シャル擬人化ネタ。改変現代
改変現代に飛ばされてから一日。
ドームの街には未だに慣れることができず、皆苦渋の顔をしながら過ごしていた。
街に辿りついて一番困ったのが宿だ。街の間の行き来など全く無いこの世界に、宿というものが存在しなかった。
街の住人に聞くと空き家がいくつかあるので、命のレンズを手配してもらうまでそこで過ごすといい。と、ご丁寧に優しく案内してもらったのである。
平和ボケという言葉が本当によく会うこの世界。異質な存在であろうカイル達を怯える者はいなかった。
辿りついた空き家はその呼ばれ方がとても相応しいものではなかった。
塵一つ無い清潔さ。やはり人が住んでいようといなかろうと、このドームの世界に汚れは一つも無かった。
部屋は数多く、並んで一人一部屋に入り休むこととなる。
ドームの世界に娯楽といったものは殆ど無く、また疲れもあってかカイルまでも部屋に直ぐ入り込んで寝てしまったようだ。
気持ち悪いほどに周りから音が遮断されている部屋のベッドに、ジューダスは腰を下ろした。いつもなら隣からカイルの鼾なり聞こえてくるのだが、全くの無音だった。
背中の重みを取り外し、同じようにベッドに立掛ける。此処まで防音に徹してあるのだから、せっかくだ、有効利用させてもらうとしよう。
彼もまた同じ思いだったのか、ベッドに安定して立った瞬間、語りかけてきた。
『坊ちゃんも流石にお疲れですね』
「……あぁ、そうだな。だが寝床が確保できてよかった」
普段カイル達の前で話すことができないから、シャルティエは二人きりになった途端昔よりよく喋るようになった。それらを咎めたりしないところを見るに、ジューダスもまた同じような思いなのだろう。
『それにしても……気持ち悪い世界ですね』
「…………シャル。何か思い当たることはあるか?」
『いえ……まだ何とも………。他にいくつ街があるかもわからないですし、まだ情報が欠けてますね』
「やはり明日には新しい町を探す必要がありそうだな」
そう言うとジューダスは仮面を外す。
『今日はもうお休みですか?』
「あぁ……。街がどこにあるのか、本当に他に街があるのかもわからないからな。体力は温存しておいた方がいい」
『そうですね。……おやすみなさい』
今日はあまり長く話すことができなかった。その事に少し残念そうな声色を発するシャルティエの柄を、ジューダスは2,3撫でてやり、ベッドに潜り込んだ。
やがて静かに寝息を立て始めた己のマスターを見て、シャルティエはシャッターを閉め、コアクリスタルを仕舞う。瞼を閉じるような感覚で、シャルティエは意識を朦朧とさせる。
これが、ソーディアンの眠りのようなものだ。それでも、封印では無いため完全なる眠りは訪れないが。
朦朧としている意識の中、ふと、今日見た景色が浮かび上がり、シャルティエは意識を浮上させた。そっとマスターへと意識を向ける。
今は、まだ、安らかに眠っている。だが、その眠りが高い確率で悪夢へと変わることを、シャルティエは知っている。
シャルティエの中に強く残る、空に浮かぶダイクロフトの姿。
それだけ彼もまた、あの光景を目に焼きつけ、衝撃を受けていたということだ。
ベルクラントの強い光。あれは世界を破壊するものではなかったが、過去を彷彿させて止まない。
眩い、眩い、光。
全てを破壊した光。
その光を、シャルティエはよく覚えている。
深い海の底にまで届いた、強い光。
ジューダスは朧気にしか覚えていないかもしれないが、あの後も生き続けなければならなかったシャルティエにははっきりと残っているのだ。
終焉の、光として。
寝覚めは、あまり良くなかった。
いつも高確率で悪夢に入るとはいえ、今日の夢は過去最低ランク上位に入りそうだ。
やはり、ダイクロフトを見たのが、よくなかったのか。己はあれが浮かび上がっている世界を知らないが、あれが起こした傷跡を知っている。
実物を見て、欠落した過去と未来の狭間を想像するのは容易かった。
いつもよりも鮮明で、はっきりと残る夢に、体は冷え切って震えていた。
恐ろしかった。そのまま、夢に殺されるのではないかと思った。
だが、悪夢の中、突如手が差し伸べられた。ジューダスとして生き返った時のような感覚だった。だから、その手を振りほどこうと思ったのだが
神の手は真っ赤に染まった世界の中、白く眩くただ清潔で、そして冷たかった。
だが、その時伸びてきた手は、自分と同じように少し薄汚れていて、だが、暖かかった。
気付いた時にはいつの間にか手が繋がっていた。
ぎゅっと力強く手を握られ、何故か酷く安堵した。
気付いたら、夢から覚めていた。
今もまだ、悪夢の名残から体は震えるが、……手は、暖かいままだ。
暖かい……温もりが、繋がっている……ま………ま?
今まで、自分は寝ぼけていた。
そう一瞬で把握した。瞬間、その手を跳ね除けた。
これは夢ではない。今は、夢ではない。
なのに、夢から覚めた今も、手を握られていた。
ベッドから一瞬で抜け、直ぐ近くに立掛けて置いた剣をとって構える。
その時、ようやく目の前の男も目が覚めたらしい。驚きに見開かれた目をこちらへと向けた。
そう、何故か知らないが、いつの間にか知らぬ男が部屋に入り込み、僕の手を握ってベッドに頭を預け、共に眠っていたのだ。
気配に気付かなかった。目が覚めて尚、気付かなかった。
寝ぼけていたのかもしれない。だが、ありえない。正直殺気を撒き散らして剣を向けている今でも酷く自分の失態に動揺している。
他人の気配が気持ち悪い。他人の気配があったら、安心できない。眠りは自然と浅くなる。
たとえ慣れ親しんだ者の気配でも、カイル達であれ、部屋に入ってきたのなら眼が覚めていた。だというのに
「………誰、だ…」
一体、こいつは誰だ?何者だ?
気配を消す達人か何かか?というか何が目的で……
思考を巡りに巡らせていると、目の前の男もようやく現状に気が付いたのか、目の前に突きつけられた刃にようやく驚きを見せて一瞬後ろへと下がる。
「わ、わわわっ!ま、待ってください坊ちゃん!」
「…………シャル……?」
男が口を開いた瞬間に、こいつが一体誰なのか、わかった。
慣れ親しんだ声は直接頭に響くのではなく、この耳から聞き取れるものとなっていたが、それでも、声は変わらなかった。話し方も、何もかも。
綺麗な金髪をした目の前の人間。思えば、ベッドに立掛けていたはずのソーディアンが無い。その代わりと言わんばかりにその場所にはこの男が腰を抜かして座っているのだ。
唖然と、ただ剣を下ろせば、シャルティエは安心したのか肩の力を抜き、そしてゆっくりその手を自分の目の前に上げてしげしげと見つめる。
彼自身、己に体があることに驚いているようだ。
「………シャル。これはどういうことだ」
「わ、わかりません……僕も気づいたら……」
何度か手を握ったり開いたりしているシャルティエは、やがてゆっくりと立ち上がる。
一つ一つの動作を自分で確かめていき、やがてその表情は驚きや戸惑いから少しずつ喜びへと変化していった。
喜んでいる場合ではないだろう。そう一瞬思ったが、その言葉は飲み込んだ。
千年も、己の意思で動くことができなかったのだ。喜びを隠せないシャルティエを咎めることなどできなかった。
それでも、シャルティエの突然の異変には不安を隠せないが
「坊ちゃん!!」
が、この僕が他人の体を心配してわざわざ思考を巡らせているというのに、あろうことかそいつは突然突進してきた。
「ばっ!」
「わっ」
シャルティエは自分よりも一回り大きい。悔しくも小柄と言える自分の体ではとても支えきれるものではなく、思いっきり後ろに押し倒された。
流石に後頭部を強打するような馬鹿な真似はしないが、一緒に無様に突っ伏したシャルティエに冷たい視線を向ける。
「あ、ごめんなさい……なんだか、嬉しくて」
「……喜ぶのはいいが、はしゃぎすぎだ……」
急いでシャルティエは体をどけてくれたのだが、僕の左手を彼の左手に敷いたままだ。こいつもそれに気付いている。だが、その手を退けることなく、ただずっと触れていた。訝しげに思いつつ、自分から左手を無理やりどけようとしたのだが、その前にシャルティエの左手に掴まれる。そのままシャルは繋がった左手をじっと見つめていた。
その表情に笑みが浮かぶ。それは嬉しそうでありながら、どこか自嘲を含んでいる寂しげな色をしていた。
「……シャル?」
やはり、突如体を得て精神的に不安なのか、もしかしたら異変を来たしているのかもしれない。だが、こちらから何かを問いかける前に、シャルティエは突然左手を掴んだまま立ち上がった。
「坊ちゃん!剣、買いましょう!」
「……は?」
「僕の剣、お願いです」
「……いや、シャル……」
「僕が坊ちゃんを護りますから!」
「別に……お、おい!」
一体、先ほどの数秒でこいつの思考はどう働いたのだろうか
左手をぐんぐん引っ張られ、シャルを止めることもできず、なんとか外に連れ出される前に右手で仮面を掴むことしかできなかった。
店の定員など誰もいない。ただ一つ大きな機械があるというだけの、異様な世界の武器屋に、二人は居た。
ジューダスは壁に凭れかかり、考え事をしながらシャルティエの背を見つめる。
シャルティエはというと、武器選びに熱中しているようで、何度もその手に掴んでは素振りをし、また元の場所に戻している。
やがて、ようやく決まったのか、シャルティエは一本の剣を手にとった。
「………決まったか?」
「はい。流石に完璧に会うものはないですが、一先ずはこれで」
「シャル、とりあえずあまりはしゃぐな……落ち着け」
「大丈夫です。ちゃんと冷静ですよ。確かに僕は坊ちゃんより剣の腕は劣るかもしれませんが、少なくとも力は坊ちゃんより上ですし、坊ちゃんの戦い方は誰よりもわかってます。フォローも完璧にこなせる自信があります」
「そうじゃない……」
ジューダスは一つため息をつき、シャルティエの手から剣を取る。
機械に金を放り込み、購入すると再びシャルティエの手へと渡した後、じっと彼を見た。
「それ以前の問題だ。カイル達にどう説明しろと言うんだ」
「………あ」
先ほどからジューダスがずっと考えていた事である。
こうなってしまった以上、共に旅するという選択肢以外他ない。
せめて現代ならば暫く街に居てもらう等方法があっただろうが、離れている間に何が起きるか分からないのだ、この世界は
「元の姿には、戻れないのか?」
ジューダスが問えば、一瞬、シャルティエの表情が複雑なものになった。
その表情と同じように、彼の感情もまた複雑に渦巻いていたのだろう。
やがて少しばかりの間を置き、シャルティエは答える。
「…………わからないです」
ジューダスはそんなシャルティエの姿を一瞥した後、眼を閉じた。
「せめて現代だったのなら……まだ何とか誤魔化せたんだが…」
他人から見てもシャルティエの挙動は不審だったが、ジューダスは一切問いただしたりはしなかった。その主の優しさに、シャルティエは黙って甘えた。
「んー。実はずーーっとこっそり付いてきてました☆とかはダメですかね?」
「カイルは騙せてもロニが煩いぞ」
「でもロニも、なんだかんだで坊ちゃんのこと、もう信頼してくれてると思いますよ」
「………知るか」
間を空けて答えたジューダスの顔は複雑なものだった。
恐らく、彼自身何となく受け入れてもらってきていることに気付いているのだろう。だが、それは仮面を外せば脆く崩れ落ちるものと思っている。それ故の表情だ。
シャルティエはそんなマスターの姿に少しばかり苦笑し、いつものように、彼の気を逸らすようにわざと声を高くして話を続ける。
「いっそのこと、僕は剣に取り付いていた精霊で、実現化しちゃえました。とかは?」
「大切なところを隠して見事なまでに真実を告げてはいるが、その真実が一番信じがたいものであるのが残念だ」
くすりと、ジューダスは笑った。
その瞬間に、彼はバッと後ろを振り向く。いくつかの気配が慌しくこちらに向かっているのがわかったからだ。
同時に店の扉が開いた。出てきたのはカイル達だった。何故か皆勢ぞろいで
「ジューダス!もう、いつも勝手にどっか行って!心配するじゃないか!」
「………」
だからと言って何故皆顔をそろえて探しに来るのだろう。しかもこういう時に限って。
ジューダスの顔が見事に顰められる。シャルティエはあわあわと隠れる場所があったら飛び込まんかのように慌てていた。
だが、時は既に遅すぎた。またこの簡素で小さな店には隠れる場所などない。
「……あれ?誰?その人」
立ち居地から、先ほどまで話していたのがわかったのだろう。
少なくとも、向かい合う形となって居る為、ただ擦れ違っただけという話は通用しない。
そして何より、誤魔化す以前にシャルティエと行動を共にしなければならない以上、話し合わねばならないのだ。
「あら?町の住人……じゃない、の?」
「え?なんで?」
「だって、額にレンズがない……」
リアラがシャルティエの顔をまじまじと見つめ、首を傾げる。
シャルティエは何と言えばいいのか分からず、しきりに主へと視線を寄越していた。ジューダスは小さくため息をついた。そんな彼に、ナナリーが問いかける。
「ジューダス、知り合いかい?」
「……一応はな」
そう言った瞬間、突っかかるのはお決まりのごとくロニだった。
だが、その言葉にはもう以前のような棘はない。
「どういうことだよ。お前、まさかこの世界の住人で、仮面を被ってるのはレンズを隠すためですとか言い出さないよな?」
「違う。その仮説が正しいならば僕はお前達の世界に行った瞬間汚染された空気とやらで倒れているはずだが?」
「それで体力がないのか……」
「違うと言ってるだろ」
何故そこでボケ倒す。といつもの軽い漫才を見てシャルティエはくすりと笑った。
その笑い声で一度二人の会話は止まる。ロニは浮いた空気を沈め、改めて聞いた。
「で、一体何の知り合いなんだよ」
「……普通に、この異様な世界ではない本来の歴史の中での知り合いだ」
「え、じゃあなんで此処に……?」
当然そう答えれば来るだろう質問はリアラから。
問題はこれに対する回答なのだが、ジューダスはきっぱりと言い放った。
「知らん」
「知らんっておい……」
「朝起きて街を歩いていたら偶然見つけた」
「え……えぇ?」
当然戸惑うカイル達だが、一番慌てたのはシャルティエだ。
つまりは、ジューダスは答えをシャルティエに丸投げしたのだ。自分でなんとかしろと。
シャルティエが涙目でジューダスに視線だけで助けを求めるが、彼は無表情で気付かぬ振りをしている。そうしている間にも、カイルがシャルティエの元へと歩み寄ってきた。
「俺、カイル。あの、名前は?」
「あ、えと……僕はシャルティ」
「シャルだ」
危うく素で答えそうになったところ、割って入ったジューダスにより助けられる。
あー、やばい。きっと後で小言くらう。そんなことを思いながらシャルティエは作り笑いで苦笑を隠した。
「あ、シャルです。よろしく、カイル君」
「シャルさんだね、よろしく!」
にっこりと笑われ、シャルティエの体から一瞬緊張が抜ける。
確かに、この太陽に当てられていては冷たく凍った少年の心も溶かし始めるわけだ。
「それで、シャルさんは一体どうやってこの世界に?」
「あの……僕も気がついたら飛ばされてて、すっごいびっくりしちゃって……いやぁ、坊ちゃんに出会えて本当に助かったよ!」
シャルティエは我ながら無理のある誤魔化しだと思いつつ、なんとか適当に言葉を紡ぐ。だが、必死すぎてまたポロリと無駄な言葉を出してしまった。
「坊ちゃん……?」
「………………シャル」
「あ、あっごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!」
カイルが小首を傾げる。その後ろから絶対零度の視線が突き刺さった。
シャルティエは頭を抱えて謝り倒す。ジューダスは深いため息を吐いた。
「おま、坊ちゃんって……やっぱり実はどっかのお偉いさんか何かだったのか!」
当然のごとくまたロニが突っ込むのに、ジューダスは疲れきった目を向ける。
「……こいつが勝手にそう呼んでいるだけだ。気にするな………とりあえず、すまんがこいつも同行していいか?」
「あぁ、そりゃかまわねぇが……シャルさんは戦えるのか?外のモンスターは結構手強かったぜ?」
ジューダスが話を無理やり進めれば追求を逸らすことに成功した。
当の彼は一瞬目を丸くする。シャルティエの同行をこうも簡単に許されるとは思わなかったのだろう。シャルティエは嬉しくなり、情けなく縮めていた体を伸ばし、先ほど買った剣を見せる。
「任せてください。丁度剣選んでいたところなんです」
「ただ、シャルは晶術が使えない。レンズを持っていないからな。そこだけ注意してくれ」
「わかった。宜しくな、シャルさん」
「はいっ!」
再びドームの町から外へと出る。
情報を求め、他の町を探し始めたカイル達は、そう時間も経たずに荒れた気配を感じて歩みを止めた。
「なんなんだろうねぇ。そこらへんから殺気が伝わってくるよ」
「俺達がいた世界よりもモンスター多くね?」
「ドームの町から出ないらしいからな、ここの住人は。ドームから一歩出ればあいつらの縄張りなんだろう」
グルルルと、喉を鳴らしながら獣が一匹、また一匹と姿を現してくる。
ちょっと歩いただけでこれなのだ。これから先のことを考えると皆消沈せざるを得ない。
だがその中、たった一人頬を軽く染めながら剣を抜き、シャルティエは前へと出た。
「任せて下さい坊ちゃん!僕がいるんです。百人力ですよ!」
「……はしゃぐのはいいが、お前相当のブランクだろう?こけるなよ」
主を守る騎士のように、シャルティエはジューダスを敵から隠すような位置に立つ。
それを、後ろでジューダスは冷めた目で見ていた。
シャルティエの剣の腕を、ジューダスは知らない。
護られる、というのはプライドの高い少年にとっては癪ではあったが、まずはシャルティエの動きを知り、合わせられるようにならねば、と彼は中距離で詠唱を始めた。
それを合図に、すぐそこにまで迫っていたモンスターに向かって、シャルティエは足を進めた。
シャルティエの剣術はブランクを一切感じさせない素晴らしいものだった。
暫くして、ジューダスも安心して剣を手に取れる程だった。
「口先だけでは無かったようだな」
「ひどいなー坊ちゃん。そりゃ、坊ちゃんにはかなわないですけどね」
「………いや、十分だ」
主から最大級の褒め言葉を受け取り、一瞬シャルティエは驚きに目を瞠り、動きを止める。その瞳には星がいくつも飛んでいるかのように見えた。
そんな彼の頭に向かって飛んできていたモンスターの攻撃を、寸前でジューダスの剣が打ち落とす。
「前言撤回するぞシャル」
「わっ!ごめんなさい。ちゃんと集中します!」
そうは言ったものの、うれしさを隠し切れないシャルティエは顔を真っ赤にしたままだった。そんな相棒にジューダスは幾度目かのため息をつく。
だが、それにしても、とジューダスは目を細める。
不思議な感覚だった。
ずっと共にいたとはいえ、シャルティエは体を持つことがなく、今この時まで両者が剣を取り、背中合わせに戦うということは一度もない。だというのに、当たり前のように息が合ってしまっているのだ。
今も尚、繋がっているかのようだった。
シャルティエはジューダスの反応が遅れる方面からの攻撃を全てフォローし、尚且つ彼が一番戦いやすいように戦況を作っている。
一方のジューダスも、シャルティエが今このとき何を考えているのか、をすぐさま予測することができ、そのシャルティエのフォローにあわせて最善の動きができた。
あれだけ多くのモンスターが現れたと言うのに、戦闘時間はいつもと同じどころか早い程だった。
全てのモンスターを片付け、死体を燃やし尽くせば、シャルティエは爽やかに汗を拭うと一直線にジューダスの元へと駆け寄った。
「坊ちゃんハイターッチ☆」
「誰がやるか馬鹿者」
嬉々として片手を挙げて走ってくるシャルティエに対して、ジューダスは腕を組んだままだ。それでもシャルティエは空振りしようがなんだろうが、興奮を抑えることもせずに無理やりジューダスの腕を取る。
「もう僕本当にうれしいです!感激です!ずっと、ずっとこうして…」
「シャル、落ち着け、頼むから落ち着いてくれ」
シャルティエの背後、カイル達の視線が居た堪れず、ジューダスは腕をぶんぶん揺らされながらも頼み込むように言った。
「へぇ、あのジューダスが何か遊ばれてない?すごいね」
「俺がやったら間違いなく斬られてるな」
ロニとナナリーの会話に、ジューダスは我に返りバッとシャルティエの腕を振り払うと上げた手をそのままシャルティエの頭に振り下ろした。
「アイタッ!」
「調子に乗るな」
そして再びため息をついて彼を叩いた手で顔を覆う。
完全にペースを崩されている様子のジューダスのカイル達は笑いを隠せなかった。
「あはは、仲良いんだね」
「もちろんです!」
「…………」
「お、否定しないのな」
「煩いかまうな」
顔を覆ってる手と仮面の隙間から絶対零度の瞳を向けられ、ロニは思わず数歩下がる。
ジューダスはそれから何も言わずに再び街を目指して歩き出した。
「あーあ、拗ねられちまった」
そう呟くロニとは対照的にシャルティエは上機嫌のまま彼の後を歩き出した。カイル達も急いでそれに並ぶように歩く。
ジューダスとの距離を埋めようと早足になるシャルティエにこっそりロニは声をかけた。
「お前さんよくあのジューダスにそんな態度とれるな。あぁなると後々ひどい目にあわね?」
「あはは、坊ちゃんの嫌味のことですね?ふふ」
「何喜んでんだよ、マゾかあんた」
「違いますよ。でもあれはただの照れ隠しなんですから。ロニ君も何となくわかるでしょう?」
「まーね」
シャルティエがロニとそう話しているのに興味津々でカイルが入り込む。
「ねぇ、シャルさんはジューダスとどれくらい長い付き合いなの?」
「ん?どうして?」
「だって、すっごい息がぴったりだから。俺たちより断然!戦い方とかさ、すごいなぁって」
「ふふ、そりゃ、坊ちゃんとはずっと一緒にいましたからね」
「どれくらい?どれくらいのときから?」
「そりゃぁ、もう赤ん坊のときからですよ」
「本当に!?」
目を輝かせるカイルに、シャルティエは内心どこまで語っていいのやら模索していた。今のところマスターは黙々と歩き続けている。とはいえ、あまり過去には触れてほしくないはずだ。
それでも、シャルティエには自分と彼の間にある絆を見せびらかしたくて仕方がなかった。
自分から言うまでもなく、彼の仲間たちは更に問いを投げかけてくると着たものだ。ギリギリまで語らせてもらいたい。
「じゃあカイルとロニの関係と似た感じなのかしら?」
「そうですね、かもしれません。ただ、兄弟とはまた違った感じかもしれませんね」
「え、そうなの?」
カイルが目を丸くして尋ねる。
「赤ん坊のときから」と聞いた瞬間から、己の家族と照らし合わせていたのだろう。
「んーそうだなぁ……双子とかどうだろう?ちょっとそんな感じかも」
「へぇー!シャルさんって何歳なの?」
「んーっと、正確に何年経ったか覚えてないからなぁ。1000歳以上、かな」
「すっげぇー!」
「ばーか。冗談に決まってるだろうがカイル」
「あはははははは!」
真に受けるカイルと突っ込むロニにシャルティエは爆笑した。
カイルの方が正しいのだと知っているからこそ余計と可笑しかった。
(それにしても、おかしいな)
すっと笑いを収め、シャルティエは考える。
いつまで経っても、彼らはマスターの核心に迫る問いをしてこない。
普通だったら、すぐに聞いてくるのではないだろうか
「本当の名前は?」「なぜ仮面を被っている?」そういった、彼らが出会った時から抱いている疑問を
坊ちゃんもそういった質問が来るだろうと気にしているはずだ。
先ほどから黙って歩いてはいるが、こちらに気を張っているのがわかる。
「……聞いてこないんだね」
「ん?何を?」
「坊ちゃんのこと」
「ジューダスのこと?さっきから教えてもらってるじゃん」
真顔で首をかしげるカイルに、遠回りの質問は無意味だとシャルティエは感じる。カイル以外の仲間たちは質問の意図に間違いなく気づいているはずなのだが、カイルの答えに任せているのか、特に口を挟むことはしない。
「ぶっちゃけると、坊ちゃんの本当の名前とか、なんで仮面を被っているか、とか。一番聞きたいんじゃない?」
シャルティエは内心不安で一杯になりながらも直球で問いかけた。
そしてそれは見事に躊躇いなく打ち返される。
「んー?別にそれはいいよ。だって、ジューダスが知られたくないからずっと黙ってるんだもん。それをシャルさんから聞き出したら、ジューダスに悪いし」
「ま、そういうこったな」
カイルが答えれば、ロニが二回頷きながら同意する。
リアラとナナリーも同じ思いのようだ。
「俺は別にそんなこと知らなくてもジューダスはジューダスだからいいよ」
「ね、ジューダス」と言ってカイルは彼のほうへとにっこり笑った。
当の彼はその会話に唖然としてこちらを振り向いていたところで、その屈託のない笑顔に我に返り、急いでそっぽを向いて「フン」と耳を赤らめた。
あぁ、あれは相当嬉しかっただろうなぁ。
そう考えると、シャルティエの表情は勝手にやわらかくなっていった。
「ありがとう」
不器用なマスターに代わり、シャルティエは礼を言った。
そうすれば、ロニは「そんなの当たり前だ」だとかぼやいている。彼もジューダスに負けないくらい意地っ張りだ。ジューダスに関する事となると更にそれが抜きん出ている気がする。
「口ばかり動かしていないでさっさと歩け!」
まだ耳を軽く赤くしているジューダスから怒鳴り声が上がった。
あれから何とか日が暮れぬうちに新しいドームの町に辿り着いた。
そこは恐ろしいくらいに前と同じ町だった。
いくらか建物の配置や色が違うものの、その町の雰囲気は前の町のそれと全く同じ、匂いもなければその町独特の文化も一切ない。
そして、開いている家を何の躊躇いもなく貸してもらえるのも、前の町と同じだった。
「ま、こちらとしてはありがたいから良いよね」
「うんうん。ふあーいつもより戦闘が多くて疲れた~」
カイルがぐっと大きく伸びをするのに、周りの仲間たちは表に出す出さないはあろうと同意したことだろう。
「あ、でもシャルさんのおかげで凄く楽だったよ!俺感動しちゃった。ジューダスとシャルさんのコンビネーション」
カイルの言葉にシャルティエは心底嬉しそうに微笑む。
彼はジューダスとの絆の深さを周りに関心してもらえる度にこれ以上の幸せはないと言わんばかりに喜ぶ。
出会ってばかりだが、シャルがジューダス馬鹿だということを、カイル達は既によくよく知り尽くした。
ジューダスの方は特に感情を表さずにいるが、それがまるで「当然だ」と言っているようで、シャルへの大きな信頼をカイル達に感じさせる。
「とりあえず、泊まるところももらったことだし、また一人でゆっくり眠れるのはありがてーな」
「あ、僕、坊ちゃんと一緒に寝ます」
ロニの言葉に、シャルティエは当然とばかりにそう言った。
思わずロニ、ナナリー、リアラが硬直する。カイルあたりは「やっぱり仲良しなんだね~」とのんびり言っているが
ガンッとシャルティエの後頭部にジューダスの拳が落ちた。
「誤解を招くような言い方をするな」
「えーいいじゃないですか坊ちゃん。だって昔は当然のように……ごめんなさいすみません嘘です!」
「………シャルには聞きたいことが山ほどあるからな。今日は相部屋にさせてもらう。こいつが何でこの世界に来たのかもわからん。一人でいる間に何かしでかされてもたまらんのでな」
剣の柄から手を離したジューダスは一呼吸でそう言い切る。
シャルティエに向けられた射殺しそうな視線がそのままロニ達に向けられ、彼らは苦笑しながら頷いた。
「ほら、行くぞシャル。……色々聞きたいこともあるが、何より言いたいことが多い。」
「……お手柔らかに」
いつもジューダスに何を言われても満面の笑みであったシャルティエが、こればかりは頬を引きつらせた。
きっと部屋に入った瞬間小言がどしゃぶり雨のように降りかかってくるに違いない。
ロニ達は内心シャルに手を合わせる。とはいえ、それを照れ隠しと言い切ってあれだけ大暴れしていたのだから仕方ないとは思う。
「やっぱり二人とも仲良いなぁ」
カイルはのほほんと仲良く並んで歩く二人の背中を笑顔で見送った。
さて、と小言を言い終えたジューダスが一息つく。
項垂れているシャルティエの姿から、その小言の内容と量が何となくわかる。ようやく終わったのか、とシャルティエが喜んで顔を上げているものの、その表情には疲れがありありと見える。
そんなシャルティエに対し、仮面がないことで更に強く感じる眼光をジューダスは再度向けた。
「シャル……元には、戻れないのか?」
二度目の質問。
シャルティエは前回と同じく複雑な表情をした後、少年の射抜くような瞳を真正面から見返した。
「さぁ……わからないです。でも、戻らないといけませんか?」
「それは……」
シャルティエの思いもよらぬ返しにジューダスは言葉を詰まらす。
「カイル達は僕を受け入れてくれました。だから、このままじゃだめですか?」
「……シャル」
元ソーディアンである彼の眼は、マスターの言葉を非難しているかのようだ。ジューダスは名を呼ぶことしかできない。
体を持たない、自由に動けない。その苦痛を考えれば、シャルティエの言葉を非難する事などできない。
そこまで考えたが、やはりジューダスは首を横に振った。
「だが、やはりおかしいだろう?突然人の姿に戻るなんて、何かお前の体に異変が起きているんじゃないのか?ソーディアンが人の姿になっていることでお前の精神に異常をきたしたりはしないのか?」
「……それは、多分大丈夫ですよ」
「シャル。そんな何の根拠もない言葉だろう」
「大丈夫ですよ」
はっきりと、シャルティエは同じ言葉を言った。
そしてにっこりと笑う。
「ねぇ、坊ちゃん。今日はもうやめましょう。沢山戦いましたし、休みましょうよ」
「………シャル」
だが、それに反してジューダスの表情は厳しいものに変わっていた。
「お前、やはり何か知っているんだろう?」
「…………」
「何をした」
少年は逃げに出るようなシャルティエの態度に確信した。
これ以上の逃避は許さない。そう紫紺の瞳はきつく告げている
「……ごめんなさい」
やがて、シャルティエは観念したかのように呟いた。
「何をしたんだ」
「……だって、きっと坊ちゃん怒ると思います」
「聞かないとわからない。お前の言い訳も聞いてやれない。今のままはぐらかせば明日から口も利かん」
「わー!それはひどいですよ!?」
「……言ってみろ」
慌てたシャルティエに、少年は諭すように話しかけた。
しゅんと一度頭を垂れ、シャルティエはポツリと零す。
「…願ったんです。神様に」
「…………」
「体が欲しいって」
「エルレインが来たのか?あの夜に」
「いえ、違います。僕はただ願っただけです。例えフォルトゥナ神だろうと何でもいいって、そう思っていたのは確かですけど」
「その体にしたのは確かにエルレインなのか?」
「だと思います。あの時と同じ感覚がしましたから」
細い顎に手をかけ黙り込むジューダスへ真っ直ぐ視線を向けたまま、シャルティエは言う。
「坊ちゃんは、僕が人の姿になるのを、夢見たことはありませんか?」
ジューダスがその視線に再びあわせた。
「僕は何度も夢見ましたよ。何度も何度も、僕は体が欲しくてたまらなかった」
何処までも真っ直ぐなそのシャルティエの想いを、彼は受け入れきれないのだろう、再び視線を落とした後、耐えるかのように目を瞑った。
「……シャル、あれからエルレインと接触は?」
「直接対面はしてないですけど、声が聞こえます」
「神に従え、と?」
「………はい」
「お前の答えは?」
「僕、は………」
途切れたシャルティエの言葉に、ジューダスはぎゅっと眉を寄せた。
「シャル、お前…」
「僕は、坊ちゃんの想いを最優先にしたいです。ただ、いつも共に在れれば、それでよかったんです。……でも、だけど……っ!」
シャルティエは両の拳と唇を震わせながら、搾り出すように言った。
「納得、できるわけないじゃないですか……あんな…世界……」
純粋な悲しみよりも、明らかに含まれている強い憎しみに、ジューダスの瞳が震える。
「坊ちゃんが、裏切り者だって言われる…世界なんて…っ!」
「シャルッ!」
「坊ちゃんの想いは痛いほどわかってます!だって、僕はソーディアンだから!でもっ」
ジューダスが咎める様に声を荒げたが、シャルティエはもう感情の高ぶりを抑えることができなかった。
16年弱。彼が生きてきた中では短いと言える年月でも、その苦渋を受け続けるにはあまりにも長く耐え切れないもの。それらが決壊し、シャルティエの口から溢れ出る。
「僕に体があったなら、僕は坊ちゃんを護れたかもしれない!死なせずに済んだかもしれない!汚名を着せられることもなく、生きていられたかもしれないっ!ミクトランのことにだって、気づけていたかもしれない!」
色んな不の感情に焼かれながら吐き出すシャルティエは、その目に涙を滲ませた。
「独りにさせずに、済んだかもしれないって…っ!!」
全てを言い切ったのか、後は嗚咽だけがシャルティエの口から漏れる。
唇を噛み締め、「うっ……うっ……!」と噛み殺せない声を上げ、視線を床へと落とすシャルティエの姿から、どれだけ彼が大きな無念を抱いているのか容易に伺えた。
初めて見るシャルティエの姿に、動揺せざるを得なかったジューダスは、やがてため息を吐いた後に彼の頭に優しく拳骨を落とした。
音も立てずに下ろされたその拳骨は、頭を撫で慰めているようだ。
「馬鹿か、お前は」
「……ごめんなさい……でも…」
「僕にとって孤独は、最も遠い言葉だ」
淀みなく響いた彼の声に、シャルティエはまだ収まらない嗚咽を其の侭に、涙でぬれた瞳を彼へと向けた。
そんなシャルティエに、ジューダスは口元に笑みを浮かべて言う。
「ソーディアンとしての使命ではなく、僕との死を選んだお前が、今更何を言い出す」
呆れたように言い、シャルティエの頭から拳を退かす。
「いつも共に居た。お前が今しがたそう言っただろう」
「そうじゃないんですっ!そういう意味じゃない、僕はっ!」
「裏切り者と呼ばれようが、蔑まれようが、彼女が生きているならば本望だ。それに」
ジューダスは先ほどまでとは違い、何のブレもない言葉を真っ直ぐシャルティエへと向けた。
「お前が、ありのままの僕を受け入れてくれる。だから、僕は誇りを保てる」
何処までも美しく、強い紫紺がシャルティエを射抜く。
「お前が、僕と共に在り続ける限り、だ」
それらの言葉はシャルティエの心に感動を与えるが、それでも、彼の強い無念を消し去ることは不可能だ。シャルティエはジューダスの想いを理解しつつも、首を縦に振れずにいた。
「だから、お前と共に生きたあの歴史は、僕の誇りだ。わかるな?」
「………」
ほんの数分前のジューダスとシャルティエの立場が逆転し、今度はシャルティエが目を逸らす。
大切な彼の想いを叶えたい。大切な彼自身を救いたい。
どちらの想いも強すぎて、重すぎて、耐えるようにまた拳を震わす。
その腕を、突然握られ、シャルティエは逸らした視線を戻した。
そこには、らしくなく不安を彩った紫紺があった。縋るように、こちらを見ていた。
普段ありえないその光景に、悩み苦しんでいた思考がストップする。
一度真っ白になった頭の中に、マスターのその声が埋め尽くした。
「何処にも行くな」
滅多にない、彼の祈願の声。
たった一人の女性にしか向けられたことのない彼の本心が、今、シャルティエに向けられていた。その頼りなく、不安と期待に揺れる少年の姿にシャルティエは衝撃を受けると共に我に返る。
もしも自分が、エルレインの元へと行き、過去の彼と接触し歴史を変えることができたなら…。
そんな夢物語を描いていた。
だが、それは今ここにジューダスとして存在する本当のマスターとの別れを意味する。
ずっと共に居た彼は、此処にしかいない。己が歴史を遡り、全てを変えたとしたのなら、此処にいる彼はどうなってしまうのだろうか
きっと、誰よりも己を必要としてくれているのは、ずっと共に歩んできた彼だというのに
そして何よりも、歴史を変えること信念に背くこと、それらよりもシャルティエを失うのが辛いのだと、言外に語ったマスターに、シャルティエは自分の頭を思い切り殴ってやりたい程の後悔を覚えた。
縋るように強く握り締められた腕。その手を握り返し、シャルティエは頷いた。
「…はい、坊ちゃん。……ごめんなさい。僕は何処にも行きません」
そう呟いても尚、こちらを真剣に見つめる紫紺に、シャルティエはにっこりと笑う。
「約束します。……僕は、何時までも、何処までも、死して尚も、坊ちゃんと共に在り続けます。もう、絶対離れようとなんてしません。二度としません」
「……あぁ、次馬鹿なこと言い出したら斬るからな」
「かまいませんよ。絶対ありませんから」
シャルティエの言葉にようやく安心したのか、彼の瞳は元の強さへと戻り、不適な笑みを浮かべた。
握られていた腕からジューダスの手が離れる。
ふとその離れた温もりが惜しくて、話は終わったのだと彼に背を向けかけていたジューダスにシャルティエは突拍子もないことを投げかける。
「坊ちゃん、ゆびきりしませんか?」
「…は?何で態々」
少し目を丸くし、振り向くジューダスにシャルティエは笑いながら強請る。
「いいじゃないですか。ソーディアンに戻れば約束って言ったら口約束だけになるじゃないですか。体があるのも、今だけなんですよ」
「……よりによってゆびきりか」
「坊ちゃん実はやり方がわからないだけなんじゃないです?」
「ち、違う……仕方のない奴だ」
むす、と少し年相応な表情を浮かべ、やがて仕方がないからだ!と言わんばかりにぞんざいに小指を差し出す。シャルティエは大喜びでその小指に己の小指を絡めた。
そして絡めた小指を上下に揺らしながら、シャルティエだけが謡う。
「ゆ~びき~りげんまん、嘘吐~いた~らは~りせんぼん飲ーますっ!ゆ~び切ったっ!」
ぱっと離れた小指。そこに残り温もりの名残にシャルティエは満足そうに微笑んだ。
そんな彼の姿にジューダスも悪い気はしないのだろう、口元にはやはり笑みがある。
だがやがて、シャルティエは首を傾げた。
「……あれ?」
「どうした」
「やっぱり、ゆびきり必要なかったかも」
そのシャルティエの言葉の意味が一瞬わからなかったのだろう、ジューダスは唖然としながら軽く小首を傾げるが、やがてその意味に気づいたのか、軽く噴出し、肩を少しばかり震わせた。
彼が見せる貴重な笑いに、シャルティエもまた釣られて笑う。
「どうせなら本当に小指、切っておきます?」
「馬鹿か、お前は。切っても構わんがそんなもの僕は持ち歩かんぞ」
「あ、ひどいなー!」
「それこそ意味のない話だろうが」
「ふふ、それもそうですね」
安心しきった、穏やかな笑みを浮かべるマスターと共に、シャルティエは一頻りくすくすと笑った。
翌朝、メンバーが全員集まったとき、シャルティエの姿はなかった。
「あれ?ジューダス、シャルさんは?」
「戻った」
「戻ったって、何処にだ?」
「元に」
何でもないように短く返すジューダスに、カイル達は小首を傾げる。
ロニだけが彼の言葉に大げさに反応した。
「元にぃ!?つまり元の世界に帰ったっていうのか?どうやって!?だったら俺たちもっ!」
「知らん」
「またそれかよ!!」
声を荒げるロニにも、ジューダスは動じることなく言って、「次の町に行くぞ」と声を投げかけ歩き出していた。
そんな彼の背中を追いかけ、カイルは話しかける。
「んーでも残念だね、ジューダスとシャルさんって、何か二人で一人って感じがしたのになぁ」
だが、その割にはジューダスは寂しがる素振りなど全然見せなく、カイルは更に小首を傾げる。
そんなカイルの言葉に、ジューダスは小さく笑った。
「あいつは唯でさえ煩いからな。これくらいが丁度いいんだ」
疑問はたくさん残るが、ジューダスのその笑みから、特に心残りがある様子もないと知り、カイルは気兼ねなく笑うこととした。
すると、何処からともなく、幻聴のようにいないはずの彼の声がカイルにも響く。
『あー酷いなぁ坊ちゃん!』
目をきょとんとさせたカイルは、やがて噴出して笑った。
「そっか。何か今、シャルさんが酷いなぁって言ってた気がするよ」
そして元気よくジューダスを追い抜き、「さぁ、みんないこう!」と声を上げ、走り出した。
「だからお前はいつも最初飛ばしすぎなんだって馬鹿カイル~」
「あははは、朝から元気だねぇ」
更に仲間達がそれを追いかけていく中、ジューダスはそっと背中へ視線を向ける。
「……シャル」
『す、すみませ…』
小さく咎めた後、背中にしっくりくる重みにジューダスは小さく笑みを浮かべ、やがて仲間達と同じように走り出した。
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