散り行き帰るは – 2

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「18年前の古傷…」

『ぼっちゃん、左肩が痛むのですか…?』

 

暗闇の中で控えめなシャルティエの声が響く。

ジューダスはシャルティエの声には答えず目を瞑った。

もう皆眠っているのだ。声を出すのは躊躇われる。それに心配性の馬鹿ばっかりなのだから

 

「んぅー待てぇ、バカイルゥ」

 

突然の声に少年はピクリと体を揺らし、顔を上げる。

むにゃむにゃと寝言を呟いているのはロニだった。未だカイルの足と寝ながら格闘中だが、目を覚ます気配はない。

 

もう一度部屋を見渡す。薄暗い部屋の中で同じく体を起こす者はいない。

少年は力を抜いて、立てた肩膝に額を当てる。

膝を支えていた腕をそのまま伸ばし、また左肩をなぞった。

 

―無様に消え行くがいい

 

バルバトスの言葉が脳裏に響き、彼の眠りを妨げる。

18年前の傷、それはエルレインによって再び生を与えられたとき、全てなくなっていたはずだ。

今更肩が痛むはずなど…

 

ぎゅっと、少年は肩膝を抱えていた腕に力を入れる。

静かなため息に気づいた者はいない。

 

夜が開け、突然部屋に現れたハロルドの言葉にカイルは飛び上がった。

 

「ソーディアンができるところ見ていいの!?」

「いいわよーっていうか、そこまで護衛してちょうだい」

「いやったー!」

 

任務のことなど頭の片隅からさえ吹っ飛ばしてカイルは喜んだ。無理もないだろう、ソーディアンは彼の憧れである父が持っていたものなのだから。

今回ばかりは、はしゃぐカイルをとめる者はいなかった。

カイルのストッパー係りであるジューダスも、ソーディアンの誕生には興味があるのだろう。

 

「じゃあ早速行こう!物資保管所だよね!行こう!」

「うっさいわねー。ちょっとまだ早いわよ」

「ロニー!リアラー!皆はやくー!」

 

部屋から飛び出し、パッとまた扉から部屋を覗き皆に呼びかけるカイルに仲間達が笑いながら付いて行く。

残されたのは寝癖を触りながら瞼を半分まで下ろしているハロルドと、いつも最後尾に着くジューダス。

めんどくさそうに欠伸をする天才は、ソーディアン完成のために寝ていないに違いない。

体を伸ばしていた彼女が、「そうだ」と不意にジューダスのほうへ向き直る。

 

「あんた、手首はもう大丈夫なの?」

「…あぁ」

「ほんとあんた馬鹿よねー長生きできないわよ」

 

人差し指を立てて呆れたように言う彼女の言葉にジューダスは思わず仮面の下で小さな笑みをこぼした。

 

(長生きできない、か。すでに僕は死んでいるというのに)

 

そんな彼を、ハロルドはぼんやりと眺め、何も言わずにカイル達を歩いて追う。

彼も間をおかずハロルドを追った。

廊下に出ればカイルが体をゆすりながら扉から二人が出てくるのを待っていた。

 

「遅いよ二人とも何してるの!」

「ほら、さっさといくぞ」

 

その隣で焦るカイルに苦笑いしながらロニがこちらに向かって手を伸ばす。

まるで子を連れて行こうとする親のような腕。それは真っ直ぐ少年のほうを向いていて、少年はその手を伝い銀の瞳を見たが、すぐに目を逸らしてしまった。

そのままロニを追い抜いて歩いていってしまう少年に、年長者はため息をつく。

 

「あージューダス待ってってば。抜け駆けだめー!」

 

カイルが急いでジューダスを追いかけるのにリアラが慌ててついていく。

それに対して天才と呼ばれる童顔の女性が呆れ顔で呼びかける。

 

「だからまだ早いって言ってるでしょ~まぁ暇つぶしに実験付き合ってくれるならいいんだけど~」

「ハロルド、それって人体実験じゃ…」

「あったり~☆」

「げ」

 

カイル、リアラ、ハロルドの話し声が遠くなっていくのを気にせず、ロニはその場でカイル達を見ていた。

いや、揺れる漆黒を

彼の眉間にはらしくなく皺がよっている。

 

「いかないのかい?」

「…いくさ」

 

ロニの横でナナリーが複雑な表情をしながら言うのに、ロニはまたため息をつきながらゆっくり歩き出した。

 

「ジューダスの野郎、めんどくさいやつだなぁまったく」

「……気にしてるんだろうね」

 

歩き出したロニの横につきながら、ナナリーはもう見えなくなってしまった少年を思い浮かべる。

ロニの両親が18年前の騒乱のために亡くなったことは、カイルによりハロルド以外全員が知っていること。思えば彼がロニから距離をとり始めたのは正体がばれてからではなく、この頃からだった。

 

「で、あんたはどうなんだい?」

「あ?」

「あんたはジューダスのことどう思ってるんだい」

 

問われ、ロニは押し黙った。

リオン=マグナスに恨みはある。あいつさえ居なければもっと早くに四英雄がヒューゴを倒していたのかもしれないのだから。

だが、どうしても…どうしてもリオンとジューダスを繋げる糸がない。

 

「わっかんねぇ」

 

出た結論が、これだった。

 

「第一よ、あいつ何も言わねぇんだからな…何で裏切ったかとか。お前、あいつが好き好んでヒューゴ側に付くようなやつに見えるか?」

「見えない」

「んでもって、裏切った奴の息子をあほかってほど大切に守ってるんだ」

 

ナナリーは黙って頷いた。

途中から旅に参加したナナリーでさえ、ジューダスがいつもカイルに気を使っているのを知っている。戦闘で彼を庇い傷を負うこともある。

第一に、この前のバルバトスとの戦闘がそれではないか。

 

「だというのに、あの野郎、恨めとも言わんばかりに何も言わねぇし、俺に目もあわせれませんって感じで無視しやがるし、どっちかっていうとそのことに怒ってるっつうの」

 

ガンッとラディスロウの壁を怒りに任せて殴るロニにナナリーは表情を暗くした。

 

ボスボスと雪を踏み歩くいくつもの音。

軽く雪も降りいつにも増して寒い物資保管所までの道。カイルは凍えなど知らぬように頬を真っ赤にしながらも雪を踏みしめ歩いていた。

 

「おいカイル…もう少しゆっくりいこうぜ~」

「何言ってるんだよロニ!早く!」

「簡便してくれよ…」

 

腕をだらんと下げながらのろのろと後ろのほうを歩くロニ。カイルとはずいぶんと距離が開いていた。いつも最後尾を歩くジューダスも必然的にカイル達と距離が開く。

 

「ほらージューダスちゃんもこんな寒いなか疲れたよーカイルもう少しまってくれーって言ってるぜ?」

「貴様の心の声を僕で代理するんじゃない」

 

迷惑極まりないといった顔で睨んでくる少年にロニは反省の色を見せない。

ジューダスが軽くため息をついた。

 

『…でもぼっちゃん、本当に息あがってませんか?』

「あがっていない」

『苦しそうですけど、ぼっちゃん男の中で一番体力低いんですから、体調には気をつけないといけないんですからね』

「………」

 

シャルティエの小言に仮面の下で青筋を立てつつも、確かにジューダスは体が重いのを感じていた。

たった一日ではこの前の戦いでの傷、体力は完治しない。

息苦しさすら覚える状態で、喋るのも億劫だというのに、いつの間にか距離を開けて歩いていたはずのロニが自分の横にまで来ていた。

 

「で、本当のところいうと辛いんだろ?」

 

隣でこちらを見ずに声をかけるロニにジューダスは沈黙を通す。

 

「この前お前無茶な戦い方したからな。辛いなら言わないと特にカイルにはわからないだろ?」

 

今度はこちらを向いて、諭すように優しく気遣いの言葉をかけるロニに、また黙り込み、少年は俯いた。ロニが困ったようにため息をつきながら、ラディスロウと同じように手を伸ばしてやる。

 

パンッ

 

少年の目の前に出されたそれは、激しい音を立てて払われた。

あまりに強い拒絶に、ロニは唖然とする。だが、驚いていたのはジューダスも同じだった。

 

無意識だった。

 

仮面の下でのほんの僅かな表情の変化はロニに悟られることもなく、ジューダスはすぐさま鋭い瞳で銀を睨んだ。

 

「…大丈夫だ。僕にまで保護者面するな」

「お…まえなぁっ!」

 

払われた手を握り震わすロニに対して、ジューダスはそっぽを向いてカイル達を追う。

その肩に急いで手を置き、ジューダスを強制的に振り向かせる。

 

「お前いい加減にしろよ!言いたいことがあるならはっきり言え!」

「…うるさいやつだ。言いたいことがあるのはお前のほうじゃないのか」

 

銀と紫が見えない火花を散らし睨み会う。

一触即発の雰囲気を壊したのは、少年でも青年でもなく、遠くから聞こえてきた仲間の声だった。

 

「何やってるんだいロニ、ジューダス!モンスターだよ!」

 

突然現れたモンスター達は数が多く、足場の悪い雪の中相手をするのは非常に躊躇われる。そうでなくとも、こちらは疲れているというのに。

 

ナナリーが弓を構えながら、ふと後ろを振り返れば睨み会っている銀と黒が遠くに見えて、ナナリーは叫んだ。

 

「何やってるんだいロニ、ジューダス!モンスターだよ!」

 

叫べばロニのことなど眼中になく、こちらへと向かってくるジューダスはさすがと言うべきか、その後ろでロニは苛立ちから雪を蹴りつつ同じくこちらへと向かってきた。

目の前に広がるモンスターの群れに、ジューダスの目が細められる。

ようやく追いついたロニからは「うひゃぁ」と情けない声が出た。

 

「なんだよこれ…大群じゃねえか」

「同族そろって引越しでもしようとしてたところだったんかねぇ」

 

ちゃらけた会話をしながらも、気を張り詰めていく。

大群はすでに突然目の前に現れた人間相手に殺気立っている。

戦いは避けられそうにないのだ。

 

「さすがにこの量はまずいっしょ、いくらなんでも」

「30……35くらいか」

 

ロニはそっと斧を持ち上げる。隣のジューダスも双剣に手をかけていた。

少しずつモンスターも位置をずらし、半円を描き囲まれる形となった。

 

「データ採取☆」

「お前緊急時に何やってんだよ!」

 

空気の読めないハロルドの暴走にロニがお得意の突っ込みを入れる。

それをきっかけにモンスターが一斉にこちらへ向かった。

 

「馬鹿やってるんじゃない!来るぞ!」

 

エティンと呼ばれる黒い肌をもったモンスターはそれぞれが棍棒を持ち、こちらが攻撃を仕掛けても仰け反らずに体当たりをしてくる。それが囲むように居るのは酷く厄介だ。

早速棍棒を両手に持ちながら突っ込んできたエティンをジューダスは軽くかわし、後ろに回り後頭部に向けて剣を振るう。

その間にもすぐに他のエティンが迫るのをカイルが突っ込むように斬りかかる。

 

ジューダスはさっと、女性陣の位置を確かめる。ただでさえ前方を囲まれている状態で、カイルが自分と同じ方向に来たのだ。

危惧した通り、ロニだけでは押さえきれず、リアラの目の前にまでエティンが迫っていた。ガードしようと両手で杖を握り構えるリアラとエティンの間にジューダスが滑るように入る。

 

前衛ばかりで固められ、しかも数の多い敵に少しずつ皆は追い詰められる。

こうも前衛を突破し、女性陣を叩かれたのでは上級晶術も使えない。

詠唱速度の速い初級と前衛の力で少しずつ倒すしかないのだ。そのくせエティンは体力、防御力が高い。

 

ジューダスはすでに息が上がっている。

元より体調は万全ではなく、息苦しい状態での戦闘開始となっていたのだから当然だが

カイル、ロニと違って状況判断に長けた分、後衛の者の守りに入る為、少しずつ体力が削られていくのを感じる。普段は後衛の安全を確認しながらカイルとロニへ軽いサポートと、自身の体力をしっかり計算して戦っているのだが、今回ばかりはそうもいかない。

 

ようやく半分を倒したところで、息苦しさから体がふらつく。

その隙を見てエティンが体当たりをしてくるのを、また彼は軽く避けて剣を振るうが、エティンはそれを棍棒で受けとめ、力任せに押し始めた。

体が後ろへ倒れそうになるのを足で必死に食い止め、剣と短剣をクロスさせる。

カタカタと双剣が震える音を出す中、すぐ後方で雪を踏みしめる音がし、ブンッと棍棒が振り上げられる。

後ろと前のエティンが同時に自分を攻撃する瞬間に、その場から飛びのく予定だった…が

 

「くっ」

 

ズル、と雪に足をとられる。

どうやらその場所のみ地面が凹む形となっていたのか、深い雪に足が埋もれた。

まずい、と少しでもガードするため短剣を構えたが

ドスッという鈍い音がそれはいらぬ行動と教えた。

 

「大丈夫かーい。ひ弱なジューダスちゃん」

「……」

 

不適な笑みを浮かべながら血に汚れた斧を持ち上げるロニにジューダスは軽く舌打ちした。

 

「あまり固まるとリアラ達が襲われる」

「お前がふらふらしてるから助けにきてやったんだっつーの」

 

言いながら、斧を降り、もう一匹のエティンをその場から離れさせた。

だが、ジューダスが立ち上がった頃にはエティンが5匹囲むようにたっている。

少年はそれらを見回し、奥にカイル達が固まって同じように6匹のエティンと戦っているのを見る。

カイル達とはモンスターにより分断されたか

 

「よりにもよってお前とか」

「ジューダスちゃんはお疲れのようだからなー。そこで大人しく寝てろっての」

(あぁうるさい)

 

シャルティエはマスターの苛立ちが募っていくのがわかり、ため息をつく。

恐らく、思った以上に動かない体と、それに対する嫌な予感への不安感。

そして鬱陶しい程に付きまとってくる人物がいるということ。

問題はその付きまとってくる人物がロニということなのだが

苛立ったジューダスが無茶をしないことを祈るが…この状況では無理な話のようだ。

 

少年はゆらりと双剣を持つ腕を垂らし、静かに呼吸を整える。

 

「ふん、体力馬鹿がほざくな」

「あんだと!?」

 

モンスターのほうに注意を寄せていたロニが、ジューダスの言葉に振り返ったとき、そこに漆黒は残像しか残っていなかった。

剣の煌きが線を引くほどの速さで後方にいた2匹のエティンを切り刻み、その後すぐ前方の3匹のエティンの前に現れた漆黒は見えぬ程鋭い連続の突きをかけ、その場にいたエティ3匹は肉の塊と化した。

 

崩龍斬光剣からの翔破裂光閃。

普段味方の守りに徹する彼の、時々見せる秘奥義の破壊力は高く、そして美しい。

まさに天才剣士。

 

唖然とするロニに対して、ばっと剣を振るうことで血を飛ばし、鞘に収めるジューダス。

さっさとカイル達のほうへ向かうのにロニが慌てて口を開く。

 

「おいおい、お前あんな状態であんな技かまして大丈夫なのかよ」

 

ふらつく足取りで歩くジューダスから答えはない。

ただ、ぜぇぜぇと荒い呼吸が僅かに聞こえてきて、ロニを不安にさせた。

 

「おい!」

「ジューダース!」

 

ロニがもう一度声をかけようとしたとき、前方からカイル達が向かってくる。

どうやらあっちも片付いたらしい。

 

「大丈夫?ジューダス、ごめん疲れてたよね」

「…行くぞ」

 

ジューダスの息が上がっているのと、今回の動きを見て気づいたのか、カイルは耳と尻尾があれば垂れ下がっているだろう暗い表情で彼に謝る。

黒衣の少年は一瞥だけすると、すぐに物資保管所に向けて歩き出した。

 

仮面の下の表情が苛立ちに歪む。

 

(…確かに、前回は無茶な戦い方をした。今回もあの敵相手には骨が折れたが…だが、ここまで体力を奪われるか)

 

まるで自分の体じゃないような感覚。

ぎりっ、と拳を握れば、左肩が痛むような錯覚を起こした。

 

ソーディアンも無事出来上がり、カイル達はまたラディスロウにて休息をとることとなった。

次は、決戦。体をゆっくり休ませねばならない。

 

さすがのジューダスも今回ばかりはきついようで、眠ってはいないが、壁にもたれ目を瞑っていた。

 

「ふうー、今んとこ、歴史改変は防げてる…か?」

「そうだね、アトワイトさんも無事助け出せたし、ソーディアンも完成した」

 

大きな改変の手は無かったように見えるが、アトワイト一人居なくなることで何が起きるか分からないのが歴史の恐ろしいところだ。

1000年前の歴史を細かく書かれた書を読む者など、この中ではジューダスくらいだろう。

 

そっとナナリーは呟きながら仮面の少年を見る。

俯いた彼の表情は仮面の影でまったく見えないが、起きているだろう事はわかる。何も言わないということは歴史はうまく守れているようだ。

 

「あとは決戦…か!よし、明日に備えて買い物にいこうよ皆。今日大群に出会って結構消費したからさ」

「お、カイルにしてはえらいねぇ」

 

ナナリーがベッドから立ち上がり褒めれば、カイルはえへへへと頭を掻きながら笑った。

リアラとロニも立ち上がり、カイルの言葉に賛成する。

ナナリーはすぐ傍の漆黒の元へしゃがみ、そっと肩に手を添えた。

 

「あんたはちょっと休んどきなよ」

 

優しい声色にジューダスは黙ってこくりと頷く。

それを見て微笑み頷いたナナリーはカイル、リアラと一緒に部屋から出て行った。

 

最後にロニも部屋から出て行く、何か言いたそうに、最後に漆黒を振り返りながら、結局彼は出て行った。

 

しばらくして、少年はため息をついた。

あれからロニとはずっと険悪なムードである。

 

『ぼっちゃん、大丈夫ですか?』

「……あぁ」

 

とは言ったものの、どうにも体調が悪い。

シャルティエもマスターが口だけなのはお見通しである。彼の大丈夫が当てになることなどほとんどない。

 

『無理するからですよ』

「うるさい」

 

注意すれば帰ってくるのはにべも無い言葉で、本当に体がほしくなる。

言葉だけで言うことを聞く少年じゃないのだ。力ずくで今すぐベッドに突っ込んでやりたいくらいだ。

 

「ソーディアンが生まれた…か」

 

シャルティエが心の中で悔しさに拳を振るわせる中、ジューダスが呟いた。

その言葉が自身に深く関わることでもあるため、シャルティエは少し嬉しく、マスターに問う。

 

『歴史的瞬間はどうでしたか?』

「……違和感がある」

『え?』

 

思わずシャルティエに緊張が走る。何か問題があっただろうか?

それに対して少年はふと口を綻ばし、「違う」と否定した。

 

「歴史改変がどうこうで違和感があると言ってるんじゃない。マスターが違うことに違和感があるんだ」

『あぁ、そういうことですか』

 

シャルティエが安堵から笑いをこぼす。

そう、今では自分もすっかり小さな少年に握られるほうが板についている。

 

騒がしい仲間が居なくなった静かな部屋で、目を瞑ればすぐに思い浮かべるソーディアンのそれぞれの所有者。

ディムロス、アトワイト、クレメンテ、イクティノス、そしてシャルティエと……ベルセリオス。

自分の中の暖かい思い出は、死への道を辿る度に暗くなり、次第に少年の胸を締め付けた。

 

そのときだった

 

「ぐ…っ」

『ぼっちゃん?!』

 

また左肩に激しい痛みが走る。

 

壁から離れ、背を丸めて左手を突き、右手で左肩を抑える。

熱を持ったようにドクンドクンと脈打つ左肩が熱い。

それだけでなく、体中が痛むような感覚、重たい体。そして息までも苦しくなる。

まるで、水の中に沈められたかのように

 

左腕が崩れ、地面に這い蹲るようにしながら、必死に息を吸おうとする。

ぜぇぜぇとなるマスターの喉にシャルティエは焦り、名を叫び続けるが返答はない。

 

「ぅ…く」

『ぼっちゃん!』

 

あまりの息苦しさに仮面をはずす。こめかみからは冷や汗が顎まで伝い床を塗らした。

腕の上に頭を乗せ、必死に耐えようと左肩を掴む手に力を込める。

 

肩の痛みや息苦しさは、山を越えたように次第に引いていき、突然戻った呼吸にジューダスはむせ返った。

 

『ぼっちゃん、大丈夫ですか!?ぼっちゃん!』

「……っ…あぁ」

 

口に手を当てながらやっとのことで返事をし、呼吸のため肩を大きく上下させながら少しずつ体を起こす。

汗に僅かに塗れた髪がへばりつくのが気持ち悪い。

壁に手をあて、やっと上半身を持ち上げたとき、壁に当てた手を見て、アメジストは大きく見開かれた。

 

手が…透けている。

 

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