緑蔓延る遺跡、その木の根に寄りかかりロニはカイルの帰りを待っていた。
此処はラグナ遺跡。クレスタの直ぐ近くにある、あの遺跡だ。
今日、今までどこか悩んでた風だったカイルがようやく腹を決め、旅立ちを決意した。
カイルがいつか旅立つことを予期していたロニはそれに付いていったのだ。
二人の旅に目的地など無い。だが、二人とも足は同じ方へと向いていた。
それが、この遺跡だった。
カイルはしきりに頂上へと眼を向けながら首を傾げていた。
誰かに呼ばれている気がするのだと。
だからロニはカイル一人に頂上へと行かせた。
心配ではあるが、自分は行かないほうがいいと踏んだのだ。なんとなく、気が引けた。
緑に溶け込むように消えていく金髪を見送っていると、ロニは妙な衝動に駆られた。
カイルの「一度ここに来たことがある気がする」という言葉が脳裏を駆ける。
何かを忘れている気がする。それでも思い出せない、忘れていること自体が不確かな衝動にロニは不愉快すら感じた。
あれから数十分。
その焦りと、いい加減帰りの遅いカイルのこともあり、一人で行かせるのではなかったと流石に木の根から腰を浮かせた時だった。
「ロニ!」
声を辿れば、木漏れ日の柔らかい光を背に金髪が輝いている。やっと帰ってきたかと思えば、その隣には綺麗なピンクが見えて、思わずロニは自分の目を擦った。
とうとう俺はカイルにまで負けたのか、と下らない考えを浮かばせたが、それは次第に虚ろになっていく。
カイルの隣に立っている可憐な女の子。自然に溶け込みどこか神秘的な気を醸し出している彼女を見ていると、頭の中が一瞬空になった、そして呆然と彼らを見ていて思うのだ。
あぁ、あいつらは相変わらず、本当に微笑ましいくらいにバカップルだと
空になった頭を埋め尽くすように、突然見知らぬ記憶が流れ込んだ。
それは不思議な感覚だった。確かにこれは見に覚えのない記憶。だけれども、それは確かに体験してきたことなのだと、自然とロニの中に馴染んでいくのだ。
やがて、カイルの隣で幸せそうにしている彼女を見ていて、一つの名が思い浮かんだ。
「リアラ……」
「ロニ、思い出したの!?」
カイルが上ずった声で叫び喜んだ。そのまま飛び跳ねるようにこちらに向かってくる。
「きゃっカイル!」
こんな足場の悪い場所で全力疾走すればどうなるかなど、少し考えればわかるものだ。
ロニが注意の言葉を飛ばす前に二人は視界から消えていった。
「おいおい」
「あははは!」
手をつないでたリアらもカイルに釣られて落ちるようにこけていたのだが、それは軽々とカイルにより受け止められていて、カイルは壊れたようにけらけらと笑う。
そんな二人の姿に、記憶は完全に溶け込んだ。全ての理解と共に。
ロニは神を殺したあの時のカイルの姿を思い出し、本当によかったと眉を下げた。
長い、旅だった…こうして何事もなく世界があるのも、全てあの長く辛い旅の結果。
ロニは一緒に旅をしてきた仲間の顔を順々に思い出していく。
カイル…そして、何の奇跡か、ここにいるリアラ、懐かしい赤毛の女、天才と呼ばれる童顔の女、それから…
そこまでいたって、ロニは少しずつ顔をしかめた。
どの仲間も自分たちの時代で暮らしているはずだ。
ハロルドはすでにロニたちの時代では死んでいるが…1000年前に帰り然るべき時を過ごしたに違いない。
ナナリーもまた、10年後ではあるがホープタウンに帰ることが出来ただろう。
会おうと思えば、歳は違うが今からでも会えるのだ。
……だが、
あの男は、どこへ行った?
楽しそうに笑いながらカイルがリアラの手を取り、またこちらへと歩き出す。
旅の途中で何度も見た少年と少女の姿。呆れながらも微笑ましく見ていたロニ。そこから少し離れたところで、自分と同じような表情を浮かべていた少年が、居た。
ロニが考えに耽っている間に、カイルはロニの前に立ち、リアラの手を握ってそれを前に出した。
思考を一度止め、「良かったな」と金髪をかき混ぜれば本当に幸せそうに笑う。
ロニは複雑な表情をしながらも微笑み、その後、リアラに向き直った。
「リアラ、お前どうしてここに?」
「わからない…光が見えたの。それをひたすら追い続けたら、ここに…カイルの元に出れたの」
リアラは頬をピンクに染めてうれしそうにカイルに寄り添う。
それはまさしく奇跡なのだろう。
リアラは最後まで信じた。
絶対、カイルの元へ戻れると信じた。だから帰って来ることが出来たのだ。
想う力が無ければ、例え奇跡が起きていようとも帰ることが出来なかったに違いない。
互いを想いあう彼らには感服させられる。
そう考えているうちに、ロニに少しずつ苛立ちが募っていく。
「リアラ、お前が戻ってこられたなら、ジューダスはどうなった?」
「あ…」
カイルが目を見開いて小さく声を出す。
―それでいいの?ジューダス!
―お前なんで黙ってたんだよ!
―いいんだ。一度死んだ男が手にするには過ぎた幸せだ。
最後の、本当に最後の時
もう間に合わない時、彼は自分もまた消えていく存在だということを伝えた。
「…ごめんなさい。わからないわ」
「お前は、ジューダスがどうなるか知ってたのか?」
「……えぇ、でも…何も言うなって」
リアラが眉を寄せ、またごめんなさいと謝る。
ロニは「いや、いいんだ」と言いつつ、舌打ちをひとつした。それを見てますますリアラは悲しみを濃くするのにロニは慌てて弁解した。
「あ~違うんだリアラ!お前が悪いんじゃねぇよ…あの馬鹿が悪いんだ」
「…ジューダス、笑ってたね」
カイルがぽつりとつぶやく。
―本当にありがとう、カイル、ロニ
彼らしくなく、素直に感謝の言葉を述べ、そして本当に幸せそうに微笑んだ。そして消えていった。
その瞬間、苛立ちが倍に膨れ上がった。
ロニは露骨に浮かべる苦い顔を隠そうとせず呟く。
「だからむかつくんだよ…」
「ロニ…」
カイルは何となくロニの気持ちを汲み取ることができた。
きっとリアラもだろう、誰もがジューダスに対してどこかで想っていたことなのかもしれない。
だが、全てが終わってしまったこと。
皆、それらの感情に諦めが含まれ、怒りは後悔に変わり更に表情を渋くさせた。
もう、完成してしまった。完結させてしまった。
だが、足りない。一つだけ、足りない。
大切な世界の一欠けらを、失くしてしまった。
カイルは一度硬く眼を瞑り、小さく首を横に振り、目を開ける。
「とりあえずクレスタに戻ろう、ロニ」
「あぁ…ん、お前旅はいいのか?」
「うん。もう終わっちゃったから」
カイルはしっかりと握った小さな手をちょっとだけ上げて、にっこりと微笑んだ。
そして二人でクレスタの方へと向かうのを、ロニは微笑みなが少し遅れて歩く。
この場にあいつがいれば、きっと同じ顔してたに違いないのにと
やりきれない思いだけが、しつこく付きまとうのだった。
助けてと嘆く声が聞こえる。
運命を呪う声が聞こえる。
何度も何度も私たちを呼ぶ声が聞こえる。
助けて欲しいと嘆いている。
だから、私たちは、消えない。
一気に視界が真っ白になる。
今まで暗いところに居た気がする。だからこそ、あまりの光に眩しくて目を開けられなかった。
「ようやく起きたか」
少年の耳に、感情のこもらない女性の声が届く。
その声を聞いた瞬間に、彼は眩しさなど忘れ、目を瞠り体を起こした。
真っ白な部屋だった。眼が痛むのも無理は無いだろう。
そんな部屋の中央に設置された、白いベッドの上に、目を覚ました少年の体があった。
ゆっくりと、彼は声がした方へと顔を向ける。
彼の眉間に皺が刻まれた。
「なんで…お前が」
「私たちは消えない。何度殺されようとも…人々の助けを求める声が私たちを生む」
人形のような顔が少年を静かに見つめている。
「わからない。自分たちで幸せを掴む?何故お前がそれをいうのか、私にはわからない」
どこか冷たく無機質な声と共に、女は眉を寄せ、疑問を呟く。
その姿は嘗て見たものと少しも変わらず、少年の神経を逆撫でした。
「何故お前にわかってもらわなければならないというのだ。誰が頼んだ」
「お前は」
少年の言葉など気にせずに、女は淡々と、少し哀れみを交えて話し続ける。
「お前は、あの者たちの中でも一番よく知っているはずだ。自分だけではどうしようもない、抗えない不幸を…何故お前が否定する?ずっと待っていたはずだ」
「何を言っている……」
「待っていたのだろう?」
尚も女は少年を無視し、ゆっくりと彼の背後を指差した。
少年は女に神経を向けつつ、静かに指された方へと視線を向ける。
少年の紫紺の瞳が見開かれる。
「私が、導こう…幸福へと」
女は不敵な笑みを浮かべた。
運命の歯車は、再び廻り出す。
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