割られた天秤 – 11

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暴れたため、そこかしこが傷だらけになった部屋に、ぽつりとリオンだけが取り残される。

その少年もまた、部屋と同じように傷だらけで

 

『坊ちゃん……痛みませんか……?』

「………大丈夫だ」

 

痛まないわけがないのに、リオンは無表情でそう答えた。

ボロボロになった部屋を暗い瞳で見回す。やがて視線は窓へと向かい、少年は小さくシャルティエの名を呼んだ。

 

「シャル」

『…はい』

「神の眼を盗めば……スタン達は追ってくるだろうか」

 

俯きながら言う少年に、シャルティエは考えを口にすることを躊躇ったが、それもすぐ意味を無くすだろうと、やがて口を開いた。

 

『……恐らく、確実に。……僕達は天地戦争を知っていますから、少なくともソーディアンは必ず止めようとするでしょう』

 

シャルティエの言葉にリオンは顔を上げ、シャルティエのコアクリスタルを見る。

 

「……シャル、お前は…スタン達と……」

『坊ちゃん』

 

彼が何を言いたいのか、シャルティエにも、カイル達にもわかった。

シャルティエはマスターの言葉を全て聞く前に遮り、きっぱりと言う。

 

『お供しますよ。僕だけは、坊ちゃんの味方です。いつまでも、絶対に』

 

少年の表情が泣きそうに歪んだ。

 

「……お前も、馬鹿だな」

『えへへ』

 

その言葉が、共に居ることを許されたことと分かり、シャルティエは嬉しそうに笑う。

リオンもまた、僅かに笑みを見せたが、やがてそれは悲しみだけを残して消えた。

世界を金色が埋め尽くす。

 

「………戦いたく………ないな……」

『……坊ちゃん…』

 

ぽつりと呟いたのは、少年が滅多に口にしない弱音だった。

シャルティエにはもう、かける言葉が見つからないのだろう。

その場に居ても、シャルティエはカイル達と同じような、何も出来ない存在だ。

きっと、カイルと同じく、絶望を噛み締めているだろう。

 

リオンがゆっくりと乱れた部屋の中を歩く。

短い距離の中、少年がたどり着くのはタンスの前。

手をかけたのは、一番上の、左側の引き出し。

 

黄金が掻き消え、先ほどまでのヒューゴとマリアンの姿が脳裏に浮かびあがる。

 

(マリアンが僕を庇った時、ヒューゴは振り上げた腕を止めた)

 

そっと、少年はタンスから写真を取り出す。

黒髪の、大切な彼女にそっくりな、母が映る写真。

 

「あいつも、マリアンに……」

 

消え入りそうな声で呟く少年の言葉は途中で切れてしまったが、カイルでも何が続くかわかった。ヒューゴもまた、彼女にクリス=カトレットの面影を見ているのではないのだろうか

 

(それでも、僕が歯向かえば、マリアンを殺そうとするのだろうか)

 

ヒューゴは一度躊躇ったが、それでも、再び剣を振り下ろそうとした。

 

(どこかで繋がっている細い糸。それを、僕が切るのだろうか…)

 

そう、少年の声が聞こえてきたところで、彼の手に力がこもり、写真が僅かに音を立てる。

 

(嫌だ)

 

次いで聞こえてきた強い思いと、そして何度も何度も脳裏に映る、マリアンにヒューゴが剣を向けている映像。

マリアンを見て、僅かに表情を変え、剣を一度止めたヒューゴの姿。

 

少年は自嘲の笑みを浮かべた。

 

(血の繋がりなんて下らない………?)

 

それは一度少年自身が血を吐くように言った言葉。

だが、今ではその言葉を嘲笑っているかのように、自分自身に尋ねる声。そして、それに対して出した答えは、

 

(…嘘だ)

 

本当は、ずっと前から彼は気付いていた。

長年に渡って続けていた自分に対する嘘を、彼は此処に来て破った。すると、その瞬間また脳裏に次々と映像が流れていく。

 

少年が握るのと、同じ写真が飾られているヒューゴの寝室。写真に写る母の姿。彼女にそっくりな面持ちをしたマリアンの微笑み。マリアンへと剣を振り上げたヒューゴ。

それらが順番に流れていく。

 

ギイ、と音を立てて、天秤が大きく傾いた。

 

(嫌だ……嫌だ……っ)

 

帰る場所を作ってくれた女性。母親に似た面持ちをした女性。

優しく、本名を呼んでくれた時、「おかえり」と言ってくれた時。

あなたが笑ってくれると、とても幸せだと、微笑んでくれた時。

 

少年にとって、とても幸せだった時間。カイル達がずっと見てきたそれが、どんどんと流れ込んでくる。

そして、そんな大切な時間を与えたのが、

マリアンをリオンにつけたのが、ヒューゴだったと知った時。

 

ヒューゴの寝室に、クリス=カトレットの写真が飾られているのを見た時。

あの時は気付こうとしなかった、少年が感じたその時の想い。

 

(誰よりも、その細い糸にすがり付いているのは……僕だ)

 

それを自覚した時、細い糸は更に重みを増す。

天秤は完全に傾くのではないかと思われた。

 

だが、次に映るのは視界を埋め尽くすような眩しい黄金。

差し伸べられる手。

 

―リオン

 

マリアンと同じように、無邪気に笑顔を向けるスタンの姿。

 

がくん、と天秤は揺れる。やはり、その揺れが収まることはなかった。

 

何も知らない癖に、無邪気に笑いかけ、仲間だと、友達だと言い切る男。

信じていると、言ってくれた人。

 

ポロ、

 

少年の眼から、一つ、涙が零れ落ちた。

その事に驚いたように、リオンは眼を見開き、それを拭う。

だが、それと同時にまた新たに涙が零れ落ちて、少年が拭うたびに、次々とそれは零れてきた。

 

何度も何度も涙を消そうとする少年に、シャルティエが優しく語りかける。

 

『……坊ちゃん、いいんですよ』

 

リオンは涙を拭う手を一度止め、シャルティエを見た。

シャルティエはもう一度、ゆっくりと、繰り返した。

 

『……いいんです』

「……………っ、……くっ……ふ、……」

 

その言葉を聞いた途端、リオンの瞳から涙が一気に溢れだし、彼は写真を胸に抱きしめるようにしながら、その場に膝を折った。

タンスに額をあて、嗚咽を堪えながら、少年は泣いた。

 

リアラは顔に手をあてて涙し、ナナリーは涙を何とか堪えながら、目を背けた。

 

「ジュー……ダス………」

 

涙などといった弱さからは程遠い存在に思えたあの少年が静かに泣く姿は、カイルが必死に抑えていたものを暴れさせた。

頭の中が真っ白になったカイルの目に映るのは、白い手。

気付いた時にはカイルはそれに向って走り出していた。

 

(あの手を取れば、今からでも、ジューダスは…っ!)

「カイル!」

 

名前を強く呼んだのはハロルド。非難の色が強く混じるそれにカイルの足が竦んだ。

同時に、追いついたハロルドが強くカイルの腕を掴む。無理やり引っ張られ、振り向かされる。その時、カイルの目の前にあったのは、鋭く睨みつけてくるアメジスト。

カイルは一瞬、ジューダスに睨まれたかのような錯覚を覚えた。

 

「あんた、何をしようとしてるかわかってるの?」

 

ハロルドに強くそういわれたが、カイルは駄々をこねるように首を横に強く振る。

 

「だって…っ、だって!」

 

ボロボロと、カイルの目から涙が零れた。

 

「ジューダス、望んでないんだよ……?望んでないんだよ…父さんのこと、大切だって……思ってくれてるんだよ……?それなのに、…こんなのって……」

 

何も出来ない悔しさから、カイルの肩は振るえ、涙が止まらない。

 

「ジューダスが、あのジューダスが…泣いてるのに……何もしないなんて、そんなのっ!」

ハロルドは眉を寄せたが、それでも強くカイルの目を見た。

 

「今のあいつを踏みにじる気?」

「でも…っ!」

「最後まで見なさい」

 

ハロルドの言葉に、カイルが眉を寄せ、ハロルドの目を見返す。

 

「……最後……って…?」

「あいつの、最後の時よ。せめて、最後まで見てから、それから決めなさい」

 

彼女はそういうと、リオンのほうへと指差した。

 

「あいつの生き様を、ちゃんと、全部見なさい」

 

カイルはその指に釣られるように、少年を見る。

少年の涙は止まったらしい。それでも、頬は塗れたままだった。

 

もう一度少年は写真を見つめ、そして胸に強く当てる。

少年の目は、覚悟を決めた目だった。

 

「僕は………マリアンを、護りたい」

『……はい。お供します、坊ちゃん』

 

それでも、天秤は揺れ続けている。

悲鳴が止まることはない。

 

聞くに堪えないその音。それでも、カイル達はそれを聞き続ける事にした。

 

あれから数週間後。

神の眼はリオン=マグナスの手によって奪われた。

歴史に強く刻まれている、裏切り劇が、今始まる。

 

いつかの夢の世界でも見た、海底洞窟。

人気のないそこは静かで、とても寂しい。

カイルはリオンと共にこの場所を歩くのが、とても嫌だった。

此処は、彼が永久の眠りに着く場所だ。

 

ある程度歩いたところで、ふと、岩の陰になっていた場所に黒髪の女性を見つける。

同時に、少年が走り出した。

 

「マリアン!」

「…エミリオ……」

 

あれから一度も会うことが許されなかった為、リオンは急いでマリアンの無事を確認する。

縛られてはいるが、一先ず彼女に怪我などはなさそうで、少年は安堵から眉を寄せてため息をつく。そんな彼を、マリアンは必死に見つめた。

 

「エミリオ!一体何なのこれは……一体なにが……答えて、エミリオ」

 

震えながら縋りつくような眼差しを向けるマリアンに、リオンは顔を背けた。

彼の態度に、マリアンは更に悲しみと焦りに表情を歪める。

 

「そんなに知りたくば、教えてやろうか?」

 

突如洞窟に低い声を響かせたのは、奥から一人現れたヒューゴだった。

咄嗟に少年はヒューゴからマリアンを背に隠す。そんな彼を、やはりヒューゴは気にせず、後ろに居るマリアンにのみ楽しそうに視線を送った。

マリアンはヒューゴに視線を返す。知らなければならないのだと言わんかのように

ヒューゴはその眼を見て一度鼻で笑い、そして告げた。

 

「それは私の息子だ。……血の繋がった、な」

「………え?」

 

マリアンは僅かに目を見開く。その言葉の意味が、よく理解できないようで、一瞬そのまま固まっていたが、やがて困惑から眉を寄せた。

リオンはヒューゴをじっと睨んだ。

 

「そいつを城に入れ、色々と暗躍してもらった。おかげで神の眼は今、この手に……これでダイクロフトが蘇る。天上が……復活する」

「……暗躍……って…?」

 

ヒューゴが次々に出す単語はマリアンには理解できないものばかりで、ただ、城での暗躍という言葉には反応を示した。

それに、ヒューゴは眼を細めて答える。

 

「例えば、フィンレイ=ダグの暗殺、とかな」

 

マリアンの眼がこれ以上ないくらいに見開かれる。

対するリオンは、俯き、唇を噛み締めた。

 

「こいつはお前のことが気に入ってるようだ。死んだ母親に似ているお前を……」

 

ヒューゴはそこまで言うと、可笑しくて仕方がないと、くつくつと笑った。

そしてにやりと笑って、マリアンを再び見下ろす。

 

「お前を殺すと言えば簡単に頭を下げた」

 

ヒューゴの言葉に事態が飲み込めてきたマリアンは震えだす。

恐怖と、そして怒りから。マリアンはリオンの背から顔を出し、ヒューゴを睨みつけた。

 

「あなたが……命じた……?……こんな、子供に……父親なのに!?」

「うるさい女だ」

「マリアン…っ」

 

顔を顰めるヒューゴに、リオンはマリアンを咎めるように小さく声を出す。

だが、彼女がそれで止まるはずがなく、強く言い返した。

 

「エミリオ!私のことは構わなくていい!」

 

だが、リオンはマリアンから顔を背け、俯いてしまう。

もう本当に、彼は決めてしまったのだ。一人で、背負うことを

例えマリアンであれ、もう彼を止めることはできないのだ。

 

マリアンは自分の言葉を聴いてくれないリオンに焦りと悲しみに顔を歪め、そしてその代わりにヒューゴを強く睨みつける。

だが、ヒューゴの関心はもうマリアンになど向かず、こつこつと遠くから響いてくる足音のほうへと顔を向けていた。

 

「ヒューゴ様……やはりソーディアンマスターらが来たようです」

「そうか」

 

奥から現れたのはレンプラント。彼の報告にリオンが僅かに体を揺らす。

ヒューゴがゆっくりとリオンの方へ振り向いた。

 

「リオン、今一度命じる。この場で、あやつらを殺せ」

「ソーディアンマスターって……?今、一度……?それって、エミリオ……あの時エミリオとお話していた男の人……?」

 

マリアンが必死に答えを手繰り寄せ、リオンへと尋ねる。彼は俯いたまま、マリアンの問いには答えず、ヒューゴに軽く頭を下げた。

 

「かしこまりました」

「エミリオ!?何を言ってるの、あの人たちは、あなたにとって大切な人なんでしょう!?」

 

答えはもらえなかったが、マリアンにはわかったのだろう。リオンの言葉に眼を大きく見開いた。

それでも、親子だという二人はマリアンを無視して冷たい会話を続ける。

 

「ダイクロフトが復活すれば、この洞窟は崩れるだろう。せいぜい急ぐことだ。まぁ、天上都市郡さえ無事に復活させることができたならば、それで十分だがな」

 

ナナリーが露骨に表情を歪める。ダイクロフトさえ復活すれば、リオンに用は無いと、そう言っているようなものだ。何より、追ってくる英雄は4人。それをたった一人で相手させようとしている時点で使い捨てにしようという考えは明確だ。

 

「それは……どういう……っ」

 

マリアンもそれに気付いたのだろう。ヒューゴはマリアンの反応を鼻で笑った後、リオンへと顔を向ける。

 

「無事この任を達成すれば、この女の命は助けてやろう」

「ありがとうございます」

 

少年の答えは静かで、何も感じさせないものだった。

マリアンの表情が悲愴に歪む。

 

「エミリオ!」

「行くぞ」

 

自由に動く足で、リオンの顔を真正面から捉えようと動くマリアンだったが、その前にヒューゴが彼女の体を縛る縄を荒々しく掴み引っ張った。

ぐんっと彼女の体が少年から遠ざかる。

 

「エミリオ!待って、ダメよ!そんなのっ」

 

洞窟の中では彼女の叫びが悲しく響く。

そんな中、立ち上がった少年は穏やかな瞳でマリアンを見た。

 

「………護るから、……必ず」

 

それは、きっと見れば誰もが自分は助かるのだと、確信できるような瞳だった。

だが、やはりマリアンにとっては苦痛以外の何でもない。彼のその瞳は、今にも消えてしまいそうな危うさを持っている。

 

「エミリオ!待って、エミリオォオ!!」

 

彼女の姿がリオンの視界から消える。

少年はゆっくりと立ち上がり、ヒューゴらが歩いていった洞窟の奥へと続く段差を登る。

 

「………シャル」

『さて、坊ちゃん。ディムロス達ぼっこぼこにしてやりましょうか』

 

恐らく、少年は今一度シャルティエに尋ねるはずだったのだろう。「本当に良いのか」と

だが、やはりそれは言われる前に塞がれてしまって、リオンは笑った。

 

「ぼこぼこ…か、難しいな。まだまだではあるが、あいつらもそれなりには腕を上げた」

『大丈夫ですよ。まだまだ坊ちゃんのほうが断然上です』

「あまり買いかぶるな」

 

今度はシャルティエが笑う。

リオンはコアクリスタルをそっと撫でた。

 

「………此処を、何人たりとも通す訳にはいかない。……いくぞ、シャル」

『はい。坊ちゃん』

 

その言葉には強い覚悟が秘められているが、それでも

カイル達には見えるのだ。今もまだ、悲鳴を上げて揺れる天秤の姿が。

 

遠くから、何人かの足音が聞こえてきた。

 

「父さん……」

 

今、少年の目の前に対峙するスタンに、カイルが縋るように呟く。

スタンは揺れる瞳でリオンを見つめている。

 

「………リオン」

 

反対に、少年は動揺を一切見せず、無表情の仮面を貼り付け、シャルティエをスタン達に向けていた。

それでも、スタンは笑顔を作った。作り笑いだというのが簡単にわかる失敗した笑みだったが、それでも彼はそのまま、少年へと話しかける。

 

「嘘だよな、お前が神の眼を盗んだなんて……そうだ、きっとヒューゴを騙してるんだろ?今からそれで、一緒に……」

 

ディムロスを抜くこともなく、リオンに語りかけるスタン。

後ろではフィリア、ルーティ、ウッドロウがそれぞれ表情を硬くして見守っている。

シャルティエを一寸たりとも揺らすことなく、リオンは彼らを鼻で笑った。

 

「本当に、お前は馬鹿だな」

 

スタンの眼が見開かれる。

 

「言っただろう?人は裏切るものだと」

「…リ、オン……」

 

彼は動揺から一歩後ろに下がった。

反論も何もできなくなったスタンの代わりに、彼のソーディアンが声を荒げる。

 

『シャルティエ!裏切るのか!』

『………僕のマスターは、坊ちゃんですから』

 

当然、少年のソーディアンが今更その言葉に揺らぐはずがない。

唇を噛むカイルに、リアラが寄り添う。カイルは彼女の手を握った。

 

ルーティが一歩前に出る。

 

「ふざけんてじゃないわよ!あんた、ヒューゴに利用されているだけだってことくらいわからないの!?」

 

ルーティの言葉に、一瞬少年の顔から一切の表情が抜けた気がした。

だが、すぐにそれは自嘲の笑みへと変わる。

 

「わかっているさ、僕がヒューゴの捨て駒だということくらいな」

「利用されていることがわかってて何でそっちに居んのよ!あんた馬鹿じゃないの!?」

 

そのルーティの言葉で、少年から、また表情が消えた。

ただ冷たい瞳だけが、ルーティを見下ろした。

 

「お前に何がわかる」

 

その瞳と同じく、声色も酷く冷たい。

何度も聞いたことのある、少年の全てを拒絶するような言葉。今回はそれが本当に強く出ていた。

 

「ヒューゴに利用されることもなく、捨てられたお前に……僕の何がわかるというんだ?」

「何よ……捨てられたって……」

 

カイル達は息を呑む。ルーティは困惑と、僅かな恐れから眉を寄せた。

リオンの瞳はどんどんと冷たさを増していく。

 

「お前、孤児院出身だろう?」

「………どう、して…」

 

ルーティの表情が完全に怯えのみになった。スタンもまた、驚いてリオンとルーティを交互に見つめる。そして、一つの仮定に気付いたのか、眼を大きく開いた。

そんな彼らを見て、少年は一瞬だけ笑った。

 

「わからないか?……こう言えばわかるか?僕の母の名は、クリス=カトレット。そして父の名がヒューゴ=ジルクリストだと言えば」

「…………何…言って………」

 

ルーティが目を見開いたまま体を震わせる。

リオンの言葉の意味を、理解していくたびにスタン達は表情を強張らせた。

そして、少年は嘲笑う。

 

「お前はヒューゴに捨てられた、可哀想な僕の姉だ」

「嘘よ!……そんなわけ……!」

 

ルーティが声を張り上げて否定しようとしたが、その声を抑えつけるようにリオンもまた声を荒げた。

 

「お前は利用さえもされなかったんだ。必要とされなかったのさ!」

 

ルーティが体を跳ねさせ、目を見開いたまま固まる。

彼女の傷ついた様を見て、一瞬リオンもまた傷ついた顔をしたのを、カイルは確かに見た。だが、それはルーティのほうを見ていたスタンにはわからず、彼はルーティの顔を見て眉を寄せてリオンを振り返る。

 

「リオン、やめろ!!」

 

その必死な形相に、リオンは一度落ち着きを取り戻し、再び笑った。

 

「止めたいなら、僕を殺してみろスタン!」

 

そして、シャルティエを煌かせて彼はスタンへと剣を向け、走った。

剣と剣が打ち合う音を聞いて、カイルは硬く眼を瞑る。

 

(何で、傷つけあわないといけないの……?)

 

答えたのは、天秤が一際大きく軋む音だけ

 

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