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「ロニ、どうかしたのか?」
あまりにも、懐かしい声だった。
俺は本当の両親の声を思い出せない。代わりに、この人の声はいつまでも残っていた。
「ス、タン……さん……」
「はは、なんだよ。幽霊を見るような顔してさ」
スタンさんはあのときのままの笑顔で笑った。
体中が震えているのがわかる。ただ、それを感じるので精一杯になり、その他のことが考えられない。
「んー……よし、じゃあ俺が代わりに探してくるからさ!ロニ、あんまりジューダスと喧嘩しちゃだめだよ!」
俺にとっては非常に都合よく、カイルはこの場を後にした。
ここは、現実の世界じゃない。だが、それでもカイルを前にしてスタンさんとまともに会話をできる自信がなかった。あぁ、そうだ。ここ、現実世界じゃないんだ。えっと、えっと?
「ロニ」
名前を呼ばれて、びくんと体が跳ね上がった。
「なんだ?どうしたんだよ」
俺の反応を見てスタンさんがほんの少し困惑しながらも、変わらぬ能天気な笑顔を浮かべていた。ここにきてようやく気づく。俺の知っているスタンさんより、少し、若い気がする。
「あ、いえ……あの……」
「ん?」
少し違う。でも、でも違わない。スタンさんだ。大らかで、暖かい。そう認識したとたん涙腺が緩み始めて、俺は本格的に焦り混乱した。
「おいおい、どうしたんだよ?あ、そういえばお前、あっちの町に行ったんだって?なんだ、なんか嫌なことでもあったのか?」
「ちが……も、子ども扱いしないでくださいよ」
「はははは!でもまぁ、治安よくないからなぁ~」
「……スタンさんも、行ったことあるんですか?」
「あぁ。俺もスられたことがあってさー昔めちゃくちゃ怒られたんだよなぁ」
ゆるゆると語るスタンさんの言葉に集中することで、ようやく冷静さを取り戻し始めた。
何とか感情を切り離して現状を考えると、本当に不思議だ。不思議な世界だ。
目の前にいるスタンさんは、本物ではありえない。だというのに、本物にそっくりで。
きっとカイルが想像するスタンさんよりも正確だろう。あいつは本当に小さいときにスタンさんを亡くしたから、スタンさんのことは伝わる武勇伝から想像してるはずだ。そして、俺もそれに感化されることが多少あったから、多分、俺が思っていたのよりも、正確。
……あれ?
「でもさぁ。そんな悪い奴しかいないわけじゃないからさ。あんまり落ち込むなよ?」
そういえば、出会った当初も、あいつは英雄について何か言っていた気がする。
ノイシュタットでは、明らかに俺らよりも神の眼の騒乱について詳しく知っていた。だからこそ最初、俺はあいつに疑念を抱いたんだ。それが違う方向へ転じてからすっかりそのことを忘れていた。
「ロニ~?聞いてないだろ」
「あ、……はは、すいませ……えっと、誰に怒られたんですか?……って、ルーティさんか」
「あ~ルーティにも怒られたなぁ」
軽快に笑うスタンさんの顔からはあまり反省の色が見えない。
「ルーティさんに、も?」
「あぁ。何か、あんまり人のこと信じるなーとかさ、言われたなぁ」
スタンさんは変わらず能天気な声と笑顔で言った。
今までスタンさんそのものだった目の前の人が、その発言のときだけ、何故か違和感を感じた。作り物めいた何か、変な感じだった。
「あの……スタンさん、……ジューダスってやつ、知ってますか?」
あ、ちげぇ。この世界には俺があっちの町から連れ帰ったってことで皆に話してることになってるから、スタンさんが知らないわけがなかった。これじゃあ俺が聞きたいことは聞けねぇ。
「ん?ジューダス?誰?」
え?
「俺が、連れ帰った奴なんですが」
「ん?聞いてないけど?」
「いや、さっきもカイルが言ってたじゃないですか」
「え?カイルはあれだろ?ルーティからお使い頼まれて」
話が、どんどん噛み合わなくなってきた。
同時に、この町に蔓延る赤黒い鎖の存在が、気になり始めた。
鎖のせいですでに十分歪な世界だが、さらにそれが歪められているような、足元が覚束ないような、変な感覚。
「ロニ」
俺の名を呼んだのはスタンさんじゃなく、心の護だった。
「君、一度帰ったほうがいいんじゃない?」
「この状態を放ってか?ふざけんな」
「この状態だからこそさ。今、ちょっとこの世界不安定になってる。この世界の住人じゃない君にとっては危険なんだよ」
「尚更戻れねぇっつの!」
「まぁ、別にいいけどさ。……ねぇ、ダイブ、そろそろやめたほうがいいよ」
何度も告げられた入ってくるなの言葉。
今回負い目ができた分、一番辛く感じた。
「……さっきのは、悪かった。だが、俺は本気で」
「親しい仲でも、踏み込ませない領域は当然あるでしょ?三階層まで入ったら十分親しいくらいだよ。君、この世界のことちゃんと理解して入ってきてるの?」
リアラも、同じようなこと言ってたな。
「君だって坊ちゃんに見せたくないって思ってる部分とかあるでしょ?コスモスフィアはね、深い階層になるほど重い感情の塊が世界を作ってる。そういうのはほぼ、汚い欲とか怒りとか、本来隠しておくべきもので埋まってるんだよ。それは君の想像を遥かに超えた世界を作り上げている。それを目の前にして、その世界だけが坊ちゃんの全てじゃないなんて、冷静に考えられるようなできた人間、いないんだよ」
「決め付けんじゃねぇよ」
「君がこんな浅い階層で転ぶようなやつじゃなかったら、もう少し考えてあげるけどね」
「ぐ……」
「ねぇ、見てる限り、君だってあるんじゃない?人に話したくない秘密。本当に全て明かしたほうがいいって思っているなら、何で君はそれを明かさないの?同じじゃないの?明かしたら、後悔するような世界に変わるんじゃないかって、思ってるんじゃないの」
心の護の言葉は、すごく痛かった。ぐぅの言葉もでやしなかった。
だというのに、何故か心の護の声色が優しく感じた。ジューダスも、同じだから、だろうか。
本当に、何してるんだろうか、俺は。
人の秘密ばっかり暴こうとして、何て、最低だ。
わかんねぇ、わかんねぇ、わかんねぇ!
ふと孤児院側を見たら、スタンさんはもういなかった。
「あいつなら孤児院に帰ったみたいだよ」
無意識に、スタンさんに助けを求めたのか。俺は。
どんどんと惨めになっていく。畜生、畜生。
帰った方がいいのか?何で俺は何も知らなくてもあいつを信じて守ってやることができない?何でダイブを続けようとしたんだ?
痛みに塗れた表情が気になった。
俺を見て怯える姿が、すげぇ嫌だった。
全部知って、それでも何も変わらなければ、大丈夫だって俺が言ってやれれば、全て解決すると思った。
でも、それだったら無理にあいつの古傷見ようとせずとも、傷む部分を避けて仲間として信じてやれたら、それで済むことじゃないのか?
結局俺は、好奇心だけでここに来てるのか?
いや、見たくねぇところを見ないふりしてるだけなのが、本当にいいことなのか?
そんなの、上辺だけの適当な付き合いじゃないのか?
違う。そんなの、最初からあいつの隠してるもんを背負い込む覚悟があれば、気にしなくていいことなんじゃないのか!
畜生、わかんねぇ!わかんねぇ!
明るいはずの町に、いつの間にか暗い雲が立ち込めていた。
ポツポツと、雨が降り始めた。
あぁ、ひとつだけわかる。
俺は、すっげぇ未熟なんだ。
やがてザァァと音を立てて降り始めた雨は、地面を暗く塗りつぶしていた。
俺は頭をガリガリと掻き毟り、脱兎のごとく走り出した。
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話それたぁああああああああ!!!!!!
めっちゃそれたぁあああ!こんなの書く予定なかった!ロニのこんな葛藤なんて書くつもりなかったぁああ!コスモスフィアの深階層制御よりロニの制御のほうがよっぽど難しいよ!
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