散り行き帰るは – 3

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ラディスロウの廊下を歩く4名。

その廊下を歩く4つの足音の一つが止まったことに気づいて、ナナリーは後ろを振り返った。

そこには頭の後ろを掻きながら視線を下げ、複雑な表情をしているロニの姿があった。

彼はすぐにナナリーがこちらを振り向いているのに気づき、苦笑いをする。

 

「すまん。俺ちょっと忘れ物したから行ってくるわ」

 

その言葉にナナリーは苦笑いしながら「行っておいで」と頷く。

忘れ物、ね。買出しにしか行かないというのに忘れ物とは…漆黒の物体くらいしか思いつかない。

銀髪の青年は早足で来た道を帰っていく。それを見てナナリーは一つ息をつきカイル達の背を追った。

きっと、あの青年なら大丈夫だろう。

 

『ぼっちゃん……それ』

 

シャルティエの緊張した声が聞こえる。

そっと壁についた手を光に照らすよう目の前まで上げる。

手の輪郭は確かにあるというのに、うっすらと向こう側の背景が見えるという異常な光景に手が震えた。

少年は目を瞑り、その手を強く握る。すぅっと透けていたそれが確かな肌色へと戻っていく、もう一度目を開いたとき、それは嘘のように戻っていた。

 

『ぼっちゃんっ!』

「………」

 

シャルティエの泣きそうな声が響いた。

彼が危惧していたことが当たったのだ。

 

この体、生き返った時点で奇跡の力が終わったのではない。ずっと継続して奇跡の力が与えられ続けているのではないか

ずっとエルレインの力を糧に生きていて、聖女の力を失った時点で、歪んだ歴史にしか存在しないジューダスという人物は消えるのだと

 

現状を見るに、消えるまで時間がかかるようだが

まだ肩を大きく揺らしながら、少年は握った拳に目を細め、静かに呟く。

 

「僕はどっちにしろ、消えるつもりだった。神を殺す気だったからな…生き返って、あいつが死んだと聞いたときから」

『……はい』

「ずっと、覚悟していたことだ」

 

それは自分に言い聞かせるような言葉で、シャルティエは声を震わせた。

シャルティエ自身だって、覚悟はしていた。だが、海底洞窟と同じように、ずっと一緒に生きてきた半身のような少年が死ぬということは、身を引き裂かれるより辛い。

 

少年は苦笑いをしながら、ゆっくりまた壁にもたれ、息をつく。

発作のようなあの瞬間の痛みはないとはいえ、体力も気力も使い、酷く疲れた。

こめかみにはまだ汗が滲み、乱れた息は中々落ち着いてくれない。

自分の無様な状態に苛立ちながら、ジューダスは「あぁ、そうだ」と背中のシャルティエに話しかける。

 

「わかっていると思うが、言うな」

『……ぼっちゃん、体力がなくなっていくのも、そのせいじゃないんですか』

「かもな」

『だめです』

 

即座に返ってきた言葉に少年が眉を寄せる。

 

『いつ、また先程のようなことが起きるかわからないんですよ!それこそ戦闘中かもしれない、危険ですっ!』

「どっちにしろ消えるんだ。遅いか早いかだけだろう。騒ぐな」

『遅いか早いかじゃないでしょう!』

「……シャル、あまり声を出すな」

 

ここまでシャルティエが声を荒げるのは初めてで、少年は内心面食らいながら告げる。

此処にはマスターの素質を持つものが多くいるのだ。

 

それでもシャルティエは今回ばかりは言うことを聞こうとせず、また声を上げようとしたとき、機械音がし部屋の扉が横へと開いた。

少年が息をつめ、目を見開いてそちらを見れば、同じように目を見開きながらこちらを見ている銀と合う。

 

「よ、よお。お前が仮面つけてないなんて珍しいな」

「………」

 

ロニは少々焦りながらも笑顔を貼り付けて手を上げた。

対して少年は機嫌が悪いのか睨みつけてきて、青年が壮大なため息をつこうと息を吸い込んだとき、ジューダスの様子が変なのに気づく。

 

「…お前、汗だくじゃねぇか。何してたんだ?」

「別に」

「息も切れてるし……お前具合悪いんじゃねぇの?やっぱ無理しすぎたんだろ」

「何でもないと言っている!」

 

ロニがジューダスの元へ近づけば、彼は近づくなと言わんかのように腕を大きく横に振る。鋭い瞳がこちらを睨みあげるのも変わらず、ロニは眉を顰め、静かにその場から少年を見下ろした。

 

「あのさ、ジューダス。ちょっとお前と話がある」

「………」

 

そう言えば、彼はまるでその時を待っていたかのように大人しくなった。

先程まで荒れていた呼吸もだいぶ落ち着いたらしく。彼は同じように静かにロニを見上げた。

仮面をはずした彼の素顔はまだまだ幼さを残すというのに、アメジストは悲しい光を宿している。

ロニはその場にしゃがみ、ジューダスと目の位置を合わせた。

 

「お前、何気にしてんだ?」

 

そう言ってやれば、想像通り、綺麗な顔が歪んだ。

 

「……何を言っている」

「俺を主に、皆から距離とってるだろ。会った当初より酷いぞ」

「………」

「あのな、俺らさ…お前がリオンとか全然気にしてないから」

 

アメジストが見開かれ、その色が闇を宿すのをロニは間近で見た。

きっとこいつは、何よりも誰よりも、自分自身が許せないのだろう。たとえ後悔などしていなくとも、救われるということに抵抗を感じている。

だから、救いの言葉を言う自分は、少年にとって最大の敵。だけれども、たとえ敵となろうとも、自分は言葉を止める気など更々ない。それどころか大声を出してやろう。

そんなのは間違っていると

 

「俺らはな、お前をとっくの昔に仲間として認めてんだ。俺ら全員お前のことだーいすきなわけ。わかるか?」

「馬鹿か…貴様……」

 

ジューダスが搾り出すようにして出した声は低く、怒りに震えているようだった。

綺麗な眉がつりあがった瞬間、白い手が襟へと伸びて捕らえる。

 

「そんなわけがあるか!この顔を良く見ろ!」

 

そう言って、そのまま無理やり顔を寄せられ揺さぶられた。

だが、乱暴をされようとも、ロニの表情は代わることなくしっかりとジューダスを見つめ返す。

そんなロニの態度に、少年は益々眉間に皺を寄せた。

 

「この顔は…貴様の両親を殺した奴の顔ではないのか、仇ではないのか!よくもそんな戯けたことを、僕が居なければ助かった命がどれだけあると思っているんだ!」

「じゃあお前は、お前が死ぬことでどれだけの人が悲しむか知っているのか」

 

その言葉に少年は息を詰めた。

ジューダスの激情を押さえ込む冷静さを持ちながら、それに負けない怒りを感じたからだ。

 

「俺達が悲しまないと思ってんのかよ!」

 

…思っていない。

少年はわかっている。自分を取り巻く仲間達が、馬鹿みたいにお人好しだということを

それが、苦痛だった。悲しまなくていいのに、そう思う。

だけど、ロニはそれを怒った。

 

「確かに、お前が居なければ外郭が落ちてくることもなかったかもしれない。だけどな、そんなのも関係なしに、お前のこと大切に想ってるやつがいて、何が悪いんだ」

 

ロニの怒りに唖然としたジューダスの手はもう力が入っておらず、ロニの襟首からジューダスの手を離すと、反対に今度はロニがジューダスの肩を掴む。

少年の口は、否定したくて何かを呟こうと開かれるが、肩へかかる力が、それを躊躇わせた。

 

「理屈じゃねぇんだ、こういうのは…そしてな、お前と一緒に旅してるやつら全員さ、仲間のこと大好きだ。この俺ですらお前のこと認めてるんだぜ?だからさ、そういう寂しいことやめろや」

 

ロニは掴んだ手を離し、そのまま綺麗な黒髪へと乗せ、悲しげに微笑んだ。

少年は中々顔を上げず、重力のままに床に着いた拳を強く握り締め震わすばかり。

青年は苦笑いして、その場に立ち上がる。

 

「それにさ、お前確かまだ16だろ?まだまだ餓鬼んちょじゃねーか。このロニ様がしっかり守ってやんねーとな」

「……僕より精神年齢の低い奴に餓鬼扱いなどされたくない」

 

もうこれくらいの抵抗しかできないか、拗ねたように皮肉を言う様が妙に可愛くて、ロニは思わず笑いながら「なんだそりゃ」と肩を震わせた。

そうすれば更に少年が嫌そうに眉を顰めて、ロニは一息つき、また微笑んでやる。

 

「お前はまだまだ餓鬼だよ。子供でいていいんだ」

 

そして、いつかやったように、また少年に手を差し伸べる。

ジューダスがその手を見て、また顔を伏せた。

顔を合わせようとしない彼に、まるで困った子を諭すように「ほら」と促せば、少年は覚悟を決めたように手を伸ばした。

 

少々日に焼けた手と、対象的な白い手が合わさる

 

バチンッ

 

「いってぇぇえ!?」

「ふん」

 

ロニは差し出していた…今は真っ赤になった手を震わせて声を上げる。

対して少年は涼しげな顔でロニの横を通り過ぎた。

確かに手は合わさったが、力強く打たれた右手はジンジンと痺れ、銀の瞳は薄く涙が張っている。

 

「お前なぁ…っ!」

「貴様が僕を子供扱いするなど、10年早い」

「この糞餓鬼…っ」

 

皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら振り返った少年に、ロニは言い返しながらも、心はとても穏やかだった。

思えば、こうしてジューダスと軽口叩き合うのも久しぶりだ。

機械音がし、扉が横向きに開かれる。少年が部屋から出ようとしたとき、小さく呟いた。

 

「……すまない」

 

閉じられていく扉の中、後ろを向きながら仮面をつける少年の表情は伺いにくかったが、確かにその口は綻んでいて、ロニは満足そうに一人部屋で微笑んだ。

 

「あーあ。ほんっと素直じゃねーやつ」

 

ふぅ、と一息つき、ロニはベッドに腰掛け、天井を仰ぎ見た。

 

「こういうときは、すまないじゃなくて、ありがとうだっつーの」

 

忘れ物は回収し終えたが、妙な達成感からか動く気がせず、青年は笑いながらそのままベッドに横になった。

 

『ぼっちゃん。顔が…』

「…うるさいシャル。次の言葉を発したら置いていくぞ」

 

コツコツと、ラディスロウの廊下を歩きながら少年と剣が会話する。

今は戦いの前と、皆リトラーから時間をもらい、各々過ごしているのか廊下の人通りは少ない。

シャルティエがそっと、指摘したマスターの顔色を見る。

少年の顔に熱が集まっているのがわかる。きっと真っ赤なのに違いない。

事実、ジューダスは仮面を被っているというのに口に手の甲をあて、僅かに俯いている。

 

(嬉しかったんだろうな)

 

シャルティエは心の中でそっと微笑んだ。

先程までの体調不良も、今は少々気だるい疲れが残るくらいだろう。ふらふらしていた足取りはすっかり治っている。

この時代に流れてからマスターはずっと気を張っていた。きっと、それをあの青年に救われた結果がこれなのだ。

 

マスターの心が少しでも救われ、また仲間達との距離が埋まるだろうことを考えると、心が躍るほどに嬉しい。

…それでも、少年の寿命を考えると胸が痛むが

 

ふと、少年の足が止まる。

 

『どうかしたのですか?』

「……」

 

聞けども少年は黙ったままで、しばらくその場に立ち止まったが、すぐ歩き出す。

その行動を不審に思ったが、すぐに理由を察することができた。

 

恥ずかしさのあまり部屋を出てきたが、行き場を考えていなかったか。

 

指摘すれば本気で雪の中に埋められそうなので口に出すのはやめておく。

こうして、たまに見せる年相応の行動を見ると、本当に可愛くて仕方がない。

青年と話すことはできないが、しばらく見かけたら実体のない頭を下げ続けるしかないだろう。

 

シャルティエが穏やかになった少年の心に、微笑ましく思っていたも、彼が向かう場所に気づいて心の中で微笑んだまま固まった。

 

『…ぼっちゃーん…そっちはやめませんか?』

「うるさい」

『ぼっちゃぁん……』

 

シャルティエの縋るような声をあっさり切り捨て、その扉の前に立つ。

きっとこのソーディアンはトラウマから扉よ開くなと祈るのだろうが、祈る間もなく扉は音を立てて横に開いた。

 

「あら、どうしたの?」

 

扉が開いた先に現れたのは、ピンクの髪をちょこんとはねさせ、大きい瞳をこちらに向けるハロルドだった。

ジューダスはこの時代に来てから何かと居心地が悪くなるとハロルドの様子を見に行く。一種の逃げ場だ。

 

「いや、少し様子を見に来ただけだ」

「あら、また居心地悪くて逃げてきたの?」

「……別に」

 

これで3度目ほどとなる突然のジューダスの訪問に、ハロルドが悪戯っぽい笑みを浮かべて聞けば、仏頂面で目を逸らしながら少年はそれだけ答える。

よく顔を見れば、普段白すぎる彼の顔が赤いのを、天才は見逃さなかった。

 

「何、あんた顔赤くない?」

「…気のせいだ」

「え、でも赤」

「気のせいだ」

 

二回目は言葉を言い終わる前に強く言われ、ハロルドはとうとう噴出した。

そのままケラケラ笑えば、咎めるような視線を仮面の下から感じ、何とか笑いを堪えながらハロルドはジューダスを招きいれた。

部屋に一歩踏み入る。扉からすでに見えていたことだが、相変わらず部屋は汚い。

いつもより少し物が多く感じるのは、ハロルドの周りにある機械の数が増えたからだろうか

 

少年を部屋に招き入れるなり、彼のほうを見ずに作業を開始するハロルド。

素っ気無い態度だが、ジューダスにとってはこれくらいが丁度良い。元より何をしにきたわけでもない。

 

「何をしていたんだ?」

「んーベルセリオスの調整」

 

言いながらハロルドが機械から取り出した黒い刀身に少年の動きが少し固まる。

天才はそれには気づかず、ベルセリオスを嘗め回すように見ていた。

 

「…何か不具合でもあったのか。今は皆休んでいるというのに」

「ん~なんっかねぇー。変な感じがする。不安?みたいな」

 

どっか悪いのかしら、私に限って…とぶつぶつ呟きながら機械とベルセリオスを弄る彼女に、少年はかける言葉を失った。

どっちにしろ、ソーディアンの構造など分からない為、何を言えるわけでもなかったが…

 

「んー、やっぱ別に不具合ない。大丈夫か~」

 

しばらくして手を止め、ベルセリオスを机の上に無造作に置き、ハロルドは椅子の上で大きな伸びをした。

そして椅子をくるんと回して、ずっと扉の横の壁にもたれている少年を見る。

 

暇になったからおちょくろうと思って向き直ってみたものの、少年は仮面の下の瞳を鋭くして、ハロルドの後ろにあるベルセリオスを見ていた。

 

「何、どうしたの」

「いや……お前、今はリトラーが各自休憩を与えているだろう。何もしないのか」

 

仮面の少年はすぐに視線を柔らかいものとは言えないが戻し、ハロルドのほうを見る。

はぐらかされたことは感じ取ったが、特に興味もなく天才はそれに乗った。

 

「そうねー別にやることないかも。今のうちに実験でもしようかしらねぇ?」

『ひっ』

 

にやり、と瞼を下げ、童顔を歪ませる天才に、ジューダスの背中のほうから直接頭に響く声が悲鳴を上げる。

予想通りの反応を示した1000年後の世界から来た仲間にハロルドは笑みを濃くするが、反対に持ち主は表情を変えないどころか、少々厳しいものに変える。

元より表情に乏しい少年だとは思うが、実験を持ち出せば仮面の下から呆れたような、怯えるような顔を拝めるのは3回の訪問でわかりきったことなのに

 

ジューダスの反応に気分を削がれ、一体どうしたのやらとハロルドは彼を見ながら何度も瞬きをする。

そんなハロルドに気づいてか、ジューダスはしばらくして口を開いた。

 

「…暇なら、カーレルのところに行かないのか」

「ん?兄貴?」

 

思いがけない言葉に天才が首を傾げれば、少年は更に表情を険しくした。

それは恐らく、ハロルドへの反応ではない。

 

「あぁ…カーレルも休憩をもらっているだろう」

「うーん。そうねー」

「…行かないのか?」

 

遠まわしに何かを伝えようとしている少年に、ハロルドはまた目をパチクリさせた。

少年は顎に手をあて、しばらく黙り込んだが、天才から答えが返らないことにため息をつき、部屋を出ようとする。

 

「え、そんな微妙なところで退室するわけ?」

「…カイル達がそろそろ部屋に戻る。あの馬鹿共は少し戻らないだけで探しに来るからな」

「あらあら。過保護なことねぇ」

 

茶化して言えば、少年は振り替えり、感情を宿さない瞳がハロルド見る。

 

「お前の兄も似たようなものだと思ったが」

「あはは、そうね。お互い苦労するわねー」

 

くすくすと笑いながら言えば、少年は視線を扉へと戻す。

ふと、少年の周りの空気が酷く穏やかになったのを感じて、ハロルドは珍しいものを見たと目を見開く。

 

「煩わしいが…悪いものではない。そうだろう?」

 

プシューと、また機会音を立てて扉が開き、閉まった。

 

少年が伝えたかったことは、何なのだろうか。

…恐らく、兄貴に対して素直になれない、どこか自分と似たところのある少年は、せっかくの時間を無駄にせぬよう気遣ってくれたのだろう。

事実、彼の最後の言葉が胸に響く。

無性に、双子の兄の顔が見たくなってきた。

 

「…ふー。兄貴でもおちょくりに行きますか」

 

天才は自分の頭の隅で計算し続ける、少年のあの言葉の裏に気づかないよう、静かな部屋で一人呟いた。

 

来た道を戻る中、行きとは逆の重たい心に、ジューダスはため息をついた。

機嫌が悪い…というのではない、所謂自己嫌悪。

 

ハロルドの部屋に行ったのは、間違いだったか

 

そんな想いが先程から頭をぐるぐる回る。

察しの良い天才のこと、未来から来た自分の言葉から先のことを感じたかもしれない。

自分は何をしているんだと、過去の自分を一人責める。

 

改変世界の人間が消えることについて、カイルを諭した側だというのに、まるで正反対のことをしているようだ。

今更ながらに体が気だるさが気になってくる。

 

『ぼっちゃん』

 

そっと、労わるような声が後ろから響く

 

『僕は、ぼっちゃんが悪いことをしたなんて想いませんよ』

 

だから、責めないでくださいと、続く言葉に少年は少しだけ表情を和らげるが、厳しいものに変わりはない。

 

本当は、何をするでもなく、ただ時間潰しに部屋に訪れた。

それでも、様子を見にでもいくか、なんて思った時点で、双子の兄妹のことを気にかけていたのかもしれない。

そして、彼女が不安げにベルセリオスを眺める姿を見て、歯止めが利かなくなっていた。

 

『ハロルドを気にかけてくださり、ありがとうございます』

 

シャルティエに言われ、自責の念は軽くなったかもしれないが、やりきれない想いがこみ上げてくる。

自分の時代では、紙に書かれた文字でしかない出来事が、こんなにも重たい。

 

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