悪夢の狭間

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リメDにゾンビリオンがいなかったのが物足りなくて書きました。

神に仇なした一行は18年前の神の目の騒乱最後の戦い、ダイクロフトの道を歩いていた。バルバトスはただカイルと戦いたいだけのように言っていたが、エルレインの元で動いている以上、歴史改変を狙ってくるかもしれない。

18年前の英雄達とは縁が深い故に皆、張り詰めた緊張感を持って歩みを進めた。 だが1000年前とは違い、通路の至る所に瓦礫が落ち、思うように進めない。進行を阻んだ鉄板をロニは疎ましそうに睨み蹴り上げる。

 

「ちっくしょ、いつ何が起きるかわからねぇっつうのによお!」

「焦るな。向こうの通路はまだ使えるようだ、急ぐぞ」

 

ジューダスの冷静な言葉がとび、ロニは小さく頷いて進行を変える。

だが、その道を曲がろうとした瞬間に光の線が一直線に飛んできた。一番前を歩いていたジューダスが紙一重でそれを避ける。光は彼の頬を掠めるに至らなぬところを通り抜け、更に後ろのカイルとハロルドの隙間を抜けて壁に穴を開けた。

ジューダスは体勢を立て直し、光が飛んできた方を見る。光線を追うようにぞろぞろと現れたのは機械系のモンスター。

 

「……だあああっうっとうしい!」

 

ロニは思わず叫びながら斧を床に叩きつけ戦闘態勢に入る。荒れるロニに対していつもの冷たい言葉がとんでこないあたり、ジューダスもロニと同じ気持ちを抱いているのだろう。双剣を構えて張り詰める気はいつもより少し荒い。

 

「こんなんだったら大人しく四英雄と一緒にいきゃよかったねぇ」

「歴史の重要人物とあまり深く関わらない方がいい」

 

ナナリーは弓を一度構えたが、機械系の敵にはあまり効かないだろうと思い直し詠唱を始める。その間にカイルが先陣切って前へと飛び出した。

ガラクタを使って組み合わされたようなモンスターは見た目通り硬く、斬るというよりは叩き潰すような感覚にカイルは眉を寄せつつも機械の左腕部分を壊す。

 

「数が多いな」

「マジかよ…」

 

周囲を見渡したジューダスが小さく呟く。いつの間にかカイル達が通ってきた道からもモンスターが現れていたのだ。この狭い一本道で囲まれるのは辛い。

 

「カイル。このまま戦うのは得策ではない、前方を切り抜けるぞ。走れ!」

「わかった!」

 

ジューダスの言葉通りにカイルはすぐ目の前のモンスターの首を壊すと、敵を押し倒し道を作るように前方を突っ切る。そのカイルをフォローする位置にロニが付き、長い斧を振り回しモンスターを押しやった。

 

「インプレイスエンド!」

 

ハロルドの詠唱と同時に後方に氷の塊を具現化される。それを機に後衛の女性達もカイル達が作った道を走り、更にその後ろをジューダスが続いた。バチッとカイルとロニに押し倒されたモンスターが音を立てながら立ち上がり、攻撃を再開しようとするのをジューダスは的確に倒していく。

そのまま彼らはダイクロフトの深部へと走り進んだ。18年前の戦いがあった場所に向かって。

 

後方にモンスターが見えなくなった頃、突然最後尾を走っていたジューダスが立ち止まった。徐々にカイル達と距離が開く中、彼は動こうとしない。

狭い廊下が続く中、小さく開いた暗闇に少年の視線は奪われていた。奥は狭い部屋のようだ。中からはどこか冷たい空気が溢れてくる。明かりが点いておらず、ほぼ闇しか見えなかったが、廊下の光がもれて見える僅かな部分が彼の脳を刺激する。

 

(此処……どこかで見た?一体どこで)

『ぼっちゃん!』

 

立ち止まったジューダスの背中から急かす声が飛んだ。それに反応したハロルドとカイルが後ろを振り向く。

 

「何してるんだよジューダス!急いで!」

「……あぁ」

 

ジューダスは自分らしくない行動に首を小さく振りながら足を速めた。

 

(この状況で足を止めるなど……)

 

だが、あの部屋を見た瞬間に脳裏を掠めたものが体を硬直させた。その掠めたものすら今は何だったのか思い出せない。

 

(僕は……ダイクロフトには1000年前にしかきたことがなかったはずだが?)

 

彼は自らの記憶に疑問を持ちながらも、小さく仲間に「すまない」と言い先を急いだ。

漆黒が廊下の奥へと消えていった頃、コポッと先ほどの暗い部屋から水の音が漏れる。コツコツン、カイル達が走ってきた方向より人が歩く音が近づく。モンスターはいつの間にか身を潜めたようだ。足音はカイル達を追うこともなく、やがて部屋の前で止まった。一歩、その部屋に入ると、それはクツクツと笑い、自分が拾ってきた者に挨拶をする。

 

「気分はどうだい…?リオン」

 

『あの……ぼっちゃん』

「なんだ」

 

モンスターの追撃はもうなく、カイル達は足を速めながらも歩いて道を進んでいた。 今も最後尾に付いているジューダスに、シャルティエは彼にしか聞こえないよう小さく話しかける。

 

『坊ちゃんはもしかして、覚えてない、のですか?』

「……?」

 

意味がわからない、と仮面の下で顔を顰めた少年にシャルティエは「そうですか」とだけ小さく呟いた。既にシャルティエの意識はジューダスに向いていないことを感じ、更に少年は顔を顰めた。

 

「シャル、何を言っている」

『あのーカイル君、博士』

「……シャル」

 

ジューダスの呼び掛けには耳を貸さず、いきなり声を大きくして前の二人を呼び止めるシャルティエに彼は咎めるようにもう一度シャルティエを呼ぶが、シャルティエはジューダスの声など気にせずに続けた。

 

『ちょっと話が』

「シャルティエさん?」

「あ?どうしたんだカイル」

「あんたなに喚いてんの」

 

カイルとハロルドがジューダスのほうを振り向いた故に、他の仲間も一斉に黒衣の少年を見た。ジューダスは苛立ちをため息に乗せると背中からシャルティエを取り出す。

 

『少し休んで行きませんか?』

「はぁ?」

「シャル」

 

ハロルドが出した声とジューダスの咎める声が強くなったのもあって、シャルティエは少し怯んだが、すぐに言葉を続けた。

 

『この先何が起きるかわかりませんし、先ほどの戦いで皆疲れているでしょうし』

「いつ何が起きるかわからないから急いでいるんだ」

 

ロニ達は意味がわからず首をかしげるばかりで、カイルが現状を適当に説明する間にも、ジューダスとシャルティエの口論が続く。

 

『さっきかなり走ったから、まだスタン達もミクトランのところに着いていないと思うんです。少しなら他のマスター達の居場所を感じとることができますし』

「え、シャルティエさん父さん達が居る場所わかるの?無事かどうかもわかる?」

『えぇ、わかりますよ』

「だったら安心じゃない?ジューダス」

 

カイルが安堵に顔を綻ばせながらジューダスのほうを見るのに、彼は少したじろぎ、顔を顰める。なんだかんだ言って、彼もカイルには甘い人間だ。

 

「先周りできるならそれにこしたことは……シャル、お前ミクトランの居場所がわかるのか?」

『え……えぇ、まぁ…』

「何故だ」

 

カイルの提案を突き飛ばそうと言葉を発したときだった、シャルティエの発言の違和感に気づく。ジューダスが指摘すれば彼は言葉に詰まった。

 

「…シャル、お前何を隠しているんだ」

「シャルティエがこんなに口出すのって珍しいしね~怪しいわねぇ~」

 

ジューダスの詰め寄りにハロルドが楽しそうに便乗してくる為、シャルティエは内心舌打ちした。カイルはというと、何がなんだかわからない状態でジューダスとシャルティエを困った顔で交互に見ている。

 

「ジュ、ジューダス喧嘩はよくないって」

「……」

 

完全に黙ってしまったシャルティエをジューダスは何も言わずに睨み付けた後、また背中に戻した。そして仲間たちを追い越して先を進み始める。彼の機嫌はかなり悪くなったようだ。

 

『ぼ、坊ちゃん』

「何を隠しているか知らんが、歴史を変えさせるわけにはいかないんだ」

『あの…でもっ!』

「くどい」

 

強い口調でそう言われ、シャルティエも黙ってしまった。重くなった空気にロニとナナリーは居心地悪そうに身を捩り、リアラはカイルの腕をそっと掴み不安気に見上げた。

結局シャルティエの努力は無駄となり、一行は進むこととなった。

シャルティエはそっと祈った。いや、祈ることしかできない。引きとめる体も何も持ち合わせていないから。

 

(どうか、どうか坊ちゃんが、あの瞬間を目撃することのないように……)

 

数十分たって着いた広い空間には、忌々しい神の眼が設置されていた。

 

「父さんだ…」

 

カイルが呟く。ちょうど別の道からスタン達が走りこんできたところだった。

そして、彼らが対峙した場所に居るのは

「ミクトラン…」

 

足を止めたスタンが気を静めながらも呟く言葉には怒りが込められていた。カイル達はそれを遠くから眺める。

ミクトランと英雄達が交わす言葉はシャルティエが記憶したものと同じで、それはマスターが願ったとおり、歴史改変の手に間に合ったことを意味する。

だが、それは同時に、シャルティエの懸念していたことが起こる前触れでもあった。

 

『ぼっちゃん……少し話があるので、この場を離れませんか……』

「いい加減にしないかシャル」

 

シャルティエが話しかけるも、マスターはずっと嘗ての仲間たちの方を見ている。 彼が酷く苛立っているのは、眉間に皺を作っていることからも明白だ。だが、こうまで怒りが大きいのは、場を弁えないシャルティエの言葉からだけではないだろう。

ジューダスはミクトランと四英雄のやり取りを見ながらも、あの暗い部屋を見た時からずっと続く違和感に表情を険しくする。

 

「あんたは絶対倒す…あんただけは、ただでは済まさないんだから!……父さんと、あいつの仇!」

 

ルーティの怒りの声が大きく響く。ジューダスの肩が僅かに揺れた。動揺から、ジューダスはシャルティエから発せられる強い焦りの感情に気付かない。彼が思わず胸を痛めるその台詞は、シャルティエにとっては0のカウントだった。

 

「そんなに会いたいなら会わせてやろう」

 

ミクトランの笑いを含む声にシャルティエは体があれば唇を噛み締めたことだろう。 これから起こることを心底楽しみにしているその声が、シャルティエは今になっても忘れられない。

 

「さぁ、感動の再会だ」

『坊ちゃん!』

 

シャルティエは叫ぶようにマスターを呼んだが、もう遅かった。

彼はミクトランの背後から現れた影に眼を奪われ、思わず一歩足を踏み出していた。

 

「………え?」

 

カイルやロニもまた、眼を瞠りそれを見る。その場にいるスタン達も同様だ。

今まで怒気を露にし、ミクトランを睨みつけていたルーティが顔を真っ青にし、一歩、また一歩と後退していく。

 

「……リ……オン………」

 

震える唇で、名を呼ばれた。

 

それは確かにジューダスと、同じ顔をしていた。だが、衣服はところどころ千切れ、体はボロボロで、普段から色白な彼の肌は生きている人間のそれではなかった。

ロニは何が起きているかわからず、仮面を被った本人の横顔を見る。

 

(……海底洞窟で、……死んだ、んじゃなかったのか……?)

 

だが、彼自身驚き、ロニが視線を向けているのにも気付かない為、ロニはスタン達へと視線を戻した。

 

心臓が高鳴る。バクバクという音が頭に響く。

 

ジューダスはまったく身に覚えのないその光景に驚いていたが、次第にそれは確かに体験したものだと認識されていく。無意識に消していた記憶の欠片が頭の中をぐるぐると回りながら、ゆっくりと形を取り戻していった。

 

真っ暗な世界で、あの男の笑う声が響く。

体が重たい。すでに感覚などない中、無理やり形を戻そうとする何かの力が襲ってくる。

僅かに光が戻り、そこに映る自分の肢体は血に汚れていた。体中に深い傷が刻まれ、色の無い肌は死人のものにしか見えない。だというのに意識がある。その状況があまりにおぞましい。

 

心臓の音がどんどんと大きくなっていく。

 

次に見えたのは眩しい金髪と透き通る青い瞳だった。それを見てどこか安堵した自分がいた。だが、それは勝手に振り上げられた自分の腕に絶望に変わった。

 

――嫌だ

 

自分の左腕にはシャルティエが握られている。力なく振り下ろす先には金髪がある。悲しみに塗れた青い瞳がある。

 

――もう嫌だ

 

彼が叫ぶ声が聞こえる。悲痛な叫びが聞こえる。必死で名を呼んでくれている。 暗い洞窟の奥と同じ、剣を交えるしかなかった、あの時と同じ

 

――戦いたくない

 

勝手に動く自分の死体。あの男が隅々まで侵入したかのように、どれだけ抗っても止まってくれない自分の体。全てあの男の思うように動く人形と化した己。

 

――もう、これ以上、あいつらに剣を向けたくない

 

剣に込められる自分の意志など一つとない。あの時は、覚悟があった。護りたいという強い想いがあった。マリアンを護る為ならば、と

だが、今はそんなもの何一つない、今はもう、人ですら無い。そのことが、恐ろしい。

怖い、苦しい、辛い、悲しい、嫌だ、嫌だ、…….

 

「アハハハハハハハハ!」

「――っ!」

 

実に愉快そうに笑うミクトランの声が響いた瞬間、ジューダスは生ける屍となった自分から眼が離せぬまま、頭を抱えて声にならない叫びを上げた。

 

『……っ坊ちゃん!』

 

マスターの感情が直に響くシャルティエは、身がばらばらにされるようなその感覚に息を詰める。

その場にいた全員が、突然目の前にしたあまりの惨劇に硬直している中、彼の様子に気づき、一番早く動いたのはロニだった。

見開かれたアメジストに腕を回し、視界を奪うようにしてそのまま奥へと押しやる。 ジューダスは自分の目に当てられた腕を震える手で掴んだ。

 

「ジューダスっ」

「あ……ぁ……」

 

ガタガタと震える華奢な体を強く抱きしめながら座らせ、彼の仮面をはずし、頭を胸に寄せ抱え込む。今も天上王の笑いは響いている。彼の耳をふさいでやりたかった。

完全に恐慌状態に陥ってるジューダスを何とか落ち着かせたくて何度も名前を呼ぶが、少年は呻くばかりだ。

 

「畜生…なんなんだよ…なんなんだよこれは!」

 

今は背後にある18年前の出来事にロニは怒りを堪えきれない。カイル達も見開いた目はそのままに、瞳には激しい怒りを宿していた。リアラはあまりのことに、カイルの胸にしがみつくようにして目を閉じ堪えている。

 

「リオンっ!リオンっ……畜生…………畜生!!!」

 

スタンの悲痛な叫びが聞こえた。泣いている。スタンも、ルーティもフィリアも。ウッドロウは涙を流すことはなかったが、激しい怒りに酷く表情を歪めていた。

それでもリオンは無表情に、本当に糸に吊り上げられている人形ではないのかと思うような動きで、シャルティエを振り下ろす。あんなに強く輝いていた紫紺の瞳は泥水の中に沈められているかのように暗い。それでも、その少年の目が、僅かに動き、細められた。

――もう疲れたんだ。もう戦いたくないんだ。

 

「……ぁ………くれ…」

「……ジューダス?」

「……リ、……オン……?」

 

ジューダスが何事かを呻き、ロニが彼の名を呼ぶのと同時に、遠くでスタンも同じように目の前にいる少年の名を呼んだ。あのリオンもまた、何か言葉を発しているらしい。

同じ人間である二人が、一体何を言いたいのか、よく聞き取れない為わからない。スタンの方は特に聞き取れないだろう。だが、彼らが伝えたいらしい言葉は短く何度も繰り返されている。やがて少しずつ何を言っているのかが、わかってくる。

同時に、スタンとロニの眼が開かれていく。

 

――殺してくれ

 

「っ!」

 

ロニとスタンが同時に息を詰めた。

あまりにも切実な言葉。そんな言葉が零れるほどに追い詰められた彼の悲しみをはっきりと耳にして胸が張り裂けそうになる。

 

「ジューダス!!」

 

ロニは、早く彼に正気に戻ってほしくて体を揺さぶる。だが、少年は震えるばかりで、見開いた目は未だ光を取り戻さない。

ロニがもう一度ジューダスの名を叫ぼうとしたとき、彼の後頭部に手が添えられ、ジューダスを俯かせたあと、その首にトンッと手刀が落とされた。哀れなほどに震えていた体は力が抜け、完全にロニへと体重を預けた。

 

「…ハロルド」

「見てらんないわ」

 

ロニはジューダスを抱えたまま、彼を眠らせたハロルドを見上げた。彼女は眉を寄せながら静かに首を横に振る。そして未だ英雄達が戦うほうへと向き直った。あちらの悪夢は今も続いている。

 

「ひどい……」

 

ナナリーが静かにロニに近づくと、真っ青な顔をして眠る少年の頬に手を当てる。 その隣でカイルが複雑な表情をしながらジューダスを覗き込んだ。

 

「シャルティエ、ごめん。謝るわ」

『いえ……仕方なかったと思います、言うわけにもいかなかったですし』

 

ハロルドが後ろを向いたまま小さく呟くのに、シャルティエが静かに答える。

 

「リオン…リオン…っリオンっ!」

 

スタンの悲痛な呼びかけは今も続く。

生気のない瞳をしたリオンは、力なくシャルティエを振り下ろし続けながらも、ずっとスタンに願っている。何度も何度も、「殺してくれ」と

シャルティエを振り下ろす手は、スタンに縋っているようにすら見えた。

 

「スタンさん……もう、楽に、させてあげましょう……」

 

涙を溢れさせながらフィリアが呟いた。眼を伏せ、少年から顔を背けながら。フィリアの言葉に、スタンはディムロスを握る手を振るわせる。彼も理解している。彼を助ける方法はこれしかないのだと

 

「リオン、ごめんな……ごめんなっ……助けてやれなくて、ごめ、ん……っ」

 

あまりに悲しい戦いが終わりに近づくのを遠くで聞いていた中、もう一対の紫紺が目を開いたのにロニが気づく。少年はゆっくりと体を起こした。

 

「ジューダス……おい、大丈夫か……?」

「あぁ、すまない」

 

無表情で答え、立ち上がると共に仮面を拾い、彼はロニから離れた。その顔は未だ真っ青で、とても平気とは思えない。なのに彼は仮面を手にぶら下げたまま、あろうことか今スタン達が戦っているほうへと向かい始めた。

 

「おい、ジューダス!」

「まったく煩いやつだな、お前は」

 

呆れと微笑がこもった言葉で言われて、ロニは口を閉ざす。彼はカイルの横を通り、また同じ位置に立ってスタンと自分自身を眺めた。

 

「ジューダス……」

『……坊ちゃん?』

「大丈夫だ」

 

カイルとシャルティエの気遣わしげな声が重なるのに、ジューダスははっきりした声でそう告げる。今スタン達と剣を交えるそれとは違う、生命を宿す紫紺の瞳は真っ直ぐに彼らを見つめた。

 

「スタン君……」

『………スタン』

 

ウッドロウとディムロスが静かにスタンを促す。

少年に剣を振るうのは、スタンでないといけない、どれだけ辛くても。そうでないと彼自身がきっと納得できないから。

スタンは、振り返らずに小さく頷いた。金髪が僅かに下がったのを見て、ウッドロウは目を瞑る。

涙に塗れたスタンの瞳が覚悟を宿した。

 

「リオォオオオン!」

 

カイル達が思わず目を瞑ったその瞬間を、ジューダスは焼き付けた。無表情で眺めていた彼の口元が、何故か綻ぶ。シャルティエは何も言わない。だが、マスターの最後の瞬間をまた見なければいけない。その心情をジューダスは感じ取り、落ち着かせるように鞘を撫でた。

 

ズル…

肉を斬る感触が確かにし、スタンは閉じた目を開けられなかった。代わりにそこからは涙が溢れる。

 

「ごめん……ごめ…」

 

その言葉しか知らないように、スタンは繰り返した。後悔が渦巻く。

仲間だった。勝手に決め付けたものではあるが、親友だった。

最初は、表情の少ない少年だと思った。だが、今のこの姿を見れば、嘗ての彼は色んな表情を持っていたのだと分かる。皮肉を言いながらも、どこか寂しそうに、どこか楽しそうにしていた少年。

 

もう、本当に、彼の表情を見ることは叶わない。

今、確かにスタンは己の手で彼を、殺したのだ。

 

スタンの体が恐怖と悲しみに大きく震えた。 ボロボロと涙が零れ落ちる。どうしてもスタンは目を開けることができなかった。そんな彼の頬に、冷たい手が添えられる。驚き、スタンは目を開き、顔を上げた。

屍となったはずの少年が、微笑んでいた。

 

(あぁ、やはり……)

 

それを見たジューダスもまた微笑んだ。

 

思い出したのは、悪夢のような出来事だった。

だが、悪夢は終わっていた。他の誰でもない嘗ての仲間、友の手によって

あの時、ソーディアンから伝わってきた友の想いは、真っ暗な世界を暖かく照らしてくれた光だった。今もまだ友と思い泣いてくれたその時に、確かに幸せを感じたのだ。

 

紫色の唇がゆっくりと動く。

 

「ありがとう」

 

スタンの顔がくしゃくしゃに歪む。後ろにいたルーティが泣き叫んだ。

リオンはそのままスタンの胸へと崩れた。酷く汚れている体だというのに、彼は強く強く、それを抱きしめた。フィリアが涙を流し、震えながら二人に近づく。祈るように彼女が唱えたのは、エクステンション

術の発動と同時に、少年の体が輝き、さらさらと空気へ溶けていく。スタンの手がそれを追うように動いた。

ミクトランの手に堕ち、醜い体となった彼が洗われるような、そんな光。それを、目を細めながらジューダスは眺めていた。その時、袖がクイッと引っ張らる。振り向いた先には涙でぐちゃぐちゃになったカイルの顔があり、青い瞳が揺れながらこちらを見ていた。

 

「……カイル」

「ジューダスは、消えないで」

 

その言葉に少し驚いた後、彼はらしくなくカイルの頭をくしゃりと撫でてやる。

彼の願いを聞いてやることはできない。だけど、自分は後悔することなど一生ないだろう。18年前のその時もそうだったように。

こんなにも仲間に想ってもらいながら死ねる。きっとこの想いなど、神にはわかりはしないだろう。

仲間達を、酷く悲しませてしまった、これは自分勝手な思いではあると思うが彼らと出会えて、本当に良かった。

もう一度、目を瞑り、誰にも聞こえないように、口を動かす。

ありがとう、と

 

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