「……ジューダス、父さん達…殺しちゃうのかな」
リオンの背を追い、牢屋へと続く階段を下りる中、カイルはぽつりと呟く。
それにハロルドは面白くなさそうに答えた。
「殺せなかったんでしょ。四英雄は生きて神の眼を壊したじゃない」
「…わかってるよ。……そうじゃ、なくて……」
カイルの声が弱々しいのは、答えを知るのが少し怖いからだ。
今日、部屋を出る前にリオンが呟いた言葉が脳裏に蘇る。
「あいつらは、同じ、ヒューゴに使いまわされて朽ちていく、哀れな駒の一つ。……マリアン以外……全ては駒だ。…………それでいい」
鏡の中の自身に言い聞かせるように、少年は呟いた。
部屋を出た時にはいつもの無表情で、今の少年の心情を察することはできない。
ハロルドはカイルを横目で一度見るが、すぐに視線を前に戻した。
カイルはしばらくハロルドを見ていたが、彼女はこれ以上答えてくれなくて、ロニへと視線を移す。
彼の表情はいつもとは似つかわしくなく、酷く真剣で、少し怖かった。
階段も終わり、左右に牢屋のある部屋を進む。
薄暗い部屋に響く靴の音が止まった。
「あーっ!あんた!よくもやってくれたわね!」
その途端、牢屋の中が騒がしくなる。
カイル達が追いつけば、そこにはルーティ達3人が入っていた。
リオンはルーティの言葉など耳に届いていないかのように、変わらず無表情で、冷たい眼をしていた。
どこかヒューゴに似たその目に、カイルは息を呑む。
「お前……」
ふと、同じく牢屋の中からうめき声。
スタンだ。
青い瞳はじっとアメジストを見た。
「スタン……あんた、もしかして怒ってる?」
ルーティが眼を見張りながらスタンを見る。
カイルもスタンと、リオンを交互に見るが、スタンの表情は牢屋の中が暗いためまったくわからなかった。
リオンは今から罵声を浴びせられるかもしれないというのに、変わらず冷たい眼で彼らを見ている。罵声や中傷は、きっと彼にとって慣れたものなのだろう。
一つと表情を崩さない少年だったのだが……
「……お前、…つっよいなぁ」
思わぬ言葉を聴き、少年の目が僅かに見開かれた。
カイル達は普段仮面を被っている少年と共に居るため、そのごく僅かな表情の違いでもよくわかった。唖然としている。
「どうやったらそんなに強くなれるんだ?」
そのあまりに場違いなスタンの言葉にか、リオンの無防備な姿にか、ナナリーがくすりと笑い、それで引火したようにけらけらと笑い始める。
先ほどまで酷く真剣な表情をしていたロニも破顔していた。
リオンは顔を顰めると、短く「出ろ」とだけ言い、彼らに背を向けた。
何も答えを返されなかったのが寂しかったのか、暗いながらもスタンが残念そうな雰囲気を出したのがわかって、ハロルドもまた、口に手をあて、頬を膨らませながらスタンとカイルを交互に見て笑いを堪えるのに必死になっている。
カイルはというと、そのハロルドの仕草が理解しきれず、とりあえず照れてみる。
結果、余計ハロルドの腹筋を痛めることとなった。
リオンがつれていた兵士達が牢屋を開け、呆れているルーティ達を軽く拘束し、外へ出て行く。
これから王の下に連れて行かれるのだとわかり、ようやくカイル達は冷静を取り戻した。
どんな手を使っているというのか、王の前にスタン達が連れ出された後、やはり事は全てヒューゴの台本通りに進んだ。
スタン達の元にソーディアンは戻り、彼らはストレイライズ大神殿へと向うこととなる。
任務を課せられたリオン達だが、そのリオンはというと、スタン達を屋敷の外に待たせ、一人屋敷の中へと戻った。
これからもヒューゴの言うとおりに進むというのならば、長い旅となる。彼が何をしようとしているのか、傍観者達には簡単に分かった。
「……マリアン」
「あら、どうしたの?」
マリアンの姿を見て表情を和らげる。だが、いつもより寂しげに見えるのは、長旅からなのか、面影を見たからなのか
「長期任務になるから」
「そう……頑張ってね、エミリオ」
「………あぁ」
少年の視線は下がったが、そっと彼は微笑む。
マリアンは変わらず暖かい笑みを返して、ふとその視線が少年の左耳へと向った。
「あら……イヤリング、つけたの?」
「……………あぁ」
「とても似合ってるわ」
「…………ありがとう」
そっとイヤリングに触れながら微笑むマリアンに、リオンに差す影が増した気がした。
はぁ、と誰かがため息をつく。カイルが振り向けば、ハロルドが無表情に呟いた。
「皮肉なものね~」
「………皮肉なの?」
「あんたはわかんなくていいのよ」
即答で冷たく返され、カイルは頬を膨らませるが、何を言い返すでもなく沈黙した。
ハロルドの考えていることは全く持って理解できない。カイルに理解しろというほうが無理な話だ。
「それじゃ、行って来る」
「気をつけてね。いってらっしゃい」
笑顔で言うマリアンに、リオンはそっと笑顔で返した。
少年の素の心は、マリアンに背を向けた瞬間に隠され、リオン=マグナスへと切り替えられる。
廊下を通り抜け、屋敷の外へと出れば、すぐに罵声が飛び込んだ。
「おっそーい!何してたのよ!」
『遅い!』
ルーティどころかディムロスからも来る声に、シャルティエは思わずむっと来るが、当の本人はしれっと無視を決め込む。
そんな一行の様がどこかジューダスと旅する自分達に似たものを感じて、カイルは不思議な気持ちになった。
「行くぞ」
短く一言、そう言って少年はスタン達の返答を聞きもせずさっさと歩いていってしまう。
それにすぐさまルーティが苛立ちの声を上げるのだが、スタンとマリーは特に気にすることなくのほほんとついていった。
ダリルシェイドから出るというところで、ふとスタンが足を止める。
「あ、リオン」
リオンも足を止め、睨みつけるように振り返った。
そのアメジストに移ったのは、差し出された手。
「…………」
振り返ったままの体勢で手からスタンの顔へと少年の視線が映る。
スタンはニコニコと満面の笑みのまま手を突き出したままだ。
少年の形の良い眉が寄せられた。
少年の表情にスタンは小首をかしげ、だがすぐにまた笑顔を見せる。
「これからよろしくな!」
「………なんだこの手は」
「握手。」
即答されて更にリオンの表情が険しく歪められた。
ロニは「スタンさん、こいつにそういう系のはちょっと無理が……」と自身の体験からもあってか苦笑いする。しかし、カイルならばなんだかんだで手を取ってしまいそうな気がするのはなんでなのだろうか。
案の定、スタンの手は音を立てて払われた。
「勘違いするな。お前と僕が対等の立場だと思っているのか?お前達は罪人。僕はお前等の監視者だ。馴れ馴れしい口を利くな」
少年の機嫌は急降下したらしい。冷たく言い切ると、背を向けてさっさと歩き出してしまった。彼の背に向ってルーティの嫌味が飛ぶ。
普段軽く受け流すリオンだというのに、今はそれすらも鬱陶しいのか、更に眉間の皺が増えた。
そんなリオンとルーティに対して、スタンは少し悲しそうだが、後頭部を掻きながら一つ苦笑いすると、すぐに元の表情に戻ってリオンを追う。
シャルティエが苦笑いを浮かべながらも(見えないが感覚的にそうわかる)どこか気遣わしげにリオンに声をかける。
『坊ちゃんの苦手なタイプですね』
「………………」
答えず、黙って歩くスピードを速める少年に、カイルの隣に居たロニが苦笑いを浮かべた。
「ほんと、なんか、かわんねぇなぁこいつ」
一行の中で一番ジューダスと衝突してきたロニには、どこか懐かしい姿なのかもしれない。
「不器用で、ほんっと、人との関わり嫌ってよ」
呆れる様な、困ったような笑みを含みながら呟くロニに、リアラは少し悲しそうに胸の前で両手を組みながら眼を瞑った。
「……きっと、ジューダスは……とても優しい人だと思うの。だから……」
リアラの言葉にロニは笑いを一度収め、同じように少し眉を寄せた。
誰もが、今はもう、わかっている。
彼が仲間になる際、言った言葉が脳裏を過ぎる。
―やめておけ、僕を仲間にすると碌でもないことになるぞ
「………あぁ、そうだな………ほんっと、こいつ……馬鹿だよな」
旅は順調に進んでいた。
スタン達からしたら、グレバムに逃げられているのだからそうとは言えないかもしれないが、あれから新たな仲間としてフィリアとそのソーディアンクレメンテが加わり、グレバムを追っている。
そんな中、リオンの機嫌はずっと悪かった。
ダリルシェイドを出てからも最悪だったが、フィリアを仲間にした時から更に機嫌が悪くなり始め、またソーディアンマスターとなってからはそれは急降下していった。
無理もない。
ヒューゴから与えられたディスクはシャルティエの物を除けば4枚。
神の眼を奪われたことによりソーディアンが集まることを前もって予知しての数。つまり、フィリアも殺さなければならないということだ。
少年の苛立ちは全て、原因となった優しさと能天気さで突き進むスタンへと向った。
そして、リオンの冷たい言葉を聴いたルーティが横槍を入れて、二人の喧嘩へと発展していくのだ。スタンは何故かそれを止める役へと回るという奇妙な関係になっている。
そして、やはり今も少年は綺麗な顔を歪めているのだった。
「……それで?」
「えっと………ごめん」
冷ややかなリオンの視線に、スタンはただ謝った。
カルヴァレイスの日差しは強く、建物の影に入っていてもその熱さはほとんど変わらなかった。
カイル達にはこの熱さは伝わらないようだが、地面が焼けて背景が霞む視界だけでくらりと来そうだ。
そんな中、何が起きたかというと…
「さすがカイルのお父さんね」
「えー!?俺だったらきっと財布盗ませないよ!」
「無理よ。カイルも優しいもの」
リアラとカイルの会話から少しわかるように、スタンは財布を盗まれた。
しかも小さな子供にだ。
ナナリーは故郷でもあるからか、少し罰の悪そうな顔をしている。
「まぁ……此処は、昔は酷かったらしいからねぇ……」
「しゃあねぇだろ、それはな。…しっかし、それにしても全然気付かなかったよなぁ」
ナナリーの言葉を流し、ロニは大げさに苦笑いしてみせる。
同時に、リオンが深いため息をついた。
旅の準備の為、リオンとスタンは二人で市場へと出ていた。
だが、途中でリオンはバルックから呼び出しをくらい、スタンに残りを任せ、彼と別れた。
そうして彼が一人になった時だった。スタンが財布を掏られたのは
泣きそうな顔をして近づいてきた少年に、スタンは当然のように目線を合わせ、笑顔で事情を伺った。スタンが聴くところによると、少年は大切な物を落としたという。
案内されて来た場所は少し町から離れたところに出来ていた不自然な穴で、人一人が入るのでやっとのくらい狭く、深い。
スタンは一つ返事で少年に力強く応えた。
そして、当然のように狭い穴に入る為に財布ごと荷物を少年に預け、一人穴の中に入っていったのだ。
言うまでもないが、此処で少年はスタンの荷物から財布のみを抜き取ったのである。
少年のいう大切な物、野球ボールを穴の中から見つけ出したスタンは、その後何も気付かずに少年から荷物を受け取り、少年の笑顔に満足して町に戻った。
スタンが町に戻った頃には既にリオンが別れた場所で待っており、当然「お前は何をしていたんだ」とお叱りを受けることとなる。
スタンから今までの行動を聞いていた時点で不機嫌だったリオンだったが、一通り話し終えた後、突如「財布が無い」とスタンが騒ぎ始めてから更に彼は苛立ちに顔を歪めた。そして、いつ掏られたかすらわからないというスタンにリオンは怒りを通り越して言葉を発する気力を無くす。
冷や汗を流しながら先ほどまでのことを振り返り財布の行方を考えるスタンに、やがてリオンは低い声で「その子供が犯人だ」と告げた。
「あんな子供がそんなことするわけないだろ!」
と少し声を荒げるスタンだったが、彼は何も言わずにすっとスタンの目の前に何かを出す。それは掏られたはずの財布だった。
「……え、……なんで?どういうことだよ、なんだ、リオンもってたのか」
「馬鹿が。お前を待ってたら見慣れた財布で買い物をする餓鬼を見つけたんだ」
言葉を失うスタンをリオンは絶対零度の目で見た。
「……それで?」
こうして今に至る。
まだ反論があるなら言ってみやがれこのボケが。なんて裏の感情がひしひしと伝わってくるリオンの言葉にスタンは硬直しかけながらも何とか謝罪の言葉を紡いだのだった。
「うっわー相当怒ってるなあれ」
ロニが呟くのにカイルが無言でぶんぶんと首を縦に振った。
カイルとロニの遊びが度を過ぎて、ジューダスを怒らせることはしばしばあった。あまりにやりすぎるとあんな呆れの混じった冷たい眼になる。
思えば母であるルーティもあんな感じで怒らせた。今更ながらに血の繋がりを感じる。
「それだけじゃないでしょうけどねー」
そんな二人の横で、いつのものようにやる気のなさそうな半開きの目を、少し鋭くさせながらハロルドが呟いた。
「馬鹿が。どうしてお前はいつもそうなんだ」
「……ご、ごめん」
リオンの怒りは冷めることがなく、ひたすら冷たい眼と言葉が浴びせられ、スタンはまた謝る。
そんなスタンにリオンはため息をついた。
「よくもまぁそうやってヘラヘラ笑いながら人を信じられるな。いい加減学習しろ」
盗まれるというような被害は此処では初めてだが、スタンの無用心さは今に始まったことじゃない。嘘もまったく見切れず、すぐに人を信じ込むその姿は此処までの旅で嫌というほど見せられていた。
その度にリオンに苛立ちを積もらせていたのだ。
「ん~、でも…だって、それは…」
ボサボサの頭を更に酷くするかのようにかき混ぜながら考えるスタンに、リオンの苛立ちが更に増す。
眉を寄せ、今までのものよりも格段に冷たく低い声でリオンは言った。
「人は裏切るものだ。能天気も程々にしておけ」
暗い世界で生かされてきた少年の、今までの生を象徴するかのような言葉に、仲間達の表情は自然と強張る。
だが、対照的に目の前の男はその髪色と同じ明るい表情で答えた。
「そんなことないよ」
「信じるほうが馬鹿だ。いい加減にしろ」
間髪入れずにリオンが否定の言葉を叩き込めば、今までただ柔らかい表情を続けていたスタンの顔が、ふと真剣なものになる。
「………でも、俺は信じるよ」
それはリオンの冷たい言葉を寄せ付けない強さを持っていて、リオンは一瞬言葉を失くした。
ロニはそっと目を細める。
これが、父の、スタンの強さ。
隣に居るカイルもほとんど覚えていない父親の姿に息を呑んだ。
だが、一瞬言葉を失ったリオンも直ぐにまた眉間に皺を寄せる。
スタンは、少なからずリオンに良い影響も与えている。だが、癒しようの無い程傷ついた少年には痛みしか感じられない。
スタンはまだ、少年の傷の深さを知らない。
「信じて何になる?お前、ついさっき起きたことを覚えているのか鳥頭」
「酷いなぁ…。財布のことはごめんって……」
きつい言葉にまたスタンは苦笑いをしながら謝るが、それでも、彼は意見を変えなかった。
「でもさ、大丈夫だって」
それは、自分は大丈夫だ。という意味だけではない気がする。
カイルは直感的に思った。
きっと、リオンに言っているのだ。
安心させるかのように、怖くないと、傷ついて怯えた獣に手を差し出すかのように
苛立ちからか、それとも他の何かからか。
リオンの拳は力を入れすぎて振るえ、奥歯がぎりりと音を立てる。
「何が大丈夫だ、ふざけるな馬鹿が!」
「リオン~いい加減機嫌直してくれよ。ごめんって。な?仲直りっ!」
火に油を注いでしまったようで、背を向けてしまったリオンに急いでスタンが話しかけながら、引きとめるように細い腕を掴む。
途端、彼はそれを大きく振り払った。
結果的にその行動で少年はスタンへと向き直ることとなったが、スタンの体は硬直する。
手が振り払われてから、しばらく沈黙が降りたが、やがて少年は冷静さを取り戻したかのように、また冷たく低い声でスタンに言った。
「………お前は何を考えている」
「え?……何って…?」
「そうやってヘラヘラと話しかけてきて…なんなんだと言ってるんだ」
ひたすら拒絶を繰り返す少年に、スタンはまた苦笑いをしながら頭を掻く。
また不穏な空気になってしまったからか、スタンは少しふざける様に、それでも心の底から告げる。
「なんだよ~いいじゃん。仲間じゃないか」
「………は?」
少年にとっては無縁ともいえる言葉に、思わず彼は言葉を上げた。
カイル達の間では自然と使われてきた言葉。
それでも、思えばジューダスは仲間という言葉を聴くたびに目を伏せていた気がする。
「だから、仲間だって」
「お前、まだ自分の立場を弁えていないのか」
「わかってるって!でもさ、いいじゃん。一緒に戦うんだから仲間だろ?」
顔を顰めるリオンに、スタンは引くことなく笑顔を向ける。
「一緒に旅してるんだからさ、お前ももうちょっと肩の力抜けって!別に俺達逃げようとかしてないから。ティアラもあるだろ?もうちょっと信じてくれよ」
「信じるわけがないだろう」
困ったような顔を向けながらも、懸命にリオンに話しかけるスタンを、リオンは一言で一掃する。だが、スタンは何食わぬ顔で笑いながら言った。
「でも、リオンだんだん俺達から目を放しておいてくれたりしてるよ」
今度はリオンが硬直する番だった。
「あ、痛いところつかれてる」
にやりとハロルドが笑う。
カイル達にも思わず笑みが零れる。
そう、スタンが言った通りなのだ。
最初は警戒心の固まりのようにスタン達を、文字通り監視し続けていたリオンだが、今では彼らをそこまで警戒して見てはいない。
スタンはいつだってこの調子で、マリーもまた似たようなもので、残されたルーティはまだまだ気が抜けないが、二人を残して何かしでかすような者でもない。
また、ヒューゴとの取引があるため、グレバムを捕まえる気満々である。
だから、少年は少しずつだが彼らを見る目を無意識に和らげている。
硬直したところを見ると、多少は自覚していたらしいが
「………ティアラがあるからだ」
「ほら。じゃあ別にいいじゃん。」
苦し紛れにリオンが呟いた言葉も、墓穴となってしまった。
そんな彼らに、カイルは酷く安心感を感じる。
スタンらは駒だと、そう言い切ったリオン。
だが、今は違う。やはり、少年はヒューゴとは、ミクトランとは違うのだ。
彼は知っている。抱えている傷と、痛みと、悲しみと、そして大切な女性がくれた温もりと共に、ちゃんと分かっている。
駒などではないのだと
「俺、リオンと友達になりたいな」
スタンは満面の笑みで言った。
だが、少年は黙り込んで答えない。
「……なるほどな。そういうことか」
「ん?」
ようやく答えた少年の表情は、酷く歪んでいた。
「僕に媚売って取り入ろうとしても無駄だ。ただの客員剣士である僕にそんな力なんてないからな。やるならばヒューゴ様か陛下にでもしておくがいい」
「な、……」
「わかったら二度とそんな下らない言葉を僕に向けるな」
あんまりな少年の態度に、カイルは「あ……」と再び背を向けて去ろうとする少年へ、唖然としながらも手を伸ばす。
だが、その前に、また少年の細い腕をスタンは掴んだ。
先ほどと違うのは、それが振り払え無い程、強い力で掴まれていたことだ。
「俺はそんなつもりで言ったんじゃないっ!」
今までの笑みは何処へ行ったのか、スタンが大きな声でそういった。
町の中が一瞬静まり返る程の大きな声で
カイル達も思わずびくりと肩を揺らすほどに、スタンは本気で怒った。
リオンもまた一瞬目を瞠るが、すぐにスタンから視線を外す。
そんな少年の態度に、スタンは更に表情を歪ませて何かを言おうとするが、開きかけた口を閉じ、やがて彼は何も言わずに宿屋のほうへと走り去ってしまった。
一度静まった街は、やがて彼らがよそ者と気付くと顔をしかめながら動き出す。
少年だけが、世界に取り残されたように動かぬままだった。
『……坊ちゃん』
「………………なんだ」
シャルティエから気遣うような声がかかる。
少年はやがて、いつものように、俯いたまま声だけで返した。
シャルティエはかけようとした言葉を一度躊躇う。だが、怖ず怖ずと話を続けた。
『スタンは本当に馬鹿なやつです。……あいつは、そんなこと考えれないと思いますよ』
「………。」
少年は答えない。
『きっと、……フィンレイのように、坊ちゃんが………心配だったんですよ』
それは、少年の傷を穿ることとなる。
少年が自分の心に嘘をつき続けることで、その傷を護ろうとしていることはわかっていた。それでも、やはり、嘘をつき続けないといけないというのは、辛いものだと思うから。
少年はあの青年に、憧れを抱いている。フィンレイの時と、違うようで、同じ
本当はあの手が取りたくて、仕方がないのに
やがて、少年は消え入りそうな声で言った。
「そんなこと……そんなこと、強いやつがすることだ。………あいつに、出来るわけがない。あいつは、弱いから。……まだまだ、……僕より、弱いから」
『……………坊ちゃん』
「だから、あいつは………馬鹿なんだ」
その言葉の意味にカイル達は気付き、眉を寄せた。
傷ついた皿に、再び重りが圧し掛かる。
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