散り行き帰るは – 4

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激しい揺れと音を立て、ラディスロウはダイクロフトへと突っ込んだ。

瓦礫が外殻の隙間から遥か地上へと落ちていく中、ジューダスは酷い揺れを壁に手をつくことで、特に倒れることもなくやり過ごした。

だが、ハロルドを除く仲間達はそうもいかなかったようで、床と仲良くしている。

 

天才はさすがに、自分の作り出したものにより、こういうのには慣れているのか、けろっとした顔でカーレルを「だらしない」と言いながら助け起こしていた。

その姿にどこか心が痛むのを無視するように、ジューダスは無理やり視線を兄妹からはがすと、無様に足元に倒れているロニを蹴り起こす。

 

「いてぇっ!」

「今から乗り込むというのにいつまで寝ているつもりだ」

 

起き上がり、恨めしそうにこちらを睨んでくるロニを無視してナナリーを助け起こす。

その間、背中のロニが鼻をこすり、妙に嬉しそうな表情をしているのに昨日のことを危うく思い出しそうになった。

今でも思い出すと顔に熱が張り付く。

 

「皆、無事か」

 

リトラーの低く通る声に、皆はそっと立って見せ、力強く頷いた。

オリジナルのシャルティエが少々肩を打ったようが、大事無いだろう。

 

間も無く、ディムロスを筆頭にソーディアンチームは動き出した。

天地戦争が、終わりへと向かう。

 

まだふらふらしているカイルにいい加減焦れ、先を促そうとジューダスが口を開きかけたとき、ふと眼に入った目立つ髪をした天才が、ずっとカーレルの消えていく背中を追うのを見て、声が出なくなった。

少しでも、彼を見ていられる時間を与えてやりたい。そんな風に思ったのかもしれない。そのまま、彼女から眼を逸らし、カイルのほうへ視線をやる。

 

しばらく頭を振っていたカイルが、その視線に気づき、気を張った。

 

「よし、行こう!」

 

いつもの掛け声に、皆が力強く頷く。

ラディスロウから勢いよく飛び出し、カイルは走り出した。

それを皆が追いかける。

 

続々と通路を防ぐように出てくるモンスターを、蹴散らし先を急ぐ。

そこまでモンスターに梃子摺ることはなかった。大分回復したジューダスの働きも大きいが、特にハロルドの晶術は強力で、今回ばかりは最後の戦いと威力も増しているようだ。容赦ない雷に打たれ崩れていくモンスターを掻い潜り、制御室へと向かう。

 

しばらくして、天上兵と思われる者の声が聞こえてくる。

まさかの地上からの猛攻撃に慌しく、興奮しきったような会話で、結構な距離があるというのに会話がしっかり聞き取れる程だ。反対に兵士はこちらの走ってくる音にすら気づいていない。

 

それらをジューダスは一瞬で判断したが、先頭を走っているカイルはお構いなく突っ込んでしまった。

此処で大声を上げて呼び止めても意味がない。ジューダスは顔を顰めながらも、スピードを上げ、一番後ろを走っていながら、天上兵へと攻撃を仕掛けるとき、カイルと並んで飛び出た。

 

「なっ」

 

一番最初に気づいた天上兵の顎をカイルが蹴る。

そのすぐ後ろに居た兵士はハロルドが杖で殴り飛ばした。

残りの兵士も各々が攻撃するのを見ながら、ジューダスは部屋の奥へと向かう。

それを邪魔したのはモンスターだった。

すぐさま、それに対応し首と思われる部分を飛ばしたが、その間に兵士が奥にある巨大なエレベーターへとたどり着き、今にもボタンに触れるところだった。

 

あのエレベーターは一度起動すれば戻ってくるのに時間がかかる。

数少ないダイクロフトの地図情報で、確かにあったその文章。

 

アメジストが鋭さを増す。

こんなところに時間を取られたくない。

 

ヒュッと音を立てて投げられた短剣は、兵の右腕ぎりぎりに刺さり、丁度服を貫通して壁に縫いつけた。

突然飛んできた凶器に兵士は完全に腰が抜け、その場に座り込む。

 

そんな兵士に少年は手刀を入れ、完全に兵士をその場に崩れさせた。そのまま腕を引っ張り、エレベーターから降ろす。

 

「乗り込め」

 

言うまでもなく、仲間達はすぐにエレベーターへと駆け込む。

ハロルドが素早く操作し、イクシフォスラーとは違う柔らかな圧力をかけながら機械が上昇する。

 

皆、それぞれ肩を大きく上下させながら息を整える中、ハロルドはぶつぶつと何かを呟き始める。同時に狭いエレベーターの中で晶力が溢れ変える。

チンと音を立てて、エレベーターが上がりきり、扉が開いた瞬間にハロルドは大きな氷の塊を目の前に落とした。

 

開いた瞬間、入り込もうとしたモンスター達が凍りに押しつぶされ、閉じ込められる。

入り口を塞ぐように具現された氷の塊は、ハロルド達に道を作るように真っ二つに割れ、その上をジューダスが跳び、奥に少数残ったモンスターを軽々と倒す。

 

二人の素早い行動にカイル達は軽く唖然としてしまった。

やはり経験の差か、旅の途中に現れたモンスターを退治するのと、戦争とでは大きな違いがあり、生きてきた世界の違いを思い知らされる。

 

だが、今はそんな考え事をしている場合ではない。仲間達も次いでエレベーターから降りた。すぐ目の前には制御室への扉があるのだ。

 

ハロルドが扉の横にある機械を弄れば、いとも簡単に扉が開いた。

此処までは実に順調。

だが、扉が開き出てきた人物を見て、一気にその場の空気が変わった。

 

部屋の奥には大きな画面と、何処がどうなっているのかわかるのは天才くらいだろう、複雑な機械が部屋の一面をずっしりと埋めていた。

そして、その機械へと近づかせないように中央に構えている男。

 

「遅かったなぁ」

 

低い言葉でゆったりと呟かれる言葉に、皆表情を強張らせていく。

 

「バルバトス…」

 

カイルがその名を呟けば、制御室を一人支配するかのように立つその男がニヤリと顔を歪めた。

ロニの長斧より重たいであろう斧を肩に担ぎ、嘗め回すようにゆっくりと6名の顔を順々に見ていくバルバトスは、やがて視線を一人に向けた。

 

「こんなところで、のろのろやってていいのか?ハロルド=ベルセリオス」

 

突然、ハロルドを指定しての会話にカイル達が表情に僅かな疑問を出す中、ジューダスは仮面の下の表情を憎しみで満たした。

 

(こいつ、カーレルのことを知っている)

 

バルバトスを睨みつければ相手も少年の視線に気づき、然も可笑しそうに目を細めた。楽しんでいるのだ、自分達の反応を見て

怒りから剣を握る手に力がこもり、ギリギリと音を立てる。

 

それを見て、バルバトスはくつくつと笑う。

質問をかけられた当のハロルドはというと、無表情で杖を男に向けるのみで答えない。

少年の仮面の下の反応とは違い、それはバルバトスにとっては面白くないものだったのか、目を細め斧を肩から下ろした。

 

「くくく…俺の言葉に興味なんてない、か?」

「あんたみたいな諦めの悪い馬鹿をいつまでも相手したくないのよ。一度ディムロスに殺されてるくせに負け犬の遠吠えって知ってる?」

 

バルバトスの言葉に、ハロルドは小さい背丈ながらも威圧的な態度で男を挑発する。

ディムロスの名が入った言葉に、バルバトスは笑みに怒りを混じらせた。

ずん、と一歩前出る。それだけで彼が踏んだ床に罅が入りそうな威圧感

 

「……聴けば、興味がないなんていってられないぞ?」

 

それでも憎たらしい目の前の獲物を今にも八つ裂きにせんかのような表情をしながらも、冷静を保った言葉は実に恐ろしい声色を持っている。

カイルは思わず一歩後ろへ下がりそうになるのを必死に堪えた。

ハロルドの表情も僅かに変わり、それに満足そうにバルバトスは口を開く。

 

「なんせ、お前の」

 

ガキィンッ

 

バルバトスの言葉は、激しい金属音にかき消された。

カイル達は今までの緊張感に満ちた会話が突然切れたのに驚く。

いつも冷静に動く少年が、皆が気づかぬ速さでバルバトスに双剣を繰り出したのだ。

 

それは斧により塞がれたが、バルバトスはこの位置での防御が間に合わないことを察し、後方に飛びのきながら斧で受け止めたことにより、カイル達との距離が開く。

 

「…どうした?仮面をつけていてもわかるぞ、怒りに満ちた表情が」

 

カタカタと双剣が鳴る中、アメジストがどんどん鋭くなっていく。

カイルは急いで共に攻撃に入ろうと一歩踏み出した。が、そこから動けなくなった。

 

怖いのだ。バルバトスのいつもの威圧感もあるが…この冷たい空間を作っているのは…ジューダスだ。

度が越えた殺気。冷たい怒り。

そしてどこかこの空気は、これ以上仲間にすら入り込ませたくないと言わんかのような拒絶感があり、それが余計入り辛くさせた。

 

「それとも、やはりお前も知っているのか?これから何が起きるのかを」

 

それでも、まだ男にとっては子供である少年の殺気などお構いなしなのか、反対に楽しむようにバルバトスは笑った。

ジューダスが知っていることなど、元より承知で言っている男に、更に少年は怒りを募らせる。そしてまた、からかうように次の言葉を発そうとする男の喉元に向かって、短剣を振るう。

だが、それは軽く避けられ、そのまま長剣ごと斧で弾かれ、華奢な体は簡単に後ろへと押し返された。

男と少年の間に距離が開く。

ピリピリと剣を持つ手に痺れが走り、仮面の下で表情を少し歪める。

そして、その間にバルバトスは余裕な笑みをもって、制御室に言葉を響かせた。

 

「カーレル=ベルセリオスは、死ぬ」

 

ハロルドは、己の唇を震える歯で噛んだ。

カイルはふと、ジューダスからの拒絶感が消えるのを感じた。

代わりに彼の辺りをまとった空気は諦め。

 

だが、今はそのことより、バルバトスが言った言葉がぐるぐる回る。

息が詰まるような緊張感がなくなったため、その叫びは簡単に口をついた。

 

「カーレルさんが死ぬって…どういうことだよ!」

 

バルバトスに挑むように叫ぶ。

此処で、黒衣の少年に叫ばないのは、恐らく彼が知ってて黙っていたという事実を認めたくないのかもしれない。

 

「カーレルはミクトランと刺し違えるんだ」

 

だが、返したのは黒衣の少年だった。

先程までの闘気が失せ、俯いた少年の表情は仮面の影になりよく見えないが、酷く落ち着いた声が胸に突き刺さる。

 

「それが、僕達が修正しにきた歴史の一つだ」

「…なんで、なんで教えてくれなかったんだよ!」

「カイル!」

 

ジューダスを怒鳴りつけ、一歩踏み出したカイルを更に強く怒鳴りつけたのはロニだった。

自身のやるせない怒りにより、それに怯むことはしなかったが、大きく振り返った先のロニが辛そうな顔で首を横に振るったのを見て、どこか頭が冴えていく。

 

「あいつのせいじゃない。そうだろう」

 

その言葉に気づかされて、カイルは自身の怒気が消えうせた。

 

そう、これが歴史

ジューダスは、自分が改変時代の人たちが、歴史を修正したときどこへ行くのか、と迷い苦しんだのと同様、このことでも苦しむことをわかっていて、黙ってくれていたのだ。

彼が冷酷な人間じゃないことは、よくわかっているはず。

自分のために、小さな背中にまた独りで重荷を背負わせてしまった。

 

「……ごめ…ジューダス」

 

体を震わせ、泣きそうな顔になりながら謝るカイルを、ジューダスはそっと一瞥し、そのままハロルドのほうへと視線を向ける。

仲間達も自然とハロルドの小さな体のほうへと向く。

いつも気丈にしている彼女の杖を握る手は震えていた。

 

「こんなところで、のんびりベルクラントの機能停止なんてしていたら間に合わない。違うか?」

「…どっちにしろ、もう間に合わないでしょう」

「いいや」

 

震えてはいたが、ハロルドの答えは落ち着いていた。

だが、バルバトスの言葉に息を詰める。

 

「神の力を使えば、歴史は変えられる」

 

その言葉にカイルは息を呑む。

ハロルドの表情を伺おうとしたが、俯いていて見えない。

 

バルバトスの出した言葉に、カイルは自分の中で怒りが燃え滾るのを感じたが、すぐにそれは水をかけられ、僅かな暖かさが残るのみとなった。

歴史を守る為に、カーレルを犠牲にする。その重たさに自分は負けている。

だから、今この場でバルバトスを怒鳴りつけることもできない。

 

不安から、そっとジューダスのほうを見てみるが、少年はハロルドのほうを見ることなく、ただバルバトスを見ていた。もう、バルバトスの言葉を遮ろうともしない。そして、ハロルドにバルバトスの手を取るなとも彼は言わず、ただその場に立ち尽くしていた。

 

カイルは自分では何もできず、ハロルドをそと見る。

沈黙が降り、ややあって、ハロルドのぷっくりした唇が震えながら動いた。

 

「…やーよ」

 

ぽつりと呟かれたハロルドの言葉に、バルバトスが方眉を上げる。

 

「人は、先が見えない暗闇を必死に手探りで生きて、そして歴史を紡いでいく。それは、誰も同じ、皆平等に与えられているもの。私だけずるなんてしたくないわ。それに、今から喧嘩売ろうっていう神と、同じことしてどうすんの」

 

最後に、おどけたような物言いで天才は最後まで言うと、一息つく。

それはため息のようで、ややあって続いた言葉は少し弱弱しかった。

 

「確かに兄貴には、生きていて欲しい。ずっと一緒に生きていたい。だけどね…だからって、あんた達の手をかりるなんて、死んでも嫌。だって…そんなことしたら、生きていてももう、兄貴に手が届かなくなるわ、だから」

 

だが、弱弱しく呟かれた本音を振り切るように、彼女は、最後の選択をし、腹をくくった。

 

「そこをどきなさい、バルバトス!」

 

力強く、杖が振り上げられ、バルバトスのほうへと差される。

ハロルドの、力強い選択と言葉にカイルは息が詰まった。

それは、カイルにとっては喜ばしい選択なのだが…それでも

胸が、苦しかった。

 

バルバトスは睨みつけてくる天才を興味がなくなったように無表情で見下ろした後、何故かジューダスのほうに視線を向けた。

 

「馬鹿なやつらだ…止めなくていいのか?リオン=マグナス」

「何故僕が止める必要がある」

「お前にとっても、カーレルが死なぬこと、都合がいいのではないのか?」

 

その言葉に皆が反応したと同時に、少年が短剣を投げ、バルバトスが顔の前に持ち上げた斧に当たる。

 

「くくく、馬鹿な奴らだ」

「…これが、この時代の人間が選んだ道だ」

 

短剣を投げる為突き出された左手をそのままに、アメジストが男を射抜く。

ジューダスはその左手をそっと、柄にあてた。

 

「これ以上邪魔をするなら…殺す」

 

小さな少年の周りの空気が、ハロルドの言葉に呼び覚まされたかのように再び張り詰めていく。それにつられるように他の仲間達も自分の武器を力強く握り締め、戦闘態勢へと入った。

 

ピンッと張り詰められた場の空気を、突然破ったのはバルバトスの狂ったような笑いだった。カイル達はそれには反応せず、武器をただ突きつける。

 

「面白い…実に面白い。俺達と間逆を行くお前ら…いいだろう。決着をつけよう」

 

その言葉に更に緊張を走らせるカイル達に反して、バルバトスの体が歪みはじめた。

これは、時空移動。

 

「どこへ行く気だ、バルバトス!」

「俺達との決着の場は、神の眼の前……4本のソーディアンが刺さった神の眼の前だ!」

 

ジューダスの目が見開かれる。

彼が言った言葉から瞬時に思い浮かぶ情景。それは見たことがない背景だが、想像するに容易い金髪がいた。

 

「貴様…っ」

 

足を一歩踏み出した頃には、もうバルバトスは消えていた。

張り詰めていた糸がピンッと切れたように仲間たちの体から力が抜けていく。

皆、複雑な表情でその場に立ち尽くした。

だが、ハロルドはさっさと歩き始め、3人が立って両腕を広げても届かないほどの機械の前へと行く。

 

「ハロルド…」

 

ナナリーがそっと、彼女の名を呼ぶ。

天才と呼ばれているとはとても思えない小さな背中はそれには答えず、機械の上に腕をそっと置くと、画面に凄い勢いで文字が流れ始めた。

カタカタとボタンを押す音が流れる。

 

肩が震えて見えるのは、腕を動かしているからだけではないだろう。

仲間達は痛々しい背中をただ、見つめることしかできなかった。

 

間も無く、ベルクラントの機能が停止される。

ハロルドは一息つくと、いつものように杖を肩にあて振り返り、仲間達の表情を見て笑った。

 

「…さ、戻るわよ。兄貴達のところへ…行こう」

 

さっさと歩き、カイルの横を通り抜けるとき、カイルは今にもその大きな眼から涙が溢れるのではないかという顔をして、ハロルドに何かを言おうとした。

だが、ハロルドはその頭を杖でコンッとたたく。それにより、カイルは何もいえなくなった。

 

きっと、何の言葉も意味のないことだ。

だけれども、優しく頭をたたいた杖から、気持ちは伝わっているのだとわかった。

 

一番後ろに待機していたジューダスが、歩いてくるハロルドを静かに見つめる。

 

「……すまない」

 

ジューダスの横を黙って通り過ぎようと思っていたが、横から聞こえてきた少年の言葉に思わず驚いて目を見開き少年のほうを見た。

ジューダスは斜め下を見つめ、俯いてそのまま黙っている。

 

「なーんであんたに謝られないといけないわけ?そんなことより、さっさと戻るわよ」

「……」

「それにさ、私…覚悟できてたのよね」

 

頭の後ろで腕を組み、ハロルドはいつもの何か企んでいそうな笑顔ではなく、ちょっと寂しそうにそれでいて優しく微笑んだ。

 

「だから、戦争の前に…うんっと甘えておいたのよ。…誰かさんのおかげでね」

 

そのまま、また出口へと歩き出すハロルドに、言葉の意味を思い至ったのかジューダスは目を見開き振り返る。

 

「ほーら、なにやってんの!急ぐわよ!それとも、私に最後の時間もくれないわけ?」

 

その言葉に仲間達が急いで走り始める。

ハロルドはまた、悲しそうに笑って仲間達に背を向け自分も走り出した。

 

(やはり、あの会話だけでカーレルのことを悟っていたか)

 

すぐに彼女の横に並び走り、そっと彼女の横顔を伺う。

それに気づいたのか、ハロルドはまたこちらを見て苦笑いした。

 

「まったく、あんたらしくないわねーどうなってるのか脳みそ覗きたくなるわ。解剖させてくんない?」

「…遠慮する」

 

そう言ってやれば、ハロルドは心底嬉しそうに笑った。

きっと、これくらいで接されたほうが楽なのだろう。

 

「あーそうだ、気にしてもらって悪いからさー」

 

軽い口調で続けるハロルドの次の言葉に、そうとは理解していても、やはり俯いてしまった。

 

「兄貴のところ付いたら、目瞑って、耳ふさいでてよ」

 

神の眼の前で泣きじゃくる、一人の妹。

一つの歴史を、皆閉ざすことなく焼き付けた。

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