半年梅干し人間

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コラさんの梅干し好き・ローさんの梅干し嫌いは妄想捗っちゃいますよね。

時系列:DR前と和の国後。梅干し嫌いなローさんを見るサンジさんのお話。

 

サンジはパンが嫌いだと言ってのけた同盟相手の食事の様子を、本人に気づかれぬよう視界の端でそっと確認していた。これはコックとしての癖だ。それでなくともひょろい体をしているものだから、普段から食事を疎かにしているのではないかと、少し気になったのだ。

ドレスローザでの作戦を真剣に話している間、ローはサンジが出したおにぎりを食べてはいるものの、それに意識を向けてはいなかった。嫌いなものは主張する癖に、食にあまり関心を持たないタイプのようだ。まぁ、今はそれよりも作戦の方が大事というのもあるだろう。

しかし、ルフィたちがまともに話を聞かなくなってからは苦い顔で口を閉ざし、おにぎりを黙々と食べ始めた。そこでようやく、金色の瞳はおにぎりへと向けられた。

サンジは小さく笑みを浮かべる。ローの表情は変わらないが、じっと手にしたおにぎりを見つめている。先ほどまで腹が膨れれば何でもいい(ただしパンは除く)といったていでいたローが、サンジの料理をまじまじと見ているのだ。あれの具はおかかだ。急遽握った三つのおにぎりだが、飽きさせないようにどれも具を変えている。齧ったおにぎりから覗く具をじっと見つめるのが何だか面白い。齧り付き咀嚼しながらも、まだおにぎりを見ている。どうやら気に入ったようだ。

(よしよし、しっかり食ってるな)

そう安心したときだった。次のおにぎりを手に取り、一齧りした途端、ローの表情が不満そうに歪んだ。そっとおにぎりが皿に戻される。齧られた白米の中から赤い果肉が覗いている。それはおにぎりの具の中でも一番メジャーな梅干しだ。ローはそれをじっと睨み付けると、一度目を伏せ、次の瞬間には皿から完全に目を離した。見もしないで別のおにぎりを手に取り、齧る。あれの具はシーチキンマヨネーズ。こちらはローの視線をもらうことなくその胃に収められた。おそらく機嫌が下降している。そして残った梅干しおにぎりにはもう手をつける様子がない。サンジは頬を引きつらせた。

(おいおい、七武海サマ……嘘だろ?)

パンが嫌いという、食べ物の数割を選択肢から消す問題発言の後に、更に好き嫌いを申し上げるおつもりか。皿にポツンと残った梅干しおにぎりがもったいねぇと思わないのか。どんだけ贅沢な野郎なんだ。食べ物のありがたみを知らないのか。

ぐつぐつと沸き立つ苛立ち。サンジは無遠慮にローを睨み付ける。その視線に気づいたローは不機嫌そうに、そして気だるそうにサンジへと目を向けた。視線がかち合うと同時にサンジは口を開く。

「おい、それ」

「……おれは梅干しが大嫌いだ」

問い詰める前に白状した。つい、と視線をそらして、むっつりと唇をへの字に曲げて。たいそう不服そうである。サンジは大きく息を吸うと、吸った分だけ勢いよく怒鳴り声を上げた。

「お~~ま~~え~~!! どこの我侭お坊ちゃまだ!! 好き嫌い多すぎるにも程があるわ!!」

サンジのテンションとは逆に、気だるげなローはサンジを一瞥だけして、また視線をそらした。

「お前がピンポイントでおれの嫌いなもの当ててきてんだ。嫌がらせか」

ピキ、とサンジのこめかみに血管が浮かび上がった。

「知るかんなもん!! ピンポイントもクソも、パンが嫌いとか的がでかすぎるだろうが!! それに梅干しはおにぎりの具のメジャーだろう! 『おにぎりの具って言えば何を思いつきますか?』 って町内アンケートとったら間違いなく一位取るぞボケェ!!」

「おれならシャケかおかかと答える」

「聞いてねぇよ!!」

「他の具はうまかった。ご馳走様」

「あぁ、お粗末さま……じゃねぇよ!! ちゃんと残さず食え!」

「嫌だ。梅干しはパンより嫌いだ」

「アァアアアアア!?」

飄々と好き勝手なことを言うローにもはや言葉も出なくなりつつあるサンジ。顔を真っ赤にして怒るコックにローはようやく視線を向けると、薄く笑った。

「わかった。つまり残さなきゃいいんだろう?」

「……あ?」

「麦わら屋」

「お? くれんのか?」

「あ、てめぇ!」

ローは食べかけの梅干しおにぎりを片手にルフィを呼び、ずいっとそれを差し出す。ルフィは躊躇いなくそれを一口で平らげた。

「これでいいだろ?」

にやりと笑うローにサンジはぎりぎりと歯軋りを立てる。ローはサンジの答えに聞く耳持たずと、さっさと食堂から出て行ってしまった。

残されたサンジはふるふると怒りに肩を震わせる。

「あの野郎、いつか梅干しを食べさせてやる! 絶対うめぇって言わせてやる!」

怒りの矛先が何だかちょっと違う方へと向かうサンジであった。

 

 

 

あれから、サンジの勇ましい決意は空しくも、暫く実行に移す機会がなかった。なんせドレスローザでの戦い以降、怒涛の日々だったのだ。

そうして数ヶ月後。ようやくサンジがサニー号に戻り、ワノ国での大きな戦いを経て、麦わら・ハート同盟の元に僅かばかりの平穏が戻った。そして今、とある理由でローはまたサニー号に乗っている。そんな今日こそ、あの日の怒りを発散できるかとサンジはほくそ笑んでいた。

だが、どうにも今日はローの様子がおかしかった。調子が悪そうというか、どこか気落ちしている風に見えたのだ。そういった弱みを他人に見せるタイプの男ではないから、そのことに気づいたのは見聞色に長けたサンジだけだっただろう。そんなローに苦手な食べ物を出す気は失せた。

明日には調子が戻っているといいがと思いながら、サンジは夜更けのキッチンで明日の仕込みをしていた。一味の半数が眠りにつき始める時刻だ。静寂の中、調理の音だけが響く。明日の朝ごはんは何にするか。この辺はずいぶんと冷え込んでいるから、暖かいスープが欲しいと思った。あと、焼き魚にしておくか。

仕込みに没頭していると、ふと、随分希薄な気配がこちらに向かってきているのがわかった。扉へ目を向ければ、ふらりとローが現れた。

「どうした?」

「黒足屋」

ローは常に担いでいる大太刀をカウンターに立てかけながら徐に問う。

「厨房、借りていいか」

予想外の言葉にサンジはまばたき三回分黙り込んでしまった。水でも飲みにきたのかと思ってグラスに伸ばしかけていた手を止める。

「あ? 何か食いてぇんなら作るぞ?」

「いや、作りたい」

「……なんだ、そりゃ、おれが作れないものでもあると思ってんのか?」

「いや、そうじゃない。自分で作りたいんだ」

一体、ローは何がしたいのだ、という単純な疑問と、今仕込みでキッチンは殆ど空いていないという理由からサンジは少し困る。それを見てローは声を上げた。

「ああ、悪い。邪魔になるか。米だけ炊けりゃ、あとは材料がありゃあいいんだ。おにぎりを作るだけだからな」

「……おにぎり、ねぇ。まぁその程度なら……」

ひとまずは米を炊くか、とキッチンへ体を向ける。それにしても、おにぎり程度ならすぐ握るのに。あの時おにぎりに梅干しをいれたこと、根に持っているのだろうか。首をひねるサンジの背に、ローは小さく、でも確実に聞こえる声量で言った。

「すまない。ありがとう」

そのあまりに素直な感謝の言葉に、サンジは思わず二度見した。目を丸々とさせてローを見る。いつもなら睨み返されそうなほど不躾な視線を送ってしまった。だが、ローは気づいていないのか、気にしていないのか、カウンターに立てかけた大太刀へと視線を落としていた。伏せがちな目は、何かを憂いているかのように見える。なんだかいけないものを見ているような気になって、サンジは慌てて支度を始めた。

「キッチンはおれが使いたいからよ、そこで待ってろ。米が炊けたらそっちに置くから、カウンターで作れよ。それでいいか?」

「ああ」

「何個作るんだ?」

「前に食ったおにぎりの、あの大きさ二個分だけでいい」

「ん。わかった」

背を向けての会話だが、サンジは背中に目が生えるのではないかと思う程に、ローの気配を探りながら会話をした。ローからは常の刺々しさが感じられない。一体棘をどこに落としてきたんだと、気になってどうにも調子が狂った。

やがて、仕込みの合間に炊いていた米が出来上がる。カウンターにそれを置き、水を入れたボウル、塩、海苔と次々並べる。

「具は何にするんだ? シャケかおかかだっけか?」

冷蔵庫を開け、作り置きしていた鮭のほぐし身に手を伸ばしつつ聞く。だが、ローからは「いや、」と否定の言葉が上がる。そして続いた言葉にまた驚かされた。

「梅干し」

「……は?」

「梅干しが欲しいんだ。ないか?」

「いや、あるけどよ、お前嫌いなんだろ?」

冷蔵庫の中に入っている梅干しとローを見比べる。ローはもう一度、「梅干しがいいんだ」と言う。鋭さを失った金の瞳が真摯にそう訴えていた。

サンジはよくわからないまま冷蔵庫から梅干しを取り出す。ローの梅干し嫌い克服用にとひっそり用意していた、あまり酸っぱくない紫蘇の代わりに鰹の出汁で漬けた鰹梅だ。

それをカウンターに置いてやると、ローはそれを見下ろし一瞬目を細めた。そしてキッチン側、流し台へと目を向けた。その視線の意味に気づき、サンジは小さく頷きキッチンへとローを招き入れる。ローは流し台で軽く手を洗うとまたカウンターの向こうへと戻った。食事のときは帽子を取るところといい、妙に行儀のいい男だ。

材料の前に立ったローは黙々とおにぎりを作り始めた。梅の種を取り除き、ボウルの水に手を付け、塩をまぶし、米を手に乗せる。平らにしたご飯の上に梅を乗せ、包み、握る。三角の形になるように窄められた手は物騒な刺青に似合わず、何だかやさしげに見えた。出来上がったおにぎりに海苔が巻かれる。綺麗な三角形だ。意外なことにこの死の外科医は、おにぎりを作り慣れているらしい。そうして、あっという間に二つのおにぎりは作られた。サンジは仕込みを忘れてその作業をじっと見てしまった。

「面倒をかけた」

「あ、あぁ……」

おにぎり二つを乗せた皿だけ手元に残し、ローはサンジにボウルなどを返す。生返事を返すサンジに、「あ、それと」とローが続けた。

「悪い、もうひとついいか」

「なんだ?」

「タバコをひとつ、もらってもいいか」

もうサンジは疑問を口にすることはなかった。箱から一本タバコを取り出し、ローに渡す。

「ライターもいるか?」

「あぁ、頼む」

左手に皿、右手にタバコを摘んだローの為に、そのタバコにライターの火を点けてやる。先が赤くなり、煙を昇らせ始めたそれを、ローはまた目を細めて見つめた。慈しむような、優しい目をしていた。その目を一瞥した後、サンジは小さい灰皿もローに渡してやった。

「助かった。ありがとう、黒足屋」

ローはそう言うと、タバコと灰皿を指に挟みながら器用に大太刀を拾い、甲板へと出て行ってしまった。その背をしばらく見つめていたサンジは、思い出したように仕込みに戻った。

仕込みはほとんど終わりかけだった為、すぐに済んだ。手を洗いながら、しばらく考え込んだ。

気になる。気になって仕方ない。でもわざわざ追いかけるのってどうなんだ。いや、そうだ、あの嫌われていたはずの梅干しおにぎりの安否を確かめなければならない。これはおれのコックとしてのプライドだ。

適当な理由を見つけ、サンジはローの後を追うことにした。

ローの姿は船尾側にあった。大太刀を抱え、壁に持たれて座り、暗い夜の海に視線を投げている。作られたおにぎりはローの隣にちょこんと手付かずで置かれていた。更にその隣には灰皿とタバコ。こちらも吸った様子はなく、先端から細い煙をゆらゆらと空へ昇らせている。

サンジは自分の分のタバコを取り出した。火をつけて吸い込み、吐き出しながら、ローの隣に人一人分を空けて立った。同じように壁を背もたれにしてもう一度タバコを吸い、吐く。白い煙が空へ昇る。それを眺めながら、サンジは尋ねた。

「弔いか」

常なら気配だけで他者を近づけないローが、今夜ばかりは隙だらけだ。というより、近くに来ることを最初から許されていたようだ。散々不可思議な頼みごとをした手前、詮索を断るつもりはないのかもしれない。だからか、ローは素直に答えた。

「命日なんだ」

淡々とした答えだった。サンジにしかわからないだろう、ほんのりと漂う哀愁。それだけだった。それだけこの日を迎えることに慣れたのだろう。そして、それだけの年月を経ても尚、特別に弔う程に大切な人だったのだろう。

「だから、今日は助かった。何も用意できねぇかと思ってたから」

「なるほどね」

今回ローが一人でサニー号に乗ることになったのは、ちょっとした事故のようなものだ。本来は何もかも揃った自分の船で静かに偲ぶ予定だったのだろう。

「お前の梅干し嫌いはそいつのせいか?」

「あぁ。この人の好物だったんだ。半年くらい、飯には殆ど梅干しが乗っかってた。どんな食べ物でもそれが乗ってりゃ食が進むんだとよ。……さすがに食い飽きちまった」

「そりゃきついな」

ローは小さく笑った。思わず零れ出たといったような、純粋な笑みだった。こいつ、こんな風に笑えるのか、とサンジは少し驚いた。

誰に吸われることもないタバコの先端から灰が落ちる。その僅かな変化に気づいて、ローはタバコへと視線を落とした。しばらく煙を見つめ、やがておにぎりを手に取り食べ始める。

冷めてしまっているだろうなと思った。でも、その時間がこの男には必要だったのだろう。

一個目の梅干しおにぎりは、すぐに平らげられた。苦手なものを食べるときの躊躇いもなく、好物を食べるときの喜びもなく、淡々と口の中に入っていった。

「うめぇか?」

「相変わらず味気ねぇ」

サンジは肩を竦めてタバコを吸った。せっかくの鰹梅なんだがな、と思うも、まぁ仕方ないか。と煙を吐く。作り方が悪いなんて野暮なことは言わない。極上の梅干しおにぎりがその手にあろうと、ローにとっては、それを共に食べてくれる人がいなければ、味気ないものなのだ。

それでもローは自分で作った梅干しおにぎりを黙々と食べている。時にタバコの煙を見つめ、時に遠い水平線へと視線を投げながら。

サンジは静かにその場を後にした。普段人と距離を置く彼の、思わぬ素顔を垣間見た。……きっと、その人のことを誰かに話したかったのだろう。

サンジはローの梅干し嫌いの克服を諦めると同時に、梅干しが大好きだった人のことを、覚えておいてやろうと思った。

 


あとがき

命日って多分仏教のあれなので、ローさんが命日って言うのなんだか違和感があるのですが、まぁこまけぇこたぁいいんだよと(

きっとローさんほどコラさんにぐでんぐでんになってたら、通ってた教会の宗教上命日という概念がなくてもコラさんが死んだ日はやっぱ思い出して何かしらしてるんじゃないかなってことで。

そんなわけで、ローさんが梅干し嫌いなのはコラさんのこと思い出して切なくなるからかなって妄想で出来たものです。

が、SBSのおにぎり説明で梅干し(すっごいすっぱいやつ)と書かれていたところ見るに、原作では普通にすっぱいから嫌いなんだと思いますwww

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