dive 続き 27

diveTOD2
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あれからPCまた変わってて、小説メモとか全部なくしているんですが、それを見越してブログにちゃっかり全部下書き保存していた私がいました。

私まじGJ

ってわけで下書きからdivの続き、結構練り終わってるものを見つけてきたので、ちょっと完成させたくなったので書いてきやした!

ジューダスの性格忘れたっていうかキャラが行方不明なのは……まぁコスモスフィア第九階層だから仕方ないよね(震え声)


ジューダスは迷うことなく歩みを進めていた。きっとジューダスには分かるのだろう。リオンとエミリオの場所が。

リオンは、どこでどうしているのだろうか。崩壊寸前でパラダイムシフトを果たしていたリオンは、この世界に無事に存在しているだろうか。

小高い丘から降りて、ヨウの町を右手に歩いていく。町の中心から外れたこの近辺に人の影は少ない。

懐かしい。この辺りは何回か歩いた。大きな壁の門へと向かうのに行き来したのだ。

今はもう、壁はどこにもない。地平線のかなたには何も見えず、恐らく壁があった場所は崖のようになっているはずだ。

やがて俺たちはかつて門のあった場所へと辿り着いた。この世界の果て、崖のすぐ傍だ。

ジューダスが僅かに俺に目配せをする。目線があった瞬間、ジューダスは勢いをつけて崖を飛び下りた。

「うわ、マジか」

思わず呟きながらも、俺も同じように崖を飛び下りる。一気にあたりが黒一色に塗りつぶされる。落下しているのかどうかもよくわからない。足がどこかについているのかもわからない。風も何も感じない。手足を適当に動かしてみても、ただもがいているだけなのか、ちゃんと歩けているのかもわからなかった。

ジューダスはどこへ行ってしまったのだろう。早く傍に行かないと。

適当に手足をばたつかせていると、ふと視界にジューダスの姿が入った。不思議と、体がジューダスへと近づいていく。歩いている感じはないから、浮遊しているのかもしれない。

「ジューダス」

漸く傍へと辿り着いた。ジューダスは一度振り向くと顔を綻ばせた。

「お前、突然飛び込むなよ。びっくりしたじゃねぇか」

「……」

一度笑みを浮かべていた表情が逸らされると同時に陰る。闇に溶け込みそうな小さな体は緊張に強張って見えた。

ジューダスの視線を追えば、闇の中に薄っすらとリオンの姿が見えた。

体を小さく丸めて座り込んでいる姿は、異様に幼く見えた。こんな闇の中で一人取り残されたその姿があまりに哀れに見えた。ジューダスとしての生を受けてから、リオンはずっと心の奥底にこうやって封じ込められてきたのだろう。

でも、それはもうおしまいだ。早く彼を迎え入れよう。そう、思いを込めてジューダスの背中に手を添えた。だが、俺の手に催促されて吐き出された言葉は思いもよらぬものだった。

「……醜い」

「ジューダス……」

ジューダスの顔には軽蔑が深く刻まれていた。何故そのようなことを、とリオンに視線を戻して俺は目を見開いた。

先ほどはこうではなかったはずだ。リオンは全身血まみれだった。

「醜くて、仕方ない。血まみれだ。僕は、お前を殺してしまいたくて……仕方がなかった」

乾いて黒くこびり付いた血の上に、更に血がジワリと滲む。ジューダスの言葉に呼応して血が広がっているように見えた。

「ジューダス!」

ジューダスの肩を掴んでこちらに向きなおさせる。ジューダスはまっすぐ俺を見上げてきた。

「なぁ、ロニ……本当に、お前は赦してくれるのか。こんなに醜いこいつを」

無理やり切り離した人格を受け入れる直前となって不安が勝ったのか、紫紺の瞳が揺れている。

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。当り前だろう。これ以上、自分自身を傷つけるな。今、こいつをこんな姿にしちまってるのはお前の過去が原因なんじゃない。お前がそう思っているからこんな姿になっちまってるんだ」

ここはジューダスの精神世界。ジューダスの思い描くままに世界は構成されている。リオンを血塗れにしているのもまた、ジューダス自身だ。ジューダスはリオンという存在がこのような姿をしているのだと信じ込んでいる。だが、俺は知っている。

「大丈夫。俺は知ってる。リオンとして生きたお前も、変わらず俺の愛した心を持ってるってこと。だから、俺を信じろ。俺が信じているお前を信じろ」

ジューダスは俺の言葉を噛み締めるように目を閉じ、俺の胸に頭を寄せた。

「……ありがとう」

「勇気が出たか?」

「あぁ、これ以上ないくらいに」

ジューダスは俺から離れ、リオンへと一歩踏み出した。その足取りは覚悟を決めた者だった。

体を丸めていたリオンが顔をあげ、ジューダスと目が合うと体を跳ねさせた。

「怯えなくて、いい。もう、お前を殺したりしない」

リオンは座った時の体制に近いまま後ずさる。その表情には僅かな怯えと戸惑いが見えた。

「迎えに、来たんだ」

ジューダスはリオンに向けて右手を差し出した。その白い手を見つめ、リオンは表情を硬くする。

「迎えに……? お前が?」

「……」

「どうして」

「生きたいと、思ったから」

生きたい、その言葉の意味を理解するのにリオンは随分と時間をかけた。表情を強張らせたまま、長い沈黙が続いた。

「無理だ。やめておけ」

そうして、ようやく出た言葉は否定だった。

「僕も、わかっていたんだ。僕たちはもう死んでいる。もう終わっているんだということ」

「まだ生きている。……生きたいんだ。ロニと一緒に。この命が尽きるまで、そう願うつもりだ」

「……尚更だ、やめておけ」

リオンから怯えがなくなった。静かに彼は立ち上がり、そして両腕を広げた。

「僕を殺してしまえ。切り離してしまえ。こんな醜い部分を手に入れて、お前はどうやって生きていけるというんだ。僕だって、本当はわかっていたんだ。生きていけるはずがないことくらい」

広げた両腕からぽたぽたと血が滴り落ちる。リオンの言葉に俺は眉を寄せたが、拳を握りしめるに留まった。今のジューダスなら、受け入れられるはずだ。そう、信じて。

「……僕は、お前に全てを押し付けてしまっていたんだな……」

ジューダスはリオンへと歩み寄った。そして、両腕を広げ無防備に立っているリオンを強く抱きしめた。

「すまなかった」

思わず泣きそうになった。ようやくジューダスは許せたのだ。必要以上に過去の自分を傷つけることを止めたのだ。

「……本当に、お前は僕を許せるというのか」

「少しだけ。全てをすぐに受け入れるのは無理かもしれない。でも、僕も想っている。マリアンを守りたいと思ったあの選択を、後悔なんかしていないと……そして、その想いを許してくれる人がいたから」

ジューダスはゆっくりリオンの背中を撫でた。上から下へ、重い荷物を落とすかのように。

「ずっとお前に罪を背負わせてすまなかった。ずっと傷つけて、すまなかった。一緒に、生きよう」

リオンの瞳が大きく揺れ、一つ涙を零した。

「……あぁ……生きたいと、願っていいんだな……」

リオンがジューダスの背へと腕を回し、縋るように掴む。同時に、閃光が闇の世界を一気に白く染め上げた。

真っ白な視界の中、ずっと浮遊感のあった体が突如重力を感じ、足裏に大地を踏みしめる感覚を得た。

視界が戻ったとき、目の前に広がっていたのは崩壊した町だった。

「……ダリルシェイド……いや、イン……か?」

ジューダスも同じように辺りを見回し、俺の言葉に静かに頷いた。

町は第二階層で見たインだったが、現実のダリルシェイドのように今はもうこの町は崩壊し、人の気配が感じられなかった。

「ここは、崩壊しちまったまんまなんだな」

「……」

寂しい光景だ。だが、きっとこれでいいのだろう。

リオンとして生きていたジューダスが過ごした町は、今はもう存在しない。それは変えようのないことで、昔のままインとして存在していた第二階層がおかしかったのだ。

ジューダスは今、ありのままにこの世界を受け入れようとしている。18年後の世界と、そこに生きる自分を。

町だった場所を見回した後、再びジューダスへと視線を向ける。

「ジューダス……顔色が悪い」

「……少し、苦しい」

ジューダスは胸に手を当てて呟いた。俺はその小さな背に手を当て、そっと撫でる。

「ここが、僕が、住んでいた町だ。……僕が、壊してしまったようなものだけれど……」

「いい。素直に感じて、思うままに吐き出しちまえ」

また黒い鎖に縛られる前に、俺はジューダスに許しの言葉を告げた。

それでもジューダスは中々口にしないから、俺が代わりに言う。

「寂しいな」

ジューダスは静かに頷いた。そして少し俺の胸へと体を寄せる。

「でも、ロニがいてくれるから、こことはもう、お別れだ」

「こんな形になっちまったけど、でもお前にはちゃんとこの場所がこんな形とはいえ、残ってる」

「……ん」

ジューダスは俺の胸に顔を擦るように頷いた後、そっと体を離し、ゆっくり歩き始めた。

その隣を、俺は静かに歩いた。

やがて辿り着く、城に次いで大きな屋敷の廃墟。瓦礫が崩れ倒れている開けた場所には、この瓦礫まみれの町の中、そこだけ異世界のように穏やかな花壇があった。

そこにも瓦礫はいくつか落ちてはいるものの、蔦が瓦礫の合間を縫うようにして咲き、そこから花が顔を見せている。廃墟となったその場所を、やさしく包み込むかのように。

「マリアンは、よくここで花に水をやっていた」

「あぁ、綺麗な人だった」

「僕は、こっそり屋敷の中からよく見ていた。……よく、気づいて手を振ってくれた」

崩壊した今も目を奪われるほど、この場所は綺麗だった。

「大切だった」

「あぁ、大切にしていこう。すごく、綺麗だ」

「また、この場所が戻ってきてくれて、よかった」

一度は遠く離れてしまった町だ。共に過ごせやしないと、ジューダスが切り離してしまった町。大切な思い出。それが今はこうして、ここにある。

草花は壁を伝い、廃墟の屋敷を上っている。

俺はそれを目線で追い、二階の窓へと目を向ける。

あぁ、きっとあいつはまだここにいるのだろうと、直感で思った。

「ジューダス、行こうか。俺、また会いに行くって約束してんだ」

「……あぁ」

俺の視線を追って、ジューダスもまた窓へと顔を向けた。

ずっと一人で閉じこもっていた、その場所に。

 

 

 

二階にある部屋へは屋敷の玄関から向かった。第七階層のときのように窓へ飛び込むようなことはしない。というか、できない。あの時足場にした雨どいが崩れて落ちていたからだ。

何より、もうそんなことをする必要はないはずだ。きっとこの世界に、あの赤い鎖はもう存在しない。

二階へ続く階段を昇り、倒れてきている瓦礫を乗り越えながら廊下を進む。天井がなくなっている部分もあったが、その部屋のある部分だけは外郭の落下から逃れたのか綺麗に残っていた。

第七階層で内側から開こうとしたとき阻んでいた鎖は、一切存在しない。

俺はジューダスを見る。ジューダスは静かに頷き、ドアノブへと手をかけた。

バチッ

まるで静電気が走ったかのように、その白い手がドアノブから弾かれる。ジューダスの表情が僅かに歪んだ。

「大丈夫か!? なんだ、今の」

「問題ない。……よほど僕に会いたくないようだ」

ジューダスは肩を竦めて皮肉るように笑った。

一歩ドアから離れたジューダスに代わり、今度は俺がドアノブに触れる。だが、同じように俺の手は弾かれた。

「……エミリオ、そこにいるんだろ?」

ドアを叩いて声をかける。部屋の中に気配がある。それがエミリオだと俺は確信していた。

「エミリオ、部屋に入れてくれ。内側から開けられるんじゃないのか?」

返事はない。

「エミリオ、どうしたんだ。お前、外に出たがってたじゃねぇか。それに、また会いにくるって俺約束しただろ? だから、入れてくれよ」

「やだ」

中から子供特有の高い声が聞こえた。

その声は硬く拒絶を含んでいて、俺は顔をしかめてジューダスへと視線を向ける。ジューダスはまた肩を竦めてみせた。俺は困って頬を掻く。

「エミリオ、どうしたんだ。こんな狭いところはつまらないって言ってたじゃねぇか」

「いい。もういいんだ。いい!」

「あの赤い鎖も、もうない。お前はもう自由なんだぞ?」

「いいんだ! いらない!」

エミリオは癇癪を起こしたかのように、もういい、を繰り返す。

ジューダスが一歩ドアへと近づいた。

「……何を、恐れている」

「近づくな!!!」

突如声が荒げられた。ジューダスは僅かに不機嫌そうに表情を歪め、またドアから少し離れた。ドアの向こうで張り詰められた気配が、それによって和らぐ。

エミリオはジューダスを怖がっているのか。

「エミリオ、大丈夫だ。もうジューダスがお前を閉じ込めたりすることはない。悲しいことはもう全部終わったんだ」

「知らない。そんなのは知らない!」

俺は首を傾げた。“知らない”?

「いやだ、それ以上近づくな……お前が近づくと、聞こえてくる」

消え入りそうな声がドア越しから届く。

「父様の声が、聞こえる。死ねって、声が、聞こえる」

俺はぐっ、と奥歯を噛み締めた。

エミリオはきっとジューダスの子供の頃の、ヒューゴの子として一番純粋な頃の想いの塊だ。

父親だから。ただそれだけでヒューゴを純粋に愛し、尊敬していた。その真っ直ぐな想いを利用し踏みにじったヒューゴの行い。ダリルシェイドを浮上させる為に子を囮にし、海に沈めた。

エミリオがそれを受け入れるには、エミリオの想いは純粋すぎるのだ。

あまりにも哀れで、悲しくて、俺はドアを叩いていた手を強く握り締め俯いた。

そんな俺の思いとは裏腹に、背後から心底呆れたようなため息が届く。

「ジューダス?」

「いや、やっぱりこいつはガキだと思ってな」

「そりゃ、そうだろ。実際エミリオは子供だ。……ヒューゴを想っているからこそ、そうなんだろ」

「僕はその想いが邪魔だった。報われない想いを抱くのは辛かった」

「……あぁ。そうだろうな」

ジューダスの言葉に胸を掻き毟られる。当時のジューダスのことを思って辛くなり、エミリオを否定したがる様子に不安を抱いた。

だが、ジューダスは俺を安心させるように表情を和らげる。

「わかってる。これも、僕の大切な心の一部だ。……そうだろ?」

その言葉に俺は肩から力を抜いた。

ジューダスは、もうしっかり前を向いている。全て受け入れるのだと、覚悟を決めている。

俺と共に生きる為に。

ジューダスは再びドアに近づいた。「やめろ!」とエミリオの声が響く。だが今度はドアから離れはしなかった。

「よく聞け。……お前が父と信じた男は、本当の父じゃない。違ったんだ」

ジューダスの言葉に驚いたのはエミリオだけじゃなく俺もだった。どういうことだとジューダスに視線を向ける。ジューダスは無表情のまま続ける。

「本当の父を、僕たちは知らない。だけど、……多分、本当の父様は、僕たちを愛してくれていたんじゃないかと、思う」

「……わからない! わからない! 何を言っているんだ!」

「僕のところに来たらわかる。だから出て来い」

沈黙が降りた。きっとエミリオは今戸惑っていることだろう。俺にもジューダスの言葉の意味がわからないし、正直戸惑ってる。

ただ、ジューダスは一切揺るがずその場に立ってエミリオが出てくるのを待っていた。その綺麗な立ち姿からは嘘を言っているようには見えない。

それでもエミリオから返答はない。長い沈黙が場を支配し、やがてジューダスはその綺麗な立ち姿を崩し、腕を組んで不機嫌そうにドアを睨み付けた。俺は思わず冷や汗をかく。こいつは割りと短期なんだ。そして自分自身に容赦しない。

「いつまで逃げているつもりだ。ちゃんと向き合えば、もっと立ち向かえば、変わることがある。いつまでガキでいるつもりなんだ。臆病者め」

辛辣な言葉に俺は思わず苦言を入れたくなった。だが、ぐっと堪える。

きっと、こうしてジューダスの中で相反する想いが戦っているのだ。そしてジューダスがエミリオに向ける言葉は厳しい言葉だが、前を向けとそう言っている。

いつだったか、カイルがリアラから拒絶され、怖気づいていたときに叱咤したときの言葉に類似するものを感じる。

「そこに居続けたって、何も変わらないんだ。鎖はもうない。鎖があった頃も、出口はあったんだ」

鎖に閉じ込められた部屋で唯一閉ざすもののない窓を思い出す。おいおいジューダスさん、あのガキに窓から飛び降りろとでも仰るつもりですか。

……仰るつもりなのだろう。それだけの勇気を持って、傷つくことも厭わずヒューゴの元から離れることができたならば、変わることもあったのだろう。

傷つくことを恐れ、目の前の愛を諦め切れなかった子供を、俺はジューダスのように責める気持ちにはなれないが、ジューダスの言葉もまた間違ってはいない。

「恐れるな。たった一回想いが報われなかったからってなんだ。自ら手を伸ばさない限り、決して届きやしないんだ! それでもいいなら、ずっとそこにいろ! お前は一生、そこでひとりぼっちだ!!」

そう啖呵を切ってジューダスは扉に背を向け、俺の腕を取って引っ張り、部屋から離れようとする。エミリオの様子が心配で俺は扉へと目を向けるが、ジューダスは容赦なく引っ張り扉から離れる。

本当にこれでいいのかと思わずオドオドしていると、

「や、やだ!」

そう声が響き、扉がバタン、と開いた。

飛び出してきたエミリオの姿を見て、俺はジューダスへと視線を向ける。ジューダスは既にこちらを向いており、にやりと笑っていた。悪巧みを成功させたときのルーティさんの笑顔とダブって俺は思わず笑ってしまった。

全力で走ってくるエミリオを、ジューダスはその腕に受け止めた。すぅ、とエミリオの体が光って消え、ジューダスの中へと入っていく。

エミリオに抱きつかれた衝撃を殺しきれなかったのか、ジューダスはその場に座り込み、ふぅ、と大きく息を吐いた。そして顔を上げ、俺を見上げて笑う。

「……どうだ、ロニ。僕も少しは成長しただろう?」

「あぁ、すっげー成長した」

「全部、お前のおかげだな」

ジューダスは俺の言葉に満足そうに表情を和らげ、そして静かに目を閉じた。少しずつその顔が俯いていく。俺はジューダスの横に座り、その顔を覗き込む。

「ジューダス?」

「……忘れていたな。こんなにも……僕はあいつが……」

ジューダスは胸に手を当て、噛み締めるように言う。

「僕は、ヒューゴのことが憎かったんだ。……でも、こんなにも好きだった。ずっと期待してた。いつか振り向いてくれること」

くしゃりと、ジューダスの表情が歪む。今にも泣き出してしまいそうな、幼くも感じるその表情。

エミリオは確かにジューダスの元へと戻ったのだ。ジューダスは今、必死にその想いを受け止めているのだろう。

俺はジューダスを抱きしめた。そうしないと、壊れてバラバラになってしまいそうだと思った。

ジューダスは素直に俺の胸にしがみつき、声を震わせながら嘆いた。

「ずっと、褒めてもらいたかった。そのためにすごく頑張ったんだ僕は。勉強も、剣術も、誰にも負けないくらい」

「うん」

「役に立てるのが、嬉しかった」

「うん」

「マリアンを雇ってくれたとき、あの人でも家族を想うことがあるんだって、すごく嬉しかった」

「うん」

腕の中の細い体が、小さく振るえ始めていた。声も、どんどん震えていって、やがて胸が濡れる感触があった。

癖のない黒く綺麗な髪を何度も撫でる。きっと父親に、ずっとこうされたかっただろう。

「寂しかったな」

俺の言葉に呼応するようにジューダスの体は一際震えた。

「めちゃくちゃ、辛かったな」

ジューダスは俺の腕の中で少し身じろぎ、袖で乱暴に涙を拭って顔を上げた。

「うん。でも、もう大丈夫だ」

「あぁ、俺が一生愛してやる。俺がいくらでも褒めてやるよ。抱きしめてやるし、こうやって撫でてやるから」

「ふふ……嬉しいけれど、きっと現実でやると僕は意地っ張りだから、きっと怒ってしまうぞ」

「それもまたいいかもしんねぇ」

俺の言葉にジューダスはまだ涙の残る目のまま笑みを浮かべた。

そして甘えるようにまた俺の胸へと顔を埋めて、静かに語る。

「ロニ。僕がずっと父親だと思っていたヒューゴは、ミクトランだったんだ」

唐突に告げられた言葉の意味を俺はうまく飲み込めなかった。

「……どういうことだ?」

「天地戦争の時に、ソーディアン・ベルセリオスのコアにミクトランが精神を投影していたらしい。多分、あのカーレルと刺し違えた時に。それを、ヒューゴが偶然見つけて手にして、精神をミクトランに支配されたのだと……そう、エルレインは言っていた」

俺は押し黙るしかなかった。理解が追いつかなかったのだ。いや、理解はできる。できるけれど、歴史に隠されているその真実ひとつで、影でどれだけ多くの人たちが苦しんだか。それに思いを馳せる時間が圧倒的に足りない。

エルレインから聞いたというのだから、ジューダスは生前、最期までそれを知らなかったのだろう。

知らずに父と信じた男を愛し、恨み、捨てられ死んでいった。

「すごく、滑稽だ。僕はありもしないものを、必死に求めていたってわけだ。凄く、馬鹿馬鹿しくなった」

「……そんなこと、言うな」

自分を嘲笑うように表情を歪めるジューダスを、再び強く抱きしめる。

「お前の想いは何も変わらねぇよ。変わらず、綺麗だ。だから馬鹿にすんな。怒るぞ」

そう言ってやると、ジューダスの表情から毒気が抜けた。そのことに俺はほっとし、ジューダスをあやす様にその背を撫でながら、静かに考えた。

「きっとヒューゴがマリアンさんを雇ったのは、本当のお前の父さんが、お前を想ってのことだったんじゃねぇかな」

一人、ミクトランに支配され、実の子供を不幸に陥れることとなった父は、どれだけ苦しんだだろうか。俺は本当のヒューゴとやらを知らない。ジューダスすらも、知らない。ただ、あのヒューゴがミクトランだとするならば、マリアンを雇いジューダスに近づけさせたのは人質に取るためだけではないと思う。

「……そうだったら、嬉しい」

「きっとそうだ」

ジューダスもきっと本心ではそう信じているのだろう。さっきエミリオにそう言ったのだから。

ジューダスが告げたヒューゴの真実に、俺は口には言えずも、よかったと、思った。

あのヒューゴが実の父親じゃなくて、本当によかった。何も過去は変わらないけれど、むしろ悲劇は増えるばかりだけれど、でも、本当の父は愛していてくれたかもしれないと、そう信じることができるのだから。

「きっとお前の父さんは、お前のことをずっと愛したかったんだ。だから、自分がそうできない代わりに、願いをこめてマリアンさんを雇ってくれたんだよ」

それをまた利用されることになったのだが、でも、こうしてマリアンという存在は今もあの瓦礫をやさしく包み綺麗な花を咲かせているのだ。

「……マリアンは僕のことを、二人きりの時はエミリオって呼んでくれたんだ。僕がそう頼んだのもあるんだが」

ジューダスの語るその言葉だけで、マリアンという存在がどれだけ大きなものだったのが伝わってくる。ヒューゴに利用されることを受け入れながらも、マリアンの隣にいるときは本来のまだ若いたった16歳の子供としていられたのだろう。

「妬けちまう」

複雑な思いを素直に吐いてジューダスの頬に手をあてれば、ジューダスはふふ、と笑った。

そして再び遠い昔を思い出すように視線を虚空へ向ける。

「沢山、救われた。ずっと、マリアンが傍にいてくれることに、家族の温もりを感じていた。仮初めのものだったのかもしれないけれど」

「本物だよ」

間髪いれず、俺はそう言った。

マリアンはジューダスの母親じゃない。マリアンがジューダスに何を思って接していたかもわからない。でも、ジューダスがそう感じていたのなら、それは本物でいいのだ。それに、ヒューゴがジューダスに与えたかったのは間違いなくそれだ。絶対にそうだ。

ジューダスは暫く俺の腕の中で目を瞑っていた。時間が経つほど、ジューダスの肩から力が抜け、安心してくれているように感じた。

やがてジューダスはそっと俺から体を離した。

「ありがとう。もう大丈夫だ」

「もっとこうしてたっていいんだぜ?」

「ふふ、お前は本当に甘いな」

「お前が自分に厳しすぎるんだ」

「もう、大丈夫だ。ロニ」

そう言って立ち上がり、腕を差し伸べられ、反対に俺が立ち上がるのを助けられた。なんだかおかしな話だ。俺は苦笑しながらも尻の埃を払った。

「さて……帰るか」

「……あぁ」

そうして、俺たちは屋敷から出て、崩壊したインの町を後にした。

 

 

 

一度は切り離されたインとヨウの大地は再び繋がっていて、二つの町を隔てていた大きな壁は存在しなかった。インに背を向け暫く歩けば、やがて暖かい生きた町、ヨウが見えてくる。

草原いっぱいに吹き抜ける心地よい風を感じながらジューダスと一緒に歩く。

ふと、突然ジューダスは歩みを止めた。目を向ければ、ヨウの町を見ながら風に黒髪を揺らし、気持ちよさそうに目を細めている。

「あぁ…………僕は、生きるんだな」

「あぁ。お前は俺と一緒に生きる」

「この想いを、連れて」

そう言って、ジューダスは後ろを、インの町を見た。

「重い……な」

そう言いながらも、ジューダスの表情に影はない。ただその想いをしっかりと受け止めている。

「俺が支えてやる。大丈夫だ」

告げれば、ジューダスは頷く。

そしてこのインとヨウの境で、ゆっくりこの世界を見回した。

「僕の世界も、随分と変わったな」

「あぁ。色々あったな」

「壊れてしまったところとか、醜い部分もあるけれど……悪くないって思えるんだ」

そういって微笑むジューダスは、嬉しそうだった。

「よかった」

「……シャルがいたら、何って言っただろうな」

ふと呟かれたその言葉に、俺は何ともいえない気持ちになる。

現実ではもう存在しないシャルティエのことを思うと、なんと虚しく悲しいことか。

だが、この世界にはまだシャルティエはいる。

「……何て言うか、わからねぇか?」

思わぬ返しだったのだろう。俺の言葉にジューダスは目を丸めた。

「想像してみろよ。きっと、お前の想う通りなんじゃねぇかな。それだけ、長い時間一緒にいたんだろう? きっと、お前の心の中にずっと残っているはずだ。変わらず、ずっとお前を想って支えてくれてるはずだ」

ジューダスは瞳を震わせ、でもそっと目を伏せた。

「でも、シャルはこの世界にもいない」

「大切すぎて、亡くしたことにばっか目が行っちまってるだけだ。よく思い出せよ。シャルティエだったら今、なんて声をかける?」

ジューダスは目を瞬かせ、そして静かに考え込む。やがてその表情に穏やかさが戻った。

「「よかった」」

そう呟いたジューダスの言葉は、もう一人の声と重なった。

驚いてジューダスは顔を上げる。俺は不敵な笑みを浮かべてそいつが空からゆっくり降りてくるのを見た。

「シャル……」

「気づいてくれたんですね。僕がここにいることに」

「シャル!!」

「坊ちゃん」

ジューダスはそっとシャルティエの柄に手を伸ばし、掴み取ると自分の胸元へと引き寄せた。
「シャル……良かった。居たんだな、僕の世界に」

「当然ですよ。僕の想いはずっと坊ちゃんの傍にあります。そう言ったじゃないですか」

そのシャルティエの言葉に、ジューダスは顔をくしゃくしゃに歪ませながらも、本当に嬉しそうに微笑んだ。

正直妬けるが、ジューダスが嬉しそうで俺も嬉しい。

「無事に、受け入れることができたんだね」

「ああ」

シャルティエはジューダスの手元にあるが、敬語が外れてるってことは俺に向けての言葉なのだろう。わかりにくいんだかわかりやすいんだか。俺は笑いをこらえながら頷いた。

「ふふ、坊ちゃんの全ての名前を知っているのが、僕一人じゃなくなるのも、なんだかちょっと妬けちゃいますね」

「安心しろよシャルティエ。お前らの絆の深さは変わらず健在だよ。俺がどんだけ妬いてると思ってんだ」

「ふふふ」

笑うシャルティエの声からは余裕すら感じられて、少し俺はむかついた。

「ジューダス……その、俺も、エミリオって呼んだ方がいいか? お前がもし許してくれるなら、俺はお前の……」

「いや。今までどおりでいい」

「……そう、か」

にべもない即答に正直凹んだ。

ジューダスが愛おしそうにシャルティエを撫でるその姿を、恨めしく見つめる。そんな俺の姿にようやく気づいてシャルティエから俺へと視線を向けたジューダスは噴出すように笑った。

「残念がるな。確かに僕は名前に拘っていた。でも、今は違う」

ジューダスにとって大切な人、マリアンさんに本名を呼ばせていたように、俺もそんな存在になりたかった。その想いを汲み取ったジューダスは俺を諭すように言う。

「名前なんてただの記号だ。僕は、名前じゃなくてヒューゴの血縁として、エミリオという存在を認めてくれる人が欲しかっただけなんだ。それに反発して第七階層ではリオンの名に固執し、そしてジューダスはそんなエミリオとリオンの存在を全く別物として考えていたかった」

ジューダスはシャルティエから手を離す。シャルティエはそっとジューダスの隣に浮き上がった。その姿を見つめて微笑み、次にその笑みを俺にも向ける。

「でも、もう違う。全部ひっくるめて、僕だ。全部抱えて生きていくって決めたんだ。そして、それをお前はわかってくれている。全部、見てきてくれた」

あぁ……ああ、そうだった。

「シャルもそうだ。こいつはずっと僕を見てきたから、変わらず僕を坊ちゃん、と呼び続けてくれた。二度名前が変わったが、それが変わったことはない」

「……あぁ……くそ、妬けるな」

「へへーん! 当然だよ。僕はそれだけずっと坊ちゃんと一緒だったんだから!」

シャルティエの勝ち誇る声を聞きつつも、今だけは何もいえない。

まったく、嫉妬の感情に狂わされて当たり前の大切なことを忘れたものだ。くだらないことを言ってしまった。

「まぁ、そんなわけだから。今までどおりでいい。……お前がそう呼びたいというのなら構わないが、別にわざわざ名前を変えて呼んでくれなくても、お前の思いは僕にもう届いている。そういうことだ」

自分のくだらない言葉を恥じていた俺の顔が、一気に茹で上がるのを感じた。とんでもねぇデレを見た気がする。

同時に、心底安心した。第七階層では伝わっていなかった想い。今はしっかり伝わっているから、安心しろと、そうジューダスは言って穏やかに微笑むのだ。

「そっか。なら安心だ」

俺は頬を染めながらも、心から笑顔を浮かべた。

 


■あとがき

今日はここまでで!

第九階層ジュダちゃんはずいぶんと成長しましたし、たくましくなったよね!

なんかもう心配しなくていい感じで、逆にロニを支えてくれそうですw

強くなったなー! これもそれも全部ロニのおかげやでー! 生きることを諦めてすぐにも消えてなくなってしまいそうだったあのはかないジュダちゃんが懐かしい!

ジューダス好きからしたらエミリオ呼びって夢があるんだけれど、あえてジューダスのままでいっかなーと思った今日この頃です。もうここまで丸々見ちゃったら、今更エミリオ呼びするのも返ってなんだか薄っぺらい! それほどにコスモスフィア第九階層って深いよなぁとw

名前の呼び方で確かめ合わなくても伝わる想い イイトオモイマセンカーーーー!!!!

 

 

今回の個人的な萌えポイント

廃墟をやさしく包み込むマリアンの花

ジューダスがエミリオに啖呵切るとこ

ロニがジューダスにめちゃくちゃ辛かったなってヨシヨシするとこ

わざわざ名前を変えて呼んでくれなくても、お前の思いは僕にもう届いている ←コレ! コレ!

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