割られた天秤 – 9

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旅は順調に進んでいた。

スタン達からしたら、グレバムに逃げられているのだからそうとは言えないかもしれないが、あれから新たな仲間としてフィリアとそのソーディアンクレメンテが加わり、グレバムを追っている。

 

そんな中、リオンの機嫌はずっと悪かった。

ダリルシェイドを出てからも最悪だったが、フィリアを仲間にした時から更に機嫌が悪くなり始め、またソーディアンマスターとなってからはそれは急降下していった。

 

無理もない。

ヒューゴから与えられたディスクはシャルティエの物を除けば4枚。

神の眼を奪われたことによりソーディアンが集まることを前もって予知しての数。つまり、フィリアも殺さなければならないということだ。

 

少年の苛立ちは全て、原因となった優しさと能天気さで突き進むスタンへと向った。

そして、リオンの冷たい言葉を聴いたルーティが横槍を入れて、二人の喧嘩へと発展していくのだ。スタンは何故かそれを止める役へと回るという奇妙な関係になっている。

 

そして、やはり今も少年は綺麗な顔を歪めているのだった。

 

「……それで?」

「えっと………ごめん」

 

冷ややかなリオンの視線に、スタンはただ謝った。

 

カルヴァレイスの日差しは強く、建物の影に入っていてもその熱さはほとんど変わらなかった。

カイル達にはこの熱さは伝わらないようだが、地面が焼けて背景が霞む視界だけでくらりと来そうだ。

 

そんな中、何が起きたかというと…

 

「さすがカイルのお父さんね」

「えー!?俺だったらきっと財布盗ませないよ!」

「無理よ。カイルも優しいもの」

 

リアラとカイルの会話から少しわかるように、スタンは財布を盗まれた。

しかも小さな子供にだ。

ナナリーは故郷でもあるからか、少し罰の悪そうな顔をしている。

 

「まぁ……此処は、昔は酷かったらしいからねぇ……」

「しゃあねぇだろ、それはな。…しっかし、それにしても全然気付かなかったよなぁ」

 

ナナリーの言葉を流し、ロニは大げさに苦笑いしてみせる。

同時に、リオンが深いため息をついた。

 

旅の準備の為、リオンとスタンは二人で市場へと出ていた。

だが、途中でリオンはバルックから呼び出しをくらい、スタンに残りを任せ、彼と別れた。

そうして彼が一人になった時だった。スタンが財布を掏られたのは

 

泣きそうな顔をして近づいてきた少年に、スタンは当然のように目線を合わせ、笑顔で事情を伺った。スタンが聴くところによると、少年は大切な物を落としたという。

 

案内されて来た場所は少し町から離れたところに出来ていた不自然な穴で、人一人が入るのでやっとのくらい狭く、深い。

スタンは一つ返事で少年に力強く応えた。

そして、当然のように狭い穴に入る為に財布ごと荷物を少年に預け、一人穴の中に入っていったのだ。

言うまでもないが、此処で少年はスタンの荷物から財布のみを抜き取ったのである。

少年のいう大切な物、野球ボールを穴の中から見つけ出したスタンは、その後何も気付かずに少年から荷物を受け取り、少年の笑顔に満足して町に戻った。

 

スタンが町に戻った頃には既にリオンが別れた場所で待っており、当然「お前は何をしていたんだ」とお叱りを受けることとなる。

スタンから今までの行動を聞いていた時点で不機嫌だったリオンだったが、一通り話し終えた後、突如「財布が無い」とスタンが騒ぎ始めてから更に彼は苛立ちに顔を歪めた。そして、いつ掏られたかすらわからないというスタンにリオンは怒りを通り越して言葉を発する気力を無くす。

 

冷や汗を流しながら先ほどまでのことを振り返り財布の行方を考えるスタンに、やがてリオンは低い声で「その子供が犯人だ」と告げた。

 

「あんな子供がそんなことするわけないだろ!」

 

と少し声を荒げるスタンだったが、彼は何も言わずにすっとスタンの目の前に何かを出す。それは掏られたはずの財布だった。

 

「……え、……なんで?どういうことだよ、なんだ、リオンもってたのか」

「馬鹿が。お前を待ってたら見慣れた財布で買い物をする餓鬼を見つけたんだ」

 

言葉を失うスタンをリオンは絶対零度の目で見た。

 

「……それで?」

 

こうして今に至る。

まだ反論があるなら言ってみやがれこのボケが。なんて裏の感情がひしひしと伝わってくるリオンの言葉にスタンは硬直しかけながらも何とか謝罪の言葉を紡いだのだった。

 

「うっわー相当怒ってるなあれ」

 

ロニが呟くのにカイルが無言でぶんぶんと首を縦に振った。

カイルとロニの遊びが度を過ぎて、ジューダスを怒らせることはしばしばあった。あまりにやりすぎるとあんな呆れの混じった冷たい眼になる。

思えば母であるルーティもあんな感じで怒らせた。今更ながらに血の繋がりを感じる。

 

「それだけじゃないでしょうけどねー」

 

そんな二人の横で、いつのものようにやる気のなさそうな半開きの目を、少し鋭くさせながらハロルドが呟いた。

 

「馬鹿が。どうしてお前はいつもそうなんだ」

「……ご、ごめん」

 

リオンの怒りは冷めることがなく、ひたすら冷たい眼と言葉が浴びせられ、スタンはまた謝る。

そんなスタンにリオンはため息をついた。

 

「よくもまぁそうやってヘラヘラ笑いながら人を信じられるな。いい加減学習しろ」

 

盗まれるというような被害は此処では初めてだが、スタンの無用心さは今に始まったことじゃない。嘘もまったく見切れず、すぐに人を信じ込むその姿は此処までの旅で嫌というほど見せられていた。

その度にリオンに苛立ちを積もらせていたのだ。

 

「ん~、でも…だって、それは…」

 

ボサボサの頭を更に酷くするかのようにかき混ぜながら考えるスタンに、リオンの苛立ちが更に増す。

眉を寄せ、今までのものよりも格段に冷たく低い声でリオンは言った。

 

「人は裏切るものだ。能天気も程々にしておけ」

 

暗い世界で生かされてきた少年の、今までの生を象徴するかのような言葉に、仲間達の表情は自然と強張る。

だが、対照的に目の前の男はその髪色と同じ明るい表情で答えた。

 

「そんなことないよ」

「信じるほうが馬鹿だ。いい加減にしろ」

 

間髪入れずにリオンが否定の言葉を叩き込めば、今までただ柔らかい表情を続けていたスタンの顔が、ふと真剣なものになる。

 

「………でも、俺は信じるよ」

 

それはリオンの冷たい言葉を寄せ付けない強さを持っていて、リオンは一瞬言葉を失くした。

 

ロニはそっと目を細める。

これが、父の、スタンの強さ。

隣に居るカイルもほとんど覚えていない父親の姿に息を呑んだ。

 

だが、一瞬言葉を失ったリオンも直ぐにまた眉間に皺を寄せる。

スタンは、少なからずリオンに良い影響も与えている。だが、癒しようの無い程傷ついた少年には痛みしか感じられない。

スタンはまだ、少年の傷の深さを知らない。

 

「信じて何になる?お前、ついさっき起きたことを覚えているのか鳥頭」

「酷いなぁ…。財布のことはごめんって……」

 

きつい言葉にまたスタンは苦笑いをしながら謝るが、それでも、彼は意見を変えなかった。

 

「でもさ、大丈夫だって」

 

それは、自分は大丈夫だ。という意味だけではない気がする。

カイルは直感的に思った。

きっと、リオンに言っているのだ。

安心させるかのように、怖くないと、傷ついて怯えた獣に手を差し出すかのように

 

苛立ちからか、それとも他の何かからか。

リオンの拳は力を入れすぎて振るえ、奥歯がぎりりと音を立てる。

 

「何が大丈夫だ、ふざけるな馬鹿が!」

「リオン~いい加減機嫌直してくれよ。ごめんって。な?仲直りっ!」

 

火に油を注いでしまったようで、背を向けてしまったリオンに急いでスタンが話しかけながら、引きとめるように細い腕を掴む。

途端、彼はそれを大きく振り払った。

結果的にその行動で少年はスタンへと向き直ることとなったが、スタンの体は硬直する。

 

手が振り払われてから、しばらく沈黙が降りたが、やがて少年は冷静さを取り戻したかのように、また冷たく低い声でスタンに言った。

 

「………お前は何を考えている」

「え?……何って…?」

「そうやってヘラヘラと話しかけてきて…なんなんだと言ってるんだ」

 

ひたすら拒絶を繰り返す少年に、スタンはまた苦笑いをしながら頭を掻く。

また不穏な空気になってしまったからか、スタンは少しふざける様に、それでも心の底から告げる。

 

「なんだよ~いいじゃん。仲間じゃないか」

「………は?」

 

少年にとっては無縁ともいえる言葉に、思わず彼は言葉を上げた。

カイル達の間では自然と使われてきた言葉。

それでも、思えばジューダスは仲間という言葉を聴くたびに目を伏せていた気がする。

 

「だから、仲間だって」

「お前、まだ自分の立場を弁えていないのか」

「わかってるって!でもさ、いいじゃん。一緒に戦うんだから仲間だろ?」

 

顔を顰めるリオンに、スタンは引くことなく笑顔を向ける。

 

「一緒に旅してるんだからさ、お前ももうちょっと肩の力抜けって!別に俺達逃げようとかしてないから。ティアラもあるだろ?もうちょっと信じてくれよ」

「信じるわけがないだろう」

 

困ったような顔を向けながらも、懸命にリオンに話しかけるスタンを、リオンは一言で一掃する。だが、スタンは何食わぬ顔で笑いながら言った。

 

「でも、リオンだんだん俺達から目を放しておいてくれたりしてるよ」

 

今度はリオンが硬直する番だった。

 

「あ、痛いところつかれてる」

 

にやりとハロルドが笑う。

カイル達にも思わず笑みが零れる。

 

そう、スタンが言った通りなのだ。

最初は警戒心の固まりのようにスタン達を、文字通り監視し続けていたリオンだが、今では彼らをそこまで警戒して見てはいない。

スタンはいつだってこの調子で、マリーもまた似たようなもので、残されたルーティはまだまだ気が抜けないが、二人を残して何かしでかすような者でもない。

また、ヒューゴとの取引があるため、グレバムを捕まえる気満々である。

 

だから、少年は少しずつだが彼らを見る目を無意識に和らげている。

硬直したところを見ると、多少は自覚していたらしいが

 

「………ティアラがあるからだ」

「ほら。じゃあ別にいいじゃん。」

 

苦し紛れにリオンが呟いた言葉も、墓穴となってしまった。

 

そんな彼らに、カイルは酷く安心感を感じる。

スタンらは駒だと、そう言い切ったリオン。

だが、今は違う。やはり、少年はヒューゴとは、ミクトランとは違うのだ。

彼は知っている。抱えている傷と、痛みと、悲しみと、そして大切な女性がくれた温もりと共に、ちゃんと分かっている。

駒などではないのだと

 

「俺、リオンと友達になりたいな」

 

スタンは満面の笑みで言った。

だが、少年は黙り込んで答えない。

 

「……なるほどな。そういうことか」

「ん?」

 

ようやく答えた少年の表情は、酷く歪んでいた。

 

「僕に媚売って取り入ろうとしても無駄だ。ただの客員剣士である僕にそんな力なんてないからな。やるならばヒューゴ様か陛下にでもしておくがいい」

「な、……」

「わかったら二度とそんな下らない言葉を僕に向けるな」

 

あんまりな少年の態度に、カイルは「あ……」と再び背を向けて去ろうとする少年へ、唖然としながらも手を伸ばす。

だが、その前に、また少年の細い腕をスタンは掴んだ。

先ほどと違うのは、それが振り払え無い程、強い力で掴まれていたことだ。

 

「俺はそんなつもりで言ったんじゃないっ!」

 

今までの笑みは何処へ行ったのか、スタンが大きな声でそういった。

町の中が一瞬静まり返る程の大きな声で

カイル達も思わずびくりと肩を揺らすほどに、スタンは本気で怒った。

 

リオンもまた一瞬目を瞠るが、すぐにスタンから視線を外す。

そんな少年の態度に、スタンは更に表情を歪ませて何かを言おうとするが、開きかけた口を閉じ、やがて彼は何も言わずに宿屋のほうへと走り去ってしまった。

 

一度静まった街は、やがて彼らがよそ者と気付くと顔をしかめながら動き出す。

少年だけが、世界に取り残されたように動かぬままだった。

 

『……坊ちゃん』

「………………なんだ」

 

シャルティエから気遣うような声がかかる。

少年はやがて、いつものように、俯いたまま声だけで返した。

シャルティエはかけようとした言葉を一度躊躇う。だが、怖ず怖ずと話を続けた。

 

『スタンは本当に馬鹿なやつです。……あいつは、そんなこと考えれないと思いますよ』

「………。」

 

少年は答えない。

 

『きっと、……フィンレイのように、坊ちゃんが………心配だったんですよ』

 

それは、少年の傷を穿ることとなる。

少年が自分の心に嘘をつき続けることで、その傷を護ろうとしていることはわかっていた。それでも、やはり、嘘をつき続けないといけないというのは、辛いものだと思うから。

少年はあの青年に、憧れを抱いている。フィンレイの時と、違うようで、同じ

本当はあの手が取りたくて、仕方がないのに

 

やがて、少年は消え入りそうな声で言った。

 

「そんなこと……そんなこと、強いやつがすることだ。………あいつに、出来るわけがない。あいつは、弱いから。……まだまだ、……僕より、弱いから」

『……………坊ちゃん』

「だから、あいつは………馬鹿なんだ」

 

その言葉の意味にカイル達は気付き、眉を寄せた。

 

傷ついた皿に、再び重りが圧し掛かる。

 

 

 

 

 

とうとう、その時は来た。

あれからウッドロウが加わり、途中でマリーが抜けたりと多少メンバーは変わったが、ソーディアンマスターはそろってこの場に居る。

 

グレバムと、神の目の前に

 

既に戦いは始まっていた。

神の眼の力を借り、グレバムは剣を振るいながら晶術まで使ってくる。

それら一つ一つの攻撃は重たく、スタン達は苦戦を強いられた。

 

「畜生っ!なんて力だ」

「………」

 

グレバムに弾き飛ばされて顔を顰めるスタン。

そのスタンに回復晶術をかけるルーティ。

神の眼の力に弾かれながらも必死に晶術を使うフィリア。

イクティノスがない代わりに弓で応戦するウッドロウ。

 

そんな彼らの中、リオンだけがどうしても攻め入ることができていなかった。

嫌でも、先のことが脳裏に過ぎるのだろう。

 

「…………ジューダス……」

 

カイルが不安気に名前を呼んだ。

もう、彼らは仲間なんだ。仲間に違いないのに

リオンは、裏切るしかないのだろうか

 

「ジューダス………」

 

決まりきったことだというのに、どうしても願ってしまう。

 

(お願い……裏切らないで……お願い、父さん……ジューダスを助けて……)

 

『坊ちゃんっ!』

 

ふと、ソーディアンシャルティエの声が大きく響く。

グレバムの放った晶術が少年に襲い掛かっていた。

いつもの彼ならばしっかりと避けただろうそれに、少年は気付くのが遅れた。

 

「リオンっ!」

 

間一髪のところでスタンがリオンを押し倒す。

ふぅ、とスタンがため息をつき、周りの仲間たちも安堵する。

 

「何ぼーっとしてるのよ馬鹿!」

「………うるさい」

 

ルーティから怒鳴られ、リオンは顔を顰めた。

彼女の怒りが心配から来るものだということも、今ではよくわかっていることだろう。

 

『坊ちゃん……』

「……行くぞ、シャル」

『はい』

 

体勢を立て直し、少年は深く息を吸う。

 

(何を迷う必要がある。マリアンの命が全てだ)

 

強い少年の想いが伝わってくる。その迷いも

どこからか、軋む音が聞こえる。ギィィと、長らく動いていなかった物が動き始めたような音が

 

少年は息を吐き、シャルティエを強く握り締める。

だが、それを止めるように彼の肩にスタンが手を置いた。

 

「リオン、俺が先に突っ込むから、隙を見て攻撃してくれ」

「…………お前は鈍感だから無理だ。やるなら僕がやる」

「大丈夫だって。俺も強くなったからさ。じゃ、行くぞ!」

 

スタンはそれだけ言うと、リオンの答えを聞かずに走っていってしまった。

リオンの顔がまた苦痛に歪むが、彼は舌打ち一つするとシャルティエを構えなおす。

 

雄叫びを上げながら切りかかるスタンに、グレバムの全攻撃が集中した。

その中をスタンは無理やり突き進み、グレバムと剣を合わせる。

 

両者が剣を挟んで睨み合う中、またグレバムの周りの晶力がぐっと高まる。

この体勢で晶術を放てるのか、と周りが息を呑んだ。

このままでは、スタンが危ない。

グレバムがにやりと残酷な笑みを浮かべる。

 

だが、既に少年はグレバムの真後ろに居た。

 

「ぐあああぁぁあっ!」

 

シャルティエがグレバムの体を刺し貫いた。

叫びを上げるグレバムから、リオンはスタンと共に距離をとる。

気を抜かず、二人が再び剣を構える動きは綺麗にそろっていた。

 

「ぐ、貴様ぁぁ………」

 

血を吐き出しながら憎々しげに言うグレバム。震えながらも彼の手が神の眼のほうへと伸ばされる。その時、バチンと電気が走るような音が鳴り、神の眼が今までにない禍々しい光を放った。

 

「な……っ!」

 

グレバムが驚きの声をあげ、次には断末魔の叫びを上げていた。

じゅう、と音がし、スタンが顔を顰める。

カイル達には感じ取れないが、きっと人の焼ける酷い臭いがしたことだろう。その光景だけでも酷いというのに。

グレバムは神の眼から発せられた光に包まれ、黒い影となって蠢いている。

 

そしてグレバムは、神の眼により焼き殺された。

バチン、バチンと未だに力を余しているかのように神の眼は音を立てて光を放っていた。

グレバムの最期にそれ以外の音はなく、妙な静けさが部屋を支配する。

 

皆唖然とする中、リオンの表情だけが強張っていった。

少年の緊張が伝わるかのように、カイル達もまた体を硬くする。

 

やがて、惚けていたスタンがゆっくりと呟いた。

 

「…………グレバム」

 

焦げた床を見下ろすスタンの顔は複雑で、それでも確かにその中には悲しみが入っていて、リオンは大きくため息をついた。

 

「……全く、お前は本当に馬鹿だな」

「な、なんだよ!」

「お前、さっき下手したら死んでいたんだぞ。わかっているのか馬鹿者が」

 

一瞬何のことを言われているのかわからないのか、スタンがきょとんとする。

リオンは頭に手を当ててまた大きくため息をついた。

 

もしもあの時、リオンがグレバムを刺し貫くのが少しでも遅ければ、スタンは晶術の餌食になっていただろうに

 

ようやく悟ったのか、突如スタンが「あぁ!」と声を上げる。

 

「それなら大丈夫だよ」

「お前の大丈夫なんて当になるか」

「だってリオンだったら、絶対やってくれるって、俺わかってたから」

 

少年の憎まれ口は止まった。

スタンがにっと笑う。それに彼は嫌そうに顔を歪め、そっぽを向いた。

そんな二人をカイルは不安気に見る。

 

彼らの会話で少し和んだ部屋の雰囲気だったのだが、次のソーディアン達の言葉によりすぐにまた冷たいものへと戻った。

 

『神の眼が………』

『いかん、完全に暴走しておる』

 

その言葉を聴き、慌て始めるスタン達。

どうしよう、どうすればと彼らが相談しあう中、リオンは俯きながら、あるものに触れていた。

硬いく、薄く、丸い、それ。

このストーリーを進める重要なアイテム。それに、彼は触れていた。

 

「………ジューダス、……やる、の?」

 

聞いて答えるわけがない。だが、カイルが言った瞬間、少年の手が僅かに震えた。

少年が自分を叱咤する声が聞こえてくる。

 

(全て計画通りだろう。台本通りに動く。いつもやってきたことではないか…)

 

イクティノスは既に機能していない。

ディスクは3枚。

彼の細い指は、それらと別に入れておいたもう一枚のディスクを取り出した。

 

「これを使え」

 

ギィィ、とまるで悲鳴のように、どこからともなく音が鳴る。

 

(準備は、整った)

 

絶望しているかのような声が聞こえてきた。

 

ディスクを入れたソーディアンにより、バチバチと音を立てていた神の眼が嘘のように静まり返っている。

だというのに、先ほどから軋むような音が止まらない。

 

(さぁ……やらなければ)

 

響く声は絶望に染まっているようで、

カイルは力を込めすぎた拳が痛むのを感じた。

 

少年がシャルティエを持つ手に力を込める。が

 

「やった、やった!暴走が止まった!リオンっ!」

 

少年らの気持ちとは真逆の、明るい声でスタンは振り返り、リオンにいつものように笑顔で話しかけた。

 

「な、んで、僕に振る…」

「これで罪人はもう終わりかな」

「……は?」

 

顔を顰め意味がわからないとリオンはスタンを睨みつけるが、子供のように、にかっと笑うスタンに毒気が抜かれそうだ。

 

再び神の眼のほうへと視線を向け、仲間達と会話をするスタン。

その背を見て、少年の顔がこれ以上無い程に悲痛に歪められた。

 

(何をしているんだ、僕は……)

 

ギィィと音が一際大きく鳴る。

 

(あいつらは何も気付いていない。隙だらけじゃないか……)

 

少年に背を向け、神の眼を見て話し合うスタン達。

ふと、彼らは剣を持ち上げる。

 

「あれ?ディムロス…?ディムロス、どうしたんだ?」

 

台本通り、ソーディアンは停止してる。

 

(何を躊躇う必要がある。マリアン以外は全て駒だ……そうだろうっ!?)

 

ぐらり、と大きく世界が揺れる感覚がした。

少年の大切な人たちの様々な顔が、次々と流れて行き、重なっていく。

その中に、彼らの、スタン達の姿が、確かに映った。

 

(……………)

 

ぐらり、ぐらり。

 

片方の皿に罅が入ったときから、揺れることがなかった天秤が

揺れるはずがなかった天秤が、ギィィと音を立てて揺れている。

 

重たくて仕方ないと、悲鳴を上げて揺れている。

 

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