【TOD2】 dive 続き – 20 –

diveTOD2
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拍手ありがとうございました!
第七階層楽しんでもらえているようで嬉しいです!
リオンの過去を種明かしするために、一気に情報をロニに与えないといけなくなっちゃったので、中々話が展開しなくて読んでて飽きちゃうかもしれないです(´・ω・)内緒は書いてて飽きた。
ほんと小説って難しいですね。
今回はまだまだ情報与えているだけなので読み応えないかもですが
次回は!次回はずっと!書きたかったところなので!少しは!楽しんでもらえるんじゃないかなって!!
過度な期待を煽って自滅するフラグを立てておく^p^
それでは第七階層の続きをどうぞ。



「え?」
「エミリオって言うんだ。名前」
「エミリオ……」
「うん」
こいつはジューダスじゃないのか?リオンとして生きてきた幼い頃だと思ったのに。いや、でもそうだとしたらヒューゴの屋敷にいるのはおかしいか。一体何なんだろう、コイツは。
疑問が次から次へと沸いて来る。とりあえずこの子供に悪意は感じ取れない。……第二階層で全く子供の悪意に気づけなかった俺の勘なんて頼りにならないだろうけど。
まじまじとジューダスによく似た丸い幼い顔を眺めていると、エミリオと名乗った子供が目を伏せ、ぎゅっと眉を寄せた。
「血……出てる」
小さく呟かれた言葉に俺は怪我をしていたことを思い出した。
「あぁ、大丈夫。すぐ治る」
俺は部屋のベッドにもたれかかり、腹に手を当てヒールをかける。じわじわと傷がふさがっていくのをエミリオは目を丸めて覗き込んだ。まぁ、子供はそう見る光景じゃないもんな。興味津々って感じだ。俺はお前に興味津々だがな。
「なぁ、エミリオ。お前はここに、住んでるのか?」
「うん」
「何で俺を助けてくれたんだ?」
俺の腹をじっと見ていた大きな目が、こちらを向く。それから「ん~」と考え込むように視線を彷徨わせた後、
「ロニは、大切だから」
そう言って、満面の笑みを浮かべた。うわ、やべぇ。可愛い。
しかし、俺が大切ってどういうことだ?なんでこいつは俺のことを知っているんだ?俺はエミリオなんて子供知らないぞ。……やっぱり、こいつジューダスなのか?
「なぁ、エミリオ。お前、俺の名前どこで知ったんだ?」
「……わからない、いつ知ったんだろう」
エミリオは首を何度も傾けながら虚空を見る。
「でも、ロニのこと、僕、何となく好きだ」
「そ、うか」
「うん。マリアンと、シャルの次くらいに……んー同じくらいかも?」
「お前……」
シャルって、シャルティエだよな?やっぱりこいつ、ジューダスじゃねぇのか?マリアンって誰だっけ、なんか聞いたことが……あぁ!そうだ、ヒューゴの野郎があの美人なメイドをそう呼んでいた。
「マリアンって、黒髪の綺麗なメイドの女の人か?」
「うん!」
エミリオは凄く嬉しそうに頷いた。
この子供がますますわからなくなった。ヒューゴの屋敷に住んでいて、シャルティエのことを知っている、ジューダスによく似た子供。だが、名前はリオンじゃない。
実は弟がいた、とか?いや、いたとして何でヒューゴの屋敷に住んでいるんだろうか。
「お前、ヒューゴのこと何かわかるか?」
「ん?」
「ヒューゴとジューダス……いや、リオンのこと、何かわかるか?あいつ、なんでヒューゴの言いなりになってんだよ」
「……」
「まぁ、こんな餓鬼が分かるわけないか」
自分の愚問に気づいて俺は頭を掻いた。
腹の傷は十分癒えた。深くなくて助かった。俺はベッドから体を離し、立ち上がる。
はて、どうしようか。何でこの階層のジューダスは俺を殺そうとする。何でヒューゴの言いなりになっている。何でヒューゴは俺を殺すようにリオンに命じたんだ。さっぱりわからない。俺はどうすればいい。このエミリオと名乗った子供はジューダスにどう関係する人物なのだろうか。
悩みながら、なんとなしに部屋を見る。入った当初は背中側になっていて気づかなかった、この部屋にたった一つ存在する扉が目に付いた。この扉、異様に赤い。
俺は引き寄せられるように扉へと向かった。
「ロニ、もう出るのか?」
「いや……ちょっと」
ただ、扉が気になる。まぁ、このままヒューゴの屋敷を物色するのも悪くはない。そう思ってドアノブに手をかけた。
「そこからは出られないぞ」
ガシャン、と変な音を立てて扉は僅かにしか開けないままに止まった。
僅かに出来た隙間から、赤い鎖が見えた。
「なんだ……これ」
覗き込むように扉と壁の間に顔を近づける。赤い鎖が、扉が開けないように張り巡らされているのが見えた。これでは中から外には決して出られないだろう。
「お前、閉じ込められているのか!?」
「うん」
振り向いて問えば、エミリオはこくんと頷いた。
もしかして、住んでいるんじゃなくて、捕まってたのかよ!
「ヒューゴにか!?」
そういいつつも、ドアを破る勢いで蹴り飛ばしたが、鎖はびくともしない。けたたましい音が鳴り響いただけだ。
「ううん。リオンに、ここから出ちゃいけないって」
エミリオの言葉に俺はドアノブから手を離し、ゆっくり振り返る。その場に立ち、俺を見上げるエミリオは、閉じ込められているというのに、特に悲しむ様子も、焦る様子もなかった。
この子供を、ジューダスが、閉じ込めている?
「リオンに?何で」
「父さんに言われたから」
「父さん?父さんって、誰の」
「僕の」
……どういうことだ。さっぱりこいつの環境が見えてこない。
こいつの父親が、ジューダスにエミリオを閉じ込めるように言った?何でだ?何故この場所に?何でヒューゴの屋敷なんだ。何でエミリオの父親は態々ジューダスにそんなことを命じた?そしてジューダスは何でそいつの命令を守ってるんだよ。こんな子供を閉じ込めて、一体何になる。
思考に陥っていたら、ズボンをくいくい、と引かれた。エミリオが俺のズボンを摘んでじっと俺を見上げる。
「なぁ、ロニ!もう少しここにいてくれ。何か、お話してよ。僕ずっとここに居て、つまらないんだ。マリアンとはたまにしか会えないし……シャルは、いなくなってしまった」
突然のおねだりに俺は動きも思考も止まっていた。エミリオの表情が少しずつ不安気に歪む。
「ダメ?」
「いや、全然ダメじゃねぇ。ダメじゃないぞ!」
悲しそうに歪み始める顔に俺は慌てて答えた。
「ダメじゃねぇが……お前、この部屋から出たくねぇのか?」
「ん、……仕方ないことだから」
「仕方ねぇって……なんで」
「……」
エミリオは口をぎゅっと硬く結び、俯いてしまった。
暫くして、エミリオはもう一度俺のズボンを握り、顔に笑顔を貼り付けて俺を見上げる。
「なぁ、そんなことより、楽しい話をしてくれ」
俺にはその笑顔が、作り笑いのように異質なものに見えた。さすがにここまで話を逸らされて、これ以上無理やり話を聞きだす気分にはなれなかった。
「楽しい話か……んー、お前のことを色々教えてくれよ」
「僕のこと?」
「あぁ。お前が何に興味があるかとか、今までで楽しかったとか、大切にしてるもんとかよ、ねぇか?聞かせてくれよ」
「んー……」
それでも、エミリオの置かれている異常な状況は無視できない。なんとか探りを入れられないかと問いかける。悪い大人だなぁ、俺は。
エミリオはまた虚空を睨み悩み始めた。こんな部屋にずっと閉じ込められているのだ。なかなか、そういった話は乏しいのかもしれない。俺はひそかに眉を寄せて小さな子供の表情を見た後、ベッドに腰掛けた。
それにしても、エミリオが言っていた、シャルティエが居なくなったという言葉が気になる。エミリオとシャルティエの接点は何なのだろう。いなくなった、とは、どういうことだろうか。シャルティエの持ち主は幼い頃からジューダスだったはず。……ジューダスと会う機会がなくなった、とか?……だとしたらシャルティエの存在だけを口に出してジューダスのことを言わないのはおかしな気がする。うーん。
「あ、宝物があるんだ!秘密なんだよ、でもロニには見せてあげる」
エミリオは突如明るい声を上げて部屋のタンスに駆け寄った。上段の引き出しを開け、中から何か紙を取り出す。丁寧に引き出しを仕舞うと、俺の隣に座った。
「はい」と言って、エミリオはベッドに紙を置く。それには女性が赤ん坊を抱いている姿が写っていた。
「写真?」
置かれた写真を手にとる。この写真の女性、どこかで見たことがある気がする。……あぁ、そうだ。庭で会ったメイドの、マリアンという女性に似ている。
「お母さんなんだ!」
「母さん?母さんの写真を、大事にもってんのか」
マリアンさん本人なのかと思ったのだが。もしかしてあのメイドがこの子の母親か?いや、それにしてはマリアンさんは若かったように思うし、少し似ているというだけで、本人ではないような。というか母親を呼び捨てにはしないだろう。
それよりも、こんな子供が宝物として母親の写真を持っているということは、母親は今、この子の近くにはいないんじゃないのか。
「うん。僕が小さいときに死んでしまったんだって、シャルが言ってた」
やっぱりか。
それにしても、エミリオはシャルティエと会話ができるのか。ソーディアンマスターとしての資質があるって、ことだよな。
くっそ、本当によくわかんねぇぞ、この子供。この階層のジューダスに閉じ込められていて、でもシャルティエの声が聞けて何度か交流をしている、のか?
ジューダスの弟かとも思ったが、どうやら父親が生きているようだし……リオンは両親を幼い頃に亡くしているとフィンレイは言っていたから血縁でもないだろうし。なんなんだ、この子は。
「この写真、お父さんのところにも同じのがあったんだ。きっとお父さんはお母さんのこと、大好きだったんだ。だからお父さんはマリアンをお家に連れて来てくれたんだ!」
「……ん?マリアンさんを?」
再び出てきた女性の名前を俺は聞き返す。エミリオは頬を赤らめながら嬉しそうにマリアンについて語った。
「マリアンは、凄く優しいんだ。料理もね、全部おいしいんだ!」
「へぇ……そりゃいいな」
「あぁ!誕生日には祝ってくれるし、沢山褒めてくれる」
エミリオは俺に向けていた視線を写真に戻すと、きゅ、と写真を握る手に力を込めた。
「お母さんって、あんな感じなんだろうか」
亡くした母の面影を、重ねているのか。
写真の中の女性はそんなエミリオを温かく見守るかのように、腕の中の赤子を愛情が溢れる目で見ていた。
「すげぇ、優しそうな母さんだな」
「うん」
「お前のこと、大事そうに抱いてる」
「あ、これ僕じゃないんだ」
「え?」
写真の赤子はエミリオなのだとばかり思っていた。もしかして、実はこの赤子がジューダスで、やっぱりこいつらは兄弟とかってオチか?いや、でもフィンレイ将軍はジューダスの両親は殺されたって……結局この事実がある限り兄弟ってのはありえないし……。
そんな下らない推理をしている中、エミリオが告げた言葉は、俺の想像とは全く異なるものだった。
「この赤ちゃんは、ルーティなんだって」
「……ルーティ?」
「うん。姉さんなんだって」
「え?」
エミリオの小さな指が、そっと写真の赤子を撫でた。
なんで、ここでルーティ?名前が、偶然一致しているのか?
「ルーティって、……ルーティ・カトレット?」
そんなわけ、ないよな。そう思いながらも確かめずにはいられなかった。あの人もまた、綺麗な黒髪と紫紺の目を持っている。でも、それだけだ。それ以外にあの人とエミリオに、なんの接点があるっていうんだ。
だが、エミリオはぐい、と服を強く引っ張ると食いつく勢いで俺に縋った。
「ルーティを知っているの!?」
「お、おいおい、落ち着け。名前が偶然一緒なだけかもしれないだろ?」
「違う!だって母さんの名前はクリス・カトレットだ!」
絶句した。そんな馬鹿な。何でこんなところに、ルーティさんが亡くしたと悲しんでいた弟がいるんだ!?
「ねぇ、ロニはルーティに会ったことがあるのか!?どこにいるんだ?教えて!」
「どこって……」
まだ混乱が解けない中、更に問い詰められる。ルーティはどこにいるかと聞かれ真っ先に頭の中に浮かんだのはクレスタの孤児院で皿を洗う姿だ。だが、それは現実の話で、ここは精神世界だ。
精神世界では、第二階層や第三階層ではルーティさんの姿があったけれど、あれはヨウの世界で……ここは、インの世界で、ヨウとの繋がりは、第三階層で切れてしまってて……。
この世界に、ルーティさんはいない。
「……ロニ?」
大きな丸い目に期待を込めるこいつに、俺は何て言えばいいんだ。
何度も口を開きかけては閉じてを繰り返し、結局俺はありのまま答えることにした。
「ルーティさんは、この町にはいないんだ」
エミリオの大きな瞳が瞬かれ、眉が少しずつ寄せられていく。
「遠いところにいるのか?」
「あぁ」
「そっか……会えないのか」
目に見えて落ち込んだ姿に胸が痛んだ。
「いや、会える方法も、あるかもしれねえ。今はわかんねえけどよ、諦めんなよ」
「そうかな……」
「あぁ」
「ロニが言うなら、諦めない」
まだ表情が暗いながらも、そう言い切った姿に俺は破顔して頭を撫でてやった。それにエミリオは少し驚いて見せ、だが心地良さそうに俺の手に擦り寄ってみせた。猫みてぇだ。可愛い。
この子が、ルーティさんの弟……。エミリオ・カトレットってことになるのか?なんで、ルーティさんの弟がこんなところに。
ただ、この子供はただルーティさんの弟ってだけじゃないはずだ。ここはジューダスの精神世界。ジューダスと深く関わりがあるはず。
父親がマリアンを連れてきたとエミリオは言った。つまりメイドとして雇ったということのはず。ここはヒューゴの屋敷で、あのマリアンという女性はここで働いているメイド。そしてこいつの父親はジューダスに命令を下し、ジューダスはそれに忠実に動いている。
これに当てはまる人物が一人いる。
「お前の父さんって、……ヒューゴ・ジルクリストか?」
当たったならば、ごちゃごちゃし始めた重要人物の数が一人減る上に、ジューダスとこの子供との繋がりも何となく見えてくる。だが、同時に、外れていて欲しいとも思った。こんな小さな子供が、あの歴史に名を残す犯罪者の子供なんて、居た堪れない。
「うん!」
エミリオは満面の笑みで、俺の問いに頷いた。
あぁ、そうか。やっぱりそうなのか。
「父さんは凄いんだ。沢山色んなことを知っているし、凄く強いんだ」
とんでもない事実を知ってしまった。これが真実だとするならば、ルーティさんはヒューゴ・ジルクリストの娘ということになる。
ルーティさんは、知っているのだろうか。……知っている気がする。ルーティさんが助けられなかったと嘆いていた弟はエミリオだ。ルーティさんがこの子に会っていたとするならば、きっと父親のことも、聞いている。
助けられなかった弟。
現実では、この子は既に死んでいる。父を慕って頬を赤らめ目を輝かせる少年は、その父の起こした騒乱の際に死んだのだ。
この子はあの騒乱に、どれだけ関わったのだろうか。あの、多くの悲劇を生んだ騒乱に。
ルーティさんは、どれだけ苦しんだだろう。エミリオは、どんな思いで死んで行ったのだろう。
エミリオが笑顔でヒューゴのことを語る度に、心臓が握り締められているような苦しみを覚えた。
「なぁ、エミリオ。どうしてお前の姉さんはこの屋敷にいないんだ?何が原因で生き別れになったんだ」
「……わからない。ただ、レンブラント爺は女だったからって言ってた。父さんには秘密で教えてくれたんだ。姉さんが居ること」
「そんな……勝手な、理由で……?」
信じられない。女だから?女だからなんだって言うんだ。姉の存在は内密にされているというのか。
……ヒューゴは、ルーティさんを捨てたんだ。自分の娘を、女だからって理由で。そしてエミリオは部屋に閉じ込めている。
エミリオはヒューゴのことを尊敬しているようだが……エミリオには悪いが……腸が煮えくり返る思いだ。ヒューゴへの憎しみが、一層湧き上がってくる。
やっぱり、あの男だけは、ヒューゴ・ジルクリストだけはとんでもない屑野郎だ。どんな理想郷を描いたのかは知らないが、子供をこんな蔑ろにするような屑が夢見た世界なんて、どれだけ大目に見てもまともなものとは思えねぇ。
「ロニ?」
つんつん、とエミリオに服を引っ張られた。
「どうした?怖い顔をしている」
「……あぁ……悪かった……何でも、ねぇよ」
俺は前髪をくしゃっと握り締めた。それでも、このエミリオにとってはあの屑野郎は父親なんだ。なんてことだ。
あぁ、なんてことだ。
「お前、寂しくねぇか?」
「え?」
「こんなところに閉じ込められてよ。……ヒューゴは会いにきてくれたりするのか?」
何度か瞬きをした後、エミリオは俯いた。
「……父様は、とても偉い人だから、忙しいんだ。僕一人なんかに意味もなく会いにきたりはしない。それは、仕方がないことだ」
下を向いて自分に言い聞かせる様は、何かを堪えようと必死になっているようにしか見えない。
「きっと、父様がマリアンを連れてきてくれたのは、僕が寂しい思いをしないように、だと思う。僕には、マリアンがいる。……シャルは、いなくなっちゃったけど」
「そっか……マリアンさんがいて、良かったな」
「うん!マリアンは、ずっと僕に優しくしてくれる。だから、きっと、それ以上を求めては、だめなんだ。贅沢だ。……僕、マリアンを大切にする」
エミリオは再び顔を赤らめて満面の笑みを浮かべた。
この子にとって、母親の面影を宿し、母親のように優しく接してくれるマリアンという存在が唯一の救いなんだ。
ジューダスは、この孤独を抱える子と、どう関わっていたのだろうか。
「なぁ、エミリオ。お前とリオンはどういう関係なんだ?」
「……関係?」
「あぁ、友達、とか。どこで知り合ったとか」
「……友達じゃ、ないと思う」
そうか、とエミリオと面と向かって話をしていたら、ふと視界の端、窓の向こうの景色が変わった気がした。俺は窓へと眼を向ける。塀の向こう側を誰かが歩いている。黒髪と銀髪が城門側の方へと歩いているのが見えた。
「ジューダス……?」
そっと窓の近くに寄って、身を乗り出さないようにもう一度確認する。やはり、ジューダスだ。そして、一緒に歩いているのはおそらくフィンレイだ。どこに行くのだろうか。あの二人が連れたって歩いているのはなんでだ。ジューダスは俺を探すのをもう諦めているのか?
「ロニ?」
「……エミリオ、悪い。俺、ちょっと行ってくる」
第六階層の、床に倒れ伏すフィンレイの姿を、なぜか思い出してしまった。嫌な予感がする。
振り向けば、エミリオが眉を寄せながらも微笑んでいた。
「……そっか」
「……」
あぁ、くそ。寂しがってやがる。胸が痛い。
「エミリオ、俺は、赤い鎖をなんとかしたいって思ってるんだ。きっと、この扉の鎖も外せるときが来るんじゃねぇかって、思う」
「……ほんと?」
「あぁ」
俺は力強く頷いて見せた。
「また、これたら来る」
「うん」
エミリオは嬉しそうに頷いた。こいつを置いていくのはほんと胸が痛むが。結局はここはジューダスの精神世界だ。エミリオは現実には、もう。
ハルバードの柄を握り締め、もう一度窓から顔を出す。ジューダスとフィンレイは建物の死角に入ったのか見えない。
窓に片足をかけ、一気に飛び降りた。着地してから窓を見上げれば、エミリオが小さく手を振っていた。俺は片手を挙げて応え、ヒューゴの屋敷の塀を飛び越える。
ジューダスとフィンレイを追おう。
少なくともエミリオはジューダスと何かしら重要な関わりのある存在だと、そう思う。関わっている人物も共通点が多い。何よりシャルティエと関わりが大きいのが気になった。エミリオはジューダスについては特に何も言わなかったが、ジューダスがシャルティエと会話させるなんて、かなり親しい人物なんじゃないのか?
そんな人物が、ヒューゴの息子だと言うのだ。もしかしてヒューゴの言いなりになっているのはそれが関係するのではないだろうか。ジューダスは、エミリオを守ろうとしていた、とか。
ジューダスにエミリオのことを聞いてみよう。また戦いになるかもしれないが、何とか聞き出すんだ。
今ならフィンレイが近くに居る。あの人と一緒なら、優位に立てるかもしれない。
ジューダスとフィンレイがどこに行ったのか、完全に見失ってしまった。
エミリオの部屋から見たときは、二人は城門の方へと向かっていた。ジューダスは王宮に暮らしているという話だ。きっと、城の中に入ったんだろう。
幸いなことに、城門には門番の兵士が居なかった。あの住民達が一斉にいなくなった謎現象のときに、門番達も姿を消したのかもしれない。今なら城の中を探索し放題だ。これはチャンスだ。
城門から、そっと中を覗き込む。庭にも兵士達の影はない。
城の庭を歩きながら、大きな城を仰ぎ見る。
でっけぇ。どれだけ沢山の部屋があるのだろうか。この中の、どこにジューダスはいるんだ?
ひとまず城の中に入り込む。中は馬鹿みたいに広い。相変わらず床は白黒で埋め尽くされている。
馬鹿正直にど真ん中から進入した城は、手前にも奥にも長い廊下が続いてそうだ。どこだ。どこから探せばいい。
迷っていたとき、カシャン、と何かが割れる音がかすかにした。俺はその音を頼りに城の中を歩き出した。音がしたのは、右からだ。多分、手前側の廊下。そんなに遠くはないはずだ。
適当にあたりをつけて、部屋の扉を開く。一つ目、誰も居ない。随分と大きな部屋だ。会議用か何かだろうか。次の扉もこの部屋に続くものだろう。なら、向かいの部屋か。
ドアノブを捻り、開けたその部屋に、ジューダスは居た。小さな休憩室のようなその場所は、人が四人ほど囲めるだろう長方形のテーブルと、近くに小さな調理場が設けられている。
静かに床を見つめていたジューダスが、ゆっくりと俺の方へと視線を向ける。感情をこそぎ落としたかのような、そんな目をしていた。
「ジューダス……」
また突然斬りかかってくるかもしれない。警戒してハルバードを握る手に力を込めながらも、テーブルを挟んだ向こう側に居るジューダスへと近づくために、回り込んだ。
俺とジューダスとの間にテーブルという障害がなくなったとき、もう一人、この部屋に居たことにようやく気づく。
「……フィンレイ、将軍……?」
その人は、テーブルの陰に、白黒の床へと体を横たえていた。その近くには、割れたコーヒーカップの破片が飛んでおり、水気を吸わない白い床の上にはコーヒーと思われる黒い水が散っていた。
「フィンレイ将軍!?おい!」
ぴくりとも動く様子のないフィンレイに駆け寄り、その体を起こす。まだ体は温かい。でも
「無駄だ。もう死んでいる」
ジューダスの淡々とした声が部屋の中に響いた。
その言葉通り、フィンレイは息をしていない。その首に手を当てても、鼓動を感じない。
死んでいる。
フィンレイは死んでいる。そして、ジューダスはこの部屋に一人、立っている。
「……ジューダス、これは」
「僕はジューダスではないと言っただろう。僕はリオンだ」
無感情に告げられた言葉に、俺はジューダスへと眼を向けた。その表情は、部屋に入ったときと変わらず、感情を感じられない。窓を背に立っているジューダスの姿は陰を強く宿していた。
視線を、フィンレイに戻す。第六階層で遺体となって倒れ伏していたフィンレイの姿と、重なった。もう一度、ジューダスへと視線を向ける。
手が、震えた。
「これは、どういうことだよ!何で!」
「毒を盛った」
「……」
なんでもないことのように、ジューダスは言った。
かける言葉が見つからないまま、俺はただジューダスを見つめていた。多分、批難を込めて。
見たくなかった。散々、シャルティエに忠告を受けていても、ジューダス本人に剣を向けられていたとしても。こいつが裏切り者だと言われた過去を持つ者だと知っていても。
ジューダスが手を汚すところを、見たくなかった。
それを受け止めないといけないんだって、わかっていても。正直に、そう思ってしまった。
俺の視線を受けて、ジューダスはようやく表情を変えた。俺を蔑み、嘲笑うように、薄く微笑んだ。
「どうした?何を今更驚いている。僕は何度もこうしてきた。何度だって、同じ道を選ぶ」
「お前……」
「だから、第六階層にも、いただろう?フィンレイ様は」
あぁ、いたよ。こいつは確かに、第六階層にいた。
お前のことを案じ、お前の剣術を褒めて、親身に接している男の記憶が、あった。
その思いを受け取って、嬉しいという気持ちを胸一杯に秘めたお前の気持ちも!
「大切な……人だろう」
「……」
「大切だったんじゃねぇのかよ!!」
窓がビリビリと震える程に、感情を爆発させて俺は叫んだ。
言ってから、気づく。こいつにその感情を向けたって無意味だということを。その感情を受け止められるのは、崩れ落ちた階層で傷つき、縛り付けられていた第六階層のジューダスなんだ。
そして、こいつは、そんな感情を切り伏せてしまう程の、強いナニカの想いを宿す人格。
この階層のジューダスは、きっと揺るがない。
「僕にとって、大切な人は一人だけだ」
ジューダスは嘲笑の笑みを引っ込めて言った。
「何だよ、それ」
「一人だけじゃないと、いけないんだ」
伏せられた目に、憂いを感じる。
大切な人は、一人だけじゃないと、いけない?
独り言のように呟かれたその言葉が、もの凄く重要な意味を持っている気がした。
「だから、ロニ……お前も」
スゥ、と吹き込むように沸いた殺気に、俺は慌てて立ち上がる。
「待てよ、ジューダス!」
「違う。僕は、リオンだ。ロニ、リオンなんだ」
憂いの消えない表情で、ジューダスはそう告げる。
まただ。また名前だ。何だ?何で名前なんかに拘る。
ジューダスの手が剣の柄へと伸びるのを見て、俺は咄嗟に、ずっと聞こうと思っていた疑問をぶつけた。
「待てよ!教えろよ!!なぁ、エミリオを何であそこに閉じ込めている!」
エミリオ、その名前を聞いた途端、柄へと伸びていた手が僅かに震えて止まった。紫紺の瞳は見開かれ、いつもより大きく晒される。
「……あいつに、会ったのか」
「あぁ」
相槌を打って、俺は固唾を呑んだ。この反応……やっぱりエミリオの存在はこの世界に、ジューダスに大きく影響を与えている。
「……ジューダス?」
伺うように名を呼べば、細い肩が微かに震えた。そして、ジューダスの表情が大きく歪んだ。
「リオンだと、言っただろう!煩い!!僕は、リオンだ!」
何だろう。リオンという名に、一体何の意味があるのだろう。
それでも、今までは名の訂正にここまで感情的にはならなかった。やはり、エミリオの存在を俺が口にしてからだ。あいつの存在が、このジューダスの感情を大きく揺さぶっている。
「なぁ、エミリオを閉じ込めるように言ったのは、ヒューゴだろ!?なんであんな子供を閉じ込めてるんだ!?」
荒げた感情を押さえ込みながら、ジューダスはまた嗤った。
「……あぁ、そうだ。ヒューゴ様はあいつをいらないと言った」
その表情と言葉は、俺の予想を裏切ってエミリオを蔑むものだった。
「なんだ、それ」
あんな無邪気な子供を、ジューダスが蔑んだり、閉じ込めたりするわけがないと、そう思っていた。
「なんで!?」
もう何度目か分からない、理由を問う言葉を感情に任せて叫ぶ。
ジューダスの表情は、どんどん抑えきれない感情にくしゃくしゃに歪んでいった。それは、今まで見たこともない程に、苦しみや悲しみに歪んで、幼さすら感じた。今にも泣き出してしまいそうだった。
「また理由か?言っただろう、そんなの知らない。僕が知るものか!関係ない!!」
「ジューダス……?」
荒げられた声は、震えていた。
「この世界ではヒューゴ様が絶対なんだ」
柄に伸ばされるはずだった手が、ぎゅっと自分の体を書き抱くように左腕を握った。悲しそうに浮かべたその嘲笑は、もはや俺に向けられたものとは思えない。
こいつは、このめちゃくちゃな世界を嘲笑っている。こいつは、この世界のおかしさを、ちゃんと自覚しているんだ。それでも尚、この世界を受け入れている。そんな世界に生きる自分を嘲笑いながら。
こんなのは、おかしい。
「何だよ、それ、何でお前はヒューゴの言いなりになってるんだよ!おかしいだろ!そんなのでいいのかよ!?」
「いいんだ。僕はヒューゴ様の駒だ。それが僕の役割だ」
少しずつ冷静さを取り戻してきたジューダスは、口角を上げたまま自らを駒と言い切った。
「何で!?なんで……フィンレイ将軍を殺したのも、ヒューゴの命令なのかよ!?」
「あぁ」
「ば……馬鹿か!お前は!!なんでそんなっ」
何でヒューゴなんかの命令を聞く!?理由なんて知らないと言いながら、叫びながら、そんな世界をおかしいと自覚しながら、それでも尚、どうして!?馬鹿じゃねぇのか!
なんでヒューゴなんか!なんでヒューゴが絶対で……
「いや……よく、分かった」
そうだ。分かった。ジューダスが未だにヒューゴの命令に従う理由はわからないが、一つ確かなことがある。この世界がおかしいのは、たった一人のせいだ。
「なら、ヒューゴを倒しちまえばいい!そうだろ!?そうすればお前は自由だ!お前は駒なんかじゃなくなる!」
「……ロニ?」
意表を突かれたようにジューダスは目を丸めた。次いで、その表情に焦りが走る。
「馬鹿を言うな、適うわけがない」
その言葉の意味を、俺は取り零さなかった。
「お前、ヒューゴが怖いのか?」
紫紺の瞳が大きく横に揺れた。
あぁ、納得した。ようやく分かってきた。そうだ、おかしかったんだ。意味もわからずヒューゴにただ従うわけがない。こいつは、ヒューゴを恐れているんだ。
「やっぱりな、お前だって、本当はこんなの嫌なんだろう!?あいつの駒なんてのは!」
プライドの高いこいつが、誰かの駒でいるなんて。それを自覚しても尚、その状況を受け入れるなんて、余程の想いがないと無理だ。そしてそれは、ヒューゴに向けられているものとは思えない。
なんだ、裏に何がある。こいつは、脅されているんじゃないのか。
「ジューダス!言えよ!お前は何でヒューゴの命令に従っているんだ!?脅されているんじゃねぇのか!あいつに何か弱みでも握られてるのか!?なぁ!」
「……」
ジューダスの顔から、また表情が消えていく。
「なぁ!俺を頼れ!ヒューゴをぶっ倒せばいい!お前と俺の二人なら出来るはずだ!」
「無理だ」
「あぁ!?」
「お前に何が分かる。お前は何も分かっていないんだ、ロニ。もう一度言う、この世界ではヒューゴ様が絶対だ。決して、抗えない」
「そりゃ、裏を返せば抗いたいって、思ってるってことだろう!?」
「それでもだ、決して抗えない運命というものは、あるんだ。苦痛の生じる選択を迫られることだってある」
喚き散らして否定したかった言葉が、“選択”という単語に喉で詰まった。
そんなことはないと、否定できない現実を、俺は見てきてしまった。
「ロニ。何かを得るには、何かを対価にするしかない。僕は、それを得る為なら、捨て駒にだって、何にだってなれる」
ただ、ただ、胸が痛い。
なんでこいつは、こんなにも強いのだろうか。何でこんな風に、大切なものを切り捨ててしまえるのだろうか。
それが、この階層の、冷酷なリオンと呼ばれる人格故なのか。
それは、それだけ一途に強い想いを持っているということだ。こいつは、この狂った世界の中で、純粋で、綺麗な想いを抱いている。
それが、この第七階層の、ジューダスなんだ。
「友人だって殺せるし、師だって殺せる」
第六階層の惨状は、間違いなく、この人格が作り出した。
「姉だって、殺せる」
「……姉……?」
「お前だって殺せる」
また、ジューダスは微笑んだ。
「それが、僕なんだ」
その人格の思いの強さに、俺は途方に暮れていた。強すぎて、もはや嫉妬も沸かない程だった。
ジューダスは突如後ろへと振り向き、背後の窓へと手を伸ばした。鍵を開け、開かれた窓に足をかける。
「おい、どこへ行くんだ!」
「……報告をしに行くだけだ。お前を殺すのは、その後……いや、その必要すら、ないかもな」
僅かに振り向き一瞥をくれた後、ジューダスは窓から音もなく降りて、歩き去ってしまう。
畜生、俺は何を気圧されているんだ。早く追わないと。
そう思ったとき、背後の扉が開いた。
「な、お前何者だ!?」
「フィンレイ将軍!?」
慌てて振り向けば、今までどこ消えていたのか分からない兵士が二人、扉から体を出したところだった。
「フィンレイ将軍!フィンレイ将軍!?こんな……こんな、まさか!」
「おい、お前!フィンレイ将軍に何があった!?何をした!!」
やべぇ。殺す必要もないかもって、こういうことかよ。
ぞわ、と体に鳥肌が立った。第二階層でも、俺は将軍殺しの濡れ衣で拷問にかけられるところだったんだ。
……なぁ、これも、現実に起こったことなのか。
「クソ!」
「待て!!」
俺も一気に窓を跳びぬけ、城門に向かって走り出した。ジューダスの姿は近くにない。
この狂った世界を、ジューダスは生きていたんだ。これが、あいつが生きてきたインの世界なんだ。

ふぅー。今日はここまでで><
疲れたので読み直すのは後にします>< ←矛盾生じるフラグ
次回!第七階層ラストになると思います!
次回!!!!次回だ!!!次回でやっと!!書きたかったところが書けるよぉおおおおおおお!!!
やっとパズルのピースの回収が終わったってところでしょうか。あとは繋げるだけだよロニたん。
書いてて思ったのですが、私ジューダスのこういう、何かに一途な愛を持っているところが好きなのかもしんないです。
強すぎる思いの為に、心をものすごく痛めながらも犠牲を厭わない感じ。
その強すぎる純粋な思いのところがめっちゃいいですよね。
まぁジューダスというキャラクターのよさはそれだけでは全然語りきれないんですが!
ちょっと再認識したというか、無意識に好きなところだったから気づけて嬉しかったというかw
主人公補正なんて当然無く、何かを犠牲にしながらも必死に生きているキャラクターってのが好きなのかもしれないです。

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