はぁ、と小さくため息が漏れる。
自分も若くしてレンズハンターとなり旅に出ていた身ではある。それでも、だからこそ、旅の危険は熟知しており、愛しい我が子を出したくなかった。
窓から漏れる光は眩しく、その傾きからまだカイルが旅に出て数時間しか経っていないことを教えた。
その短い間に、彼女が皿を洗うその手を止める回数は二桁を越えた。それ故未だに皿を洗い終えることができていない。
「ルーティ」
スタンが苦笑しながらも諭すように声をかける。
彼のこの様な時の声色は、どれだけ冷え切った思考も優しく解かされる。
思わずルーティの眉が垂れ下がった。
「わかってるわ、あんたの子供だもんね」
「俺達の、な」
険しい表情など欠片も見せず、どこまでも穏やかにそう言ってのけるスタンに悔しさを覚え、ルーティはふんとスタンから眼を背けた。
「思えばあんたもリリスちゃんをほったらかして飛び出しちゃったんだし?」
「あははは」
スタンが乾いた声を出す。
ぼさぼさな頭をかきむしる様は今も18年前も変わらない。
「…大丈夫よね」
「ロニもついてる。きっとあいつなら、大切なもの見つけてくるさ」
スタンはそう言うと、外で遊ぶ子供達を窓から眺めた後、洗濯籠を手に階段を上る。それを視界の端で見ながら、ルーティも同じように窓の外を見る。
その中にあの眩しすぎる金髪が見えないことに、ルーティは大きくため息をついて視線を戻した。止めていた手を動かす。水と食器の音が鳴り始めても外から聞こえてくる子供達の声は変わらず聞こえてきた。
元気にはしゃぐ子供達の声を聞いていると、どうしても金髪と銀髪を思い浮かべる。
小さいころから二人で悪戯ばかりしていて、他の子供達も巻き込んで元気よく遊んでいた。そんな彼らのはしゃぐ声が、子供達の声に釣られるように幻聴となってルーティの耳に届くのだ。
「だーっもうがっつくなよ」
「ロニにいちゃーん」
ルーティーは目を閉じて、その昔の残影に微笑む。
いつしか、彼らの声は大人びたものになっていた。もう心配する必要はないのだと、母に教え込むかのように。いつものおどけた口調であるのは変わらないというのに、落ち着いた低い、声変わりを果たした声。
ああ、彼らは、大人になったのだ。ずっと近くに居たから、気付かなかった。
唐突に、不安は安心へと変わり、肩の力がすっと抜ける。
その時、キィッ、と音を立てて古い孤児院の扉が開いた。
また、誰かが喧嘩でもしたのだろうか。苦笑し、光が漏れるそちらへと眼を向ける。
あまりの眩しさに、眼を細めた。漏れる金色は外からの光だけではなかった。
ルーティは眩しさを忘れて眼を瞠る。
「あんた……」
「ただいま、母さん!」
ルーティは息子が話す途方のない物語に唖然としていた。
それでも、自身も1000年前に作られたソーディアンのマスターとなっていた身で、馬鹿にもできず話を聞いているところである。
孤児院の長テーブルを挟み、片側にスタンとルーティ、もう一方にカイル、ロニ、そしてカイルが連れ帰った女の子リアラが座っている。
「…今流れている現代の時間だと…たったの数時間なんだね…俺達の旅」
すべて話し終えた後、カイルはらしくない自嘲気味な笑みを浮かべて頭を掻く。そういうところはスタンにそっくりだ。
「父さん、母さん。でも、たった数時間だけど、俺達にとって長い長い…旅だった。俺、父さんとの約束ちゃんと果たしてきたんだよ」
隣にいる少女と目を合わせ、優しく微笑む彼は本当に金色の英雄と重なった。
スタンはというと、軽く頷き、「そうか」と優しく言う。今のカイルの姿を見て、約束が果たされていることは十二分に分かったのだ。
この小さな孤児院の中は、全てが成し遂げられたような安堵感と幸せで満ちていた。
ルーティはその安堵感に押され、笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃああんた達の旅はもう終わり?リアラちゃん孤児院で一緒に暮らすわよね?人手が足りないところだからよかったわ」
笑いながら一気にまくし立てるルーティにカイル達は顔を見合わせる。
しばらく3人は何を言うでもなく顔を見合わせて、小さく頷いた。
その神妙な面持ちに、ルーティは先ほどまでの空気は何だったのだと、詐欺に合ったような気持ちになる。
でも、仕方のないことなのだ。あの一瞬の空気は、この孤児院の中のものだけだったのだから。彼は、クレスタを出て、世界に触れたのだ。この幸せの中だけには留まれないのだろう。
仕方が無いことなのだと、もう一度、誰に言われるまでもなくルーティは納得する。どうしても込み上げてくる落胆を、無理やり笑みに隠し、ルーティは息子が次に告げる言葉を待った。
「あの…母さん、悪いんだけど」
「なに?まだ何かあるの?」
「ルーティ」
隣から失笑しながらスタンが声をかける。ルーティの心情などお見通しと言わんばかりの笑いにルーティはため息をついた。カイルが申し訳なさそうに頭を低くするが、それでもその眼は決意に満ちている。
「……旅終わらないのね」
「うん…でもちょっと行ってくるだけだから。もう一人、大切な仲間がいるんだ。…それに、行方はわからないけど…探したい仲間もいるし」
「そう」
ルーティは緊張を抜くようにその場で伸びをし、椅子から立ち上がり息子に背を向けた。
「わかったわ。まったく、ちょっと前に送り出したばかりだっていうのに、いいわよ。もう覚悟したんだから行ってきなさい」
「うん、ありがとう!」
「何ならリアラちゃんと出会ってそのまま行けばよかったのに」
ルーティが口を尖らせながらぼやくのを見て、ロニが思わず苦笑いをする。
「こいつがどうしても旅のこと話したいっていうもんで」
「そう…そうね、話してくれてありがと」
「うん、それじゃ、行ってくるね!」
カイルは勢いよく立ち上がると、孤児院を飛び出していった。
ロニとリアラもそれを追う。
本当に、あっという間だった。一日くらい泊まっていけばいいのに。そんなことも思ったが、思えばそう、彼らは今日旅に出たばかりなのだ。なんとも不思議なものである。
ルーティは振り返り、いつの間にか大きくなった息子の背を見送った。
そっと、スタンがルーティの肩に手を添える。もう当たり前になったその触れあいに、ルーティは心地よさを覚えつつも表情一つ動かさず、ただ彼らを見ている。
「ずいぶんと大きくなったわね。ほんと」
「あぁ、それにしても、俺死んでたなんてひどいよなぁ」
スタンが間抜けな声を出しながら言うのに、ルーティも小さく笑った。
その瞬間、体がぶるりと小さく振るえ、ルーティの笑みは消えた。
「でも、なんとなく…わかる気がするかも」
「そうなのか?ルーティもその、なんだ?神が居た世界の記憶が戻ったのか?」
「ううん、覚えてないけど」
ルーティは口元に笑みを浮かべながらスタンを睨みつける。
「なんか無性にあんたを殴りたくなったからね」
「なっなんでだよ!それでなくても毎日殴られてるのに!」
大慌てになるスタンに、ルーティはけらけらと笑った。
一瞬沸いた怒りは、そんなスタンのいつもの姿に見る見る消えていった。
今は、ちゃんと隣に居る。だからきっと、別の世界の自分が、彼のことを許してあげたのだ。なんて寛大なのだろうか。そんなことを考えながら、ルーティは一頻り笑った。
息子が語ってくれた長い長い旅の話。
それらを聞き、英雄ごっこばかりしていた少年が本当に英雄となったことを知り、ルーティは遠くを見つめる。
なんだかこのことを、伝えたくなったのだ。これが子の成長を喜ぶ親の気持ちなのだろうか。きっと、冷たく「親馬鹿」と一言蔑まれるだけなのだろう。そして私はむかっと来て、ちょっとした口喧嘩をするのだ。そんなことが予想されるのに、それでも、ルーティは伝えに行きたくなった。
「ねぇ、久しぶりに一緒に行かない?あいつのとこ」
「………あぁ、そうだな」
眼を瞠り、一瞬間を置いてから嬉しそうに頷いたところを見ると、スタンも同じことを考えていたようだ。ルーティはくすりと笑い、孤児院から出る。
「あんたそっくりの馬鹿が大きくなったこと、報告にいかなきゃ」
カイル達はクレスタを出、ダリルシェイド方面へと歩いていた。
左手にラグナ遺跡がうっすらと見える。それを目を細めながら眺めた後、カイルは後方のロニに話しかけた。
「えーっと、ナナリーがいるホープタウンに行くには………とりあえずアイグレッテに行かなきゃだね!」
「あぁ、そうだな。よく覚えてるじゃねぇか珍しい」
「ロニひっでぇなあ!あれだけ旅したんだよ?覚えてるさっ」
カイルは自信満々に胸を叩く。
ロニはそうかと笑いながらも、脳裏に浮かぶのは一度歩いた場所も普通に道を間違えるカイルの姿と、その度に彼を馬鹿呼ばわりした仮面の男。
カイルがジューダスを探そうとしているのは目に見えているが、と、そこまで考えてロニはため息をついた。
「ねぇロニ、ダリルシェイドに寄っていこうよ!俺達とジューダスが出会ったところにさ…」
「あぁ、いいぜ」
一言返せばカイルは嬉しそうに足を速める。リアラはそれに急いでついていく。少し表情が暗いのは…彼女もまた、カイルの探す人が見つからないと思っているからだろうか。
ジューダスは、恐らくもう居ない。彼は18年前に死んだのだから。1000年前を生きていたハロルドに会えないのと同様に。
その現実を見ながらもロニはカイルと同じ気持ちも抱いていた。
1000年前を生きているハロルドと18年前に死んだジューダス。
決定的に違うのは、ジューダスがどの歴史にも存在しない者だということ。
それはリアラとどこか似ている。だから、彼もまた、何らかの奇跡で戻っているのではないか。そんな考えが過ぎるのだ。
生暖かい気候の中、涼しい風が吹き抜けて、ロニは思考をとめた。
そして思わず笑みをこぼす。
(俺も、結構あいつと張れるくらいの意地っぱりかもしんねぇ)
自分がつらつらと並べた考えを一掃した。
理屈なんてどうでもいい。奇跡だとか、可能性だとか、別にいっそのことなんだっていい。
(ただ、生きていてほしいんだ)
生への執着がまるでない、あの悲しい少年を救えなかったことに、きっと自分は後悔している。
それでも、教会にかかるハンモックの上に漆黒はなく、薄い影が揺らめくだけだった。
コツコツというどこか心地よい靴の奏でる音と、軽い布が擦れる音が路地裏を通り過ぎる。薄汚れたその場所には不似合いすぎる真っ白な衣を羽織る聖女。その少し後ろを正反対の色を持つ少年が歩く。漆黒の髪に同色の衣服。白いのは彼の肌くらいだ。
黒衣の少年は紫紺の瞳を細める。先ほどから異常な程に視線を感じるのだ。
この二人の格好から目立つのは仕方のないことだが、薄汚い欲望に満ち溢れた気は、彼の整った顔を歪ませるには十分だった。
どこに行ってもそう、18年たった今でも満足に暮らせない者が多くいる。
このアイグレッテでもだ。路地裏の通りには家を持たない者が溢れかえっていた。
そっと、少年は斜め前を歩く聖女を見る。
彼女は地面に座り込む人たちを哀れむように見ながら真っ直ぐ歩いていた。
ふと、少年からの視線に気づき彼女は呟く。
「人の力には限りがある。この者たちすべてを救うには…神の力が必要なのだ」
「……」
黒衣の少年は黙ったまま聖女を睨んだ。彼女はまたそれを哀れみ静かに前を向く。
「人は何かを犠牲にせねば幸せにはなれぬ生き物。すべてを幸せにするには、神にすがるしかない」
「そのお前も、何かを犠牲にしてきているのではないのか」
「その犠牲となった者たちも、真の神が光臨さえすれば救うことができるのだ」
少年は聖女の言葉を鼻で笑うとそのまま黙った。
聖女は少年の態度に何も反応を返さず、ただ歩みを進める。
道端に座り込む人間からの視線がようやく一度途切れたところで、突然、曲がり角から何かが飛び出してきた。
「きゃっ」
町の住民だろうか、急いでいたらしく、狭い十字路を飛び出した彼女は白に吸い込まれるように聖女ぶつかる。
女は「すみません」と頭を必死に下げようとしたとき、聖女の衣服を見て動きを止める。
しばらくして、女性は突然その場に座り込んで頭を下げた。
「お願いします…何でもいいので恵んではもらえないでしょうか…私は何でもします。この子が…病気にかかってるみたいで、薬を買うお金もなく!」
額を地面に擦るまでに頭を下げる女。その腕には布に包まれた赤ん坊が居た。
赤ん坊は薄く目を開けた状態で、不規則に小さな息を続けるばかりで泣くこともしない。
半ば泣きながら祈願する女に、聖女はその場に座り込むと女の肩を叩く。
「赤ちゃんを、見せてはもらえませんか」
「え…」
そっと、聖女は女が抱く赤ん坊の頬を包むように手を添え、目を閉じた。
彼女の首にかかるレンズから淡い光があふれ出す。 涙に揺れる女の瞳が大きく開いた。
奇跡の力。少年は聖女が一般の女性にためらいなくそれを使うのに目を細める。
リアラのものより強い光は赤ん坊に吸い込まれ、徐々に呼吸がしっかりとしたものになっていく。
光が収まったと同時に赤ん坊は火がついたように泣き出した。
女性は何が起きたかわからず呆けていたが、すぐに慌てながら赤ん坊をあやしはじめる。
しばらくすると赤ん坊は泣き止み、時に笑い始めた。
唖然としたまま赤ん坊をあやしていた女の眼から、やがて涙が溢れ、そして零れた。
まだ何が起こったのか分からずに動揺から揺れている眼だったが、それでも、我が子が助かったという事実だけはしっかりと受け取ったのだろう。
やがて女は我に返り、腕の中の命を強く抱きしめながら深く頭を下げた。
「あ…ありがとうございます…ありがとうございます!」
「いえ……良かったです」
聖女は暖かい微笑みを浮かべ、赤ん坊の小さな手を指で触る。
赤ん坊はその人差し指をぎゅっと握り締めてきゃっきゃと笑った。聖女はそれを見て、道端に咲く花のように素朴な、それでも可憐な、ふわりとした笑みを零した。
そんな聖女の姿を見て、女もまた涙を流しながらも微笑んだ。
敵だった女の聖母のような姿に、少年は少しばかり彼女に対する嫌悪感が薄れたのを自覚する。聖女が慈善活動をしているのは全て歴史改変をする為だけのものだと思っていた。哀れみと怒り以外の表情を知らなかった。
(それでも…こいつは)
彼女の掲げる理想の世界は飛躍しすぎている。
それが真実、人々を想う気持ちからできているとはいえ、それが18年前にオベロン社が飲んだ劇薬以外の何物でもない。
「それでは…私達はこれで」
「本当に…ありがとうございます…っありがとうございます!」
何度も赤ん坊を大切に抱きながら頭を下げる女性に聖女はもう一度微笑みかけ、奥へと歩いていった。
黒衣の少年も女性の横を通り過ぎ、聖女の後ろをついていく。
しばらくして、聖女ははっきりとした声で呟いた。
「いきますよ、リオン=マグナス。あのような可哀想な人がいなくなる、幸福の世界をつくるため、ストレイライズ大神殿へ」
ジューダスは、もう見えない若い母親の泣く姿を思い返し、顔を顰めた。
「ダリルシェイド…誰もいなかったね」
「あぁ、そうだな…」
ダリルシェイドを出て、ハーメンツヴァレーへと向かう道。
目に見えて落胆するカイルにロニはボサボサの金髪を撫で回してやる。
どうやら本当にあの捻くれ者がダリルシェイドに居ると思っていたようだ。とはいえ、ロニ自身期待していなかったとなると嘘になるが
「ダリルシェイドにいた神団の人も、俺達見て捕まえようとしないし」
「そりゃこっちでレンズぶっ壊しちゃいねぇからな」
「牢屋で俺英雄になる!って叫んでも…ジューダス出てきてくれない」
冗談のように聞こえる言葉にロニは苦笑いする。
それでも、カイルにとっては掛け替えのない思い出だった。
「今度は神殿で変なおっさんにでも襲われるマネすっか?」
「むー!」
笑いながらいえば頬を膨らませてこちらを睨んでくるカイル。
流石に、そこまでする気はないのだろうか。
だが、蒼い瞳は不満をたっぷりと含んでロニを睨みつけていた。ロニが無駄だということを前提にその言葉を出したのが不服なようだ。
それでも、現実的なのはどう見てもロニのほうだ。
「ふふ、カイルったら」
くすくすと笑うリアラにカイルが笑い返す。だが、やがてその表情は沈んでしまった。
リアラも釣られて笑顔が消え、心配そうにカイルの顔を覗き込む。
不安、焦燥、悲愴、色んなものが混ざってカイルの眉間に皺が一つ刻まれる。
「ねぇロニ……ジューダスどこかにいるのかな…?」
カイルの表情を横目でちらりとだけ確認し、ロニは眼を瞑った。
「さぁな」
「さぁなって!」
ロニのあまりに軽い流しにカイルは怒り、ロニに詰め寄る。
リアラが驚いて数歩下がったのも気にせず、目を吊り上げて拳を握り締め、カイルはロニに怒鳴った。
「ロニはジューダスのこと!」
「だが」
カイルの言葉を遮るように強くロニが言う。
閉じていた眼を開け、ロニは怯むことなく真っ直ぐカイルを見た。
「生きてて欲しいって思ってるさ」
「…そうだよね…ごめん」
落ち着きを取り戻し、再び沈むカイルに忙しい奴だとロニは苦笑する。
ロニにはそこまで純粋に、真っ直ぐには生きられない。どうしようもできない現実を沢山見てきたから。
それでも、彼は、仮面の少年の生を望んでいる。その事実に変わりはない。
カイルを何とか励まそうと、リアラが微笑みながら声をかける。
「カイル…旅をしていたら会えるかもしれないわ。ね?焦らなくていいと想うの」
「…うん。ありがとうリアラ!よーしリアラ!ロニ!ナナリーに会いに行こう!」
リアラの笑みは、カイルには効果覿面だったらしい。
一気に表情を明るくし、少年のことは気になるが、今はどうしようもない。とりあえずの目的としては、何年も会ってない友のような、そんな不思議な関係となったもう一人の仲間だ。
「ナナリー元気にしてるかな!」
「さぁなー…にしてもあいつ、今は9歳のがきんちょだろ?想像つかねぇ」
ロニも空を見上げながら腕を組み、ナナリーの姿を思い浮かべる。
その瞬間出てくるのが関節技の痛さなのが悲しいところだったが、それは確かに彼女が己と対等な存在であった証だった。
今の彼女は、クレスタの孤児院に居る子供達となんら変わらない姿なのだと思うと、むずかゆい。
「…餓鬼の間に教育しておかねぇとな」
「ナナリーも旅のこと思い出して教育水の泡!とかにならないかな」
「お前楽しそうに悪夢つぶやいてんじゃねぇよ」
ロニがカイルを小突けばリアラが楽しそうに笑った。
「でも、ナナリー小さいから関節技はさすがに出来ないんじゃないかしら?」
「リアラ~!ナナリーだぜ?関節技が出来なかったら弓持ち出すに決まってる!俺の命が危険だ!」
彼らは消えた旅の思い出と今から会いに行く仲間の姿を思い浮かべながら、まずはチェリクへと渡るためアイグレッテを目指した。
その場所に、消えていった仲間がいることなど露とも知らずに
アイグレッテについた彼らは変わりない人の多さに旅を思い出しながら歩いていく。
すでに宿を取り一泊した後だ。今はこれからの旅の買出しをする為、アイグレッテグランドバザールへと着ていた。ホープタウンへ向かうには過酷な砂漠道が待っている。
「うーん、前はイクシフォスラーあったから楽だったんだけどなぁ」
「まぁな、だがジューダスがいねぇんじゃ動かしもできねぇし、陛下にも会わねぇとだしな」
売ってあるフード付きのマントを選びながらカイルがぼやくのにロニが言う。
仕方のないことではあるが、それでもやはりあの砂漠を思うと憂鬱になる。アイグレッテに砂漠越え用のマントなぞ無く、限られた中から自分の体に合ったものをそれぞれ掴んだ。
「よし、ロニ。決まったよ」
「おう。じゃあ次は食料だな」
3人分のマントを手に取り、ロニは会計を済ませにカウンターへと向う。
それを待つ間もカイルはきょろきょろとあたりを見回し、ふと一点に眼が留まる。
「うお、すっげぇ!タコの丸焼きだ!リアラー!みてみてー!」
「きゃっすごい…」
そのままカイルとリアラは人ごみの間に消えていって、会計を終えたロニは目を点にして先ほどまで二人が居た場所を見る。心なしかロニの周りだけ閑古鳥が鳴いているようだった。
「…おいおい…食料全部俺で買えってかぁ!?おいカイルー!」
3人分のマントはそれなりに重く、肩に担いで走るのは結構な重労働だ。
そんな兄貴分にはお構いなしに、子供達は珍しいものがいっぱいなバザールを走り回っている。
無邪気に戯れるカップルは実に微笑ましく。そして激しくロニの心を切り裂いていった。
「あー…もう、お前ら…羨ましいこって…チッキショー!いいぜいいぜ!俺も新しい出会いみつけてやんもんねー!」
買い物袋をその場に、両手を突き出して怒鳴る大人に周囲から異様な視線がくるが、ロニは気にせずにきょろきょろとあたりを見回し、見つけた美女のほうへと走っていった。
ストッパーのない旅の一行は実にはちゃめちゃである。
それぞれが目の前の事に夢中になり、人ごみの中を走り回る。
その中で、白と黒が通り過ぎていくのに気づいた者はいない。
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