とあるモブ男が主人公のお話です。ちゃんとロー君でるから安心して! でもロー君メインではないから気を付けて! でもロー君メインのつもりでは書いてるよ!
小さな狭い部屋。両手を伸ばせば両側の壁に手が付きそうな程に狭い部屋。そこに一人の男が膝をついていた。
胸の前で両手を合わせ、男は上を見る。
視線の先には外へ続く小窓があった。外からの陽光がこの明かりのない部屋の唯一の光源となっている。
小さな部屋。男以外には誰もいない部屋。そこは男が作った自分の為だけの告解室。
この寂れた町に神父はいない。男は天に向ってただ一人で告白する。
「神よ……私は罪を犯しました……どうか、どうか、お赦し下さい……」
それを続けてもう十六年になる。されど男は未だに救われない。
男は十六年間、赦されない罪から逃げ続けてきた。
生まれた国から逃げるように出た。故郷にいられなかった。罪に近すぎた。怖かった。だから出てきた。
最初に、北の海の小さな島に辿り着いた。そこには教会があった。罪を打ち明ければ神に代わって神父が罪を赦してくれるという。そう、町の人間から聞いた。
男はもともと信者ではなかった。しかし、教会や信仰は昔から男の身近にあった。それは――罪を犯したあの白い町にも、あったのだ。
あの日のことが忘れられない。あの日の記憶が毎日追い立ててくる。
罪を告白し悔い改めれば、慈悲深き神は赦してくださる。町の人間の何人かが男にそう声をかけた。だから大丈夫だと、そっと背に手を当てられた。
初めて入る狭い告解室で、男は罪を打ち明けた。神父は神に代わって男を赦した。慈悲深い言葉だった。その言葉を聞かされる一時だけが男を慰めた。男は縋るように毎日告解室へ入った。毎日同じ罪を告白し赦しを乞うた。神父は毎日慈悲深い言葉を返した。そうして、男はこの島で短くない歳月を重ねた。
だが、神が男を赦しても、男は赦されなかった。
ある日、罪が形となって現れたのだ。
ようやく薄れてきたあの日の記憶を再び刻みつけるように、それは紙に書き記されていた。
――あの時のことを、男は明確に覚えていない。記憶が飛び飛びになっている。
あの時、時計の針は狂っていた。正しく秒針を刻んでいなかった。一秒で十秒分も針を進めた。気づけば三分、五分と勝手に針が前へ進んでいた。かと思えば、目に映る光景がやけにスローモーションになることもあった。あの時、あの場所は異常だったのだ。視野がぎゅぅと狭くなって、すぐ横で放たれた銃声すら聞こえない時もあった。
そんなめちゃくちゃな記憶の中で、鮮明に残る文字がある。それは血飛沫を僅かに浴びて男の足に当たったのだ。足を打つそれに、男は目を向けた。
名札だった。
その時、男の時計はまた狂って、その名札を見つめる時間を長く長く感じた。だから、あの足元に転がる血飛沫と名札の映像が、こうも鮮明に残っているのだろう。何年も経った今でも、忘れられない名として残っているのだ。
それが今、男の罪そのものとして、街の掲示板に貼り出されている。
トラファルガー・ロー
海賊の手配書を前に、男は頭を掻き毟って言葉にならない奇声を上げていた。
男は長く過ごした街を出た。逃げるように出た。
罪が迫ってくる。追ってくる。あの名が聞こえない場所まで、あの名が霞んで届かない場所へ。それだけを求めて色んな地を転々とした。
昔の伝手を頼りに海軍の船によく世話になった。未だ軍属に身を置く友人は男に会うと前のめりになって話をした。
「おれ達は英雄だ。おれ達がいなければ世界は今頃どうなっていたのか! 世の中には自分の為なら何でもしようっていう、どうしようもねェ悪人が山ほどいる! それを全部駆除するんだ!」
友人の話に、男は笑顔を貼り付けてコクコクと頷く。
「神はおれたちを祝福する。おれたちが正義だ!」
言葉のままに正義を背負う友人の白いコートが目に痛かった。友人の言葉は全て正しい。だからこそ、男は友人が怖くて仕方ない。それでも、友人よりも更に怖いモノから逃げる為に、男は友人を頼らざるを得ない。そうして、その逃げる術を得ている今ですら、男は自分の罪を見せつけられている。
あの日、男は罪を犯したのだ。
男はやらなければいけなかった。世界のために、正義のために。モンスターを一人残らず皆殺しにする任務を課せられたのだ。
世界の為だ。あのモンスターどもは生きる為に世界を滅ぼそうとする悪しき存在だ。こちらに銃を向け、発砲までしてきたのだ。人類の敵。世界の敵なのだ。醜い存在なのだ。自分たちとは違う、恐ろしい存在なのだ。自分たちが生きようとすれば世界にどれだけの被害を与えるのか。それをわかっていて尚、あの者たちは攻撃をしかけてきたのだ。あれらはもう、許されざる敵なのだ。モンスターなのだ。
誰もがそう言った。神の代弁者もそう言ったのだ。上官もそう言った。友人も言っていた。だから、誰もがそう言っていた。だから、世界がそう言っていたのだ。世界がそれを望んでいたのだ。だから我々は正しいのだ。
男は任務に忠実であった。忠実に、モンスターを討伐した。友人もそうであった。私達は勇敢だった。正義のために、世界のために戦ったのだ。たくさん駆除した。たくさんたくさん、撃ち殺したのだ。
決して生かしてはならない。ひとり残らず駆除しなければならない。そうしなければ、人類が滅ぶ。それほどまでに恐ろしいモンスター。
だというのに、あの日、男は罪を犯した。
あんなに任務に忠実だったのに。
たった一人だけ、逃してしまったのだ。
狂ったあの一日の中で、数多の人間の頭部を的確に撃ってきた腕が、あのときだけは震えて使い物にならなくなった。
標的は小さかった。でも打ち抜くべき頭の大きさは、さほど変わらなかった。簡単に仕留められた。なのに、撃った弾は全部床に埋まっていた。
あぁ、わかっている。そうじゃない。おれがそうしたんだ。
あの時おれは、銃を撃ちながら……当たるなと、当たるな、当たるなって念じていた。なんで今ここに出てきたんだと、胸の中で叫んでいた。おれは、自分の意志であのとき、あのモンスターを撃たなかったのだ。
それは、世界への反逆だ。重い罪だ。気が触れたのだ。どうかしていた。いや、きっと、モンスターの罠にかかったのだ。あいつらは生きるために嘘を吐く。情に訴えかけてくる。それに騙されてはいけないのに、おれは騙されてしまったんだ。
畜生、畜生、畜生、畜生!
あのとき、騙されることさえなければ、こんな地獄の日々を過ごすことはなかったのに! おぞましい罪を抱えることなく、後ろめたく思うことなく、今も友と同じ思いを共有して肩を組むことだってできただろうに!!
「神よ……。私は罪を犯しました。どうか、どうか……お赦し下さい」
男は震える手を組み合わせ、額にこすりつけて祈る。
男は罪から逃れ続け、新世界の小さな島の寂れた町に辿り着いた。
転々と住処を変えてきた。逃げても逃げても、追ってくるのだ。
元は北の海を時々騒がすだけの海賊だった。それでもその手配書を見たくなくて、その名が聞こえない場所まで逃げたくて、偉大なる航路へ入ったのだ。数多の海賊が沈んだという海だ。きっとアレもいずれ消え行くに違いない。そう震えながら祈って逃げてきた。だというのに、彼の名は轟いていく。男を追いかけるように偉大なる航路へ入り、世界を騒がしていく。その度にいてもたってもいられなくなり、男は友人を頼って海に出た。偉大なる航路でもだめならば、新世界へと。
あの時のように、自分と関わらないどこかで、死んで、消えてなくなってくれと祈りながら。
なのに、なのに。
「私は、モンスターを逃してしまいました……。決して、逃してはならなかったのに……っ! お赦し下さい……お赦し下さい……っ!!」
赦してくれ。赦してくれ。助けてくれ。その罰がこれだなんて、あんまりだ。
恐ろしい。恐ろしい。新聞にでかでかと載る写真はこんな小さな町にまで届けられた。まだ生きている。まだ生きている。
あの日、あの時、おれが殺さなかったばっかりに! まだ、まだ生きて、生きて……追いかけてくる。
あぁ、どうか、どうか赦してください。私が悪かったのです。私が悪かったのです。逃してはいけなかったのに。任務に忠実であるべきだったのに。そうでなかったばっかりに。反省しています。反省していますから! だから、どうか、どうか! あのモンスターを殺してください。私からあれを遠ざけてください。忘れさせてください。来るな、来るな、こっちに来るな!!
「海賊が来たぞーーっ!!」
ばた。
両手が白くなるほど握られていた男の手が床に落ちた。
小さな町が、静かな町が、ざわついていく。
男の見開かれた目は、祈り続けても叶えてくれなかった天に絶望していた。
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みなもさんこんにちは!! Twitterで追っかけてくださりありがとうございます! 最後まで読んで頂けて嬉しいです!
あのラストを書くの凄く楽しみだったので響いて頂けたようでガッツポーズです>w<グッ
このあと旗揚げ組と会ったのなら、ロー君はきっとちょっとベポに甘えた甘えたのお昼寝を頼みそうですね! ベポにぬくもりを求めるようにすりすりしてなんだかちょっと子供のようで。様子がちょっといつもと違うなって長い仲からわかったペンギンシャチあたりが、「何かあったんですか?」って聞いてみたら、「……いや、おれは本当に、愛されてるなって思ってな」って幸せそうなのに悲しそうに笑うから、旗揚げ3人が思わずそれからめちゃくちゃ甘やかしたりしそうです(´`*) ベポたんはぎゅうううってロー君を抱きしめてくれることでしょう! へへ、可愛いですね~。
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