あいつの代わりに赦しを

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坊ちゃん大怪我ネタ

ハイデルベルグを出てまだ少ししか経っていないというのに、既に体はガチガチに凍りつきそうになっていた。隣に居るナナリーなんかは特に酷そうだ。顔色が悪い。

今日はどうにも、特別寒い日らしい。いや、こんなとこ住んでないからわからないが、前に通った時はまだマシだったように思う。

その原因は強い風だ。そして災難なことにちらほら雪まで降ってきた。

まだ少量ではあるが、風により吹雪の一歩手前だ。

 

本来ならばこんな天候の時に出歩いたりはしたくない、しかも少し遠出になる。

だが、そうとも言ってられなかった。

リアラがいなくなってしまった。一人でエルレインのところに向ったのだ。

 

白い息を吐き出し、ナナリーより少し後ろにいるジューダスを見る。

あいつの服ならばこの視界の少々悪い中でもよくわかっただろうが、残念ながら今は俺達と同じマントを羽織っている。それでもあの黒髪はよく見えた。

ジューダスは眉を寄せ雪を睨みつけていた。やはり天候が気になるのだろう。このまま歩みを進めるのが危ないことは、きっと俺よりあいつのほうがよくわかっているはずだ。

 

それでも、あいつは俺の前を行くカイルに言葉をかけることはしなかった。

カイルの気持ちを汲み取り、ギリギリまで進ませてやるつもりらしい。あいつらしくないような、らしいような。

 

ふとそんなことを考えていた俺のほうに、鋭いアメジストが向けられた。

睨まれているわけではない。それの意味がなんとなくわかる。少し気配を探れば僅かにだが獣のいる感じがした。よくもまぁ普段からこんなの見つけられる。

 

剣をすらりと抜いたジューダスに続き、俺達のやり取りを見て気付いたナナリーも自分の体に回していた腕を下ろし、あたりを伺う。

俺もまた斧を右手に持ち直し、カイルの方へと声をかける。

 

「カイル、気をつけろ」

「え、なに?」

 

振り向きながら聞いたカイルだが、俺達が武器を構えていることに気付き、カイルもまた剣を抜いてあたりを見回した。

雪により視界が悪いが、何かの影がこちらに向ってくるのが見て取れた。

 

やがて、その姿もはっきりしてくる。爬虫類のような頭に、二足歩行。何処から取ってきたのか鎧を纏い、手には剣を持っている。数は7、か。

ナナリーはモンスターから少し離れると詠唱を開始する。この視界の悪い中で弓は流石に使えないのだろう。それを背に、俺は丁度目の前に来たモンスターへと斧を振り上げる。

 

凍えた体は予想以上に重たかったが、何とか重たい一撃はモンスターの肩に入った。

鎧の砕ける音。モンスターは仰け反り、痛みからか青い舌を見せながら悲鳴のような鳴き声をあげる。だが、それでもすぐさま手にしている剣を横なぎにしてきた。

それを後ろへ軽く跳ぶことで避け、斧を横に振った後、思いっきり拳を突き出す。拳は鎧のない腹に食い込み、モンスターは大きく後ろに吹っ飛んだ。起きてくる様子は無い。

 

一息ついたら、ドサ、ドサと重たいものが2つ倒れる音がする。

横を向けば、少し遠くでジューダスがモンスターを2体倒したところだった。

あぁ、なんか悔しい。

 

そんな下らないことを考えた時だった。

突然今までとは比べ物にならない強風が吹き荒れた。

強風だけならよかったのだが、それにより降り積もっていた雪が一気に舞い上がって視界を白で埋め尽くしたのだ。

 

「うわ…っ」

 

思わず顔を腕で庇う。一瞬、視界の端に金色が見えた。

それはあまりに小さい。どれだけ離れた場所にいるのか

きっとまた何も考えずに敵に突っ込んで行ったに違いない。

 

「カイル!離れるな!戻れ!」

 

そう叫んでいると、今度は黒い何かが、真っ白な世界に入っていってしまった。

まだモンスターは結構な数が残っていたはずだ。視界なんて無いに等しい。そんな中突っ込んでいくような馬鹿だったか?あいつは

 

多分、カイルの前にはモンスターが4匹いたはずだ。一瞬見えた金色と、その奥にあるいくつかの影を見た。

俺もまたそちらへと走り向おうとしたとき、ひゅんひゅんと音を立てて回りながら何かがこちらへと飛んできて足を止めた。

雪を切る音を立てて地面に突き刺さったのはカイルの剣だ。

ぶわっと焦燥感が体の内側から外へ向って溢れかえった。

 

「カイルっ!!」

 

叫んで再び彼らがいるであろう方を見ると、白かった世界が薄れてきていた。

今は風も強くない。ようやく視界がはっきりとする。

剣を弾き飛ばされた衝撃からか、その場に尻餅をついてしまったカイル。

そしてその前には既に剣を振り上げているモンスター。

 

その光景に心臓が止まるのではないかと思った。

護ると、誓ったのに。

 

あまりにも距離がありすぎて俺にはどうしようもなかった。

そんな中、カイルの近くに黒い影を見つけ、一瞬希望を見出す。

俺が少し止まっていた間に、あんなにも走ったのか

だが、今彼がいる場所は本当に、間に合うか間に合わないかの微妙な距離だ。

 

いや、だめだ。

 

カイルとモンスターの間に入り込み、剣を受け止めるには時間が足りない。

ただ追いつくことだけは出来るだろう。体勢を変え、モンスターを向き直るだけの時間がないのだ。

 

二人の方へと走り出してはみるが、今更何が出来るわけでもない。

目を見開いてそれらを見ることしかできなかった。

 

雪の中によく映える赤が飛び散った。

 

「ジューダスっ!」

 

カイルの悲鳴が響いた。

刃はカイルに届くことは無かった。

それは、ジューダスの肩で受け止められていた。

 

音を立ててモンスターが倒れる。

その首は深く切り裂かれ、雪を人の血の色ではない液体で染めていった。

 

受け止めるだけの時間がないことはジューダスも気付いていた。俺が気付いていてあいつが気付いていないなんてこと、ありえないと思うけど

だから、あいつはそのまま躊躇うことなく突っ込んだのだ。

右手の剣でモンスターの喉を切り裂き、そしてその右肩で剣を受けた。

 

遠目からでも肩の傷は深く見えるが、ジューダスは剣を構えなおす。

そう、先ほどのモンスターはそのまま倒れたが、まだ安心できる状態じゃない。まだ3匹残っている。

雪に足を取られて中々カイル達との距離が縮まらない。

まったく、あいつはこんな中どうやって突っ込んだのか

 

焦りからギリ、と歯が鳴る。

カイルは剣が無く、とても戦える状態ではない。先ほどから立ち上がらないところを見ると、もしかしたら怪我を負ったのかもしれない。

そして、ジューダスは間違いなく深手を負った。流石に3体相手は厳しい。

というより、本当なら痛みに今すぐ跪きたいところだろう。俺だったらそうする。

とりあえず、早くあいつらの元に行かないと、このままでは……

 

だが、ジューダスは更に驚くべき行動にでた。

そのままモンスターの方へと突っ込んだのだ。

 

「ば、馬鹿っ!」

 

ジューダスはモンスターに剣を当てながらも、完全に後ろへと回り込み、更にそこから一歩後ろへ下がることでモンスターとの距離も、俺達との距離もあける。

よくもまぁ、あの状態であんな俊敏な動きができるものだ。だが、やはりそのスピードはいつもより遅く見え、傷の酷さを物語る。

 

血の臭いに誘われるのか、モンスターは既にカイルの方に興味を持つことなく、ジューダスの方へと振り向き、走り始める。

同時に、俺がカイルの所へと辿りついた。

少し近づいたことで、ジューダスの表情が僅かに歪んでいるのが分かる。

そりゃそうだ。……なんて無茶しやがるんだ。

 

だが、これもジューダスの読みどおりだったのか、突如後の方から強い晶力を感じ取り、ほっとため息をついた。

 

「エンシェントノヴァ!!」

 

ジューダスが更に大きく跳んで後ろへと下がったと同時に、モンスターの上にものすごい量の熱が降り注がれた。

モンスターは消し飛び、解けた雪が雨となって落ちてくる。

それは霧のように広がりまた少し視界が悪くなったが、奥にしっかりと立っている影を見つけ、再び安堵のため息をついた。

 

「ジューダスっ!大丈夫!?」

 

座ったままカイルが声を張り上げた。

ナナリーがカイルの剣を持ってこちらの方へと向ってきている。

一先ずカイルをナナリーに任せることにし、心配するカイルを手で制し、ジューダスの方へと走り寄る。

 

「お前、なんっつぅ無茶すんだよ」

「カイルは無事か?」

 

俺の言葉には耳も貸さず、カイルの方を見ながらそう尋ねたジューダスに、顔を思いっきり顰め、細い左腕を無理やり引っ張りこちらへと寄せる。

 

「とりあえず肩貸せ」

 

平静を装っているが、顔色は悪い。

傷もやはり深く、かなり出血している。

とりあえずヒールを何度かかけたが、完全に塞がるにはまだ時間がかかるだろう。

一度息を整え、もう一度ヒールをかけようとしたら、白い手でそれを防がれた。

 

「……もういい、とりあえず移動するぞ」

「ば、待てって、まだ傷塞がってねぇぞ」

「お前はまたあの吹雪に遭いたいのか」

 

呆れの混ざったアメジストがこちらを睨みつけたと思うと、ふいと背けられ、さっさとカイルの方へと歩いていく。

その足取りはしっかりしているように見えるが、ところどころ危うい。

 

「おいおい、肩くらい貸すってよ、無理すんなっつっただろうが」

「お前が肩を貸さないといけないのはあいつの方だ」

 

言われるがままにカイルの方へと視線をやれば、まだ座ったままだった。

カイルの足を見ていたナナリーが顔を上げこちらを見る。

 

「どうやら足を挫いちまったようなんだよ……ジューダスは大丈夫かい?」

「この強風でこの様では流石にもう進めない。近くに小さな洞穴があったはずだ。そこで休もう」

 

ジューダスはそれだけ言うと背を向け、一人歩き出してしまった。

慌てるナナリーの後ろからカイルが声を上げる。

 

「あ、待って、ジューダス!」

 

カイルが声をかければ、黙ってあいつは顔だけこちらに向けた。

目が合い、カイルは項垂れながら口を開く。

 

「……ごめんっ!俺のせいだ……」

「別にお前だけの責任ではない。そんなに深い傷でもない。さっさと行くぞ」

 

深い傷じゃない、ねぇ。

マントを着てなかったら黒い服でまだ騙せたかもしれなかったのにな

いつもなら何かしら注意の一言もあったはずだが、それも出ない所を見ると、やはり早く休みたいのだろう。

俺はカイルを促し、背に乗せて急いで追った。

 

ジューダスの言うように、確かに山の麓に洞穴があり、中には薪の跡もあった。

そこで火を焚き、俺とナナリーが見張りをし、ジューダスとカイルを休めせることとなった。

カイルはよく眠っている。だが、いつもよりその寝顔に幸せの色が無いのは、仲間を心配するが故か。

ジューダスのほうはこちらに背を向けて眠っている為、顔色までは伺えない。

 

パチパチと焚き火の音だけがする中、ふとその静寂をナナリーが破った。

 

「ったく…あの子はなんだって自分を大切にしないかねぇ」

「…ジューダスか?」

 

俯いていたナナリーが顔を上げてこちらを見る。

 

「ロニからもなんか言ってやってよ。見ててはらはらするよ。あんなの放っておいたらいつか死んじまうよ」

 

ナナリーの言葉に俺もまた軽くため息を吐いた。

あいつがカイルを庇ったりするのは、何も今回ばかりのことではない。

怪我をせずとも、こうして庇ったり無茶をやらかす事は結構ある。あれだけのことをして今こうして無事に生きているジューダスの腕には感嘆と呆れが混じった。カイルと同い年くらいにしか見えないというのに

 

「ほんっと、なんであいつはカイルをああも気にかけるかね……カイルとなると自分の身放り投げて助けようとするじゃねぇか」

 

呟きながらも今までの旅を頭の中で思い浮かべる。

白雲の尾根で僅かに聞いた言葉からも、ジューダスがカイルに何らかの思いがあるような気がしてならない。最初の内はそれがカイルに害成すものではないかと思っていたのだが、今ではそれがバカな間違いだったと思う。

そんなことを考えていたら、ナナリーがこちらを呆れたように見ていた。

 

「何言ってるんだい。カイルだけじゃないよ」

 

俺は目を2回大きく瞬いた。

 

「まじ?」

「あいつほとんどあれだよ?後衛のあたしたちを何時だって気にかけてるし、民間人一人一人にもそうだよ。一見、そんなに他人にばかり気にかけるお人好しなんかには見えないんだけどねぇ」

 

そうだったのか……。カイルでのことが多すぎて気付かなかった。

でも確かに思い返せば、そんなことがあった気がしないでもない。

ホープタウンでも、子供は嫌いだとかなんとか言いながらも、彼らが危ないことをしてないかしっかり気にかけていた気がする。

 

こちらを向くナナリーの表情が真剣なものになった。

 

「あいつ、一体何があったんだい?」

「知らねぇよそんなの。あったときから仮面つけてやがったし、名前だってカイルがつけたんだぜ?」

「え、そうだったのかい?」

 

流石に名前をカイルがつけたなんてのは思わなかったらしい。

確かに、異常だよなと再認識する。

ふと、ナナリーが俯きながら言った。

 

「……あいつ言ってたんだよ。人生を楽しむ資格など僕には無い、って」

「………なんだそりゃ」

「わかんない」

 

聞いたことの無い言葉にまた目を丸くする。

ナナリーの表情は暗い。

つまり、自分の身を省みずに誰かを護ろうとする起因はこの言葉にあるということか

また随分とめんどくさそうなことを考えているものだ。あの餓鬼は一体何を考えているというのか。

ナナリーの顔には放っておけないという文字が書かれているかのようだ。

……多分俺の顔にも書かれているのだろうが、だからといってどう行動していいのかさっぱりわからない。

 

「あいつ、悪い奴なんかじゃない。絶対。そう思うんだ」

「………あぁ、そうだな」

 

ナナリーの言葉に肯定の相槌を打つ。あいつと出会った当初、カイルに似たような言葉を言われた時には「そうかぁ?」が答えだったというのに

 

「だから、楽しむ資格がないなんてこと、ないと思うんだ」

「……そうだな」

「せっかく、今、生きてるんだからさ………」

 

暗くなっていくナナリーの表情に、俺はこれ以上相槌が打てなかった。

 

パチッと一際大きく薪の爆ぜる音がし、目を開く。

いつの間にか軽く眠ってしまっていたことに気付き、自分の頬を叩いた。

流石に砂漠、ゴミの山越えに続き一晩休んだとはいえこの雪の中を進んだのは堪えたらしい。

目の前にいるナナリーは毛布を被って眠っている。

俺より先に眠ってしまったナナリーに俺がかけておいたものだ。

 

奥のほうを見ると、カイルが変わらず眠っていた。

そして、その隣には

 

「……いねぇ」

 

眠っていたはずのジューダスが居らず、立ち上がる。

僅かな焦りがあったが、ジューダスが何かと単独行動を取ることは多く、きっとまたそこら辺にいるだろうと自分で自分を落ち着かせながら洞穴を出た。

 

思ったとおり、外に出てそう遠くない場所に黒い影を見つける。

夜ではあるが、雪のおかげで外は明るい。本当に彼はこの雪の世界では見つけやすい。

 

「おい、怪我人。何勝手に歩き回ってるんだよ」

「……それ程の怪我ではないだろう。大袈裟なんだお前達は」

 

雪を踏みながら近づいていけば、「見張りが寝ていたので警戒ついでだ」と痛いところを突かれてその場で足を止める。

餓鬼の癖に妙にこうやって大人の痛いところを突いてくるからこいつは取っ付きにくい。

だが、こいつはまだ子供だ。間違いなく俺より年下だ。

 

「あー悪かったって。……で、そのついではもういいから、肩見せろよ。痛むんだろ?」

 

そう言えば不機嫌そうな目がこちらを向いた。

そんなに構って欲しくないのか。

 

「どうせ今日休んだら明日からまた行くんだろ?しかも敵の本拠地に。だったらさっさと治しちまわねぇとだろうが」

「肝心な時にお前にバテられると面倒だ。特にお前はデカイからな」

「人を粗大ゴミみたいに言わないでくれね?」

 

はぁ、とため息をつき頭をガリガリと掻く。

 

「ま、俺はこの通りどっかの誰かさんと違って頑丈でしてね。体力もありあまってるから大丈夫なんだよ」

「リアラがいない今ヒールを使えるのはお前だけだ」

「そのリアラがいないときに無茶やらかしてくれたのどこの誰だっけ?」

 

仮面の下からでもジューダスが罰の悪そうな顔をしたのが分かる。

言い返せなくなったのだろう。してやったりだ。

「ほら、」と促せば渋々こちらへと近づいてきた。

 

肩にそっと触れれば、驚くほどに熱を持っており、ジューダスの顔へと視線をやれば、ぷいと顔を背けられた。

はぁ、と再びため息をつく。そりゃ眠れないわな。

 

ヒールをかけてやればジューダスの肩から少し力が抜けた。やはり痛かったのだろう。それを明日の為と痩せ我慢していたとは……ナナリーの言うとおり、自分を大切にするのが嫌らしい。

 

「なぁ」

 

これは年上としての意地だった。

 

「『僕には人生を楽しむ資格なんてない』ってなんだよ」

 

すぐ近くにあったアメジストが僅かに大きくなる。だが直ぐにそれは元に戻る。

沈黙が降りた。どうやら話してくれないらしい。

仕方が無いからこちらから会話を続ける。

 

「ナナリーからの伝言。ってまぁ、頼まれたわけじゃあないが」

 

ちょっと卑怯かな、とは思ったが

 

「楽しめってよ。今、せっかく生きてるんだからよ、ってさ………あいつの弟は、もう生きてねぇしな」

 

今度は背けるのではなく、ジューダスはこちらを向いた。

仮面の中の表情は読みにくい。

だが、やがて彼は笑った。いつもの皮肉気な笑いだった。

 

「なにがおかしいんだ?」

「……皮肉なものだ」

 

持ち上げられた口の端もそのままにそう告げられる。

何を言いたいのかはまったくわからない。ただ、ナナリーの言葉を馬鹿にしているのかと思い、思わず言葉に苛立ちが混じる。

 

「なにがだよ」

「別に、ナナリーのことを笑ったわけではない」

 

俺が何を思ったかすぐわかったらしい。

ジューダスは完全に無表情に戻るとそう言った。その言葉に嘘はない。

ならば、何に笑ったのだというのだろうか。

それにしても、やはりこいつは人生を楽しむ気など一切無いらしい。

 

俯いたジューダスの目が寂しげに見えた。

何も知らない俺には到底触れられない程の何かを背負っているのだと、気付いた。

 

だから、聞いてみることにした

 

「何でお前は、その資格とやらがないんだよ」

 

はぐらかされると思った答えは以外にも直ぐに帰ってきた。

 

「在って、無いものだからだ」

「……は?」

 

だが、答えは余計と分からなくなった。

ただ、こちらを向いて薄く笑ったあいつは、本当に、今にも消えてしまいそうに思えた。

 

あれから暫くして

知りたいと思っていたあいつのことを知った。

エルレインに見せられた。

 

あの時は分からなかった言葉。

今はそれが重たさと共に多少ではあるが理解できる。

 

理解できる、が

肯定はしていないぞ俺は

というか、全否定だ。

 

だというのに、

 

「お前はほんっと相変わらずだな」

「………るさ…い」

 

俺の呆れ声に応えたのは、平静すら装えない、いつもの生意気な言葉もか細く可哀想に思うほどの声だった。

 

……また怪我をさせてしまった。

それは、今までの傷の比ではない。

言わば、ナナリーが危惧していた「いつか放っておいたら死んでしまう」の手前まで来たのだ。

 

事は今より何時間と前、まだ午前過ぎた頃。

人通りもそれなりにある街中でのことだった。

 

大きくもなければ小さくも無い、普通の街だ。

ちなみに時代は現代。1000年前より戻って、エルレインの行方を捜しているところである。特にこれと言った情報も掴めぬまま、一度この街で休むこととなった。

珍しく6人全員で買出しに出ていたときのことだ。この街に、不釣合いな物が現れたのは

 

俺がそれに気付いたのは、やっぱりジューダスの後。

あいつがじっと、人が群れている方へと視線を向けていたから、それを辿ったら見つけたのだ。

 

「………おい、ハロルド。お前何時の間にあんなもん作ったんだよ」

「ほえ?何?知らないわよ?」

「じゃあ、あれはなんだ」

 

俺が見つけたものの方へと指を差す。そこには見ればすぐにハロルドへと連想させてしまいそうな機械があった。

言うならば、あのHRX-2のような物体だった。

てっきりハロルドがまたいつの間にか作り上げたものが暴走でもしたのかと思った。

首を傾げる俺の横から、ジューダスが妙に顔を顰めて言った。

 

「ハロルド………少しばかり昔のものとは違うが、あれは……天上軍の……ダイクロフトにいたものではないか?」

 

その言葉にぎょっとする。

よく見れば、確かにそれは1000年前のダイクロフトで嫌というほど倒した機械のモンスターにそっくりだった。

ハロルドから返答は返らない。どうやら背が足りなくその機械が見えないらしい。

しきりにぴょんぴょんと飛び跳ねながらジューダスの位置へと向っていく。

 

「だとしても、なんでこんな所にあるわけ?あれは全部レンズ抜いて適当にぼこって海に沈めたはずよ?その後プロテクトまでかけるように手はずしたんだから!」

「…おい、ハロルド。その海ってのは………」

「ん?そうね、南東のほうだったかしら?ちょうど、アイグレッテからカルビオラへと線引いて、その線の南東の方にある海」

 

嫌な予感は確信に変わった。

ハロルドの言葉を聴いた瞬間、ぶわっと緊張が走る。とはいえ、理解したのは俺とナナリーとジューダスとリアラくらいか。カイルはきょろきょろと俺達を見回しては首をかしげている。

ジューダスが柄へと手をかけ体勢を低くしたと同時に俺は叫んだ。

 

「それから離れろッ!!」

 

同時に、機械があったほうから赤い光が上がる。

突然の変化に野次馬達がわっと歓声を上げる中、ジューダスはそれらの人ごみを縫うように走りこんだ。

 

今までゆっくりと移動しかしてなかった機械だったが、穴の開いた部分から突如手のようなものが出てくる。それは真っ直ぐ機械を囲んでいる人々の中の一人、若い女性の顔へと目掛けて飛んできた。

 

ギィンと音をたて、それを受け止めたのはジューダスの剣。

突如起きた出来事についていけなかった人々は、間をおいてから何が起きたのか気付き、悲鳴を上げながら逃げ出した。

人が逃げていくのを横目に捉え、ジューダスは一つため息をつくと剣を横に振り払い、後ろへ跳び距離を取る。

俺達は人の荒波に揉まれながらも何とかジューダスと同じ位置にたどりついた。

 

「あらやだ、マジにダイクロフトで見かけた奴らじゃない。しかもなんか色々と混ざった感じ。どうなってんの?」

「前に大量のレンズを海に沈めたんだよ。だけどよ、プロテクトとやらはどうしたんだ?」

「恐らく18年前の外殻が崩れた時かダイクロフトが蘇った時にでも壊れたのだろう」

 

俺の疑問にジューダスが答えながら「しかし、」と眉を寄せ、めちゃくちゃな形になった機械のモンスターを見た。

 

「あの海はかなりの深さがあったはずだ……どうやって這い出てきた?」

「あのモンスターのレンズ………結構大きいみたい」

 

リアラが不安気に呟く。その隣で流石に状況を把握したカイルが剣を抜いて構える。

 

「ま、とりあえず街中にこんなあぶねーもん置いとけないわな」

「うん、被害が出る前に倒そう!」

 

カイルは俺の言葉に答えるなり、モンスターへと切りかかる。

色んなものがごちゃ混ぜになった機械はどこの穴からか分からないが丸い何かを飛ばす。ダイクロフトでよく見たモンスターが飛ばしていた爆弾だ。

そこまで大きな爆発をしないそれを軽く交わし、伸びてきた手をカイルは軽く剣で壊した。

 

「これなんか結構脆いよ!すぐ壊せるっ!」

 

そう言ってカイルはもう一つ伸びてくるツギハギの腕を壊す。

なるほど、確かに機械のあちこちが茶色く錆びついている。

 

「いくらレンズを取り込んでいるとはいえ、長い海の旅で錆びちまったんだろうな」

「ねー!あんまりそれ壊さないでよっ!後で解剖するんだから!」

「……ハロルド、戦闘に集中しろ」

 

ジューダスに言われ、ハロルドはぶーと頬を膨らませた。

当のジューダスはそれをサラリとスルーする。この様子では間違いなく手加減してやるつもりなどないだろう。まぁ、街中にいるモンスター相手に手加減などと言ったこと、とてもできたものではないから当然の選択ではあるのだが……ハロルドの奴、あとあと代わりとして俺達に解剖をせがんだりしないだろうな。

 

「……いいわよ、わかったわ。後でロニあたり代わりに解剖するから」

「やっぱりかっ!?」

 

言うなり不機嫌そうにも上級晶術を唱えだしたハロルドに俺は大きくため息をついてジューダスへと恨みを込めて視線を送る。

当然それも綺麗にスルーされた。あんにゃろう。

機械のモンスターは光線など何かと危ない攻撃を使ってきたが、結局ハロルドの上級晶術によって簡単に倒されてしまった。

中心部分はまだ残っているが、支えとなる手足を全部ディバインセイバーで焼きちぎられてはどうしようもないだろう。

……その際、少しばかり民家の壁も抉ってしまった。ハロルド曰く、「このまま機械が暴れていたらこの程度じゃ済まなかったんだから感謝しなさい」だそうだ。

 

逃げていた町人達が冷静さを取り戻して返って来る。

町を救った英雄だと褒め称え、あちこちで拍手が起こるのをむずかゆい思いで受けていた中、ジューダスとハロルドだけがそれらから離れて残った機械のほうへと向かった。

 

「ふっふ~ん♪しっかり大切なとこ残してやったわ!」

「…………」

 

機械の前へと座りこみ、鼻歌交じりに手を出すハロルドを呆れた顔でジューダスが見ている。その場にジューダスがいるのは、ただ単に人ごみに巻き込まれるのが嫌なのだろう。

 

ふと、躊躇いなく動いていたハロルドの手が止まった。同時にジューダスの表情も険しくなる。なんだ?と思って一歩近づいた瞬間、ハロルドが勢いよく立ち上がった。

 

「今すぐ此処から離れなさい」

 

思いのほかよく通ったハロルドの声に一瞬周りが静まる。

その後直ぐに、事態を理解できない町民達がざわざわと騒ぎ始める。

それらに向ってもう一度、ハロルドは淡々と、だが皆に聞こえるように声を張り上げた。

 

「これ、爆発するわよ」

「なっ…」

 

とても今から爆発するとは思えないような無残な姿になった機械のモンスターだったが、人々の視線に応えるかのように突如赤く点滅しだし、あたりは騒然とする。

 

「……おい、まじか?冗談とかやめろよ?」

 

俺が冷や汗混じりに言うが、誰も答えてくれなかった。

ジューダスが真剣な顔をハロルドへと向ける。

 

「規模は?」

「多分半径30メートルくらい。家は吹っ飛んじゃうと思う」

「解体はできないのか」

「無理。もう動き出しちゃったから止まらないわ。コアの破壊さえしちゃえば他の反応が止まって規模は収まるけどコア自体の爆発は止められない。っていうか壊したら爆発する。ちなみに晶術結界貫通してくれるみたい」

「……時間は?」

「あと40秒くらい」

 

淡々とした質疑応答は現実味を帯びないものだったが、あの二人が無駄にいつも冷静を保っているのはいつものことだ。

二人の会話でどれ程やばいものかは十分わかった。

 

「全員逃げろぉぉおおおおっ!!」

 

俺が声を張り上げれば、それがスタートの合図かのように皆一斉に逃げ始めた。

悲鳴があちこちから溢れる中、ハロルドとジューダスもまたそこから離れる為走り出す。

 

「あ」

 

そんな中、突如カイルが声を上げて足を止めた。

 

「おい、カイル!早くしねぇと……っ」

「ロニっ!人が倒れてる!」

 

カイルはそう言ってあろうことか時限爆弾と化した機械のほうへと走り向かってしまった。

 

「ば、馬鹿っ!」

 

歯を喰い縛りながらカイルが向ってる方へと視線を向ければ、家と家の隙間にまだカイルと同い年くらいの子供が倒れていた。

恐らく、人々が逃げ惑う中でこけてしまい、踏みくちゃにされたのだろう。既にぐったりとしているその子供が自力で走り出せるとは到底思えない。

 

「ちくしょっ」

「馬鹿!ロニっ、カイル!間に合わないよっ!」

 

俺達の行動に気付いたナナリーが声を張り上げる。

言われなくてもわかっている。間に合わないことくらい。

だが、カイルは俺が護ってやらないといけないんだ、絶対、カイルは

 

子供の盾になるかのように覆いかぶさっているカイルは目を硬く瞑り、既に覚悟を決めているようだった。俺は更にその二人を腕の中にいれ、ぐっと体に力を込める。

 

遠くの方でナナリーの悲鳴が聞こえた気がする。

そんな中、直ぐ近くで強い風が通る音が聞こえた。

いや、違う……なんだ、何かが、靡くような音。

 

「やめなさい!!あんた死にたいの!?」

 

聞こえてきたのはハロルドの声。

ゆっくりと振り向くと、機械の方へ真っ直ぐ漆黒が走り向っていくところだった。

左腕が持ち上げられる。その手には煌くものがあり、それが短剣だということがわかった。それをどうするつもりなのかということも

 

二人に覆いかぶさっていた体を起こし、ただ俺はそいつを止めようと口を大きく開く。

だが、声を出す前にそいつは何の躊躇いもなく左腕を機械の中心部分へと振り下ろした。

 

「ジューダスッ!!!」

 

今日の一件を思い出し、俺は深くため息をついた。

小さな体が爆発の光に飲み込まれる光景はしっかりと焼きついて離れない。

 

先ほどようやく目を覚ましたこいつの体は、左腕を主に体中包帯だらけだ。

あのいつも妬んで止まない、男にはもったいない綺麗な顔も、今は左頬にはガーゼがあり、左目と共に額には包帯が巻かれている。

 

今でも十分重体に見えるが、これでもリアラの奇跡の力を使ってかなり治ったほうなのだ。今はリアラは力尽きて眠っている。ハロルドも晶術を使い果たして休んでいるところだ。

 

はぁ、ともう一度ため息をついた。

本当に、あれは悪夢のような一時だった。

 

もの凄い音と共に爆風が衝撃と共に駆け抜け、俺はもう一度二人を腕の中にきつく抱きしめながらその根源の方へと視線を向けた。

あいつは、どうなった…っ!?

絶望的な想いが胸を渦巻く中、ドンッと音を立てて何かが俺達が居る目の前の壁に当たった。

 

正直、怖くてすぐにそれに視線を向けることができなかった。

だが、落とした視線の中に赤い液体が流れ落ちるのが見え、ゆっくりと視線を上げていく。

 

そこには壁ごと真っ赤に染まったジューダスの姿があった。

 

ショックで呼びかけることすらできない。

もう、死んでしまったのではないかと、そう思うほどの体だった。

 

「ジュ、……ジュー……ダ、ス………」

 

俺の体の下からカイルが震える声で名を呼ぶ。

遠くから何人か走り寄る音が聞こえてくる。すぐそこで立ち止まったのは、やはりハロルド、リアラ、ナナリーだった。

リアラとナナリーが思わず硬直する中、ハロルドだけがすぐ膝を突き、ジューダスの胸の方へと手をかざす。

 

「何してるの。こいつを殺したいの?」

 

視線を向けることなく、ただただ冷静に、しかし真剣に言われ、俺はようやく冷静さを取り戻し、体を起こした。

リアラも同じく膝を折り、手をかざす。だが直ぐに思いとどまり、その手を胸のペンダントの方へとあてた。晶術では間に合わないと思ったのだろう。小さいながらも前に船で見たあの光が浮かび上がる。

 

ナナリーが眉を寄せながら布を取り出したが、やがてそれを放り出してカイルの手を取り機械があったほうへと走り出した。

やがて二人が大きなレンズを手に戻ってくる。

 

「リアラっ、これを!」

 

機械に入っていたレンズを無言で受け取ると、リアラは更に集中する。

光が一気に強くなる。その強さに希望を少し見出した。

 

「ジューダスっ!しっかりして…っジューダス……っ!」

 

カイルが泣きそうな声で叫ぶ。

だが、これはとても今すぐ目を覚ませるようなものではないと思う。

 

ゆっくりとだが、流れる血の量が減っていくのを感じた。

そっとナナリーが血を拭えば、そこの傷が塞がっており、安堵の息を吐く。

現れた肌は青白かったが、それも徐々に赤みを取り戻していった。晶術では流れた血まで元に戻すことはできないが、神の力はそれすら可能にするようだ。

 

やがて、ハロルドはジューダスの胸へと耳を当てた。

そしてため息を付いた後、「なんとなったわ」と言う。

途端、俺達は力尽きてその場に脱力してしまった。

カイルなんかは安心して泣き出した。いや、もうほんと、俺も泣きたいわ。マジでこいつ死ぬのかと思った。

 

その後、その場に脱力した俺達を町民の一人が病院へと案内してくれた。

更に医療費を負担してくれるらしい。至れり尽くせりだ。

その医師からも、もう命に別状は無いと言われた。だが、ちゃんと起きるまでまだ安心はできないという。少しばかり不安をまた煽られたが、まぁ命が助かるならまだいい。もう十分だ。数十分前のことを思えばそう考えられた。

 

やがて力尽きたハロルドとリアラ、そしてカイルを近くの宿で休ませ、俺とナナリーと交代でジューダスを診てやっている。

 

そして、先ほどこいつは目を覚ました、というわけだ。

もう深夜どころか早朝に近い時間だった。これでも目覚めはきっと早いほうだろう。

 

当然ながら俺は聞いた。

「痛まないか。どこか異常は無いか。大丈夫か」、と。だというのに、こいつは目を開いて開口一番こう言った。「カイル達は大丈夫だったか」と

 

もうなんか、怒る元気は最初からなかったが、呆れすらも通り越した。

あの雪の中のやり取りを思い出す。あの時と同じ言葉だ。同じだが、怪我の規模が違うだろ。もっとなんかこう、ないのか……ほんっとこいつは、もう、まったく……。

 

そんな呆れからと、皮肉交じりに出た言葉だったのだろう。「お前はほんっと相変わらずだな」ってのは。

 

だが脱力感が過ぎ去った後、やっぱりふつふつと湧き上がってきたのは怒りだった。

 

多分、こいつにも怒ってるが、俺自身にも怒っている。

今はもう、あの寒い洞穴の時ではない。

俺はこいつのことを知っている。そして、こいつがアホみたいに背負ってる重たい荷物の内容も、全てではないが多少たりとも理解しているのだ。

 

やがてそれらは口をついて出た。本当は直ぐに医者でも呼んでやったほうがいいのだが、どうせこいつのことだから止めて来るだろう。いっそのことそっちは後回しだ。

 

「お前さぁ……いつかマジで死んじまうぞ。まじで。……つーかリアラがいなかったら死んでたってお前」

「………」

 

呆れと苛立ちを混じらせ言ったが、ジューダスはといえば、ぷいと目を背けやがった。

……こんにゃろう。

 

だから、きっと図星を突くだろう言葉を言う。

 

「………もう死んでるから、ってか?馬鹿じゃねーの」

「事実だろう」

 

何のためらいも無く返されてしまった。いや、此処は本人が躊躇いなく返すような質問じゃないだろうが。

やっぱりこいつは、と苛立ちが更に積もる。

 

「何が事実だよ、お前は生きてるだろうが」

 

非難の声が強く出たそれに、背けられた瞳が細められながらもこちらへと向き直る。

あ、ちなみに当然だが仮面は爆発の時にぶっ壊れた。ざまぁない。表情がよくわかる。……それでもやはり16歳という割には表情が乏しいが。

 

「うるさい…お前もさっさと寝てしまえ」

 

相変わらずの鋭い瞳を俺は不適に見返した。

 

「俺は大怪我してくれたジューダスちゃんの看病役なんだけど?」

「嫌々やられても困る」

「別に嫌じゃねぇよ」

「では何を苛立っている」

「そりゃ苛立つっつうの」

 

はぁ、と再び大きくため息をつく。それを見てジューダスは嫌そうに目を細めた。

少しばかり頭の中を整理する。大体こいつの考えることは難しすぎてあわせて考えるのは辛い。

それでも、ゆっくりと考え、そして言葉にする。

 

「……お前の気持ちはわからないでもねぇよ、肯定はしねぇがな。だけど、庇われる側の身にもなれっつうの。それに、お前此処最近になって更に無防備に庇いにいくだろ」

「………」

 

そう、気になっているのは此処最近のこと。

ジューダスがリオン=マグナスだとわかって以来のことだ。

俺達はそのことを受け入れたが、やはり気にしているのだろう。いつも生意気なことを言ってくれる口から反論は無い。

 

「ほんっと……馬鹿だわお前」

「……馬鹿が、馬鹿馬鹿言うな」

「うるせーよ、お前も馬鹿だよバーカ」

「…………」

 

呆れを混ぜて言えば、予想外にも子供っぽい返答が帰ってきたので思わず俺も一緒に子供みたいな言葉の応酬をしてしまった。

ジューダスから先に黙り込んだ為、少しばかり勝った気に浸ったが……これって俺のほうが餓鬼みたいじゃね?あーほんとこいつ可愛くねぇ。

 

なんとも言いがたい沈黙が降りる。

僅かにジューダスが被っている布団が動いた。どうやら体を動かそうとしたらしい。

だが、その動きは直ぐに止まる。ジューダスの表情が強張った。

 

「……痛むのか?」

「…………」

 

ふい、と顔をそらされる。もう正直慣れた。

机に置いてあった痛み止めの薬を取り出す。ついでに睡眠薬も一粒取り出してジューダスの方へと差し出した。

是非とも、もう少しばかり眠っていてもらいたいのだ。

明日、もう一度リアラとハロルドの力を借りるまでは、下手に傷を悪化させるようなこと、あってはならない。

 

「痛み止め、飲むか?」

「………」

 

背けられていた顔が戻り、ゆっくりと右腕が伸びる。

思わず少しばかり顔を綻ばせてしまう。そりゃ痛まないほうが可笑しいというものだ。

置いてあったコップに水を入れ、ジューダスの背へと手を入れる。

嫌そうな顔をされたが、寝転んだまま薬なんて飲めるわけがない。

出来る限り優しく起こしてやったつもりなのだが、やはり少しばかりジューダスの表情が険しくなる。

 

左腕が包帯でぐるぐる巻きになっている為、薬をまず先に右手に渡し、口に含んだのを見てから直ぐに水をその手に持たせてやる。

 

薬を飲んだのを見て、ジューダスの手からコップを取り、再び寝かしてやる。

俺ってば立派に看病してんじゃん。

 

「………すまない」

 

アホなことを考えていたら、ふと、ぽつりと、静かな病院でなければ聞きそびれるような声が聞こた。俺は少し言葉に困ったが、「構うかよ」と無難な答えを返した。

この微妙な空気の中、あのジューダスが礼を言ったのだ。返さないわけにはいかないだろう。すると、やっぱりジューダスは顔を背けてしまった。

まったくこいつは、

 

また暫く沈黙が降りる。

一度止まった会話だが、やっぱりこの機会にちゃんと最後まで話しておこうと決意する。

 

「カイルの奴、泣いてたぜ」

「相変わらず、カイルになると心配性だな、それで喰いついてきてるのか」

 

さっき少しは素直になったと思ったら、すぐこれだ。ほんっと可愛くねぇ。

思わず片眉がひくつく。

 

「心配なのがカイルだけだったら良かったんだけどねぇ」

 

負けじと皮肉で返してやれば、またジューダスは黙り込んだ。

何だって俺がどうしても伝えたいことになると黙り込みやがるんだこいつは。ちゃんとわかっているのだろうか。

 

「お前はジューダスだって、言っただろ。お前も、自分はジューダスだって、言っただろ」

「……あぁ」

 

振り向きはしなかったが、しばらくの後、小さく答えが返る。

 

「だったら、お前は今ジューダスとして、生きてるんだ」

 

やはりこれにも返答は返らなかった。

だから、俺は念を押すようにもう一度言った。

 

「それでいいじゃねぇか」

 

すると、ようやく帰ってきた返答が

 

「煩い」

「お前なぁ……」

 

大きく脱力する。

だが、これでこいつが何を気にしているのかがわかった。

多分、リオン=マグナスだったこと、そして、今一度死んだというのに、今生きていることだ。

「僕はジューダスだ」と、そう言い切った時に割り切ったのかと思ったが、そうではないらしい。やっぱりカイル程単純にできていないのだろう。

だからといって、こいつは少し難しく考えすぎだと思う。

 

そんなことを考えていると、やがて小さな、小さな声が聞こえてきた。

それはまるで懺悔のようだった。

 

「僕は、……いいんだ。……一度死んだんだから……一度死んだはずの僕が、生きていて、今生きている人が死んでいくなんて、……そんなの……おかしいだろう」

 

言葉に詰まった。

多分、正論だと思ってしまったからだ。

確かに大切な人を失った者がいて、誰かが生き返ったなどと聞けば、何故自分の大切な人は生き返らないのだと嘆くだろう。

そしてそれは、僅かとはいえ、俺も思ったことがあることだった。

 

でもそれってただの妬みじゃねぇか。

今生きているこいつに、一体何の罪がある?

 

「なら……あの時、お前達が死ぬよりも、……僕一人の身で、済むならば、それに越したことはない、だろ……それだけのことだ……」

 

どうやら俺の沈黙を肯定と受け取ったらしい。そのまま話を進めるジューダスに顔を顰める。こういうこと、胸の内に留めておくだけでそうそう話すような奴ではないと思っていた。

だが、言葉が少し途切れ途切れなところを見ると、どうやら薬が回ってうとうとしてきているらしい。それでのようだ。とはいえ、寝言と見過ごせるような言葉ではない。

 

「……怒るぞ」

「………お前は、さっきから…ずっと怒っているだろう」

「俺だけじゃねぇよ」

 

眠たそうな目がようやくこちらへと向けられた。

こんな状態のこいつに言って意味があるのかどうかはわからないが、とりあえず否定したい気分でいっぱいなのでそうする。

 

「今の言葉、皆に言ってみろ?カイルはきっと怒鳴り散らすぜ。リアラも不機嫌そうな顔で言葉攻めだな」

 

眠たそうに細められていたアメジストが少しばかり大きくなった。

なんだかこう見ると、ようやく年相応の表情に見えて少し穏やかな気持ちになる。

 

「ハロルドは解剖をせがむだろうな。ナナリーは…俺がいつも受けてる関節技、喰らってみるか?」

「……遠慮したいな」

 

とりあえず拒否反応を出したジューダスに苦笑いする。

だがすぐに表情を真剣なものに変える。

 

「何で怒られるか、わかってるのか?」

「……僕は…」

「お前の気持ちはどうでもいいんだよ」

 

酷い言い方ではあるが、こいつは、自分が見てきたものが全てだと思っているから、そこから動けないんだ。

 

「俺達がお前にいなくなってもらったら困るっつってんだよ」

 

言い聞かせるようにそう言えば、またも沈黙が降りた。

しばらくして、また小さな声でジューダスが言う。

 

「……リオン=マグナスなのに、か?」

 

予想していた通りの言葉だった。

 

「あぁ、そうだ。つっても、俺達が知っている裏切り者のリオン=マグナスとお前は似ても似つかないがな」

「………それでも、加担したのは事実だ」

「理由があったんだろ?見てたらわかる。なんにせよ、お前はその分、俺達を…色んな人を助けてきた。それこそ、さっきみてぇに自分の身を省みずにな」

 

ジューダスの瞳が揺れた。

 

「…………」

「言い訳はこれで終わりか?」

 

ジューダスは完全に黙りこんだ。だが、それでもまだ納得しきれていないだろう。

でも、もしまだ言葉を続けようとも、俺はずっと否定し続けるだろう。っていうか否定し続けてやる。

こいつのことを間違って理解しているこの世界で、自分を赦せないこいつを、仲間である俺達以外に誰が赦してやれるというのか

 

「………馬鹿、だな……お前達は、本当に……お人好しで、間抜けで、馬鹿で、」

「お前、ほんっと口悪いな。馬鹿2回も言っただろ」

 

やがてジューダスが呟いたのは、苦し紛れの憎まれ口だけで、思わず笑った。

つまりは降参しているようなものなのだから。

 

「……だから、……少し、一緒に居るのが辛くて……」

 

思わぬ言葉に少しばかり目を見開く。

だが、すぐに納得した。

そう、この餓鬼んちょは、自分が受け入れられたことに、少し戸惑っていただけなのだ。

 

「……だけど……」

 

はっと気付けば、虚ろ虚ろしていた目が完全に閉じられ、次には静かな寝息だけが聞こえるようになった。

ジューダスが何を言おうとしていたのか、「だけど」から続く言葉は声にはならなかったのだが、実は小さく動いた口で何となく分かってしまった。

口の端を思わず持ち上げる。

 

本音を聞いてしまった以上、もう遠慮なんて必要ないってものだ。

これからも、こいつは自分を大切にするなんてのは難しいだろうけど、その代わりに俺達が目一杯甘やかしてやろうかと思う。

 

「……ありがとよ。きっと他のやつらも聞いたら喜ぶぜ。……だけど、お前が怒るのもちょっと怖いから、仕方ねぇから黙っておいてやるよ」

 

多分、あいつらは本音なんて聞かなくともお前を放っておいちゃくれないだろうからな。

覚悟しとけよ、ジューダス。

 

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