dive – 8.第四階層(朧)

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目を開けると、またあの小高い丘に居た。第二階層のときと同じだ。

俺はすぐ空を仰いだ。鎖は、増えている。だが、第三階層と違い赤い鎖は見当たらなかった。この黒い鎖は階層が深くなる程増えていくものなのだろうか?

今度は左を見る。ヨウ側にある、あのクレスタに似た町を正面にした状態で左を向けば、インの世界が広がっていたはずだ。だが、第三階層で切り離したままそこには何もなく、その分黒い鎖が何もない崖下から伸びていた。

今回も第三階層の続きの世界観なのか。それともコスモスフィアってそういうもんなのだろうか。

ここは、第四階層。ダイブも、もう四回目になる。そういえば、リアラは仲が良くても三、四階層が限度だって言ってなかったっけか。

「第四階層、かぁ……そんだけ、親密になれたってことかねぇ。なんだかんだで、ここまで来れちまったなぁ。それだけあいつが心を開いてくれたってことの……はずなんだよな?」

「自惚れないでよ」

考えを口に出していたところ、ピシャリと空から冷たい言葉が降ってきた。

「……水差すなよ」

現実世界でのジューダスの様子が気になって思わず考察してたってのに。少なくとも三回もパラダイムシフトを起こして親密になれたんだって達成感に浸りたかったってぇのに、全く。

「君に勘違いされたくないからね」

心の護は相変わらず冷たい言い草だった。

「君と坊ちゃんの関係は歪なんだよ」

「あ?」

「坊ちゃんはただ、無理やり君を受け入れているだけに過ぎない。普通だったらこんな深い階層まで来れてないよ」

「なんだと?」

聞き捨てならないぞ、それは。どういうことだ。普通だったら、って? 普通ってなんだよ。関係が歪って……?

「意味わかんねぇぞ、一体何が普通じゃないって言うんだ……俺が何かしたのか?」

「……」

くそ、お決まりの沈黙だ。全く……いや、こいつは俺が何かしたのなら容赦なく切り捨てるように批難してくるはずだ。だとしたら、普通じゃないのも、歪になった原因も、ジューダスにあるのか?

はて、どうしたものか。とりあえず沈黙したコイツとは話していても仕方ないし、またヨウでジューダスがどうしているかを見に行くか。

丘からヨウの町を見下ろす。相変わらずの田舎っぽいその町に、今までにない物体を見つけた。なんだ? あれ

木材で作られた台、ステージか何かか? その上に木の棒が立っているように見える。何だ?なんか木の棒の上部が光っているように見える。遠目からだと分かりづらい。ただそれは町の中心、広場のど真ん中にどんっと建っていた。

「……ロニ、君はここから出て行くべきだ」

「あ? 今更どうした。第一階層でも言ったが、お前に出て行けって言われたって俺はジューダスから放り出されない限り進むぞ」

「……」

心の護は再び沈黙すると、突如どこかへ飛んでいってしまった。おいおい、俺を見張る役割ってやつはどうするんだ、あいつ。何だろう。この階層の心の護もどこか変に感じる。いつもより何か緊張しているというか、何か焦っている?

心の護は町の方へ飛んでいったようだが、建物の陰に入ってからはどこへ行ったかわからなくなった。仕方がないので俺も町、というか新たに現れた謎の物体のところへ向かうことにした。

町はいつもの陽気な雰囲気とは少し変わっていた。いつも玄関前で陽気に談笑していたおばちゃん達の様子が暗いのだ。何かを警戒しているかのように、声を潜めて喋っている。何を言っているかまでは聞こえない。いつも畑仕事をしている爺さんも畑に居ない。一体どうしたっていうのだろうか。

変わってしまった町の様子を見回しながら歩いていれば直ぐに広間に出た。そして、絶句した。

遠目からただの木の棒に見えたそれは、ギロチンだった。上がった刃は太く、まだ使われたことがないのか、汚れもせず煌いていた。そしてそれは遠くの人にも見えるように、か木材で作られた台の上に設置されているのだ。

「何って物騒なもん建ててんだよ……」

インならまだしも、この田舎の町にはあまりにも不似合いな物だ。一体、この世界に何があったっていうんだ。嫌な予感しかしない。

「あ、ロニ!」

名前を呼ばれ振り向いた先にはカイルが居た。

「カイル! お前、これが何か分かるか?」

「ん? 処刑台でしょ?」

「いや、そうだけど! 何でこんなもんが建ってんだよ!」

「処刑するためだよ」

カイルは表情を変えずに言った。その淡白な様子に背筋が凍る。次の質問は決まっていたが、恐ろしくて喉につっかえて直ぐには出てこない。

「悪い奴は倒さないと! そうやって英雄になるんだもんね」

別に処刑をした人間が英雄になるわけではないが、ひとまずその突っ込みは後回しだ。悪い奴は倒す。そうやって英雄になるって、ことは……

「まさか、お前が刑を執行すんのか?」

「いや、違うよ」

カイルはにこっと笑った。なんだ、こいつ。なんだこの笑顔は。確かにカイルはこんな風に屈託なく笑うが、こんな状況でへらへら笑う奴じゃねぇ。何なんだこれは

「だって、それじゃロニに悪いし」

「……は?」

カイルは安心して、と言わんかのように微笑んで言う。

「一番その権利があるのはロニだよ」

「あ? 待て、意味がわからねぇ」

「ん? だから、処刑する権利」

おいおい、おいおい、変だぞこの世界! 何がどうなってる! こいつは、何を言ってるんだ? 俺が、処刑する?

冷や汗が顎を伝う。俺は恐る恐る、尋ねた。

「誰を?」

カイルは笑みを消した。

「ジューダス」

どくんと、心臓が大きく鳴ったかのような、そんな衝撃だった。正直、その答えは少し前から覚悟してはいたのだが。

額に手を当てる。落ち着いて考えよう。まず、なんだ……何からだ。処刑、何でジューダスが処刑されないといけない?

「ジューダスが、何かしたっていうのか?」

「そうだよ! 俺、知らなかったとはいえ、ずっと一緒にいたの……酷いよ。騙されてたんだ!」

俺は戸惑いながらカイルを見ていることしかできない。カイルは不満をぶつぶつ呟いているが、俺の質問対する正確な答えになっていない。なんだってんだ。

「おい、何をしたんだよ、あいつが一体何を」

カイルが無表情で真っ直ぐ俺を見た。

「処刑されて、当たり前なんだよ。ジューダスは悪い奴だから」

「いや、だから」

「悪い奴は処刑しないといけないでしょ?」

「いや、その前に、あいつが何をしたっていうんだ?」

「町の人が、世界中の人が賛同してるよ。これは当たり前のことだよ」

話にならない。噛み合わない。何だこれは。

その後何度尋ねても、何故処刑を行うのか、その理由をカイルは語らない。会話の内容は処刑やジューダスへの不満についてなのだが、理由については決して触れないのだ。これだけ俺から理由について聞いているにも関わらず。あまりにも異常な状況だった。

「あー、もういい!」

四回程同じ質問を繰り返したところで、俺は諦める。違う町の人に聞いてみよう。まずはあの玄関前で喋ってたおばちゃんだ。

「なぁ」

「あら、ロニじゃないか」

「ロニ、今日は頑張るんだよ」

「……」

頑張るって、何をだよ……処刑か? 俺がジューダスを処刑する? 何で? 何がどうでこうなっている?

「なぁ、何でジューダスは処刑されることになってるんだ?」

「全く本当に恐ろしい子だね」

「まさかあんな若さでねぇ」

「なぁ! 教えてくれって、何で処刑するんだよ。あいつが何をしたっていうんだ?」

「取り返しのつかないことだよ」

「あれだけの罪を犯したんだよ。当たり前さ、処刑しないと!」

「どうしてあんなやつがここにいるんだい」

おばちゃんたちも一緒だった。あれだけ穏やかに喋っていた人たちが、怒りや嫌悪を露に喚き散らすのを、俺は背筋が凍る思いで見ていた。答えが得られない苛立ちと奇妙な雰囲気への焦りが募る。

それから他にも色んな人に話しかけたが、誰もがジューダスの処刑に賛同し、ジューダスのことを罵る。そして、ジューダスが一体何をしたのかは、誰も言わない。

「くっそ、何だってんだよ!」

何が原因だ? 一体何が起きた? 何がきっかけだった? これは何を表している? 第三階層で起きたことと何か関係があるのか? せっかく、せっかくこの穏やかな町にアイツを連れてこれたっていうのに、なんだってこんな……。

とりあえず、こんな訳も分からない状況で処刑を進められるなんて冗談じゃない。理由を何とか探らねぇと。

「あ、いた! やっと見つけたよロニ」

外に出ている住人にあらかた話しかけたところで、また声をかけられる。ナナリーだった。

「ナナリー」

「全くうろちょろして! 随分探したよ!」

「なぁナナリー!」

「うわっ」

ナナリーの肩を引っつかんで揺さぶる。苛立ちに任せての行為だった。

「何がどうなってるんだよ! なぁ、この町の奴らは何でこんなにジューダスを処刑しようとしてるんだ! ジューダスが何をしたっていうんだよ!」

「ちょっとロニ、離して」

ナナリーが俺の肩を強く押し、腕から抜ける。はぁ、と一つ溜息を吐いてナナリーは顔を顰めた。

「全く、どうしたって言うんだい。あんた、あれだけ俺があいつを殺してやるんだって息巻いてたじゃないか」

何だよそれ。俺はそんなこと……いや、この場合、ナナリーが言う俺というのは、ジューダスが勝手に思い描いた俺か? 町のみんなも、カイルも、ジューダスが思い描いているのか。ジューダスは、いつかこうなると思っているのか。だから、仮面をつけて何もかもを隠しているのか。でも、なんで。

「ま、そう思うのは当たり前だろうけどさ」

「ナナリー、なぁ、何でなんだ? 何であいつは処刑されるんだ」

「そりゃぁ、あれだけのことしたんだから、当然だろう」

「何をしたんだよ!」

「罪深いことさ」

「だから、何を!?」

「殺されて当然だね」

ナナリーすらも、カイルと同じだった。ジューダスのことを陰で心配していたナナリーすら……いや、現実と混同してるな……こいつもまた現実のナナリーではなく、ジューダスが想像するナナリーだ。ったく、何だって言うんだ。

「ロニ、そろそろ処刑の時間だよ。ジューダスは今、宿屋の一室にとっ捕まえてるからさ。あと20分後だね、町の皆にも伝えてあるんだから、時間は守るんだよ」

「あぁ!? 誰がやるかそんなもん!! 理由もわかんねぇってのに!」

ナナリーは目を丸くした。

「なんだい、困った奴だねぇ……まぁ、そりゃそうか。いくら大罪人だからって、そう簡単に人なんて殺せないよね」

「当たり前だ!」

「わかったよ。じゃあ、違う奴に処刑を任せるように伝えるから」

「あぁ!?」

広場の方へと走ろうとするナナリーの肩を掴む。

「おい、ちょっと待てって!」

「なんだい、全く……」

「処刑を止めろ!! 何でこんな」

「止められるわけないだろ? それに、何で止めないといけないんだい」

「処刑をする理由はなんなんだ! それが分からないのに納得できるか!」

「だから、あいつは処刑しないといけないやつなんだよ! 世界中の奴が認めてる!」

怒鳴ったって、結局理由は得られない。くっそ、何なんだこの世界は!

言葉を失くして奥歯を噛む。ナナリーは俺の手を肩から剥がす。

「はぁ……とりあえず、20分後だ。20分後にあんたが来ないなら他の人間が代わりにやるよ。それまでに自分でやる決心がついたのなら処刑台に上がりなよ。みんな、あんたがやりたいだろうとは思ってんだからさ」

「おい!」

ナナリーは広間の方へ去っていった。

はぁ、と溜息を吐く。冷静にならねぇと。この世界でジューダスが処刑されたら、一体どうなるんだ? ジューダスは、どうなっちまうんだ? 聞きたくても、そういうことに一番詳しいだろう心の護は近くに居ない。

心の護は今回、俺にはっきり「出て行くべきだ」と言った。それは、何でだ? 俺がこの世界で死刑を執行する側だからか?

畜生、精神世界とは言え、ジューダスを死刑にするなんて、絶対ダメだ。何とか止めてやらねぇと。だが、これはジューダスが作り出している精神世界の筈だ……ジューダスは、こうなることを想像しているんだ。あいつ、一体なにやらかしたんだ?

出会った当初お尋ね者なんじゃないかとカイルは言っていたが、そのときカイルに言ったように、仮面つければ返って悪目立ちするだけだ。でも、ここの住人の話を聞く限り、あいつは何かしら罪を抱えている。そのことは間違いがないのだろう。

そんな、悪いことするような奴には到底思えないんだがな……。

ガリガリと頭を掻く。ジューダスは宿屋の一室に捉えているとナナリーが言っていた。ジューダス本人からならば、この処刑が行われる理由を聞きだせるだろうか。宿屋は、どこだ。

時間制限も喰らった。俺は町を走り出し、一番に見つけた住民に宿屋の場所を聞き出す。町は狭い。すぐ辿り着けるだろう。住民に礼を言って走り出す。背後で「あぁ、処刑が始まるんだね」と嫌な言葉をもらった。

ふと、視界にピンクのスカートが入って俺は足を止めた。

「リアラ……」

そういえば、ジューダスの精神世界でリアラに出会うのは初めてだ。今の今までヨウにもインにも現れなかった。リアラは無表情で建物と建物の間から見える処刑台を見ていた。その表情には町の人々が浮かべている怒りや嫌悪がない。どこか憂いを帯びているようにすら見える。

もしかしたら、リアラだけは、何か違うんじゃないのか。その期待に俺はリアラへと駆け寄った。

「リアラ! なぁ、リアラ、お前は処刑の理由はわかるのか? ジューダスのこと、知ってるか? なぁ、お前はどう思っているんだ?」

ずっと処刑台を見つめていた瞳が、すっと俺の方へ向けられる。だが、すぐにまたリアラは視線を処刑台へと戻してしまった。俺の存在を無視するかのように、リアラは何も言わない。ラグナ遺跡で出会った当初の、人形のような感情の少ない顔で、ただ処刑台を見ているだけだった。

「リアラ……?」

「……」

やはり、何も答えない。

この世界で唯一まとう雰囲気の違うリアラのことが気になるが……時間がない。リアラからも何か情報は得られる気がするが、ジューダスと直接話した方が得られることは多いはず。何より、このまま放っておいたらあいつはこの町の住民に殺されちまう。宿へ、急ごう。

じっと処刑台を見つめるリアラに目をやりながらも、俺は教えられた宿屋に向かって再び走り出した。

 

宿屋にはカウンターに村人がいるだけで、牢屋のように部屋の前に見張りが立っているわけでもなかった。ただ、その癖カウンターの女将さんは俺を見て「あぁ、始まるんだね」と言った。

俺は少ない部屋の扉を手当たり次第開けていく。ジューダスは、一番奥の部屋に居た。

「ジューダス!」

いつものように仮面を被って、特になんら枷があるわけでもなく、ジューダスは椅子に座っていた。そしてその近くに心の護が居た。ジューダスの様子を見に来ていたのか。

「ジューダス、おい、この世界は一体どうなってるんだ!?」

「……ロニ。処刑の、時間か?」

ジューダスは俺の方を見て、無表情に、淡々とそう聞いてきた。

「あぁ!? くそ、お前まで! お前、なにやってんだよ! この意味分からない処刑を受け入れるつもりなのか!? 枷も何もないのに、何大人しく座って待ってるんだよ!」

思わず声を荒げるも、ジューダスは大人しく椅子に座り、感情のない目で俺を見上げた。その姿に、これから行われる処刑への恐怖も怒りも、何も感じられない。こいつはただ、この現状を受け入れている。

その姿に腹が立って、俺はジューダスの両肩を掴んで揺らした。

「ジューダス! 何があったんだよ、何が起きたんだよ!? 何で処刑が行われるって言うんだ!? お前は何をしちまったんだよ!」

「……僕は、罪を認めている」

怒鳴る俺とは対照的に、ジューダスは静かに言う。

「刑は執行されるべきだ。当然のことなんだ」

言っていることが住民と全く同じだ。もはや怒りや苛立ちを通り越して虚脱を感じた。俺は大きく息を吸い、そして吐く。苛立ったり怒ったりしていてもどうしようもない。俺は座っているジューダスに目線を合わせるように屈んだ。

「なぁジューダス、お前は何をしちまったって言うんだ? 俺に教えてくれよ。そうじゃねぇと、俺はこんなの納得できねぇ」

「……」

ジューダスは目を伏せて俺の視線から逃れた。こいつも、理由を言ってくれやしないのか。

俺は一つ息を吐き立ち上がる。

「……わかった。じゃあ俺は、処刑を全力で止めるぞ。俺がお前を弁護してやる。お前が悪い奴なんかじゃねぇってのは、俺が誰よりも知ってる! それを、皆に伝えてやるから!」

ジューダスが困惑した目を向ける。

「ロニ……よせ……お前は、何も知らないから」

「そりゃ、お前がどんな罪犯したかはわかんねぇよ! 誰も教えてくれねぇからな。知らねぇもんはしゃあねぇ! ただ、俺は一つ知ってることがある! この第四階層まで、ずっと俺はお前を見てきたんだぞ!」

俺はジューダスを真っ直ぐ見た。この気持ちは確かなものだ。何にも曲げられねぇものだ。

「お前は悪い奴なんかじゃねぇ!」

仮面の奥で瞳が揺れている。何度かの瞬きの後、ぎゅっと目が閉じられ、そのままジューダスは俯いた。暫く待ったが、何も言わない。苛立ちをぐっと堪えて、俺はジューダスに背を向け部屋を出る。

町の住民の心を変えるんだ。何とかして……! みんな気の良いやつなんだ。ちゃんと話せば、わかってくれるはずだ。あいつは何度も俺を助けてくれた。その事実は消えないはずなんだ。

宿から出て、すぐ目に付いたのはリアラだった。先ほどと同じ場所で、同じようにまだ処刑台を見ている。俺はリアラにかけより、その肩を掴んだ。

「なぁ、リアラ! 助けてくれ! お前は、お前はジューダスのことがわかるか!? 処刑を止めさせたいんだ! 力を貸してくれよ! お前もジューダスの処刑に賛成なのか!?」

突如肩を捕まれたリアラは一瞬、驚いて目を丸め、俺を見上げた。その可憐な姿は仲間としてともにいるリアラの姿と同じで、先ほどまでの異様な雰囲気はなくなったのかと期待が胸を突く。だが、リアラの表情はまたすっと抜けてしまった。そして再び処刑台へと目を向けられ、ぼそりと、呟く。

「……救って、あげないと」

「救う……? ジューダスのことか!?」

リアラは目を瞑る。その際、僅かながらに頷いた。

「よ、良かった! なぁ、手伝ってくれよ! ジューダスは悪い奴なんかじゃねぇって、住民に伝えてやりてぇんだ!」

「……」

「頼む!」

「……それは、できないわ」

「な、」

一瞬、言葉を失った。その後すぐに、怒りが腹の底から込み上げてきた。期待した分、苛立ち倍増って奴かもしれない。

「何でだよ!」

「ジューダスが、それを望んでいないでしょう?」

冷ややかな答えに俺は絶句した。

リアラは先ほどジューダスを救いたいと言った。にも関わらず、相変わらず無表情で、どこか愁いを帯びた表情でリアラは淡々と言う。現実世界のリアラなら、今頃きっと焦って、何とか助けないとと一緒になって走ってくれているはずなのに。

「望まないと、救えない。だから、私は見ている」

そっとペンダントのレンズに触れ、またリアラは処刑台をじっと見つめる。

「……なんだよ、それ。あいつが望まないからって、あいつが死ぬのをただ見ているっていうのかよ!?」

「……」

「おい、リアラ!」

本気で、腹の底から怒鳴った。白雲の尾根での山小屋で同じように怒鳴ってしまったときはリアラは恐怖すら宿した顔で俺を見たというのに、このリアラは眉一つ動かさず、ただ静かに瞬きをしているだけだった。

……ダメだ。時間は……処刑まで後何分だ? 畜生、リアラだけに時間を使うわけには行かない。

俺は諦めて走り出した。処刑台に人が集まりつつある。俺は処刑台へと走りより、周囲の住民をとっ捕まえた。

「なぁ、聞いてくれ! ジューダスは悪い奴なんかじゃねぇんだ! なぁ、あいつヨウに来て警備とか頑張ってたんじゃねぇのか? 俺はあいつのことよく知ってる。俺がインではめられて捕まったときも、あいつは俺を助けてくれたんだ!」

俺が腕を掴んだおばちゃんや、その周囲に居た爺さん、子供も俺の大声にびっくりして俺を見た。俺はこの広場に集まる全員に聞こえる声で叫ぶ。

「あいつが何しちまったのか知らねぇけれど、そんなの、過去のことじゃねぇのか!? 今あいつはあんたらに何もしてねぇだろ! 大人しく宿屋で座ってるだけじゃねぇか! 今のあいつは、ちょっと生意気な、でもお人よしのガキだろ!? 処刑なんて必要ねぇ! そうだろう!?」

過去に何があろうと、大切なのは今だ。そうだろう? それに、ジューダスはその罪とやらに強い罪悪感を持っているんじゃないのか。十分、反省してるんじゃないのか。罪を償おうとしているからこそ、ああやって宿に大人しくしているんじゃないのか。だから、この階層は、こんな世界になっているんじゃないのか。だったら、もう、許してやれよ。

「俺は、あいつに何度も何度も助けられた。命の恩人なんだ! あいつは悪いやつじゃねぇ! 絶対、あんたらに危害を加えるようなことしねぇよ! 短い間とはいえ、一緒に暮らしてきたんじゃないのか!? わかるだろう!? 過去のことなんて、許してやれよ!」

カイルだって、ナナリーだって、本当はわかっているはずだ。現実世界のあいつらなら、こんなこと許すはずがない。

意味のわからない罪とやらに目をくらませ、こんな物騒なものを広場に立てる住民たちの方が、よほどおかしいのだ。どうか、目を覚ましてくれ。そう願って大声を上げた。

だが、長く話せば話すほど、俺に集中する住民たちの瞳は冷ややかになり、不穏な空気が立ち込めていった。不安不満がありありと見て取れるその瞳は、インの町と同じくらい、この町を冷たくしていた。

「……そんなこと、言ってもねぇ」

「そりゃ彼が助けてくれたことは知っているけれど」

「それとこれとは話が別でしょう?」

あまりに冷たい言葉に、俺は歯を噛み締めた。

「別なもんかよ! なんで……」

「犯した罪が消えたわけでもない」

「むしろ、償って当然だろう。いくら償っても足りやしないのだから」

「足りない。まったく足りない」

「もはや、生きていることが罪だ」

「あの男は生きていてはいけない。それだけのことをしたんだ……!」

「許せるはずがない。許してなるものか!」

「どうしてあの男が生きているんだ!!!」

それは、俺の苛立ちすらも押し返し慄かせるほどの恨みの篭った怒声だった。一人だけじゃない、住民全員から、至る所からその怒声は上がり、呼応するように膨れ上がり、怨念のようなたちの悪さを持って俺に浴びせられていた。……いや、俺じゃない。ジューダスに。

一体、何なんだ。それほどの罪とは、一体……。

目の前の異常な光景に硬直した体を、なんとか奮わせる。

「なぁ、何なんだよ、その罪って奴は!? 教えてくれよ!!」

心なしか震えた俺の声は、やけに広場に響き渡った。その途端、不の感情で溢れ返っていた喧騒が、シーン、と静まり返った。あれだけの喧騒が、嘘みたいに。そして、住民たちはじっと冷たい目で俺を見る。何も言わず、ただ咎めるような目で俺を見てくるのだ。

「何なんだよ……何なんだよ!!!!」

あまりの理不尽さに怒りが頂点になったとき、ぐい、と肩を引かれて俺はそれにすら怒りをぶつけてしまった。

「アァ!? なんだよ!!!」

振り返った先の人物を見て、我に返る。カイルだった。カイルは困惑の表情を俺に向けていた。

「ロニ! どうしちゃったのさ!?」

「カイル……」

「ロニだって許せないって言ってたじゃないか!! 誰よりも、一番、怒ってたじゃないか!!」

言っていない。言ってない!!

「……それは……俺じゃねぇ……!!」

そう、それは俺じゃない。それは、ジューダスが勝手に思い描いている俺とやらだ。ジューダスの想像、妄想の産物で、決して俺じゃない。

なんで、なんで俺なんだ。なんで俺が一番怒ってたことになっている。どうしてジューダスを殺す役目に俺があてがわれているんだ。出会った当初、誰よりも俺があいつを疑っていたからか? 俺は、今はそんな目でお前を見ていないというのに……! 本来の俺が、こうしてこんなに駆け回って声を上げているというのに、どうして何も状況が変わらないんだ!!

 

「ロニ、時間だよ」

怒りのあまり震える俺に、冷たい声がかかった。無意識に下がっていた視線を上げれば、硬い表情をしたナナリーが、俺の後ろへと視線を向けていた。俺の後ろ、処刑台へと。

ゆっくり背後を振り返れば、そこにはゆっくりと処刑台にあがるジューダスの姿があった。

同時に、静まり返っていた町の人間たちから、再び先ほどと同じか、それ以上の罵声が上がり始めた。

「お前のせいだ! お前のせいでっ!!」

「死んで償え!!!」

「どうしてお前が生きているんだ!!」

こんなことを言うような町の人たちじゃなかったはずだ。どうして。あのインと呼ばれる町ならともかく、なんでこっちの町でこのようなことが起こるんだ。

 

ジューダスはただ無表情にギロチンの前へと歩みを進める。枷も縄もなく、自らの足でギロチンに近づいていく。その足には一切の迷いがない。周囲の人間に目を向けることもなく、静かに自分に死を与える冷酷な刃だけを見ていた。一切助けを求める素振りのないその目は俺の存在にも気づいていないのではないだろうか。

「おい、ジューダス!! 待てよ!! おい!!」

俺は広間に集まった人間を掻き分けるようにして処刑台へ向かう。

「ジューダス! 待て! くっそ、待てよ!!」

やっと処刑台へ手がかかる。片腕だけの力で乗り上がり、ジューダスの元へと走った。処刑台の上にはジューダスしかいない。誰に強制されることもなく、縛り上げられることもなく、ジューダスは自ら膝を折り、首を狩る刃へその項を晒そうとしている。すぐ近くまで来ている俺にも気づいていない様子で、その行為に全てを注ぐかのように。

俺はジューダスの体に飛び掛るように抱きつき、襟を掴んで頭を刃の下から離す。

どうやっても止められないというのなら、とりあえず逃げるしかねぇ!

腕の中でわずかに身じろぎ抵抗しようとするジューダスを力ずくで押さえ込み、抱き上げ、走るために片足を踏み出す。そうやって立ち上がりかけた俺の目の前に、

ハルバードが見えた。

「え」

冷たい銀の目。褐色の肌。ハルバードを振り上げ、そして振り下ろそうとするそいつの表情は、町の人間たちと同じ憎悪を宿していた。

その男は、俺だった。

ドン、とハルバードが処刑台へ叩きつけられる。木材がバキバキ、と音を立てて割れた。

突然、体が宙に浮いた。いや、違う。浮いたんじゃなくて、落ちている。足元に合ったはずの台がなくなっている。俺とジューダスは足元にぽっかり開いた穴へと落ちていく。目の前の男がハルバードで割いた穴へと、落ちていく。

落ちていく俺達を冷たく見下ろす、冷酷な顔をした男を、俺と同じ顔をしたその男を見ながら、下へ下へ、落ちていった。長い長い落下。見下ろす俺と、差し込む光がどんどん遠くなっていく。長く続く落下の恐怖に俺はジューダスを抱きしめて目を瞑った。

突如体に衝撃が走る。体が何かに叩きつけられる感覚。そしてすぐ耳元ではボコボコと、何かが沸騰しているのかと思うような水と空気の音が聞こえた。体を包み込むこの感覚は、水、水だ。俺達は水の中に落ちたのか。良かった、助かった。

俺はジューダスを片腕に抱いたまま、目を開ける。痛い。くっそ、沁みる。なんだ、真水じゃない。海水か?

それでも気合で目を開ける。そこは真っ暗だった。上も下もわからない。ちくしょう、どっちが海面だ?

突如、体の左側から強い水圧を感じた。波か何かか。流される。なんだ、どっちに流されている? とりあえず体がもみくちゃになる感覚があった。その次に、背中に何かがぶつかる感覚。あまりの衝撃と痛覚に俺は溜めていた息を吐き出してしまう。苦しい。

次に体がばらばらにされそうな、ねじれる様な感覚。それに翻弄され、気づいたときには右腕に抱えていたジューダスの体が攫われていた。俺は必死に手を伸ばすが、何も掴めない。何も見えない。

ジューダス、ジューダス! どこだ!

息が苦しい。もう、持たない。苦しい。海水が一気に鼻と口から入り込んでくる。痛い。苦しい。苦しい。また何かにぶつかった。痛い、意識が遠のいていく。何も見えない。怖い、怖い! 俺は、死ぬのか!? 怖い、痛い、苦しい……。

突如、すってもすっても海水だけが入り込んでいた口に、酸素が一気に入り込んだ。

「がっ……はっ、あっ……ハァッ……あっ……ハァ、ハァ……ゲッホ……あ?」

激しく咳き込む。まだ息が苦しい。心臓が早鳴る。体中に嫌な汗をかいて服がべたついた。体全体で呼吸し続け、暫くして目を開ける。暗闇ではなく、ちゃんと光がそこにあった。

「……あ」

「強制終了させてもらったよ」

目の前に発光体、心の護が居た。その後ろは、何もない銀一色のドームの世界。ここは、精神世界と現実世界の狭間だ。

「強制……終了……」

「今回はパラダイムシフトとかじゃないよ。僕の手で、君をコスモスフィアから弾かせてもらった」

「……あいつ、ジューダスは、どうなったんだ!?」

俺と同じように海水に飲まれたジューダスは、どうなった? あれは、なんだったんだ。何が起きた!?

体の奥底から、あの恐怖が甦ってくる。ぶるりと、体が勝手に震えた。何も見えない世界でただただ波に翻弄されて、何かに体がぶつかって、痛くて、どんどん呼吸ができなくなって……恐ろしかった。なんで、俺はあんなところに? 何が起きた?

「……君は、もう来ないで」

心の護は地を這うような声で言った。

俺は首を横に振る。訳が分からない。ようやく地に体がついて、体に自由が戻り呼吸もできるというのに、あの闇の中が忘れられない。発狂しそうな恐怖と、町の人たちの声が忘れられない。何もわからない。ただ、ただ恐ろしい。

「待て、説明してくれ。何が起きた!? あれは、なんだったんだ」

「処刑されたんだよ」

「処刑……? あれが……? ……あれは、あいつはなんだったんだ!? 俺が居た、俺がいたぞ!?」

「坊ちゃんの精神世界の君だよ。坊ちゃんが作り出した君」

「何で!?」

俺がダイブしている限り、ジューダスの想像によって作られた俺はコスモスフィアに存在し得ない。そう言ったのはこいつだぞ!?

「ロニ、もう一度言うよ。君はもう、坊ちゃんにダイブしちゃダメだ」

今までの皮肉や嫌味ではない。絶対にダイブを許さない。そんな思いが篭った声だった。

だが俺は頭を振って心の護に反発する。

「ダメだ。俺は、俺はまだやるぞ! ジューダスに弾かれたわけじゃねぇんだ!」

このままダイブを止めるということは、あの世界を放置するということだ。ジューダスは、あの精神世界のジューダスは一体どうなる!? あんな世界放っておいていいわけがない。

「わからなかったの? 君にはこれ以上踏み込めないんだよ。来ても意味がない」

「ダメだ! あいつ、あんな目にあってるんだぞ!? ふざけんなよ! 助けネェと!」

「君には助けられないって言ってるんだ!!」

「何で!?」

心の護の声が荒くなる。だがそれに気圧されていられないほど、俺の心も荒んでいた。

「あの世界の住人が何て言っていたか、思い出してよ。君はあの世界では処刑を執行する側なんだよ。実際に、ロニ・デュナミスは刑を執行しただろう?」

「意味がわからねぇ! 俺はあんなことしない!! あれはなんだったんだよ! 俺が居る限り、精神世界上の俺は存在できないんじゃなかったのかよ!?」

「君と坊ちゃんの関係は歪んでいる。その歪みの結果がこれなんだよ。今の君は、第四階層に本来なら入れないはずなんだ。その結果が、あのロニだよ」

「意味がわからねぇ!!」

「煩いなぁ! ちょっと静かにしてよ!!」

心の護が怒鳴った。俺は荒くなった息を必死に整える。わからない、全くわからない。こいつは何が言いたいんだ。

「いい? 君はあの世界で坊ちゃんが何故処刑されようとしているのか知らない。だけどあの世界の住人はみんな坊ちゃんの罪状を知っているんだ。そして君が見たもう一人のロニ、坊ちゃんの精神世界のロニもまた、坊ちゃんの罪状を知っていて、刑を執行しているんだよ」

「ぁあ……? あいつは、罪状を知っている? 知ってて、刑を執行だと? ふざけんな! 俺はあいつが何をしたか確かに知らねぇが、だからってあんなことするかよ!」

「君がいくら喚こうが、君は坊ちゃんが想像する“罪状を知るロニ”を否定できない」

「何で!」

「君が罪状を知らないからだ」

心の護が冷たく言い放った言葉に理不尽さを感じざるを得なかった。その罪状とやらを知るために俺はどれだけの人間と会話にならない腹立たしい質問を続けたことか

「なぁ、罪状って何なんだよ! どうして誰も教えてくれねぇ!」

「馬鹿だなぁ、なんでわからないの? もう一度よく考え直しなよ。刑の執行人のロニと、今坊ちゃんを庇おうとする君の大きな違いは罪状を知らないことなの」

「そんなことはわかってる!」

「坊ちゃんは、君が執行人へと変わることを恐れているんだよ」

はっ、と息を呑む。そう、考えれば単純なことだった。誰も罪状を教えないのは、ジューダスが知られたくないと思っているからだ。この心の護の名前を聞けなかったのと同じように、住民たちの口から決して罪状を聞き出すことはできない。リアラが言ってた風に言うならば、鍵がかかっているのだ。

ダイブをする前の、躊躇いに揺れるジューダスの瞳を思い出す。ダイブをすることによって変わるかもしれない、壊れるかもしれない関係に恐れを抱くジューダスの姿を。

でも……俺は、それを見ては何度も思ったんだ。

「俺は、あいつのことを知ったって、あんなことしねぇよ……!! 俺はあいつが悪い奴じゃねぇってわかってる!!」

あいつを受け入れてやりたいんだ。受け入れてやれるって証明してやらないといけないんだ。どうしてジューダスはわかってくれないんだ!

そう叫ぶように言ったが、心の護からの声は厳しかった。

「だから! 君がそうならないことを証明するには罪状を知らないといけない! でも坊ちゃんはそれを恐れて罪状を知らせることができないんだよ! どうしようもないんだ!! 解決策なんてないの!! 君は何も知らない癖に無責任に勝手なことを言うなよ!!」

なんだよ、何も知らないって。教えてくれないとわかりゃしねぇに決まってるじゃねぇか。無責任ってなんだよ、俺は本心からそう思っているのに。どうすればわかってもらえる。どうしようもないのか。なんで、こんな……。

いや、何に躓くことなく深層へ進み続けられるものなのだと、勝手に思い込んでいた俺がおかしかったのかもしれない。リアラも、第四階層が限度だと言っていた。ここが、俺とジューダスの限界なのか。

「坊ちゃんがそれでも君にここまでダイブを許してきたのは、刑を受けないといけないって気持ちがずっとあるからなんだよ。そうやって無理やり君を受け入れてきた結果生まれた歪みが、同時に存在し得ないはずのロニなんだよ。この階層は、罪状を知らない人はそもそも入れないはずだった」

「……」

「いいかい? 君が僕の制止を振り切ってすぐにまたダイブをした場合、君は第四階層を最初から丸々やり直すことになる。君はまた丘の上から開始。坊ちゃんは宿屋に捉われていることだろう。でも、君は絶対坊ちゃんを助けられない。また同じように坊ちゃんは処刑される。君もあんなのはもうごめんだろう? ……あの刑は、当然坊ちゃんの心にも影響するよ。あんなのを繰り返してたら……坊ちゃんの心が崩壊しかねない」

「なっ!」

背筋が凍った。あの苦しみを、やはりジューダスも感じているということか。

「確かにこの階層を放っておいたからといって、刑にかけられる坊ちゃんの苦しみは変わらずあり続ける。けれど、ダイブをしているのとしていないのとではその差は激しい。ダイブをしていなければまだ妄想で済まされるけれど、君がダイブすることで精神世界の想像は現実に近くなるんだ。わかるね?」

「……」

「君は坊ちゃんの罪を知らない限りこれ以上ダイブしてはだめだ。……現実世界の坊ちゃんに直接聞いてもダメだよ。ここまで精神世界で徹底して隠されていることを現実でやすやすと話すわけもない。現実世界で相当な変化が起きない限りは無理だ。諦めるんだ」

心の護はただただ、ジューダスを想ってそう言っていた。

俺がダイブをすることで、ジューダスに害を与える。そう言われては、ダイブを止めざるを得ないだろうが。諦めるしか、ないだろうが。あの海水による死の恐怖はいまだに拭えない。それを何回もジューダスに味あわせるなんて出来るわけがない。心の護が言うように、そんなのは無責任な勝手な行動だ。

「わかったね?」

念を押して聞く心の護に、俺は力なく頷いた。

「……わかった」

「それじゃ、現実世界に戻すよ。……さようなら、ロニ。それでも、ここまで来てくれたことには……感謝しておくよ」

心の護から初めて漏れた感謝の言葉を最後に、俺は現実世界に戻された。

 

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