最後の小片 – 10

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キィ、と音を立てて扉が開かれる。

もう既に日は落ちた。孤児院の子供達は全員部屋の中にいるはずだ。

今、この扉を開けるものがいるとしたら、近所の誰かか、それとも

 

「……母さん」

 

声をかけられ、ルーティは期待していた通りの顔が目の前にあることに安堵を覚えた。思わず表情が和らぐ。

 

「あら、また帰ってきたの?で、今度は何時また旅に出ちゃうわけ?」

 

本当は、また無事に帰ってきた息子に喜んでいるのだが、ルーティは無駄な期待をしないように、と手をつけていた洗い物の続きを始める。

階段が軋む音が立つ。適当に子供達の相手をしていたスタンが降りてきたのだろう。

 

「お、カイル。帰ってきたのか。ナナリーやルゥは元気にしてるぞ」

「父さん……、母さん、あのね」

 

いつものカイルらしからぬ真剣な声色に、ルーティは水道の水を止めて、今度はしっかりと振り返った。

 

「……どうしたの?とりあえず座りなさい。どうせまた疲れてるんでしょう?」

「あ、うん」

 

手を拭きながらもルーティはカイルの様子を伺う。

今度はどんな厄介ごとを抱えてきたのだろうか。

そんなことを考えながらカイルを見ていると、ふと、見慣れぬ剣を持っていることに気付いた。

 

かなりの大きさがあって、禍々しい剣。

見慣れぬ、というのは、カイルが持っていた剣ではないというだけで、ルーティはもう遠い昔に、確かにそれを見たことがあった。

 

見る見るうちにルーティの顔が青ざめていく。

 

「……母さん?」

「あんた……なんで………」

 

母親の様子に気付いたカイルが小首をかしげ、声をかける。

ルーティは震える声を僅かに出すことしかできなかった。

スタンもルーティの様子が可笑しいことに気付き、カイルの方へと眼をやり、そして硬直する。

 

「カ、イル……それは……」

 

両親の変化の理由が分からなかったカイルは首を傾げていたが、やがて二人の視線が手にしていた剣へと向われていることに気付く。

そして、己にとってはそれは仲間であるが、彼らにとっては忌まわしい敵だった形であることを思い出す。

 

「あっ!ちょ、ちょっと待って、父さん、母さん」

 

だが、既にカイルの声は通ることなく、ルーティが酷い形相でカイルのほうへと歩み出た。

 

「あんたが何でそれを持ってるの!?今すぐ捨てなさい!」

「ま、待って…っ母さん」

「ルーティさん!?落ち着いてください…っ!」

 

剣を持つ腕を捕まれ、強く引っ張られるのを何とかカイルは抵抗し、説得を試みる。

後ろで見ていたロニも声をかけるが、それでもルーティはその言葉を受け入れる余裕もなく、ただただ息子からその剣を引き剥がそうとするのみだった。

ルーティにとっては、それがレプリカだろうが本物であろうが、どうでもよかった。ただ、その形をしたものが息子の手にあるのが恐ろしかったのだ。

 

「ダメっ!ダメなのっ!お願いだからそれを離して!」

 

言葉も声色も、縋るようなもので、今にも泣き出しそうな程だ。

錯乱したと言っても過言ではない。硬直していたスタンもルーティの肩へと手を伸ばす。

だが、この事態を治めたのはスタンではなく、その剣だった。

 

『初めまして、ルーティ=カトレット』

 

聞いたことの無い声にルーティの眼が見開かれる。

 

『ベルセリオスよ』

 

スタンとルーティの表情に困惑の色が濃く浮き出た。

今まであんなに必死だったルーティの手からも力が抜け、カイルも肩の力を抜く。

先ほどの騒ぎとは打って変わって静まり返った孤児院に、ベルセリオスの淡々とした声だけが響いた。

 

『あなたの弟と父親のことは、謝って済むことじゃないから何も言わないわ。でも、今はとりあえず私の話を聞きなさい』

 

ソーディアンマスターの資質がないロニとリアラは、何が起こったのか分からないが、ハロルドが何かを話したのだろうと検討付け、カイルへと視線を向ける。

だが、当のカイルはハロルドの口から出た言葉に気を逸らされていてそれに気付かない。

 

ルーティの表情が困惑から僅かながら動いた。

カイルの腕を掴んでいた手も、完全に離される。それと同時に、ハロルドは言った。

 

『二人とも、今生きてるわよ』

 

ダン、とスタンが一歩足を踏み出す音が大きく響く。

びっくりしてカイルが思わず一歩下がった。スタンは何かを言いかけたが、目の前のルーティへと視線を一度送ると、またルーティの後ろへと下がった。

当のルーティといえば、混乱しているのか、ただ震える声で言う。

 

「それは………どう、いう……」

「あ~、えっとね、母さん」

 

ルーティの不安や混乱を打ち消すような勢いでカイルが明るい声を上げた。

とりあえず、落ち着いて話せる状態にせねばと、子供ながら考えたのだ。

 

「とりあえず、ハロルドの話聞いてくれないかな」

「……ハロルド?」

「あ、うん。ベルセリオスの名前。俺達の仲間なんだ」

「仲間………?」

 

やはりまだ混乱から解けていないのか、ルーティはただ単語を繰り返す。

だがやがて、前にカイルがした冒険の話の中に、ハロルドという人物が出てきたことを思い出す。ハロルドとしか聞いていなかったから、ベルセリオスへと結びつくことがなかったのだろう。

 

ルーティが少しずつ落ち着いていくのを見計らい、カイルは真剣な表情で両親を見た。

 

「それに、俺からも母さん達に話したいこと、聞きたいこと、あるから」

 

その息子の真剣な表情に、ようやくルーティは我を取り戻した。

何とか玄関前からテーブルの方へと移動し、腰を下ろすところまできたが、緊迫した雰囲気からはやはり中々抜け出せない。

両親の硬い表情に、カイルは頭を掻きながら困った表情で切り出した。

 

「えと……何から話そうかな……」

「ハロルドはいつ話すんだ?カイル、こいつ何か知ってるんだろ?こっち着いてから話すって言ってたじゃねぇか」

 

そんなカイルにロニが痺れを切らしたように言った。

彼の言うとおり、ハロルドは何かを知っているような素振りを見せた。

思わぬ形での再開に驚きながらも喜んだ一行に、ハロルドは言ったのだ。『あいつのことなら分かるから、まずは孤児院のほう行くわよ』と

だが、ロニ達の期待に反して、ハロルドから帰った言葉はやはりどこか淡々としていた。

 

『あんたの母親が腹割って弟と父親のこと全部話したら話すわよ』

 

その言葉に、やはりルーティの顔が強張る。

カイルはルーティの表情を伺いながらもハロルドの言葉をロニとリアラへと伝える。

 

「えっと……母さんが、母さんの弟と父親のこと話したら話す。ってさ」

「…あ?……ルーティさんの、弟と父親って、なんで今そんな……関係あんのか?」

『関係あるに決まってるじゃない』

「関係あるに決まってる。ってさ」

「なんで関係があるんだよっ!俺達はジューダスのことでだなぁ」

 

中々話が進まずにイライラしだすロニ。

ルーティは何をどこまで話すべきか考えているのか、探るようにカイル達のやり取りを見ている。スタンも口を開く様子はない。

中々事が動かない中、ようやくハロルドが会話を進めた。

 

『その弟っていうのがジューダスよ』

 

ぴくりと、ルーティの肩が動く。

 

「えーっと弟がジューダスだってさ。……ジューダス?……え?」

「………は?」

 

カイルはそのまま復唱したところで、ようやくハロルドの言った言葉の意味に気付き硬直した。ロニとリアラもまた固まっている。

そして息を合わせて二人は声をあげた。

 

「えぇっぇぇぇええええぇええっ!?」

「お、弟ぉおお!?」

 

子供達だけが騒がしくなる中、ハロルドはルーティにだけ意識を向けていた。

 

『話す気は起きた?』

 

それに、ルーティは小さくため息をつき、一度こめかみへと手を当てた後、弱々しい表情でベルセリオスのコアクリスタルへと視線を向ける。

 

「……ジューダス、って……リオンのこと……?」

『そうよ』

 

話が進み始めたことに、カイル達も騒ぐのをやめてルーティへと視線を向けた。

 

「あ、ごめん母さん……この前帰ったとき、そのことちゃんと言わなかった」

 

ルーティは眼を瞠る。カイルがリオンの名に反応しなかったことを驚いたのだ。先ほどみたいに気付いていないわけではない。ジューダスがリオンだということを知っているのだと

 

「……リオンと、旅をしたの?」

「…うん」

 

ルーティは俯き、顔を手で覆った。

カイルがリオンという名に嫌悪を示す様子は一切無い。ただ、心配そうにこちらを伺うのだ。ルーティを心配してでもあるが、恐らく、仲間であるリオン…ジューダスを心配して。

実の息子が死んだはずの弟と旅をしていなんてこと、にわかには信じがたい。

だが、ハロルドと呼ばれるソーディアンベルセリオスの存在、まだ小さいナナリーからの言葉らが証言する。全て、本当なのだと

 

「あの……母さん、……えっと、」

 

カイルは何と声をかけていいのかわからず、こめかみを人差し指で掻いている。

ルーティは深くため息をつき、顔を覆っていた手を離した。

 

「別に、怒ってないわよ。いいわ。あたしも、あんた達にずっと黙ってきたんだもの。お相子よ」

 

ルーティは微笑んだ。カイル達がリオンに対して嫌悪を抱いていないと分かった今、ルーティはもう話すことを躊躇う必要がないのだ。

隣に居るスタンも、平静に見えて、右足を揺すっている。きっとリオンのことが聞きたくて仕方がないのだ。

 

「話すわ。全部。……だから、あんた達も、教えて………あいつのこと」

 

ルーティの瞳が喜びと悲しみを混ぜながら揺れた。

 

 

「何から、話そうかな……」

 

今度、その言葉を発したのはルーティだ。昔を思い出しながら細められる眼にはやはり悲しみが色濃くあるようで、カイルは質問するのを少し躊躇った。だが、それでも怖ず怖ずと問いかける。

 

「本当に、姉弟……?」

「うん。本当に、血の繋がった姉弟」

 

答えたルーティは僅かながらも自嘲の笑みを浮かべた。

思わずカイルが口を噤む。ルーティはそんな息子の様子に先ほどとは違う笑みを浮かべ、話し出す。

 

「あたし、孤児院の出身だったって、言ったっけ」

「あ、……うん」

「生き別れの姉弟だったの。………知ったのは、本当に、…最後のときだったけど」

「それって……」

「海底洞窟で」

 

カイルは息を呑んだ。つまりは、リオンが死ぬ直前にそれを聞いたというのだ。

リオンと戦う直前に、それを聞いたということだ。

 

「ほんっと、馬鹿みたいよね……全然気付かなかった」

「そりゃ……仕方ないんじゃ」

 

ロニがそう言うも、ルーティは悲しげな表情を変えることはなかった。

 

「でも、あたし姉なのよね。本当に、あいつの……これは、事実だから」

 

ロニもまた、返す言葉を失う。

同時に、胸の内に混みあがったのは怒りだった。

 

(あいつ、何してんだよ……馬鹿野郎)

 

あの旅の最後、クレスタに寄った時、ジューダスは妙にルーティから逃げていた。他の四英雄でもそうだったが、どこかそれらとは、また様子が違った気がしたのを覚えている。

 

はぁ、とため息をついたロニの隣で、カイルがまた口を開く。

 

「ねぇ……ジューダスは、……何で母さん達をうら……ん、…裏切っちゃった、のかな」

 

言い辛くも聞くカイル。尋ねる時は思わず逸らしていた視線を、恐る恐るルーティの方へと向けなおす。迎えたのはただ唖然と眼を見開きながらカイルを見ているルーティの姿だった。

 

「あんた、聞いてなかったの?」

「え……」

「一緒に旅したんでしょ?」

「うん、でも、あんまりジューダス昔のこと喋りたがらなかったから」

「でも、あんたジューダスがリオンだって、知ったんでしょ?」

 

カイルはルーティが何を言いたいのかわからず、きょとんとした顔で首をかしげた。

畳み掛けるように質問していたルーティはカイルのその姿にまた唖然とする。

 

少し妙な間ができた後、突如くつくつと笑い、肩を震わせ始めたのはスタンだった。

 

「……スタン」

「あはは、あは、ははははは……」

 

目じりに涙を滲ませながら笑うスタンに、ルーティもまた確信した。

真実を知らなくとも、仲間だと言っているのだ。この子は

その事に、どれだけあの孤独な少年が助けられただろうか

そう思うと、胸の内から込み上げるものが抑えられなかった。

 

スタンが目じりに浮かんだ涙を人差し指で払いながら、ルーティへと視線を寄越す。

 

「さすが、俺達の子だな」

「………やだ、あんたの子だからでしょ?馬鹿みたいに丸写しなんだから」

「ルーティの子でもあるから、だよ」

「……知らない、もう」

 

完全に顔を手で覆いながら言うルーティに、スタンはまた笑う。

取り残されたカイルは唖然としているが、ロニに肩を突かれて分からないながらも黙ってそれを見ていた。

 

やがて収まったのか、ルーティが手を離し、またカイル達に向き直る。

 

「……ありがとね」

「母さん?」

「えっと、あいつが何であんな行動したか、だったわよね」

 

カイルがコクリと頷く。ルーティは小さくため息をつき、そして息を吸った後、話し始めた。

 

「あのね……あいつにはね、護りたい人がいたの」

「護りたい、人?」

「そ。あいつにとって、とても大切な人。自分の命よりも、大切だった人」

 

「それで本当に命捨てるなんて、ほんとあいつ馬鹿よね」とぼやくルーティにカイルは眼をただ瞬かせた。ジューダスにとって大切な人。想像がつかなかった。

カイルが考え込む隣でロニが聞く。

 

「あの、なんでそれで……?」

「……人質に取られちゃったのよね」

「えっ!?」

 

カイルが勢いよく顔を上げる。思わずリアラが口元に手を当てた。

ルーティは眉を寄せ、手を組みながら答え続ける。

 

「ヒューゴに、……脅されたの。……だから、あいつは、ああするしかなかったのよ」

「……そんな」

「………俺達がその事を知ったのは、リオンと戦うずっと後だった。でも、あいつがそんなことする奴じゃないってこと、俺はわかってたよ。でも、助けてやれなかった」

 

今まで黙っていたスタンが、ゆっくりとそう話した。

カイルは眼を瞠ってスタンを見た。見たことの無い弱弱しい姿だった。

後悔しているのだと、すぐにわかった。18年経った今でも、忘れられない傷なのだと

 

ロニが重たいため息を吐きながら呟く。

 

「なるほどな……やっぱ、リオンはジューダスだってわけか…」

「……ん?何?」

 

それを聞いたルーティが尋ね、ロニは肩を竦める。

 

「リオンも、何でも一人で抱え込む馬鹿だったってことっすよ」

「あぁ、……なるほどね。……あいつも、相変わらずだったの」

 

ルーティもまた寂しげな表情を浮かべながら肩を竦めた。

 

「ね、ねぇっ!その人質になった人はどうなったの?!」

 

音を立てて立ち上がり、焦るようにそう尋ねるカイルに少しばかりスタンとルーティは驚く。スタンが「落ち着けカイル。とりあえず座るんだ」と言えば素直にそれに従ったが、眉を寄せてこちらを見ているのは変わらない。

 

「まったく、本当に何事にも必死なんだから。誰かさんににそっくり」

「あははは……」

 

ルーティから睨みつけられスタンが頭を掻く。

そわそわし始めたカイルを見て、ルーティは微笑みながらも告げた。

 

「無事よ。今も生きてるわ」

「ほ、ほんと!?」

「当たり前じゃない。あいつが、護ったんだから」

 

ほっとカイルは胸を撫で下ろす。

一安心したが、その後押し寄せてきたのは理解と共に来る悲しみだった

あのジューダスが仲間を裏切るなど、考えられないと思っていたが、こんな理由があったとは。きっとジューダスも敵対したくなど無かったに違いない。だからこそ、あんなにも寂しげな眼をしていたのだ。

 

「あの……」

 

リオンのことを話し終え、各々黙り込んでしまった中、リアラが怖ず怖ずと声を上げた。

 

「ルーティさんの……お父様、というのは…」

「あ。そうだ。母さんのお父さんの話っていうのは?」

 

ジューダスの、リオンの真実に気を取られ忘れていたのだろう。カイルは顔を上げる。

 

「……父さん、はね………」

 

再び暗くなるルーティとスタンの表情。

弟はジューダスと聞いていたが、ルーティの父についてはまったく知らないカイル。ただルーティの言葉を待った。

どうやって話そうかずっと考えていたルーティだが、やがて息を付き、たった一言零す。

 

「ヒューゴよ」

「……ん?」

 

当然小首を傾げるカイルに、ルーティは告げた。

 

「ヒューゴ=ジルクリストが、あたしと、リオンの父さん」

 

カイルもロニもリアラも、完全に言葉を失った。

「あのね、カイル」とルーティはどこか縋るように言う。

 

「ヒューゴは……本当は、あんた達が思ってるような人じゃ、ないのよ」

「えっと……?」

「ヒューゴは……ヒューゴ、は……」

 

中々次の言葉を言わず、ルーティの視線がカイルの手元へと行く。

カイルはその視線を辿っていくと、またもベルセリオスがそこにあった。

それと同時に、ベルセリオスのコアクリスタルが僅かに光る。

 

『ヒューゴ=ジルクリストは操られていただけよ。ミクトランに』

「……え?」

 

今まで黙っていたハロルドが突如話したその内容に再びカイルは固まった。

理解が追いつかない。

そんなカイルの様子にロニが覗き込み、「どうした?」と聞いた。

 

「あ、えっと……ハロルドが、ヒューゴはミクトランに操られていただけだって」

「……ヒューゴ、が?……ちょっと待てよ、おかしいだろ。ミクトランはヒューゴが蘇らせたんだろう?」

 

ロニが眉を寄せながら言い、そしてルーティとスタンへと顔を向ける。

だが、二人は何も言わない。ただ眉を寄せて黙り込んでいる。

暗にハロルドの言葉が正しいと言っていた。

 

『ベルセリオス、ミクトランとの戦いで壊れちゃってたの、知ってたっけ?』

「え、ううん。知らない」

『まぁ、壊れてたの。うんともすんとも言わなかったから、もう一度コアクリスタルに精神投与したりしてみたんだけど、それでもダメだったの。何かと思ったら、こん中ミクトランが入ってたのよね』

「……え!?」

「な、なんだ?」

 

ロニが聞くが、カイルは先ほどの言葉を復唱するほどの余裕がなく、大きな目を震わせていた。やがてカイルの変わりにスタンが重々しく答えた。

 

「ハロルド、だったよな……の言うとおり、……壊れたベルセリオスにミクトランの精神が入り込んでいたって話なんだ。……ヒューゴは偶々そのベルセリオスを発掘し、そしてミクトランに支配されたんだ」

「そんな……」

「じゃあ……ヒューゴは……」

 

ロニの言葉に、スタンは黙って頷いた。

 

「じゃあ…っ、母さんは……本当の、父さんを………ジューダスは、父さんに…っ!?」

 

カイルは泣き出しそうな声で言う。

ルーティはただ、悲しげな笑みを浮かべた。

 

沈黙が降りる。カイルもロニもリアラも、18年前の騒乱の裏に隠された悲劇に言葉が出なくなった。

その沈黙を破ったのはルーティだった。

 

「さあ、……全部、話したわよ」

 

その言葉はハロルドへと向けられているのがわかり、カイルは今まで手に握り、膝に置いていたベルセリオスを机の上へと置き直した。

ベルセリオスのコアクリスタルが再び僅かに光った。

 

 

 

18年前のことを全て話し終えたルーティは、じっとソーディアンベルセリオスを見つめる。

ベルセリオスは言っていた。二人は今生きていると

スタンもまたルーティと同じようにベルセリオスを見ている。やはり気になるのだろう。

どれだけやり直したいと思ったことか、何度後悔をしたことか

その二人が今生きていると聞いて、今冷静で居られることのほうが可笑しい。

 

『そうね。その前に、ジューダスについては理解できてる?』

「ジューダスはリオン。だろ?」

 

ハロルドの言葉に首をかしげ、やはり焦れているのだろう、眉を寄せながらスタンが問う。

だが、ハロルドはマイペースに続けた。

 

『そういう意味じゃないわ。まず、死んだはずのリオンが生き返ったのは私達が敵対した神の化身であるエルレインがリオンを生き返らせたの』

「あ……そうか、そう、だったのか」

 

リオンがジューダスとして何故存在していたかという疑問をすっかり忘れていたスタンは、納得したのか、こくこくと首を縦に振る。

その隣で次はルーティが眉を寄せた。

 

「でも、カイルの話では歴史の修正をしたから、仲間達は皆帰っていったって…」

『そう。ジューダスは歴史を修正したから消えたわ』

「……消えた?」

『リオンは死んだ人間だから、あいつが帰るってことは死人に戻るってこと』

「……ハロルドも、知ってたんだ」

 

何の淀みもなく紡がれるハロルドの言葉に、カイルが眉を寄せて言えば、ハロルドは「まぁね」と素っ気無く返した。

カイルの表情にルーティもまた顔を顰めた。

 

「それで……なんで、また……生きてる、って?」

「エルレインが……蘇ったんだ」

 

カイルの答えにルーティは首を傾げる。

 

「エルレインって、確か神って奴、よね?消えたんじゃなかったの?」

「人が幸福を望む限り生き返る。って……」

 

途方の無い話だ。戦い続ける覚悟はある。だが、それでもやはり、終わりの無い戦いを思うとカイルは言葉を続けることができず、視線を落とした。

そのカイルに代わり、ハロルドが続ける。

 

『で、再びエルレインはジューダスを生き返らせたってわけなのよね』

 

ルーティの瞳が揺れた。その唇は小さく「……生きてる……あいつ、が……」と動いた。

カイルは顔を上げ、聞くことの叶わなかった言葉に首を縦に振る。

 

「さっきまで旅にまた出てたのは、エルレインが生き返ったって知ったからなんだ」

「なるほど……それで、どうなったんだ?」

 

促したのはスタン。

カイルは色の無い廊下で再開した仲間の姿を思い出し、また表情を暗くした。

 

「………その、……ジューダスが…………」

『ジューダスは今エルレイン側に居ると思うわ』

 

やはり歯切れの悪くなるカイルの代わりに、ハロルドが告げた。

スタンとルーティの表情が硬くなった。やはりカイル達の様子からある程度この事態は予想していたのかもしれない。

カイルは思わず机に手を突き立ち上がった。

 

「でも!でもね…っジューダスは俺を助けてくれたんだ!だからきっと、父さんの時みたいに、ジューダスは何か理由があってああやって行動してるんだ!」

「わかってる」

 

必死に弁解するカイルだが、返ってきたスタンの声は思った以上に冷静で、力強く安心させるものだった。

その言葉にカイルは体から力が抜けていき、再びストンと椅子に座り込む。

やはり両親のほうが、ジューダスをよく知っているのかもしれない。そんな風に思った。

 

「……俺、でも……ジューダスがなんで、エルレインのところにいるのか、全然わかんなくて…っ……俺、ジューダスのこと全然知らないから、だから……」

「……そうだったか」

 

項垂れるカイルを見て、スタンは眉を寄せる。

カイルの姿は18年前のスタンの姿だ。自然とスタンの表情も暗くなる。

 

そんな金髪親子の間に割って入ったのはロニだった。パン、と手を叩き空気を切り裂いた後に、ベルセリオスへと視線を向ける。

 

「…さて、いい加減話してくれてもいいんじゃねぇか?ハロルド」

 

ようやくスタン達は顔を上げ、ベルセリオスの方へと視線をやった。

突然集まる視線にも、やはりハロルドはマイペースに答えた。

 

『といっても、私ほとんど話したようなものじゃない』

 

カイルはロニと視線が合い、ハロルドの言葉を戸惑いながらも復唱した。

当然ロニはカイルから聞いたハロルドの言葉に顔を顰める。

 

「あぁ?全然わっかんねぇよ!」

『だから、言ったでしょ?二人は生きてるって』

 

ハロルドの言葉に、カイルはようやく彼女が何を言いたいのか気付き、目を丸める。

 

「あ、二人って……ジューダスだけじゃなくて、ヒューゴも……」

 

気付いたのはカイルだけではない。ルーティにとっては既にずっと聞きたかった事柄だ。

 

「………ヒューゴには会ってないの?」

「俺達は会ってない、と思うけど…」

「何でハロルドはヒューゴが生き返ってるって知ってるの?」

 

話が核心に迫ってきたからか、カイルにはハロルドがにやりと笑ったような気がした。

 

『私もヒューゴと一緒にエルレインによって蘇ったからよ』

「えぇっ!?そうだったの!?」

『普通気付かない?ベルセリオスは18年前の騒乱で外殻ごと吹っ飛んだのよ?』

 

思わぬ言葉に驚きの声を上げるカイル。

ハロルドに言われ「確かに」と納得する。そしてまたロニに小突かれハロルドの言葉を復唱する。

その間にもルーティはハロルドへと問いかけた。

 

「カイル達の旅のときは、ヒューゴは生き返ってなかったんでしょう?」

『そうよ』

「前の旅の時は、あいつはそのエルレインって奴と敵対して、カイルと一緒にいた」

『うんうん』

(うわぁ……なんかハロルド楽しそう)

 

ハロルドの口調が明るくなっていくのに、少しばかり引きながらカイルは思う。

今頃ジューダスを連れ戻す計画を頭の中で計算しているのだろうか、それとも既に計算し終え、今その計画の最中にあるのか

どちらにせよ、楽しんでいることには間違いない。

ジューダスには少しばかり同情するが、カイルの中に希望が溢れてきた。

きっと、もうすぐ、答えが分かる。

 

「……ヒューゴは………今……」

『ミクトランの支配はないわ』

 

表情を暗くしたルーティが何を問いたいのか直ぐに察知し、ハロルドはキッパリと答えた。

ルーティの表情が変わる。

 

「じゃあ、……あいつは、ヒューゴと、一緒にいるの……?」

『恐らくね』

 

二人の会話を聞いていたカイルが「あ」と声を上げる。

 

「もしかして……ジューダスはお父さんを護りたい、の?」

 

だが、口にしてからカイルは自分で言った言葉に疑問を抱く。

当たらずも遠からずと言った感じのようで、どこか空気を掴む感じがした。

 

ハロルドの意識がルーティからカイルへと向う。

 

『ねぇ、なんで私も一緒に蘇ったと思う?』

「え、それは……」

 

突然の問いに戸惑うカイル。彼が悩む前に、ルーティから答えが出た。

 

「ミクトラン……?」

『正解☆』

「え?でも、ミクトランは……」

 

「今は、居ないのでは……」そう続けようとしたカイルだったが、ハロルドは「ヒューゴはミクトランに支配されていない」としか言っていないことを思い出す。

 

『今はエルレインがミクトランの精神を封印して持ってるわ』

「……え?……それ、って」

 

カイルは眼を見開いた。

少しまだ頭が混乱して確かな答えは出していないのだが、とても嫌な予感がしたのだ。

目の前に居る両親のほうへと視線をやれば、彼らは気付いたのか、表情を硬くしていた。ルーティは顔色が悪い。

 

『わかったでしょ?』

「……ヒューゴは今、まだ………ってことは」

 

本当のヒューゴが生きている。だというのに、ミクトランもエルレインが蘇らせている。

そして、ジューダスが何故か、エルレイン側についた。

ピースは、そろった。

 

カイルがそれを繋げる前に、ハロルドが完成したものを差し出した。

 

『エルレインがジューダスに、もっかいヒューゴの中にミクトランぶち込むぞ~って脅したか何かでしょうね』

 

ダンッと突如大きな音が空気を震わせ、カイル達は大きく肩を震わせた。

目の前には机を叩いて立ち上がったルーティの姿。音を出した本人であるルーティの肩もまた小さく震えていた。

 

「か、母さん……」

 

カイルが躊躇いがちに呼べば、ルーティはカイル達に背を向け、拳を握る。

そのルーティをスタンもまた立ち上がり、支えた。

 

18年前のことを伝え聞いてしか居ないカイル達には、今ジューダスが置かれている現状の重たさが今一つ分かりきれない。

だが、ルーティが肩を震わせながらぽつりぽつりと呟く言葉に、胸を少しずつ締め付けられていく。

 

「どうして……っ!また、……また……っ!」

「ルーティ……」

「なんで、あいつなの……っ、どうして…、あいつらなの……っ」

 

蘇ったのは命だけでなく、18年前の悪夢そのものだった。

カイルはまたかける言葉を失うが、スタンがルーティの背を撫でながら力強く言う。

 

「また、じゃない。もう繰り返さない。今度は絶対リオンを取り戻す。そうだろう?」

 

震えていた肩が止まる。

やがてルーティはこくこくと何度も頷いた。

そんな二人の姿に、カイルは再び強い決意が芽生えた。

 

 

スタンがルーティを落ち着かせるのを見ながら、ロニはふとベルセリオスへと視線を向けた。

 

「ハロルド、お前はなんであんなところに居たんだ?」

 

ベルセリオスはエルレインによって蘇ったというが、彼女はクレスタ付近の浜辺に打ち上げられていたのだ。

皆の疑問にハロルドはけろりとした声色で答えた。

 

『ヒューゴが私を見た瞬間放り投げたからよ』

「あー……」

 

その言葉にロニは思わず言葉を失い、ハロルドに同情めいた視線を送った。

ヒューゴもまた、ルーティのようにベルセリオスを見た瞬間18年前のことを思い出して恐れたのだろう。

 

『だから仕方なしにベルセリオスからミクトランの精神だけ抜いて、今エルレインが持ってるってわけ』

「……なるほど、な……そりゃ災難だったなぁ」

『そうかしら?ラッキーだったっしょ?此処に辿り着いちゃったんだから。う~ん!さすが私よね。運すらも味方につける♪』

「そりゃ……気にしてなくて何よりだ」

 

ロニは1000年経っても相変わらずの様子であるハロルドに苦笑いした。

ちょっとした疑問も解消され、再び沈黙が落ちる。

ロニとハロルドのやり取りにカイルは一度目を向けただけで、直ぐに視線を落としていた。やがてその視線をゆっくりと上げる。

こちらに背を向けているルーティは、未だに肩が震えており、時々手を目元へとあてているようだ。

 

「ジューダス……何で相談してくれないんだ…」

 

誰もが幾度となく胸中で呟いた言葉を、再びカイルは口にした。

当人以外への返事は期待していないものだが、ハロルドは感情の篭らぬ声で答えた。

 

『あいつがあんたに相談できるわけがないじゃない』

「なんで!」

 

ハロルドの言葉はジューダスを庇うものではなく、ただ事実を述べただけのものだった。だが、それでもカイルにはそれを許せず口調がきつくなる。

それに対するハロルドの反応も、また淡々としていた。

 

『だってヒューゴはあんたにとって祖父にあたる人物よ?』

 

突如そう言われ、カイルは一瞬固まり、その後小首を傾げる。

言われてようやく気付いたのだろう。ヒューゴと己が血縁であることにまで考えが達しなかった。

気付いた思わぬ繋がり。だがカイルにはそれが他人事のように感じとれ、何とも実感が沸かなかった。また、何故ハロルドがそのことを取り上げたのかもわからずカイルは首をかしげたのだ。

 

その反応は予測済みだったようで、さらりとハロルドは続きを言う。

 

『憶測だけど、血の繋がりを気付かれたくなかったとかね。あとミクトランはやっぱ強いからねー』

 

ミクトランの強さを良く知る彼だからこそに、巻き込みたくなかった。

納得は行かないが、その気持ちは理解できる。だが、カイルには前者のほうを理解することが出来なかった。

 

「………なんで?気付かれたくないって…」

『血縁だからって理由だけで憎しみを向ける者は少なくないのよ』

 

再びハロルドに答えをもらっても、カイルにはやはり理解できなかった。

だが、カイルは自分自身の答えではなく、他の人の言葉を思い出す。そう、ハロルドの言う者は、確かに居るのだ。

18年前の騒乱で被害を受けた者はその憎しみを晴らす術を失い、憎しみの矛先を今は亡き首謀者から他の者へも広げていく。

近しき者、オベロン社に関わっていた者、……血縁者。

幸い、あの騒乱首謀者の血縁者は知られていない。または既にあの戦いで既に亡くなっている。だが、それでも目に見えぬその者たちにさえ時に罵倒は飛ぶのだ。

 

それは、あの旅の時にも聞いた。

ジューダスがリオンだと知る前は、気にすること無く聞いていた。

知ってからは聞く度にジューダスの顔色を伺った。

 

リオン自身に対する罵倒については、ジューダスは顔色一つ変えなかった。ただそれを受け入れていた。

だが、これに対してだけは、彼は表情を曇らせていた。

彼は己の傷には疎いが、周りへの傷には酷く敏感だ。

恐らく、ジューダスとなってからは特に

 

カイルは眉間に皺を寄せ、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……なんで、そんなの…おかしいよ」

 

カイルは思う。もし、己が彼らの血縁だからといって罵られることがあっても、絶対ジューダスを責めない。だって、彼の本質を知っているから。

そんなことよりも、それを理由に距離を置かれるほうが苦しい。

 

『だから、そう言いに行くんでしょ?』

 

表情を暗くしたカイルに、ハロルドは言った。

その言葉に、カイルは顔を上げて強く頷く。

 

カイル達が話をしている間に、取り乱していたルーティも随分と落ち着いていたらしい。今はカイル達のほうへと強い瞳を向けている。

 

『あんた達はどうする?』

「もちろん行くわ!」

 

ハロルドの問いにルーティは間髪居れずに答えた。

カイル達が良く見てきた仮面の奥に隠されていようとも輝く強い瞳と同じものを持っている母。少しばかりその眼は赤く潤んでいたが、それでも輝きは少しも衰えていない。

スタンもまたそんなルーティに続いて答える。

 

「俺も行く。……リオンには、言いたいことが山ほどあるからな」

 

二人の迷いなき言葉に、念を押してハロルドは更に問いかけた。

 

『またヒューゴ=ジルクリストと戦うことになっても?』

 

カイルは僅かに体を揺らす。

ジューダスを連れ戻しに行くということは、つまりそういうことなのだ。

 

動揺を表すカイルに反して、ルーティとスタンの瞳は揺らがなかった。

 

「戦うわ。……護る為に、よ」

 

その答えにハロルドは心底嬉しそうに笑った。

 

『ぐふふふふ……♪スタンとルーティが一緒なら、あいつきっと眼をまんまるにして硬直するわよ。一番ルーティに気付かれるのが嫌だったでしょうからね~♪あいつの計画全部台無しになるわね。ぐふふふふふ!』

「はは、いい性格してるな、お前」

 

スタンが釣られて笑う。更にそれに釣られ、カイルもまた笑みを零した。

分からなかったことは、全て知ることが出来た。

それにより大分心にゆとりが生まれた。

 

「あいつがいる場所はわかるの?」

「多分アイグレッテのストレイライズ大神殿に、まだいると思う」

 

ルーティの問いにリアラが答える。

 

『でしょうね。……さて、それじゃあ、ストレイライズ大神殿突入作戦を立てるとしましょ』

 

改まってハロルドがそう言うので、皆表情を引き締める。

 

『ジューダスはハイデルベルグ城からレンズを奪った後、エルレインの移転によりその場から姿を消した。ね?』

「うん」

『ジューダスはミクトランの復活を阻止したいからエルレイン側についている。だけれども間違いなくエルレインに反発はしてるわ。大人しくレンズを渡すことはしないでしょうね。乗り込んだのもエルレインの手に渡る前に手中に収めておこうとした。っていうのもありでしょうね』

 

ハロルドの言葉に納得の意を表し頷くカイル達。

そんな中、ロニが口を開く。

 

「いや……あいつ移転の前に大怪我したから……。それに、どちらにしろそこでミクトランのこと出されたら渡すしかなくなるんじゃないか?」

『あいつが黙って付き従う可愛い奴なわけないじゃない。エルレインに従う中でも突破口を探していたはずよ。レンズがエルレインの手に集まる前に行動を起こせるように考えているはず。たとえ大怪我していようともあいつがそれを許すとは思えないわね』

 

でも、とハロルドは続ける。

 

『もしもの時もあるかもしれない。それに、あいつその突破口に絶対碌なこと考えてないわ。だから、タイムリミットは近い』

 

その言葉に皆の表情が重たくなる。

 

『だから、今回の目的はあいつを引っ張り出すのと、必ずレンズを奪還すること。私達にはまだ時間が足りないわ。反対に、時間を引き伸ばすことさえ出来たら、こちらが有利になる』

「有利って……ハロルド、お前後々何か企んでるのか?」

『ぐふふふふふ♪今回の作戦がうまくいったら分かるわよ』

 

ハロルドが笑う中、ルーティが難しそうな表情で尋ねる。

 

「そのエルレインって奴とリオンは、本当にちゃんとストレイライズ大神殿に居るのかしら」

『70%くらいの確立でまだ居ると思うわよ。ハイデルベルグのレンズが確実に手に入ると決まったわけじゃないからアタモニ神団からまだ出たくないでしょうし、私達に居場所がバレているけど、その時はジューダスを盾にするでしょうしね』

 

居場所はほぼ確定したところで、次に問題なのはそこへの侵入だ。

その問題を取り上げたのはカイルだった。

 

「そういえばさ、神殿への侵入どうしよう……。兵一杯だからさ、音立てると直ぐ来ちゃうんだ。俺達が音を立てないようにしても、前みたいにジューダスが晶術使ったら終わりだし……」

『あら、カイルにしては随分と賢いことを言うわね。でもそれに関しては心配無用よ。せっかくの英雄の肩書き、有効利用しないでどうすんの』

 

カイルは感動の声をあげ、表情を明るくする。

スタンもまた口の端を上げた。

 

「とにかく、時間がないんだ。今からでも行こう。丁度深夜につくだろうから、神団の騎士も人数が少なくなって行動がしやすいだろう」

「そうね、あたしちょっとおばさんに孤児院頼んでくる」

「俺も一緒に行く。カイル、しばらく頼んだぞ」

 

スタンとルーティはそう決めた途端孤児院を飛び出した。

その姿に、どれだけ彼らがジューダスのことを大切にしているのか、よくわかる。

英雄達の姿にカイル達は胸が滾るような熱さを感じた。

 

(間に合う。今度は、絶対に。失わない。助けられるんだ…っ!)

 

18年前の後悔も、消えていった世界での後悔も

明日、あの無機質な廊下で

断ち切るのだ。

 

思わず、といった風にロニから笑みが漏れた。

 

「言いたいこと、俺達にも山ほどあるだろう?今の内に整理しとけよカイル」

「ふふ、下手したらスタンさんたちに全部取られちゃうからね」

 

カイルは不安と期待に硬い笑みを零し、ゆっくり頷いた。

 

あの時は、気付かぬうちにすべてが終わっていた。

手を伸ばさないといけないことには気付いていたが、厚い壁は手を通すのを許さないどころか、どの方向へ手を伸ばせばいいのかすら教えてくれなかった。

その方向が、今はっきりと見えているのだ。

 

あとは、壁を打ち破るだけ

壁を打ち砕いた時の拳の痛みなど、疾うに覚悟している。

 

あとは、打ち破るだけなのだ。

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