dive – 9.現実世界

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意識の遠くで、荒い息遣いが聞こえてくる。それはどんどんと近づいていき、はっきりと現実に返ってきたことを実感したときに、直ぐ近くから発せられていることに気づいた。

「ハァ、ハァ……ぁっ……ハァ」

視界が戻り、俺はレンズを乗せた自分の手をただ見ていることに気づく。遅れて、その手に重ねられているはずの白い手が存在しないことに気づいた。

「ジューダス!?」

いつもならダイブを始めるときと同じ体制で向かい合ってその場に立つジューダスがいるはず。だが、今回は違った。ジューダスは俺の足元に倒れこんで胸元を押さえ、荒い呼吸をしていた。俺は慌ててレンズをベッドに放り投げて屈みこむ。

「ジューダス、おい、どうした!?」

「ヒュッ……ゲホッ……ハァ……」

ヒュウ、ヒュウ、とジューダスの喉から無理やり酸素を取り込む音がする。呼吸がやけに速く、薄い肩がびくついている。正常に呼吸ができていない。

ジューダスはコスモスフィアでの出来事を記憶しないはずだが……やはりあの海水で溺れる感覚が影響したのか。

「ジューダス、落ち着け。呼吸をゆっくりするんだ。息を吐け」

「ハッ……あ……ハァ……」

丸まった背中を撫で、体を俺の方へと寄せてもたれさせてやる。仮面のでこぼこしてるのが痛いが気にする余裕もなかった。ジューダスの体は震えて冷え切っていた。

「ジューダス……っ!」

「あ……」

今まで硬く閉ざされていた瞼が開く。同時に、呼吸が少しずつ落ち着いてきた。

「とりあえず、ベッドに移動するぞ」

足に腕をかけて持ち上げる。初めてだが、軽い。

直ぐ後ろのベッドへと移動させてやる。意識が戻ったのか、起き上がろうとするのを無理やり押さえつけた。

「大人しくしてろ」

そして再度背中をさする。

ジューダスがこうなったのは、間違いなくコスモスフィアでの出来事のせいだ。なんてことだ……。処刑を止められなかったことを、今になって激しく悔やんだ。

「ロニ……もう、大丈夫だ」

「あ、あぁ……」

背中をさすっていた腕にジューダスの手がかかり、止められる。俺はベッドに乗り上げていた右膝を戻した。

ジューダスは布団にしがみつくようにシーツを掴み、ぎゅっと一度体を硬くして、そして大きく息を吐いた。

「……何か、見たのか」

「……何かって?」

「ダイブして、何か……わかったか」

俺は小さく首を横に振った。こいつは確認しているのだろう。俺に知らせたくなかった罪状とやらが明かされたかどうかを

「未だにお前の素性も素顔も、本名すらも何もわかってねぇよ」

「……そうか」

ジューダスの瞳が揺らぐ。俺はまだ何も知らない。そう伝えたというのに、ジューダスは安堵しているようには見えなかった。その瞳は、不安で揺らいでいる。いつかあの世界のように、カイルやナナリー、そして俺から、憎しみをぶつけられる日が来ることを、恐れている。

俺は、俺はそんなことしない。決して。でも、今の俺にはそれをこいつに伝える術がない。何もできないのだ。できるとするならば……。

「ジューダス……悪かった。今回のダイブがお前に負担をかけちまった。……暫くは……ダイブはしねぇよ」

知られることを恐れているのなら、それでお前がこんなに傷つくというのなら、俺はもうダイブはしない。それが今の俺に唯一できることだ。

もう二度とダイブはできないかもしれない。そう伝えることはできなかった。完全に諦めることはできない。でも、いつか罪状とやらを知れる機会が来るまでは、少なくともダイブはしない。ふとしたきっかけで知る日が来たならば……または、ジューダスから言ってくれる日がきたならば、そのとき、俺はあの世界を否定しにいく。

ジューダスは伺うような目で俺を見つめた後、視線をそらし、「そうか」と呟いた。ようやく、僅かながらも安心したように見えた。

「もう、休もうか。悪かったな、ジューダス」

再度謝り、ベッドから離れソファへ向かう。ごそごそと、背後でジューダスが寝返りを打つ音が聞こえた。

「謝るな」

小さくジューダスの声が響く。振り向くが、ジューダスは俺に背を向けていて表情はわからない。

「……ロニ、僕は……そのときが来たら」

ぎりぎりで聞き取れるか、取れないか、そんな声量だった。

「覚悟している……好きにして、いい」

ごそ、と布団を引き上げ、ジューダスの頭は半分ほど布団に隠された。俺は部屋の電気を消し、旅の荷物の中から毛布を取り出し、それに包まってソファに寝転がった。

好きにしていい、だと? ふざけんな、ふざけんなよ。俺はあんなことはしない。お前を傷つけるようなことは、絶対。

そう、どれだけ口に出したとしても、今は決して届かないんだ。

 

 

 

 

 

それから、俺がジューダスの罪状を知るまで、そう時間はかからなかった。

光の祠からダイクロフトへと上がった俺達は、エルレインと対峙していた。

「どんな綺麗事を口にしたところで、消してしまいたいほど辛い過去が誰にでもある」

与えられる幸福を否定する俺達に、エルレインは哀れむような表情で言う。そして、その目は不意に俺の後ろの方へ投げられた。

「例えばそう、そこにいるジューダス……いや、リオン・マグナスのように」

エルレインの視線を追って、後ろを振り返る。そこには表情を強張らせたジューダスが居た。エルレインの言葉を理解するまでに、少し時間がかかった。

「……リオン・マグナス?」

「神の眼を巡る騒乱で四英雄を裏切ったっていう、あの!?」

ナナリーからも驚愕の声が上がる。そんな馬鹿な、リオン・マグナスはあの神の眼の騒乱で死んだはずだ。裏切った相手である四英雄に斬られて。

「そう。無念を残して死んだ彼に機会を与えたのだ」

神の御使いであるエルレインは淡々とした口調で言った。

機会を、与えた? エルレインがリオンを生き返らせたってことか? でも、何で

「でたらめを言うなっ!」

カイルが吼える。時には英雄ごっこと称して悪役であるリオンを倒す英雄の真似事もしたことがあるカイルだ。到底信じられることではない。リオンとは、あまりに身近な歴史に名を連ねた大悪党だ。ソーディアンマスターでありながらも、同じソーディアンマスターである四英雄を裏切ったことから首謀者のヒューゴと名を連ねる程、有名な大罪人だ。

俺もまた、ヒューゴとリオンが居なければ両親を失うことはなかったのだと、死んだ彼らの名に恨みを抱えて生きてきた。

「でたらめかどうかは、そこにいる本人に聞けばわかること……」

皆、エルレインに向けていた視線をジューダスへと向けた。ジューダスは無表情だった。

「なんで黙ってるんだ!? 僕はリオンなんかじゃないって、そう言ってやれよ、ジューダス!」

カイルは尚も叫ぶ。対照的にジューダスはあまりに静かで、俺は一足先にその事実を受け入れた。こいつは本当に、リオン・マグナスなのだ。ジューダスの唇が開いていくのが、やけに遅く感じた。

「僕はリオン。リオン・マグナスだ」

カイルが絶句する。俺は、混乱していた。だってあまりにも俺が恨んできたリオンという罪人と、目の前のジューダスが重ならない。

「そ、そんな……どうして……」

カイルが小さく首を横に振るのを、俺達の反応を、ジューダスは静かに見ていた。全部受け入れていた。

だが俺は気づいた。その仮面の奥の瞳が、僅かに揺れていることを。

突如背後から強い光が差す。振り返ったとき、エルレインはレンズに向かって両手を掲げていた。

「神よ! 大いなる御魂をここに!」

ここで、俺の意識は途切れた。

 

 

 

エルレインによって与えられた夢は、幸福だった。いい世界だった。スタンさんもルーティさんも居る。俺の両親も元気で、ダリルシェイドは崩壊していない。それでも俺はカイルや皆と仲良くやっていて。

それでも、それは全て夢でしかないんだ。本当はスタンさんは死んでしまって、俺はずっとその罪悪感に苛まれて生きてきた。ただ、それをバネに、俺はカイルを守るんだと、カイルのいい兄貴になるんだと、スタンさんの分まで一生懸命生きてきたんだ。それらを全て無かったことにされて、たまるものか。

俺がずっと隠してきた罪も、カイルの前に暴かれることになった。カイルがどんな反応をするのか、考えるだけで恐ろしかった。だが、カイルは受け入れた。現実を受け入れ、そしてあいつは俺の痛みを受け入れてくれた。

凄く、安心した。憑き物が落ちたようだった。同時に、きっと俺と同じ思いで隠しごとをしてきたジューダスを思った。

次は、ジューダスの夢だ。

「最後は……ジューダスの記憶、か」

「正確には、リオン・マグナスの記憶ということになるがな」

カイルの言葉に答えながら、俺はリオンとしてあいつをどう受け止めたらよいか、分からなくなっていた。

今でもジューダスとリオンが同一人物には到底思えない。ただ、あいつのコスモスフィアの中にスタンさんとルーティさんが居た理由だとか、オベロン社関連に詳しかった理由に納得がいった程度だ。

リオン・マグナスは、一体どんな夢を見るのだろうか。

ダイクロフトを甦らせ、天地戦争の再来とも言える状況にして、天上側へと行って地上の人間見下ろして、他の誰かよりいい暮らしをする。そんな欲の夢だったり、するのだろうか。……とても、ジューダスがそんなことを考えているなんて思えない。だが、俺達はリオンをそういう奴だって認識してきたんだ。

「ちょっと、誰か来るよ」

どこかの洞窟らしきこの場所に、複数の足音が響く。辺りを見回す俺達の前に、突如人が四人走り抜けていった。その人たちは、

「母さん!?」

「スタンさん……」

「まさか、四英雄かい!?」

厳しい表情で走り抜けた四英雄の姿を目で追った先には、一人の男が立っていた。

開けた場所に人の手が加えられているように見える階段状の岩があり、その奥に更に道が続いているように見える。その道を塞ぐように、男は立っている。服装は違う。仮面も被っていない。だが、そこに立っていたのはジューダスだった。いつもの黒一色の服ではなく、随分と鮮やかな格好で雰囲気が違って見えた。あれはジューダスではなく、生前のリオン・マグナスか。

リオンは剣を抜いた。彼に駆け寄る四英雄の足が止まる。

「何の真似だ、リオン!」

スタンさんの声が遠くから響く。それに対し、リオンは何かを言っているようだが冷静に淡々と告げているだろう言葉は俺達のところまハッキリとは届かなかった。

「え……もしかして、ここ……」

ナナリーが呟く。俺もまた、おそらくナナリーと同じ事を考えた。

スタンさん達の緊張した面持ち、四英雄と対峙するリオン・マグナス、洞窟。これは、神の眼を巡る騒乱として語り継がれる中でも有名な、裏切り者リオン・マグナスを四英雄が討った、海底洞窟での戦いではないか。それが今ここで、再現されているのではないか。

「どういうことだ……これは、あいつが見ている幸福の夢じゃないのか?」

俺もカイルもナナリーも、皆エルレインが作り出した夢に引きずり込まれた。ジューダスだってあの場にいたのだ。同じはずだった。これが、あいつにとっての幸福だとでも言うのか?

四英雄側の、主にスタンさんの声は時々大きく響いてくる。そのどれもが何故なのだと、やめろと、そう訴えていた。だが、遠目から見る限りリオンがそれに応える様子も、揺さぶられる様子も一切無い。リオンはただ剣を四英雄に向けた。やがて四英雄達もそれぞれ武器を構え、戦闘は始まった。

四対一だ。一般人ならまだしも、相手はソーディアンマスター四名。いくら剣の腕が立つとしても、とても勝算のある戦いではないと。一部の歴史書でもリオンにとっては無謀な戦いだと書かれていた。それだけ、ヒューゴ側がぎりぎりのところまで追い詰められていたからであり、この捨て駒とも言える彼の時間稼ぎがあったからこそに空中都市郡は復活したのだとも。

こうして目の当たりにすると、どれだけ無謀な戦いだったのかが改めて分かる。多少は苦戦すれど、四英雄は徐々にリオンを追い詰めていった。やがてリオンの左腕がスタンさんによって切り裂かれ、リオンは剣を落とした。ぐらりと揺れた体は一度倒れかけ、血にまみれた手が剣を探す。満身創痍な状態で、それでもリオンは剣を構えながら通さないと言わんばかりに狭い階段に陣取るのだった。

どうして、ここまでして、死ぬと分かっていてそれでも戦うんだ。どんな心境なのだろうか。これが、こいつにとっての幸福なのか?

紙に書かれているだけのものと、実際とでは大きく違う。四英雄を裏切って死亡。歴史ではたった一行で終わるこの戦い。俺達はその一行の重みを何も知りはしないんだ。流れる血が、痛々しい傷が、苦しそうな呼気が、揺れる体が、あまりに生々しい。カイルもリアラもナナリーも、この歴史の現場を前に言葉を発することができなかった。

突如洞窟内が大きく揺れた。四英雄達にも動揺が走っているのが遠目からも分かった。

暫くして、洞窟の至る所から海水が入り込み、四英雄は濁流に流されていった。スタンさんの、リオンを呼ぶ声が響く。

俺たちのところにも濁流は流れ込んだ。

「うわっ!」

「落ち着いて、これはただの記憶だから」

思わず目を瞑るが衝撃も何も来ない。リアラの言うように映像が流れているだけで俺達にはなんら影響を与えないのだろう。

この洞窟内でリオンだけが、僅かに高い場所にいたことにより濁流を逃れていた。それでもすぐ近くを流れた水に押されて地面に倒れ伏す。水に濡れた体が震えながら剣を抱き込んだ。洞窟はどんどんと崩れていく。

「この揺れは一体なんだい!?」

「……ダイクロフトが、上がったのか」

リオンが裏切り、四英雄の行く手を阻んだことにより、ダイクロフト等の空中都市郡の復活を止めることが出来なかった。それが、歴史だ。あの世界が揺れる感覚を、俺は覚えている。

崩落する洞窟が岩となって溜まった海水の上に落ちていく。開いた穴から更に濁流が流れてくる。そんな中、リオンはただ一人ボロボロの体で取り残されていた。哀れだった。だが、俺の勝手な思いとは裏腹に、遠目から見たリオンの表情は安らかに見えた。微笑んでいるようにも見えた。

何でだ、何を考えているんだ? 絶望的なこの状況で、味方であるヒューゴ側に助けられもせず、むしろ切り捨てられたこの状況で、何故笑える? リオンがこの海底洞窟に居るのを分かっていて、ヒューゴはダイクロフトを浮上させたのだ。捨てられたことくらい、あいつなら分かっているはずだ。ダイクロフトが浮上する未来に、お前は何を見たというんだ。

程なくして、リオンもまた濁流に飲まれた。力の無くなった細い体が、濁流に遊ばれるように舞って見えなくなったのを、俺達はただ唖然と見ていた。

ふと、息苦しくなる。濁流に飲まれる感覚を、俺は知っている。つい先日、精神だけの世界とは思えないほど生々しい体験をしたのだ。

息ができず、上も下も分からない暗闇。体中にかかる圧力。轟音、肺に入ってくる水。体が千切れそうなほど色んな方向から負荷がかかってくる。いつの間にか、俺の息も上がっていた。

洞窟は崩れ、海水で満ちる。影響を受けない俺達が溺れることはないが、視界は真っ黒に塗りつぶされた。

暫くして、白い光が差し込んだ。気づけば水が消え、濁流に飲まれる前の海底洞窟に戻っていた。四英雄の姿はない。リオンはあの鮮やかな色の衣装ではなく、漆黒の衣服に骨の仮面、俺たちの知るジューダスの姿で倒れこんでいた。今まさに、あの濁流の中から出てきたかのように、打ちのめされたように地面に倒れている。息が荒いのか、肩が大きく上下していた。

そんなジューダスを、エルレインは宙から見下ろしていた。

「愚かな……何故、お前は尚も傷つこうとする? ただ一言、“未来を変えたい”そう言えば、この苦しみから逃れられるというのに」

相変わらず俺達とジューダス、そしてエルレインとの距離は大きく開いているが、エルレインの声は洞窟全体から発せられているかのようにはっきりと聞こえてきた。

「卑劣な裏切り者ではなく、人々の記憶に永く留まる英雄として称えられるのだぞ? お前の愛するものも、手に入れることができるのだぞ? 愛と名誉……その両方を目の前にして、お前は何故、それを拒む?」

あぁ、やはりこれは幸福の夢なんかじゃない。あいつは、エルレインの幸福の夢を自力で脱した、いや、見ることもしなかったのか。あれだけエルレインが作り出した町を拒絶していた俺や、ナナリーですら夢を見ていたというのに。

ジューダスの体が僅かに揺れる。何かを言っているようだが、ここまでは全く声が届いていない。

「だから願えと言っているのだ。おまえの望む未来を、名誉と愛、両方を手に入れる未来を」

やはり、ジューダスはエルレインから与えられる幸福を拒絶しているんだ。失ったはずの命をエルレインの手によって再び手にしたというのに。おそらく、エルレインは共犯者としてリオンを甦らせたのだろう。だが、あいつはずっと俺達と一緒に旅をして来た。そして今尚エルレインを拒んでいる。ずっと、エルレインと敵対していたのか。エルレインとリアラは二人の聖女で、どこかリアラは競い合っているようにも見えた。だからあいつはリアラが一緒にいる俺達に同行していたのか?

分からない、一体何があいつをそうさせた? エルレインの幸福を拒み、四英雄に敗れる過去を受け入れるジューダスの姿と、世界を恐怖に貶めたリオンが未だに重ならない。

「この悪夢を永遠に繰り返すと言うのだな? リオン・マグナス」

考えがまとまらない俺の思考が停止する。困惑気味に話しかけていたエルレインの声色が一気に冷たくなったのだ。

この悪夢を、永遠に繰り返す?……リオン・マグナスとしての死を永遠に繰り返させるっていうのか!?

コスモスフィアで処刑された記憶が蘇る。心の護の言葉が蘇る。

――あんなのを繰り返してたら、坊ちゃんの心が崩壊しかねない

やめろ、そんなことをしたらジューダスが死んじまう!!

俺は走り出した。

「……ならば、望み通り、永遠の悪夢を!」

「やめろ!!」

カイルの声が響く。カイルもまた俺と同じタイミングで走り出していたようだ。俺の横を剣を抜きながら走り、エルレインとジューダスの間に入った。俺はジューダスの方へと向かい、力の入っていない体を抱き起こす。

「……ロニ」

力の無い声と瞳が、困惑気味に俺を見た。俺は決してこいつを離さないように抱える。何度もあんな目に合わせてたまるか。今度こそ、こいつをそこから引き上げるんだ。

「これ以上、好き勝手にはさせない!」

カイルに剣を向けられ、エルレインは眉を寄せた。

「わからない……なぜ、おまえたちはその男を庇い立てする。その男、リオンは私利私欲のために仲間を捨てた裏切り者なのだぞ?」

ジューダスがリオンであることをどう受け止めるべきか、その答えは未だに俺の中には出ていない。ただ、無意識に取った今までの行動が、俺の本当の思いを表してくれている。俺は不敵な笑みを浮かべた。

「リオン? そんなやつのことは知らねぇなぁ」

「あたしたちは、ただ仲間を助けるだけさ。ジューダスっていう、大切な仲間をね!」

俺の言葉にナナリーが続ける。そう、結局俺はリオンのことなんて何も知らないんだ。どこの誰と知らぬ著者が書き記した一行分しか俺はリオンのことを知らない。そんな何も知らない奴のこと、考えたって仕方ない。そんなよくわからねぇもんより、よほど確かな情報が俺にはあるはずだ。今まで仲間として長い間共に旅をしてきたジューダスのことならば、俺達はよく知っている。

「その男はお前達をまたいつ裏切るか分からないのだぞ? 全てを知った今でも尚、そのような者を信じられるというのか?」

「知ってるとか、知らないとか、関係ない! 俺は、ジューダスを信じてる! 今までもそうだった、そして、これからもだ!」

誰もがもう揺るがなかった。最初にリオンと聞いたときは、そりゃ驚いた。だけどやっぱり、俺達はジューダスのことを、信じている。こいつは大切な仲間だ。

俺は胸の中のジューダスを覗き見る。ジューダスは唖然としていた。俺は笑い出したい気持ちになった。あれだけコスモスフィアで誰もが責め立てる世界を予想していたんだ。こいつの予想は大外れだ。そりゃあ驚くだろう。

「立てるか?」

「……」

腕を掴んで持ち上げてやれば、ジューダスはしっかりと自分の足で立ち上がった。

カイルはエルレインに背を向け、ジューダスに手を差し出す。

「さぁ、戻ろう。ジューダス! 俺達の世界へ!」

「……あぁ!」

未だに信じられないような、どう受け止めていいのか分からないような、複雑な表情をしていたが、ジューダスは力強く頷き、カイルの手を取った。

リアラのレンズが光に満ちる。

俺達はエルレインが言う神に縋るしかない苦しみを乗り越え、世界を取り戻すべく千年前の世界へ飛んだ。

 

 

 

 

 

千年前、天地戦争の時代へとやってきた俺達は、相変わらずの波乱万丈さで地上軍の作戦に紛れ込んでいた。忙しさもあってか、俺たちは今までとなんら変わらずジューダスと過ごしていた。ジューダスの正体について、改めて掘り返し感想を言い合うだけの時間もなかったし、触れるのが怖いという思いも、少なからずあるだろう。……カイルはそんなことないのかもしれないが。

今は地上軍のロケットの材料を集めて帰って来たところだ。ハロルドは大声で歌いながらロケットの作成に取り掛かっている。この時代に来てから漸く俺達は休息を言い渡された。今はカーレルさんの部屋を借りて休ませてもらっている。さすがに貧乏な地上軍なだけあって、残念ながら部屋は一つしかない。

伝説の英雄、ソーディアンマスターと共に戦うことに浮かれているカイルはリアラを連れて部屋を出て行った。ナナリーが浮かれているカイルに苦笑している。俺もそれに笑っていたのだが、ようやく訪れた機会にそわそわしていた。

そっと、ジューダスの方を見る。視線に気づいたジューダスがこちらを見た。

はて、どうしようか。できれば、二人きりで話がしたいんだがなぁ。

「ナナリー」

「ん? なんだい?」

迷っている間に、ジューダスがナナリーの名を呼んだ。

「すまないが……少し、席を外してくれないか」

「え?」

「話をしないといけない」

「……」

ナナリーが目を瞠り、俺の方を見た。俺もまた思わず一瞬目を丸くしてしまう。が、いい機会だ。

やや不安気にこちらを見るナナリーに俺は笑顔を浮かべて頷いて見せた。大丈夫だ、という意味を込めて。

「……わかったよ。じゃ、ちょっくらハロルドの様子でも見てくるね」

「あぁ、悪いなナナリー」

カシュン、と自動ドアが閉まる。俺は一つ息を吐いてから、ジューダスの方へ歩み寄った。

「ジューダス……俺はな」

「……」

言葉を発する俺を余所に、ジューダスは仮面に手をかけ、ゆっくりとそれを持ち上げた。今までずっと隠されていたものが暴かれる。思わず出かけた言葉を飲み込んだ。

ジューダスの素顔が、露になる。初めて、だ。その素顔を見たのは。むかつくほどに整った綺麗な顔をしていた。俺とジューダスとの間にもはや何も阻むものはなく、ジューダスは俺を真っ直ぐ見た。

「僕を、ジューダスとして受け入れてくれたこと、感謝している」

「あ、あぁ」

「だが、どう偽ったとて、仮面を外せば僕はリオン・マグナスだ。その罪は消えやしないし、お前も、無理に受け入れる必要はない」

「……」

「だから……」

「止めようや」

俺は天井を仰ぎ見ながら、半分降参するように言った。困るのだ。こういう話は。

正直、未だにわからない。リオンをどう受け入れるべきか。だからジューダスとして受け入れたのだ。

「……俺は、ジューダスと一緒に旅を続けたいって思ってる」

「……」

「だからよ」

俺はポケットからレンズを取り出した。やらないといけないことがある。今もこいつがこうして、罰を待っているというのなら、俺は行かないと。

「ダイブ、させてくれ」

「……」

ジューダスはレンズをじっと見て、小首を傾げた。その動きに合わせて黒髪がさらっと揺れる。

「やらないといけないことがあるからよ」

「……わかった」

再び、レンズ越しに俺とジューダスの手は重なった。

Comment

  1. カーリー より:

    ううっ…すばらしいお話をありがとうございます!
    そうですよね、ジューダスは正体を告げるまで、もし真実が知られればカイルやロニたちに信じていたのに裏切られた!という思いを味あわせることになる。ならば必要最低限の、彼らにとって必要な戦力と知識としてしか関わるまい…そう考えていたのかと思います。
    なのに、正体を知っても、ロニたちは自分を仲間だと言い、守り、信頼してくれた。ジューダスにとってはそれこそ世界がひっくり返るくらいの衝撃だったのでしょうね。(ここの葛藤が、原作では直後に天地戦争時代へ跳ぶ怒濤の展開によって多くを語らず、各人に想像の余地を残してくれてるのが、原作うまいなぁ、と思います(笑))
    罪状を知り、それでもジューダスは仲間だ、といったカイルたち。この言葉を受け入れたジューダスの第四階層は果たしてどうなっているのでしょう…
    いつまでも続きを楽しみにお待ちしております!
    もし気が向きましたら、どうぞ続きをお書きくださいませ!
    内緒さまの描かれるジューダスが、格好良く、可愛く、繊細で、でも男らしくて、愛にあふれていてだいすきです!

    • 内緒 より:

      わー! 初めまして! 感想ありがとうございます! めちゃくちゃめちゃくちゃ嬉しいです!
      D2はほんと多く語られないところが多々あって、たくさん妄想想像できるので二次がやりたい放題で楽しいですw
      私はブログで小説を殴り書き、NOVELページで清書するって形をとってまして、一応殴り書きの拙い状態であればブログにあります~!
      清書ずっと放置してましたが、こうやってお声かけていただけると意欲がぐいぐいあがります~~! またじわじわ頑張ろうと思います! ありがとうございます!
      ジューダス君は可愛いけど、とってもかっこいいんだ!ってのを推したい派なのでそう言っていただけるとめちゃくちゃ嬉しいです……っ!!!! ハァッァアアアうれちぃいいいいい(狂喜乱舞)