18年前で四英雄にリオンバレ
バルバトスを追い18年前の外郭の上に出たカイル一行。
四本の剣が刺さった神の眼の前。つまり四英雄が勝利した時にあの男は現れる。
彼らは外郭を走りぬけ、ダイクロフトへと進入した。
だが、残した言葉は何だったんだと問い詰めてやりたいくらいバルバトスは既にその場所で不適に笑い、四英雄と対峙していた。
「父さん!」
「スタンさん!」
スタンとルーティの子である二人が飛び出そうとするのをジューダスがカイルの服を掴み、ロニを足払いすることで阻止する。二人とも壮大にずっこけることとなったが、ダイクロフトの段差により四英雄とバルバトスの目に入ることはなかっただろう。
ぶつけた顔面をさすりながら起き上がる二人にジューダスが絶対零度の瞳を向ける。慌てて二人は「ごめんなさい」と声を殺しつつも揃えて言った。
本来外郭の上にいるのは四英雄とミクトランのみだ。当然姿を見せるのはまずい。
彼らもそのくらいのことは……わかっていなかったので事前にジューダスが説明しているのだが、スタンを見た瞬間にこの暴走だ。ジューダスはため息を吐いた。
(さて、どうしたものか……)
ジューダスは現状の打破を考える。
このまま彼らがバルバトスを倒してくれたとて、それが今後の戦闘に支障を来たす恐れがある。かといって四英雄が居る前で堂々とバルバトスに喧嘩を吹っかけにいくわけにもいかない。何よりジューダスは彼らの前に姿を現したくなかった。
ガキィン!
激しい音と共に剣が宙に浮くのが見えた。ソーディアン・ディムロスだ。バルバトスの斧に弾き飛ばされたのだろう。さっと緊張が走る。ジューダスは自然と柄に手をかけていたが、何とかウッドロウのフォローが間に合ったようだ。
安堵の息を吐いたジューダスがふと横を見やれば、居るべきはずの金髪が存在しない。
「バルバトス!!」
手足縛ってやればよかった。とジューダスは物騒なことを考えて肩を落とした。
カイルはバルバトスへと呼びかけ、そのまま剣を振り上げ襲い掛かる。バルバトスがニタァと笑ってその剣を斧で受け止めた。突然の乱入者に四英雄は驚く。
ロニももういいだろう?何て一瞥をジューダスに向けて、そそくさと走り出した。女性人も苦笑しながら出て行くので、ジューダスもその後ろをゆっくり着いて歩く。
こうして、英雄たちがこの場に勢ぞろいした。
「遅かったなぁ。カイルゥ?待ちくたびれて少し遊ばせてもらっていたぞ」
「バルバトス。お前の相手は俺たちだ!」
「ククククク。分かっている。お前たちも分かっているだろうなぁ?……待っているぞ」
バルバトスは小さな歪みの闇に身を滑らせ消えた。
一先ずカイルたちは緊張を解く。だが、それも束の間だ。すぐさま後ろからかけられた声は戸惑いに満ちていた。
「君たちは……一体……」
スタンに声をかけられたカイルは軽く頬を熱くさせながら、言葉に詰まる。いつもこういう時助け舟を出すジューダスは後ろの方で気配を殺しているのだ。うーんと唸るカイルに変わり、カイルと同じような状態であるロニがおずおずと言葉を並べた。
「えっとですね、俺たちも……ちょい訳ありでして、先ほどの男を追ってたんですよ」
「あんた達一体……っていうか、どうやって来たの?どうやって帰るわけ?」
「えーっとそれは……」
「あの男は何者なのだ?ミクトランの仲間か?」
「いや、仲間……っちゃあ仲間だった?いや、でもミクトランは多分知らないんじゃ」
「あなた達も、ミクトランと戦っているのですか?」
「いや、俺達は……」
四英雄からの質問攻めにしどろもどろになるロニ。この場をうまく誤魔化す方法なんて全く思いつかなかった。そんな彼に意外な者達が助け舟を出す。
「スタン、彼らなら大丈夫だ」
「ディムロス……?」
スタンが剣の方へと眼をやり首を傾げる。
ディムロスに続いて他のソーディアンも口々にカイル達を庇った。
「えぇ、彼らは敵ではありません」
「この者達ならば脱出も自分でなんとかするじゃろ」
「あなた達はあなた達の戦いのことだけを考えればいいわ」
「ちょっとちょっと、何なのよあんた達!知り合いなの?」
ソーディアンの声が聞こえないロニは眼を白黒させる。カイルは思わぬ戦友が居たことに心温かくしロニに大丈夫だと告げた。
「君達には君達の目的があるのだろう。行きたまえ、我々は我々の目的を遂げよう」
「君、ディムロスの声が聞こえるのか?」
「えへへ……ありがとうございます。ディムロスさん」
「意味わかんない!何だってのよ、全く」
「まぁ……クレメンテ達がそう言うのでしたら……あなた方も気をつけてください」
「んーよくわかんないけど、気をつけてな」
フィリアとスタンからエールをもらい、カイルは元気よく返事をした。
何とか丸く収まったことに小さく安堵の息を吐いたのはジューダスだ。「それじゃ、いくわよ」とさっさと歩き出すハロルドの後ろへと着いてスタン達が向かうだろう正面入り口とは違う入り口へと歩いて行く。
それぞれがそれぞれの入り口へと向かい始めた中、たった一人、違う道を走り出した者がいた。
ジューダスは息を呑む。まっすぐその者はジューダスに向かって来ていたからだ。ジューダスの後ろを着いて歩いていたナナリーが思わず足を止めた瞬間、仮面が地面に転がった。
細い腕が強く引かれ、無理やり振り向かされたジューダスは強い青の瞳に居抜かれる。そのまま、誰もが固まった。
ゴロゴロと骨の仮面が何度か床に擦れる音が響く。
睨むようにジューダスを見ていたスタンの顔が、やがてくしゃりと歪み、苦しそうに笑みを浮かべた。
「……リオン」
スタンに捕まったままの体を硬くしていたジューダスが、観念したかのように肩から力を抜く。ルーティ達もその存在に気づいて目を瞠る。
「嘘……」
ジューダスに向かって2,3歩近づき、未だにその存在が信じられないのだろう。そのまま固まって瞬きすら惜しむように少年の姿を凝視する。
カイルたちは完全に置いてけぼりだ。今ここだけは18年前の仲間たちの世界。18年前の裏切りの真実を知らない者たちはただ見ていることしかできない。
「生きて……生きてた……」
スタンは力が抜けて言ったように膝を付き、ジューダスの胸へと顔を埋めるように彼を抱きしめた。
そんなスタンにジューダスは困惑しながらも彼の名を呼ぶ。
「スタン」
「何で隠れてたんだ」
ジューダスの言葉の続きを遮ってスタンは咎めるように言う。
返す言葉に詰まったジューダスは投げやりに笑い捨てた。
「よくもまぁ死んだ人間が今此処にいると断定して強引に腕を引っ張れたものだ。人違いだったらどうするんだお前」
「へへ、何回か人間違いでルーティに怒られたよ」
「救いようがない馬鹿だな」
ジューダスは昔と同じように冷めた目でスタンを見ながら皮肉を言う。スタンは力なく笑った。懐かしいやり取りだった。当たり前のように再現できるやりとりだった。それでも、あの海底洞窟での出来事は消えない。
スタンの笑いは力を失い、やがて完全に収めると顔を上げ、細い肩に手をかけてじっと紫紺の瞳を見つめる。
「なぁ、リオン……なんで……」
ジューダスはその強い瞳を一度見た後、断罪を待つかのように視線を下ろした。その姿は潔さよりも儚さが際立つ。そんな彼にスタンは怒声を浴びせた。
「何で……何で相談してくれなかったんだ!!」
思わぬ言葉にジューダスは目を見開き、スタンの顔をもう一度見る。怒りや悲しみ、何より悔しさに歪んだ英雄の顔は友人に信じてもらえなかった痛みを訴えていた。
「俺たちはそんなに頼りないのか!? お前はいっつも一人で何でも抱え込んで……相談してくれたら、俺は絶対……っ」
スタンはそこで言葉を詰まらせた。感情がはち切れて言葉が出なくなったのだ。変わりにその瞳から涙が零れた。
「ごめんな……気づいてやれなくて、ごめん……。ほんと、良かった。生きててくれて……良かった。……俺、お前を死なせてしまったんじゃないかって、思って……ほんと、……俺……っ」
スタンは涙を隠すことなく嗚咽を漏らしながら言う。
ジューダスは信じられないものを見るように、ただ唖然と涙が地面を濡らすのを見ていた。自分の手が震えているのを他人事のように見ていた。
フィリアが同じように口に手を当て涙がぽろぽろと零す。同時に、ルーティがずかずかとジューダスの元へ歩み寄った。スタンの肩に一度手を置けばそれだけで察したのか、スタンは一度ジューダスの肩から手を離す。
視線が下がっていたジューダスが目の前に立ったルーティに上を見る。
顔を赤らめくしゃくしゃに歪ませながら涙をボロボロ流す、いつも強気なルーティがはじめて見せる顔がそこにあった。その姿に唖然としていたジューダスの頬を、ルーティが強く打った。
パァンッ
その直後、ルーティは強くジューダスを抱きしめた。ルーティはそのまま何も言わず、ただ腕にだけ力をこめて唇を噛んで嗚咽を殺しながら泣いた。
言葉はない。だけど、それで全てジューダスに伝わった。
ポロ、と一滴だけジューダスの目から涙が零れた。
卑怯だと思った。頬を打った力はあまりに強く、それのせいで見えない鎧を粉々にされ、生身の体に止めを刺された気分だった。それほどまでにじんわりと体を包む熱はジューダスに仲間たちの思いを直に届けていた。
だからこそ、ジューダスの手は震えが止まらなかった。
「……すまない……」
「……馬鹿っ」
ようやくルーティがそれだけ口にする。
ジューダスは視線を再び下げた。
この赦しは、生きているから与えられているものなのだ。
スタンが涙を腕で拭いながら立ち上がる。
にかっと笑って、ジューダスに手を差し伸べた。もう曇りのない笑顔だった。これで全て清算だと言うように
「リオン、マリアンさん、無事だよ」
「……ありがとう」
「だからさ、もう大丈夫だ。俺たちは仲間だ。そうだろ?」
「…………僕は、お前たちを裏切ったんだぞ?」
「俺、お前に裏切られたなんて思ってない」
あまりに清々しいその言い様に呆れてジューダスは笑う。
「馬鹿だろう。裏切られた自覚がないとはな」
「リオンは裏切ってなんかないよ」
それでも帰ってくるスタンの答えにジューダスは喜びと悲しみに顔を歪ませた。
そんな彼らの姿をカイル達はずっと見守っていた。
強いところしか見たことのない3人の涙に驚きながらも、彼らが18年前の悲劇に心痛めていることを少なくとも知っているカイル達は彼らの邂逅と和解を心の底から喜んだ。
だけど、さすがに次に続いたスタンの台詞には慌てる。
「リオン、だから一緒に行こう!」
「え……」
「えぇ!?」
いまやジューダスは四英雄に囲まれて絆の硬さを分かち合っている。当たり前のように、ジューダスを、リオンを仲間として迎え入れているのだ。
「って待ってよ!さすがにそれは俺たちのこと無視しすぎだって!」
「あ……ご、ごめんごめん」
ようやくカイルの存在に気づいたかのようにスタンは頭を掻いて謝った。本当にこっちに走り寄る時ジューダスしか目に入らなかったのだろう。
「そういえば、リオン君。彼らとはどういう関係で?」
「此処で話すには長すぎる」
ウッドロウの質問をそう断ると、ジューダスはスタンに言う。
「スタン。一緒には行けない」
その言葉にカイルは安堵した。自分たちよりスタン達と仲間であることの方が自然に感じていたから。反面本当にそれでいいのかと胸を痛める。
二人を見れば、スタンの表情は不安に揺れ、ジューダスは決意が固いのか真っ直ぐにスタンを見ていたが、それでも悲しい眼をしていると思った。
「リオン……その子達と?」
「あぁ。先ほどの男を追っている」
「手伝う!一緒に行こう。あいつも倒してミクトランも倒せばいい。一緒に行けばいいじゃないか」
「駄目だ」
「何でだよ!?」
スタンは悲痛な声を上げる。これ以上別れたくない、また目を離せば届かぬところに行くのではないか、そんな不安がスタンの目にありありと出ていた。
そんな彼をディムロスが咎める。
「スタン」
「ディムロス!何でだよ!」
「リオンにはリオンの、お前にはお前の成すべきことがあるのだ」
「だから、一緒に行こうって言ってるんだよ!何で駄目なんだ!」
「スタン!」
ディムロスが叱咤してもスタンは首を横に振る。
ジューダスはため息を吐いた。
本当は無理やり誤魔化してこの場を去るのがいい。だが、スタンは本能的に察しているのではないだろうか。またこれが最期の別れになるのだと。何より、ここで何も言わず去ることはまたスタンへの裏切りとなるのではないか
結論はすぐに出た。
「カイル。先に行ってろ」
「え、ジューダス!?」
「この分からず屋に一から説明するしかないだろう。すぐ追いつく」
「うん……わかった。待ってるからね」
不安げな表情を浮かべながらもカイルは信じてダイクロフト内部へと向かって行った。それを見届け、ジューダスは転がっている仮面を拾い上げたあと、スタンを見る。
「スタン……」
その後に告げなければいけない言葉が、中々ジューダスの喉から出てくれない。
きっとまたスタンの心を抉るだろう。ジューダスは今更ながらに後悔する。あの海底洞窟で、自分の死を悲しむ人間などいるわけがないと、そう思っていた。
こんなにも悲しませてしまうとは、苦しませてしまうとは、こんなにも、想ってくれている人がいるとは思わなかった。
「……すまない」
だから一番に出てきたのは謝罪の言葉だった。
「僕はあの時、死んだんだ」
「……え?…………え?……ははっ……何、言って、じゃあ何、今俺の目の前にいるリオンは幽霊とでも?触れるのに、何言ってるんだよ」
スタンは当たり前に笑う。悪い冗談だとしか受け止めない。だがその裏でどこかジューダスの言葉を払い切れていない。スタンも気づいているのだ。あの洞窟をあの怪我で生きて出ることなど不可能だと。
「死んだんだ」
もう一度、ジューダスは告げた。
生きている姿に喜び赦しをくれたスタンに真実を告げるのはジューダス自身辛い。だがこれが真実なのだ。だがスタンは小さく首を横に振る。
「……じゃあ、生き返ったってこと? それでいいよ。別に何でもいい。今生きてくれているなら!また一緒に旅しよう。今度は何の障害もなく……」
スタンの言葉をジューダスは目を閉じ痛みに耐えながら聞いた。
言葉が途切れた隙を見過ごすことなく、ジューダスは瞼を持ち上げる。悲しい覚悟に冷えた瞳でスタンを射抜く。
「歴史を改変しようとしている奴がいる。神を名乗る女だ。時間の移動を可能にしている。……死人を生き返らせることもできる」
ジューダスの後半の言葉にスタンは息を呑む。
「そしてそいつは今、この時代に居る。この神の眼の騒乱の勝敗を覆すことで歴史を改竄するつもりだ。僕たちはそれを止める為に来ている」
「勝敗を……だから、先ほどの男は私達を……?そんな、馬鹿なことが……」
「おそらく事実だ。彼らは天地戦争時代にも来た」
ディムロスの言葉が後を押して、ウッドロウはそれ以上何も言わなくなった。その話を信じたのだろう。確かにすぐには受け入れがたい話だ。だが彼らが敵にしているのもまた同じような存在だ。
フィリアが何かに気付いたように目を少し開き、眉を寄せてジューダスを見る。
「でもリオンさん……その女の人に生き返されたって……」
「過去を変えたくないか、などとふざけたことを言ってきた」
「リオン、あんた……」
ルーティの表情が歪んだ。
その女と戦っているということは、その申し出を蹴ったということ。
つまりは、自分が死んだ歴史を貫こうとしたこと。 あの辛かっただろう一生を、受け入れたということなのだ。
「スタン。今僕が生きている事は、本来あってはならないことなんだ」
「………そんな……」
「だから、お前達と共に行くことはできない。そして……」
ジューダスはそこで少し言葉を詰まらせたが、スタンを見ながらはっきりと言った。
「もう、会うこともないだろう」
見る見るうちに、スタンの表情が歪む。首を左右に振り、拳を握り締め、弱々しく現実を否定する。
「嫌だ。何だよそれ、そんなの嘘だ。だって、お前生きてるじゃないか」
「全部まやかしなんだ」
「何だよ、お前それじゃあ……自分が消える為に戦うっていうのかよ!何で!」
「僕はあの時、海底洞窟で死んだ。……それが正史だ」
ジューダスの瞳は真っ直ぐスタンを射抜き、現実を突きつける。
目の前で確かに生きているはずの仲間の言葉に、スタンはぎりりと歯を食いしばった。やがて、現実を自分自身に突きつけるようにスタンは呟く。
「…………れ、が……殺した……」
「……スタン」
握った拳に力を入れすぎて肩を震わせるスタンに、ジューダスは声をかける。名を呼ぶ以外に思いつく言葉はなかったが、彼が悔いることではないのだと語りかける。それでもスタンの苦しみは収まらない。
「ごめ、ごめんな……ごめ……」
信じていた仲間を、大切な友達を殺してしまった。どのような理由があろうとも、世界を背負っていたとしても、それは言い逃れのできない事実。
再び涙を零し始めたスタン。ルーティも、フィリアも同じように涙を浮かべる。ウッドロウと共に苦痛に顔を歪ませる。
ジューダスはスタンの懺悔にかける言葉が見つからなかった。どんな言葉も死んでしまった己では彼を癒すことなどできない
だから、彼が未来を見ることができるように、ジューダスはいつもの皮肉な笑みを浮かべた。
「スタン、お前の息子は本当にお前にそっくりだ」
「……え?」
「お守りをするのは本当に疲れた。全く、もう少し頭を鍛えてやれ」
「リオン……?」
理解できず、涙を溜めたままの目を向けるスタンに、ジューダスは皮肉気に浮かべた笑みを消す。鋭い二対の紫紺がスタンを貫く。
「お前たちは勝つ。それが正史だ。……お前たちは世界を守る」
ジューダスはそう言い切ると、今度は皮肉でも何でもない、彼の本質から来る笑みを浮かべた。
ジューダスとして再び叩き起こされたこの短い間、カイルと旅した神の眼の騒乱から18年経った世界。一見全く同じに見える。だけれども、少しずつ騒乱のきっかけとなった貧富の差は埋まってきている。何に縛られるでもなく、彼の息子と旅した世界をよくよく思い出せば、勝手にその笑みが浮かんだ。
「お前達が守った世界……悪くなかった」
「リオン……っ!」
その言葉と先の言葉から、スタンは彼が死後の世界を見たことを知る。
スタンの体中に震えが走った。
仲間を犠牲にして得た世界。その彼が、この世界を悪くないと言ったのだ。
彼の中の、最高級の褒め言葉で。
「僕はお前達が守った世界を守りたい。だから戦う」
スタンの足元に先ほどとは違う涙がいくつも落ちた。
死なせてしまった。彼を犠牲に守らんとしている世界。心の底から認めることができず、苦しみに溺れそうだった。
世界から見棄てられ、世界など要らないと死んで行った少年が、自分達が築いた世界を見て、認めて、それを守る為に共に戦うと、戦っているのだと言っている。
それが一生の別れに繋がるという悲しみは身を切り刻む痛みだが、彼の尊い想いを裏切るようなことなどあってはならない。
スタンは強いジューダスの瞳を同じ強さで見つめる。
「もう共に歩むことはできない。でも、想いは同じだ。一緒に、仲間として戦い続ける。いつまでも。……そう、思っていていいのだろう?」
「あたりまえだろ……っ!!」
スタンは精一杯にその言葉を叫んだ。
そして、再び涙を腕で拭う。もうその目から涙が零れることはない。決意だけが光っていた。
「リオン」
スタンは右手をジューダスの前に差し出す。
ジューダスは懐かしいその手を見て少し動きを止めたが、照れたようにそっぽを向きながら、その手を握った。
初めて握った。
「勝つと聞いて手を抜いたら殺してやる」
「あっひどいなー!そんなことしないって!リオンが好きっていってくれた世界、ちゃんと守るからな!」
「好きとまでは言ってないぞ」
「あんたもとことん素直じゃないわね~」
「うるさい」
スタンの天然に突っ込みをいれ、ルーティが茶化す。
あの頃に戻ったような感覚は、名残惜しく息を詰まらせた。
そっとスタンとジューダスの手が離れる。
「スタン、ウッドロウ、フィリア、ルーティ………さらばだ」
別れの言葉に、スタン達は唇を噛み締めながらも、笑顔を返した。
「………ばいばい……リオン」
だから、ジューダスも同じように笑みを返して、そして彼らに背を向けた。
一度背を向けた以上、もう振り返りはしなかった。
彼らの気配もまた遠ざかっていくのを感じながら、仮面を被る。
全く別方向へと、彼らは歩いて行った。
――もう共には歩めないけれど
そんなに急いて後を追っていたわけではないが、ジューダスはすぐカイル達と合流した。壁を背もたれに彼らは待っていた。
金髪がひょこっと動き、こちらを見て体を壁から離す。
「……ジューダス」
「待たせたな」
カイルは嬉しそうだが、少し気遣うような目を向けた。
今も壁を背にしているロニが首だけこちらに向ける。
「一緒に行かなくてよかったのか?」
その言葉をジューダスは鼻で笑った。
「問題ない」
ジューダスは言うなり先を急ぎ始めた。
カイルとロニは顔を見合わせる。たった一言で切り捨てられるような事ではないはずだと。でも、通り過ぎて行ったジューダスの横顔に悲しみも憂いもなかった。ほんのわずかな寂しさはあったかもしれない。だがカイルとロニが気づける程でもない。
それよりもカイル達が気づいたことは、何だか今のジューダスは凄く芯がしっかりしているように見えるということ。
たった一人のはずなのに、まるで多くの人と共にいるかのような……。
――この想いは共に在る。いつまでも、いつまでも。
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