ハロルドとシャルティエのおかげで、恐らくジューダスと思われる人物と話す機会を得ることができた。話す場所については、彼がこの庭でいいと言い、庭の木陰に設置されているベンチのほうへと向かい、座った。
「あの……人の庭に勝手に、良いんですか?俺達が止めてしまったけれど…ヒューゴさんに用があったんじゃ…」
「この庭のことなら気にするな。それに時間なら一応ある。」
きっぱりと答えを返してくれるところはやはりジューダスっぽい。しかし、人の庭を勝手に使うのは如何なものだろうか。
そんなことを思うカイルを放置し、彼はさっさと話を進めたいようでハロルドのほうを見た。
「で、何用だ?…というより、何者だ」
「うーん。まぁ、ちょっと色々と。その前にあんたの名前教えてよ」
ハロルドの適当な答えに彼は顔を顰めながらも答えた。
そして、何度目だろうか。一行はまた目を丸くすることとなる。
「エミリオ=ジルクリストだ」
「……へ!?」
リオンなんて名前など何処へ飛んだのやら。
それは置いておくとしても、ファミリーネームが問題すぎた。
「ちょ、お前ヒューゴの息子なのか?!」
「あぁ、そうだが」
「えぇっヒューゴって結婚してたの!?子供とか聞いたこと無い、ってかジューダスはって、へぇ!?」
カイルの小さい脳は大パニックである。
対してハロルドは冷静だ。恐らくある程度予測していたのだろう。
「あぁ、だから庭のことは気にするなと言った」
「いや…あ、あぁまぁ、どうも……」
今もまだ出会ったばかりの年上に対する言葉遣いとは思えない少年達に、エミリオはため息をつきながらそう言った。
ロニはしどろもどろになりながら適当に答える。エミリオは間違いなくロニより年上なのだが、ジューダスはロニより年下だ。同一人物かどうかはまだ確定していないが、どうも接し難い。
「それじゃエミリオ。もう一度言うけど、私はハロルド。あんたならシャルティエとの言葉で察しついてるんじゃない?」
ハロルドらの言葉遣いにはもう慣れたのか、エミリオはもう特に表情を歪めることなく、だがハロルドの言葉の内容で表情を硬くした。
「……シャル…まさか、彼女がお前を作った人物だとか言わないよな」
『言いたくないんですけど、どうやらそのようです…』
「…………1000年前の人物だろう……それより何よりハロルド博士は男のはず」
到底鵜呑みに出来ない現状にエミリオは頭を抱えてため息をついた。
それでも彼の剣は彼女がハロルド=ベルセリオスだと言う。
「他人の空似じゃないのか…」
『こんなのポコポコ生まれたら困ります。1000年前の一度っきりで十分です。』
「あら、失礼しちゃうわ。シャルティエ随分と大口叩けるようになったじゃない」
唐突に低くなったハロルドの声色にシャルティエは悲鳴を上げた。
この会話についてはロニ達は置いてけぼりなのだが、何となく想像がついてしまう。
エミリオはハロルドの性格をまだ完全には掴んでいないが、彼女の醸し出す黒いオーラにそっとシャルティエを自分の身に寄せた。
シャルティエはマスターの身に隠れながら、恐る恐る、それでも警戒心を持って尋ねる。
『あの…博士……坊ちゃんに一体何の用なんですか…』
「何よ。別に何もしないわよ?あんたほんと1000年前と性格変わってるわよね」
『博士!』
シャルティエの態度に気に入らなかったのか、茶化すハロルドを珍しくシャルティエが一括した。ハロルドは本当に性格変わったと思いながら鬱陶しそうに手を振った。
「あーはいはい。ちょっと色々とあってね、ある人物がどの時代に来たのかを探ってるわけ」
「ある人物………?」
尋ね返したのはエミリオだ。ようやく進んだ話に目を鋭くしている。
「そ。その人物がヒューゴ=ジルクリスト、またはその関係者と接触した可能性が高いわけ」
「なるほど。それで、その人物とは?」
「エルレインとかいう、神とか聖女とか煩いやつよ」
ようやく本題に入ったが、エミリオは表情険しくし、虚空を見つめていたが、やがて首を横に振った。
「……覚えがないな……」
『神…聖女?……うーん』
それはシャルティエも同様だったらしい。
もう少し詳しく情報を出したほうがいいのではないかと、ロニが適当に口を挟もうとした時、それを遮るようにきっぱりとハロルドが言った。
「そう、じゃあ、あんたとは関係がなかったのね」
当然ロニやナナリー、カイルは慌てる。
「おいおい、もう少し詳しく聞いてみても…」
「あんたらはアホなんだから黙ってる!」
だが、それらも理不尽な言葉で一括されてしまう。
エミリオのほうも少し不思議そうに首を傾げていた。
「しかし…一体何が目的で…何をしているんだお前たちは…」
「何?気になるなら巻き込まれてみる?」
探るような目でハロルドを射抜くアメジストに、彼女は臆することなく尋ね返した。
そうすれば、彼は不意打ちを受けたような顔をして、しばらく後首を横に振る。
「遠慮しておこう」
「あら、残念」
元から興味などなかったように、平然とそう述べた彼女にエミリオはため息をついた。
はぐらかされたと分かったからだ。ハロルドは笑みを浮かべながら話を切り替えた。
「ところで、あんた職は?」
「……王国の客員剣士だ」
「客員?あんたならもう正式に入って上のほうまで行ってると思ったわ。会社のほうを継ぐの?」
「あぁ」
迷うことなく答えたエミリオに「へぇー」と一同呟く。
カイルが好奇心に目を輝かせてエミリオに寄った。
「ねぇねぇ、客員剣士になったのはいつ?」
「ん………十……九、だったか?」
『えぇ。そうですよ』
「…あれ?」
リオンは16で既になっていたというのに?そんな疑問が浮き上がるが、それは口にする前にまたハロルドの新たな質問が入る。
「剣のほうを磨こうとは?」
「磨いてはいるぞ?」
「でも社長になるんでしょ?」
ハロルドが詰め寄れば、エミリオはため息のような笑みを零した。
ジューダスもほんの稀にこうして笑むことはあったが、それよりも暖かみのある微笑みだった。
「父としてはやはり、息子に継いでもらうのは嬉しいらしい」
困ったように笑む彼の表情は家族への愛に満ちており、普段のジューダスを知っている故にロニを主に皆固まる。
ロニはそっとハロルドの肩を人差し指で突いた。
「おい……この人本当にジューダスなのか…?」
「んー?その確立は高いと思うけどー?」
「偶々シャルティエもってて偶々客員剣士で偶々似てるだけじゃねぇの…?」
どうにも目の前の男がジューダスと思えなくなってきたロニが眉を寄せながらこっそりハロルドに呟く。ハロルドは胸の内でため息をついた。
「だったら本人かどうか確認してみる?」
「は?できんのか?」
「そんなの簡単よ」
こそこそと話していたはずの二人が突然普通に話し始め、そしてハロルドが次に取った行動はエミリオの腕をがっしりと掴むことだった。
「…何を…?」
「ちょっと体貸しなさい」
「は…?え、ちょ…な、何を!?」
そして何処から取り出したのか、ハロルドの周りに注射器やらなにやら怪しい道具が飛び出しエミリオは顔を青ざめた。
「ちょーっとデータ採取させてもらうだけよ♪」
「な……っシャ、シャル!」
どうやらエミリオが大人しくしているのはシャルティエの為らしい。
剣に助けを求める彼だったが、シャルティエは申し訳なさそうに呟いた。
『坊ちゃん…まだ被害が少ないうちに受けておいたほうがいいです…』
「シャル!?」
「よくわかってるじゃないシャルティエ!はい、こっち来る!」
ハロルドに引っ張られ、エミリオはヒューゴ邸の裏のほうへと連れ去られた。
一同はとりあえず彼の背に向かって手を合わせた。
「しっかし……本当にあれがジューダスかねぇ」
残された中、ロニは木に凭れかけつつ呟く。
「…ジューダスだと思うわ……異なる歴史を歩んできた、だけど」
「ちょっと、色々と違ったりするけど、やっぱ面影あるもんね」
リアラが言えば、ナナリーは首を縦に振って彼女の言葉を肯定した。
ロニは二人を見て「そうかぁ?」と言う。
「第一、リオン=マグナスっていう名前はどうしたんだよ」
「ヒューゴと親子だったんだろ?………騒乱を起こすのに、親子とばれると何かと都合が悪かったんじゃないかな」
「…ま、真相はあいつに聞くしかわかんねぇか」
そう言ってロニは頭をぽりぽり掻いた。思い浮かべるのは彼らの知るジューダスだ。
ロニはこう言っているが、実際聞いても答えない確立が高いだろうし、聞くつもりもなかった。
ジューダスが18年前のこと話すときは懐かしそうに語るが、その表情に色濃く悲しみが入るからである。
「それにしても……まさか未来…?現代のジューダスって言ったほうがいいのか?…に出会うとは思わなかったな」
話にキリが付いたところで、またロニが新たな話題を持ち出す。
彼は顎に手を当てながら首を傾げた。
「なんか、ナナリーが俺達の時代で餓鬼として居るとかは普通に想定できるんだけどよ、……ジューダスがこうして、18年前から歳を取って此処にいるとか…どうも変な感じだ」
「そお?……まぁ俺もあんまり考えなかったけど」
ロニは自分が何故そう思うのかわからないかのように首を傾げる。カイルはそんなロニの気持ちには首を傾げるも、彼自身も少し気にかかるようだ。
それに対してリアラとナナリーは表情を暗くする。
「そりゃ、そうだろうね…」
「………わかんのか?」
ナナリーが俯き呟くのにロニは眉を寄せて尋ねた。
それに答えたのはリアラで、彼女はそっと呟いた。
「だって、本来ジューダスは16より歳を取るはずが…なかったのだもの」
「…あ………あぁ、そりゃ…そうだったな……」
ロニはその不思議な感覚の理由を知り、ため息をついた。
ジューダスは、一度死んだのを再び18年の時を無視して16歳のまま蘇った少年。
(これじゃあ……この現代において…エミリオ=ジルクリストのほうが、ジューダスよりも正しい姿に…思えるな…)
だが、その思いをロニが口に出すことは無かった。恐らくリアラやナナリーも同じように思ったかもしれない。
それでも、彼らが知るのは、彼らの仲間なのは、ジューダスただ一人なのだ。
「はぁ……嫌な世界だ」
ロニは空に向かって、そう吐き出した。
再びカイル達の前に現れたエミリオは、酷く疲れ果てたような顔をしていた。
それとは対照的にハロルドは辺りに花を飛ばしているのではないかと疑うほどに機嫌が良い。
エミリオは再びベンチに座り、背を丸めて額に手を当てた。
「………疲れた。……しかし、なんだ…?…似たような経験をしたことあるような、この妙な既視感は…とても嫌な気分だ……」
「はい。本人確定♪」
「…………。」
ハロルドの被害にあったことの在る人特有のその姿に、一気に彼への新密度が増した。やはり彼はジューダスなのだと再認識する。
この場合、リオン=マグナスと考えるべきだが
「はぁ…本当に、こいつがねぇ…」
ロニはエミリオに聞かれないように呟いた。
ジューダスの面影はあるものの、自分達の知る彼とは比べ物にならぬほど幸せな世界を生きている。
エルレインは一体何を変えたのか、過去の何を変えることで、此処まで彼の人生を左右することになったのか。
裏切り者のリオン=マグナス。その名の過去に、やり切れぬ思いを感じる。
それでも、これから自分たちは、その過去を戻しに行かなければならないのだ。
「ねぇ」
「…なんだ」
そんなロニの暗い気持ちなどお構いなく、ハロルドの能天気な声が上がる。
それはエミリオに向けられているものであり、ぐったりしている彼は少し恨みが入った目をハロルドに向けた。
だがこの天才がそんな瞳に怯える人ならばこんなことしない。
「ヒューゴには娘がいるの?」
変わらぬ口調でハロルドが尋ねれば、エミリオは軽くため息をついた後、丸めていた背を伸ばして答えた。
「あぁ、私の姉だ」
「孤児院に入ってたのを迎えたって聞いたけど、血、繋がってるのよね?」
ハロルドがまた尋ね返せば、エミリオの表情が少しだけ暗くなった。
「……あぁ」
「なんで離れ離れになってたの?」
そして、このハロルドの質問で彼は完全に答えに詰まる。
「……それは……………」
そのまま黙ってしまった彼に、それでもハロルドはお構いなど無かった。
「それは?」
『博士……あまりそう追求して欲しくないのですが…』
とうとうシャルティエが痺れを切らして抗議の声を挟む。
だが、ハロルドはすぐに「だめよ」と答えた。その言葉は有無を言わさぬもので、いつの間にか能天気さとか唯の好奇心といった雰囲気が消えていた。
「私達のほうも色々と大変なの。少しでも情報を集めたいのよ」
『ですが…!』
カイル達は正直、これ以上エミリオが話してくれるとは思わなかった。彼は今までも過去のことを一切話そうとしてこなかったのだから。
だから、彼らもこれ以上は無理だろうと声をかけようとしたが、その前にエミリオのため息が強く響いたほうが早かった。
「…父が、一度捨てたんだ」
「………え?」
カイルは素直に声を上げる。
彼が話してくれたのもそうだし、その内容もだ。
カイルがそっとハロルドの顔を見ると、彼女が少し目を細めたのがわかった。
「それで?何で捨てたのを?」
「…昔…、ほとんど記憶に無いのだが……あの頃の父は別人のようだった」
「今は?」
眉を寄せて言うエミリオ。その姿にカイル達も僅かに表情を歪めるのだが、ハロルドだけは淡々と質問を続ける。
エミリオはすぐに表情を元に戻した。
「とても穏やかで、優しい人だ。貧富の無い世界にしたいと、それが口癖だ」
あのヒューゴ=ジルクリストが?と、神の眼の騒乱を知る者は誰もが思った。
そして、何故そのような人物が自分の娘を一度捨てるようなことをしたのだろうと
「昔のヒューゴさんは、どんな人だったの…?」
カイルが遠慮がちにそう尋ねると、彼はまた視線を落として眉を寄せた。
そして、昔を思い出すようにゆっくり語る。
「……冷たかった。…それぐらいしか覚えていない。…怖かった、な……。だが、ある日を境にそれが急に変わって………その後、姉も引き取りに行ったんだ」
ごくり、とカイルはつばを飲んだ。いくら馬鹿といわれる彼にでもわかる。
昔のヒューゴは、皆が知る神の眼の騒乱の首謀者ヒューゴ=ジルクリストのイメージにぴったりだ。自分の娘すらも捨ててしまう冷酷さ、残忍さを持っている。
それが、突然変わった。それは何故か。
介入があったからだ。
ヒューゴ=ジルクリスト…その人格の急激な変化
これに間違いないだろう。エルレインが一体どうやってその人格を変えたのかはわからないが
「あのっ!ヒューゴさんが変わったのっていつから…」
「ふーん、そう。昔ねぇー、じゃあ今は居ないでしょうし。うん、もういいわーご協力ありがとー」
カイルが僅かばかり興奮しながら尋ねようとした時、またもハロルドがその言葉に重ねるように言う。そして彼女は立ち上がり、エミリオに手を振った。
「ばいばいシャルティエ。元気でね」
「え、ハロルド?」
カイルは眼を見開き、また抗議しようとしたのだが、次に彼を制したのは彼女ではなくリアラだった。
「カイル、行きましょう」
「え?え?」
リアラの声色もまた、有無を言わさぬもので、そうしている間にもハロルドはさっさと庭から出て行ってしまう。仕方なくカイルはハロルドを追いながら仲間達を見渡した。
ロニとナナリーも少しばかり強引なハロルドに驚いているようだが、それでも表情が硬い辺りハロルドがそうしている理由をわかっているのだろう。
皆がぞろぞろと出て行く中、リアラは最後尾につき、そっとエミリオを振り返った。
彼は突然帰りだしたハロルド達を呆然と見送っていたが、リアラの視線に気付きそちらへと顔を向ける。
「…エミリオさん」
「何か?」
リアラは硬い表情のまま、そっと彼に尋ねた。
「幸せ、ですか?」
「……ん?」
突然のその質問に彼は戸惑ったらしい、思わず首を傾げている。
なので、リアラはもう一度、ゆっくり問う。
「今、幸せですか」
彼はリアラのほうを見、目を瞬いていた。
すると、リアラの後ろでヒューゴ邸の扉が開いた。
そこから現れたのは、カイルがドアをたたいた時に出てきたメイドの女性。
「エミリオ!帰ってたのね」
驚いた女性にその存在を返すようにエミリオが立ち上がる。
「ヒューゴ様が心配なされていましたよ。そろそろ帰るはずなのにって。ふふ、食事の準備が出来ていますよ。久しぶりに皆で頂きましょう」
「……あぁ、すぐ行く」
彼が返せば、メイドはにっこりと笑い、近くに居たリアラと目があうとお辞儀をし、また中に入っていった。
リアラは再びエミリオを見る。
彼もまたリアラのほうを見ていた。先ほどまでの呆然としていた姿はなく、彼はそっと微笑みリアラに答えを返した。
「……幸せだ」
そして軽く挨拶をした後、彼は扉へと向う。
リアラはエミリオの背中に聞こえないように、それでも彼に向けて、そっと一言呟いた。
「……ごめんなさい」
もう日は沈みかけている。それでも首都ダリルシェイドの街の光は明るかった。
ハロルドが何処に向っているのかは分からない。だが、少しずつ街の明かりが少ないほうへと行く。人を避けてのことだろう。または街の外へ出るのかもしれない。
人が見当たらなくなったところで、カイルはとうとう不満の声を上げた。
「ねぇ……俺確かに馬鹿かもしれないけど……いい加減説明してよ!」
カイルの言葉にやっとハロルドが歩みを止めて振り返る。
カイルはここぞとばかりに不満をぶちまけた。
「何でちゃんと聞かなかったの?情報集めないと、これからどうするんだよ」
「……カイル」
「…何?」
カイルの不機嫌な声に返って来たハロルドの声は重たく感じた。
「あんただって、勘付いてるでしょ?この世界、エルレインを止めれば無くなるのよ」
「……………」
ハロルドの言葉に、カイルは口を噤む。
そう、気付いていた。ドームの世界を消したように、この世界も、幸せそうに笑うエミリオも、消えるのだ。
「あいつはあんたと違って鋭いから、これ以上関わると勘付かれる可能性が高いわ。私達にとっては、先に改変したエルレインが悪いやつだけど、あいつらにとってはこの世界が正しい世界なの。エミリオ=ジルクリストにとって私達はエルレインのようなものなのよ」
「あ……そっか……そう、だよね」
カイルは先ほどまでとは打って変わって表情を暗くし、俯いた。
ジューダスならば確かに彼女の言うとおり自分達が何のために此処に来たかわかるかもしれない。
自分達は、極端に言うとヒューゴとエミリオを殺しに来たようなものだ。
それを知り、エミリオが自分達と敵対しないなんて、そんな都合の良いことを望めるというのか。
「情報のことなら十分よ。ヒューゴの人格が変わったのは娘を引き取る前。孤児院のほうで調べてもらえば、ちゃんと何時引き取ったのかわかるでしょ」
ハロルドはそういうと、また歩き出した。
だが、カイルは再び足を動かす気力を失い、ぽつりと呟く。
「この世界を、…消さないといけないのか……」
ドームの世界は、自分達の世界の名残も感じさせなかった。
だが、この世界は近しいものが、今幸せに生きている。それだけで、こんなにも重みが違って感じる。
ドームの世界の住民には酷い言い様かもしれないが、人とはそういうものだ。
リアラは眉を寄せてそっとカイルの肩をつかんだ。
「カイル……それでも、前の世界を取り戻すには…」
「わかってる!」
リアラの言葉を遮るようにして叫ぶカイルは、今にも泣きそうだった。
思い浮かぶのは、家族のことを話すときのエミリオの姿。
ジューダスが家族のことを話すときは、それと間逆だった。
「わかってるけど…っ、でも……ジューダス……幸せそうにしてた……なのに…」
結果的にこれは自分達が、仲間であるジューダスの幸せを奪うことになるのではないか。そんな思いがカイルの心を蝕む。
ロニやナナリー、そして幸せだという答えを聞いたリアラもまた言葉を失くした。
そんな中、ハロルドだけが一人離れたところでこちらを振り返らずに言った。
「ジューダスはジューダスでしょ」
「……え?」
「何おかしなこと言ってるの。今ジューダスが幸せとでも思ってるの?」
相変わらず淡々と言うハロルドに、カイルは泣きそうな表情をそのままに答える。
「…幸せそうにしてた……」
「違うわ」
だが、即座に否定され、カイルはそっと顔を上げる。
ハロルドは背中を向けたまま、人差し指を立てた。
「あれはジューダスじゃない。エミリオよ?ジューダスはこの世界にはいないの。歴史の歪みに取り残された。つまり消されちゃってるのよ?」
「…………。」
「あれはジューダスであって別人なの」
カイルはそっと、自分の知るジューダスを思い浮かべる。
正体を明かした今も仮面を被り、悲しみを押し隠して生きる少年。
「カイル。……人は、今しか生きれないのよ」
顔だけこちらに向けたハロルドの瞳は強かったけれど、少し寂しそうに見えた。
それでも、カイルは俯く。
「わかってるけど……でも、……俺……」
これで本当にいいのか、わからない。
あれからダリルシェイドで一泊し、またクレスタへと訪れた。
孤児院にまた現れたカイル達を見て、シスターは首を傾げたが、エミリオと会ったと話せば彼女は嬉しそうに話に乗りながらこの孤児院にいたというエミリオの姉が家族の下へと戻った日を調べてくれた。
「とても幸せそうな家族でしたでしょう」
子供達の相手をしながら待っていたロニとカイルに、書類を手にしながらシスターがそう言った。カイル達は居た堪れなさに表情を歪めそうになったのを無理やり笑みでごまかし首を縦に振った。
「……今から…もう28年も前になるのね…」
「28年…か」
シスターがしみじみ呟く。
カイルはそっと頭の中で計算した。
(えっと……今エミリオは何歳だっけ…あーえっと…18年前で…16、だったよね、じゃあ今は……34!?あれで!?って、違うえっと…28年前はジューダス…6歳、か)
「何一人百面相してんだよ」
「あたっ」
考え事に没頭し、考えたことへの感情をそのまま顔に出していたカイルをロニが小突く。
その後彼もまた顎に手をやり、「えーっと」なんて言いながらぶつぶつジューダスの年齢の計算を始めた。そしてまたカイルと同じように「あれで34かよ!?」なんて叫び、ナナリーに「煩い」と小突かれる。
そんな彼らにシスターはくすくすと笑う。
「確かにお若く見えますものね。……えっと日付も、でしたっけ?………あら。丁度今日にあたるのですね……」
「へぇ。それは覚えやすくて楽だわ」
ハロルドはにやりと笑い、そのままさっさと孤児院から出て行ってしまった。
カイル達はシスターに礼を言い、直ぐにハロルドを追いかけ外へと出た。
彼女は既にクレスタから出ようと歩いており、それに急いで追いつく。
「おいおい、そう急ぐなって。大体これから何処行くんだよ」
「問題はレンズか…」
ロニがハロルドに声をかける。それでもハロルドは歩みを止めないので皆はそれに合わせた。ナナリーがぽつりと呟いたように、向う時代がわかってもレンズが無ければ行くことはできないのだ。
「この時代にあるレンズと言えば………神の眼くらいかい?」
ハロルドに問いかけるように聞けば、ハロルドはくるりと振り返り、きっぱり言う。
「あら、イクシフォスラーを使えばいいじゃない」
ロニが「あー」といいながら後頭部へと手を回す。
彼女がこの時代について詳しくないのは仕方ない。
「今はもう入れないんだって、俺達の世界では俺達がウッドロウ王に許可を得て使ってたが、この世界では…」
「えーその許可証使っちゃえばいいじゃないーうまく行けば使えるかもよー?」
至極楽しそうに言う天才にロニはため息を付く。
「んな行き当たりばったりなことやってとっ捕まったらどうすんだよ」
「いいじゃない。元々私のだし」
「お前は1000年前の人間だろうが…」
ロニが疲れ果てたように突っ込むが、ハロルドは元気いっぱいに次の提案をした。
「じゃ、忍び込みましょう!」
「おいおい…簡便してくれよ」
「いいじゃない。元の世界に戻ればお咎めなしよ」
そりゃちゃんと戻れたらね、と皆心の中で突っ込みを入れる。
だが、事実この世界に安置されているだろう神の眼の前へと忍び込むよりイクシフォスラーのほうへ向ったほうが簡単だろう。
ジューダスが居ない今、イクシフォスラーが現在オベロン社の物と知らない彼らは、イクシフォスラーが今も門番しか居ない状態で封印されていると検討をつけ、進入は比較的簡単と想像をし、雪国ファンダリアへと向った。
「………何か賑やかだね」
「…だな」
そして、数日かけて地上軍拠点跡地にたどり着く。
だが、その場所はまたも彼らの知るような雪に埋もれ寂びた場所ではなく、何人かが遠くからでも歩いているのがわかった。
「どういうことだよ!」
「そんなの知らないわよ」
ロニの言葉にハロルドはそそくさと跡地へと歩み寄る。
「……ちゃんとイクシフォスラーあそこにあるのかしら…?」
「ちょいと不安だねぇ…」
眉を寄せるナナリーとリアラにカイルも次第に不安が募った。
何より、これだけ人が居れば忍び込むのは容易ではない。
皆不安を覚える中、ハロルドがくるりと振り返り言った。
「イクシフォスラーはあるんじゃない?自動送還システムあるしー」
その言葉にカイルは「あ、そっか!」と希望に表情を明るくするが、ロニは顔を顰めたままだ。
「だがな、オベロン社があった時代は俺達の時代よりも技術が…」
「私のプログラムを書きかえれなかったから、此処に研究者が着てるんじゃないの~?他に地上軍拠点には何も残してなかったわよ」
そう言ってハロルドは遠くに見える数名のほうを指差す。
これから忍び込む以上あまり人目に付くのは避けたいのだが、ハロルドは気にしない。
ナナリーはそっと奥の人間を見るが、幸い彼らは忙しく歩き回っており、こちらに気付く様子はなかった。
「観光に来ているわけでもなさそうだしねー」
そんな研究者らしき人物たちの様子にハロルドはそう言ってにんまり笑うとまた歩き出す。それを急いでロニが止めた。
「おいおい、何する気だよ」
「ぐふふふふ!結構抜け道作っておいてるのよ!今も使えるのあると思うわよ?」
「はあ…?そんなのお前は作る必要ないんじゃ…」
「面白いじゃない!」
「………」
とりあえずこの場は彼女の趣味に救われたのだ。
ロニは言葉をなくしつつも感謝しておくことにした。
とりあえず忍び込むことは成功したが、当然のごとくまだまだ問題がある。
丁度イクシフォスラーの格納庫にある物陰に出ることが出来たのだが、イクシフォスラーの周りを研究者らしき人が6人。
ロニはそれらを見た後一度ハロルドが作った抜け道のほうへと戻る。
「……参ったな………」
声を抑えながら仲間たちに格納庫の状況を伝える。
研究員6人。一瞬にして気絶させれる神技など残念なことにジューダス以外持ち合わせていない。ジューダスがいたとしても6人では少々人数が多すぎただろうが、カイルは「ジューダスがいればなぁ」と呟いた。
何より自分達の知らない持ち込まれた未知なる機械の数々が厄介だ。
一つボタンを押せば他の場に居る研究員が全員迎えに来てくれる。なんてことがあるかもしれない。
「どうしよっか……って、ハロルド。何してるんだい?」
ふと気付けばハロルドが狭い抜け道の隅で何かごそごそとやっている。
「ふふ、やっぱりあった。これだけの材料があればまた解析君が作れるわ!」
「……おい、今この状況でそんなの作る余裕ねぇって…」
「出来た!」
「……………もう言葉がでねえ」
見慣れた機械を持ち上げて言うハロルドにロニは顳を押さえた。
「おまえなぁ…そんなの作ってる暇があったら現状の打破をだな…」
「本当にジューダスの姉が戻ってきた数日前に歴史改変が行われたとかわからないでしょー。しっかり調べてから行かないと痛い目みるわよ」
「……そりゃ、そうだが…」
今此処で瞬時にやってのける彼女は間違いなく異常だ。
そう思っている間にもハロルドは作った機械を弄り始める。
「よしきた。孤児院から連れ出す二日前のようね。時間軸に歪みがあるわ」
「そうか…」
「うーんっこんなこともあろうかといろんな場所に機械置いておいてよかったわ!」
「どんなことを想定してたんだよお前は…」
ハロルドは力なく突っ込みを入れるロニなど気にせず勢いよく立ち上がる。
「よし、そうと決まれば行きましょ!」
「………はいはいハロルド先生。次は何をされるおつもりで?」
「ふふ~ん♪」
力なく言うロニの前にハロルドは心底嬉しそうに両手を前に突き出した。
その手には、よく漫画とかで見る形そのものが有り、もうそれは間違いなく
「…爆弾?」
「正解よ!」
そういうと彼女はロニの突込みを待ちもせずに抜け道を戻り、消えていく。
しばらくすれば僅か遠くから凄まじい轟音。すぐ傍の格納庫からは「何事だ!?」と叫び人の気配が消えていく。
そして、それと入れ替わるように戻ってきたハロルド。
「さぁ!行くわよ!」
「…………。」
この時代の人々への罪悪感が増したのは言うまでもなく。
そんなこんなで彼らはイクシフォスラーの前へと辿りついた。
ハロルドが前と同じようにイクシフォスラーからレンズを取り出す。
「はい。じゃあリアラ。指定した時間にお願いね。場所はダリルシェイド」
「…うん。わかった」
リアラはハチャメチャなやり方で手に入れたレンズを何とか精神を集中させる為か強く握り締める。
小さく深呼吸をした後、目を瞑った。
彼女のペンダントが光輝く。
カイルもまたハロルドのハチャメチャっぷりに軽くため息をつきながらも、リアラの出す光を見つめて顔を引き締めた。
次は歴史を取り戻すのだ。エルレインとも会うことになる。
強くなる光にカイルは目を細めた後そっと天上を見上げた。
思い浮かべるのは、やはりエミリオ=ジルクリストの存在。
そんなカイルの肩にロニがそっと手を置く。
「…取り戻すぞ。……俺達の世界と、…ジューダスもな」
「……うん」
光が彼らを包み、消えていった。
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