ハートが夢見る医者 3

OPハートが夢見る医者
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医療関連知識ほんまないんでめっちゃごまかしごまかしでやってます。そこはもう、目を瞑ってやってください。ちょっと医療ドラマやらアニメやら見てきますわ……_(:3 」∠)_ 医者ロー君もっと自由に妄想できるようになりたいもんねー。

清書しましたー。下書きでは1,2をあわせて1にしてるので、こちらは2としてNOVELにうpってます~。

ハートが夢見る医者 - 2
ウソップとサンジはチョッパーと別れた後、二人で医務室へ戻ろうとしていた。 「ひとまず全員に状況を伝えねェと。特に倉庫部屋への入室は厳禁だ」 歩きながらのサンジの言葉に、ウソップは顎に手をかけながら頷く。 「だな。あと、チョ...

そんなわけでこっからは下書きのやつ↓


 

ウソップとサンジはチョッパーと別れた後、二人で医務室へ戻ろうとしていた。ひとまず全員に状況を伝えなければならない。そんな彼らの前にふとフランキーが現れた。

「ウソップ、サンジ! 見ろよぉ! これぇ!」

「うおぉおおお!? なんだそのでっけぇメカは!?」

どうやって船内に入れたのか。そこにはフランキーの巨体を軽く収めそうな謎のメカがあった。フランキーであれば一人、ウソップの体格であれば二・三人が入れそうな円柱のメカは自動扉がついており、ガシャンとその口を大きく開けた。好奇心を掻き立てられたウソップが目を輝かせる。

「おれが作ったスーパー人間洗浄機だ! 人間一人丸ごと綺麗さっぱり洗い、殺菌消毒まで完璧にこなすメカだぜ!」

「すげぇええええええ!!」

「シーザーの野郎のガスは厄介だったからな。パンクハザードやゾウのようなことが今後あったときようにと試作してた一つなんだ」

「へぇ」

サンジは感嘆を漏らしながらメカを見回す。サンジも好奇心が疼いたが、このメカに自分の体を全身洗浄されるのかと思うと不安が頭をもたげる。

「大丈夫なのか? これ」

「まーまー、入ってみろって」

「おれからやる!」

目を煌々と輝かせ、ウソップは躊躇うサンジの前を駆け抜けメカの中へ飛び込んでいった。ガシャンと閉まる自動ドア。フランキーはメカの中へ向かって話しかける。

「服を全部脱いでカゴにいれろ。それができたらすぐ近くにあるスイッチを押すんだ」

「おーう!」

元気に応えるウソップの声。しばらく衣服の擦れる音やベルトの金属音が続く。やがて服を脱ぎ終えたのか、ウソップの小さな呟きが聞こえた。

「よし、これだな」

カチ、という音。ウィーンと円柱のメカから何かの動作音が聞こえる。そして――

「うおぉおおぉおおおぉおおおおおお!!」

「な、なんだ!?」

突如響いたウソップの声にサンジはビクッと肩を跳ねさせ一歩下がる。メカはガタガタと揺れながら、ウィーンだのシュワーだの謎の音を響かせている。

本当に大丈夫なのだろうか。僅かに顔色を悪くさせたサンジが目をパチパチと瞬かせる。やがてメカの音や動きが小さくなっていき、停止した。

「スーパーだろぉ?」

「……あ……洗われたぜ……」

フランキーがにっと笑う。それに答えるようにメカの中からか細いウソップの声が聞こえてきた。

(中で一体何が起きたんだ……!?)

引いているサンジと対照的に平常心のフランキーは少しだけ自慢げに説明を続ける。

「さっきのカゴのところに服が戻ってるだろ? それも全部綺麗さっぱり洗って乾かしてあるから、それ着ろ。これで付着した菌はほぼ百パーセント落とせてるぜ!」

「す、すげぇ……フランキー、すげぇよ……」

「ナミの調子が悪くなった折には、チョッパーも医務室に戻らねぇとだろ? これがありゃあ少しは違うと思ってよ」

ウソップの掠れた感嘆の声にフランキーは嬉しそうに鼻の下を人差し指で擦る。

目に見えない伝染の脅威を前にしている今、このメカの存在は確かにありがたいものだ。サンジ自身、もう医務室には行かない方がいいのか、どうするべきかと、未知の経験に頭を悩ませていたのだ。

カシュンと自動ドアが開いて先ほどと全く同じ姿のウソップが現れる。その全身は心なしか清潔感に輝いて見えが、足元がふらついている。

少し疲れた様子のウソップだが、彼はそのことを言及せず、着ている自身の服をつまんで目を丸めた。

「てか、この洗って乾かすのがすげぇよ。洗濯いらねぇじゃねぇか」

そんなことより中でどんなことがあったのかが、サンジは知りたい。

「馬鹿言え! どんだけコーラ使うと思ってんだ。普段使いなんてとてもできやしねぇよ、今だけの特別だ! おら、サンジもやっとけ」

「あ、あぁ」

せっかく自分より先に体験した者がいると言うのに、予備知識をほとんど得ることなく不安だけが煽られた。

ポカリと開いているメカの扉。未知の世界。

麗しのナミさんにおいしい粥を作って上げるためにも、ここは絶対通らなければならない道だ。サンジはそう意気込み、中へ入っていった。そして――

「うおぉおおおおおおおおぉおおおぉおお!!」

サンジの奇声が響き渡った。

「……何をしているの?」

「あぁ、ロビン」

騒ぎを聞きつけたのだろう、ロビンが医務室の方角から歩いてきた。ほんの少し困った顔を見せた彼女は口元に人差し指を立てる。慌ててウソップが口元に手を当てて謝罪した。

「わ、わりぃ。騒ぎすぎた」

「ふふ。でも大丈夫。ナミはぐっすり眠ってるから」

頭を掻きながらばつが悪そうにするウソップにロビンが微笑む。その後、ガタガタと動くメカへと目を向け小首を傾げた。そんな彼女にウソップが口を開く。

「さっきも言ったろ。トラ男がひでぇ病気を再発症してるって話。それがよ、伝染力のたけぇ病ってぇ話でな。だから、こうやって消毒をな」

「あら、すごいわね」

ロビンはウソップの説明に耳にし、先ほどからの騒動の理由に納得しつつ、その意識の大半はどうしてもガタガタ動く目の前のメカへと向けられていた。

やがて再びメカは動作を停止し、少し疲れた形相のサンジが出てくる。心なしか清潔感に体を輝かせながら。

「あ、洗われた……」

そんなサンジの姿にくす、とロビンが笑う。それに気づいたサンジが目をハートにさせてすぐ元気を取り戻した。

「ロビンちゃん! ナミさんの様子はどうだ?」

「熱は大分下がったわ」

「そうか、良かった」

胸を撫で下ろすサンジに微笑んで応た後、ロビンはその表情を心配そうに変えて問う。

「トラ男君の方はどうなの?」

先ほど医務室に駆け込んできたウソップの慌て様と、フランキーの行っている消毒などの騒動を見て、ロビンは随分と事態が大事になっているらしいと悟り、状況を確認しに来たのだ。ウソップが医務室に駆け込んできたときはチョッパーから頼まれた薬品を探し出すのに集中していた為、ロビンはまだ詳細を知らない。

「さっきチョッパーが見に行った。あいつなら何とかするとは思うが……」

「一体どんな病気なの?」

「肌のほとんどが真っ白に変色してた。熱がかなり高いみたいでな。んで、何よりも治療法が見つかっていない病気だそうだ。チョッパーも治し方がわからない」

神妙に告げられるサンジの言葉。その隣で表情を固くするウソップ。その情報と二人の表情からローの容態と状況が随分と悪いことが分かり、ロビンは眉を寄せる。

「……でも、一度は治っている病気……よね。……トラ男君は能力で治したのかしら?」

「おれ達もそう思ってる。あいつもぶっ倒れる前は自分で治せるって言ってたんだ。……治す前にぶっ倒れちまってたわけだが」

「そう……トラ男君……あの能力は体力を削るって言ってたわね……」

「あぁ」

「……。」

ロビンにも、ローがこのまま弱る一方であれば最悪の事態に陥るだろうと想像がついた。ウソップが大慌てで医務室に飛び込んでくるのも納得だ。心配と不安が募るが、今はチョッパーに任せるほかないだろうと、ロビンは息を吐き、次の疑問へと目を向ける。

ロビンは目の前の大きなメカを見上げた。

「それにしても、随分と念入りに消毒するのね」

「あぁ。国をひとつ滅ぼした伝染病だとかでな」

「……国が……」

現状の理解に勤めていたロビンの思考は、国が滅んだという単語の前に引っかかり、止まる。

「あぁ。国民が一斉に感染したらしい。それほどの伝染力なんだってさ。ローもやけに近づくなって念押してやがった」

薄く開いたロビンの口から、周囲には聞こえない程の小さな声が紡がれる。

「肌が白く……伝染……国が……」

多くの本を読んで得た知識の中から、その引っかかりを引き出すロビンの目が泳ぐ。説明に意識を割いていたサンジは、ロビンの様子に気づいて小首を傾げる。

「ロビンちゃん?」

「……珀鉛病……」

軽く握った手を口元へと寄せ、思考の海を潜っていたロビンが答えを引き上げる。その瞳が、僅かに震えた。

「そう……確か、彼は……北の海出身だったわね……」

表情を曇らせるロビン。何か知っているのか、と、サンジは声をかけようとした。

ピク、と僅かに体を震わせ、開きかけた口を閉じ、サンジは表情を固くした。彼は倉庫の方へと目を向ける。同時に、その方角からドンッと物音が響いた。

「……なんだ?」

サンジの眉間に皺が寄る。音が聞こえる前にサンジを反応させたのは、殺気に似た気配だった。

見聞色の覇気によって感じ取っていたローの気配は常に不穏なものだった。それが一気に爆発したかのように、その気配が変動した。何か良くないことが起きているのは確実だった。

すぐにそこへ向かおうと体を向けるが、今度は背後から足音が聞こえ、動きを止められる。

「おい、なんだこの気配は」

「トラ男、何かあったのか!?」

小走りに駆けてきたのはルフィとゾロだ。彼らも気配を感じ取ったのだろう。一番現状を知らないゾロは困惑しているようだが、その手は刀へと添えられている。

「だぁ~~! 待て! おめぇらはそこで止まれ! おれが見てくるから! ウソップ、マリモとルフィに説明を頼んだ。倉庫にはぜってぇ入らねぇように言い聞かせてくれ」

「あ、あぁ」

伝染病という脅威を前に、この二人に好き勝手に動かれては困る。サンジは面倒な二人が来たと少し苛立ち、ウソップにこの場を全て丸投げした。

ウソップにもこの異様な空気がわかるのだろう。困惑に目を瞬かせた後、頷く。それを見届け、サンジは倉庫部屋へ向かって走り出した。その背を、ロビンが神妙な面持ちで見送る。

サンジは倉庫部屋までの僅かな距離を走る間、見聞色の覇気の使用に集中する。常なら凛として思考を気取らせないローの気配は、病気の発症からは常に乱れて不穏なものになっていた。強い不安感が渦巻いているような気配だった。それが、今はもう支離滅裂に乱れていた。多くの思考と感情がない交ぜになって読み取ることすら困難だ。そんな中、時々はっきりと聞こえる声があった。

―― 殺される

切羽詰ったその声。それだけが明確にわかるものだというのに、その意味がわからない。今、彼の周りに彼を害する存在などないというのに。

サンジは辿り着いた倉庫部屋のドアを叩いた。

「おい! チョッパー!! どうした!?」

「待って!! 入っちゃダメだ!」

チョッパーの緊迫した声にサンジはどうすればいいのかわからず顔を顰める。扉の向こうでは争っているかのような物音が聞こえる。病床に伏せていたローが何故このような気配を出しているのかわからない。暴れていると思しき人物はローなのか。何で? あの言葉の意味は?

「サンジ」

解決しない疑問がぐるぐる回るサンジの思考を裂いた声。背後からかけられたそれに振り向く。

「ロビンちゃん」

「私が見てくるわ」

ロビンはサンジの元へ歩み寄るなり、腕を交差させて目を瞑る。彼女が能力を発動させるとき特有の体勢だ。

渡りに船だ。ありがたい、とサンジは静かに頷いた。

 

ロビンはまず倉庫部屋の中に目だけを咲かせる。倉庫はロビンの記憶より物が大きく移動しており、先ほどの物音の原因か、荷物の箱がひとつ転げて中をぶちまけていた。その奥でチョッパーがローを抱えているのが見える。ローの意識はもうないらしく、チョッパーはローの体を横たえて毛布をかけるところだった。

ロビンは咲かせた目を閉じると、次は分身を咲かせる。本体であるロビンと同じ体勢のまま咲いた分身は、ゆっくりと目を開ける。こちらに背を向けて座り、ローを見ているチョッパーへと歩み寄る。

「チョッパー、どうしたの?」

「ロ、ロビン!? だめだよ、入ってきちゃ!」

びくっ、と体を震わせて目を丸くしたチョッパーが慌てて声量を抑えながら言う。ロビンは安心させるように微笑んだ。

「大丈夫よ、分身だから。それより……」

ロビンは倒れて中身をぶちまけてしまった荷物の箱へ視線をやる。よく見ればその下敷きにチョッパーが持ち込んだ薬がいくつか割れて転がっているようだった。それからぐったりと意識を失うローの顔へ。その真っ白な肌を見た後、次にチョッパーへと視線を移す。チョッパーの頬が少し腫れているように見えた。

何が起きたのか無言で確認をするロビンを見て、チョッパーは視線を落とした。座り込んだ膝の上の拳が震える。

「おれは……診察の仕方を誤った……!」

「チョッパー……?」

チョッパーはゆっくりと人型から元の姿へと戻る。チョッパーの体積が少なくなる分、着ていた防護服はしわくちゃになってその場に落ちた。チョッパーはおずおずと防護服から抜け出て、それを畳み始める。

「ちゃんと、予測できることだった……」

ロビンはただ静かにチョッパーを見ている。チョッパーは顔を上げることができず、苦しげに眠るローを見つめた。同じ様に、苦しみに塗れた表情で、見つめた。

どうして気づかなかったんだろう。そう、チョッパーは己を責め立てる。

珀鉛病は滅びたあの国でしか発症例がないことを、チョッパーは知っていた。その国がどうやって滅びたのかも知っていた。人の手によって、戦争によって滅びたことを知っていた。悲劇と称されたそれが戦争とは名ばかりの虐殺であったことは、今思えば簡単に想像がつく。病に苦しむ国民が自ら国を出るべく武器を取ってはいるが、中には戦闘を好まぬものも、病の進行により病床から出られぬものもいたはずだ。それら全て、一人残らず殺されているはずだ。珀鉛病患者は全て、その国で亡くなっていると、誰一人国外へは出なかったと、チョッパーが読んだ本には、そう書かれていた。そうすることで、恐ろしい伝染病は抑えられたのだと、そう書かれていたのだ。

そんな敵国が、伝染を恐れて防護服を着用していたことくらい、記述になくとも十分読み取れたはずだったのだ。

だから、珀鉛病を発症しているローに、防護服を着用して接することが、彼にとってどういう意味になるかも、気づくべきだったのだ。

防護服を抱え込んだ腕に、思わず力がこもる。

「……」

その姿を黙って見ていたロビンは少し屈み、そっとチョッパーの頭を撫でた。

「チョッパー……」

その気遣いが返って苦しかったのか、チョッパーはロビンの手を拒絶するように頭を軽く振るう。

「おれは、なんともない……おれは……。トラ男は、悪くないんだ。おれが……おれが……」

そっと手を戻すロビンへ、チョッパーは防護服を差し出す。

「これは、もういらない。部屋から出しておいてほしい。ごめん、殺菌だけ、お願いしていいかな」

「わかったわ」

ロビンはそれを受け取ると屈んでいた体を起こす。体を出口へと向けかけ、そこで動きを止める。

「……白い町……フレバンス、だったかしら……本で読んだことがあるわ」

「!? 何か知ってるのか!? 珀鉛病について、何か書いてあったか!?」

弾かれたように顔を上げ、ロビンへと顔を向けるチョッパー。ロビンもまた、再びチョッパーへと顔を向けるが。静かに首を横に振る。

「いいえ、どのような病気なのか、その説明だけで治療法は何も。ただ、その国で、どんな悲劇が起こったのか。その歴史の一端が語られていただけよ」

ロビンには、この場で一体何が起きたのか、説明されずとも理解できた。珀鉛病によって生まれた迫害と戦争の歴史を、彼女は知っている。珀鉛病だと聞いたときから、それがローのトラウマに触れることではないかと、もとより心配していたのだ。

白い町の悲劇を語る本。それを読んだとき、ロビンはその本を、書かれている通りには読まなかった。彼女は彼女の経験則に基づいて著者があえて文にしなかった歴史を読み解いていた。戦争と書かれた裏で起こっただろう虐殺も、病を広めないためと書かれた裏で行われた迫害も、欺瞞にまみれた文から滲み出て見えた。

だが、チョッパーは自分とは違っただろうと、ロビンは思う。医学の一旦として知識を得たチョッパーが、病以外の戦争の話まで深く知っていたとは思えない。この優しい船医が、悲劇と書かれた本の裏にある残酷な現実をどこまで想像できただろうか。それを想像できなかったのは、確かに、チョッパーの考えが足りなかったからだ。だが、ロビンは思う。彼が彼だからこそ想像できなかったのだと。病に苦しむ人を我が身可愛さに殺す者とは違う。それどころか、我が身を捨てて助けようとする彼だからこそ、思いつきもしなかった。ただそれだけなのだと。

ロビンは真っ直ぐ、チョッパーの目を見る。とても綺麗なその目を。

「チョッパー、あなたは治療をするために行動をしたの。……何も恥じることはないのよ」

ロビンの言葉に、チョッパーの顔が泣きそうに歪む。

チョッパーはこの船の皆を守るべく、そしてローを守るべく、医者として最善の方法を必死に探した。これが最善と思って動いたのだ。実際、医者であるチョッパーまでも病に倒れてしまっては、まだナミの容態も完全には落ち着いていない現状、麦わら一味が壊滅する事態に陥りかねない。チョッパーの行動を責められる者などいない。

それでも、この優しい船医は自分を責めることを止めないだろう。チョッパーやロビンが考える通り、もしローがフレバンスの悲劇の生き残りだとするならば、その過去の傷は察して余りある。悪意のない行動とはいえ、自らの行動をきっかけに、その深い傷を抉ったのだと思えば、自責を覚えずにはいられまい。

未だに苦しげな顔をするチョッパーに、ロビンは目を伏せる。

「みんなには、私から話しておくわ」

「……うん、ありがとうロビン。それから、おれはもうこの部屋から出ないようにするから、ナミを見ててほしいんだ。様子がおかしかったら、教えてくれ」

まだ落ち込んではいるが、それでもチョッパーの目が医者としての決意に満ちた強い光を宿しているのを見て、ロビンは微笑む。

「えぇ。これだけ片付けたら、部屋の掃除、手伝いにくるわね」

 

倉庫部屋の外で、本体であるロビンは目を開けた。そこにはじっとロビンを見るサンジの姿がある。中の会話のいくつかは漏れ聞こえていただろうが、彼には何が起きたかさっぱりわからなかっただろう。説明を求める眼差しに、ロビンは安心させるように微笑む。

「大丈夫よ。私たちは医務室へ戻りましょう。ちょっと物を運びたいから、今はここにいない方がいいわ。何が起こったかは、そこで説明するから」

それだけ言って、ロビンは医務室へと向かう。サンジは心配そうに一度倉庫部屋へと顔を向けたが、すぐロビンに従いついてきた。

 

 

 

「珀鉛病によりひとつの国が滅んだ。その出来事は、白い町の悲劇として本で語られているわ」

医務室ではウソップとフランキーが心配そうな顔をして待っていた。サンジと同じく状況の説明を求める彼らに、ロビンは椅子に座って語る。

「その国の名前はフレバンス。内陸国だったフレバンスは周囲を違う国で囲まれていたけど、国家間の関係は良好で、輸出産業によりとても栄えていたそうよ。それが、珀鉛病という伝染病で一変した」

ロビンの説明に、ウソップは相槌に頷く。

「病気でその国の人はみんな死んじまった、んだよな」

ロビンはウソップの言葉に、静かに目を細める。彼もきっと、チョッパーと同じだ。

「……いいえ」

そっと目を伏せロビンは言う。ウソップはわけがわからず小さく小首を傾げて固まった。そこで否定の言葉が入るとは思わなかったのだ。フランキーも「ん?」と小さく声を上げる。その横で、サンジが顎に手を当て表情を険しくしていた。“内陸国”というロビンからの新たな情報に、彼は勘付いたのだろう。

「戦争が起きたのよ」

「はぁ!? 戦争? 何で?」

目を丸くして言うウソップ。サンジはため息のように深く息を吐き出していた。

ロビンは続ける。

「珀鉛病は見る見るうちに広まったそうよ。それも、肌が白くなるという視覚的にとてもわかりやすい症状。それまで例のない未知の伝染病を患うフレバンス国民を、周辺国は恐れたわ。そして、国境に鉄柵を作った。感染者が国外に出ないように……感染者をホワイトモンスターと呼び、鉄柵の周りに兵士を置いて、珀鉛病患者が鉄柵を越えたら射殺したそうよ」

「な……」

ウソップが顔を蒼白にして絶句する。

「病気に苦しむ国を、丸々見捨てたってぇのか……」

フランキーの声は地の底のように低かった。

「輸入も輸出も途絶えてしまった国には、食料も薬も、なくなっていくだけだったでしょう。他国での治療を求めてフレバンス国民は何とか国境を越えようとし、何度も殺された。……やがてフレバンス国民は武器を手に取るわ。その反撃にと、他国はとうとうフレバンスに攻め込んだ。そうやって、戦争が起こったのよ」

「……」

重くなる部屋の空気。誰もが黙り込む。ここまででも十分胸が苦しくなる話だ。だが、先の、チョッパーとローの間に起きた悲しい出来事をもう起こさないようにするためにも、ここから更に踏み込む必要がある。ロビンはどうしても重くなる口を、ゆっくり開く。

「珀鉛病患者が他国に受け入れられた記録は、どこにもないわ。だから、この病気の情報は異様に少ないのよ。研究がまともにされていないから。この意味が、わかる?」

「……どう、いう」

ウソップの声はからからに乾いていた。

「その戦争で、フレバンス国民は全員死んでいる。そういうことよ。……国民全員が、武器を手に取ったと思う?」

ウソップとフランキーの目が、ゆっくりと見開かれていく。サンジの表情が更に歪む。

「争いを望まぬ者もきっといたわ。武器を取る体力すらない病に蝕まれた者も、幼い子供も、老人も、女性も、きっと、命乞いをする人もいたでしょうね。でも、誰もがその戦争で死んでいる……それはもう、戦争なんかじゃなく……ただの虐殺だったでしょうね。ただの戦争であれば、降伏すればそうそう無意味に命は奪われないわ。でも、フレバンスは、全ての命が失われるまで殺戮が続いたのよ」

ロビンは酷く疲れを感じながら言った。

「尊い犠牲をもって、脅威は全て排除された。そう、残っているわ。確か、十五年くらい前の話よ」

言葉を無くしたウソップとフランキー。その隣で、サンジは低い声で確認する。

「……ローは、その国の生き残りってこと、なんだよな」

殺される、殺される、と、色んな感情でない交ぜになってただろう中で確かに聞こえた声。その意味が、サンジにはようやくわかった。あの時、ローが正気でなかったのは気配から読み取れていた。それだけの体験をした病の再発症だ。酷い悪夢でも見て錯乱したのだろう。眠っている間も、ずっと不安定に気配が揺れていたのだから。

ロビンは小さく頷いて肯定した。

「おそらく。……どうやって生き延びたのかは、わからないけれど……そうでなかったにせよ、珀鉛病を取り巻く迫害を、彼も受けたと見るべきでしょうね」

ウソップとフランキーの見開かれた瞳が震えている。想像を絶する内容を、それでも必死に理解しようと努力し、無慈悲な過去に怒りと悲しみに暮れている。そんな彼らを……ウソップを、悲しませるだろう言葉を紡ぐことに、ロビンは少し躊躇った。でも、言わなければならない。

「……珀鉛病の伝染を恐れる者達がフレバンスに攻め込むとき……彼らは皆、防護服を、着ていたでしょうね」

「っ!!」

ウソップの体が大きく震える。ロビンは目を伏せた。

「珀鉛病を発症したところへ、防護服の姿で近づいてしまった。……きっと、殺されると思ったのよ。だから、暴れたのでしょうね」

「そんなっ、おれたちはっ!」

そう言いかけて、すぐウソップは押し黙る。病に倒れた弱き人々を一人残らず殺すような外道たちと同じに思われたくなかった。いくら短い付き合いとはいえ、自分達がそいつらと同じ行動をとるとローに思われたのが心外だった。だが、きっと彼は、そうやって同じ病気に苦しむ者たちを皆殺しにされるのを見てきたのだ。自分達ですら、珀鉛病と知られれば殺しにかかるかもしれないと、そう思い込んでしまうほどの経験を、彼はしてきたのだ。そう考え至り、ウソップは顔をくしゃくしゃに歪めて俯く。

「そっか……悪いこと、しちまったな……」

「……仕方ねぇだろ。ローも意識がはっきりした状態じゃなかった。間が悪かった」

サンジのフォローに、ロビンも小さく微笑み頷く。そう、ただ間が悪かった。それだけなのだ。

「チョッパーは倉庫部屋に篭るそうよ。防護服は、やめておくって」

ロビンは微笑んで言う。そういう者たちなのだ。致死率百パーセントの伝染病を前に、防護服を脱いで病気と戦う。例え、それが一味の危機に繋がるとしても、目先の苦しむ人を放っておけないのが、ロビンの誇る、麦わらの一味たちなのだ。

「私も定期的に分身を送って様子を見るわ。きっと、チョッパーならトラ男君を助けてくれる。トラ男君さえ元気になれば、きっと能力で珀鉛病は治せるでしょうしね」

重くなった部屋の空気を軽くさせようと、ロビンは微笑む。三人も、チョッパーが見せた決意を知って顔が変わっていく。

「その為にも、私たちには私たちのやれることをやりましょう」

ロビンの言葉に、三人は力強く頷いた。

 

 

 

「ぎゃぁああああっい、い、あう、うおぉお……」

「これでローの能力についてはよくわかっただろう? こいつを握りつぶせば、てめぇはすぐにお陀仏だ。嫌ならさっさと能力を解け」

船の甲板で、サンジは心臓片手にワズワズの実の能力者を見下ろしていた。地面に這いつくばって転がる男は心臓を直接握られた苦しみにのた打ち回っている。

サンジとロビンはあれから二人で甲板へ出た。ロビンはルフィやゾロ、ブルックへの説明のために。そしてサンジは、この能力者の男と話をする為だ。甲板のど真ん中で雑に転がされていた男は丁度意識を取り戻したところだったようで、サンジたちを睨み付けていた。そしてサンジは挨拶代わりに男の心臓を取り出して、今に至る。

ようやく荒い呼吸を収め、顔を真っ青にした男がぶんぶんと首を横に振った。

「む、無理だ……!」

「あぁ?」

サンジの顔に影が差す。今にも心臓を握る右手に力が込められそうなのを見て、男は慌てて言う。

「わざとやらないんじゃねぇ! できねぇんだ! 能力が発動し続けているわけじゃねぇんだ、仕方ねぇだろ!?」

病を再発させるまでが能力の使用で、以降は男の能力からは離れたものだと、そういうことらしい。やるだけのことはやってあとは知らないという随分と無責任な能力に、サンジの顔に差す影が濃くなる。

「……てめぇ、そんな能力持ってんだから治療もできるんじゃねぇのか。病を自在に操れるんだろう?」

「おれは医者じゃねぇんだよ……! 攻撃は簡単だが、治療となったらそう簡単にできるもんじゃねぇ! へへ、そもそもてめぇらに与えたのは体が記憶している病の復元だ。おれにはどんな病かもわかりやしねぇ」

「わからねぇのに攻撃なんてできんのか」

「人間は一度毒だの病だのに侵されるとそれに対する免疫をつけるべく抗体ってもんを持つだろう? 人間の体はほんとすげぇよなぁ! しっかり体が病を覚えてるってわけさ! そこをおれがちぃとばかし能力で弄ってやるわけよ」

ふと、ルフィがサンジの元へ歩いてきた。まだロビンから説明を受け初めて間もないはずだが、あまり人の過去に興味を持たない性分だ。必要最低限の話だけ聞いて終わらせたのだろう。

それに構わず、ワズワズの実の能力者は説明をペラペラと続ける。

「へっへっへ。最初は空気内にある病原菌を動かして、なんて微妙な能力だと思ったんだけどよ、これに気づいてからは便利になったもんでな、グフッ!」

おもむろにルフィが男の頭を殴った。

「うるせぇ! いいから早くトラ男を治せよ!」

「だから治せねぇつってんだろ! 何のために説明したと思ってやがんだ!」

はぁ、とため息をついてサンジは男に背を向けた。その背の向こうでもう一度ルフィが男に拳骨を与えている。

男が病気を消すことができたのなら、それが一番手っ取り早い解決策だったというのに、それも絶たれることになった。あとはもう、チョッパーに任せるしかない。

せめて病と戦う者たちのために、おいしい飯を食わせてやろうとサンジはその場を後にした。

 

 

 

 

あれから三時間が経過した。もう日は落ちてしまったが、窓のない倉庫ではわからない。時計を見てチョッパーはひとつ息を吐く。

倉庫部屋はロビンとフランキーの助力により人の住める小部屋にまで改装された。代わりに、倉庫部屋の入り口周りには荷物が積み上げられている。荷物の出し入れにはロビンの能力を使用した。バケツリレーの要領で大量の腕を咲かせ、音を立てることなく荷物を運んで見せた彼女の能力。そのおかげで、これだけの荷物を移動してもローが目を覚ますことはなかった。

フランキーが作った小さなローテーブルに機材や薬を所狭しと並べ、チョッパーは珀鉛病について調べながら、時々すぐ隣に眠るローの様子を見ていた。

あの後、ローはひどく衰弱し、元から酷かった熱も更に上がっていた。だが、今は解熱剤や鎮痛剤の投与、点滴などの甲斐あってか、顔色も少し良くなって見える。それでも病による痛みからか、それとは違う理由からか、その表情は常に苦しげであった。

額に乗せたタオルを変えようと、チョッパーが手を伸ばす。すると、ぴく、とローの瞼が痙攣するように動いた。覚醒の兆しにチョッパーが息を詰める。

ゆっくりと瞼が持ち上がり、金の目が僅かに露わになる。チョッパーは恐る恐るローに話しかけた。

「トラ男……?」

また先程のようにならないだろうか。そう心配しながらローの金の目をじっと見つめる。焦点が合わない瞳がゆるゆると動く。瞼は酷く重そうで開ききる様子はない。

「トラ男……大丈夫か? おれがわかるか?」

呼びかけに応えるように、金の瞳がわずかにチョッパーへと向く。

「状況はわかるか? 敵の能力のせいで、トラ男は今、昔の病気を再発症してるんだ。おれ、頑張って治療法探してるんだけど、やっぱり簡単には見つからなくて……トラ男、自分で治せるか? トラ男の力だけが頼りなんだ……!」

チョッパーはローに声をかけながら、悔しさに歯噛みする。今まで休むことなく治療法を探し続けているが、解決の糸口は見つかっていない。目の前の病で苦しむ患者に頼るしかできない不甲斐なさが悔しくて仕方なかった。難病とされている病気だ。もとより簡単には解明できないだろうと思っていたが、ウイルスや細菌といった病の原因すら見つからない。やはりロー自身の能力による治癒以外に、彼を助ける術はない。

祈るようにチョッパーはローを見る。ローは一度状況を確認するかのようにゆっくり辺りに視線を巡らせ、僅かに身じろぎ、体を横にした。それによりローの額に乗せていた冷やしたタオルが床に落ちる。チョッパーはそれを拾いながらローの一挙一動に注視した。

ふと、毛布で隠れるローの胸のすぐ下辺りに青い球体が生まれた。それは普段チョッパーが見てきた巨大なものとは違ってローの胸を覆う程度のもので、一瞬何なのかわからなかった。だがすぐにそれが彼が能力を使用する際に作る青いサークルであることに気づいてチョッパーは息を呑む。

「治療、できるんだな!?」

チョッパーは喜びの声を上げたが、ローの表情が苦しげに歪んだことに気づいてすぐに表情を強張らせる。

「トラ男!」

「……っ」

息を詰め、何かに耐えるようにローは身を縮める。青いサークルは不安定に濃さを変え点滅しているように見えた。ローの額に汗が滲む。チョッパーはそっとその額の汗をタオルで拭う。その感触にローがチョッパーへと目を向けた。未だ焦点の合わないそれはチョッパーのことをほとんど認識できていないように見える。それでも、視線の先に誰かがいることはわかっているようだ。

「トラ男……っ、がんばれ……っ!」

だから、チョッパーは必死に声をかけた。半分も開かれていないローの目が、不思議そうにパチパチと瞬く。やがて、チョッパーの声に応えるように、ぐっと目を瞑って体を強張らせる。青いサークルが少し安定する。ローが息を詰めるのと同じように、チョッパーも息を詰めてそれを見守った。

やがて詰められていた息がふっと吐き出され、そのままぜぇぜぇと荒い息に変わり、こわばっていた体から力が抜ける。青いサークルは消失した。ローは一度薄く目を開いたが、すぐに閉じられ、そのまま意識を失った。

「トラ男……」

少しは治療が進んだのだろうか。傍から見るチョッパーには何もわからず、ただその汗を拭ってやることしかできない。全身にジワリと滲む汗を拭ってやるべく、かけられた毛布をどけたとき、チョッパーはそこに真っ白な、粉に近い細かなものが落ちていることに気づく。それが、ローの体を蝕んでいる白いものの正体であることにも。

「こんな……小さな……」

それはチョッパーには除去の仕方がまったくわからないものだ。能力があるとはいえ、これを体から除去できるその実力に舌を巻くしかなかった。

それでも、ローの肌は今までと変わらずまだ白い。まだまだ完全な除去には程遠いように見えた。能力の行使により熱もまた上がってきている。長期戦になりそうだ。それでも、ローが能力を使用し僅かでも治療できたという事実が、チョッパーを安心させた。油断はならないが、意識も定かでないローが見せた頑張りに、チョッパーは励まされる。

治療法を見つけるのは難しいが、決して諦めない。直接な治療以外に、彼の体力回復を助け、痛みを和らげることならできる。ローがこれだけ頑張っているのだ。チョッパーが支えてやれば、きっと回復する。

「トラ男、絶対助けるからな!」

眠るローに、チョッパーは力強く声をかけた。

 

 

 

 

珀鉛病を治すための医者探しは、ローにとって、とても辛いものだった。

病院の匂いと雰囲気は慣れ親しんだはずのものだ。そこが家のようなものだったから。なのに、その場からすぐに追い出されることになる。醜い罵声と共に。

―― 皆殺しにされたはずだろう! 何故生きているんだ!?

そう驚愕に表情を歪ませて、声高に医者は言うのだ。今すぐに出て行けと。

その瞳に、わずかな罪悪感が滲むのを見たこともある。それでも、この場から消えてくれと、そう懇願するように誰もが睨み付けてくるのだ。

そんな目を見ると、どうしようもなく、ローの胸は苦しくなる。息が苦しくなって、喉の奥がきゅっと締め付けられる。悲しくて、悔しくて、苦しくて、こんな世界は壊れてしまえばいいと、必死に世界を呪う。それが逆に、自分ひとりが世界から弾き出されているのだと自覚させられ、体が震え上がる。

心のどこかで、彼らの言っていることは間違いではないと、仕方のないことだと、そう、ローは、わかってしまった。珀鉛病は伝染しない病気だ。だが、もし伝染する病気だったのならば、彼らの行動は……仕方のないことかもしれないと。そうする以外に、自分たちの身を守ることができないのだから。大切な家族を、患者を、友人を、隣人を、守るために……その為に、彼らは戦っているのだ。ローが彼らの立場だったのなら、同じことをしなかったと断言できるだろうか。

だが、だからこそ、それを理解してしまうからこそ、ローは苦しんだ。

彼らの言葉を正しいとするならば、ローの命こそ間違っているということになる。フレバンスの人たちが、両親が、妹が、殺されたことは正しかったということになる。

とても許容できることではない。どうしようもなく憎い。だが、彼らはついこの前までは、確かに隣人で、なんらローと変わらぬ、同じ人であった。

「お前ら! それでも医者か!!」

そんな彼らを、コラソンは殴り飛ばす。お前たちは間違っていると暴れまわる。

殴られた医者は、コラソンに狂人を見るような目を向け、必死に電伝虫を取ってどこかへ通報しようとする。それを見て更に怒るコラソンの腕を、ローは強く引っ張った。

「もういいよ! コラソン!」

ローにはもう、コラソンに殴られる医者達が、僅かにだが、哀れにすら思えた。きっと彼らは間違ってはいない。これは仕方のないことで、むしろ彼らの平穏を脅かす自分たちの方が異端なんだとすら思うことがある。

異端は異端らしく、世界を呪って壊して、そうやって苦しみを紛らわせながら生きるしかないと。だからもう、無理に普通の世界に戻らせようとするのはやめてくれと、そう思った。むしろこうやって、普通の世界に接すれば接するほど、自分が世界から弾き飛ばされたことを自覚してしまって辛い。今まで普通に享受し、幸福に暮らしてきた愛おしい世界には戻れないのだと、見せ付けられて辛いのだ。

それでも、コラソンは怒り続けてくれた。コラソンだけはローを、世界を呪う異端児でもなく、恐ろしい伝染病患者としてでもなく、ただ病気に苦しむ哀れな子供と思って優しく接してくれるのだ。

それは、ローの心を救った。

熱が出たら優しく額に手を当てられ、その眠りを守ってもらえる。これ以上悪化しないようにと心配してもらえる。その命が健やかに育つようにと愛を注がれる。たった数年前には、当たり前のようにあった世界。今はもう、決して受けられないと思ったそれを、コラソンは与えた。

だから、ローは数年前の、ありのままの自分を取り戻し始めていた。彼の隣に居続けることで、いつしかローは世界を呪う気持ちから解き放たれていた。だからこそ、珀鉛病を怖がる者たちの心を理解できるまでになったのだ。

「もう、病院はいいよ。おれだって……嫌なだけだし……病院の人らも、怖がらせちまうだけじゃねぇか」

病院から追い出され、逃げ出した先で、度々ローはそう訴えた。珀鉛病を持った人間に突然侵入されて、今頃殺菌や後始末に大変だろうなと、ローは思う。医者というのはそれでなくとも忙しく大変な仕事なのだ。やつらのことなどどうでもいいとは思うが、その大変な職のことを良く知るが故に、少しだけ哀れに思う。

ローはもう、世界を呪わなければ保てなくなるような激情を持ってはいなかった。むしろ、自分はもう、いいやと。そう、思っていた。だって、隣には、こうして、どれだけ人々に口汚く罵られ、追い出されたとしても、ずっと一緒にいてくれる人がいるから。

だからもう、この人さえ傍に居てくれれば、このまま病気に蝕まれ死んでいってもいいと思えていた。もとより治ると思っていない体だ。それをわざわざ周りに騒がれてまで生き長らえたいとは思わない。そう思うほどにローは何度も世界に弾き飛ばされる日々に疲れていた。

「馬鹿言ってんじゃねぇ!」

それでも、コラソンは怒る。どれだけローが自身を恐れる医者たちに理解を示しても、ロー自身が彼らに怒ることに疲れ、諦めてしまっても、コラソンは彼らを許そうとはしなかった。諦めてはくれなかった。

「おれはわからねぇ! わかりたくもねぇ! あんなのは医者じゃねぇ! ロー、ちゃんとした医者は、ぜってぇどこかにいるはずだ! お前をちゃんと治してくれる医者が! だから絶対、諦めるな!」

ひでぇ夢物語だなと、ローは思った。だが、彼がそうやって怒ってくれるからこそ、ローの苦しみは和らげられた。胸にじんわりとした温かさが染みて、この凍えるような冷たい世界でも、ありのままに生きていられるのだ。

 

 

 

 

話し声が聞こえた。遠くから聞こえるようだったそれが、徐々に近くなっていく。それに連れ、ローの意識は鮮明になっていった。体が重く、鈍い痛みが続いている。頭にぼやがかかったかのように意識がくらくらするのは熱のせいだろう。

近くに人の気配がある。だが、不思議とローは何も警戒することなく現状を受け入れていた。遠い昔、熱を出して寝込んでいたときに父と母がすぐ近くで会話している。そんな、あのときのような感覚があった。

「ナミの様子はどうだ?」

「熱も微熱程度に下がったし、大丈夫だと思うわ。引き続き私たちでしっかり診てるしね。安心して、チョッパー」

「あぁ、ごめんな。任せっきりにして」

ぼんやりと聞いていた会話。それが記憶を揺さぶり、現実へと浮上していく。

あぁ、そうだった。とローは思い返す。ここは麦わらの一味の船の中で、おれは、敵の能力で珀鉛病を再発症したのだと。

ローは重い瞼を開いた。滲む視界の先に、こちらに背を向けるチョッパーとロビンがいた。

「一人で心細くない?」

「おれは大丈夫だ! ロビンもこうやって見に来てくれるしな!」

「ふふ、頼もしいのね」

穏やかに会話する二人。ふと、ロビンがローへと顔を向け、目が合う。

「あら」

まだ完全に覚醒しきってないローの意識は、ただ目の前にある景色を茫然と見ていた。鋭さを宿さないあどけないローの顔を見て、ロビンは目を見開いた後、僅かに眉を寄せてくすっと笑う。

「ごめんなさい、起こしちゃったわね」

「えっ!?」

チョッパーがぶんっと振り向く。そのまま慌てて駆け寄ってくる姿に、ローは少し目を丸めた。

「トラ男! 気づいたのか! おれがわかるか!?」

困惑した様子のローは瞬きだけを繰り返しているが、金の目にしっかり自身を移す彼の姿を見てチョッパーはほっと胸を撫で下ろした。

「あぁ、良かった……トラ男、ずっと意識がなかったから、おれ、心配で……」

そういえば、とローは思い返す。夢うつつに自身を治療した覚えがある。そのときもチョッパーが必死に声をかけてくれていた気がすると、曖昧な記憶を呼び起こす。ローは随分と世話になってしまっていることを知り唖然とした。同時に、疑問が浮上する。

トニー屋は、珀鉛病のことを知らなかったのだろうか。

「あ、ナミも起きたみたい」

ローの様子を見ていたロビンが、ふと虚空へと視線をやって呟く。

「ナミを見てくるわね」

「あ、あぁ! 頼んだ、ロビン」

ロビンは微笑んで頷くと、ふわっと花びらを散らして消えた。その花びらが床に落ちて消えていく様を目で追いながら、ローは先の戦闘で真っ先に倒れた人物のことを思い出す。

「……トニー屋……」

酷く掠れた声が出て、ローは顔を顰めた。

「あ、ごめん! ちょっと待っててな」

チョッパーがすぐに吸い飲みを手にしてローの口元へと運ぶ。ローは体を起こそうとしたが、頭を上げただけで目が回りそうになる。

「だめだよ、無理に動いちゃ」

しょんぼりした顔でそう窘められ、ローは諦めて小さく口を開いた。ゆっくりと吸い飲みが傾けられ、少量の水が入り込む。口を湿らせる程度に留め、ローは手で制そうと身じろぐ。すぐに意図を察したチョッパーは吸い飲みを傾けるのをやめる。ローは一つ息を吐いてからチョッパーを見上げた。

「トニー屋、お前……おれに、付きっ切りになっているのか……」

「トラ男は何も気にすんな! 今は自分の体のことだけ考えるんだ」

間髪いれずに告げられるチョッパーの言葉をローは聞き流して状況の確認を続ける。

「ナミ屋も、具合、悪いんだろ」

「ロビンたちが診てくれてる。何かあったらそのときは、おれも行くし」

ローは違和感に気づいた。元より、疑問があったのだ。チョッパーほどの知識を持つ医者であれば、珀鉛病のことを知らぬわけがないと。チョッパーが真っ先に倒れていたナミを他の仲間に任せ、ローにかかりきりになっている状況にも違和感があった。そして、薄っすらと記憶にある、防護服。ほんの僅かに残る悪夢の記憶。わざわざこの場に分身で現れていたロビン。

それらの情報を繋ぎ合わせ、ローはまさか、と思いながらチョッパーに聞く。

「……トニー屋は、珀鉛病のこと、知ってるのか」

チョッパーは一瞬言葉を詰まらせた。どう答えるべきか迷うチョッパーの表情を、ローは静かに見る。

「うん、治療法の見つかってない危険な病気は、ちゃんと記憶してる」

「……。」

少し悲しそうな表情。帽子から飛び出た耳がしゅんと垂れる。そこにローを恐れる姿はなかった。ふと、彼の頬が少し腫れていることにも気づいた。

ローはまさかと思っていた自分の予測が当たっていることを知り、目を瞬かせる。体から、力が抜けた。ローは思わず呆れた。自分の想像を遥かに超えた彼らのお人よしっぷりに。

ふっと息を漏らしたローの口元は、綻んでいた。

「トニー屋」

「ん?」

視線を下げていたチョッパーが名を呼ばれ、ローを見る。チョッパーの表情から珀鉛病を発症した人々の末路を知っているだろうことも推察できた。知っていて、ローの過去を悲しんで見せている表情なのだとわかった。ローは穏かに言う。

「珀鉛病は、伝染しねぇ」

「…………えっ……?」

ローとは対照的に表情を強張らせて硬直するチョッパー。だが、ローはチョッパーがどんな反応示したとて、一切動揺する必要はなかった。ただ淡々と、ひどく穏やかな心持ちで伝える。

「だから……伝染を気にして、ここに篭る必要はねぇよ」

「……。」

「信用ならねぇか?」

黙り込んでしまったチョッパーに、ローは静かに笑う。それは嫌味な笑いなどではなく、変わらず穏やかなものだ。ローはチョッパーに一切の警戒を持たない。持つ必要がなかった。

「いや、……そんなんじゃ、……」

ローの心情を知らないチョッパーだけが慌てて首を振り、それでもローから告げられた真実の重みを受け止めきれずに言葉を震わせている。

「ナミ屋のこと、気になるんだろ。問題ねぇ。行ってこい」

「…………トラ男……」

「万が一感染しても、ちゃんと責任とって治してやるよ」

昔、珀鉛病は伝染病ではないと、必死に訴えたことがあった。本当に、必死に。怯えと焦燥に体を緊張させて、必死に訴えた。やがて諦め混じりに伝えるようになり、最後には一切伝えることをやめた。

それが、こんなに穏やかに言える日がくるとはと、ローは感慨に耽る。

あの頃は、何とか信じてもらおうと必死だった。だが、今はもう信じてもらえなくてもいいとさえ思える。例え信じてもらえなくとも、たとえ本当に伝染病だったとしても、チョッパーはローが数え切れないほど見てきた表情を向けることなく、ローを着替えさせ、毛布をかけ、点滴を準備し、すぐ隣で看病していたのだから。

「…………そうじゃ、なくて……」

どこまでも穏やかな心情のローと対照的に、チョッパーは瞳を震わせ、首を小さく振る。

「おれも、なんかおかしいって、調べてて、思ったんだ。これ、ウイルスとか、細菌とかじゃないって……でも、それって……」

「トニー屋」

チョッパーの目にはどんどんと涙が溜まっていく。どこまでも優しい小さな医者の頭を、ローは白に侵食された手を伸ばし、撫でる。

チョッパーにはローがさらっと言ってのけた一言が、とても受け入れきれなかった。

だって、珀鉛病は伝染するから、自分たちの命を脅かされるから、伝染を広げないために……。そんな言い訳があったとしてもチョッパーには白い町の悲劇は受け入れがたかったのだ。それが、その病気が、伝染しない。

だったら、白い町の人々は、一体、何のために殺されたというのだ。

「……うっ……うぅううう……っ!!」

あまりの事実に、チョッパーは唸る。必死に奥歯をかみ締め、叫びだしてしまいそうな気持ちを必死に押し留める。肩を震わせ、激情に耐える。

チョッパーの目に映るローの表情は、穏やかだ。でも、その裏に諦めと悲しみが滲んでいるのがチョッパーにはわかった。そして、安堵と喜びが混じっているのもわかった。チョッパーがローを迫害しなかったから。そのことに、安堵している痛々しさが、苦しみが、チョッパーには痛いほどわかった。

震えるチョッパーの頭を、白い手が優しく撫でる。

「伝染するって思いながらも近づくような馬鹿は、お前が初めてだよ」

穏やかに微笑む、初めて見るローの表情に、チョッパーはボロボロと涙をこぼした。本当は耐えたかったのだが、無理だった。どれだけ泣いたって足りないだろうローが泣きもせずにチョッパーをあやすなんて、ダメなのに、本当は、反対でないといけないのに。

ローは頭を撫でていた手を、チョッパーの頬へと移す。少しだけ腫れていた頬を、そっと撫でる。

「悪かった」

薄っすらと残る防護服の者が現れた記憶と、何故か印象に残っているチョッパーの人型の顔。あれが夢の中の出来事ではなかったと悟り、ローは眉を寄せる。そして、チョッパーが何を思って防護服を着ずにここに居るのかを理解し、破顔する。

「ありがとう」

「うっ……うぅうううう!!」

チョッパーはただただ呻るように泣いた。ローの一挙一動が、全て過去の傷を物語っているようで、悲しくて悲しくて仕方なかった。

「ほら、一度ナミ屋を、見に行ってやれ、気になってんだろ」

幼子をあやすような、あまやかな声。苦笑交じりに告げられる言葉に、チョッパーはこくんと頷き、目を擦る。それでも、勝手に次から次へと涙は零れた。

「う、ん……すぐ、戻ってくるからな……!」

それだけ言って、タタタとかけていく優しい医者を、ローは胸に宿る温もりを感じながら見送った。遠い昔に感じたのと、同じ胸の温もり。

愚かで愛おしい。恩人に抱いたのと同じ感想をそっと抱く。かの恩人に無理やり付き合わされて探し続けた医者の姿が、確かにここにあった。

Comment

  1. あかまる より:

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    • 内緒 より:

      わーー! ありがとうございます! いつもTwitterでいいねしてくださってるあかまるさんであってますか!? コメント嬉しいです~~! ありがとうございます~~! うぅ、めっちゃ感情移入して下さってるのがすごいわかって嬉しいですっっっ。 もうほんと、私が妄想して感じ取ったことを、同じように感じ取って頂けるのがわかって、こういうのなんていうんでしたっけ、作者冥利に尽きるとかいうやつですか! なんかそんな感じです!! 嬉しいです! こちらこそ読んでいただけるだけでなく、感想を残してくださりありがとうございましたー!