dive – 7.現実世界

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気づけばハイデルベルグ城の室内だった。現実世界に戻ってきた。目の前にはいつもの状態のジューダスが居る。俺はそっとその肩を揺らした。

「ジューダス……大丈夫か?」

「あぁ……」

一、二度揺らせばジューダスもまた直ぐ現実に戻ってきた。ジューダスは俺から離れ、ぽすんとベッドに座った。

「お前こそ、大丈夫なのか?」

「あ? あぁ……」

何に対してかわからず、曖昧に返事をしてしまう。

「……そうか」

そう返されてから、あぁ、また仲間としていられるのか、という確認だったのかと気づいて俺は顔をしかめた。またパラダイムシフトは起こったが、これで本当に良かったのだろうか。またひとつジューダスのことを知れたが、同時に謎は増えていく。そして、なかなかこいつのこの不安を取り除くにもいたれない。

「その……」

少し、失くしたという大切な人のことを聞いてみたくなった。慰めてやりたくもなった。だが、コスモスフィアではばっさりとその想いを切り捨てたんだ。下手に掘り返すのはよくないか。何より、こいつは詮索を嫌う。

……でも、そうと分かっていても、一つだけどうしても聞きたいと思ってしまうことがあった。

「なぁ……一つ、聞いてみてもいい、か?」

スタンさんと、ルーティさんに、会ったことがあるのだろうか。

いや、会っていなければあんな正確にコスモスフィアに現れるわけがないのだ。だとしたら、いつ、どこで? ……そしてこいつは……スタンさんのことを、知っているのだろうか。

今はもう、亡くなっていることを

「……なんだ」

ジューダスが先を促す。俺は唾を飲み込んだ。

それを聞くことは俺にとっては恐怖だった。俺とルーティさんがずっと隠し通してきたことを、その結果、隠すことになった俺の罪を、暴くことになる。

……どうする、聞いてしまっていいのか。このまま、何も聞かないでいたほうが……

ふと、ジューダスの目が部屋の扉へと向いた。程なくしてドアノブが回る。

「カイル」

「……ただいま」

カイルは笑いしながら部屋に入ってきた。空元気なのが見え見えだった。「今日はもう寝るよ」とカイルはどこか力なく言ってベッドに入り込んだ。

カイルの前で、聞けるわけがない。

「そうだな、俺達も疲れたから寝るか」

「……あぁ」

こうして俺は、ジューダスへの質問の機会を失った。

 

 

 

俺達は相変わらず波乱万丈の旅をしていた。落ちていく飛行竜から危機一髪脱出したと思ったら謎の歪みに飲み込まれかけ、気づけば異世界といっても過言ではない場所に来ているのである。

そして空には、現代ではあり得ないはずのダイクロフトが浮かんでいるのだ。

空が真っ暗になる感覚、こちらに切っ先を向けるベルクラント、空に浮かぶダイクロフト。

遠い記憶ながらも、その光景ははっきりと俺の中に残っていた。あの切っ先から放たれる光線も、それにより打ち砕かれる地上も、巻き上げられる大地も。そして、当時の俺から全てを奪った、落ちてくる外郭も。

あまりに恐ろしい、破壊の象徴だった。

本当に、あれが浮いてるのは、気に喰わねぇ。ドーム越しに空に浮く黒い塊を睨みつける。あぁ……いけねぇ、あんまり昔のことを思い出してダイクロフトを見るのはやめよう。またナナリーやカイルに気を使わせちまうな。その度に関節技喰らうのもごめんだしな。

思い出してふと顔を綻ばせる。カイルがそっと仲間たちに俺が戦乱で家族を失ったことを伝えていたのは聞こえていた。なんとも居心地の悪くなってしまったその雰囲気を、関節技という荒療治で壊してくれたナナリーには、正直感謝している。痛かったけど。

今はこの世界に来て初めて見つけたドームの町に居座っている。宿という施設自体が存在しないようで、癪ではあるがフォルトルナ神団に休めるところはないかと聞けば空き家を提供された。この町では家すら神が用意し、提供してくれるそうだ。

「あれ、寝室四つしかないよ?気が利かないねぇ!」

借りた家を見回っていたナナリーがぼやく。なんともまぁ、都合がいいことだ。

「お前とナナリーはとりあえず一部屋ずつ使えよ。さすがに疲れただろ。さっさと休もうぜ」

「あら、珍しく気が利くじゃないさ。頭でも打ってたかい?」

「ほっとけ」

「お言葉に甘えるよ。さすがに今回は疲れた。ねぇ、リアラ」

「うん……」

女性二人が部屋を入っていくのを見送ってすぐに「俺達はどうしよう?」とカイルが言う。

「カイル、お前一部屋使え。俺とジューダスは二人で使うからよ」

「え」

カイルが目を丸くした。そりゃそうだろう。普通であれば兄弟である俺とカイルが相部屋となり、ひとりが好きなジューダスに部屋を使わせるのが順当だ。ジューダスは目だけで「何故だ」と言って来ている。

「そりゃあ、お前、知識豊富なジューダスと、年長者の俺とでこの摩訶不思議な世界を旅するにあたって色々考えないといけないことがあるだろうが」

「そっか! 俺も手伝うよ!」

「バーカ、お前が居るとややこしくなるんだよ」

「ひでぇ!」

「ほら、お前もさっさと寝ちまえ」

カイルのぼさぼさ頭をぐりぐりと撫で回し、部屋の方へとぽんと押し出してやる。

「二人もあんまり無理すんなよ! おやすみ、ロニ、ジューダス」

カイルは一度だけ振り返って言うと、部屋に入っていった。

「さて、俺らもとりあえず部屋に入ろうぜ」

「……別に、特に今考えるべきことなど無いと思うのだがな」

「まぁまぁ、とりあえずよ」

旅の荷物を背負い、残った部屋へと入る。他の三つの部屋より大きめとはいえ、ベッドは一つしかない。ソファーがあるから、俺はこっちで寝るとするかな。

ジューダスもそんなに間を置かず部屋に入り、腰の剣を鞘ごと抜いて壁に立てかけた。俺はソファーに座る。

「ベッドはお前が使えよ。さすがに疲れただろ」

「疲れているのは皆、同じだ」

「でも、お前あの飛行艇の操縦とかもあったし、いつもよりは気も張ったんじゃねぇか?」

俺の言葉にジューダスは一瞥だけすると、ぽすん、とベッドに座った。こいつが俺の言うことに素直だと少し嬉しい。

「話したいことというのはそれか」

「ん?」

「イクシフォスラーのことを何故知っているか、気にしていただろう」

「んー……まぁな」

隠されているものは暴きたくなる。こいつの正体も、いまだ気になるといえば気になるのだ。こいつを危険視しているからではなく、さっさとこいつを受け入れたい気持ちが強いから。

ただ、第三階層からコイツに対して得も知れぬ恐怖も実際に沸いている。やはり、スタンさんとルーティさんを知っている件についてだった。どうすれば、上手く聞きだせるだろうか。

「しっかしお前、ダイクロフトまで分かるんだなぁ」

「……ハイデルベルグの資料館は良く出来ている」

「あぁ。あそこに載ってたのか。お前よく本読んでるもんな。その仮面つけてて読みづらくねぇの?俺何もなくても文字がびしーって並んでるの見てたら目が痛くなりそうだ」

「お前も少しは本を読んだ方がいい……」

呆れが混じった言葉の続きがなく、思わぬ沈黙の間が空いた。……あれ? 会話終了か? ここで強烈な皮肉の一発や二発は来ると思ったのに。やはり、こいつもあの怒涛の展開には疲れているのかもしれない。

「……ロニ」

「うん?」

名を呼ばれ、ジューダスを見る。ソファはベッドの真正面に位置しているが、ベッドの側面に座って俯いている為、表情はわからなかった。

「……」

名を呼んだきり、ジューダスは何も言わない。

「どうしたんだよ」

何か話すことがあって名を呼んだのだろうに。話すことを躊躇っているのだろうか。

「ジューダス?」

「……ダイブを、するか?」

俺は目を瞠った。自分の耳を疑った。こいつが自らダイブを提案してくるなんて。

「……知りたいのだろう」

「……あぁ」

教えてくれるって言うのなら、今この場で喋ってくれてもいいんだけど、とは思ったが、口には出せなかった。先ほどの長い沈黙は、話してもいいという思いとそれでも隠したい思いが鬩ぎあったものではないかと思ったからだ。こいつも、ダイブという力に縋ったんだ。俺と同じように。

俺はずっとポケットに入れているレンズを取り出し、ジューダスの座るベッドを沿うように回って、ジューダスの前へと移動する。レンズを乗せた右手をジューダスの目の前に突き出す。ジューダスはじっとそれを見た。

「ロニ……もし……」

仮面の奥に見える瞳が揺らいでいる。いつだって知られることをこいつは恐れてきた。それが、今までの比でないほど顕著に現れている。その一方で、こいつはダイブを望んだ。一体、どうしたのだろうか。

「……いや、…………なんでもない」

「その……大丈夫か?」

思わずそう言葉をかけずにはいられなかった。ジューダスは黙って頷き、右手を俺の手に重ねて目を瞑った。その瞼すら震えている。

俺もまた、目を瞑る。何を思っているのか気にはなるが……いや、気になるこそ、ダイブすればいい、はずだ。

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