dive – 3.現実世界

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気づいたら船室の天井を眺めていた。現実を認識しない頭がふわふわしている。船の揺れのせいだろうか。揺れを5回くらい数えたところで漸く頭が回り始めた。あぁ、俺はこっちの世界に戻ってきたのか。

視線を天井から目の前へ変えればジューダスが立っていた。ダイブする前と全く同じ状態だ。レンズに触れるため繋がった手もそのままだ。マジマジと仮面越しに顔を見ているが、ジューダスからは一切の反応がない。こんな無防備なジューダスの姿は初めて見た。周囲への警戒だとか、張りつめた気配だとかを一切感じさせない。

ふと、未だレンズ越しに繋がっている手が恥ずかしくなった。そっと右手を下す。ジューダスの右手は未だレンズを持ったままの形で止まっている。

「ジューダス……?」

また船が揺れる。ギギギギ、という特有の軋み音がなんだか不気味だ。ジューダスは、まだ反応がない。目は閉じている。眠っているのか?

じわじわと心臓が嫌な鼓動を打ち始める。不安が腹の底から肺のあたりまで這い上がってきていた。鎖が砂へと落ちる揺れと耳障りな音が蘇ってくる。ここに戻ってくる寸前に心の護は大丈夫だとか言ってた気がするが、やはり何かしら影響が出たんじゃ……。

そこまで思考したところで居てもたってもいられず、俺はジューダスの双肩を鷲掴みにした。

「ジューダス、大丈夫か!?」

そのまま力任せに引き寄せ、仮面の上から顔を覗き込む。カクン、と一度力なく頭が揺れた後、ジューダスの瞼はゆっくり上がり、俺の方を見た。

大きく2回、瞬く目の中に異常がないか目を凝らして見つめる。まだジューダスの反応はない。頭の回転が無駄に速いはずのこいつが、完全に思考停止してる。

「ジューダス! しっかりしろ!」

「ゆ、揺らすな馬鹿者!」

再度肩を揺らしたところでゴン、と脳天に衝撃が走った。痛い。

「何だお前はいきなり!」

ジューダスの薄い肩に置いていた俺の手は振り解かれ、ジューダスは飛び退くように数歩分の距離をとった。猫みたいな俊敏さだった。頭の痛みがジューダスの無事を知らせてくれている。じんじんする。頭をさすってみたが瘤はできていないようだ。

ジューダスは普段の姿を完全に取り戻し、俺を訝しげに見ている。

「んな目で見るなって、心配したんだ。余りにも衝撃的な終わり方をしたからよ」

「…………」

紫紺の目が気味悪げにこっちを見ている。精神世界での出来事を聞きたいような、聞きたくないようなって、感じだろうか。自分の精神世界を他人に覗かれるってやっぱりしんどいよな。

ジューダスはため息をつくと腰に手を当て俺を睨んだ。

「……で?」

「あ?」

「お前の目的は無事達成できたのか?」

「お、応」

「で、答えは?」

「ん?」

「お前は何しに行ったんだ……」

……あぁ、俺はもうジューダスに伝えた気分だったがあれはコスモスフィアだけの出来事であって現実世界のジューダスが知る術はねぇんだよな。

しかし、二度もあの言葉を繰り返すとなると、すっげー恥ずかしい。

「ま、お前が危険なやつじゃないってことはわかった」

ちょっと、捻くれた言い方になっちまったかもしれない。ジューダスの表情は厳しい。

「……嘘だ。僕の精神世界がそんなに平和だったと?」

「何だよ、お前は行けねぇんだからわかるわけねぇだろ」

「お前は何を見てきたというんだ」

「見てきたっていうか、ちょいと小一時間鬼ごっこしてきたくれぇか」

正直に答えてみたら、淀みなく答えていたジューダスの口から言葉がなくなった。仮面で表情はわかりづらいが、多分呆気にとられた顔をしていると思う。ややあってようやく搾り出したといった感じの声は随分と困惑に満ちていた。

「本当に何しに行ったんだ……」

コスモスフィアであれだけ色々起きたのに、こいつは何も感じないのだろうか。一応影響を受けたりはするって話だったんだが……。俺だけが一方的に距離が縮んだ気分で、なんか気持ち悪い。

「そういうお前はどうなんだよ。何か変わったこととかねぇか?」

「…………。」

視線を逸らされ、無言を貫かれてしまった。もしかしたら、何かしら思うところはあるのかもしれない。俺ほど明確ではないんだろうけどな。ただ、第一階層とやらに認められたのだという事実を知っている俺にはこの無言が悪いものではないのだとわかっちまって、再び気恥ずかしい気持ちが戻ってくる。ポリポリ、と人差し指で頬を掻く。

ジューダスは視線を逸らしたまま口を開いた。

「とりあえず、これで満足したのだな?」

「ん? 満足って」

「これだけは言っておく、お前が一体何を見たのかは知らんが、無駄な期待は寄せないことだ」

「期待?」

「僕は、お前が思っているようなやつじゃない」

それ、コスモスフィアで聞きました。って言ってもいいだろうか。ジューダスはぷい、と完全にそっぽを向いてしまった。コスモスフィアでは、それでもいいのだと色々ちゃんと伝えたのだが、第一階層を終えたとかあの世界が崩壊したからといって、あの世界のジューダスが懸念している思いだとかが綺麗に消えてくれるわけではないようだ。

突然ジューダスがドアに向かって動き出すのに俺は面食らった。

「あ、どこいくんだ?」

「もう終わったんだ。リアラにレンズを返す」

げ、まずい。と反射的に思って、気づけば口が動いていた。

「あぁ、じゃあ俺返してくるから、お前そこでちょっと大人しくしてろよ」

薄い肩に再度手をかけ、無理やりベッドへ座らせる。タイミングよく傾いた船のおかげで、思いのほか簡単にジューダスはベッドの上にぽすんと座った。が、下から俺へと睨み付ける目は当然、厳しい。

「何で僕がお前に行動の制限を受けねばならん」

「いや、だから心配なんだって!」

「……気持ち悪い」

突如俯いてぼそっと呟かれた言葉に肝を冷やした。ジューダスの顔色を確認する為に膝を曲げて視線が合うように屈みこむ。

「やっぱりどこか体の具合が悪いのか!?」

顔を近づけたとき、びくん、とジューダスの体が一瞬跳ね上がり、俺から逃げるように体を後ろに傾けた。ジューダスの目が動揺に揺れたのを見た。

「お前の態度が気持ち悪いと言ったんだ馬鹿者!」

俺が屈んだことによって丁度良い位置に来た俺の胸板をジューダスは蹴り飛ばした。俺は後ろ向きにでんぐり返り、ベッドへ体を打ち付けることで止まる。んな怒らなくても、と思ったがそういやさっきのは孤児院のガキにするのと同じ態度だったかもしれない。そんなの、ジューダスにやったことがなかった。そりゃ、気味悪がられるかもしれない。

「わかったから、さっさと行って来い!」

ペン、とレンズを投げつけられた。

「あー、うん……おう、行ってくる」

何とも変な心地である。俺だけが一方的にジューダスとの距離を縮めてしまった、そんな感じなんだろうな。コスモスフィアはあんな衝撃的な終わり方になったが、心の護の言うとおり、特に本人にはなんら問題なかったようだ。

俺はいそいそと船室を出た。ドアを閉めたところで、ふぅと一息つく。

右手に握り締めていたレンズを胸のあたりまで持ち上げる。ただの透明なレンズだが、俺にはそれを通して鎖に繋がれた世界が見える気がした。

……俺は、ジューダスと共に旅をしても大丈夫なのか確認したいから。だからリアラの力を借りた。そして、その目的は達成された。

だけど俺は見てしまった。あの鎖に雁字搦めにされた世界を。仮面の下の傷ついた瞳を

 

 

 

カイルとリアラのいる部屋の扉をノックすれば、リアラの声が返ってきた。あっちも終わっていたようだ。部屋に入ればカイルもいつもと変わらぬ様子で迎えてくれた。リアラのコスモスフィアを見ただろうカイルは前と何ら変わらない態度だ。

「ロニ、大丈夫だった?」

「……あぁ。まぁ、な」

「ロニ……?」

釈然としない返しにカイルが不安そうな表情を向ける。俺はあわてて誤解を解きにかかる。

「あぁ、ちげぇ。あいつと旅するのは全然大丈夫だ。ちょっと他に気になることがあっただけでよ、あいつ悪いやつじゃねぇって俺も納得できた」

途端、カイルの表情はぱっと明るくなった。

「そっか、良かった。リアラもこれで納得できたよね?俺、何があっても変わらないって思うんだ」

「……うん。ありがとう、カイル」

「だからさ、もうこれやめよう? こんな仲間を試すようなこと俺もうやりたくないし」

カイルの言葉が俺の胸に刺さった。カイルは俺を批難するつもりで言ったわけじゃないとわかっているのだが、罪悪感がやばい。同時に少し苛立ちもした。こいつは本当に、まだガキだな、と。

「カイル、別に試すとかそんなつもりじゃなかったの。ただ、私を知って欲しかったの。それだけだから」

「ん、そっか」

カイルは何の影もない明るい笑顔で答えた。全てが終わった。そんなこの場の空気の中、俺は決して離さないようにレンズを握り締める。いつの間にできていたのだろうか、この決意は。

「なぁリアラ。このレンズ、もう少しの間、俺に貸してくれねぇか」

「ロニ?」

再びカイルの表情が曇る。そりゃそうだ。あいつは最初からこの力には否定的だ。

だが俺には、この力が必要だ。何もかもひたすら隠し、逃げようとするあいつを繋ぎとめることのできる力だ。

「カイル。別に、あいつを監視するような意味でダイブを続けたいわけじゃねえんだ」

「どうしたの?」

「ただ、なんとなく……ほっとけねぇんだよ」

「んー……心配ってこと?」

カイルが小首を傾げて聞いた。俺の気持ちをカイルが的確に突いたことを内心驚きつつ、俺は頷いた。

「そういうこった」

「ロニ、私は構わないけれど……ジューダスが認めない限りは無理よ?」

「わかってる。とりあえず、レンズは俺に貸しておいてくれねぇか」

「うん、わかった。……今回のダイブでは、あまり納得のいく形にならなかったの?」

少し躊躇いがちにリアラから問われる。俺は首を横に振った。

「かなり、納得したっていうか、あいつを理解できた。理解できたからこそ、心配になっちまってよ。あいつのコスモスフィアの住人に聞いたんだ。コスモスフィアってのは人間が踏み込めるまでで九階層あるってよ。俺が行けたのは第一階層だけだ。もう少し深い階層まで行ったら、もっとあいつのこと知れるんだろ? 俺は、あいつのことが知りてぇんだよ」

何故、ひたすら俺から逃げようとしたのか。何を恐れているのか、何を背負っているのか。きっと階層が深まれば深まるほど、その答えが見えてくるのだろう。それらを解決することができれば、あいつは何に苦しむこともなく、俺たちに気を許してくれるのではないだろうか。

「……ロニ、もしかして第一階層を完了……パラダイムシフトが起きたの?」

リアラの意外そうな声に思考とともに落ちていた視線を上げる。リアラは口元に手を当て、目を丸くしてこちらを見ていた。

「あ、あぁ。心の護がそんなこと言ってた」

「……驚いた。ただコスモスフィアを見るだけで終わるかと思ったのに」

「そういや、その辺の説明なかったよな。階層があることも聞いてなかったし」

説明を求めてリアラを見る。隣ではカイルが頭上にはてなマークを浮かべていた。こいつらはパラダイムシフトとやらは起きなかったのだろうか? ……起きたとしてもカイルが全くわかっていない可能性が無きにしも非ずか。もしかして、リアラの反応を見るに、俺って結構すごかったりするのだろうか。

「……ジューダスの心の護がロニに言ったように、コスモスフィアは九階層に分けられているわ。それぞれの階層にひとつの想いの塊が集ってできている。深い階層に行くほど、その人の核心に近くなっていくわ」

それは感覚でなんとなくわかる。深ければ深いほどジューダスという人間の根本を知れるのだろうということは。

小さく頷いて先を促す。

「コスモスフィアはただの精神世界じゃなくて、想いの未完了が階層化してできた世界なの」

「……ん?」

「つまり、悩み事とかが表層化してわかりやすくなっている世界なのよ。その悩み事を解決してあげる為に精神世界に入り込んで助けてあげるっていうのが、ダイブの本来の用途なの。特に、人に言えない悩み事とか」

俺は少し目を丸めた。なるほど、そういう用途というものが存在していたのか。

 

「パラダイムシフトというのは、その未完了を解消してあげたときに起こるのよ。それは同時に、その階層の意思がダイブした者、つまり第一階層のジューダスがロニを受け入れたということでもあるの。だから、もしロニが次もジューダスにダイブするのなら、次に辿り着くのは第二階層になるはずよ」

思いもよらぬ説明に俺はただただ目を丸くした。だって、あの第一階層での出来事はとてもジューダスの悩みを解消したようにも、受け入れてもらえたようにも思えなかったからだ。だが、もしもリアラの言うとおりなのであれば、俺はあの気難しく何も話さないジューダスにひとつ心を許され、またジューダスの悩みを解決できたのだという。それはなんだかとても、気分の良いもので……。

「でもね、ロニ」

唐突にリアラの表情が厳しいものになる。

「コスモスフィアは階層が深くなればなるほど、その人の心が暴かれることになる。人は誰しも己を制御しているものでしょ? 欲とか、怒りとか、悲しみとか。あえて人に伝えないことで、人間関係を円滑にしているものでしょう? 例えば、ロニだって今日はジューダスへの疑心を口にしたけど、それまではずっと黙っていたでしょ?」

「あ、あぁ……」

「そういった配慮というのが、コスモスフィアでは深層に行けば行くほどなくなっていく。制御されない想いの塊になっている、と思うの。今日、ロニの疑心にジューダスが反発したように、コスモスフィアでのジューダスの一部分は、時にロニに対して攻撃的なこともあるかもしれない。……いいえ、きっとあるわ。だから、下手にダイブを深めれば互いに傷つくことになるかもしれない」

リアラは俺の浮ついた心にしっかりと釘を刺した。

なるほどな。言いたいことをすべて言い合えば仲良くなれるかといえば、そうじゃねぇ。それが原因で仲違いすることだってある。深層に行くのなら、ジューダスの全てを受け入れるつもりでいかねぇと、軽い気持ちじゃ怪我するだけ、か。

確かに、深入りしないのが賢い選択だ。リアラに言われるまで、そこまで深く考え重く決意していたのかと問われれば、そうじゃなかった。リアラの言葉は胸に重く圧し掛かる。

目を瞑り、深く息を吐く。

――好奇心だけで、坊ちゃんの心を荒らさないでくれない?

心の護の批難の声が蘇った。……好奇心? これは、好奇心なのか? そりゃ、確かに気になる。俺は、あいつの全てを受け入れられるだろうか。そんなのは、わかんねぇ。俺は未来を見通せるような超能力を持ち合わせちゃいねぇ。だが、それでも

「それでも、ほっとけねぇ。……忠告ありがとよ、リアラ。胸に刻んどく」

閉じていた目を開け、リアラにそう告げる。リアラは暫く俺の顔を見てから、忠告が届いたのを確認できたのか、静かに頷いた。

「凄く仲が良くても、三、四階層が限界だと思う。逆に言えば、三、四階層に行けたなら、それは凄いことなのよ」

暗に、そこで満足しておけと、リアラは言った。俺はへらっと笑って「わかった」と告げる。目安はありがたい。だが、それ以上進むかどうかは、その時に決めるだけだ。

 

 

 

船がファンダリアへついてからは慣れない雪国での旅路に四苦八苦し、ダイブをジューダスに持ちかけることはできなかった。それどころか、謁見を果たした途端、信じられないことが俺たちの身に起こったのだった。

 

暑い。見渡す限り砂漠だ。あぁ、あいつのコスモスフィアを思い出す。あれからそこそこ時が経った気がするけど、……いや、そうでもなかったか。旅ってもんは忙しいものだが、こんな怒涛の日々はそう経験できないだろう。

あぁ、暑い。同じ砂だらけの世界だというのにあの世界とは全然違う。空は憎たらしいくらいに青く晴れ渡って太陽が攻撃的な光を送ってくる。そういえばあのコスモスフィアには太陽なんてなかったな。つかマジで暑い。

ちらりと横を見ればいつもより少し厳しい表情を浮かべているジューダスの姿だけがそこにある。カイルとリアラは逸れた。そもそも、俺たちは雪国にいたはずだ。それが、エルレインが作り出したらしい謎の光に飛び込み、気づいたら気候が真逆の砂漠の中だ。

最初はカイルがいないことに俺は酷く取り乱した。それをジューダスに渇を入れられ、今に至る。正直、今もカイルの無事が心配で焦りが募っている……募ってはいるが、焦ったってどうしようもない。そもそも、まずは俺たちがこの砂漠の中で生き残れるかどうかも怪しいところだ。……っていうのを、ジューダスに言われた。ご尤もである。

本物の砂漠なんて初めてだ。一面砂漠のこの世界でどこへ向かって歩き出せばいいのかさっぱりわからなかった。導をくれたのは、やはりジューダスだった。どうやら砂漠を越えた経験もあるらしい。相変わらずこいつは何年も年上のはずの俺より物知りで経験豊富のようだ。今はこいつと二人きり。もしも、あの船の上でジューダスが同行を完全に拒否していたら、俺はここで死んでいたかもしれない。笑えねぇ。

しかし、そろそろ限界だ。さっきから蜃気楼が煩わしい。「ジューダス、オアシスが見えるぞ!」って何度言ったことか。その度に「あれは蜃気楼だ」と否定された。こいつは蜃気楼を見ないのか? 不思議でたまらない。仮面に真実を見通す謎のレンズか何か取り付けているのだろうか。

ジューダスは獣の足跡だとかを時々探っては迷いなく歩いている。俺はそんなジューダスの後ろをてこてこ歩くだけだ。なんとも情けない。お前はすげぇなぁとか、何とか言おうかと思ったが、喉が枯れているのでやめた。俺とジューダスの間にもはや会話はなかった。非常に少ない仕草で意思疎通を行い、ただひたすら歩く。

やがて少しでもオアシスに近づいたおかげか、俺達は赤髪の女にぶっ倒れそうになったところを拾われた。

 

赤髪の女はナナリーというらしい。そのままナナリーの住むホープタウンへと案内してもらった。貴重な水を僅かながら分けてもらい、至れり尽くせりである。

ホープタウンへ向かう道中、カイル達のことを聞いてみたが良い返答は得られなかった。落胆しつつこっそりジューダスの顔を見たらあいつも少し表情を曇らせた。こいつはこいつなりに、ちゃんと仲間を大切に思ってくれてる。最近はそれに気づけるようになった。

ハイデルベルグでは、スタンの息子という血縁を利用したことをジューダスに厳しく非難された。相変わらずの捻くれた言葉使いに思わず胸倉を掴んだりもした。だが、そのあと続いたジューダスの言葉は珍しく真っ直ぐで、仲間を想う気持ちがひしひしと伝わってきた。カイルだけでなく俺に対してもだ。カイルを思うならばこそ、俺が後悔しないようにとあいつは俺に真剣に語りかけていた。

一時の猜疑心など、もはや俺の心のどこにもなかった。本当にこいつは、俺たちを大切に思ってくれている。一緒にいてくれて、本当に良かった。照れくさくて伝えられないが、心からそう思った。

 

 

 

何だかんだあって、俺たちは働く代わりにナナリーの家に居候させてもらえることになった。ナナリーの家は孤児院ではないが、実質同じような状態だ。デュナミス孤児院を思い出し、懐かしい気持ちになる。居心地がいいというか、居慣れているというか。

一方、ジューダスはすごく居辛そうだった。まぁこいつが子供とニコニコ笑って遊ぶ姿なんて想像もできねぇしな。案の定、子供たちの世話を頼まれたらジューダスはのらりくらりと交わして逃げようとする。

「お前ねぇ、世話になってんだから働けって」

「こいつらはお前に任せる。僕は適当なやつから毛皮でも剥いでくる。それで十分だろ」

確かに妥当な役割分担かもしれない。ナナリーもモンスターから得る材料には喜ぶだろう。だが、俺の中の何かが納得いかず「うん」と頷いてくれない。

「ナナリーに“二人”は、こいつらのことちょっと見ててくれって、言われただろうが。お前もたまには剣じゃなくて棒なり枕なり振り回して遊んでみろって。俺もお前と同じくらいの時にゃあ孤児院のガキたちと遊びまわってたぜ?」

「子守りの方法なんぞ知らん」

「んなもん、簡単だって、普通に遊べばいいんだ。恥ずかしいのか? んなもん気にしねぇで、子供のときを思い出してみろよ」

これぞ好奇心なのかもしれない。俺はジューダスが遊んで楽しむ姿を見てみたかったんだ。雪合戦すらまともに相手をしてくれなかったクールぶってるこいつの、普通の人間っぽい、子供っぽい姿を見てみたかった。

ジューダスは嫌そうに顔を顰めた。その視線がふと、俺の後ろへと向かう。

ドッと尻に衝撃が走る。ホープタウンの逞しいガキ共だ。ここでの遊びの主流は戦闘ごっこだった。嫌に実戦染みていて容赦がない。

「って、いてぇ! こんの、よくもやったなー!」

「ぎゃははは!」

後ろから殴ってきた子供の腕をとっ捕まえてわき腹擽りの刑! ひぃひぃと笑いすぎて苦しみだした子供の姿に満足して放してやる。

「ほら、こんな風によ」

見本を見せてジューダスの方へと振り返る。ジューダスはただこちらをつまらなさそうに見ているだけで相変わらず仲間に入ろうとはしない。

「お前ガキの頃、何して遊んでたんだ?」

「……」

ふと思った疑問をそのまま口に出したが沈黙で返された。その無言から拒絶を感じた。相変わらず自分のことは話したくないようだ。ここで深入りしたらあの時の二の舞である。

どうしたものかと頭を掻いていたら、今度はジューダスの後ろでこそこそとガキが忍び寄るのが見えた。俺は笑ってしまうのを必死に押し殺す。

ぶん、と容赦なく棒が風を切る音がしたが、それをジューダスは難なく躱した。めげずに再度殴りかかる子供。ジューダスは腰に差している剣の柄をくい、と下げる。代わりに上がった鞘が下から上へ棍棒を打ち上げた。思わぬところからの力に、子供の小さい手から棍棒は離れ、そのまま空へと飛んで後ろに落ちる。最小限の労力による撃退だった。俺の期待も棍棒と一緒に吹っ飛ばされちまった。

「ちっくしょー!」

いそいそと棍棒を取りに行く子供を見た後、ジューダスはマントを翻して外へと歩いて行く。

「……少ししたら戻ってこいよ。さすがにこいつら相手に一人は疲れるんだよ」

「いい修行になるんじゃないか」

最後までつれない言い草だった。小さくなっていく背を眺めていたら、再び尻に衝撃が走る。俺はオーバーなリアクションをして再び子供たちの戦闘ごっこへと飲み込まれていった。

……あいつは、子供の頃こういった遊びをしたことがないのかもしれない。

 

 

 

「ジューダスって変なやつだね。仮面ずっと外さないのかい?」

出会ってから一週間経った今日、本人から離れたところでナナリーは俺にそう聞いた。初対面の時に思いっきり顔を顰めて「なんだい、その仮面は」とは言っていたものの、それから仮面についてナナリーは今に至るまで言及してこなかった。本来、ナナリーはこんな風に人のことを影で言ったりはしないタイプだと思うのだが、恐らくジューダスが拒絶を示しているのを感じていたのだろう。

「俺も素顔見たことねぇんだ」

「きっと外したら綺麗な顔してるだろうにねぇ」

「額に変なもんがついてて、それを隠したいとか、そんなんじゃね?」

「はは、そんなくだらない理由だったらいいんだけどね」

短く笑ったものの、ナナリーが後に続けた言葉は空気を重くした。そうだな。俺もそんな鼻で笑い飛ばして終えることのできる理由だったらいいと、本当に思う。ナナリーも短い付き合いながらジューダスについて俺と同じ印象を受けたようだ。ジューダスが抱え込んでいるものは、きっとそんな鼻で笑えるようなものじゃないのだろうと。細い体に纏う重い空気は人を簡単に近づけさせない。同時に、近づいた人間からしたら、ただただ、心配になる。

「ルーが生きてたら、同じぐらいの歳だろうにね」

「ルー?」

「弟。病気で随分前に死んじゃったんだけどね。よく笑う子だったよ。きっと生きてたら今もよく笑ってるんだろうね。そう思うとさ、気になっちゃって」

「……そうか」

思わぬところで普段明るいナナリーの悲しい過去を知り、それしか言葉にできなかった。ナナリーは軽く笑う。

「あいつは本当に笑わないね。可愛げのない子だねぇ、全然似てないや」

ナナリーは家の扉から遠くを見る。視線の先には、町に生える木の枝にひっそり座って本を読むジューダスがいる。砂漠は日差しが強い分、影も濃い。木の幹と枝に沿って座る黒衣を纏った小さな体は影に溶け込んで遠目からではよほど目を凝らさないと見えない。

今日も子守りから逃げ出し、ああやって木陰でサボりを決め込んでいやがる。手に持った本はどこから持ってきたのやら。あれじゃあガキ共も探すのに一苦労するだろうなぁ。

「ちょっと、会いたくなったや。もう少し子供たちのこと頼んだよ、ロニ」

「ん?今度はどこに行くんだ?」

「町からは出ないよ」

ナナリーが家から出ていき、ジューダスが座る木の方へ、町の出口に向かって歩いていく。途中、子供たちがナナリーに声をかけた。遠くから僅かに聞こえる言葉はジューダスを知らないか、というものだった。ナナリーは堂々と木の上を指差した。木の幹と一体化していた黒い影がぴくりと動いた。思わず笑いがこぼれる。子供たちは砂糖に群がる蟻のように木へと一斉に集まり、数人は上り始めた。木から飛び降り、逃げ出すジューダスとは逆に、ナナリーは更に町の入口に向かって歩き出す。

そういや、入口付近の端っこに景色に溶け込むように墓石があった気がする。あれが、あいつの弟だったのか。

ゆっくりとナナリーが墓石に歩いていき、やがてその前に座り込むまで思わずじっと見てしまった。ザ、と突然すぐ近くで砂を踏む音がしたと同時に開きっぱなしになっていた家のドアからジューダスが現れた。

「おい、お前あいつらに何て言ったんだ」

苛立った様子に俺はにやついた。ジューダスの言う“あいつら”とはガキ共のことだ。

「かくれんぼ中のジューダスを見つけれたらジューダスが剣の稽古つけてくれるってよ」

子供たちに伝えた言葉を一字一句そのまま告げると、舌打ちとともに恨めしそうな視線が返ってきた。仕方ねーだろうが、どっかの誰かさんがサボってるから俺も子守りが大変なんだよ。少しくらい楽させろ。

「しかしガキ共はどうしたんだ?」

「撒いてきた」

「ぶっ、おまえねぇ……」

「そんなことよりだ。ロニ、僕達はどうやら十年後の世界にいるようだぞ」

「……は?」

突如告げられた言葉への理解に時間がかかった。今、こいつ何て言った?

混乱している俺にジューダスは本を突き出す。さっきまで木の上でこいつが読んでいた本だろうか。無言で本を開き、細い指が一部の文字を指す。……出版日が9年後になっている。

「おいおい、ただのミスだろ」

「砂漠で出会った旅人から貰ったものだ。去年に出版されたものだと言っていた。中身は9年前に降り立った神についての話。フォルトゥナ神団の話。ちなみに著者はD6151。……漸くナナリーが呟いていた言葉の意味がわかった。旅人はアイグレッテへ向かうと言っていた」

「いや、俺は全く意味がわからねぇぞ、おい。つか、著者D6151ってなんだよ」

「名前だ」

「……あ?ペンネームとか、そういうのか?」

「いや、本名だ。神から貰った名前だそうだぞ」

ジューダスは皮肉気に言い、続けて本に書かれていた内容を俺に説明した。神が10年前に降臨していること。アイグレッテを管理していること。人の名前は番号で管理されていること。

そういえば、出会った当初ナナリーは「あんた達にはちゃんとした名前があるんだね」とか、「あんた達もアイグレッテから出てきたのかい?」とか、言っていた。いや、でもだからっていくらなんでも

「何だそれ、頭イカれてるやつが書いたんじゃねぇの?」

「そこらの住人に聞いてみたらどうだ?それこそ、ナナリーにでも」

そう言ってジューダスはナナリーの居る方へと目を向ける。未だにナナリーは墓の前に座っていた。ジューダスも遠目から墓の存在に気付いたのだろう。言葉が途切れた。

「弟の墓だそうだぜ」

「弟……?」

「生きてたらお前と同じぐらいだって言ってた」

随分前だとは言っていた。墓の前に座るナナリーの背はしっかりしているように見える。だが、どこか影がある。肉親を失う悲しみは計り知れないものだ。俺だって、経験している。

そういえば、ルーティさんも弟を亡くしているって言ってたな。時々子供たちを近所の人に任せて誰にも行き先を告げずに外に出ることがある。孤児院の年長者としては心配で無理やり行き先を聞いたら弟の墓に行くのだと話してくれた。自然と、二人の影が重なった。

―――ィィン

ふと耳鳴りを感じて目を瞑る。その瞼を上げると丁度ナナリーが立ち上がり、こちらに向かって歩き出していた。顔を確認できるくらいに近づいたところで、ナナリーは暗さなど僅かも感じさせない明るい笑顔を見せた。不躾に視線を向けてしまっていたことへの罪悪感から一度目を逸らしてしまった後、片手を上げて応える。ナナリーは何も気にしていない様子で家に入ってきた。

「ジューダス、あの子たちを撒いてきたのかい? 剣の稽古って話は?」

「……知るか、そんなもの」

「あははははは! でもあいつらはきっと離しちゃくれないよ?」

―――キィィィン

何だ?耳鳴りがやまない。

再びナナリーが来たことによってガキ共はジューダスの姿を見つけてわらわらと集まり始め、ジューダスは抵抗もせずその場に居続けた結果、ガキ共にマントをがっしりと捕まえられた。

「あっはっはっは! ほらね?  あんたもさ、いつまでもそんな仮面付けて仏頂面してないで、たまには年相応に子供たちと戯れてみたらどうだい? 子供はやっぱり元気でいるべきなんだよ。そうしてくれると、嬉しいんだけどな」

数日前に俺も似たような言葉をジューダスに告げた。だが、ナナリーの言葉は俺のとは少し質が違う。ルーと重ねての感情が、恐らくある。丁度さっきまでその話をしていたのだから、どうしてもそう思ってしまう。それはジューダスも同じのはずだ。

―――キィィィイイイン

痛……っう……、何なんだこれ。さっきから耳鳴りがマジでひでぇ。頭痛にまで発展しそうなんだが。なんだ、これ。何か、異様に胸が掻き毟られるような焦燥感。何か変だ。俺変な病気にでもかかっちまったか? ……ん? なんだ。耳鳴りに隠れてもうひとつ何か音がしている気がする。

「あんたさ、人生一度きりなんだから。もっと楽しまないとだよ」

ナナリーはマントを引っ張られるジューダスをじっと見ていた。俺は右耳を抑えながらその様子を見ていたのだが、……なんだ? 耳鳴りに変な音が混じり始めた。なんだろう、金属の、擦れあう音。

脳裏に、鈍く光る黒く冷たい鎖が過ぎった。

耳を押さえていた右手がポケットへと伸びたのは無意識だった。そこには、リアラから未だ借りているレンズが入っている。

「……僕には、その資格がない」

下手したら聞き取れなかったかもしれない程、小さくジューダスは呟いた。ナナリーの目が丸くなる。それは、どういう意味だと更に続けようとしているのが分かった。だが、その前にジューダスは子供たちの腕から逃れ、家から出て行ってしまった。

その後姿が、なんだか今にも砂塵にまぎれて消えてしまいそうな、そんな錯覚に陥って、胸がざわついた。

子供は賢い。先ほどまであれだけ執着に追いかけていたのに、ぴたりと動きを止めて追うのをやめてしまった。大きな瞳は不安げな色を湛えてナナリーへと向けられる。

「ジューダス……?」

控えめにナナリーが呼びかけるが、ジューダスは歩みを止めない。

「ごめん、あたし何か悪いこと言っちまったかな」

「……いや、気にすんな。あいつ何が地雷かさっぱりわかんねぇから……ちょっと俺から話してくるからよ」

「ん、わかった。悪いね」

俺も足早に家を出た。早足でジューダスを追うのだが、コンパスの違いを感じさせないほど追いつけない。仕方なく途中から走って細い腕を掴んだ。怒ると思ったのだが、冷めた目がこちらを向いた。

「何だ」

「ちょい話。そこの木陰にでもいこうぜ」

「腕を離せ」

大人しくついてくる様子のジューダスに俺は腕を放す。木陰に辿り着いたところでジューダスは腕を組んで木に凭れた。

「さっきの話の続きか?」

さっき……あぁ、10年後の世界に来ているって話か。確かにそれもしないといけないけれど、その前に……俺は意を決して口を開いた。

「ジューダス。ダイブさせてくれ」

「……は?」

ジューダスは珍しく表情を変えて驚いた。想像通りだったから、ちょっと笑ってしまいそうになった。ダメだ、ここで笑ったら蹴り倒される。

俺は右手でポケットからレンズを取り出し、ジューダスに差し出した。ジューダスは仮面の下で苦虫を噛み潰したような表情をした。

「貴様……返したのではなかったのか」

「悪い」

「ふざけるな、僕はもう二度とごめんだ。僕が信じられないと言うのならば一緒に旅はしないと言ったはずだ」

俺はレンズを離さないように握り締めながら、一度右腕を下ろしてジューダスの言葉を否定する。

「ちげぇよ。信じられないからやるんじゃねぇ」

「じゃあ、何だというんだ」

「お前のことが知りてぇんだ」

「信じられないからそう思うのだろう?」

「ちげぇって! 違うんだ! 信じられないから知りたいんじゃねぇんだよ、そうじゃねぇ、もう、そうじゃねぇんだ!」

疑う気持ちは無い。……正直、まだ少しだけ怖いと思うことはある。俺たちに不利になるかもしれないことを、隠しているのは事実だ。だが、知りたいと思うのはそれを暴きたいからじゃない。

それを隠し持つことで傷つくこいつを見たくない。支えになってやりたい。いつかコイツが消えてしまいそうで、それが何より怖かった。

「お前が、心配なんだ。守りたいんだよ!」

「……………………は?」

随分と間を置いて、再びジューダスはさっきと同じ顔をして唖然とした。呆けたと言ってもいい。

俺もまた暫くして自分の発言が普通じゃないことに気がつき顔が熱くなる。守るとか、家族や主従関係でもない男に向けて言う言葉じゃない。しかも、戦術では俺に引けをとらないどころか悔しいことに上を行っている相手だ。でも、これが俺の気持ちなんだ。

「何をそんなに心配されているのか、理解に苦しむ。意味がわからないぞ、ロニ。……僕が関わることでお前たち自身の身を案じるというのならわかるが……ん? そういうことか? 言葉は正しく使え」

「混乱しているところ悪いが、そうじゃねぇ。俺は、お前が、心配で守りたいんだ」

「意味がわからん」

こいつの困った顔って、初めて見たかもしれない。仮面と長い前髪の間から僅かに見える細い眉毛は八の字に曲がっている。

「何故だ……不快だ。僕は、お前に心配されるような無様をいつ晒した?」

可愛く見えた困り顔が、ゆっくり怒りを宿し始める。あー、こいつの高いプライドを刺激しちまった。

「お前は、戦闘や知識はほんと完璧だよ、ずっとお前に助けられてる。……でも、お前一人でずっと抱え込んでるもん、あるだろ」

「……そんなもの、誰にだってあるだろう。お前にだってあるんじゃないのか」

脳裏にスタンさんの姿が過ぎり、思わず目を逸らしてしまった。一度目を堅く閉じて小さく首を横に振り、もう一度ジューダスを真っ直ぐ見る。

「お前が、その抱え込んでいるもんに潰されてしまうんじゃないかって、心配なんだ」

「いらない……勝手な妄想をするな。放っておいてくれ、迷惑だ」

「なぁ、俺たちもう仲間じゃねぇか。俺たちは沢山お前に助けられた。その分、お前だって俺たちに寄り掛かったっていいじゃねぇか。なぁ、頼ってくれよ」

「煩い! 黙れ! 何なんだ!」

ジューダスが声を荒げた。揺さぶられた感情が、その声にありありと出ていた。こうやって、手をさし伸ばすたびに、コイツは何故か傷つく顔をする。それが、腹立たしくて仕方がない。無理やり抱きしめてしまいたい気持ちに駆られる。

俺は黙ってジューダスを見ていた。ジューダスは必死に俺を睨み付けていた。そうしていれば、諦めて引いてくれるんじゃないかと、そんな期待を込めているように見える。追い詰められた手負いの獣じみていた。可哀想だが、俺は引くつもりが無かった。ただ、黙ってジューダスを見ていた。

暫く見詰め合っていたが、やがて、本当に参ったといった風貌でジューダスは俯いた。

「お前は、どうすれば……満足するんだ」

「今は、ダイブさせて欲しい」

「いつまで続けるんだ。お前が満足するまでか」

「……お前のコスモスフィアに完全に拒絶されるまで、かねぇ」

一度や二度拒絶されても、粘る気ではいるけど。と心の中で呟く。放っておくことでコイツが消えてしまうんじゃないかといった恐怖は、強い。

ジューダスはため息を吐いた。

「わかった……もう、いい。好きにしろ」

肩を落としてジューダスは言う。断罪を待つような、悲壮な顔をしていた。罪悪感が込み上げる。何度も込み上げてきたそれを、再び飲み込み、俺はレンズをもう一度ジューダスの前に突き出した。

ジューダスは俺に目を合わせることなく、力なくレンズに手を重ねた。

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