最後の小片 – 3

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アタモニ神殿には既にエルレインの私室が用意されていた。

散々奇跡の力を振り撒いた後、エルレインは大司祭から歓迎の言葉を貰った。

今はこうして部屋で休んでいる。

窓からは夜の闇と星が見えている。さすがに礼儀を弁えて騎士達も部屋にまで押し寄せて来ることは無かった。

 

音もなく部屋の扉が開く。エルレインは振り返らずに微笑んだ。

 

「前と、全く同じ展開ですよ」

「前もこうやって騎士の一人一人に奇跡の力を使ったのか、難儀なことだな」

 

返ってくるのはいつもの皮肉。エルレインは気にすることなく椅子に座る。

黒衣の少年は部屋の中には入ってきたが、扉のすぐ横の壁に背を預け、これ以上聖女に近づこうとはしなかった。

 

「難儀というのなら、貴方もフィリア=フィリスに見つかっていたようでしたが?」

「……」

「隠れなくてもよいというのに、彼女も会いたがっていたでしょう。それに、貴方も本当は」

 

少年が黙ってエルレインを睨むのに、聖女はようやく振り返る。

その表情はいつも少年を苛立たせる哀れみ。当然、少年はそれを見て更に表情を歪めた。

 

「18年前の仲間とも、前の世界の仲間とも、愛しい人とも、そして…あの方とも、共に生きたいのでしょう?」

「黙れ」

 

全てを押し殺す少年の言葉が部屋に響く。

それに対して、聖女は哀れみではなく、悲しみの表情を向けた。

哀れみ。それは彼女が仮面のようにいつも浮かべているものだったのに

初めて見る聖女の表情にアメジストが細められる。

 

「可哀想な子…」

 

ピキ、とジューダスは頭の中で苛立ちが音となって脳裏に響いたのを感じた。

(この女はいつもそうだ、人を見下し、哀れみ、手を差し伸べる。全ては偽善と自己満足の為に)

 

それはプライドの高い少年には耐え難い屈辱だ。

誇る過去を可哀想の一言で地に落とそうとする女を、許せるわけが無い。

全てやり遂げ、朽ちて行ければよかった。もう十分だった。それを無理やり起き上がらせ、糸で吊って再び躍らせる。やっていることはあの天上王となんら変わらない。無自覚なのだから聖女の方が余程悪質だろう。

 

一種の意趣返しと、少年は挑戦的な笑みを浮かべエルレインを見る

 

「可哀想?ならお前はどうなんだ」

 

エルレインが黙って小首を傾げる。

 

「人は誰かを犠牲にせねば幸せになれないものなのだろう?ならば、この世界の人全てを幸せにしたときの犠牲は、お前だ」

 

冷たい紫紺に睨まれた聖女の瞳が、僅かに見開かれた。

人の幸せが神にしか与えられないものとなるならば、神に与える幸せはどこから来るのだろうか

表情に乏しい彼女の変化は黒衣の少年にとって一つ一つが新鮮なものだった。

 

「それとも、神には掴みたい幸せすらないのか?尚更哀れだな」

「………」

 

少年の言葉に、エルレインは言葉に詰まった。

それは、彼女がどこかでずっと迷っていたことなのかもしれない。

 

だが、しばらくして彼女は少年に向かって微笑んだ。

それは、あの裏路地で若い母親と子供に向けた顔と同じものだった。

 

「私の幸せは、人々が幸せになってくれることです。犠牲者など、いませんよ」

 

一瞬、言葉に詰まった後、ジューダスは苦虫を噛み潰したような顔をし、エルレインから目を背けた。

 

前は敵対していたから、此処まで伝わることもなかったし、気付くこともなかった。

エルレインの、人間に対する慈愛が本当のものであるということに

 

だが、それが無理やり押し付けられる大変迷惑なものであるのは変わりがなく、何処までも続く擦れ違いにやりきれない思いが続くだけだった。

例えるなら、18年前の神の眼の騒乱の時の様。

天上王の存在を省けば、どちらも、世界を想っていた。

それでも、最後までわかり合うことは、できなかったのだろう。

 

沈黙が部屋に続く。

エルレインは再び少年に背を向けて窓の外を見た。

 

そして暫く後、コンコンと控えめな音が部屋の外から聞こえてきた。

 

「聖女様…フィリア=フィリスと申します。お話がありまして…お邪魔してもよろしいでしょうか」

 

エルレインが扉の方を見た時、既にその隣にあった漆黒は無くなっていた。

聖女は困ったように一人で笑った後、フィリアに入るように促した。

 

「……変わらないね、此処」

「だな」

「……うん。………綺麗」

 

その場所は前に来た時と一つも変わらず、幻想的な姿のままだった。

岩の隙間から射す光に照らされ、白い花が鉱石の横にそっと咲いている。

その奥には、それらを守るように鎮座する石碑。

 

「間違いない、この花だったんだね」

 

フィリアの説明を聞いた時から、この場所が頭の中にあった。

超特急で船に乗り込み、ノイシュタットへと辿りつき、休む間を惜しんで霧の中へを突っ込んだ。

 

「あ、そういえば…花ってどれくらい必要なんだろ……」

「あ……聞いてくんの忘れちまった」

「一厘で足りるんじゃないかしら?でも、念のために可哀想だけど……」

 

そう言ってリアラはベルセリアの花を摘んでいく。その手に3本持ったところで、彼女は立ち上がった。

 

「これで……ナナリーの弟は助かるんだね!」

「きっと」

「よっしゃ!!」

 

これで一安心だ。

後は時間と体力との戦い。ルーが何とか持ちこたえていてくれると良いのだが

 

「さぁ、制限時間はどれだけ短いかわからねぇんだ。さっさと戻るか!」

「うん」

 

ロニの言葉に、カイルとリアラが頷く。

だが、それとは反対に、3人とも何を言うでもなく揃って石碑の前へと出た。

 

「イレーヌさん、ありがとう」

 

カイルが頭を下げるのに続き、ロニとリアラも一緒に頭を下げる。

彼女が此処を残さなかったら、この花は既に世界から消えていただろう。

神の眼の騒乱に加担した。カイルの父、スタンと英雄達と敵対した。

そして、ノイシュタットをこよなく愛した女性、イレーヌ=レンブランド。

 

石碑に注ぐ光が、微笑む様に揺れた。

 

ざぁざぁと船が波を掻き分ける音を聞きつつ、カイルは甲板で足を投げ出しながら座っていた。空も海も真っ青で、吹き抜ける潮風が心地よい。

カイルの瞼は半分まで落ちている中、隣に同じ様に座っていたロニがとうとう体を倒して寝転んだ。

リアラにいたっては甲板に姿はなく、部屋のベッドで眠っている。

 

「やっぱ……疲れたわ。休み全然とらなかったからなぁー」

 

ロニが大きな伸びをしながら言うのに、カイルの反応はない。

元気の塊であるカイルでも、さすがに今回は疲れたはずなのだが、彼は部屋で休むこともせず、こうして甲板にロニを無理やり連れて座り込んでいる。

 

「ねぇロニ、イレーヌさんは多くの人のこと、考えてる人だったよね」

「あぁ?……そうだな」

「じゃあ、なんで世界の敵にまわっちゃったのかな」

 

ロニは、前にも聞いたことのあるその言葉に方眉を上げる。

その答えは、記憶の中の漆黒が既に出していた。

 

「劇薬を選んだって、あいつは言ってたな」

 

仮面の下にあった紫紺の瞳は、止める事のできぬ運命の歯車を嘆くことも忘れただ見ていた。今思えば、彼とイレーヌは恐らく面識があったのだろう。

 

「じゃあさ、エルレインもそうなのかな」

「は?」

 

イレーヌの話から突然、前回の旅の敵を出され、ロニは間抜けな声を上げてしまった。

潮風に金髪が揺れる中、カイルの目は半分しか開いていないが真剣だ。

 

「エルレインは、歴史を変えたり、ウッドロウさんを傷つけたりしたけど……でも、神団ではレンズを持った人が優先でもいろんな人たちを助けてたんだよ」

 

水平線の彼方を見ながら、カイルは今まで聖女のことを否定しかしていなかった事をを思い出す。殺してしまった神の想いに、初めて触れようとしている。

 

「それに、改変世界の人たちは……やっぱり俺達が……殺して」

「それ以上は考えるな」

 

カイルの腕が僅かに震えたとき、ロニが強い口調で言い、起き上がってカイルの頭を押さえつけた。

 

「あいつも言ってただろ、元に戻すと考えろって」

「でも…」

 

青い瞳が揺れるのを見て、ロニは顔を顰める。

あの長い旅を終え、多くのことを学び成長したカイル。

彼が再びイレーヌの石碑を見た時、想いが溢れかえったのだろう。

18年前の騒乱は、多くの人の想いが火花を散らしていたのだから

 

「俺……正しいことをしたのかなって、今でも迷うんだ」

 

カイルは祈るように手を組み、それを額に当てた。

自分が通っている道は、間違っているのではないかと、怖かった。

 

「正しいことなんて、ねーよ」

 

顔を上げ、青い瞳がロニのほうを見る。

 

「エルレインに助けてもらったやつらにとっては、俺達は最悪な人間だ。改変世界のやつらなんかにとっては世界を消し去った悪魔だな」

 

カイルの目が怯えたように揺れていて、ロニが落ち着かせるように頭を撫でた。

 

「だがな、俺達には大切なもんがあった。孤児院の皆、フィリアさんにウッドロウさん。そして、俺達が確かに生きてきた大切な時間だ」

「……うん」

「どうしても譲れない大切なもんなんだ。その為には、神が与える生ぬるい幸せなんて消し去る。つまりは想いの強いほうが生き残るんだ」

 

あの戦いに、正義なんてない。

皆、自分にとって大切なものを守りたかっただけなのだ。

 

「エルレインにとっての大切なものってなにかな」

「さぁな。俺はあいつじゃねぇからな。……でも、あいつはやっぱり、人ってもんが大好きだったんじゃねぇのかね。ま、ちょっと俺達とは感性が違いすぎたがな」

 

ざぁっと一際高い波が船に当たる。

ロニの言葉に答えたように見えてカイルは切なさを覚えた。

 

 

 

 

 

 

カイル達が花を手に入れた一方、フィリアは薬を作るのに必要な材料を全て集め終えたところで、聖女の部屋へと入った。

あれだけ人々に奇跡を捧げ疲れ切っているだろうに、聖女は嫌な顔一つせずにフィリアを受け入れた。そのことから、フィリアが聖女と接して最初に抱いたのは好感だった。

 

軽い挨拶を交わしている間にも、聖女の人への慈愛が満ち溢れている。

レンズの力の恐ろしさを頭に入れつつも、フィリアは穏やかな心持で聖女と会話をした。

 

だが、そのフィリアの心情も、この部屋に来た理由、その本題へと会話を進めれば当然のごとく思いものとなり、フィリアの表情からは笑顔が消えた。

聖女は申し訳なさそうに視線を下ろしながら詫びる。

 

「すみません、私の力を求めて多くの者がこちらに来られるようで……私の力のことは既に噂となって広まっています。明日には更に多くの方が私の力を求めて来られるでしょう。その大勢の方を犠牲に、一人の少年の下へ行くことは…私には出来ません」

「いいえ…すみません、わかっていて言い出しましたから」

 

あとは、カイル達を信じるだけだ。きっと、彼らなら奇跡の花を持ち帰ってくれる。

フィリアは希望を捨てず、胸に手を置く。だがそれと同時に、他人の力にしか頼れない己が情けなくなった。聖女への頼みも、カイル達への希望も、全て人任せだ。

 

「貴女は、優しい方なのですね」

「……優しさだけでは…救えないのです。私は、貴女が羨ましい」

 

己に出来る精一杯のことをやるだけ、そう考えればいい。だが、目の前に突如現れた奇跡の力はフィリアがこれまで精一杯やって無駄となった数々の事柄を救って見せるものだ。

 

肩を震わせ俯くフィリアの背を、聖女は優しく擦った。

人が己の想いを具現化させる力には限度がある。

どれだけ頑張っても、どうにもできないことだってある。

 

それを何度も経験したフィリアの目には涙が滲んだ。

今はもう遠く昔。それでも鮮明に残っている助けることの出来なかった人々。

まだ、若い少年。

どうしてこんなにも無力なのか。今日この日、己の無力をまざまざと見せ付けられる事柄が相次ぎ、フィリアは久しく打ちひしがれた。

 

聖女は、英雄の一人である彼女の涙をただ見つめ、そっと瞳に決意を強く宿らせる。

 

(そう、だから…神が必要なのだ)

 

「なんだってんだよ!畜生!!」

「暴れんなカイル!」

 

船から降り、波の音が心地よく耳に入るこの港で、カイルは地面を踏み潰す勢いで暴れていた。

目の前に居る船員は、不満を漏らす客に頭を下げることしかできない。

彼の体が小刻みに震えているのは、子供とは思えないカイルの剣幕に震えているからなのか、寒いからなのか。

 

アイグレッテへと向かっていた船は、途中で故障箇所が見つかったとのアナウンスが入り、このスノーフリアに緊急着岸したのだ。

そして、船が直るのに1週間はかかると説明された。

焦るカイルが怒り出すのも仕方ない。

 

「他に船はないのか?」

「は、はい……大変申し訳ないのですが、実は他の船も故障箇所が」

「おいおい…」

 

一体どうすればこうも船が壊れていくのやら。

そう考えたとき思いついたのが、前に倒したデビルズ・リーフの主だった。

この世界では、まだ元気に海の中を泳ぎ、見つけた船に穴を開けているのだろう。

何故か気づかれないような犯行になってはいるが、迷惑極まりなかった。

 

「参ったな」

 

ロニが頭を掻く。ルーが高熱を出している状態を見てから、2日経っている。順調に行けば3,4日で戻れたというのに

果たして1週間もあの既に弱りきった小さな体が病に耐えられるのだろうか

 

さすがのロニも舌打ちをした。

船員は頭を上げれない状態だ。

畜生と唸るカイル。焦りから上手く働かない脳は他の方法を探すことができず、ただただ目の前の理不尽な現状に怒りを覚えるだけだった。

 

そんなカイルの袖をリアラがそっと引っ張った。

 

「あの、カイル……駄目元でイクシフォスラーを見に行ってみない?」

 

瞳に不安を残しながら彼女は続ける。

 

「確か、ジューダス…町への直通だったら自動操縦とかやってたと思うの」

「自動操縦だぁ!?」

「そんなのあったの!?」

 

いつもイクシフォスラーに乗るとはしゃぐカイルがジューダスの操縦を覚えていないのも当然、それに巻き込まれたロニもまったく覚えていないようだった。

義兄弟の二人がまったく同じ顔をしてリアラに詰め寄るのに怯えながらもリアラは続ける。

 

「う、うん…私も詳しくは見てなかったんだけど……もし本当にあるなら、操縦が出来ない私達でも乗れるんじゃないかしら」

「おっしゃあ!っていうかイクシフォスラーが使えるなら砂漠越えも楽々じゃねぇか!」

 

ロニが珍しくはしゃいで見せる。

怒りと焦りと不安とで暗かったカイルの顔にも見る見る光が射した。

 

「ほんっとリアラありがとう!」

「う、うん…でも詳しい操作方法わからないし…駄目元…だけどね」

「いや、それでも1週間何もしないより断然ましだ」

「よっしゃあ!そうと決まれば早速イクシフォスラーのところへっ!」

「っと待てカイル」

 

いつものごとく走り出したカイルを止めるのが疲れたのか、ロニはカイルの足を引っ掛けて雪の中に転ばせた。ぼふんと粉雪が舞い、雪に突っ込むカイルを見てこかした張本人はあまりの見事なこけ方に噴出す。

 

「もー!何すんだよ!!」

「お前がこういう面で成長しないのがまた考えものだと思うぞ」

 

金髪に雪を絡ませながら怒鳴るカイルにロニは呆れながら手を貸す。

素直に手を借りながら立ち上がり、カイルはため息をついた。

 

「だって…見てて危なっかしかったら、ジューダス出てきてくれるかもしれないじゃん」

「お前……ねぇ……気持ちは分かるがこじ付けもいい所じゃないか…?」

 

カイルは拗ねたようにロニから顔を背けると店のほうへと歩いていった。

雪道でこの格好では凍えてしまう。まずは防寒服を買わないといけない。どうやらそれくらいはわかっていたのだ。

何度も漆黒の少年に馬鹿呼ばわりされながら教えてもらったのだから。

 

完全に拗ねてしまったカイルにロニとリアラは複雑そうな笑みを浮かべて顔を見合わせた。

 

「あとカイル。基地に行く前にウッドロウさんにイクシフォスラー貸してくれるよう頼まないといけないからな?」

「あ」

 

とはいえ、抜けているのは中々治らないようだ。

 

「それに、面会には最低1週間かかる」

「……そっか、俺とウッドロウさんはまだ顔すら合わせたことないんだっけ……。でも1週間は流石に待てないよ」

「なら」

 

銀の瞳が鋭くなったのにカイルが固まる。

ロニは普段ちゃらけている分、こうして真面目な顔になると妙に迫力があり、無条件にカイルを黙らせた。

ロニの脳裏に浮かぶのは真っ白な雪の国の中、よく目立つ漆黒が告げた痛い言葉。

 

「また、英雄の子という肩書きを使うか?」

 

あれのせいで、城の者はカイルをカイルと見てくれなくなった。

英雄の子としか見てもらえない。カイルはあまりそういうのに頓着しないが、彼自身を真に認めてくれる者が少なくなるのは、寂しいものだ。

だが、カイルは答えに迷う素振りを見せなかった。

 

「いいよ」

「カイル…」

「別にいいんだ。もしそれで俺を俺としてみてくれなくなっても、俺は多くの人に称えられたいわけじゃないから」

 

カイルはロニから視線を外し、リアラを見る。彼女はその視線に答え、微笑み返した。リアラが白い手を差し出せば、カイルはその手を強く握り締める。

 

「大切な人を守れれば、十分なんだ。その人の英雄になれるなら。それくらいのことで、大切な命が守れるなら全然いいよ」

「そうか」

 

ロニは満足気に笑った。

 

「なら、さっさと行くぞ」

「うん!」

 

ロニがカイルに背を向け、店へと歩き出せば、直ぐにリアラを連れながらカイルが走ってロニを追い抜き、店の中へと入って行く。

子供っぽいところは何も変わらない。だが、それでも今はあのカイルの背がとても大きく広く見えた。

 

(本当に、いつの間にか大きくなりやがって)

 

きっと、今の彼を見せたなら、同じ保護面仲間の少年は、仮面の下で誰にも気づかれないように優しい笑顔を浮かべるに違いない。

 

黒衣の少年は、闇に溶け込むように大神殿の屋根にて夜空を眺めていた。

満月が、少年の白い肌を照らす。

彼が想うのは、歴史改変が行われたときの仲間達。

 

フィリアが聖女と会談しているのを、少年はベランダの影にて聞いていた。

『ホープタウンに住む、病に蝕まれたまだ幼い少年。』

そのキーワードは瞬時に記憶の中に繋がった。

燃えるような赤い髪をもつ世話焼きな女性。彼女が10年前、丁度現代にあたる頃に亡くした弟。

滅多に神殿から外に出ないフィリアがそれを聖女に持ちかけた理由を考え、辿り着いてしまったのが金髪の少年だった。

他の要素はいくらでもあるというのに、運命の象徴のように金髪が少年の脳裏にチラつく。

 

(もし、本当にカイルだとしたら、記憶が戻ったのか…いや、もし記憶が戻っていなくとも、彼なら助けようとするだろう。だが……)

 

不安と焦りに寒気が走り、少年は小さな体を丸めた。

 

(あいつらとだけは…会いたくない)

 

だが、このような状態をいつまでも続けるわけにはいかない。

どちらにしろ、何れ己も動き出さねばならぬのだから

 

カイル達が記憶を取り戻したことにより、この先運命の歯車はどう転ぶのか。

うまく行けば、彼らが目的を果たしてくれるかもしれない。

だが、彼らと会えばどんな状況でも悪い方向へと転ぶだろう。

 

脳裏に、聖女の言葉が過ぎる。

何度も何度も、頭の中にあの無駄に澄み切った声が、轟く。

 

「選びなさい、リオン=マグナス。

 私の手を取り、描いてきた幸せの夢をその手にするか

 再び、人の力では到底抗えない悪夢の中へと堕ちるか」

 

少年は己の腕を痛い程に握り締める。

じっと暗闇を睨みつけていた目を、硬く瞑った。

 

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