ハートが夢見る医者 – 1

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「う……ぐ、ぅ……」

シャンブルズで転移した先で、ローは蹲り、唸り声を上げる。体中が痛かった。頭がぐらぐら揺さぶられているようだ。視界が揺れる。気持ち悪い。痛い。嫌な汗が背を伝うのを感じるのに、手足は冷えて凍えそうだった。

「は、あ……」

震える手を見下ろせば、手の甲がじわじわと白に侵食されていくのがわかる。舌打ちしたくも、それをする余力すらなかった。無理に使用した能力による体力消耗が追い討ちをかけている。もう自らを治療する力は残っていなかった。

(あの能力者、最悪だ)

心の中でそう悪態を吐く。

シュガーがそうであったように、能力者が気絶すれば能力によって復元された病も消えるのではないかと思った。だが、変わらず珀鉛が体を蝕む痛みが消えない。肌を侵食する白が、消えない。

敵の能力を受けたとき、ローは全身が痛むのを感じながらも、能力者の情報をある程度掴むべく、あの場で留まることを選んだ。しかし、少し無理が過ぎたらしい。あの能力は病が一番悪化していた状況まで復元するようだ。

三年かけて痛みとともに体を侵食した珀鉛病。その三年の苦痛を短時間に体感する羽目となったのか。幼い頃に経験した苦しみを凌駕するそれに、ローは体力も気力も一気に削り取られた。もっと早く退避を選んでおけば、まだ自身に治療を施す余力があったかもしれない。しかし、これは能力による攻撃。最悪、通常の施術では治らない可能性もある。未知の攻撃に生まれた二択の選択肢。それを外したことに、ローは心のなかで悪態を吐かずにはいられなかった。

ローが転移してきたのはサニー号の小さな倉庫部屋だ。今はその倉庫部屋の片隅に縮こまるようにして伏せている。決して清潔な場所ではない。だが、荷物に挟まれた狭い場所に居られるのは、僅かでも身を隠せている気がしてどこか安心できた。

まずは体力を回復させなければ。少し休めば、今の自分ならばあの頃よりは何倍も早く体内の珀鉛を摘出することができるだろう。大丈夫だ。何も、問題はない。

そう冷静に考えようと必死になるのは、心の奥底から沸いてくる焦りと恐怖を誤魔化すためだった。

大丈夫だ、大丈夫。問題ない。なんら問題ない。

そう、ローは自分に言い聞かせる。

もしここが、ポーラータング号だったのなら、本当に心配はいらなかっただろう。だが、ここは……麦わらの一味の船の中だ。

(頼むから、ここには来てくれるな)

お人よし集団を憎く思いながら、ローは目を細める。白くなっていく自分の手が視界に入る。ぶれる視界が、その手が幼かった頃の小さく頼りないものに見せた。

違う、違う。

そう必死に否定する。

おれはもう、あの頃とは違う。病に打ち勝つ術もある。殺そうと向かってくる敵を全て薙ぎ倒す力もある。

そう言い聞かせるが、病に蝕まれている今の体では碌な抵抗ができないことを、ローはよく自覚していた。これでは、あの頃と変わらないのではないか。銃弾から逃げ惑うことしかできず、物陰に隠れて震えていたあの頃と、同じではないのか。

ぞくりと、喉が詰まるような焦燥と恐怖が込み上げる。

この肌を見て、あいつらはどう思うだろうか。この病のことを、知っているだろうか。トニー屋なら知っている可能性が高い。それを知ったら、あいつらは、どんな顔でこちらを見てくるだろうか。

ぞくり、ぞくりと、体の奥底から悪寒がこみ上げる。心の芯を冷やすそれは、遠い昔の、弱い自分が抱いた恐怖だ。

遠かったはずの記憶が、鮮明に蘇る。

病気の子供を治してくれと頼まれた医者は、最初はみな優しく応対する。だが、顔を伏せていたローの、その白に染まった肌に気付くと、人が変わる。表情を強張らせ、やがて恐怖と憎しみに歪め、何故生きているのだと冷たく責め立ててくる。それまで普通に接していた者が豹変していくそんな様を、ローは幾度も見た。

あの表情を、彼らもするかもしれない。

(嫌だ……)

さっさと体を休めるべきなのに、心の奥底を恐怖が苛む。ざわつく心が落ち着く気配は一向にない。

ローはあの頃のように、胎児のように体を丸め、少しでも露出する肌を隠す。震える体を抱きこむ。畜生、くそ、と現状に苛立ちをぶつける。そうすることで恐怖から目を背けようとする。

いつだって死とは隣り合わせだった。死体の山に潜り込んで故郷を出て以来、自身の寿命を自らカウントしても、何ら怖くなかった。だというのに、どうしてこんなに恐怖がこみ上げてくるのか。

病と共に蘇った記憶が、どこまでもローを追い詰める。

命乞いの声。無機質に殺害報告を繰り返す声。火薬の匂い。血の海。焼ける病院。死体の山。何度も見た豹変する医者たちの表情。罵倒。呼び込まれる防護服を着た者たち。向けられる銃口。

その過去の記憶に呑み込まれるように、ローの意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

戦いは麦わらの一味の勝利で終わった。

戦闘に戻ったサンジと、フランキーに代わり射撃援護に来たウソップの加勢により、敵は次々に撃退された。彼らは病を操る能力者の男を置いて船へ引き上げていった。

今、サニー号は霧を何とか抜けた新世界の海を漂っている。敵が引き上げ始めたのを見て、ほとんどの者を甲板から叩き落すと同時に、クー・ド・バーストを使用して一気にその場を脱出したのだ。燃料を使う羽目になったが、航海士が倒れた状態で新世界の霧の中にいる方がリスクは高い。

今は経験豊富なブルックとフランキーが協力して舵をとっている。追っ手が来る可能性を考慮し、ゾロとルフィは甲板で見張りだ。そして、残りの一味は医務室にいた。

「ロビンちゃんは、もう大丈夫なのか?」

「えぇ。チョッパーの薬は本当によく効くわ」

「でもロビン、まだ安静にしてないとダメだぞ!」

すかさず言うチョッパーにロビンは笑顔を見せる。その笑顔はまだ少し気だるさを残していたが、十分な回復を見せていた。

ロビンは医務室の寝台に近寄り、そこに横たわるナミの額にそっと触れる。手から伝わる高い熱に表情を曇らせた。

「熱い、わね……」

「ケスチア熱だからな。二年前に余った抗体を残していて良かったよ。恐ろしい能力者だったな」

チョッパーは自分のデスクでカルテを眺めながら真剣な顔で言う。

「症状は感染してから三日目くらい……病の進行度まで再現しているみたいだ」

チョッパーの隣でナミへと顔を向け、サンジは表情を曇らせた。

「一番重症だったときの状態にされるってことか」

「うん。でも薬はちゃんと効いているみたいだ。よかったよ。悪魔の実の能力って話だったから、薬で治らなかったらどうしようかと思った」

「お疲れさん。チョッパー、お前の体のほうは大丈夫なのか?」

「うん。おれも軽い熱を出しただけだったから。薬も飲んだし、全然大丈夫だ! ずっとドクトリーヌと一緒にいたからな。今まで病気をこじらせたことはなかったし、問題ないよ」

「頼もしい船医さんがいて本当によかったわ」

微笑むロビンの言葉にチョッパーは嬉しそうに「褒められても嬉しくねぇぞ、コノヤロー!」といつもの照れ芸を発揮していた。

そんな姿に思わず笑うサンジ。ナミの治療は一段落ついたのだと悟り、一息つく。そして、姿を消した同盟相手のことをチョッパーに相談すべきだろうと口を開きかけたとき、同時に背後のドアが勢いよく開かれた。

「ギャッ」

「チョッパー」

現れたのはルフィだった。小さく悲鳴を上げたのは勢いよく開かれたドアに頭部をぶつけたワズワズの実の能力者だ。彼は今、海楼石の手錠をされ、縄で体をぐるぐる巻きにされている。丁度ドア横の壁にもたれるよう座らされていたがための悲劇だった。しかし残念ながら彼を気遣う目線は一つとてなく、視線は突如現れたルフィへと集まった。

ルフィはなにやらそわそわした様子だ。不思議に思うも、サンジは顔をしかめてひとまずルフィを嗜める。

「お前、ナミさんが寝てんだぞ。静かにしろ」

「あっ、悪い!」

慌てて謝ったルフィは、心底申し訳なさそうにしてはいたが、それでも焦りが先立つのか、すぐにチョッパーへと目を向け、自分の用を伝えた。

「なぁ、チョッパー。トラ男も診てやってくれ」

ルフィの表情がやけに真剣で、チョッパーは目を丸くした。

「え? トラ男も体調が悪いのか? どこにいるんだ?」

「おれ、連れてくるよ」

チョッパーの質問に答えもせず、言うだけ言って踵を返そうとするルフィ。あまりに性急なその様に慌ててサンジがルフィの服の裾を掴んだ。

「待て、ルフィ」

「なんだよぉ」

不満そうというよりは不安そうな表情。何をそんなに焦っているのだと困惑しながら、そのまま裾を引っ張ってルフィをドアから離す。

ローに「一人にしてくれ、誰も近づくな」と、異様な剣幕で告げられたことがサンジは気がかりだった。今のルフィは問答無用でローを連れてきそうな勢いだ。あのときのローの様子を唯一知る身として、ルフィをこのまま行かせるのは気が引けた。

「おれとチョッパーで様子を見に行く。お前は甲板の見張りに戻れ。ついでに、こいつも甲板にもってって一緒に見張っててくれ」

こいつ、とサンジは頭にたんこぶを作っているワズワズの実の能力者を親指で差す。ルフィは不満そうに顔を歪めた。

「えぇー! おれも一緒に行く」

「だめだ。この状況でまた奇襲かけられたらたまったもんじゃねェ。チョッパーが治療に専念できるよう、お前は船をしっかり守ってろ」

うぅ、と唸るルフィは納得がいかないのか、まだその場を動かない。チョッパーは困惑してルフィとサンジの顔を交互に見る。だがそれもつかの間のことで、彼は己のやるべきことをちゃんと悟り、いつものリュックを背負いながら椅子から降りる。そして、てとてととルフィの足元まで歩み寄り、彼を見上げた。

「ルフィ! おれに任せてくれ」

チョッパーが自信に満ちた顔で言う。チョッパーが医者として見せるその顔を、ルフィはよく知っていた。彼の医者としての責任感と強き心を十二分に知っていた。ルフィの表情からゆっくりと不安が消える。

「ん、頼んだぞ、チョッパー!」

「おう!」

ニッと笑い、いつもの調子を取り戻したルフィが言う。その信頼が嬉しくて、チョッパーは胸を張って答えた。満足げにそれを聞くと、ルフィは能力者の男の首根っこをガッと掴み、乱暴に男を引きずりながら甲板へと向かった。

チョッパーとルフィのやり取りを見てサンジは思わず微笑む。そしてローの居場所を探るべく集中した。やがて、ルフィが何故あんなにそわそわしながらローのことを言いに来たのか、その理由に行き着く。

気絶しているのか、はっきりとした声は聞こえない。だが、やけに不穏な気配を感じられるのだ。それだけ体調が悪いのかもしれない。

「サンジ、トラ男はどこにいるんだ?」

気配を探っている間にサンジへと歩み寄っていたチョッパーが見上げてくる。サンジは眉を寄せながら、その場所を答える。

「……倉庫部屋、だな」

「えっ!? なんでそんなところにいるんだ?」

「あいつ、自分で治せるから一人にしろっつって有無を言わさず能力で消えやがったんだよ。ったく、これだからプライドの高いやつは……」

心配を苛立ちで隠しながら、サンジはチョッパーを連れて医務室を出た。

 

 

 

(一人にしてくれと言ってはいたが、病人がわざわざこんな清潔感のかけらもない場所に篭らなくてもいいだろうに)

サンジは倉庫部屋の扉を前に心の中でぼやく。閉められた扉をチョッパーがノックするが、返答を待つ前にサンジは扉を開けた。ローが返答できる状態でないことは見聞色でわかっていた。

扉を開けば、倉庫特有の薄暗く埃っぽい空気が出迎えた。所狭しと並んだ荷物。それらをざっと見回せば、部屋の奥の荷物、その後ろから黒のコートの端が見えた。チョッパーもそれに気づき、荷物の間を縫って部屋の奥へと向かう。

「トラ男!? 大丈夫か!?」

チョッパーが狭い場所へ体を横にしながら何とか入り込もうとする。サンジはローを隠している荷物の上に上体を乗せ、そこを覗き込むように見下ろす。

倉庫の荷物に挟まれて、体を丸めて伏せているローがそこにいた。相変わらず浅く早い呼吸に背が上下している。顔を伏せているので表情は見えないが、やはり意識はないだろう。

「ったく、何が一人で治せるだ」

サンジはため息を吐く。あの様子だったのだ。まともに自身の治療をできたかも怪しい。能力で飛んですぐ意識を飛ばしたのではなかろうか。

狭い場所に苦心しているチョッパーのために、サンジは何とか荷物を避けて場所を作る。ようやくローの周りにある程度の空間ができ、チョッパーはローの肩をとんとんと叩く。意識が戻る気配はない。診察のためにも、楽な体勢にさせるためにも、チョッパーはローを仰向けにさせるべく、肩をぐい、と引っ張る。ぐらりとこちらを向いたローの頭から帽子が落ち、ようやくその顔がこちらに向けられた。

それと同時に、チョッパーとサンジは息を呑んだ。

「おい、これ……」

露になったローの顔は苦痛に歪んでいる。高い熱が出ているのか、額には汗をかいており、薄く開いた口から漏れる息は熱く、荒い。だが、それらよりも異常なのは……肌だった。

ローの肌に、頬や額に、白い痣のようなものが大きく浮かんでいたのだ。それは首にも、そしてよく見れば袖から覗く手にも侵食していた。肌のほとんどを埋め尽くすその白は、通常の肌色部分こそが痣なのではと見紛うほどにその体を埋め尽くそうとしていた。その異様な光景にサンジはしばらく絶句した。

「チョッパー、なんなんだこれ、大丈夫なのか……?」

「……っ!」

思わずサンジがローへと身を乗り出す。それに気づき、硬直していたチョッパーが弾かれたようにサンジへと振り向く。

「だ、だめだ! サンジ! 離れてくれ!」

「……? チョッパー?」

その異様な剣幕にサンジは困惑する。チョッパーは瞳を震わせながらローの体を蝕む白い痣を見渡し、震える声で言う。

「おれも初めてみるから、確かじゃないけど……もし、そうなら…………これは、伝染力のすごく高い病気なんだ。それも……」

チョッパーはドクドクと早まる心臓を押さえるように胸にひづめを当て、呻るように言った。

「治療法の見つかっていない……難病だ」

サンジはわずかに目を見開き、唇を引き結ぶ。治療法が見つかっていない。つまり、それは……。

「感染したら、死ぬ……そう言われてる」

チョッパーの言葉に、サンジは息を呑む。ナミもあと二日放置していれば死んでいたと言われた。そんな彼女を治療してみせたチョッパーでも、ローが今発症している病の治療法はわからないと言うのだ。

「ローは、自分で治せるって言ってたが……」

サンジはローの言葉を思い出して言うが、サンジ自身も、そしてチョッパーの表情からも険しさが取れることはない。

「悪魔の実の力で治せるのかな……でも……」

普段ならば眠っているところに近寄ればすぐに目を覚ますあのローが、ぐったりと倒れたまま硬く目を瞑って荒い息を吐き続けている。

「……とても自力で治療できる状態には見えねェな」

サンジの背に嫌な汗が流れる。このまま意識を取り戻すことがなかったら、どうなってしまうのだと。

「トラ男の能力は自分の体力を削るらしいんだ。せめてもっと症状を緩和させないと……」

それと、とチョッパーは厳しい表情をして言う。

「さっきも言ったけど、この病の恐ろしさは異常な伝染力の高さにあるんだ。この病気のせいで……ひとつの国が滅んでる。国民が一斉に感染したんだよ」

「……なるほど」

何故ローが一人になりたがっていたのか、近づくサンジを何故あれほどまで過剰に遮ったのか……その理由がこれか、とサンジは納得する。

「急いで対処しないと……」

チョッパーは小さな体でローのコートを脱がしにかかる。場所が狭いので人型になることも適わない。サンジは「手伝おうか」と聞くが、チョッパーは頑なに近寄らないようにと言う。サンジは一先ず倉庫の荷物を整理し、スペースを確保していく。

チョッパーはローの袖を捲り、腕を露出させる。真っ白になった腕は陶器のようだった。その腕へと注射針を刺し、薬を投与する。倉庫にあった毛布をたたんで枕代わりにし、脱がせたコートを布団の代わりにかける。そこまでして、チョッパーは一度ローから離れた。

「サンジ、一度部屋を出よう。まず、おれもサンジも消毒からだ」

 

 

 

サンジはチョッパーの指示通り、二人で念入りな消毒を行うこととなった。その後、チョッパーはフランキーを呼び、倉庫部屋や医務室を除く船内と甲板の消毒液散布を頼んだ。フランキーのメカを使った洗浄騒動に、ウソップが何事かと医務室から出て来る。彼はチョッパーから事態を説明され、目を丸くした。

「そりゃ、えれェことだな。トラ男は大丈夫なのか?」

「わからない……この病気は情報が本当に少ないんだ。トラ男が自身を治療できるだけの余力さえ取り戻すことができたら大丈夫だと思うんだけど……でも、それができなかったら……」

「マジかよ……」

ウソップは唖然とする。一時は七武海に名を連ねた男が、まさか過去にそのような難病にかかっていたなんて想像がつかなかった。

「でも、でもよぉ、ナミと同じように、あいつも一度その病気を完治したから、今まで生きてきたんだろ? きっと、自分で病を治したんだろ? だったら、今回も大丈夫なんじゃ……」

「そうだと思いたいよ。でも、楽観視はできない。それだけ、トラ男の容態は悪く見えるし……それだけ、危険な病気なんだ」

「……」

完全に閉口したウソップは固唾を呑む音だけを響かせる。

「おれもできる限りのことはするつもりだけど……そうだ!」

真剣な顔で床を睨み、考え込んでいたチョッパーがバッと顔を上げる。

「なぁ、ペンギンたちに連絡つかねェかな? 何か知ってるかもしれない。少しでも治療法が、症状を軽減する方法がわかれば!」

長年連れ添った彼の仲間ならば、あの病気について何かわかるかもしれない。チョッパーの表情が見つけた希望に明るくなる。サンジも自然と下がっていた視線を上げ、頷いた。

「そうだな。ちょっと待ってろ。電伝虫とってくる」

そう言ってサンジはすぐに駆け出す。それを見送り、チョッパーは持っていた紙にさらさらと何かを書き始めた。

「ウソップ、体調を崩しているナミのところにおれは行けない。悪いけど、ここに書いたものを医務室から取ってきてほしい。ロビンならすぐわかると思う」

「わかった」

ケスチアで倒れたナミは体力を消耗している。感染率もそれだけ高くなるだろう。消毒をしてきたとはいえ、彼女の眠る医務室に入るのは憚られる。さらさらとメモを書きながらチョッパーはウソップに言う。

「それと、他のみんなにも、倉庫には絶対来ないようにって言っておいてくれ」

「おう!」

チョッパーが書き終わったメモを受け取り、彼は医務室へ向かって駆け出した。

ウソップの背が見えなくなり、一人となったチョッパーは俯き、動機の激しい胸を押さえる。その手すらも震えていることに気づき、チョッパーはくしゃりと表情を歪めた。

ローの病気はかなり進行しているように見える。情報がゼロに近い致死率百パーセントの伝染病を前に、緊張と恐れがチョッパーを襲う。

(それでも、おれにやれることをやらなきゃ……!)

病気自体の治療ができなかったとしても、痛みを抑え、体力を回復させることくらいなら手伝えるはずだ。大丈夫。そうすればきっと、彼は自身を治療できるようになる。病に苦しむローの力を頼るのは心苦しいが、今確かに見える希望はこれだけだ。

チョッパーは先ほどから、あの病気――珀鉛病について学んだ記憶を必死に掘り起こしている。だが、思い出せたのは、『この病気に関する情報は殆ど残っていないはずだ』、という解決になるどころか水を差すような知識だけだ。何故なら、この病気にかかった国は……。

「チョッパー!」

物思いにふけるチョッパーに、サンジが走り寄りながら声をかける。電伝虫を持ってきたのだろう。だが、頭を上げたチョッパーの元に辿り着いたサンジの表情は苦渋に満ちていた。

「これ」

そう言ってサンジが差し出した手の上には予想通りに電伝虫が乗っていた。――だが

「えっ!? どうしたんだ!? お前!」

ぐったりと頭をサンジの手のひらに預けている電伝虫は目を瞑って小さく震えていた。とても健常には見えない。

「どうやら、こいつも能力の影響を受けてたみてェだ」

「……そんな」

電伝虫も生き物だ。体調を崩すことだってある。体調を崩せば能力を発揮できないのか、電波が悪くなって電伝虫同士の通信ができなくなってしまうのだ。これでは今先行して敵地にいるだろうペンギンたちに連絡をとることはできない。

「とりあえず薬を与えてみるよ」

どれ程で電伝虫は回復するだろうか。目的地であった島と距離はそう離れてはいないが、あの距離を繋ぐのに一体どれほどの体力を必要とするのだろうか。それを回復させるのに、何時間、何日かかるだろう。

僅かに見出した希望が砕かれ、チョッパーは眉を寄せる。それでも手は淀みなく動かした。リュックから吸い飲みを取り出し、それに薬液を入れて電伝虫の口へと運ぶ。電伝虫はゆっくりとそれを飲んでいく。力なく薬液を飲む電伝虫をチョッパーは悲しげにそっと撫でた。

吸い飲みの中身が空になり、チョッパーはリュックにそれを戻して小さく頭を振る。自分にできることをやるのだと、さっき決心したばかりではないかと、自分を奮い立たせる。

「仕方ないよ……おれは、おれができる限りのことをする!」

そう声に出すチョッパーを、サンジは温かい眼差しを向け頷いてくれた。それに勇気をもらい、チョッパーはもう一度電伝虫を撫でる。

「お前も、今は自分の体だけ考えてゆっくり休んでろよ」

電伝虫は応えるように僅かに重い瞼を上げ、再び目を閉じた。

「チョッパー! とってきたぞー!」

そうしている間に、今度はウソップが戻ってきた。頼まれたものを入れているのだろう、大きな箱を持ち、肩には毛布や点滴スタンドなどを乗せている。バランスを今にも崩してしまいそうな姿にチョッパーは駆け寄って大きな箱を受け取る。

「ありがとう、ウソップ!」

箱の中には薬品類だけではなく、顕微鏡などの機材も入っている。これらで少しでも珀鉛病について調べるつもりなのだ。

「チョッパー、電伝虫の様子はおれが見ておく。通話ができそうだったら伝えるから、お前はローの方を頼む」

「うん。頼んだ、サンジ。電伝虫やナミの様子が少しでもおかしかったらすぐに教えてくれ」

「あぁ、もちろんだ」

「チョッパー、あとこれよ!」

ウソップは毛布を肩から下ろす。すると毛布の下に隠れていた黄色い物が露になった。

「パンクハザードでいくつかちょろまかしておいたんだ。いつか使う日が来るかもって思ってよ」

ウソップが持ってきたのは黄色い防護服。パンクハザードでシーザーの部下たちが着ていたものだ。

「治療するつったって、お前まで病気になっちまったんじゃ二進も三進もいかなくなるだろ。これで少しでも伝染を防げたらって思ってな」

「おぉ! でも作業しづらそうだなこれ」

「まぁな。でもあいつらが使ってたのをちょいと改造したから、手はかなり動かしやすくなってるぜ!」

ウソップは実際に黄色い防護服の腕に手を通し、わきわきと動かす。手袋が指にしっかり密着しているのがわかった。

「すげェー! ありがとう、ウソップ!」

薬での療法がメインのチョッパーであれば、これだけ動けばなんとかなるだろう。何かにつけて器用に物作りをする仲間を素直に尊敬し、チョッパーはそれを受け取る。

人型にならなければ着ることはできないが、先程サンジが倉庫を片付けてくれたから大きな体となる人型でも問題ないだろう。

「それじゃ、みんな、よろしくな!」

「おう」

ウソップから受け取った荷物を両手に抱え、チョッパーは再び倉庫へと向かった。

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Comment

  1. はっか より:

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    • 内緒 より:

      はっかさん二度目ましてーーー!!w ツイッターで間違えて二回目の初めましてを言ってしまったってこれのことだったんですねw お可愛らしい……っ!///
      うわぁあああ~~! 小説への感想、めっちゃ嬉しいです!! ありがとうございます~~~~!!!! 喜びに悶え転がってますッッッ!!!!

      このお話の構想、まだ本誌でもワノ国入る前に考えてたので、今思うと、え、カイドウ本当に倒せるのかな(震え声)って感じですね……!

      ひぃい、相変わらずめっちゃ褒め殺しに入ってきますねはっかさん!? ありがとうございます!!!! 好き!!!!

      冒頭あたりの説明は、ほんと、ロー君をどうやって麦一味の船の中に一人でいる状態で珀鉛病を再発症させるかっていう、この鬼畜状況を作り上げるために適当に考えた仮想状況だったりするので、あんまり詳しくは設定してないんですよww ただ、それ作るにあたって、私が勝手にハートが潜入得意な忍者みたいな子たちだったらいいな~~ロー君の能力はいつだってチートでかっこよくて最高だぜ~~~! この子達が活躍してる話を仮想でいいから想定したいな~~って欲望が出てるだけなんですw 二次創作でちょくちょくハートが潜入調査してお話を読みまして、それがすっごい自分の性癖に突き刺さってまして……ね……。ほんと最高なんですよ……。いいですよね、ハートの潜入調査……ハァハァ……。もしご存知なかったら、「なま様」とか「teo様」の小説、支部で是非見てみてください! ハートが潜入してるところ見れると思います! たまらんですぜぇ……ハァハァ。

      ナミいいですよねナミ~~~! ナミとウソップの、ちょっと弱いところがあるからこその、共感能力がすごくあるところ、やさしいところ、めちゃくちゃ好きなんですよ~~~! ナミはトラ男がDRでボロボロになったのも知ってるし、そこでもすごいローのことを思ってくれた女神なので、きっとその後、ゾウでハートたちと過ごして、ハートクルーにも思いを寄せてくれたらな~~~って願望でした! 下書きの時には書いてなかったんですが、ふと清書するときにさらーっと書き足したんですよね。そんなさらっと文もしっかり拾ってもらえるのすげぇ……嬉……ウッ(涙)

      はっかさんwwww間ひとつでそこまで盛り上がってくれるのすっごいwwwかわいくて好きですwww 会話の「……」って感覚で入れるんですが、その言葉にできない、この感覚、間が、なんとなーく好きだったりするので、ほんと拾っていただけるの嬉しい////

      わーーー! 戦闘シーン楽しんでもらえるの嬉しいです! 私戦闘シーン好きなんですよーーー!!!! 書くの難しいし苦手なんですが、やっぱファンタジーの、戦闘のある世界で生きているキャラクターたちが好きで、その戦闘で輝く姿が好きなんで、戦闘の仕方とか学一切ないですが、少しでも雰囲気出てたらな~~~って気持ちで書いてるので、喜んで頂けるのすっごく嬉しいです! ルフィとゾロの台詞は、下書きどころか妄想ネタ書きの時点からあって、その頃から気に入ってて好きだったので、そういってもらえるのめっちゃ嬉しいです//// OP始まった当初からのルフィとゾロの人外感がたまらなく好きなんで……! (まだルフィゾロナミしかいない頃の、ルフィとゾロが魚を骨ごと食べて、ナミがそれに突っ込みいれてるシーンめっちゃ好きなんですよねw)でも、サンジとウソップは普通に風邪引いたことあるだろうなって私も思ってたんですよ。だから妄想下書きのときは実はサンジ君も体調不良起こしているんですが、ふと、ナミが病気したときの詳細を調べるためにドラム編を読み直してたら、ウソップとサンジが同時に風邪引いたことねぇからわかんねぇって小首傾げてるシーンがあって、「えっ!? おまえらもだったのかー!!」って私もちょっとびっくりしてましたw

      えへ、えへへへへ//// 珀鉛病、表現結構ガバってるんですが、うまいこと魅せられてるのだなって思えてすっごい嬉しいです///// ありがとうございます///// めっちゃ、めっちゃ嬉しい……。実際の体験談?って言われるの、最高のほめ言葉じゃないですか……嬉しすぎてとける……///// なお、実際はめちゃくちゃ生理痛が重くて悶え苦しんでたときに「ロー君、珀鉛病のときこんな感じで苦しんでたのかなハァハァ……」って合間合間に書いた文を元にした変態です(ドヤッ)
      力入れてるところを、そう認めてもらえるのすっごい嬉しいです……(涙)やっぱり珀鉛病に苦しむローを介護する麦一味がメインのお話なんで、それに説得力持たせるものにしたいってめっちゃ頑張ってるので……! ああ~~~~~むくわれる~~~~~~!!!!!!
      珀鉛病のお話はほんっとしんどいですよね;; しんどいところも、そうやってしんどいって思っていただけたなら、ちゃんと表現できてたんだな~~!って自覚できるのですっごく嬉しいです/// あまりにしんどい話なんで、どうにか麦一味に共感して少しでも、孤独なローたんのその背を、支えるまでいかなくとも、そっと手を置いて温もりを与えてあげられる人が、そんなお話があると、わたしゃ、ロークラスタとして、とっても嬉しい。そんな気持ちで書いてますもんで///

      チョッパーは本当に良く頑張ってくれてる、本当に愛おしい子です;; そんなチョッパーに、そうやってやさしい声をかけてもらえるのすっごい……親のような喜びを感じます//// 「愚かで愛おしい」って表現、ひとりでにめっちゃ気に入ってるんで触れてもらえてチョーーーーーー嬉しいです!!!!!! 触れてもらえたの何気に初めてだったんでガッツポーズです!!!! ロー君ってやっぱ賢いキャラだから、本能だとか、本当にやりたいこととか、状況を見てそういう気持ちを理性で留めちゃう子だから、それを全部かなぐり捨てて危険なところに愚直に進む姿って、やっぱ愚かなものだと思うんですよね。伝染病かもしれないのに仲間の危険を顧みず助けようとしたチョッパーも、伝染病だと思い込み決して誰も診断なんかしてくれるわけがない北の海の事情を、何十回も体験しても諦めないコラソンのことも。それでも、それに助けられたローは、やっぱりその愚かしさが愛おしくてしょうがないと、思っちゃう子なんだろうなって、思いまして。ほんと、そんなローがめっちゃ好きなんで、そこ拾って頂けるの嬉しくてとろけます……(涙)ほんっと、ありがとうございます……っ!!!

      はっかさん、そんなっ! 私も気持ち悪いオタクなんで!!!! お仲間! 私も仲間です! 腕に同じ印ついてますよきっと! アラバスタで腕をかかげれますから!! こちらこそこんなに素敵な感想を送ってくださる方に小説を読んでいただけたこと、嬉しくて嬉しくてたまりませんっっっ!! 小説書いてネットの海に放り投げてよかったーーーーー!! って一番思える瞬間ですよ本当に!! 本当に本当にありがとうございます! めっちゃ嬉しいです~~~~!! 読んでるときから、お返事書かせていただくまで、ずっと頬がにやけっぱなしでしたもん! ちょっとほっぺた痛くなってきてやっとその事実に気づきました! 私めっちゃにやけてる!!!!! もうそれくらい嬉しいです! わぁあ~~ん ありがとうございます!!