最後の小片 – 8

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ウッドロウはこちらに背を向けたまま動かなくなった少年の背をじっと睨んだ。

彼が何をするのか、わからなかったからだ。

恐らくたった一人で此処まで進入してきた人間、今ここにいる兵士だけでは到底抑え付けられないだろう。

 

(被害の無いまま終わればいいが…)

 

警戒から動けなかった王に反して、兵士達は剣を持ち、じりじりと彼に迫っていく。

やがて、一人の兵士が声を上げながら走り出した。

そうすれば他の兵士達も一緒になって少年に向かう。

 

突如、少年の足元に法陣が浮かび上がった。

 

「いかん!」

 

ウッドロウの言葉虚しく、巻き上がった風に兵士達が次々と飛ばされる。

人がゴミのように飛ぶ中、少年はゆっくりと振り返った。

 

アメジストの瞳と、眼が合ったとき、時が一瞬止まったように感じた。

 

ウッドロウは呼吸を忘れた。

それは、海底洞窟でゆっくり剣を向けた少年の姿と一致したからだ。

 

「君……は……」

 

少年が振り返ってから衣擦れの音一つしない、妙な程に無音の世界。

ウッドロウの喉からにじり出たのは声と呼ぶに物足りないものだったが、よく響いた。

それを合図に、時が動き出す。

 

少年は吹き飛んだ兵士達の間を跳び、真っ直ぐにウッドロウのほうへと向かってきた。

気づけば、その整った顔が真正面に合った。

遠い記憶すらも一気に呼び戻す程、そっくりだった。

 

その顔に気を取られている間、いや、取られていなくとも到底捉えることなどできなかっただろう、黒い影が伸びてくる。

それが少年の腕だと気づいた時には、脳が揺さぶられていた。

そして、懐を何かが通り過ぎていき、服が破られる音がした。

 

「ウッドロウ王!」

 

兵士達が叫ぶ中、どさりと床に体が叩きつけられる。

揺れる視界の中、頭を懸命に振った。

 

そこでやっと気づく。破られた服。そこに…鍵は無かった。

黒い影を探せば、また彼は鍵のかかった扉の前に立ち、こちらを無表情で見ていた。

その手には、扉の鍵

 

少年は無表情だが、ウッドロウは彼に鼻で笑われている気がした。

 

(私も、年老いたものだ…)

 

ぎり、と奥歯を噛み締める。

何故彼と似た少年が、こうしてレンズを奪いに来たのかは知らないが、盗まれるわけにはいかない。

 

「王!」

「大丈夫だ、それよりもレンズを!」

 

吹き飛ばされた兵士達は既に数名起き上がっており、また剣を構えて悠々と鍵穴に鍵を差し込んでいる少年へと向かう。

だが、少年がこちらを向くことなく、一つのレンズをつまんだ右手を横に振るう。

 

まるでそのレンズに引かれたかのように、床に亀裂が走る。

そこから岩の波が鈍い音を立てながら現れ、兵士達は完全に足止めを食らってしまった。

 

扉が重たい音を立てて開かれる。

(やはり鍵は自分で持っていたか)

 

少年は鍵が問題なく開いたことに心の中で笑った。

現れたレンズの山は光の反射で輝き、少年は目を細める。

エルレインから渡された、右手に掴んでいたレンズを掲げれば、更なる光を放ちそれはレンズの中へと吸収されていく

 

光が完全に消えるまで、これをもって城からでる算段を立て始めた頃、遠くから気配が近づいてきた。数名が先頭を走り、大人数がばらばらに後ろのほうを走っている。

 

(そろそろまずいな…)

 

光が収まり、厳重に閉じられていたその空間は空となる。

小さいレンズをしまい、後ろを振り向く。

岩の波が弱まり、周りの兵士達は今までになく殺気立っている。ウッドロウもまた、表情険しくこちらを睨んでいた。

それらを岩の波から眺め、ふと彼らの奥を見る。

 

遠くに、金髪を見つけた。

 

「ウッドロウさん!」

 

その声に、ジューダスは僅かに眼を細める。

 

(やはり、来ていた)

 

懐かしい金髪に、ジューダスは無表情の仮面を作り直す。これは、決して彼らの前で壊してはいけないものだった。

鏡を見なくとも、出来上がったそれが冷たい物だと分かる。

ゆっくりと金髪の少年と眼を合わせてやれば、彼の青い瞳が丸くなった。

 

「ジューダス…」

 

レンズを奪いに来たのがエルレインではなく彼であったことに動揺し、青い瞳が見開かれたまま左右に揺れた。

岩の波に見え隠れする中、名前を呼んでもやはり反応しない無表情な彼に、カイルは唇を噛む。

 

同時に、岩の波が止まった。

 

兵士達が一斉に少年が居る場所へと剣を持ち、押しかける。

だがその時にはすでに、黒い影は床を蹴り、大きく跳び上がっていたのを青い眼はしっかりと捉えていた。

 

そのまま彼は天上を蹴ると、出口を塞ぐように経っているカイル達のほうへと跳ぶ。

僅かな金属の擦れる音と共に現れた煌く物体は双剣。

そう気づいた時、カイルは無意識に手が剣へと伸び、背中のそれを引き抜いた。

 

だが、跳んできた彼は、鞘から抜かれた直後のそれに剣をぶつける。

当然まだ構えもできていなかったカイルは後ろ向きに倒れた。

 

「わっ!」

「カイル!」

 

そのままジューダスは彼らを飛び越えると、大広間へと走る。

ロニが腕を伸ばしたが、それは寸でのところで届かなかった。

カイルはばねの様に起き上がる。

 

「追おう!急がないと!」

「あいつ体力ねぇからとりあえず見失わないようにねばっぞ!」

 

そういって、走り出したカイルの後ろをロニが走り、更にその後ろをリアラが走る。

 

大広間に出れば、兵士が数人待ち構えていた。

だが、ジューダスはそれらに眼もくれず、床を強く蹴る。

 

待ち受けるように構えられた兵士達の剣を双剣で打ちつけ跳ね飛ばす。そのまま兵士達を抜けて裏側へ続く廊下へと入っていく。

まったく持って役に立たなかったことに唖然とする兵士達だが、カイル達にとってはそれでも貴重な時間稼ぎだ。

 

「どいて!」

 

カイル達も全速力で兵士達の間を抜けて漆黒を追う。

真っ直ぐな廊下を突き抜ければ、そこは丸い筒状の部屋にその円に沿うように作られた階段。

その階下には既に多くの兵士達が待ち構えていた。

 

「来たぞ!」

 

兵士達が階下で槍を突き出す。後ろからは既にカイル達が迫ってきている。

ジューダスはそれに対し、躊躇い無く窓を突き破り外へと躍り出た。

元より退路を断たれているだろう一階を通るつもりはなかったのだ。

 

ガラスの破片が散る中、夜の冷たい空気が一気に肺を冷やした。

そのまま英雄門の上へと着地する。

雪の為、足場の悪い屋根上を、漆黒は走り抜けた。ジューダスが窓から飛び出たところを見たロニが顔を歪める。

 

「…まじかよ」

「俺も行く!リアラは回ってきていいから!」

 

足を休める暇もなく走りながら言うと、少年は割れた窓ガラスを気にすることなく、体を丸めて同じように躍り出る。

破片が体を擦り、僅かに皮膚を切ったが、少年は無事屋根の上へと降りることに成功した。着地は無様にこけるようだったが、それでも直ぐに体を起こす。

その際雪に足を滑らせて心臓まで冷えた。

 

「ジューダス!」

 

雪を蹴りながら漆黒を探す。夜でも、僅かな光を雪が反射し、彼を簡単に見つけることができた。

 

「ジューダス!」

 

それでも、どれだけ呼んでも、彼は振り向いてくれない。

彼は黒衣のマントを翻しながら民家の屋根へと飛び移っていた。

更にそこから、屋根の上は見つかりやすいと思ってのことか、屋根から飛び降りる。

 

入り組んだ民家の間へと消えていった闇にカイルは急ぎ、同じように屋根から飛び降りた。

 

裏通りまで聞こえていた祭りの騒がしさが、今は沈黙に包まれていた。

たった一人の侵入も、レンズを奪われたことに大事となっているのだろう。祭りは中止されたに違いない。

 

城の中の兵士は巻いただろう。カイルとロニを除いて。

特にカイルは今も眼を離すことなく何度も名を呼びながら追いかけてきている。ロニはその声を辿って追いかけているのだろう。

 

(……待ち伏せか…)

 

走っていた真っ直ぐな道は終わり、今度は横に一直線の道が引かれている。その片側に、兵士が待ち伏せているのにジューダスは気づいた。

何かが張り詰めているような、ギリギリと軋む音がいくつも聞こえてくる。

 

(弓か)

 

だが、少年は気にすることなく、その道へと出る。

兵士達が息を詰めるのがわかった。

そして、隊長と思われる者が大きく声を張り上げる。

 

「今だ、放て!」

 

矢など、逃げながら避けるなり打ち落とすなり造作のないことだと判断して出てきた。同時に、これによりカイルとロニの追尾からも逃れるだろうと

 

だが、その判断をすぐに悔いることとなった。

 

「ジューダス!」

「ば、馬鹿!カイル出るな!」

 

ロニは兵士達の気配に気づいたのだろう。

だが、カイルは目の前の漆黒しか追っていなかった。

 

カイルが飛び出したのと、矢が放たれたのは同時。

兵士達から驚きの声が上がる中、それでもカイルはジューダスの背を見ていた。

 

振り返った黒衣の少年。

その見えない仮面は、割れていた。

見開かれたアメジストの中に、多数の矢を背に走る己の姿がカイルは見た。

 

 

見開かれたそこからは、綺麗なアメジストが丸々自分を映しこんでいた。

だが、その後ろには無数の矢すらもはっきりと映っているのが、なんだか不可思議で、時間という感覚すら歪めている。

 

興奮していたのだろうか、今更になって飛び出す前にロニが叫んだ言葉の内容がカイルの頭に響く。その言葉と今、紫の中に映りこむ景色が一緒になったとき、ようやくカイルは全てを理解し、体が硬直した。

だがそれでも、無表情という仮面が崩れた、美しい目の前の少年から目を離せなかった。

 

全てがコマ送りとなるこの感覚の中、カイルは自分の身に起きたことがまったくわからなかった。

まず、アメジストがどんどん近くなっていった。そして次にそれを追うように目の前が漆黒になって、腕を強く引っ張られる感覚の後、景色が傾いていった。

 

「わっ…」

 

カイルは思わず小さく声をあげる。

景色は色の線を残すのみで、視覚など使い物にならなく、今自分がどうなっているかまったくわからなくなった。

 

ようやく周っていた世界が止まったと思ったら、体全体にとても冷たい感覚が走って、雪の中に自分の体が埋もれたのだと理解する。

ようやく止まった視界の端で、夜の闇に紛れる色でも、綺麗に揺れる髪を見た。

 

誰も動かなかった。

唖然とその場で目を丸めていた。

 

カイルは仰向けに雪の上に転がっていた体を勢いよく反し、肘をついて上半身を支え起こす。僅かな町明かりの中で、白く輝く雪の中に赤を見た。

 

「じゅー……だ、す?」

 

カイルは恐る恐る少年の名を呼んだ。

いつの間にか、自分と黒衣の少年の位置が入れ替わっている。

 

彼は手を雪の中に付き俯き、その場に膝を付いていた。

その背には、3本の矢

 

流石のカイルでも、電撃に打たれたような感覚と共に、何が起きたのかを直ぐに理解した。

それは、前の旅でよく目の前の少年がやっていたこと

 

彼に、庇われたのだ。

 

「ジューダス!……どうしてっ!」

 

カイルは素早く立ち上がると、ジューダスのほうへと駆け寄る。

いろんな想いが巡り、胸の辺りが気持ち悪かった。

自分を庇うことで傷ついたジューダスへの罪悪感、雪の中で青白くなっている手に焦りを感じ、それでも今まで自分に無表情の仮面を向け続けた少年が昔のように助けてくれたという喜び、ならば何故彼は、という疑問。

 

カイルはジューダスの肩に手を伸ばす。目指した肩のすぐ近くに深く刺さった矢が痛々しい。とりあえず手当てをしなければ

だが、手が彼に触れる前に、ジューダスはふらりと立ち上がり、カイルから離れようと後ずさった。

背に深々と矢を刺したまま後ずさる彼に、当然カイルにすぐ追いつけるのだが、今までの経緯があって、まだ自分から逃れるように動く少年に伸ばした手をそのまま固めることとなった。

 

「ジューダス……?どうして…ねぇ、なんでなの…」

 

彼の長い前髪のせいで、表情を伺うことが出来ない。

ただゆっくりと距離を離していくジューダスに語りかける自分の声は、いろんな感情に震えていた。

 

ふらふら横に揺れながら、ゆっくり後ろへ下がっていた少年だが、突如がくりと方膝が折れてまた雪の中にそれを埋めた。

そこでカイルは、ショックからかぼやけた脳裏が覚めていくのを感じた。

そして今自分が動きを止めているということに激しく怒りを覚えた。

 

(何してるんだよ…俺……今、捕まえないと……無理やりにでもジューダスを、今捕まえないと!)

 

そんな思いが頭の中によぎった。

それはジューダスの気持ちを無視するような行動。今までカイルが動きを止めていたのは、その嫌悪感からのことかもしれない。

 

(でも、それじゃだめだ)

 

根拠をあげる間も無い。

その気持ちの理由など考える前に、カイルはいつの間にか距離の開いていたジューダスのほうへとまた走る。

 

「ジューダス!」

 

もう一度手を伸ばす。

それは、触れる為のものではなく、捕まえるために。

そんな自分がとても嫌だけれども、だけれども

 

だが、今度はその手を、突然黒衣の少年から溢れでた光が遮った。

そして、それはカイルの体をジューダスから遠ざけるかのように弾く。

 

「カイル!」

 

ロニの声が後ろのほうでした。

だが、それよりもカイルは急速に遠ざかっていく中、ジューダスが今まで俯いていた顔をカイルが吹き飛ばされると同時にあげたのを見ていた。

その表情は、よく知っている。長い旅で僅かにしか動かない彼の表情も少しずつ読み取ることができるようになった。

これは戦闘中によく見た恐らくカイルが一番見た表情だろう。驚きと、心配

 

背中から雪の中にダイブするような形になり、そのまま後ろへと僅かにずるずると滑る。

ジューダスがふらつく足で離したものより5倍ほどの距離が一気に開いた。

カイルは焦りからばらばらに動く手足に苛立ちながらも、雪まみれになりながら立ち上がる。ジューダスの漆黒の衣服などほんの僅かな影しか残さないほどに光は強くなっていた。

 

『戻ってきなさい』

 

それはどこから届いたのか

天からか、その光からなのか

光が届いている場所一帯に響く女の声に、カイルは憎しみを渦巻かせながら心の中で女の名を呼んだ。

 

(エルレイン……っ!)

 

だが、それを口にする時間もない。

ひたすら手を伸ばしまた雪を巻き上げながら走り出す。

光の中に、どんどん黒は溶けていっている。

 

「ジューダス!待って、どうして、教えて、ねぇ…ジューダス!」

 

ボスボスと雪に呑まれる足が腹立たしい。

淡い光の中、もう一度こちらに駆け寄ってくるカイルを見て、ジューダスの表情が驚きから僅かな安堵に変わっていく。そして、そのまま彼は目を瞑った。

 

光が一瞬強くなると、次は急速に消えていく。

黒衣の少年と共に

 

「ジューダスっ!!」

 

カイルはその光に向かって飛び込んだ。

 

だが、それは10年後の世界に飛ばされたときのように、一緒に飛ばしてくれるなんてことはなく、どちらかというとリアラとの別れの時のように、丁度ジューダスの姿が透けて消え、カイルはその僅かな残像をかき消すように通り抜けた。

 

また雪の中にうつ伏せに突っ込んだカイルは、顔を伏せ、拳を雪に叩きつけた。

 

「……なんで、なんでだよぉぉおっ!!」

 

悲痛な叫びが冷たい空気を振るわせた。

 

雪の中にうずくまったままのカイルの姿に、ロニもまた唇を噛んだ。

状況は最悪だ。

一番の目的である、ジューダスがエルレインの元に居る理由を聞き出す機会を逃しただけでなく、その目的を支える時間というレンズが奪われてしまった。

 

ジューダスを連れて行った光の反動か、何も無くなった裏路地は街灯があろうとも、酷く暗くなった。

 

ぼやけた光が瞬時に固まり、人の形をした後闇を生み出した。

部屋に突如現れた黒衣の少年は荒い息を吐きながら自身に刺さった矢のほうへと手を伸ばす。

エルレインはゆっくりと少年に近づいた。

 

「傷を癒しましょう」

 

そっと彼が手を伸ばしている場所へとエルレインも手を伸ばす。

だが、それは彼の手で強く叩かれた。

 

「…触るなっ」

 

額に汗を浮かべながらも奥歯を噛み締め、こちらを睨みつける少年にエルレインは手を下ろした。

ジューダスはエルレインの視線から逃れるように俯くと、背中に刺さった矢を一本握り、引き抜こうと力を込める。

ゆっくり動いていく矢の先端のほうには血がこびり付き、表情を険しくしていく少年は実に痛々しい。

 

「エミリオ!」

 

バタバタと足音を大きく立てながら一人の男が少年へと駆け寄る。

同時に、血を零しながら矢が一本抜けた。

ゆっくりと崩れていく小さな体を、男が受け止める。

抱きとめられたことでようやく男の存在に気づいたのか、ジューダスの表情が歪んだ。

 

少年は僅かに男から逃れようと腕を伸ばしたが、それは力なく倒れ、少年は気を失った。

 

「エミリオ、エミリオ!」

 

ぱちぱちと少年の頬を男が弱く叩く、その後、エルレインのほうへと顔を向けた。

その表情はエルレインのよく知るもので、すぐにエルレインは二人の傍でしゃがみ、意識を集中させる。

 

残りの2本の矢は抜くことなく、力を込めれば粒子のように粉々となり、そのまま消えていく。そしてすぐさま傷を塞いだ。

苦痛から逃れられた体は強張りが解け、男の体に沈み込む。

それを男は優しく抱きしめた。

だが、その表情はずっと、悲しみに満ちたまま

 

「すまない…エミリオ……」

 

小さく呟かれるその言葉は、エルレインにはとても痛々しく聞こえ、男のほうへと顔を向けた。

 

「……貴方もお辛いでしょう。…いっそのこと、貴方も夢を見ればいい。そこでは、貴方が望む全てがある」

 

そっと、黒衣に手を伸ばす。

そしてそのまま手を引けば、エルレインの手には小さいレンズがあった。

エルレインはレンズを眺めた後、そっと握り力を込める。そうすれば指の間から強い光が漏れる。

 

「そこでは、貴方の望むままに、この子も、娘さんも、家で幸せに暮らしている。貴方が望むのならば奥さんも」

 

手が見えなくなるほどの光が出来たとき、男はその光の意味に気づいたらしく、少年を抱えていた腕の一つをエルレインのほうへと伸ばし、その手を強く握り締めた。

 

「やめてくれ!……やめてくれ」

 

その必死の形相に、エルレインの手の中にある光が収まっていく。

 

「…何故?」

「私は…私はこの子を助けてやりたいんだ…私の作り上げた都合の良い子ではない、他でもないこの子を!」

 

顔をくしゃくしゃに歪めた男は、エルレインから手を離すと、また少年を抱きしめた。

他でもない、この子を

その言葉に、エルレインは今までわからないと言い続けたことの答えを、どこかで見出した気がした。だが、それを肯定したくなくて、頭の隅から追いやった。

 

エルレインはゆっくりと立ち上がると、この部屋の窓と反対面に位置する扉のほうへと歩く。そして、ドアノブに手をかけたところで動きを止めた。

後ろを振り向く。

そこには、ストレイライズ大神殿の一室に住む哀れな親子。

 

「ヒューゴ=ジルクリスト。それでも、貴方は私を、神を求めるのですね」

「………」

 

ヒューゴは言葉では答えなかったが、俯いていた頭をさらに小さく下げた。

僅かに、その肩が震えている。

 

「私は……それでも、私は……」

「いいのですよ」

 

エルレインは勤めて優しく語りかけた。

ヒューゴが僅かに顔を上げる。可哀想な父親に、エルレインは安心させるように微笑んだ。

 

「いいのです。神を求めてくだされば…その為に私は此処にいるのですから」

 

そしてエルレインは扉を開け、部屋から出た。

 

そこには一本の廊下があり、また奥には扉があった。

 

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