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目的地であるレインベースへは砂漠を越えなければならない。

雪国育ちであるローとベポにとって砂漠は未知の世界だ。本で僅かに得た知識と、ここに来るまで世話になった商船の船乗り達から聞きかじった知識しかない。その僅かに得た情報から自分たちだけの砂漠越えは無謀だと判断したローは、まずレインベースまで行く交通手段、案内役を探しにナノハナを歩き始めた。

「なにか便利な乗り物とかないかなー」

ベポが辺りを見回しながらぽつりと呟く。

たまに荷車を見かけるものの、その数は少ない。代わりに多くのラクダを見かけた。

先ほどの飲食店とは別の店で話を聞けば、この国での移動手段はほとんどラクダなのだという。人どころか荷物すらラクダがその背に乗せて運ぶのだとか。

また、巨大なカジノが存在するレインベースは観光客もよく訪れるようで、船とラクダを使ってナノハナからレインベースへ向かう観光客向けのツアーがいくつか存在するとのことだった。

それらが集う場へ向かえば、活気よく客寄せするガイドたちとそれに集う観光客らしき人や、レインベースへ向かおうとする地元民が集まっていた。

周囲を見渡したローは、そんな活気ある中で物静かな初老の男を見つけた。地面に立てかけた看板に腕をだらりと置いて木陰に座り込む男はあまり積極的に商売をする様子はないものの、その看板には確かにレインベース行きと書かれている。隣には一頭のラクダがどしりと座り込んで、時々初老の男へと首をやっては撫でられている。

一見サボっている風な初老の男だが、その目は見守るように一点を見つめていた。その視線を辿れば、若い男が不慣れに接客をしては袖にされ落胆する様があった。どうやら師弟関係のようだ。

若者はまだまだ頼りなく見えるが、初老の男は年の割に体つきは良い。経験も豊富そうに見える。ローはそのガイドが気に入った。

ローは若者の前に立つ。若者は肩を落としていたが、突如自分に影がかかったのを察知し、勢いよく顔を上げた。若者とばっちりと目が合ったローは動じることなく言う。

「レインベースまで頼みたい」

「……! あ、はい! 喜んで!」

ようやく掴んだ客に彼は表情を輝かせた。しかし彼に喜びを噛み締める間を与えずローは問う。

「夜の砂漠越えは可能か?」

「え? ……夜ですか?」

「日中は連れがとても持たねェ」

ローは後方へと親指を向けた。その先には建物の影で座り込み息を吐く相棒の姿がある。ローの指の先に誘われそちらへ目を向けた若者は目を丸めた。

「え!? 何あの動物!」

「ベポだ」

肩を跳ねさせて驚く若者。その背後にて、あの初老の男がゆっくりと腰を上げ、こちらへと歩み寄ってきた。

「……こんな砂漠に白熊とはねェ。初めて見たよ」

「さすがにこの暑さに堪えてる。だから夜に砂漠を超えてェ」

「なるほど」

若者の隣に立った初老の男は顎を一撫でして頷くと、言葉を探すように空を仰ぎながら言う。

「確かに夜は暑さが引くが、むしろ極寒の寒さになる。大丈夫かね?」

「寒さには慣れている」

「ふむ。白熊を連れているくらいだからね。きっとずいぶん寒いところから来たんだろう」

無用な心配だったかと、けらりと初老の男は笑った。彼の後ろは町の外れ。その奥には広大な砂漠が広がっている。道も何もない砂だけの世界。太陽のある今ですら道しるべも見つけられない。ローは素直に疑問を投げかけた。

「夜でも迷わずレインベースに辿り着けるか?」

初老の男は笑みを浮かべた。

「あぁ。あんたはいい目をしている。私は長年この仕事をしているからね。夜の砂漠を何度も越えたことがあるよ。あんたの言うように、夜のほうが涼しくて動きやすいもんだ」

彼曰く、暑さを嫌って夜に行動することはこの砂漠で珍しいことではないらしい。

「しかし、涼しい夜に動きたがるのは、この砂漠に住む野生の動物たちも同じだ。闇夜に囚われ彼らの領域に入って犠牲になるものもいる。そこを避けてあんたを送るのが私の役目ではあるものの、日中の旅よりも危険度は増すよ。どうする?」

「問題ない。頼む」

そうして、本来は多くの客と共に超える砂漠を、ローは初老のガイドと彼の部下一人、そしてベポとラクダ達だけで向かうこととなった。

ナノハナで一夜を過ごしたローたちは、翌日の午後からガイドの用意した船に乗り、広い川を北上した。

船にはラクダが六頭も一緒に乗っている。それぞれ搭乗用に四頭と、残りの二頭は荷物を運ぶのだそうだ。

ローはベポ用にと用意されたラクダを興味深そうに見上げる。そのラクダの頭は非常に高い位置にある。大柄な白熊であるベポの体重に耐えられるラクダがいるのか気がかりであったが、ガイドは二倍ほどの大きさのラクダを連れてきた。試しにベポが乗ってみたところ、ラクダはベポを乗せたままやすやすと体を起こして見せ、自慢げに鼻を鳴らしたのだった。

「おれ、誰かに乗るのなんて初めてだよ!」

ベポが嬉しそうに言うのを傍目に、ローは偉大なる航路ってすげェなと感心するのだった。

広大で流れの緩やかな川をゆるゆると上り、やがて船着き場に着く。その頃には太陽はすっかり傾いていた。船内に避難していたベポを連れ、ローは砂漠の地へと足を下す。ナノハナとレインベース間を行き来するために作られたのだろう小さな船着き場はラクダを降ろせるように台が作られており、船との間に板が渡され、そこをゆっくりラクダが歩いて下りていった。

ガイドは次々に船から荷を移し、ラクダの背に乗せてゆく。大人しくそれを受け入れるラクダが興味深く、ローはじっとその生き物を見つめていた。ドクターの目を一心に惹くラクダの存在に、ベポはひっそりと嫉妬するのだった。

 

 

太陽はすっかり地平線に埋まり、砂漠を赤く染めていた。まだ暑さが残っているが、ガイド曰くここから一気に冷え込んでいくのだという。昼間の暑さを思えば嘘のようであるが、遠くなった太陽のおかげで肌を焼く感覚はなくなっていた。ベポも元気を取り戻し始めているようで、ラクダと何やら会話を楽しんでいる。

「お待たせ、お客さん。準備ができたよ。あんたも乗ってくれ」

声を掛けられ、ローもまた自分に用意されたラクダに跨る。その首をそっと撫でれば、ゆっくりとラクダは折りたたんでいた足を伸ばした。

ここから真っすぐ西へ砂漠を超えれば、レインベースだ。

 

 

「うわぁ。砂漠の夜ってほんと冷えるねー。ドクター、寒くない?」

「あぁ」

完全に夜の闇に飲まれた砂漠は一気に冷え込んでいった。昼の熱気は一体どこへ消え去ったのやら。話には聞いていたものの、雪が降ってもおかしくない冷え込みにローは驚かされた。すっかり調子を取り戻したベポは夜風に顔の毛を靡かせて笑っている。

砂丘は真っ黒な影にしか見えず。黒い海の上を歩んでいるようだ。ランプによる僅かな明かりは足元の先しか照らせない。こんな中でもガイドは迷わずラクダを進ませている。

「よくもまぁ、こんな道もねェ場所を迷わず行けるもんだ」

「長年通いなれてますからね。それによく見れば特徴的な砂丘の形や岩場があるんで、それが目印になるんですよ」

ガイドはへらりと笑って言うが、ローの目に映るのはあたり一体真っ暗な影の塊ばかりで、とても目印になるとは思えない。長年この国で生きていたらあの全部一緒に見える黒い山の塊にも特徴が見えてくるのだろう。大した爺さんだな、とローは原住民に関心するのだった。

「はて、お客さん。安全な道を選んではいますが、気を引き締めて下さいね。言ったように、夜は危険な生き物が活動してます。人間を簡単に飲み込むような生物もいますんで」

「げェ!」

ベポは肩を跳ねさせて驚いた。素直な白熊の反応にガイドはくすりと笑い、ローの反応も盗み見る。しかしローは一切表情を動かさずに平然と見慣れぬ砂漠の景色に目を向けていた。そんなローの背には身の丈ほどの長い刀が背負われている。声をかけられたときから大太刀の存在が気になっていたガイドはおずおずと尋ねる。

「……お客さんは、賞金稼ぎか何かですかい?」

「いや」

「そうなんですか。そんなすごい武器を持っていらっしゃるし、随分とその、羽振りがよいんで、てっきり凄腕の賞金稼ぎかと」

ガイドはだらりと表情を緩めながら言った。脳裏には今回ローから貰った前金がチラついているのだろう。逸脱した金を叩いたわけではないが、夜の砂漠越えという異例を頼むに足る分の支払いを約束している。類を見ない客の存在にガイドが興味を惹かれるのも無理はない。

「ドクターは医者だよ。すごーく強い医者なだけだよ」

「えぇ……? お医者さんなんですか?」

ベポの言葉は素直なものだが、全く信じられていないようだった。

そんな他愛のない会話をしているとき、ふとローが闇夜の奥へと意識を向ける。それに気づいたと同時に、初老のガイドもまた、闇の奥から何かが来るのを察知した。

「……ちょいと右に移動しますよ、お客さん」

今まで慎重に歩かせていたラクダの足をガイドが速める。暫くして、奥から砂の上だというのにドシドシと音を立てて何かが凄い勢いで走ってくるのが分かった。

「なんだろー?」

「でけェな」

ドシドシドシドシという音はどんどん近づいてくる。やがて闇夜の中に何か大きな塊が見えてきた。大きく進行を反らしたローたちの左を、謎の生き物が通り過ぎていく。砂埃を伴った風がぶわっとローたちのところまで飛び、みな顔を腕で覆った。顔を庇う腕の隙間から、ローは過ぎ去っていく謎の物体を見る。太く短い脚をばたばたと動かすその体の背には甲羅があった。

「亀?」

巨大な亀と思しき生き物は、何やら馬車のように荷車を引かされていた。その車の中は明るく、そこに人影があるのをローは見た。

ようやく砂埃が収まった頃には、後方に見える謎の巨大亀の姿は随分と小さくなっていた。

「砂漠にも亀がいるのか」

「おっきい亀だったねぇ」

ベポとローが各々感想を呟く中、ガイドが砂を払いながら言った。

「ありゃ、クロコダイルさんとこの車ですね」

「……クロコダイル?」

「知りませんか? 七武海のクロコダイルさん。海賊ではありますが、この国では英雄なんですよ。あらゆる暴力から我々を守って下さる」

「……。」

ガイドは亀が走り去った方へずっと目を向けていた。その表情には畏敬が滲んでいる。王下七武海クロコダイルという存在が、このアラバスタの国民たちにとってどういうものなのか、その表情から十分伺い知れた。

「レインベースはカジノで栄えていますから、たまにVIP客をあの車に乗せてらっしゃるんですよ」

「……へェ」

「こんな真夜中にどうしたんだろうねー。おれたちと同じように暑いのを避けたのかな?」

ベポの疑問がやけに空気を震わせる。そうローが感じたのは、あの亀の車が不穏な存在だと肌で感じ取ったからだろう。

この国の女王を連れた麦わらの一味。白ひげ海賊団の隊長。管轄外の海に現れた海兵。この島周辺で多数見かけるバロック・ワークスという犯罪組織。内乱の兆し。

不穏なものが溜まりに溜まったこの国だ。異様なものを見たらどうしても警戒してしまう。

果たして、こんな真夜中に走るあの車は、本当にただのVIP客だったのだろうか。

もう闇夜に消えてしまった巨大亀。そこへと目を向けていたローの耳に、ふと先ほど耳にしたようなドシドシという音が再び聞こえてきた。確かにこの足音の持ち主は先ほど通り過ぎて消えたはずだというのに。

「あれー?」と首を傾げるベポ。一方で、初老のガイドとローは反対方向、あの亀がやってきた方へと視線を向けていた。

「あー……こりゃ、まずい」

ランプで照らされたガイドの表情が強張る。ベポもようやく振り返り、二人の見ている方へと目を向けた。

「わー! 大きいねー!」

「ひぃっ」

若いガイドが悲鳴を上げた。ドシドシと砂を踏みつけ走ってくるのは、先ほどの亀より五倍の大きさを持った謎の生き物だった。

「あの亀を追いかけてきちゃったのかな」

「やばいやばいやばい! やばいよ! 爺ちゃん……っ!」

能天気に首を傾げるベポと引き換え、若いガイドが声を荒げる。

黒い巨大な影は一直線にこちらへ向かっていた。おそらく亀を狙って走っていただろうその生き物は、すでに標的をこちらへと切り替えているようだ。初老のガイドは手綱を引きながら叫ぶ。

「右へラクダを走らせるんだ!」

「それじゃ間に合わねェ」

ガイド二人が慌てて右へ抜けようとする中、ローはラクダから降りると背負っていた大太刀を手に持ち、怪物がやってくる方へと向く。二人のガイドは目を剥いて走らせかけたラクダを止めた。

「お客さん!?」

確かに逃げようのない状況かもしれないが、立ち向かって何とかなる大きさの怪物でもない。それがガイド達の見解だった。腕に覚えのありそうな客だとは思ったが、いくらなんでもちょっとした砂丘のような大きさの怪物を、この細身の青年が相手にできるとはとても思えない。

しかし、彼は大太刀を鞘からするりと抜いていく。あの長さの刀をよくも器用に抜けるものだ。それだけ使い慣れている武器なのだろう。この緊迫した状況下で、何故かその動作一つに妙に魅魅入られた。月光を映した刀身があまりに美しかったからだろうか。長い鞘をいつの間にか隣に立つ白熊に預けると、その長い刀身を肩にかけ、彼は静かに怪物を待っていた。

ガイドが唖然とローを見ている間に、怪物はもうすぐそこまでやってきていた。あの亀と同じような太くて短い脚がバタバタと砂を踏み荒らしている。腹を砂に擦り付けて這うように迫ってくるのはトカゲのような生き物。しかしその大きさは前述の通りだ。

初老のガイドは思った。青年の持つ刀は異様な長さをしているが、とてもあの巨大な生き物を斬れるとは思えない。というか、斬っている間にも踏みつぶされて終わりそうだ。あの巨体だ。このまま突っ込んできたら、砂漠の砂を踏み潰すように簡単に私たちを押し潰してしまうだろう。せめて腹を持ち上げて歩いてくれていれば、運が良ければ腹の下の空洞に入ることもできたかもしれないのに。ああも腹を地面にこすりつけて動いているのだ。それも望めない。あぁ、最悪だ。擦り潰されて私たちは死ぬのだ。

巨大な黒い影だったトカゲは、その大きな瞳を見つめられるほど鮮明な位置にまで来ている。初老のガイドはそれを見ながら思った。危険の少ない道を選び、危ない生き物の形跡を見つけては避けてここまで来たというのに、たまたま近くを通った亀に怪物を連れてこられるなんて。なんて運が悪いんだ。これは、もう、どうしようもない。あぁ。

巨大な足が砂を踏み、その際に飛んだ砂粒がガイド達の頬に当たる。初老のガイドは己のどうしようもない不運を呪って、ただただ絶望しながらその巨大な足を見つめた。

そのガイドの視界に、突如青年の姿がぬっと割って入る。彼はその巨大な足へと真っすぐ走るとヒュッと刀を振った。月光を吸った刀身の軌跡がそこに月を描いた。

ギャオ、と怪物が悲鳴を上げる。止まることなく真っすぐこちらへ走ってきたその足は、青年が左足を切ったことによりくたりと倒れ、走りこんできた慣性によって左足を軸に前方へ滑り込みながらぐるりと怪物の体が回る。頭のほうはガイドたちのいるところへ来る前に止まったが、ぐるりと回った体に振られたトカゲのしっぽが鞭のようにガイドたちのところへ迫っていた。

「アイアイ~~!」

バチィンッと音を立て、その尻尾をベポが殴る。ぶわんと尻尾が波打ち、弾かれてその場に落ちた。

ガイドの二人は遅れて尻尾が自分たちに迫っていたことに気づく。丸めた目が閉じれぬまま、唖然と自分たちを潰すはずだった尻尾を見つめた。

その合間に、ローはすでに刃をトカゲへと突き立てていた。真っすぐ胸に一突き。深々と刺さった鬼哭が心臓を捉える手ごたえを確かに感じたローは、ずるりと鬼哭をトカゲの体から抜くと後方へ下がる。

巨大トカゲはびくりびくりと体を痙攣させた。その痙攣一つで地面をドスンと叩き、砂ぼこりがぶわりと広がる。しかし、その動きもどんどん弱り、ぎょろりと見えていたトカゲの目がゆるゆると閉じた。あれだけ元気に走ってきたトカゲはそれから動くことはなかった。

血を振り払うように一振りし、ローはベポの元へと歩いて戻る。ベポは尻尾を殴るために一度地面に置いていた鞘を回収し、ローへと渡した。そしてローが鬼哭を鞘に納める。それだけの時間があったのに、いまだガイドたちは開いた口をそのままに動けずにいた。

ベポとローが口を開けたままのガイド二人へと目を向ける。二人は口の中に砂が入り込んだのを知覚して、ようやく我に返った。

「……驚いた。まさか、こいつを倒しちまうなんて」

カラカラになった声でそう言って、初老のガイドはまじまじと旅人二人を見る。普通の旅人だとは思っていなかったが、こんな化け物だったとは。

あの巨大怪物はもう動かないというのに、ガイドは冷や汗が止まらなかった。しかし恐れを抱いた対象である青年は、涼しい顔で再びラクダの手綱を持つと、ガイドに目を向ける。

「さっさと移動したほうがいいんじゃねェか。この騒動に乗じてまた妙な生き物が沸いてこられちゃ困る」

「ハハ……あいつがこの砂漠で一番の怪物さ。ほかの動物はビビッて今頃逃げてるよ」

乾いた笑いが勝手に出てしまう。それほどに馬鹿げた状況だった。青年は変わらぬ表情で「そうか」と言ってラクダの首元を撫でていた。白熊は「あれ食べれるのかなー?」と仕留めた巨大なトカゲへ目を向けている。

初老のガイドは完全に硬直してしまった若いガイドの尻を叩いて正気に戻すと、現実離れしたこの空間に足を取られそうになりながらラクダの元へと向かった。

四人は再びラクダに乗り、静かな夜の砂漠を歩みだした。

 

 

ローたちがレインベースへと到着したのは太陽が地平線に姿を現すのとほぼ同時だった。

「世話になった」

「いやぁ、こちらこそ命を助けられたよ」

初老のガイドはへらりと笑って頭を掻く。

「帰りはどうするんだい? 日程が決まっているならまた送るよ」

「いや、いつになるかわからない。その時にまた探すさ」

「そうか。縁があればまた会おう」

ローからすればよくある行きずりの一人。ガイドからすれば一生記憶に残るだろう客との旅は、これにて別れとなった。あっさりと背を向けるローを、ガイドの二人は手を振りしばらく眺めていた。

「……とんでもねェ客人を送ったもんだなァ」

「あれがただの医者って、嘘だよね?」

「さてなァ。不思議なお人だったなァ」

まだ人通りが疎らな街の入り口。二人のガイドに見送られ、彼らは町の奥へと歩いていく。日に照らされ始めた砂漠の国は、ゆるりと暑さを取り戻そうとしていた。

 

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