ハートが夢見る医者 3-3

OPハートが夢見る医者
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――再び、暫くの沈黙が続く。

各々胸に渦巻く思いを飲み込むだけの時間が必要だった。けれど、先よりは確かに空気は軽く柔らかいものになっていた。

チョッパーはナミの検診を続けながらも、その脳裏に、確かに聞いたあの時のローの言葉を思い起こしていた。

あの時、彼が浮かべていた安堵も喜びも、チョッパーには身に覚えのあるものだ。

目覚めたベッドの上で、当たり前のように置かれていたパン。どれだけ化け物だから仲間になれないと否定しようとも、それを一蹴して、「いこう」と、そう声をかけてくれたルフィ。順に思い起こし、チョッパーの表情が和らぐ。あの時、とても嬉しかったから。

(ドクターやルフィからおれがもらったものを、おれもトラ男にあげられたのかな)

自惚れかもしれない。それでも、ロビンが伝えたかったことがわかった気がして、チョッパーは少しだけ自分を誇った。

作業をするチョッパーの手が僅かに止まり、うつむき気味なその顔に自信からくる力強いものが僅かに宿るのをナミは見ていた。ロビンの言葉は、確かに彼に届いたのだと確信する。チョッパーには彼女の言っていた言葉の意味を理解できるだろうとナミは思っていた。ふっと、彼女は微笑む。

「ねぇ、チョッパー。トラ男、医務室に移動したらどうかしら」

チョッパーの顔を覗き込むようにしてナミは言う。

「伝染しないのなら倉庫に籠る必要なんてないんでしょう?」

大きな目がパチンとウインクひとつ。

それを受けたチョッパーの表情は一呼吸置いた後、パァっと明るくなった。些細なことなれど、今の自分にできる行動を示してもらえたのだ。やはり少しでも自分の体を動かして何かできることをやりたかった。

「……うんっ! うん、うん! そうだよなっ!」

すぐにも動きたくなったらしく、うずうずとし始めたチョッパーに、ナミは更に笑みを深めた。

「じゃあ、フランキーに頼んでここにベッドをもう一台作ってもらいましょ」

ちょっと狭くなるけどね、とナミは笑う。

「いいよ! 全然いい! すぐにフランキーに頼もう!」

食い気味にチョッパーが頷く。その嬉しそうな表情にナミは笑い、チョッパーも釣られてエッエッと笑った。

隣で二人のやりとりを見ていたウソップの表情もじわじわと明るくなる。やがてニッと笑って椅子から立ち上がった。

「よーっし! それならおれも手伝うぜ! おれとフランキーで最高の寝心地を提供してやるからな!」

そう言って、胸に親指を突き立てた。得意げに胸を張り誇示する姿は、先ほどと打って変わって生き生きとしている。いつものウソップの姿だ。

「チョッパー! ベッドのサイズはどれくらいがいい? 簡単なオプションならすぐに作ってやるから、今のうちに言っとけよ!」

「えっとな、えっとな! それじゃあ……」

どこからともなくメジャーを取り出し、部屋の採寸を始めるウソップの元へチョッパーは跳ねるように駆け寄り二人で楽しそうに相談を始める。

すっかり明るくなった空気にサンジもまた小さく微笑んだ。ウソップもチョッパーも感受性が高すぎて沈むのも浮き上がるのも早い。いつもの調子を取り戻した面々にサンジは安心した。こうしてわいわいガヤガヤと騒がしくやってるのがこいつらには似合っている。

(そいじゃ、おれも朝食の準備に戻るかな)

それぞれが自分にできることをやり始めたのに見習い、サンジもほったらかしにしてきた食材を脳裏に思い起こす。次はどの工程からだったか。そんなことを考えながら、ウソップとチョッパーを目の端に入れつつ背を向ける。再び口角を上げ、そのまま医務室を出てキッチンに戻るつもりだった。

しかし、ふと、そこでサンジの足が止まる。

先ほど見ていた、ウソップとチョッパーが楽しそうに話していた光景。それが、何か引っかかった。

あいつらが楽しそうに話しているのは大いに結構なのだ。それは問題ない。だが、そう……ウソップが両手を伸ばし、そこに置かれるベッドの大きさを表現していて……そこにはこれからベッドが置かれるわけで…………。

……。

サンジは突然、ガバッと首だけ振り向き、再び新しいベッドが置かれるだろう場所を凝視した。

そこには変わらず、楽しそうに相談を続けるチョッパーとウソップの姿。そして、すぐ隣でそれをにこやかに見ているロビンとナミの姿。

「ちょ、ちょぉおっと待ったああ!!」

残っていた体もぐるんっと戻し、サンジはベッドの柵をガッチリ掴むと前のめりになって叫んだ。盛り上がってきた場に水を差す非難めいた声に皆びっくりし、訝しげな目を向ける。

「え、な、何よサンジ君」

「ダメだ! それはいけねェ……! 断じて許せねェ!!」

「へ? 何が?」

「トラ男をここで寝かせることだ!!」

サンジの叫びに、一呼吸分の沈黙が落ちる。

「……なんでよ? 伝染病じゃないってわかったんだから、病人を倉庫に寝かしてる方がおかしいでしょ」

「いや、それはそうだけどナミさん……! でも、それって……!」

妙な気迫をもって真剣に何かを伝えようとするサンジの姿に、皆は目を瞬かせる。

一体、何が問題だというのだろう。サンジの様子からして、余程の問題を自分たちは見逃しているのかもしれない。

みんな真剣にサンジへと目を向け、彼の答えを待った。

サンジの喉が、ごくん、と鳴る。そして、すぅっと息を吸い、吸った分、全力で告げた。

「それって! ナミさんと同じ部屋で寝るってことだぞ!?」

ーーその大声は狭い部屋にわんわんと響いた。

意味深な喉鳴らしの貯めから吐き出された言葉は、誰もが全く想像していなかったものだった。

ナミは目と口をぱっかり開けて固まった。そうしている間にもサンジは「それも! こんな! 狭い部屋で! 医務室で!」と、どんどん声を荒げていく。

必死に訴えるサンジの視線があわあわと彷徨う。部屋の狭さを確認し、ナミが座るベッドへと視線を向け、その隣に間を空けて置かれるだろうベッドの場所へと視線を移す。

だめだ。狭い。近い。ベッド。二つ。男女が。すぐ近く。ナミさんと。保健室。

そう、男女が間近のベッドで寝るというのは、とても破廉恥なことなのだ。それも、保健室という一見清楚な空間はそういったことと無縁に見えるかもしれないが破廉恥さに拍車をかけるのである。保健室という場であるが故に、誰もが病人をそっとしておこうとするその神聖なる場所は、二人が濃密な関係に発展していくことを妨げるものがないということで……。

サンジは頭の中でそれらの言葉をぐるぐる回してるつもりだったが、その独自の主張は唇からぽろぽろと零れ出ていた。

「ナミさんと、そんな羨ま……いや、そんなこと、あってはならない。絶対にだ!」

妄想に描いた風景の否定にサンジが必死になっている間に、彼を真剣に見ていた皆の目は、当然ながら白けたものになっていた。

「あんたねぇ……病人相手に何考えてるのよ」

ナミがじとっとした目でサンジを見る。その隣ではロビンがくすくすと可笑しそうに笑い、その奥ではウソップが(いつものやつだな)と呆れ半分の目をサンジに向けていた。

「いや、それはそうだけど……その……うらやまし……」

「おい。さっきから本音が漏れてんぞ」

ウソップが瞼を半分下した状態で小さく突っ込みを入れる。ナミは盛大にため息をついた。謎に張り詰めさせられた空気はだらんと弛緩する。

「ったく。ほら、早くトラ男を連れてきなさい」

「いや、でも……やっぱり……」

「へいへい。カーテンの仕切りでも作ってやるから。それでいいだろ」

「カーテンの仕切りか……いや、それはそれでカーテン越しの影はやばいだろ!? 影ってもんは妄想が膨らんで心を擽られるんだよ! そのカーテンを捲ったり潜ったりするのがまた一つの山を越える背徳感を……!」

「めんどくせぇな!! お前!!」

「おれ、トラ男連れてくるなー」

「よろしくね、チョッパー」

サンジをいつもの発作と見なしたチョッパーは、慣れた様子で今一番にすべきことを見出し、くるりと背を向けた。

(サンジのはいつものよくわからない発作だから、うん、なにも問題ないな! 早くトラ男を医務室に連れてこよう)

純粋無垢なその丸い目には、サンジの懸念に理解は及んでいないだろう。

ロビンは、変わらぬ仲間たちの様子に笑いながら、チョッパーの愛らしいその背を見送るのだった。

 


 

謎ギャグ入れる病が昔から治らないんです。サンジ君ごめん。でもサンジ君ってこういうキャラだよね! 面白くて大好き!

は~~~やっと難産部分終わったんちゃうやろか。多分。次からトラ男君動かせるからおらwktkしてきたゾ。

地味にここ書くにあたって、サンジのナミに対する言葉遣いがわからなくて凄い戸惑ったんですよ。ふとTwitterでどなたかが「サンジがナミに対して敬語ばかり使ってる二次がなんかなー」ってツイートがあって、「えっ!? サンジってナミに対して割と敬語なイメージあったけど違ったっけ!?」ってめっちゃ焦った。めっちゃ敬語で話させてたわ!!

コック接客みたいな対応するときに敬語使うけれど意外と普通に会話してたね! いやー気づかねぇもんだなぁ……あぶねぇあぶねぇ……。いいツイートに出会えててよがっだ!! サンジ君ナミに対してでろんでろんになってることが多いのとそこのイメージが強すぎてノーマルなサンジとナミの会話が私の脳内から全部きれいさっぱりぶっとんでたわ!

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