割られた天秤 – 3

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光により真っ白になった視界が再び戻った時、そこは少し前に訪れた庭だった。

思わず皆窓より見えぬようにと腰をかがめる。

 

「おいおい……いきなり人様のお庭に侵入ってのは……やばいんじゃねぇ?」

「ご、ごめんなさいっ」

 

ロニが冷や汗をかきながら言えば、リアラが声を極力抑えながら必死に謝った。

カイル達が出た場所はヒューゴ邸の庭、屋敷の裏側付近だった。

 

「一回出たほうがいいんじゃないかい?」

「いいえ、このまま此処、探りましょ」

 

眉を寄せるナナリーに、ハロルドはきっぱりとそう言った。

 

「エルレインはこの時代に来てそんなに間も無く改変を行っている。何時何が起こるかわからないわ。此処、中々のベストポジションだと思うわよ?」

「はぁ……」

 

確かにヒューゴ邸の窓は多く、監視も十分行えるだろうが、その分こちらが見つかる可能性も高く中々スリリングである。

 

「やっぱ、エルレインはヒューゴに何かをしたんだよね。……一体何があったんだろう」

「さぁ。こればっかりは見てみないとねー」

 

カイルの言葉に能天気に返すハロルド。

そんな中、扉が僅かに開くのをナナリーは見つけた。

 

「誰かくるよ!」

 

声を抑えながら鋭く注意を促す。

皆窓をのぞき見るのをやめ、その場に伏せ、変わりに少しでも音を聞き取ろうと壁に耳をつけた。

 

ハロルドはそっと窓の下に伏せるのではなく、横に体を貼り付け、手にした手鏡でそっと中を伺った。

壁に耳をあてながらも、皆そっとハロルドを見る。

 

「………ジューダスね」

「え?」

「後もう一人、男が入ってきたわ」

 

声を最小限に抑えたやりとりは、それだけで終わりハロルドもまた窓の下へと伏せた。

隠れながらにしては5人は多すぎるが、庭の草木が思いのほか外からは彼らを隠してくれた。

 

「………父さ……、どう………か?」

 

流石に聞こえてくる声は僅かなもので、聞き取るのが難しい。

だが、幼いジューダスと思われる高い声が紡いだ単語にもう一人の男が誰なのか、皆言葉に出さず理解した。

 

「……オ………、…は…」

 

低い声はほとんど聞き取れなかった。

だが、どこからともなく来る威圧感に皆息を殺す。

何故だか、まだ顔も見れていない相手に恐れを感じた。少しでも気を抜けば、自分達の存在がばれ、直ぐにでも殺されるのではないかと。

それほどまでに、この部屋に居る男は張り詰めた気を発していた。

 

ほとんど聞き取れない会話が静かに続いていた中、突如大きく音が鳴る。

 

(何だ……?)

 

カイルは眉を寄せ、壁に更に耳を押し付けた。

 

「…っ父…、さっ!」

 

そして、聞こえてきた悲痛な声に何事だと驚く。

ヒューゴ=ジルクリストの醸し出す張り詰めた気配は元からあったが、今はそれよりも更に今にも糸が千切れそうな世界が部屋を覆い尽くしているように思えた。

 

エミリオは、父が恐ろしかったと言っていた。

ならば、今この部屋で、彼を脅かすことになっているのだろう。

異なる歴史を生きた者とはいえ、形はジューダス。放っておきたくなくてカイルは頭を上げようとするが、それをロニに押さえつけられた。

 

流石に今顔を出すのが危ないことはカイル自身もわかっている。顔を上げたくなったのは衝動的なものだ。ロニにより押さえられたことにより少し冷静さを取り戻したカイルは自分の体を地面に縫い付けた。

 

だが、その思いも聞こえてくる子供の声に揺るぎそうになる。

 

「何で……とう、さ……!」

 

とても悲痛な声がはっきりと聞こえてくる。

一体何が起きているというのだろうか

 

「違う」

「とうさ…」

「違う」

 

やがて聞こえてきた男の声もまた、今度ははっきりと聞き取れる。

とても冷たく、恐ろしく、少年の縋るような声を強く否定する。

 

「子供など邪魔なだけだ。何故お前は生きていると思う?お前はこれから駒になる。私の手足となり働くのだ。そこに親子などという関係などいらない」

 

低く、強く響く男の言葉にカイルは目を丸くした。

カイルだけではない。ロニも、ナナリーも、リアラも。ハロルドは目を細めていた。

 

一度聞いたその言葉は、とても実の息子に対する言葉とは思えないもので、すんなりと頭の中に入ってくれない。

カイルはもう一度、男の言った言葉の意味を頭の中で繰り返す。

だが、やめておけばよかったと思った。

結果、頭の中は真っ白になり、胸は煮えくり返る様な気持ち悪さに支配される。

 

気付けばカイルは立ち上がっており、もうそれを止めるロニの手はなかった。

 

「とうさ…」

「ヒューゴ様だ。言っただろう、お前はこれから駒になるのだと」

 

立ち上がったカイルの目の前に広がった光景は、またも信じられないものだった。

 

ヒューゴ=ジルクリストと思われる人物……父親が

エミリオ=ジルクリスト、子供の、首を大きな右手で掴み、力を込めている。

 

少年の見開かれた目からは絶望の色と涙が零れ落ちる。

ヒューゴは悪意に満ちた顔で少年を見下ろしていた。

目の前の獲物に喰らい付いたライオンかのように、彼はエミリオだけに視線を向けており、無様に窓から体を出しているカイルの姿に気付かない。

 

「……とう…さ…」

 

僅かな希望、願望、切望を持って少年は父親を呼ぶ。

目の前のことが全て夢であればいい。きっとカイルが今思っている以上に少年はそんな思いを抱いているだろう。

だが、現実は何処までも残酷なものだ。

 

「ヒューゴ様、だ」

 

本気で殺そうとしているのではないかと、カイルは思った。

少年の口からは今にも途絶えそうな息がひゅーひゅーと音を立てて鳴っているような気がした。

 

間も無く、少年はほんの小さな声で呟いた。

 

「ヒューゴ……様…」

 

男は、満足そうに口の端を上げ、やがて少年から手を離す。

少年のアメジストは、どこまでも暗く焦点の合わぬままに涙を流していた。

 

カイルは、エルレインに対してでも、此処までの感情を持ったことが無かったと思う。

とてもどす黒い感情は、自分の思考を、理性を焼いていくようだった。

 

(今すぐに、この男を……)

 

それは殺気となり、部屋の中の男にカイル達の存在を気付かせた。

 

男の鋭い目がカイルを見つめる。

直接対面した男への恐ろしさは例えようの無いものだったが、それでも今は脳を焼き続けるこの炎の熱さが勝っていた。

 

無言でカイルが背中の剣へと手を伸ばす。

だが、ようやくして仲間達がカイルを止めた。柄を手にしたカイルの手、剣ごとカイルをひっぱり、ロニ達はヒューゴ邸から逃げ出す。

 

カイルは焼けた脳にロニ達への抵抗すらも忘れ、ただ最後までヒューゴを睨みつけた。

 

ダリルシェイドから大分離れたところまで、皆走りっぱなしだった。

ロニに抱えられていたカイルも、途中からは自分の足でしっかり走った。

 

彼らがようやく足を止めたのは誰もいない道。

日は傾き、空は焼け始めている。

彼らの心境を思わせるような真っ赤な空だった。

 

「カイル……無事か」

 

ロニはそっとその場に座り込むカイルにそう話しかけた。

カイルはというと、言葉も紡げぬ心境だろう。

失態を起こしたカイルを、誰も責める気になどなれなかった。

カイルがああやって態度に表さなければ、きっと誰かがヒューゴ=ジルクリストに掴みかかっていただろう。

 

「………本当に、…血の繋がった親子なのかい……?」

 

ナナリーが腕をさすりながら呟く。

彼女の目を見て話を聞いたロニには返す言葉が見つからず目を伏せた。

 

「違う……」

 

やがて搾り出すようにカイルが否定する。

地面を見つめながら首を横に振った。

 

「あんなの……親子なんかじゃ…家族なんかじゃない…あんなの…っ!」

 

カイルは自分の家族を思い出す。

今はその暖かさに縋りたい思いがあった。

だが、同時にそれはジューダスがどれだけ当たり前の幸せを手にすることができなかったのか理解することになる。

 

「……ジューダス…」

 

カイルの口からは自然と彼の名前が出てきた。

仮面を被って、皮肉を言いながらもいつもカイルの心配をしれくれる彼に、今無性に会いたい。

 

リアラはカイルの呟きに目を伏せた後、何処を見るでもなく空を仰ぎ見た。

その途中、視界の端に黒髪を見つけて目を留める。

 

「あ……」

 

リアラの声に、ロニ達が彼女の視線を追ってそちらを見ると、遠くの道のほうで一人走り続ける黒髪の少年が見えた。

 

地面を見つめていたカイルも同様にそれを見、勢いよく立ち上がる。

そしてそのまま仲間たちに何かを言うこともなく彼を追いかける。

 

追いついて何をすればいいかも考えていなかった。

それでも、追いかけないとと、そう思った。

 

「カイル!」

「……私たちも行こうよ」

 

ナナリーが立ち上がりそう言う。

彼女もまた、あの少年を放っておくべきではないと思った。

そんな彼女をハロルドは座ったまま見上げる。

 

「ヒューゴのほうはどうするの?放っておいたらエルレインに出し抜かれちゃうわよ?」

「でも……カイル、行っちゃったし…皆で一緒に行動したほうがいいと思うの」

 

何処にエルレインがいるかわからない。下手をすれば仲間が離れ離れに違う時代に行ってしまうこともあるかもしれない。

リアラが暗にそういえば、ハロルドも黙って立ち上がった。

 

カイルは必死に少年を追った。

大分離れていたが、6歳の少年の足と16歳であるカイルの足の速さは比べ物にならないだろう。

 

しばらくして、少年に追いついた。

というより、彼はその場に立ち止まっていた。

 

彼に追いついたカイルの視線は、だが、少年には向けられず少年の奥へと向けられた。

 

白い服の女が、少年と向き合っていた。

彼女の瞳は優しく少年を見つめていたが、それがそっとカイルのほうへと合わされ、それは挑戦的なものに変わった。

 

てっきり彼女はヒューゴ=ジルクリストの前に現れるものと思っていた。

カイルは内心驚きながらもエルレインを睨みつける。

 

「エルレイン」

「来ましたね。待っていたのですよ、貴方達を」

 

エルレインは少年の両肩に手を置きながらも、カイルのほうを見つめる。

少年は後方にいるカイルからの声にびくりと体を震わせてゆっくりこちらを振り向いた。

 

アメジストの瞳から零れている涙にカイルは顔顰めた。

 

「……エルレイン…その子から離れろ!」

「どうしてです?」

「ふざけるな!俺達の時代を返せ!」

 

カイルがエルレインと向き合っている間に、他の仲間達もかけつけ、エルレインを見つけては目を僅かに開くがすぐに目を鋭くする。

 

「好き勝手時代弄くっちゃって、ほんと気分悪いわ」

 

ハロルドが何処からとも無く取り出した短刀を遊ばせながらエルレインを睨みつける。

 

「善意のつもりか知らねぇが、押し付けてんじゃねぇよ!」

 

次いでロニが斧を地面に叩きつけてエルレインを睨んだ。

だが、そんな威圧的な態度も彼女には一切通用せず、彼女は目を細めてまるで見下ろすようにこちらを見た。

 

「ですが、リオン=マグナスは幸せに暮らしていたでしょう?彼は言ったのではないのですか?”幸せだ”と」

 

エミリオは突然対峙し話し始めたカイル達とエルレインとに挟まれておろおろとしているが、そっとエルレインが彼の肩を持ち自分のほうへと寄せる。

 

「そんなの…っ!そんなの…」

 

カイルは目の前のエミリオと、改変された世界で生きているエミリオを考えれば、言葉を見つけることができなかった。

エルレインはその間にも続ける。

 

「お前たちは自分の力で幸せを掴み取れるかもしれない。だが、神に縋らねば逃れられない不幸がある。だからこそ人々は神を望んだ」

「だけど、…でもっ…その不幸の中でも…それでも、幸せは、足掻いて足掻いて、その中で見つけていくものなんだ……、お前は人を見下して生きている人の姿を見てないんだ!」

 

カイルはジューダスを思いながら、自分が見てきた人々の歴史を思いながら必死で反論する。彼らの生すらもすべて否定することなど許してはいけないと。

 

だが、聖女はそっと目の前のエミリオを見た後にまたカイルの目を射抜いた。

次いで、エミリオがそっとカイルのほうを見る。その目にカイルは唇を噛んだ。

 

「…………お前たちは知らないから言えるのだ。人々の絶望を、抗えない不幸を、断ち切ることのできぬ鎖を」

 

ため息をつくように言葉を紡いだエルレインはそっとエミリオの頭を撫でた。

 

「お前たちはこの子供に言えるのか?足掻けば父親は振り向いてくれると?」

「それは……」

 

言えない。言えるわけがない。

きっと少年は足掻き続けたに違いない。努力したに違いない。

それでも彼が願う幸せはやってこない。

彼が望んだ幸せは、大層なものではなく、ただ誰もが当たり前に感受している幸せだというのに

 

言葉を失くしたカイルにエルレインは少し表情を和らげた。

 

「何より、これは押し付けではない。あの世界を作ることは、この少年が望んだことだ」

「え…?」

 

皆の視線がエミリオへと向けば、少年は僅かに不安気に表情を歪め後ずさる。

それにより彼は更にエルレインのほうへと寄った。

聖女は慈愛に満ちた表情で手をまた少年の肩へと戻した後、カイルを睨みつける。

 

「ぬくもりが欲しい。家族の愛が欲しい。それを、間違いなくこの少年が私に願った。お前たちはその願いを否定できるのか?」

 

返す言葉は見つからなかった。

その願いは間違ったものではないから

 

「足掻いても足掻いても見つからない。どれだけ努力しても、どうにもならない」

 

叶えられるものなら叶えてあげたい。

少年の願いはきっと、何処までも純粋な家族愛。

だけれども、彼のリオン=マグナスとしての生が、今生きている自分達の世界への道の一つなのだ。

 

「神に縋らなければ、繰り返し続ける。愚かな歴史を」

 

エルレインの最後の言葉に、カイルはようやく「違う!」と大きく叫んだ。

だからといって、ジューダスが必死に生きた生が愚かの一つで片付けられて消されていいものとはどうしても思えない。

 

「そんなことない……ジューダスは、悔いは無いって言ってたんだ…」

 

ぎりぎりと拳を握り、自分に言い聞かせるようにカイルは呟いた。

目の前のエミリオと、幸せに生きるエミリオと、そしてジューダスの姿が順々に浮かび上がる。

 

エルレインの表情がゆっくりと消えていった。

 

「……人とは愚かだ。自分の身に起こらなければわかることなど出来ない。…そう、だから、絶望の底を知らないお前達の為にこの世界を用意した」

 

聖女の瞳は冷たくカイル達を見下す。

エミリオですら、そんな聖女から僅かに離れようとした。

 

「今この時より、あの世界はお前達の手で壊される。そして、お前たちはその罰を受けろ。お前たちにとって身近な人物であり、抗えぬ不幸の糸に踊らされ続けたリオン=マグナスのその一生。丁度良い鑑賞物だ」

 

エルレインは怯える少年に少し眉を寄せた後、無表情に確かな怒りを宿してカイル達を睨みつけた。

 

「お前達が神を否定したことが、どれ程に重たいことなのか見つめ続けるがいい。そして己の愚かさを思い知れ!」

 

強い光がカイル達を包んだ。

 

世界が真っ白になり、あまりの白さに黒くも感じる。

何も見えない中、少しずつ見えてくるものがあった。

 

カイルはぼやけてみえるそれに何とか焦点を合わせようとする。

やがて見えてきたのは、改変された現代に生きるエミリオ=ジルクリストの姿だった。

 

食卓を囲んでいるのは彼と、そして28年前のヒューゴ邸で見た男と同一人物とはとても思えぬ穏やかな顔をしたヒューゴ、その隣にカイルが叩いた扉から出てきた優しいメイドの女もいた。

穏やかに話をする彼ら、その会話の内容までは聞き取れないが、きっと他愛の無いことで笑い合える幸せな家族。

 

カイルは胸が締め付けられるような思いでそれを見つめていた。

だが、それにパキッと音を立てて罅が入った。目を見開いている間に、とうとうそれは壊れてしまった。

 

欠片に笑顔が僅かに見えるがそれも白と黒の世界に消えて行く。

 

次に現れたのは16歳のエミリオ=ジルクリストだった。自分達の知る彼の姿。

彼は剣を片手に闘技場を思わせる場所で戦っており、そして華麗な剣技で打ち勝つ。

観客席を見た彼に応えるように手を振るヒューゴの姿。それを見て、エミリオはカイル達が見たことの無い満面の笑みを浮かべた。

 

そして、その笑みは世界ごとまた罅が入り壊れて行く。

 

カイルの体は次第に震えていった。

見ているだけの自分達でも思わず微笑んでしまえそうな幸せな世界。

この世界に罅を入れて破壊しているのは間違いなく自分なのだ。

 

(俺は……)

 

次に現れたのは、先ほどまで見ていた6歳のエミリオ=ジルクリスト。

彼が重たい歩みを進める道は、先ほど彼が逃げるように走り抜けた場所だった。

 

父親に否定された彼の心境が良い訳がない。

目の前にある確かな自分の家に、帰っていいのかすらもわからない。

そんな辛い想いが伝わってきた。

 

(家は…家族は……帰るべき場所なのに………)

 

暖かい家族に包まれて生きてきたカイルにとって、当たり前の世界。それが許されない。やりきれない思いから拳を握り振るわせる。

 

だが、苦しいこの世界に突如変化が訪れた。

ヒューゴ邸の扉が勢いよく開かれる。そこから飛び出すように現れたのは、ヒューゴ=ジルクリスト。

 

驚き硬直したエミリオに駆け寄った彼は、少年を強く抱きしめた。

 

「すまなかった…すまなかったエミリオ……エミリオ…っ」

 

そういって抱きしめ続けるヒューゴに、エミリオは目を見開き体を硬直させていた。だが、長い時間を変わらず抱きしめられ続けた事から少年は安心したのか、そっとヒューゴの背に手を回した。

ヒューゴは僅かに目を見開いた後、更に強く少年を抱きしめた。

 

そんな突然の展開にカイルも驚いていたが、いつの間にか頭に浮かんだ言葉は

 

(……よかった)

 

だが、それと同時に理解する。この世界もまた、エルレインの改変があったからこそに在る世界なのだと

 

そしてそれに答えるように、抱きしめあう親子にもまた罅が入った。

 

(あ……)

 

エルレインの介入があったからこそ、エミリオ=ジルクリストは救われた。

だが、自分達が世界を正した以上、彼にその未来は在り得ない。

あの小さな少年に、近い未来待ち受ける、変わらない現実という絶望。それを想像して、またカイルの体は震えた。

 

(これが正しい歴史だ……だけど、あんな小さな子に待ち受ける絶望は…俺達が、今与えてしまったんだ……)

 

全て壊し終えた今、取り戻した正しい歴史が始まる。

今自分で壊していく所を見たように、これから作られていく正しい歴史も自分は見ないといけないのだと、カイルは心のどこかで理解した。

 

まだ始まっていないのに、迫り来るたった一人の少年の一生に、怯えを隠すことができない。

 

ずっと知りたいと想っていたジューダスの過去。

頭がくらくらするのは、その重たさ故なのか

 

破壊と創造の狭間を、どこかで見たことの在る禍々しい剣が突き刺さった。

カイルの意識はそこで途絶えた。

 

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