって尚、彼らは生きているということだ。

それぞれの体がびくんびくんとのたうち、この場の絶対者であるトラファルガー・ローに助けを乞うている。

トラファルガー・ローは強かった。めちゃくちゃ強かった。その一端は酒場で見ていたが、あの程度で僅かでも知ったつもりになった驕りを、彼らは心の底から悔いているだろう。あんなでかい刀をどうやってあのスピードで抜いたのか。それすら分らぬままに、彼らはぶつ切りのバラバラにされていた。

ローが刀を振るう前、彼はゆるりと左手を胸の高さまで上げた。五本の長い指が空間を掴むように動き、掌から円が生まれる。その一連の美しさに目を奪われていたら、いつの間にか刀が振るわれていたのだ。そして、気づけば彼を囲んでいた者たちは皆バラバラになって地面に落ち、その中でトラファルガー・ローただ一人が静かに立っていた。その光景すらも美しかった。月光に煌めく刀は死神の鎌のようで、それを肩に乗せている立ち姿があまりに神々しかった。

叶わない。手の届く存在ではない。冷静であれば簡単にわかることであった。あの死神の美しさに囚われるより、彼の足元に転がる肉塊の存在に恐れを持つべきだろう。それが普通であろう。だが、男の執着はもはや狂気に近かった。

あの美しいものに、この醜い触手を這わせたとき、いったい、どんな絵になるのだろうか。

気づいたときには欲求のままに右手を伸ばしていた。その手の平から一本の触手が生まれる。蛇くらいの太さの触手は地面を本当の蛇のように這い、じわじわと彼の足へと伸びていく。その光景だけで興奮した。

触手の先へと全ての意識を集中していた。触手の先に目が生えたのではないか。そんな光景を見ていた。

地を這う。上を見上げながら地を這う。這っていく。じわじわと近づく。近づいていく。月光を背景に佇む死神の姿が近づいていく。あぁ、近づく。近づいていく。彼の姿が大きくなっていく。近くなっていく。足がすぐそこだ。あの細く、長い、美しい足が。もう少しで。触れる……触れる。

その光景にスパンと斜め横に煌めく線が走った。

男は目を見開く。男の夢が触手と共に切って落とされた瞬間であった。触手の先はくたりと地面に落ちて動かなくなった。

男が意識を触手の先から上へと向ければ、かの死神がこちらを向いていた。

(あ、死ぬ)

その時、ようやく男は理性を取り戻した。しかし、すべては遅すぎた。ならばもう、やけくそになる以外の道はなかった。戻ってきた理性を男は一瞬で投げ捨てた。

男は持てるすべての力を使い、触手を一気に生み出した。数多の触手が一気にトラファルガー・ローへと向かって伸びる。ローは大太刀を横へと一閃した。それでほぼ全ての触手が切り落とされていた。もう一閃した。いや、二回振るっただけにしては切られている触手の数がおかしい気がする。それを正確に知覚することすら叶わなかった。だから、男は自分の体が一緒にぶつ切りになっていることもわからなかった。それが、双方にとってちょっとした誤算であった。

男は欲求の赴くままに、変わらず触手を伸ばし続けていた。自分の体がぶつ切りにされているのにも気づかず。そしてローは、切り捨てて散った男の体の至る部位から一気に触手が伸びてくるのに虚を突かれた。

男の触手は、とうとうトラファルガー・ローの体を捉えたのである。刀を持つ腕に、太ももに、細い腰に、足首に、触手がぐるりと這って締め付けている。男にとって、それは頭が真っ白になるような衝撃であった。鼻の奥がつんとした。よだれが垂れそうであった。

あのトラファルガー・ローが、触手に囚われているのだ。気持ちの悪い、ウネウネする不気味な触手を、這わされているのだ。

(おぉ、神よ)

このまま、完全に身動きを封じてしまえば。なんということだ。まさか、まさか、叶うというのか。トラファルガー・ローを、自分の欲の中に突き落とすことが……!

涙が出そうな程の感動であった。そうして、白んでいた男の脳は次なる欲を満たすために動き始める。その、ほんの一瞬の間だった。コンマ数秒もなかった。しかし、夢でも見ていたのか。今、男の目の前に、先ほどの神に感謝する光景はなかった。

ただ空虚に、そこにあったはずのものを捉えたままの形をしている自分の触手。それだけがあった。

そこにトラファルガー・ローの姿はなかったのだ。

「……へ?」

「へェ。ぶつ切りにされてもまだ動かせるんだな。おもしれェ」

その声は後ろから聞こえた。しかし、男に振り向くことはできなかった。この時、男は首を動かしても視界が変わらないことにようやく気づいた。次の瞬間、目が回った。頭をごろんと転がされたのだ。そして次なる視界では、トラファルガー・ローが男を見下ろしていた。

ニィ、と笑った顔は、あの手配書の憎たらしい顔であった。だが、何故か今はその表情にすら煽られるものがある。だからこそ組み敷きたくなる。

男は再び欲求のままに触手を動かそうとした。しかし、突如手に痛みが走った。視界の端で変な場所で戦慄く自分の手を、トラファルガー・ローが踏みつけていた。ぐり、と踏みしめられ痛みに男は叫ぶ。しかし、涙で滲む視界の先には……ローアングルから見える長い脚と、その先にある股座。そして見下ろす冷ややかで綺麗な顔。

あぁ、畜生。この生意気な顔を今すぐ歪めてやりたい。

それはつい先ほど叶いかけていたのだ。その夢に確かに男は指先を触れていた。だというのに、どうしてそれを逃したのか。寸でのところで触れていたからこそに、その悔しさと執着に拍車がかかっていた。下手にその極上の味を知ったからこそ、突き上げる次なる欲求は重かった。恐ろしさよりも、その感情で男は塗りつぶされていた。

(犯してェ……! トラファルガー・ローを!)

ローは男の視線から何かを感じたのか、蛆虫でも見るように端整な顔を歪めると長い指をぐるんと回した。すると、男の視界は一気に変わり、気づけば異臭漂う真っ暗な場所にいた。

そこからは大変であった。ゴミの山のいろんな場所へと体の部位を飛ばされた男は、触手を必死に伸ばして自分の体をかき集める羽目になったのだから。

しかし、そんな最中でも、あの身の奥に深く染み込んだ欲の感情は鎮まることなく暴れ続けていた。

数年経った今でも一切風化することなく男の中で燻り続けている。

 

 

男は数年前の鮮烈な記憶に思いを馳せ、手配書を握る。

あの強烈な飢餓感は今も続いている。どうしても、どうしても、トラファルガー・ローを自分の触手で絡めとり、あの端整な顔を歪めさせてみたい。あのどこまでも凛とした男を、自分の手の中に堕とし汚し尽くしたい。その欲求は年々増していくばかりだ。どうすればそれが叶うのか。そのことばかりを考える日々だった。

そうして、男は少しずつ情報を掴んでいった。

トラファルガー・ローには瞬間移動のような能力がある。それは物と物を入れ替える能力らしい。触手から逃れられてしまったのは、恐らくそれによるものだろう。ならば、まずあの能力を封じなければならない。そうするにはどうすればいいのか。それをただひたすら考え続けた。しかし、たった一人でそれらの条件をクリアするのは難しかった。悪魔の実の能力を封じるには海楼石を用いるのが一番だろうが、ウネウネの実の男もまた能力者である。簡単には扱えない。

それでも、男は諦めなかった。そして執念の末、彼は再びトラファルガー・ローが上陸している島に現れたのだ。

今やトラファルガー・ローは七武海にまで上り詰めていた。あれだけ強かったのだ。当然だろうと男は思う。しかし、それでも男は怯んだりしなかった。むしろローは七武海になってから更にあの危うい色気が際立つようになっていた。ウネウネの実の男の狂気を煽るばかりであった。

また、ローが七武海になっているからこそ他の海賊に比べ次の寄港場所を予測し先回りすることもできた。潜水艦を海賊船としている彼は神出鬼没だ。しかし、七武海となった今、ローはある程度海軍本部へと足を運ばざるを得なくなる。他の七武海の者が海軍からの招集にほとんど応じない中、彼は豆に足を運んでいるようであった。そうなってくれば近場の島に寄ることも増えていく。こうして待ち構えることができるのだ。彼が七武海になってくれて本当によかった。

ウネウネの実の男は自分の運の良さに身震いした。すべてが自分の背を押しているようだ。夢は執念があればいつか叶うのだ。今なら幼い子供にそう教えを説くことだってできよう。男は汚い笑みを浮かべた。

さぁ、夜も更けてきた。ここが彼の気に入りの酒場であることもリサーチ済み。準備は万全だ。男は手配書を懐へしまい目を瞑る。あとは、待つだけだ。絶好の機会を。

そして――トラファルガー・ローは酒場に一人で現れた。

男の運の勝利であった。ロー自身は一人を好むことが多いようだが、彼の仲間はそうでない。隣を歩くつなぎ姿のクルーを見かけることは少なくない。しかし今日、その姿はない。そう、これこそが絶好の機会だった。ローがたった一人で、この街の奥にある静かな酒場に現れる、この時こそが。

ウネウネの実の男は荒くなりそうな息を必死に整え、酒場の入口へと向けた視線をゆっくり元に戻す。視界の端でローが動く。カウンター席に座り、彼はあの時のように細長い足を組んだ。やがて彼の前に酒が出される。

静かな酒場であった。店主による治安維持が行き届いているのか、七武海トラファルガー・ローの名がよく知られているのか、いつぞやの酒場のように彼に絡む人間はいなかった。流石にここまで名が上がればあのようなことも減るのかもしれない。怖気づいた負け犬共の視線ばかりだ。

この中で無遠慮に視線を送ればさすがに気付かれるだろう。なんたって一度襲い掛かっている身なのだ。男はついついローの姿に目を奪われそうになるのを必死に堪え、パーカーのフードを深く被る。気を緩めばすぐにでも邪な感情を剥き出しにしてしまいそうになる。今宵、あのすました顔を歪められるのだと意識すれば、それだけでにやけた笑みが出てしまいそうだ。ローは人の気配に敏い。大事なこの局面、こんな下らないミスで全てを台無しになどできない。男は必死に頭の中を無にした。酒は味がなくなった。酔う無様だけは晒さぬよう、たった一杯の酒をちびちびと飲みながら時間が過ぎるのを待った。

どれだけの時間が経ったか。途方もないほど長かった気がする。しかし、一瞬であったかのようにも感じる。男の体内時計は完全に狂っていた。気づけば随分と客が減っていた。そして、ローが席を立った。

とうとう、その時が来た。男は自分でも不思議に思うほどに落ち着いていた。もう呼吸が荒くなることもない。視界はやけに広く感じる。あぁ、いい感じだ。今なら何でもできそうだ。ポケットに忍ばせていた電伝虫へと手を伸ばし、その殻をトントンと二回叩く。そして、男もまた席を立った。

酒場は町の入り組んだ路地裏にあった。周囲に人の気配はない。僅かに漏れる街の明かりと月の光だけを頼りに男はローの背を追う。隠れる気はなかった。彼の歩調に合わせて堂々と彼の後ろを歩いた。

やがて少し開けた場所へと出た。それでもここは街の裏道。こんな夜更けに一般人が来る場所ではない。変わらず人気のない中、トラファルガー・ローがその開けた空間の中央で立ち止まり、振り返った。

「何の用だ?」

暗がりの中だ。その瞳の色すらはっきりわからないのに、鋭い視線がこちらに向けられていることがよくわかる。背中に緊張が突き抜ける。ぶわっと足元から頭にかけて産毛が逆立つような感覚があった。緊張や恐怖によるものだけではない。この暗がりの中、身の丈ほどもある大太刀を肩に担ぎ真っすぐ立つその姿に、既視感を感じていた。――あの、夢を掴み損ねた後悔の時に帰ってきたのだ。

男は笑った。興奮から勝手に笑いが零れていた。ゆっくりとフードへと手をかけ、下す。ウネウネの実の男の顔が露になっても、ローは怪訝そうに首を傾けるだけだった。彼が自分を覚えていないことを察しても、ウネウネの実の男は特に何も感じなかった。そうかもしれないと思っていた。それでいいとさえ思える。その方が、興奮する。

ウネウネの実の男は一気に仕掛けた。両腕を前に突き出し、五本の指を大きく広げる。そうすれば、それぞれの指の先から勢いよく触手が飛び出した。最初は指に沿った太さであった触手は次第に手首ほどの太さまで大きくなり、ローを覆うようにそれぞれ広がる。ローは特に慌てる様子もなく大太刀の柄を握りそれらを一閃した。彼が刀を振るうのとほぼ同時に、青いサークルが一瞬で広がるのを何とか感知した男は、その太刀筋から逃れるように頭を下げる。

(なんてことだ。能力を使うスピードが段違いに上がっている)

ウネウネの実の男は冷や汗をかく。触手がボトボトと周囲に落ちる中、ウネウネの実の男は地面へと両手をついた。

(だが……あの時と違うのは、お前だけじゃないぜ……!)

そう、ウネウネの実の男はこの日の為だけに努力してきたのだ。

地面がのたうつ。うねる。地面だけじゃない。周囲の壁も、落ちている空き瓶も、何もかも。

悪魔の実の能力が自身のみならず周囲にも及ぶこの力。いずれドンキホーテ・ドフラミンゴがモンキー・D・ルフィに教えることになる悪魔の実の能力の新たなステージ。これは、能力の覚醒である。されど、ウネウネの実の男はこれが能力の覚醒であることを自覚していない。なんかこう、触手の巣みたいなものにトラファルガー・ローを包み込み、それで犯しつくしてやりたいと、危ない妄想を日夜繰り広げ、それができるようになりはしないものかと、本能と煩悩の赴くままにひたすら繰り返していたらできるようになってしまった。ただそれだけのことなのである。男の強すぎる煩悩と妄想力がもたらした神の悪戯であった。

地面が触手へと変わり、ローはその触手に足を絡めとられる。既に周囲の触手は四方八方からローへとその手を伸ばしている。触手に捕まった彼が脱出するには、過去にも一度見せた、あの何かと物を入れ替える能力を使うしかないだろう。されど、周囲の物という物はあらかたウネウネの実の男によって触手に変えられてしまっている。

今のローならばサークルを更に広げ、ウネウネの実の男の能力範囲外のものと入れ替わることで回避することが可能だ。だが、その分体力を消耗することになる。その上、逃げた先でもまたすべてを触手に変えられてしまえば面倒な消耗戦となっていくだろう。

だから、ローは短期決戦を選んだ。触手に腕を絡めとられる前に大太刀を振るい、迫りくるほぼ全ての触手を切り刻むと同時に、ウネウネの実の男をバラバラに刻んだ。数年前のあの日と同じであった。

ウネウネの実の男は切り刻まれた。地面についていた腕も、顔も、何もかもぶつ切りに刻まれた。ローの人差し指がくい、と上に向けられる。それにより男の体はすべて宙に浮き、次には男の体と繋がる触手が全て切断された。

(あぁ、参ったもんだぜ。トラファルガー・ロー)

ウネウネの実の男は覚醒によって自身以外のありとあらゆる物に能力の影響を与えることができるようになった。しかし、それを動かすには自分の体と繋がっている必要があった。そうでなければうまく触手を動かすことができないのだ。

(何を見てそれに察したのやら。その勘の良さには恐れ入る)

体をバラバラにされ宙に浮かされたことにより、男は地面の触手と離された。地面や壁や物などは変わらず触手の姿を維持しているが、今の男にはあの大量の触手を自在に動かすことができない。触手は全て力を失い、ローの足を拘束していた触手も今やだらりと彼の足に乗っかるだけだ。

(だけど、それでいいんだ!)

ウネウネの実の男がにやりと笑った時、ローがこの場に潜んでいたもう一人の人間に気づく。その男はこの小さな広場に繋がる裏路地に潜んでいた。今もまだ、その立ち位置は変わらない。ローとは距離が随分とある。ローは遠隔攻撃に備えるだろう。しかし、もう何もかも遅いのだ。潜んでいた男は、既に足元の触手に手を付けていた。

粘液を纏う触手の表面に、光が走る。

「ぐあっ!?」

びくん、とローの体が跳ねる。同時に彼が張っていたサークルが掻き消え、ウネウネの実の男の体は全て地面に落ちた。同時に、ローもまた触手の海へと倒れこむ。何が起こったのかわからないと言わんばかりに、彼の目は見開かれて震えていた。

トラファルガー・ローは、ぬかるむ触手の海へと落ちた。不自由な体でそれを見止めたウネウネの実の男は叫んだ。

「完璧だ……っ!」

やった。とうとう、成したのだ。

男は相棒へと目を向ける。用心深い相棒はトラファルガー・ローへと走り寄り、彼の背に直接手を触れるところだった。

「ぐぅ……っ!」

再びローの体が跳ねる。

「な…………う…………」

ローは必死に体を動かそうとしているようだ。しかし、それは叶わないだろう。

「ふっふっふ……。どうだ? ビリビリの実の能力は。手足が痺れて動かせねェだろう?」

「……っ」

ウネウネの実の男は触手を動かしながら自分の体を組み立てていく。あの夜とは立場が完全に逆転した。地面に伏すトラファルガー・ローを、ウネウネの実の男が見下ろしている。男は堪え切れない笑いを零した。

この作戦の肝であり最大の戦力が、このビリビリの実の男であった。まさか思いを共にする能力者の男と出会える日がくるとは。それも、これほど素晴らしい能力の持ち主に出会えるとは! 神はおれを愛してくださっている。ウネウネの実の男はそう思った。

ビリビリの実――ゴロゴロの実の下位互換のようなこの悪魔の実の能力は、ウネウネの実の男と同じく殺傷能力や火力に乏しい能力である。しかし、他者の体を痺れさせ行動を制限させてしまうことに関してはピカ一の性能を持っていた。通常の感電では起こらないような長く続く体の痺れを与えることができるのだ。

ビリビリの能力が生む電流は強くない。だが、ウネウネの実の男が生み出す触手は粘液に包まれておりよく電気を通す。あの時、広場いっぱいに生み出した触手はローとビリビリの実の男を繋げていたのだ。実はこの作戦、ウネウネの実の男も一緒に痺れることを前提にした捨て身の作戦でもあった。しかし、運よく完全に触手から切り離されていたウネウネの実の男は無傷である。まさかこうもうまく事が運ぶとは。笑いが止まらないのも無理はないだろう。

ウネウネの実の男はゆっくりと右手を差し出し、その指先から触手を生み出す。痺れて体を動かせないローはされるがままに体を絡めとられていく。ウネウネの実の男の呼吸が荒くなる。とうとうこの日が来たのだ。夢に見た映像だ。何年もずっと妄想し続けた世界が、今、現実となった。

ローの両手の指は丁寧に細い触手を巻き付けてがっちり固定した。トラファルガー・ローは指を使って能力を操る。こうして手を封じてしまえば能力も使えなくなるはずだ。それから、首を、胸を、腰を、肩を、腕を、手を、太ももを、脹脛を、足首を、それぞれぬるぬると触手を這わしていく。そうして無理やり触手によって体を起き上がらせられても、ローは苦しそうに息をするだけで何も抵抗しなかった。できなかった。上がる息の中、苦しそうに細められた彼の目が何か脱出方法はないかとせわしなく動いている。

あぁ、囚われている。あのトラファルガー・ローが、成す術もなく、この手の中に。この触手の中に!

「ふふふ。あぁ、まさか本当にこの日が来るなんてな……!! 夢のようだ……!!」

「すげェな。さすがだよあんた。あのトラファルガー・ローを本当に捕まえちまうなんてな」

ビリビリの実の男も、触手に捕らわれたローの姿に興奮しているようだ。

さすが相棒だ。性癖も完璧な一致を見せている。そりゃコンビネーションだってよくなるはずだ。この日が来ることを毎晩のごとく二人で酒を飲みかわしながら語り合ったのだ。そう、交し合った話の中で生まれたネタは山の如し。すべて消化してもらうまで開放してやらねェぜ? トラファルガー・ロー!

ローの首に巻き付く触手がうねうねと動いて彼の後頭部から頬へと回り、ぺちりと叩いた。嫌そうに顔を歪めるローを眺め、二人は卑しい笑みを浮かる。

ウネウネの実の男が歩きだせば、彼の右手と繋がる触手がそれに引かれてついていく。当然、絡めとられているローも一緒にだ。そうやって、ローは男たちに裏路地の奥深くへと連れて行かれた。

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