割られた天秤 – 1

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「う……うぅ、ん………んぅっ!」

 

ロニはゆっくり体を起こした。

何度も経験した時空移動だが、このような緊急事態の時の移動は衝撃が激しい。

時空が歪んでいる状態で移動したのだから、仕方が無いのかもしれないが

 

重たい頭を無理やり動かし、辺りを見回す。

どうやら草原に横たわっていたようだ。モンスターの気配はない。

仲間達も同じく草むらの中に倒れ伏していた。

ナナリー、カイル、リアラ、ハロルドと姿を確認して気付く。ジューダスがいない。

 

此処に飛ばされる前のことを思い出す。

歪は、ジューダスの直ぐ近くにできた。やはり彼は飲み込まれてしまったのだろう。

 

(……また歴史を正せば………大丈夫、だよな……?)

 

一抹の不安を抱きながらも、わざわざ時空の歪みが出来た場所に居た彼の不運を嘆く。本当に彼は運が悪い。恐らく倒れたのも時空の歪みが出来たその場所に居たからだろう。ロニはそうあたりをつけ、一度己の額に手をあてて首を2,3振る。

 

また、歴史を改変されたのだと思うと脱力せざるを得ない。

1000年前の歴史改変を、苦労に苦労をかけやっと修正したばかりだというのに

 

(それでも、俺達がやらないで誰がやるんだって話だよな…)

 

なんとか気力を奮い起こし、ロニはとりあえず直ぐ隣に居るナナリーの体を揺さぶった。

 

「おい、起きろ、ナナリー」

「ん……」

 

一人欠けた仲間全員を揺さぶり起こしていく。

カイルはいつものごとく起きるのが遅くいらぬ苦労をかけさせられた。また、起きたら起きたでジューダスが居ないことに驚いて一人暴走するで大変だった。

 

とりあえず全員起き上がり、落ち着いたところで皆その場で輪になるように座り、事態の確認をする。

 

「えっと……もしかしなくてもまた歴史改変だよな?」

「そうだと…思う。あの時空の歪みは…」

 

カイルの問いにリアラがペンダントを弄りながら地面を見つめる。

皆やはり表情が暗い。ロニと同じことを思っているのだろう。ハロルド以外は皆その苦労を良く知っている。

ロニは天才と呼ばれる彼女の知恵を借りようとハロルドへと視線を向ける。が

 

「あたしの解析君3号改が時空の歪みと一緒に消えたああぁああっ!」

 

どうやらそれど頃ではないらしいので、仕方なく空を見上げた。

透き通るような綺麗な青は、先ほどいた世界と何ら変わりがなかった。

 

「つっても……今回はダイクロフトが浮いてたり、ドームの世界がそこらにあるわけじゃねぇな…」

「特に変わってないけど……とりあえず街なり移動しないと始まんないよこれ」

 

歴史を改変されたならば、改変された歴史に飛び、その改変を食い止めればいい。

その為には何処で改変されたのかを突き止めねば話にならない。

情報は何時だって人が居るところにある。

 

かくして、一行は町を探すこととなった。

歩いているうちに、ロニとカイルは此処周辺の地形は自分達のよく知るものだという事に気付いた。少し違うところもある。それでも、海や山の位置がよく似ていた。

 

「ねぇ、ロニ」

「あぁ、多分…もうすぐクレスタだな……しっかし」

 

その道は間違いなく彼らのよく知るクレスタ周辺なのだが、目印となるクレーターや、ラグナ遺跡が見当たらなかった。

 

「……どういうことだろう」

「………もしかして、神の眼の騒乱が起きなかったのか?」

 

どちらも神の眼の騒乱時落ちてきた外殻の産物である。

ロニの言葉に、ハロルドが「ふ~ん、ふむふむ」と頷いた。

 

「なんだいハロルド、何かわかったのかい?」

「ん~なんとな~くね~。ていっても、私はあんた達ほどこの世界に詳しくないから」

「程って、お前はこの世界全く知らないだろうが」

 

ハロルドの言葉にロニが突っ込みを入れるが、ハロルドは済ました顔で「あんたアホね」と応えた。当然ロニの顳に青筋が出来る。

 

「あぁ!?」

「私言ったじゃない。城にあった本は読んだって」

「あぁ、そういえば……って、それ下手したらあたし達より知ってることがありそうだね」

 

ナナリーは納得し、またハロルドの記憶力を知っているため苦笑いする。

それで、彼女が何に気付いたのか聞こうとしたところで、カイルが「あ!」と声を上げた。

丁度山をぐるりと回ったところで、ようやく目的の街が見えたのだ。

 

「……ちょっと、何か違うけど、でも……クレスタ、だよね?」

「…そうだな……前の時よりは面影残ってんな」

「じゃあ母さんあそこにいるかな!」

 

そう言って駆け出したカイルにロニは急いで首根っこを捕まえる。

 

「おいおい、だとしたらまずくね?カイルが二人居ることになるだろうが」

「それだったらあんたも一緒だね。どうする?」

「こいつら置いて私達がクレスタに行けばいいでしょ?」

 

そう言ってハロルドはさっさとクレスタへと足を進めてしまった。

リアラとナナリーは顔を見合わせ、次にロニとカイルを見た後、同じようにハロルドについていく。

 

「はぁ………置いてけぼり……」

「まぁ仕方ねぇって………しっかし、大丈夫かねぇ女3人だけで」

 

適当な木の陰で腰を下ろしたカイルの横で、ロニは後頭部を両手で支えながらクレスタのほうを見つめる。

街はすぐ近くで、特にモンスターに襲われる心配はないのだが、そう思ってカイルは小首を傾げた。

 

「大丈夫だよ。すぐ近くだし」

「いや、街ん中が」

「え?クレスタは田舎だから平和だと思うけど」

 

更に首を傾けるカイルに、ロニはため息を付いた後「チッチッチッ」と言いながら人差し指を立て、横に振る。カイルは眉を寄せながらロニが何を言いたいのかわからず不機嫌な顔になる。

 

「わかってねぇなカイル」

「何だよロニ。早く教えてよ」

「あのな」

 

ロニはぽん、とカイルの頭に自分の手を乗せ、言った。

 

「あそこには俺のダチが居る」

 

しばらくの間。

 

「リアラアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!」

「うおっカイル勝手に行くな!」

 

カイルは自分の故郷にスカートめくり常習犯が居たことを思い出し、クレスタへと駆けた。

結局は全員でクレスタに赴くこととなる。

スカートめくり常習犯については、改変された現代において杞憂でしかなかったことと、居たとしてもロニ(種族的な意味で)の天敵であるナナリーが共に付いている為防衛は十分だったことを此処に記しておく。

 

カイル達の心配を嘲笑うかのように、彼らの家である孤児院があった場所には、変わりなくそれが建っていた。

 

「……これって、孤児院……だよね?」

「………。」

 

唖然と見るカイルとロニ。

そこから聞こえてくる子供達の声は、よく知る彼らの孤児院の雰囲気なのだが

 

「……何かすっごい立派だね」

 

そう、カイルが言った通り、そこは彼らの知る雨漏りのする古い孤児院ではなく、その住人達が夢見たような、立て直された綺麗な孤児院があった。

 

広場を子供達が走り回る。

だが、その数はカイル達が知るより少ないように思えた。

そして、自分達の知る子供がいなかったり、自分達の知らない子が居たり。

 

「あ、シスター!」

 

それらを唖然と見ていたカイル達の前に、建物から一人の女性が現れた。

子供が無邪気に読んだ名に似合う格好をするその人。

当然、ルーティではない。だが、子供達への接し方はルーティと同じく慈愛に満ちたものであった。

 

「あ、あの!」

「…おや?なんでしょう」

 

カイルが徐に声をかければ、気付いた女性がこちらへと近づいてきた。

近づいたことにより女性の顔がはっきりとする。やはり、ルーティではない。

もう60を過ぎた頃のように見える女性だった。目じりには笑ったときにできる皺がいくつも並び、彼女の人柄をよく表していた。

 

「あの……えっと、その……」

 

カイルは話しかけてみたものの、いざ何を言えばいいのかわからず、ひたすら言葉を吃らせる。ロニは軽くため息を付き、カイルの代わりにとシスターの前に出た。

 

「此処は、孤児院…ですよね?」

「えぇ、そうですよ」

 

とりあえずそれを確かめ、ロニは頭の中で色々と整理しながら会話を進める。

こういう情報を聞き出したりはジューダスが手馴れたものだったから、彼が居ないと実に不便だとため息をかみ殺し微笑んだ。

 

「随分と立派な孤児院ですね。……昔からですか?」

「いいえ…昔はおんぼろだったのですよ」

 

ロニの言葉に、シスターは昔を思い出すように苦笑いしながら言った。

その言葉にロニの瞳はそっと鋭くなる。

 

「では何故このような…」

「この孤児院に居た子とその家族がね、寄付してくれて、こうして立て直すこともできたのですよ。……本当に彼女達には感謝しています。もう経営もままならぬところまできてましたから。」

 

その言葉にロニもカイルも首を傾げた。

そんな話は一度も聞いたことがない。まぁ、改変された世界なのだから当然だろうが

 

「孤児院に居た子…と家族?」

「えぇ、もう随分と昔になります。 孤児院にいた家族を名乗る人たちが彼女を迎えに来てくれまして、 その後もよくこちらに感謝の気持ちを込めて色々としてくれました。」

 

—————————————とめ ロニには気持ちが分かった。恐らく別け有りで家族と離れた子だったのだろう。

少なくとも彼は孤児院をずっと思っている。いつか立て直してやりたいと思っていた。

だが、現実では此処まで立派なものに立て直すことなど不可能。

 

「ここまで立て直すのは……随分とお金持ちの所だったんでしょうね」

 

ジューダスとは違い、これだけが自分の取り柄だと思いながら、ロニは人の良い笑みを浮かべて探りを入れた。ナンパでなければ人受けは良いロニである。

シスターは当然優しく微笑みを返したが、返された内容は彼らの心臓を冷やした。

 

「えぇ。お父上がオベロン社の社長ですから」

 

流石のロニも、笑みが固まった。

言葉に詰まったロニの代わりにまたカイルがロニの横に並んだ。

胸の辺りで握られた拳が震えている。

 

「あのっ………それって、ヒューゴ=ジルクリスト……ですよね」

 

焦りを何とか落ち着けようと恐る恐る呟くカイルに、「嗚呼、オベロン社の社長がヒューゴだなんてよく覚えていたなカイル。」なんて思った仲間が居るのは仕方が無いだろう。

そんな事とは露知らず、女性は唐突に雰囲気の変わった人達に首をかしげながらも笑顔で答えた。

 

「えぇ、そうですよ。流石に有名ですよね」

 

有名だから驚いたと取ったようだ。

とはいえ、有名は有名だが、その内容は大違いだが

 

黙り込んでしまった人たちに、またもシスターは首を傾げた。

そんな中、ハロルドが始めて口を開く。

 

「ねぇ、神の眼の騒乱って知ってる?18年前に起きたっていう」

「神の…眼?……聞いたことがありませんけど……」

「そう」

 

それだけ聞くと、ハロルドは女性に興味がなくなったかのように、ふむふむと自分の世界に入り込んで一人頷いていた。

彼女の作った僅かな時間により、なんとか立ち直ったカイルが恐る恐る訪ねる。

 

「あの、その…ヒューゴ…さん、は…ダリルシェイドに?」

「えぇ、そうですよ。ヒューゴさんのお宅は大きいですから直ぐに見つかると思いますが やはり多忙なので会うのは難しいと思います。」

「……ありがとう、ございました。」

 

聞けるだけのことは聞いただろう。

カイルは頭を下げると、逃げるようにこの場から立ち去った。

ロニ達もそれに続く。シスターは一人首を傾げた。

 

「ねぇ、どういうこと!?全然わからないんだけど!」

 

適当に人気の無いところまで来た途端、カイルは叫んだ。

それは恐らくハロルド以外の誰もが思うことで、ロニ達は眉を寄せることしかできない。

 

「ハロルド、何かわかったのかい?」

 

そこでナナリーがハロルドに話を振った。

ハロルドはめんどくさそうに小首を傾げる。

 

「何がわからなかったの?」

「え……全然わかんないよ!神の眼の騒乱を起こさなかったっていう歴史改変をしたなら、なんでその首謀者であるヒューゴが生きてるんだよ!」

「しかも今もオベロン社の社長か…」

 

カイルが苛立ちながら喋り、ロニもまた厳しい表情のまま呟いた。

ハロルドはそんな二人を見てため息をつき、口癖のように「あんた達アホね」という。

 

「別にそれだけならいっぱい想定できるでしょうに。ヒューゴの考えを改めさせた。とか、神の眼の騒乱の切り札になった神の眼をなんとかした。とか、ダイクロフトを消しちゃったーとか」

「あぁ…そっか……でもそれって、じゃあヒューゴは結構な確立で悪い奴じゃんか!」

「あーまぁカイル。それは一先ず置いておけ」

 

一人どうしようと項垂れ始めたカイルをロニは一先ず宥める。

元よりそれが正しい歴史なのだから、これについては考えるだけ無駄だ。

 

ナナリーは腕を組み、眉を寄せて首を傾げた。

 

「エルレインがこの改変で一体何を成したかったのかがいまいち分からないんだよね。前は絶望的な状況に舞い降りて一気に信仰を高めたけれど」

「そうだな。今は特に神の降臨とかがあるわけでもないしなぁ…意味わかんねぇ」

 

これにはロニも賛同する。

エルレインの目的がさっぱり分からないのだ。

 

「……挑戦…とか。」

「…え?」

 

考えに唸る中、ハロルドがぽつりと呟いた。

 

「神から私達への挑戦」

「……なにそれ」

「色々と理由はあるんだけど~とりあえずはカンね」

 

また女のカンか。と誰もが思うが、その彼女のカンにより見事に自分達が未来人であることを当てられた前例もあり、口には出せない一行であった。

 

「……まぁ、なんだ…理由言ってみろよ」

「ジューダスがいないことー」

 

とりあえずロニがその色々な理由のほうを聞いてみたが、返って来た答えはよくわからないものだった。

 

「あぁ?なんだそりゃ。それは俺達がジューダスなしじゃ何も出来ないってか!?」

「誰もそんなこと言ってないじゃない。何勝手に自覚してんのよ」

「うるせー!」

 

そして何故か年長組みのはずの二人が喧嘩し始める。

ハロルドはロニをからかっているだけなのだが、話が進まないことにカイルは自分の存在を棚に上げてため息をついた。

 

ハロルドも確かに天才で、しっかりと答えを出してはくれるのだが、如何せん天才過ぎてどこかのネジが外れているのが困る。

あぁ、ジューダスならば的確に彼らを静めて次の行動を指示してくれるのに…早く歴史を修正しよう。カイルはそう思った。

 

「はいはい、そこまでにする!それでハロルド、何でジューダスのことが?」

 

そんなカイルの内心を知ってか知らずか、ナナリーが手をパンパンと叩き、彼らを促した。ハロルドはロニに興味がなかったかのように、くるっとナナリーのほうを向く。

 

「んー?だってあいつ歴史改変の歪みが出る前に倒れたじゃない」

「あ?あれって偶々歪みが出来たところに居たからじゃなかったのか?」

 

疑問を飛ばしたのはロニだ。ハロルドは「あいつの幸運値ならありえなくもないけど」と笑った。

 

「ま、18年前の神の眼の騒乱をなかったことにしたのなら、それに大きく関わったリオン=マグナスの未来が変化して、改変前の世界でいち早く異変が起きたと考えるのが普通ね」

「……それで、挑戦って……?」

 

リアラがおずおずと尋ねる。

 

「もしエルレインの目的が18年前の騒乱を無かったことにするのではなく、ジューダスの過去を変えることだとしたらって話よ」

「………はぁ?」

 

ハロルドの言葉にロニが疑問の声を出すが、ハロルドはこれ以上説明する気はないらしくロニのほうを見ることもなかった。

カイルにもハロルドが何を言いたかったのか全くわからなかったようで、首を傾げるばかり。そっとリアラとナナリーの表情を伺えば、わかったような、わからないような、複雑な表情を作っていた。

 

「ま、これは一先ず置いておいて、さっさと何処をどう改変されたのか調べることにしましょう。ここで推察し続けても何も変わらないわよ?」

「……そうだね。」

 

その言葉にナナリーが首を縦に振る。

だが、次はどうしようか、とハロルドのほうをちらりと見れば、彼女は既に街から出ようとしていた。

 

「お、おいおい」

「行く場所なんて決まってるでしょ。ダリルシェイドよ」

 

迷いなく歩いていく彼女に、本当に1000年前の人間なのか疑いたくなる。

世界地図も既に暗記済みなのではないだろうか

カイルは走って彼女の横に並ぶと慌てて問う。

 

「ヒューゴに会いにいくの!?」

「そうねー会えないかもしれないけれど、それが手っ取り早いからねー」

「………ダリルシェイド…か」

 

ハロルドについていくように歩く中、ロニがぼそりと呟いた。

 

「……俺、居んのかな」

「…………ロニ…」

 

ロニの表情はいつもの彼に似つかわしくなく、暗い。

そう、神の眼の騒乱が無ければ、ロニは家族を亡くすことなく今もダリルシェイドに住んでいるはずなのだ。

 

思わずカイルも表情を暗くする中、ハロルドだけは表情を変えることなくけろりとした顔で振り向いた。

 

「あら。じゃあ今度はロニ一人でお留守番ね」

「…おいおい…そりゃねぇだろうがよ」

「それどころか街中の女に放り出されちゃったりして♪いいデータが取れそうだわ………ジューダスに習って仮面でも買っておく?」

「……遠慮しときます」

 

ハロルドがロニの心情を想って冗談を言ったのかは知らないが(冗談ではなく本気かもしれないが)とりあえず、これによりいつもの雰囲気を取り戻し、リアラがくすくすと笑った。

 

そんな彼らを横目で見た後、ハロルドは何を見るでもなく前を見据える。

その後、そっと空を見上げた。

神といえば空に居るような気がしたからかもしれない。我ながら陳腐な発想だと思いながらハロルドは空を睨む。

 

(もしもエルレインの考えていることが私の推察通りなら……神様とやらも随分と嫌なところついてくるじゃない)

 

きっとこれは、この旅を続けるカイル達にとって、とても辛い試練となる。

そして、このカンが正しければ、その序章はダリルシェイドにて始まるだろう。

 

神は哀れむような眼で、そんな自分達を見下ろすのだろうか

 

クレスタと同じく、山をぐるりと回れば遠くからでも一目で分かる大きな街。

近づけば近づくほどに大きさを増すその姿にカイルは唯々目を丸くしていた。

 

此処が、首都ダリルシェイド。

神の眼の騒乱により崩壊した筈の街。

 

ロニはどこか懐かしい風景に目を細めた。

 

「へぇ……これが、ダリルシェイドか…」

 

ナナリーがポツリと呟く。

アイグレッテよりも大きい。遠くに見える城、酒場から聞こえる喧騒。時々見かけるセインガルドの兵士。全てが18年前に無くなったはずの世界だった。

 

「……ヒューゴ邸に行くんだろ?確かこっちだ」

 

不意にロニがそういうと前を歩き出した。

 

「ロニ、覚えてるの?」

 

ロニの背を追いながらカイルが尋ねる。

小さい頃住み慣れていたとはいえ、それはもう十何年も前の話。

とても覚えているとは思えないのだが、ロニはこくりと頷いた。

 

「城の次に馬鹿でかかったからな。印象的で、目印にもなる。つーか実はもう見えてる」

「えっまじで!?」

 

その言葉にきょろきょろとカイルは辺りを見回すが、ダリルシェイドには背の高い建物が多く、それらを越して構える城以外はよくわからなかった。

 

「ほら、ちゃんと前見てねぇとお前また迷子になるぞ」

「む、子供扱いするなよ!」

 

カイルは頬を膨らませたが、ロニは構わず進んでいってしまって、ナナリーが代わりにカイルを宥めるように肩を叩いた。

 

そうして、しばらく歩いていれば、やがてそれは見えてきた。

 

「……これ、だったんだ……城の一部かと思った…」

「私も…」

 

カイルの言葉にリアラが賛同する。

皆どっしりと構えるその建物を唖然と見上げた。

 

「でか…」

「さすがヒューゴ邸…」

 

ナナリーも眼を瞬かせながら呟いた。

庭に囲まれて立つヒューゴ邸。とても近づきがたい雰囲気である。

ふと、塀に見慣れぬ機械を見つける。恐らく呼び鈴だ。

 

ロニがそれに触れるか否か、仲間に確認しようと後ろを振り向いたとき、一際目立つ金髪の姿が無くて驚く。

後ろを振り向けば既にカイルは庭を抜けて扉の前まで向かっていた。

 

「ば、馬鹿!」

「カイル………」

 

ナナリー達も咄嗟にとめることができなかったのだろう、呼び鈴等彼女達には縁の遠い物だが、それでも入ることには躊躇うというのに

 

そんなことを考えている間にも、カイルは扉をドンドンと2回強く叩いた。

 

「あの~」

「か、カイル……おいおい、こういうのは呼び鈴鳴らすんだよ!」

「へ?」

 

こちらへと駆け寄りながら発されたロニの言葉に眼を丸くして振り返るカイル。

だが、とき既に遅し。カイルの背にある扉がゆっくりと開かれた。

 

そこから出てきたのが目的の人物ではなくメイド服を着た女性。

メイドというカイルにとっては架空の存在とも思える者が出てきたことにより、此処が一体何処なのか、再認識したようでカイルは焦った。

 

「あっ、あのっす、すみませんっ!え、えっと!」

 

だが、そんなカイル達に気を悪くした様子はなく、メイドは穏やかに笑った。

その優しい微笑みにカイルはほっと息を付く。

 

「あの、ヒューゴさんとお話がしたいんですけど…」

「あら、どちら様でしょう?」

「えっと………カイル=デュナミスっていうんですけど…」

 

おずおずとカイルは答える。

何だかウッドロウに謁見しにいった時のような気分だ。

メイドは「少々お待ちください」と言いそっと扉を閉めた。

 

待ち時間が長く感じるのは精神状況のせいであろう。

やがてまた扉が開かれる。

 

出てきたメイドは優しい笑みはそのままだったのだが、少し困ったように眉を寄せた。

 

「申し訳ありません、少々ヒューゴ様は手が離せないようでして」

「そ、そうです、か……ありがとうございました。すみません」

「いえいえ、ここしばらくは予定が詰まっておられるようなので」

「あ、はい……」

 

カイルはぺこぺこと頭を下げた。

メイドも一度ゆっくりお辞儀をした後、扉を閉めた。

 

カイルはそっと仲間達を振り返り顳を掻きながら、困った表情を向ける。

 

「どうしよう。しばらくは会えないってさ」

「ま、だったらそこらへんでヒューゴについて聞いて周ることにしましょ」

 

行き詰ったような顔をしたカイルにハロルドはさっさと踵を返す。

 

「あ、うん…」

 

それに習って他のメンバーも踵を返す。

その時、高い塀の向こう側でいくつも動く通行人の頭。そのうちの一つが止まった。

そして、この実に入り辛い雰囲気を醸し出す庭の道に踏み入る。

 

腰に剣を吊るし、騎士のような、それでも鎧などは着込まない軽装の男。

少し長い黒髪。身長はロニとナナリーの間くらいで、その身長にしては服の上からでも少し細いように見える体。

 

纏う雰囲気に、カイルは思わず扉の前で固まってしまった。

男の顔を凝視する。やがて長い前髪から綺麗なアメジストを見つけた。

 

「………ジュー……ダス…?」

「…?」

 

思わずカイルが呼べば、仲間達も驚き男の顔を凝視した。

男はその視線に、その言葉が自分に対して言われたものと認知し、また扉の前でカイル達が固まっているのもあってその場に止まった。

 

「あ、あの……」

 

怪訝そうな顔でその場に止まり、こちらを見る鋭いアメジストにカイルは先ほどよりも焦りを感じる。まさかこんなところで彼と出会うとは思わなかった。今思えばリオン=マグナスは客員剣士。ヒューゴ邸に尋ねる機会もあったのかもしれない。

何より彼は騒乱の時ヒューゴについたのだ。それなりに面識はあって当然だろう。

 

「えっと、ジューダス…」

「……?……私に、何か?」

 

もう一度呼べば、ジューダスとは思えないような穏やかな答えが返って来た。

カイルはそっと眉を寄せ首を傾げる。彼らの知るジューダスという人物は、警戒心に満ちており、たとえそれが子供であっても怪しい人物には距離をとっていた。

 

「……ジューダス?」

「ジューダス、とは?人違いか?」

 

もう一度そっと呼んでみれば、そう返って来る。

思えば、改変されたこの時代でジューダスなる人物がいるわけがない。その名はカイルがつけたのだから。

 

「あ、えっと…じゃあ、リオン?」

「………リ、オン?」

 

だが、それに対しても目の前のジューダスの面影残る男は怪訝そうな顔をして首を傾げた。カイルはあれ?と首を傾げる。

彼はジューダスではないのだろうか。

 

人違いと思い、謝ろうとしたカイルを遮るように前に出たのはハロルドだった。

 

「ちょっとあんたと話がしたいんだけど、時間ある?」

 

とても初対面の人間に対する言葉と思えないもので、仲間達はジューダスそっくりの人物がどう反応するか焦った。当然男は綺麗な顔を歪ませる。

 

「…君達は…一体……」

「私はハロルド。あのアホなのがカイル。でかいのがロニ。ピンクがリアラに赤いのがナナリーよ」

 

あんまりな自己紹介にとりあえずメンバーが愛想笑いのような苦笑いを浮かべる。

正直、こんな怪しい人間達に彼が付いてきてくれるとは思えない。

頭に手を載せたまま、また孤児院の時のように適当に去ることを考えながら会話を聞いていたカイルは、ふと頭に響いてきた声に目を見開いた。

 

『……あの、坊ちゃん……』

 

それは聞き覚えのある声。カイルは驚き、急ぎ彼が吊るしている剣をもう一度見る。マントに隠れて柄の部分をしっかりと見ていなから気付かなかった。それは間違いなく…

 

「……少し、待ってもらえるだろうか?」

 

男がそう言えば、ハロルドの目が鋭く細められた。

 

「えぇ、その前に一ついいかしら?」

「…なんだ?」

「シャルティエ。色々と訳有りなのよ。あんたのマスターちょっと貸しなさい」

「!」

 

ハロルドの言葉に驚いたのは目の前の男だけではなく、ロニ達もだ。

そして彼らもそこでようやく、男が持っている剣がソーディアンシャルティエだということに気付いた。

 

『……ハロルド、博士…ですよね。……本当に…』

「そうよ。久しぶりぃ~。まぁ私はそんなに久しくないんだけど」

「………一体……お前たちは……」

 

突然話し始めたシャルティエとハロルドに男は驚き、そして眉を寄せる。

僅かな警戒を滲ませた男は今までのどれよりもジューダスらしくなった。

ハロルドはニヤリと笑い、男を見上げた。

 

「時間、もらえるわよね」

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